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2008.06.27

米国モルモン教徒とリアリティショーのこと

 書こうか書くまいか気になっていたけど、簡単に書いておこう。そしてこの話題、ごく簡単に最近流行の3行で言え的に言うと、タイトルは、「米国におけるモルモン教徒とリアリティショーの関係について」だ。
 米国のリアリティショーでモルモン教徒が目立つようになった。リアリティショーというのは、実録物で、「サバイバー」(参照)などがある。日本でも以前、似たようなのがあったし今でもあるのかもしれない。
 モルモン教徒とリアリティショーというと、たぶん、普通の米人なら、「ああ、あれか」、「そうだよね」というふうに普通にわかることで、しかし、だからといって日本人が知っておくべきことでもないような、ちょっと微妙な話題だ。ただ、この話題の根には日本社会の今後の変化に関係する何かがありそうな感じはする。
 気になっていたきっかけは、日本版ニューズウィーク日本版5・28の記事”元気印のモルモン教徒”というコラムだ。副題は「米リアリティ番組で活躍中のモルモン教徒に 地味で閉鎖的なイメージの彼らに何が起こったのか?」とある。オリジナルは、”American's Next Top Mormon”(参照)で無料で読める。日本版の記事と読み比べていただければ、出だしから翻訳とも意訳とも言い難いほどの乖離があるのは明白だが、このエントリではそれを批判したいわけではない。むしろ、日本版に載せるかどうかかなりためらってぐちゃぐちゃに編集したのだろうとは思うし、それなりに載せたことには意味があるのではないかとも思うで、その点についてあまり批判するのもなんだかなと。
 同じ話の繰り返しみたいだが、米国では素人からスターを選び出す式の番組で、モルモン教徒が目立って出てくるようになった。それはなぜかというのがニューズウィークの元の記事の話題だ。
 日本版の編集後記事ではぼかされているが、モルモン教徒については米国でも偏見が多い。しかたがないというわけでもないが、日本でもUSA Today記事を産経新聞”捜査におびえる一夫多妻主義者”(参照)が掲載しているような話題がある。この件と限らず、公平にいうと、こうした社会的な話題になるのは、記事に「ワーク・オブ・イエス・キリスト教会は24年前にFLDSから分派。いずれも、モルモン教で知られる末日聖徒イエス・キリスト教会とは関係ないという」とあるように、モルモン教の分派が多く、現代のモルモン教ではない。
 とはいえすでに撤退したが、共和党からの大統領候補ロムニーについて、FOREIGN AFFAIRS JAPAN”民族・宗教で読み解く米大統領選挙Some Historical Analogies to the 2008 Election ”(参照)で意識されている部分はある。


――ロムニーがモルモン教徒だったことは彼に不利に作用したと思うか。

 南部では不利に作用したはずだ。一方、ハッカビーには有利に働いた。モルモン教の神学は伝統的なエバンジェリカルの神学とは大きく違っており、現実には、エバンジェリカルの多くは、モルモン教をキリスト教とはみなしていない。宗教的なギャップは大きい。
 ロムニーはユタ州では非常に保守的な立場を示し、マサチューセッツでは中道派、つまり、この州の基準からみればリベラルではない路線に徹して州知事に選ばれた。それでも、共和党の基準からみれば非常にリベラルだった。だからこそ、彼にしてみれば、保守的な路線を共和党内ではアピールした。だが、いかにカメレオン的に立場を使い分けても、ロムニーが南部のエバンジェリカルを取り込むのは難しかったはずだ。


 微妙に重要な点が簡素に含まれているのだが、まず、日本人が昨今米人キリスト教徒としてイメージしやすいエバンジェリカルつまり福音派からすると、モルモン教徒はキリスト教ではないと見られている。また、モルモン教徒は福音派や一部の共和党支持者からみると、リベラルな位置づけにある。くどいようだが、モルモン教徒はどちらかというとリベラルに近い。
 そう考えると、リアリティショーにおけるモルモン教徒の活躍はそれほど違和感はないともいえるのだが、先のUSA Today記事のようなカルト的な眼差しも受ける。
 なぜ、リアリティショーにおけるモルモン教徒が目立つようになったのか。ニューズウィークの元記事はこれにいくつかの角度から答えようとしている。
 意外とシンプルで説得力があるのは、モルモン教徒が全体的にショービジネスや勝ち抜き合戦に強い資質を持っている、あるいはそうした資質を育成するということがある。ビジネスなどでもモルモン教徒が重要な位置を占めていることが多いのは、ロムニーの例でもわかるだろう。
 テレビ番組サイドが、意図的にモルモン教徒を使っているという指摘もある。このあたりの説明も微妙な部分があるが、珍しいというよりリベラルな背景があるようには思える。
 記事で指摘されている部分で私が意外に思ったのは、リアリティショーでテレビに出ていれば、モルモンの信者は家庭で番組を楽しむきっかけになるという点だ。このエントリではあまり深く触れないが、モルモン教徒は家庭のつながりをかなり重視する。そうしたファミリー志向に、リアリティショー的なテレビメディアはマッチしている。さらに関連でいえば、モルモン教との出場者はあっけらかんと「R指定の映画なんて見たことないでーす」と言ってのけてしまう。
 もう一点はこれは日本版の記事で、こういう編集でいいのかなと少し疑問に思った点でもあるのだが。

 彼らがこうした番組に出るのは、宗派の寛容さを試すためかもしれない。あるいは一般人と同じように、ただ有名になりたいだけかもしれない。しかし、モルモン教が閉鎖的だという従来のイメージを覆そうと思う者がいるも確かだ。

 さらりと読むと、モルモン教のいわばヘッドクオーター側にこうした動向を容認ないし推進している動向でもあるのではないかと読める。
 この後半の部分だが、英文では該当部分はない。
 日本版記事ではこのあと、99年「リアル・ワールド」(若者の共同生活)に出演したジュリー・ストファーの話が続く。彼女の場合はモルモン教との間で若干問題を起こしたようだ。
 ということで、日本版の記事では、「従来のイメージを覆そうと思う者」はストファーのような若いモルモン教徒の世代を指していると読んでもよいのだが、英文の記事では若干、別箇所でモルモン教の指導側の意図もほのめかされているようには思えた。いずれにせよ、積極的な意図はなくても、容認している部分はたしかにあるのだろう。
 さて、この話題、日本とどう関係しているのか。べたにモルモン教と日本の関わりについては、あえて触れない。現状でもちょっと不用意な誤解を招きやすいし、日本の知識人でも誤解を公言している人が多いが、モルモン教はキリスト教だということでもとりあえずよいのではないかと思う。
 日本のとの関連でいえば、米国社会におけるモルモン教徒的なポジションにある宗教とテレビメディアの関係となるだろうか。そのあたりも、なかなか微妙な問題がある。
 背理法的な言い方だが、米国におけるモルモン教徒の活動というのは、一つには米国社会を構成する多様な宗教性に対するリベラルな動向が、率直にいえば、エバンジェリカルとの対応に置かれているのではないかということだ。
 現在米国ではメガチャーチのセクターが産業的にも大きくなってきている。これらにメディア側が反抗ということではないにせよ、リベラルなポジションを提示したいという可能性はないだろうか。元記事では結語にそうした暗示がありそうだ(この部分は日本版の記事にはない)。

Some tension may still exist between the Mormon community and mainstream America, but considering that earlier in this country's history Mormons were a small, persecuted band, it's remarkable that America may now be poised to crown a Mormon as its new "Idol."

 日本についていえば、現状メガチャーチの出現の可能性は皆無に見えるが、ニーズの潜在性としてはゼロとは言い難いようにも思える。
 ちょっと穿った言いかたになるが、昨今の奇妙なスピリチュアルブームや、なんで今頃血液型本がまた出てくるのか、そういう安易な倫理性へのマス的な支持の動向は、メガチャーチの出現と同じような基盤にあるのではないかと、ごく印象的にだけど感じる。

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2008.06.25

[書評]破綻した神キリスト(バート・D・アーマン)

 もう少ししてから読もうかと思ったが、「破綻した神キリスト(バート・D・アーマン)」(参照)つい読み始めて、そして熱中して読んだ。本書は昨日「極東ブログ: [書評]捏造された聖書(バート・D・アーマン)」(参照)でもふれた聖書学者バート・D・アーマン(参照)が、この世界の苦悩について聖書がどのように見ているか、その多様な見解を正確にまとめたものだ。「人はなぜ苦しむのか」という問いに聖書はどように、多様に、答えているかが、その多様さと整理の点で、きちんとまとめられている。哲学・神学的にはこの分野は神義論と呼ばれる。

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破綻した神キリスト
バート・D・アーマン
 本書が類書の神義論とかなり異なるのは、それを聖書学者として客体的に描くだけではなく、著者アーマンがそれを自分の信仰との関わりのなかで真摯に問い、聖書の各種回答には納得できない、だから聖書の神を信じることはできない、と明言していることだ。この本は彼の棄教の本でもある。
 邦題はそうした部分を強調し、アーマンの理性から「破綻した神キリスト」が描かれたとして選ばれたものだろうだが、オリジナルは「God's Problem(神の問題)」(参照)とシンプル。副題も「How the Bible Fails to Answer Our Most Important Question --- Why We Suffer(我々の苦しみという重要な問いに、どのように聖書の回答が失敗しているか)」と適格に内容を表現している。人々は苦悩し、聖書に答えを求める。しかし、そこに答えなんかないのだということをアーマンは本書で解き明かす。
 本書は聖書学者アーマンの自身の棄教の物語でもあり、また聖書が神義論的に破綻しているという解説の書籍だが、多少なり神学も囓った人から見れば、アーマンは聖書学者としては当代一流であっても、神学では素人とはいえないものの、素人に近い見解と感想を述べているにすぎないとも言えるだろう。アーマンのような道を辿った人ではないキリスト教の信仰者なら、本書で信仰に躓くこともないのではないか。
 もちろんアーマンは神学に完全に素人ではない。が、メリットはその専門の本文批評学(textual critic)の能力を遺憾なく発揮し、聖書に込められている神義論の神学をきちんとモデル的に抽出している点だ。プロパーな神学がキリスト教の護教を前提として巧緻な組織を作り上げるのに対して、アーマンは聖書をある意味で科学的に分解し、そこに潜んでいる神学を科学的なモデルのように丁寧に取り出している。むしろプロパーな神学は、その聖書の神学の可能性の先に位置するもので、神学とはイエスのメッセージに対する全人類史的な応答になる。だが、アーマンはそうした神学の発想にも、本文批評学的な懐疑を投げかけている。
 聖書を、旧約・新約を含めて、きちんと読んでいこうという人にとって、アーマンの不可知論としての説得はあまり関心の持てるものではないとしても、そこから抜き出される神義論のモデルは正確に頭に入れておくとよいだろう。読者である私自身についていえば、私は黙示思想が大嫌いだったし、こんなものキリスト教に含めておく必要あるまいとなんとなく思っていた。とはいえ、本書でアーマンの言及もあったが、アルベルト・シュバイツァー(参照)の「イエスの生涯 メシアと受難の秘密 」(参照)も私は若い頃よく読んだし、そこに描かれる特権の預言者像は私が傾倒したイェレミアスのイエス像にも近いものだった。それでも、イエスもパウロも所詮は古代人であり、そして当時のヘレニズムというかペルシャ的文化風土の黙示思想はそれほど重視するような内容ではないと思っていた。
 が、私にとっては、イエスとパウロを丹念に黙示思想に位置づけて考察している本書の見解からは、かなり得るものがあった。私は、かなり率直にいえば、不可知論者というよりもう少しキリスト教信者に近い考えをしており、そこにはある程度黙示思想的な要素がないわけではない。
 またアーマンは西洋の文脈にあるため、神義論と自由意志の問題を大きく取り上げているが、この点、私は結果的に東洋的な文脈にあるせいか、親鸞的な機縁の考えに馴染んでいる部分が大きい。例えば悪人なり悪業というのはそれをなす業の問題としてかなり見ており、人間存在とはそれほど自由意志を持つことができないというのを自然に前提に見ている。
 本書は50歳を超えた現代人の魂の告白としても興味深い。アーマンは、苦しみと聖書の回答について30歳で本を書こうとしたが、まだ世の中のことがわからないとしてためらい、やめたという。

 それから20年も経ったが、依然として私は若輩者かもしれない。確かに私はあの頃よりも広く世間を知った。身を以て苦痛も体験し、他人、時には近しい人の苦痛や悲惨な体験も目にしてきた --- 婚姻の破綻、健康問題、人生の盛りで親しい人を奪っていく癌、自殺、先天性欠損症、交通事故で殺される子供、破産、精神病 --- 読者自身も、この20年のご自分の体験から、このようなリストを作ることができるだろう。さらに私は、多くの本を読んだ。ナチス・ドイツのみならす、カンボジアで、ルワンダで、ボスニアで、そして現在ではダルフールで行われているジエノサイドおよび「民族浄化」、テロ、大飢饉、古今の疫病、一撃の下に3万人ものコロンビア人の命を奪った泥流、旱魃、地震、ハリケーン、津波。
 とはいえ、20年間にも及ぶ経験と思索をもってしても、なお私にはまだその本を書く資格はないかもしれない。だがたとえさらに20年経って、その間にいかなる苦痛を体験しようとも、私は依然として同じように感じるかもしれない。だから、今書くことに決めたのだ。

 しかし、彼は30代の彼ではない。むしろ、その20年間、苦しみということを聖書に忠実に思索し続けた。

 私はほとんど毎日のように見知らぬ人からメールを受け取る。私の書いたものを読み、この世の苦しみを説明できないために不可知論者になったということを聞いた人々だ。これらのメールはつねに善意に溢れ、またきわめて思慮深いものもある。少なくともわざわざ私に考えを報せてくださった方々に謝意を表するためにだけでも、そのすべてに返事を差し上げたいと思う。とはいうものの、あまりにも多くの人々が苦しみというものを皮相的にしか理解していないことは私には少々驚きである。

 本書の真価は、その聖書学的な深い知見を別にすれば、人の苦しみというものを忍耐強く見つめている点にある。

 実際、ほとんど人は苦しみについての話なんかしたくないのだ --- さもなくば、この世に充ち満ちるあらゆる苦痛と悲惨と苦悩の理由を15秒以下で説明してしまえる答えを言おうとするかだ。

 苦しみを見つめ続けたアーマンは、聖書にその答えを求めることを捨てる。棄教したともいう。無神論者になったとは言わない。それもまた証明できないとして不可知論者だと言う。いずれにせよ、キリスト教は捨てた。

 私のようないわば「棄教」を体験したことのある人なら、それがいかに感情的な苦悩を伴うものとなりうるかをご理解いただけるだろう。その危機を乗り越えた今だから、それをユーモラスに思い起こすこともできるようになったが(友人の一人は、私は「再生派」から「再死派」になったなどと言う)、その最中においてはこの上もないほどの心の痛手となった。

 本書は、日本人の知識人にありがちな、科学と無神論を結びつけてしまう稚拙さはない。

最近の不可知論者や無神論者の本では、いやしくも分別や知性のある人なら誰であれ、人生の重要な問題に関して著者と同じ考え方をするのが当然だと言わんばかりのものがあるが、わたしはそんなことを言うつもりは毛頭無い。

 こうした思いは私は個人的によくわかる。私はキリスト教信者にも、無神論者にもなることはたぶんないだろう。ただ、不可知論者でもないかもしれないが。
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なぜ私だけが苦しむのか
現代のヨブ記
(岩波現代文庫社会164)
H.S.クシュナー
 聖書学のディテールについてはアーマンに自分は及びもしないし、執筆する能力も遙かに及ばないのだが、最終章など自分が書いたのかと錯覚するほどだった。これは私が書いた本じゃないのかと思うほどだった。
 アーマンと同じように私も「カラマーゾフの兄弟」(参照)を人生の課題とし、クシュナーの「なぜ私だけが苦しむのか 現代のヨブ記」(参照)をなんども繰り返し読んできた。同じように考えて読書していた人がそこにいる。そしてここにいる。
 自分は自分なりに孤独にものを考え、本当のところ自分の思索の孤立感は絶望的だなと思うほどだが、なぜ酷似した思索者に出会えるのか。そしてそういう出会いとして見るなら、自分の思索の歩みはけして孤立してないかもしれない。
 私は、正確に言えば、アーマンとは少し違う。でも、その信条と思索とそしてこの結論はほとんど同じだ。この世界の悲惨を神の存在に関連して問うより、もっと人間的に人間が人間に問い掛けるように申し立てなくてはいけないのではないか。

 どこかの国の(たとえ戦略的価値のない国だとしても)政府が自国の民を虐殺しているのを、われわれはただ座して眺めている必要はないのだ。多くの人がホロコーストの話を読み、「二度と繰り返してはならない」と言う。彼らはカンボジアのキリング・フィールドで大量虐殺が起きていた最中も、ただ「二度と繰り返してはならない」と言っただけだ。ボスニアでの大虐殺の時も「二度と繰り返してはならない」。ルワンダの大虐殺の時も「二度と繰り返してはならない」。そして今、ダルフールで強姦と略奪と虐殺の嵐が荒れ狂っているというのに、ただ「二度と繰り返してはならない」と言うだけだ。だが、そんなことが起きなければならない必然性などさらさらないのだ。これはリベラルの申し立てでも、あるは保守派の申し立てでもない---人間の申し立てなのだ。

 人間の申し立てこそが大切なのだろう。

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2008.06.24

[書評]捏造された聖書(バート・D・アーマン)

 「捏造された聖書(バート・D・アーマン)」(参照)はいずれ読むんだろうなと思っていたが、ふと思い立ったように読んでみた。面白かった。

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捏造された聖書
バート・D・アーマン
 話は、聖書の本文批評学(textual critic)を一般向けにしたものだ。聖書というのは信仰者の多くは神の言葉だと理解しているしそれはそれで信仰の問題だが、信仰といった部分を除いて考えるなら、普通に人間が書いた歴史文書であり、その編纂の歴史というものがある。本書はその新約聖書の部分をまとめたもので、こういうと嫌われるかもしれないが、欧米の知識人と向き合うことがある日本の知識人ならこの程度の内容はざっとごく常識として知っておいたほうがいい。その意味では必読書と言えるかもしれない。日本の現代知識人は奇妙に歪んだ、キリスト教に対する優越心みたいなものを持っていることがあるようだけど、そんなのは欧米人には通じない。むしろきちんと彼らの背負い込んだ知識を理解したほうがいい。
 本書は私にはある意味で運命的な本でもある。個人的な話になるが、私は若いころ聖書学を志していたからだ。歴史的イエスというものに関心を持ち、方法論としてはイェレミヤスが試みていた、アラム語によるQの再現といったいった学問に夢を持っていた。幸いというべきか学部時代に夢は早々に破れ、貯めておいた人文のギリシア語とラテン語の単位は語学に移し、以降学問と信仰というものを分離して生きるようになった。
 そういう個人的な背景があるものだから、「捏造された聖書」のバート・D・アーマン(参照)がその「はじめに」で書かれている、素朴な信仰者がしだいに聖書学によって信仰が揺らいでくる過程は興味深かった。そしてアーマンは私より数歳年上なので同じような時代の中にいたのだろうという共感もあった。
 より聖書を学ぶことで信仰に確たる基礎が築けるのではないか、それは私も経験したが矛盾した営みだった。たしかに、一面では信仰というか確信は深まる。四福音書がそれぞれ違った立場で書かれていることがよくわかるようになり、またパウロ書簡の真偽の区別も付くようになる。だが、それはキリスト教だろうか? かろうじて私は当時八木誠一先生が提示した、信仰のリアリティを元に新約聖書における信仰類型の考え方で矛盾を解決しようとした。しかし、私はやめた。信仰のリアリティはそもそも存在しないのではないか。八木先生もその後仏教に傾倒され、私も結果的に仏教に傾倒していくのだが、その意味合いはかなり違ったものになった。もちろん、先生に自分が及ぶとはまるで思っていない。むしろ、私は神学としてはティリヒの理解を深め、仏教については素朴に道元に思慕を持つようになった。
 私はといえば、学部半ばで挫折したから、ギリシア語で聖書がすらすら読めるというわけではないが、それでも実家にはギリシア語聖書は4、5冊くらいあり辞書も数冊あった。インタリニアー聖書が2冊あり、今でもその気になれば、聖書で、あれここは誤訳かなというところは原典で参照できる。それはある意味で困ったことでもある。アーマンの言葉はよくわかる。彼は学生時代にこう思った。

 ギリシア語の学習はスリリングな体験だった。実際にやってみると、基礎の習得は実は簡単で、つねに私は一歩先の課題を求めていた。とはいうものの、もっと深い面では、ギリシア語を学習したことで、私自身と私の聖書観について若干の問題が生じた。すでに解ってしまったのだが、新約聖書のギリシア語テキストの完全な意味とニュアンスを理解するには、その原語で読んで学ぶ以外に手はないのだ(同じことは旧約聖書にも言える。ということが、後にヘブライ語を学んだときによく解った)。だったらなおのこと、何が何でもギリシア語は完全にマスターしなきゃ、と私は思った。と同時に、これによって私は、霊感によって書かれた神の言葉の意味を完全に理解するためには、それをギリシア語(それにヘブライ語)で研究しなければならないというのなら、そんな古代語なんて読めないほとんどのキリスト教徒は、神が与えようとした言葉を完全には理解できないということになるんじゃないのか?

 私にとってもこれは奇妙な課題だった。私はキリスト教信仰心の乏しい人間だが、部分的には信仰者よりも詳しく聖書を読んでいる。「ああ、それはなんとか聖書の誤訳ですよ、それは加筆部分ですよ」というようなことを平然と言いのけるまでに墜ちていた。悪意すらなかった。私は、信仰者の躓きになるくらいなら黙っているほうがいいとは思いつつ、密かにネットができるようになってからは同種類の異端者を捜した。数名はいた。不思議と数名はいるものだ。
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イエスはなぜ
わがままなのか
岡野昌雄
 この問題、つまり聖書学と信仰だが、結局、最近、岡野昌雄先生が「イエスはなぜわがままなのか (アスキー新書 67)」(参照)で優しく説いているように、聖書というのは聖書学なくして読むものだと、というのが私も正しいと思う。ブーバーが旧約聖書の預言者の言葉の残酷さを問われたとき、平然と「預言者が神の言葉を聞き違えたのでしょ」と言いのけたというエピソードがあるが、聖典信仰というのは、単純にSola Scriptura(ソラ・スクリプチュラ)というわけにはいかない。このSola Scriptura問題も、「捏造された聖書」には結果的に書かれているのも興味深かった。プロテストタントとカトリックにとって重要な問題なのだろう。
 「捏造された聖書」を読み進め、私にはいろいろ懐かしい思いがした。私は30年間三位一体問題に苦しみ、10年前にようやく三位一体は異教であるどころか教父たちの恩恵だなと思うに至ったので、本書初期キリスト教異端についても、けっこう平然と、そうだよなそういう異端も出てくるよな、ふんふんと読んだ。
 本書で、いくつか最新の聖書学の知見もリニューした。先日Twitterで、ルカ書と使徒行伝は一冊の本ですよと発言したら、違うかもというレスを貰い、最近はそうなのかと疑問に思っていたが、アーマンは同一作者と見ているようなのでその点の理解は昔のままでいいのだろう。
 私が学んだころの本文批評学(textual critic)はどちらかというと、古代写本関連が重視され、あまりエラスムス編聖書のことは話題にならなかったし、私も関心もっていなかった。どうせ近代の学問の成果ではたいしたことないでしょくらいな気持ちでいた。が、「捏造された聖書」で、私にとって圧巻だったのは、聖書写本の異同の話より、中世から近代における本文批評学の発展の歴史のほうだった。私にしてみれば、真なる聖書なんて問題は30年前に終わっている。信仰者を躓かせるようなこともすべきではない。聖書は妥当なテキストでいいし、ヨハネ書から「罪なきものが石を打て」の挿話を削ることはないだろう。人類がその後にいろいろあって結果的にできた聖書はそれはそれでいいのではないか。
 本書で焦点が当てられているエピソード、怒れるイエスやマルコの結末など、知らない人なら驚くかもしれないし、欧米人などでも一般の人は驚いたからベストセラーになった面もあるのだろう。知ったかぶりするわけではないが私はこの程度の話は知っていた。
 邦題は「捏造された聖書」だが、オリジナルは「Misquoting Jesus」、つまり、「引用間違いで伝わったイエス・キリスト」ということだ。基本はその写本の部分にある。ただ、アーマンはなんとなく明確にしていないが、歴史的なイエスの再構成が原理的にはありえないことはもうブルトマン時代にわかっていることだ。その意味で、本文批評学が微妙に神学を内包してしまう部分もあるので、この分野の知識人ならアーマンの手つきにところどころニヤリとさせられる。

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2008.06.22

大仏を巡る与太話

 ちょっと雑談するかな。といってまったくの雑談ではなく、歴史や歴史学についてだ。だから当然に雑談のレベルも下がる下がる。
 歴史を学んだり、歴史に関心をもっていくと、あるところで、皆目わからなくなる部分に出会う。歴史というのはある意味でこじつけの説明ともいえるのだが、説明を聞かされても、納得しないという以前に、「お前らおかしいんじゃないの、頭?」という印象が深くなることがある。しかし、実際には、頭おかしいのはそう思い出す自分のほうで、通説というのは、ある種の共同謀議じゃないけどそれなりの意味があったりする。
 皆目わからないのは、史料がないからということもある。史料を探せばわかるふうな問題だといずれ新史料から大胆な史観が生まれることもある。そうした点で史料が絶対的に欠けているのが古代史だし、しかも古代史というのは近代がもつ古代幻想、つまり国家幻想に関係しているから、変だ?という感性は実は国家観に関連してくる、というか国家観を蝕んでくる。そしてそれを強弁するように史料の補助というか客観性への希求は、近代=科学の頓馬さから考古学や周辺科学に及んでくると、すっかりと歴史学の基本的な技法である文献批判はどこかに消えてしまい、トンデモ説の花盛りになる。
 というかく言うわたしも古代史については、自分なりのトンデモ説に落ち着いてしまったし、中世も沖縄生活から似たようなものができた。若い頃、講座派(参照)と労農派(参照)についていろいろ悩んだが今となっては爺教科書読めやくらいと言われる始末だが、近世についてもなんか、自分なりのトンデモ説ができつつある。まあ、素人っていうものは救いようがないなということだが、それなりに若い頃きちんと学問はしたので文献批判とかもわかるので、そうしたのをかっとばした自分の史観はトンデモですよくらいの自覚はある。ブログや身近の与太話のネタにはするが、公的な話にはまぜないようになとは思っている。
 日本古代史のなかで、これは皆目わからんし、いわゆる通説が根幹的に間違っているだろうなと思う問題、そして卑近な大問題は、奈良の大仏だろう。なんであんなものを作ったのだろうか。もちろん、いちおう表向きの答えはあるし、東大寺というのは国分寺の総元締めなのでなんかそれなりの象徴の実体性は求められはするだろう。大仏もあの時代ユーラシア史を顧みればそれほど珍しいともいえないが、それでもあれって銅製だよ。というあたりでかなりなにか異常な感じがする。
 後に、徳川家綱時代、寛文年間だが、ようやく宋銭などから続く渡来銭を和銭である寛永通宝が結果的に駆逐するのだが、その寛文8年(1668年)、江戸亀戸で鋳造発行された寛永通宝は京都方広寺の大仏を鋳潰したとの噂から大仏銭と呼ばれた。噂に過ぎないともいえるが、注意したいのは、大仏というのは銭に転換する実体であり、その性質は古代においてもそう変わるものではないだろう。つまり、奈良の大仏というのは貨幣の固まりという潜在性を持っているのであり、国家が貨幣を掌握するファイナルな存在として奈良の大仏が存在するともいえるだろう、というあたりで、トンデモ臭が漂うのだが、しかしそう無碍に否定できないだろう。そう考えるかあ?的な問題だが、しかし否定はしづらいし、なんか歴史学に馴染まない問いなんじゃないかくらいのオチになる。
 奈良の大仏がなぜ作られたのか? まあ、作った本人に訊いてみようじゃないか的に言えば、聖武天皇ということになる。聖武天皇はなぜ大仏を作ったのか。国分寺との関連でいえば、明白に国家鎮護と言えるだろう。金光明最勝王経も国分寺に置かれたことを考えれば当然だ。現代でいうMDみたいにカネをぶち込んでおけば国防になるみたいな幻想かもしれない。いずれにせよ、本人に訊いてみようとしてもその程度の枠組みがから、あとは、ネットとかにありがちな「仏教の教えだぞよ」みたいなくだらない話が出てくるくらいだ。
 もうすこし聖武天皇という人を見ていくと、まあ神経症だったのではないかという印象は深まる。大仏も元は紫香楽宮に作るはずだった。奈良ではないのである。この頃の聖武天皇は奈良がいやでいやでというかなにか取り憑かれたように 恭仁宮、紫香楽宮、難波宮と転々とする。頭おかしいんじゃないの。
 というか彼の頭をおかしくした何かがある。おかしいといえば嫁の光明子も、変態?みたいな伝説がつきまとうしなにかとこのご夫婦はおかしい。いや、おかしいご夫婦なんていうのは世間のあたりまえで、毎晩どんなおセックスをしているのか想像するだにご夫婦の関係なんてものはわからない、ってかそんな関心もつな。アルファブロガーが第2レベルに上がったかどうかはお子様でも生まれたら祝辞のあとで若干想像すればいいくらい。

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美貌の女帝
永井路子
 聖武天皇がおかしいんじゃないの的になるのは、その擁立の背景を考えればそれなりに納得してくる。彼は文武天皇の第一皇子で、母親は藤原不比等の娘宮子だが、このご夫婦がまた変。このあたりのファミリーヒストリーはある意味で悲惨に尽きるのだが、文武天皇の父は皇位にもつかなかった草壁皇子。同時代に権勢を持っていた高市皇子が死んで文武天皇となる軽皇子は立太子したのだが、この時代は天皇は女帝につぐ女帝というかまあいろいろあったんでしょ的な状況になっている。ぶっちゃけ、唐の支配だったんじゃないかと私はトンデモ的に思っているのだが、そこまでトンデモになるのは、このどたばたの時代の強弁としてできたのが日本書紀であって、日本の歴史の根幹の文書の成立時代が、まず変。少しでも関心をもてば内心、トンデモになるよなと思うのだが、碩学吉野裕子先生も、まだ80代のお若いころこっそりと遺言のように、草壁皇子は母の持統天皇が殺したのですございますわよおーほほほほっと述べていた。いやそのトンデモレベルに私の先生への敬意は高まったのだが、でもトンデモはトンデモ。
 いずれにせよ聖武・光明子夫婦の筋金入りの変さというのは、娘の孝謙天皇(称徳天皇)にもつがれて、ここで古代史最強の女帝、つうか女王が誕生する。その最大の事件はいわゆる道鏡事件だが、これがまたトンデモにはたまらないネタだ。北九州の宇佐神宮が天皇の位を道鏡に譲れとの神託したというのだ。それってなんだ?
 つまり天皇位というのは、血統に関係なく委譲できるし、かつそれを支配できるのは八幡神であるということが露出してしまった事件だ。
 あまり指摘されないことだが、三種の神器が存在することも実は天皇というのは、血統をベースとしながらも血統の内部の原理で決定されないというためのシステムとして存在していることを示すのであり、原理的には天皇というのは、血統はかなり薄くてもどってことない。これはこの薄さは、スラップスティックな奈良時代を終了させた桓武天皇の擁立ではっきりするが。今で言ったら朝鮮系日本人かな。今上もそこをよく留意されているが。
 孝謙女王とあえて呼びたいのだが、彼女は天皇というものをさらに押し詰めて、自分が勝手に決めていいんだと考えていた。その根拠はパパがそう言ったんだものである。父聖武天皇は娘に、「王を奴と成すとも、奴を王と云ふとも、汝の為むままに」と言い残した。娘よ、王様がいやになったら、そこいらの奴隷でも美少年でも、おまえの好きな子を王様にしちゃっていいんだよ、である。愛娘よ、おまえは王様以上の存在なのだよ。ああ、トンデモ史観にはたまりませんな。
 天皇はワシが作った、の、八幡神が日本史的にはなんだかよくわかっていない。一応神道はそれじゃ困るので理屈はついているのだが、このヤハタ神はクイーン孝謙以前に、キング聖武の時代、奈良の大仏にも深く関わっている。ぶっちゃけ、奈良の大仏の守護神がヤハタ神であったと見てよさそうだ。ということで、仏教や盧舎那仏のガワにはなっているが、奈良の大仏というのはヤハタ神の顕現であり、それはどうやら物神化としての貨幣の宗教的な実体化だったのではないか。
 いやここまでは話の枕だったが、トンデモパワーでだらだら書いてしまった。少し話を端折る。
 大仏銭は大仏を鋳潰したのは噂だが、なぜ当時の庶民はそう考えたか。そもそも、方広寺大仏とは何か? そのあたりも、通説の歴史がなんとなくおかしい。大仏が出てくると日本史の記述は変になるといった印象だ。
 方広寺大仏は豊臣秀吉が文禄4年(1595年)に作ったもので、奈良の大仏よりでかい。このデカイというのがとても重要で、単純にいえば、過去の天皇家的な仏教的な宗教権力よりもデカイんだよということだ。そして、実際にはこれが銭化したわけではないが、銭化しうるものとして江戸時代の人は普通に考えていた。
 方広寺は慶長元年(1596年)に地震で倒壊。後に結果的にヌルハチに野望を託したヒデヨシの甥の豊臣秀頼が再建。大仏は江戸時代に日本三大大仏に数えられたものだったが、寛政10年(1798年)、落雷で焼失。で、人々は銭になったんだと思った。ちなみに、三大大仏の名前は現代では石切に名残を留めているという話は以前「極東ブログ: 大阪のこと」(参照)で書いた。
 三大大仏といえば、二つ目が抜けていた。二つ目は鎌倉の大仏である。これが皆目わからない。表向きは大異山高徳院清浄泉寺阿弥陀如来なのだが、なんでこんなデカイ銭の固まりがここにあるのか。
 「吾妻鏡」には建長4年(1252年)に銅造の大仏が造られとあり、それが正しければ、5代執権北条時頼の時代だ。歴史背景を考えると、宮騒動(参照)の関連がありそうだが、話がたるくなったので私見トンデモでいえば、これは実朝の鎮魂だろう。奈良の大仏が長屋王の鎮魂が隠された意図であるように(実朝も長屋も実は日本国王であった)。そして鎮魂とは実際には疫病しずめであっただろうと思うが。
 さて、こんな雑談をしたのは、昨日、朝日新聞で”鎌倉の大仏様「素材は中国銭」 別府大グループが解明”(参照)という記事を見て、びっくりしたからだ。

 「美男におはす」とうたわれた鎌倉の大仏様は、中国からもたらされた銭(銅貨)で造られたらしいことが別府大(大分県別府市)のグループの研究で明らかになった。平安時代末の12世紀半ば、中国銭は貨幣ではなく、銅製品の原料として輸入されるようになったというのだ。

 つまり鎌倉大仏は最初から銭のかたまりだった。

 この時期、多量の銭が輸入されたことがわかっている。まとまった量の銅が手に入る方法はほかに見あたらない。経筒の原料は中国銭の可能性が強まったが、銭には「簡単にはつぶさないだろう」との先入観もあり、飯沼さんらは銭の流通状況をたどった。国産銭の発行が止まってから2世紀以上をへて、日本では12世紀末~13世紀初めに中国銭の流通が急に本格化する。銭の輸入が始まってから数十年たった後だった。
 「輸入当初、日本で銭は流通していなかった。銭はもともと銅製品の原料として輸入され、余った分がしだいに通貨として使われるようになった」との結論を導いた。

 ということで、当時は中国銭は銭というより銅輸入のためだったというニュアンスがあるし、それを否定はしないが、それなりに銭の固まりを意識して鎌倉大仏もできたとみてもよいのではないか。

 「日本の交易船は銭ばかりほしがる」との中国の記録を見つけた。中国でも銅は不足し、インゴット(金属の塊)を輸入するのは銭以上に難しいこともわかった。大仏が造られた13世紀半ばには、銭は普及し一般の人々からも集めやすくなっていたこともわかってきた。

 つまり、銭はそれなりに普及していた時代に銭を集めて、固めて大仏を作ったというわけだ。

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