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2008.03.22

中国のネオコム(Neocomms)という視点

 一昨日書いたエントリ「極東ブログ: チベット暴動で気になること」(参照)では、不確実な情報から気になる部分に推測を加えたので陰謀論のように聞こえるかもしれないと思い、その旨、明瞭に注意を促したが、それでも「陰謀論」にすぎないではないかというべたな批判もいただいた。だが、今回のチベット暴動に中国側の扇動がなかったと言い切るのも同様なのではないか。
 事件に報道についてその後の経緯を見ると扇動は妥当な推定に近づいてくる。さらに、今回の暴動が全人代との関連で考察されるというのは、私の独創ではなく日本経済新聞の社説にあったように、中国ワッチャーならごく普通の水準の発想に過ぎない。
 すると、「中国側の扇動」と「全人代」をどう結ぶかはおよそこのテーマを扱うなら避けがたい課題に思えるが、単に陰謀論としたい人がいるのもしかたがないかもしれない。
 同エントリでは次のようなコメントを早々にいただいた。


田中宇が米国を語るのに似てる。
「ネオコン」の代わりに軍部と上海閥か。

投稿 touhou_huhai | 2008.03.20 16:26


 私は田中氏とは異なり、陰謀論的な推論部分にはマーキングしているので、田中氏の語りに似ていると言われるのは困惑する。なので、その旨簡単にコメントを書いたものの、通じないだろうと思ってすぐに削除した。その過程を閲覧されたかたのコメントが以下なのだろう。

あれ?
コメント消えてるのかな
二番目にfinalvent氏のコメントがあった気がするが、

投稿 773 | 2008.03.21 01:44


 消去したコメント内容は先の通りなのだが、その後、最初にいただいたコメントのポイントは、田中氏的な陰謀論よりも、「「ネオコン」の代わりに軍部と上海閥か」としている発想だったのかもしれないと考えなおした。
 この点、つまり、軍部や上海閥をネオコン代わりに見るという視点について、これもまた私の独創ではないが、関連して少し触れておいてもよいかもしれないと思うことがあるのでこのエントリで簡単に書いておきたい。ここでも留意を促しておきたいのだが、私自身は中国にネオコン的なグループがいると確信しているわけではなく、そのように見えることもあるかもしれないという仮説の紹介に留めているにすぎない。
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What Does China Think?
Mark Leonard
 話のベースは、シンクタンク「欧州外交評議会(the European Council on Foreign Relations )」事務局長マーク・レナード(Mark Leonard)による、ニューズウィーク日本版3・19掲載「中国ネオコンの台頭が始まった」による。英語のオリジナルはインターネットで無料で閲覧できる。”World View: The Rise of China’s Neocons”(参照)である。なお、マーク・レナードのこの考察の全貌は近刊の” What Does China Think?”(参照)になるだろう。
 ニューズウィークの寄稿はこう始まる。

 最近の中国というと、オリンピックと経済の話題ばかりで、外交政策の深層で起き始めていた変化は見逃されがちだ。
 概して国力を吹聴しない指導者たちの当たり障りのない発言の裏で、中国は外国に対してどのような姿勢を取るべきかという問題をめぐり、国営シンクタンクや大学を舞台に激しい議論が戦わされている。

 レナードは比較的新しい傾向と見ている。私も中国をワッチしていて思うのだが、期間の取り方にもよるが、変化は一、二年といったスパンではないだろう。レナードはそれを次のように表現する。

そこではリベラルな国際主義者と、ネオコン(新保守主義)勢力が対立するという構図が広がっている。後者は中国の思い描くイメージに合わせて、国際秩序全体を改造することをめざす。

The argument, waged in government-run think tanks and universities, pits liberal internationalists against China's neocons - who aim for nothing short of remaking the entire international order in China's image.


 これをレナードはネオコン(neocons)をもじってネオコム(neocomms)としている。共産主義者(communist)のネオコンという洒落だろう。現状このタームはレナードの書籍が出版前なのでそれほど広がっていない。
 では、中国内のリベラル派とネオコム派はどのような配置になっているのか。まず、リベラル派についてだ。

 今のところ、リベラル派が優勢だ。たとえば胡錦濤国家主席が共産党中央党校の校長だった時期の副校長、鄭必堅は中国の「平和的台頭」という言葉を考案した。鄭のような考え方をする者たちは、国際社会の伝統的なルールを尊重し、争いを避け、中国は脅威ではないという概念を売り込もうと主張する。

For now the liberal internationalists have the upper hand. They include thinkers like Zheng Bijian, a former deputy to President Hu Jintao at the Communist Party's Central School and the man who coined the term "China's peaceful rise." They maintain that China should respect the traditional rules of the international system, avoid conflict and sell others on the idea that China is not a threat.


 では胡錦濤自身はリベラル派なのか。レナードはこの寄稿で断じてはいないが、文脈からはそのようにしか読めない。

 政府の文書から「平和的台頭」の文字は消えたが、胡主席はその言葉のままに世界各国を訪れ友好を表明し、欲しがる相手には必ず援助を提供している。国際的に微妙なダルフール、イラン、北朝鮮といった問題については、姿勢を和らげて西側との緊張を緩和している。

Although the term has been discarded, China's peaceful rise now defines the foreign policy of President Hu, who is crisscrossing the world offering Chinese friendship and aid to all takers, and easing tensions with the West by softening Beijing's stand on touchy international issues like Darfur, Iran and North Korea.


 今回のチベット暴動では、中国対チベットという構図で、しかも過去中国が延々とチベットを虐待したこともあり、中国に非難が集まるのは当然で、そこで非難される中国の筆頭にはこれも胡錦濤があげられることになる。実際胡錦濤は過去のチベット弾圧の遂行責任者でありその点は擁護の余地はないが、今回の暴動に至るまでの全体的な構図のなかでは、むしろ彼は国際的リベラル派と見なせる。
 むしろ、そのことが対立する中国ネオコン、つまりネオコムにとって当面の敵になるというスキームがレナードのフレームワークから伺える。
 ネオコムとは何か?

 その一方でネオコン――共産主義の中国では「ネオコム」と呼ぶべきなのだが――は、欧米の覇権主義に抵抗した毛沢東時代の政策に、ひとひねり加えた主張をする。その一人、学者の閻学通は中国国家安全部とパイプを餅、人民解放軍の俊英、楊毅海軍少将と親しい間柄にある。

By contrast, the neocons -- or "neocomms," as they should be known, since they represent a new twist on the Mao-era policy of challenging Western hegemony?are men like Yan Xuetong, an academic with close links to the Ministry of State Security, and Rear Adm. Yang Yi, one of the brightest thinkers in the Chinese military.


 ネオコムはどのように世界を捉えているのか? レナードは二点取り上げている。一つは自国・同盟国の国益優先である。

 ネオコム勢力によれば、中国は米政府をなだめることに気を使うより、中国政府自身の優先課題に取り組むべきだ。これには、外国の内政干渉から中国および同盟国を保護するため、外国における民主主義の推進や人道介入に抵抗することも含まれる。

The neocomms argue that China should be less focused on appeasing Washington and more concerned with Beijing's own priorities. These include resisting democracy promotion and humanitarian intervention abroad, in order to protect China and its allies from external interference.


 日本を例外とする西側諸国から非難される中国外交の結果からは確かにそのように見えるため、そのような国策があるかのようにも思える。
 もう一点は、米国を排除するための多国主義だ。これは欧米で言われる多国主義とは異なる。

 彼らは多国間協調主義を採用する。ふつう欧米で多国間協調主義といえば、EU(欧州連合)やWTO(世界貿易機関)のように、加盟諸国が超国家的な機関のルールに拘束されることに合意して、国家の主権を希釈するという意味になる。しかし、閻のような勢力は発想を転換し、アメリカを排除しながらアジア諸国との関係を発展させ、中国の独立を強化するという国力強化の道具に変える。

The neocomms have taken up the idea of multilateralism -- associated in the West with the dilution of national sovereignty by member states agreeing to be bound by the rules of supranational institutions (like the European Union or the World Trade Organization). Thinkers like Yan have transformed the concept into a tool of power projection that would reinforce China's independence while helping it develop links with other Asian countries, in arrangements that would exclude China's great rival, the United States.


 この二点目だが、ネオコムの思想では、東アジア共同体(East Asian Community)のような枠組みが道具化できるものとされている、とレナードは見ている。その目的は、日本を排除することであるとも。

 閻に言わせると、そういう共同体は中国が国力を強化し、日本を脇に追いやる手段として役立つ。アジアにおいてアメリカの最も強力な同盟国である日本は、そのような構想に不承不承ながら参加する羽目に陥るからだ。このような枠組みの下、中国はヨーロッパでいうフランスやドイツのように中心的な役割を演じ、日本はEUにおけるイギリスのような部外者になるだろう。

Yan argues that such a community would be an effective means of promoting Chinese power and sidelining Japan, since Tokyo, as America's most powerful Asian ally, would likely be a reluctant partner in any such project. In this new scheme, China would play a central role like that of France or Germany in Europe, while Japan would be the outsider, like Britain in the EU context.


 日本訳の引用には英語のオリジナルを添えておいた。気になるかたは、英語のオリジナルをすべて参照していただきたい。
 レナードのこのネオコム観もまた陰謀論だろうか。私は、そこまで「陰謀論」というタグを拡張することも無意味だろうと思える。
 中国外交・軍事の実態の背後になんらかの思想のダイナミズム・モデルを想定するというのは、ごく科学的な思考法の一例である。問題はどのようなモデルを立てるかによる。
 現在日本の中国観は、どちらかというとレナードの見るリベラル派とネオコム派の二派に分かれているのが実態であり、それらを二つのダイナミズムの要因として捉えるのはかなり有効な視点だろう。もっとも、ネオコムというレッテルを使うことが妥当ではないだろうと私は思うし、このフレームワークは日本を米国の軍事下に組み込むための装置の疑念も捨てきれない。

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2008.03.21

台湾総統選、予想

 台湾の総統選が明日に迫った。のっけから余談だが、「総統」の英語はPresidentであることからもわかるように、本来なら「大統領」とすべきだが、日本のジャーナリズムでは、台湾は国家ではなく中国の一地方としている建前から訳語を分けている。追記 ちなみにシンガポールでも「総統」(新加坡总统)だけどこちらは日本では「大統領」と訳している。
 今回の総統選だが、私は4年前の台湾総統選で「極東ブログ: 陳水扁が勝つと信じる」(参照)というエントリを書いた。私は比較的他国の内政権力への好悪というのはないのだが、台湾についてはかなり例外で民進党支持者の思いに近い。現地で2・28事件の生き残りの老人たちから直にその悲惨も伺ったせいもある。今回も民進党に勝ってもらいたい。つまり京都大学卒業の謝長廷(61)が勝ってくれたらいいなと願っている。
 だが私の今回の予想は、国民党の馬英九(57)の勝利である。終盤戦にきて、謝長廷が伸ばしているとはいえ、すでに大差の流れを覆すほどでにはいかないだろう。毎度のことながら中国様がチベット弾圧までして最高級の民進党支援を発表してくれたけど、さすがに力及ばずと見える。
 この間の民進党政権は、台湾を国民国家にする点で最大級の意味があったし、台湾の子どもたちが学校で台湾語を学べるだけでも、昔を知る人間にしてみると奇跡のようだ。だが、それでも大衆は背に腹は代えられないものである。日本見ても米国を見ても、あるいはEUを見てもそうだが、中国というパイを食わないで生きていくことなんかできない。それだけでも馬英九が持ち上げられるだろう。そうした結果、台湾のなかで富める者と富める者に従う者という格差が開き、よりつらいことになっていくのではないかとも懸念するが、キンタマ(日本精神)を落としてしまった日本人に言えることではない。
 少し世界に目を転じる。というか、米国側の動きを見る。
 米国の動きだがすでに最悪の事態に備えている。共同によるロイターの孫引き報道”米空母2隻、台湾近海に 総統選に合わせ警戒態勢”(参照)より。


 ロイター通信によると、米国防総省当局者は19日、米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)を事実上の母港とするキティホークを含む米空母2隻が、22日の台湾総統選に合わせ台湾近海で警戒に当たることを明らかにした。
 空母は台湾海峡には入らず、台湾の東沖で訓練を行う見通し。中国から「挑発的な行動」があった場合には対応できる距離にいるという。

 横須賀からキティちゃんは動いている。中国側からの挑発行為を避けるためだ。つまり、米国としては中国側の挑発の可能性を視野に入れている。なぜ?
 実は総統選挙はそれほどは問題ではない。問題は国連加盟住民投票だ。20日付け産経”米、台湾近海に空母2隻を派遣 住民投票に強い反対表明”(参照)より。

一方、米政府は総統選と同時に実施される国連加盟問題での住民投票に重ねて「反対」の方針を示し、「台湾海峡の緊張を高める可能性がある」(ケーシー国務省副報道官)と、台湾当局にも警告した。

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台湾
四百年の歴史と展望
伊藤潔
 国連加盟問題での住民投票の、さらに重要点は何かというと、国連加盟が「台湾」名義になる点だ。従来の「中華民国」が否定される。このあたり2・28事件などを含めた基本的な解説がないと知らない人にはわかりづらいが、台湾の国民党もノーを明確にしたい。主に馬英九支援の外省人勢力は必死になっているようだ。経緯としては13日付け毎日新聞”台湾総統選:3・22投票 国連加盟の住民投票、成立も 国民党「中華民国」なら支持”(参照)が参考になる。

【台北・庄司哲也】台湾の国連加盟の賛否を問う住民投票について、党内で対応が割れていた最大野党の国民党は12日、中央常務委員会を開き、同党総統候補の馬英九氏(57)が主張する「中華民国」名での国連「復帰」の住民投票実施を支持することを決定。台湾で初めて、国連への参加に関する住民投票が成立する可能性が出てきた。与党・民進党が推進する「『台湾』名での国連『加盟』」の住民投票については不成立を目指す。

 コソボ独立を支持した米国側はこの問題をどう考えているのか?
 今日付の人民網”米国、台湾当局の「国連加盟住民投票」に改めて反対”(参照)が日本国内のマスメディアと正反対なくらいべたにわかりやすい。

 ケーシー米国務省副報道官は19日の記者会見で、台湾当局が推し進める「国連加盟住民投票」問題について、「米国の立場はライス国務長官が昨年12月と今年2月に詳しく説明しており、現在に至るまでこの立場に変更はない。米国は台湾による『国連加盟住民投票』の実施に反対する」と表明した。新華社のウェブサイト「新華網」が伝えた。
 ケーシー副報道官は「国連加盟住民投票」の実施について、「その必要がなく、また有益でもない」と指摘。さらに「台湾海峡の緊張を高める可能性がある」とつけ加えた。また、両岸の対話を望む姿勢を示した。

 中国様の必死度は北京週報”一部の国 「国連加盟を問う住民投票」に反対表明”(参照)にも表現されて、どことなくコソボ問題の香りがするのが微妙だ。

 ロシア、キプロス、ラトビア、モルディブなどの国はここ数日、一つの中国の政策を堅持し、台湾当局が推し進める「国連加盟を問う住民投票」に反対を表明している。
 ロシア外務省のジェニソフ次官は19日、「台湾当局のこの住民投票推進は冒険行為であり、この地区の平和と発展を脅かしている。ロシア政府は、台湾は中国領土の切り離すことのできない一部分であり、中華人民共和国は全中国を代表する唯一の合法的政府であるという認識を保ちつつけている。ロシアは、台湾当局による如何なる形式の"台湾独立"活動に反対し、国家の主権と領土の保全を守る中国の努力を支持する」と述べた。

 軍事的な同盟の色合いもある上海協力機構もプンスカプン状態。18日付け人民網”上海協力機構、「国連加盟問う住民投票」に反対 ”(参照)。

 上海協力機構は17日声明を発表し、台湾当局の「国連加盟問う住民投票」の実施に反対を表明しました。
 この声明は、「上海協力機構の各メンバーは陳水扁当局が2008年3月22日に実施を企む『国連加盟問う住民投票』に反対を表明する。この投票の実施は国連憲章の関連規定に違反し、台湾海峡地区の緊張情勢をもたらし、この地区の安定と人々の福祉や安全を脅かす」と指摘しています。

 軍事的な意味合いのある上海協力機構が公式にプンスカ言うのであれば、キティちゃんが出ざるを得ないという掛け合い漫才にしては物騒な世界でもあるが、日本は暢気に桜の開花を待っている。
 冷静に見れば台湾の国連加盟はほぼありえない。むしろ、ありえなことを米国がわかりやすく示すためにキティちゃんを出していると見てもいいだろう。
 台湾の国連加盟はないとしても、世界保健機関(WHO)については人道的に早急な対応が必要だろう。このまま台湾をWHOから外した状態でよいわけがない。近未来でこの地域からパンデミックが発生する可能性は高いのだから。

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2008.03.20

チベット暴動で気になること

 今回のチベット暴動で中国が責められるのはあらためて言うまでもないところだろうし、その部分は多く語られてもいると思う。以下は、中国側に立って中国を擁護したい意図ではない。また意図的に陰謀論的な話の展開をしたい趣味もない。だが、事態が十分に報道されていないこともあり、気になっているといえば気になっていることがあるので、基本的には備忘として手短に書いておきたい。
 まず今回の暴動のタイミングについてだが、この3月10日はチベット民族蜂起49周年にあたる。インターネットを検索すれば誰でもわかることだが、この記念日には毎年世界各地で平和行進が行われ、ダライ・ラマによる声明が発表される。チベット現地におけるその活動は不明だが、この日が重要な意味を持つことは当然予想されるし、暴発があっても不測の事態とは言えない。1989年のラサ暴動の記憶も当局側で消えるはずもないので、中国当局はなんらかの暴動は予想していたはずだ。今年は五十周年記念の前年で節目にならないとはいえ、オリンピックに対する国際的な注目度を考慮に入れれば十分配慮されてしかるべきだった。なのになぜ目立った暴動が起きたのか、そのほうが不思議なほどだ。
 今回の暴動のタイミングとしてむしろ重要なのは、中国の国会に一応相当するとされれている全国人民代表大会こと全人代が5日から開催されていたことだ。中国をワッチしてきた人なら中国政治における指桑罵槐的な活動がまず前提事項として疑われるものだし、中国の対外的な騒ぎではまず中国国内の権力闘争につながる臭いを嗅ぐものだ。その点で、16日の日経新聞社説”天安門事件を連想させるチベット情勢”(参照)の次の指摘はごく自然なものだった。


 北京では5日から全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が開かれている。今年の全人代は胡錦濤国家主席(共産党総書記)の後継者候補である習近平氏を国家副主席に起用する節目の大会で、胡政権の揺さぶりをねらった可能性も大きい。

 さらに日経社説では胡錦濤の経歴とチベットの関係をごく自然に指摘している。

 実は89年の「動乱」では、当時チベット自治区のトップだった胡錦濤氏が自ら制圧を指揮した経緯がある。再び流血を防げなかったのは、胡政権にとって打撃だ。

 やや陰謀論めくので、以下の考察に関心を持つ人は疑念の留保を維持してほしい。私は自分の意見に誘導したい意図はない。
 まず、今回の暴動の指桑罵槐的な政治上の意味は胡錦濤バッシングであるとは言えるだろう。ただ、それが全人代でかつ習近平を国家副主席に起用するところで発生したのはなぜか? 単純に考えれば、二つのプロットがある。一つは胡錦濤と一緒に習近平を追い落とすことだ。もう一つは、胡錦濤を追い落として習近平を持ち上げることだ。
 この背景の図式には「極東ブログ: 中国共産党大会人事の不安」(参照)でも触れたが、一つの重要なファクターとして李克強の存在があるにはある。が、図式的に、北京=胡耀邦系=胡錦濤=李克強のラインに対する、上海閥(バブルで死にそうだ)=江沢民=習近平、と分かれるほどには単純ではないだろう。習近平は太子党ではあるがこの一年の経緯を見ていると江沢民的なわかりやすい上海閥とは言い難い。
 さらにもう一つのファクターというかプレーヤーに米国がある(もう一つのプレーヤーは人民解放軍という私兵による軍部)。この点では、「極東ブログ: ポールソン&ウー、国際熟年男女デュエット、熱唱して引退」(参照)で触れたように、米国側から見て中国の主要な権力者の不在が大きな問題になっている。しいていえば、米国は習近平なら習近平でよしとしたいのだろう。余談めくが同じ問題は米国側でも言えて、こちらも現状権力者が不在になっている。日銀総裁不在といったほのぼのとした話ではない。さらに米国経済の先行きが注視されているが、このランドスライドを引き起こすのは中国における権力の不在となる可能性もある。
 胡錦濤後の中国は、現状では、習近平対李克強の図式にも見えるが、そこにはそれほどの対立はなく、そこに対立を見たい権力・経済力の背景のほうが大きいかもしれない。であるとして、この二者を台風の目と見るのはある程度妥当だろう。今回の全人代で、習近平は事実上胡錦濤継承の位置についたかに見えるが、話はそう単純ではない。朝日新聞”習近平氏、軍事委副主席に選ばれず 中国全人代”(参照)でわかるように軍部の掌握はできなかった。

北京で開かれている中国の第11期全国人民代表大会(全人代)は16日、温家宝(ウェン・チアパオ)首相(65)を再選した。賛成2926票、反対21票、棄権12だった。また、国家中央軍事委員会の副主席に郭伯雄(65)、徐才厚(64)両氏を再び選んだが、習近平(シー・チンピン)・国家副主席(54)は選ばれなかった。


将来に備えて今回の全人代で軍事委副主席にも選ばれるのではという観測が流れていたが、「時期尚早」との意見が大勢を占めたようだ。

 軍部としては、習近平に留保している。もともと、上海閥=江沢民派も軍部の掌握ができず日本バッシングによるナショナリズム高揚や、B級映画「フランケンシュタイ何故か人民服を着るの巻」までして権力維持に努めた。同じ道化を習近平に求めたいのかもしれない。類似のことは胡錦濤側にも言えて、ひな壇には乗せられたものの長い間形式的なものに見られていた。
 おそらく人民解放軍という私兵軍団の権力意志は、全人代人事やチベット暴動に大きな影響を落としていると見ていいだろう。
 以上は、中枢権力側の意味というかマクロ的なビューだが、ミクロ的なビューでも気になることがあった。
 冒頭で触れたように、今回の暴動は、どれほどの規模なのかについて異論はあるにせよ、小規模な暴動くらいは政府・軍部側に織り込みずだったはずだ。ではなぜ天安門事件再来のように軍部による多数の人民虐殺の事態という規模にまで発展したのか。
 このエントリを起こそうと思ったきっかけでもあるのだが、ニューズウィーク日本版3・26に掲載された同誌北京支局長メリンダ・リウによる”チベット弾圧は五輪失敗の始まり 89年のラサ暴動のときよりも国際社会の監視の目は厳しさを増している”では、奇妙な指摘をしている。

 59年3月10日のチベット民族蜂起を記念した抗議デモがきっかけで暴動が起きたとき点も89年と同じだ。不気味なことに、治安当局が3月14日のある時点で戒厳を緩めてデモ参加者をあおったとみられるところも似ている。

 リウの指摘はミスリードかもしれない点に警戒が必要だが、先に触れたように想定できた枠組みでこれほどまでの暴動に発展したのは、リウの指摘が正しいように思われる。つまり、治安側でなんらかの誘導ないし扇動があったのではないか。
 リウの記事はこう続く。

 米議会の資金で運営されるラジオ曲「自由アジア放送」によると、ラモチェ寺の僧侶が暴動に加わり、群衆は中国とかかわりのある建物を破壊・放火した。チベット人が経営する人気レストラン「タシ・デレク」も親中的とみなされ、標的に。治安部隊は催眠ガスと実弾で反撃し、銃声がラサに鳴り響いた。

 今回の暴動では、かなり妥当に見て中国軍部が民衆を虐殺したので国際的に中国を擁護することはまるでできないのだが、当初の見かけの惨状の光景としては、チベット人による漢民族への暴力行使の図となっている。その意味だけで(もしかして誰か扇動分子がいたのではないかということを抜きで)見れば、チベット人が暴動の引き金を引いたように見えるし、当初はそのような絵が想定されたはずだ。この絵がうまく描けたのなら、NHK時論公論「チベット暴動の衝撃」(参照)で一つの推測として描かれる暢気な説明に釣られることもあったかもしれない。

今回の暴動で襲撃を受けた対象が、ホテルや商店など、特に商業活動を行うところが目立っている点を見ても、その暴動の背景に、長年にわたる政治思想面の対立だけではなく、市場経済がもたらした新たな経済格差という問題も、根深く存在したのではないかと考えられます。

 その要因は皆無ではないだろうし、ダライ・ラマとその支持者の世代交代間に横たわる憤懣の分離という要因もあるだろう。だが、このチベット人を加害とする図は、あまりに中国側に美味しすぎるし、実際中国内の報道では民族独立を許さないナショナリズムの高揚として、反抗分子の暴虐の映像として流れるようだ。事実上の扇動側(現状仮定だが)の目的はそのあたりにもあったのかもしれない。
 いずれにせよ中国側は国際的反応の想定について甘かった結果になった。もっとも陳腐な言い方になるが、中国人は自分より強いと見なす外国人以外は眼中になく現状では米国人だけがその対象になっている。小日本(シャオリーベン:ちなみこれは侮蔑の言葉)など眼中にはないことになっている(もっとも権力層はそうは思っていないが)。世界をこのところ甘く見ていたことではあるだろうし、「極東ブログ: 北京オリンピック近づくに黄砂の他に舞うもの」(参照)でふれたようにその理由もある。
 仮説として構図を抜き出すと、胡錦濤追い落としとナショナリズム高揚にチベット人を暴動に軍側が誘発してみたということになる。もちろん、かなり陰謀論的な図柄でありこれが正しいと主張したいわけではない。
 ただその上に立つと、今回の暴動の本質、つまり惨状の深化の仕組みも解けるかもしれない。
 先の陰謀論的な図柄はいくら陰謀論とはいえ、それほどの惨状はプロットに組み込まれていかったのでないだろうか。私はここで晩年天安門事件を生涯の汚点として泣いた鄧小平という神話を少し信じていることを思い出す。天安門事件の悲劇は、ある意味では暴発だったのではないか。同様に、今回の暴動の惨状への深化については、偶発的だったようにも思われる。
 窮地に立たされた胡錦濤の立場に立ってみたい。どうするか。
 中国人政治家は仮に謀略だわかったとしてもその謀略の内部にはまってしまったときは、そこで弱み(ヴァルネラビリティ)を出すことができず、あたかも謀略を吹っ切ったかのようにその延長にさらに強行な手に出て、優越を誇示しなくてならなくなる。
 胡錦濤としては弾圧に合意する以外の道はなく、それは今回の事態を悪化させる偶発性を越えた部分としての影響力を持っていただろう。
 以上でエントリを終えるつもりだったが、率直に自分の考えも書いておこうと思う。この陰謀論的な話にはそれほどは依拠しないことでもあるし。
 チベット弾圧は許されないし、今回の事態では国際機関の調査を求めたいと思う。だが、胡錦濤政権を過度に追い込めれば、軍部や上海閥の台頭を許すだけの結果になる。率直にいって彼らには複雑化しグローバル化する中国を統治する能力などないのだから、壮大な惨事を引き起こしかねない。日本国としては、穏便に北京政府を支援していくのは妥当だろうと思う。

追記
 ダライ・ラマ自身も暴動は中国側が仕掛けた可能性を示唆していた。
 ”「兵士が僧侶変装」ダライ・ラマ、中国関与の可能性示唆 - 国際”(参照)より。


チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は29日、ニューデリーで記者会見し、チベット騒乱について「数百人の中国人兵士が僧侶の格好をしていたと聞いた」と発言。「僧侶が暴動を始めた」とする中国側の主張を念頭に、騒乱のきっかけを中国側が仕掛けた可能性を示唆した。PTI通信が伝えた。

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2008.03.19

チベット的癒しの話

 虐待されているチベットの人のことを思いながら書棚の本を手にとって少し考えた。まとまった話ではない。雑談がてらに。

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心ひとつで
人生は変えられる
 以前も少し触れたけど、ダニエル・ゴールマンが編集した「心ひとつで人生は変えられる」(参照)は、ダライ・ラマを交えた、「こころはからだを癒すのか」というテーマの討論会のまとめだ。この中で、心の傷を負ったチベット人の話が出てくる。ちょっと読むと、ダライ・ラマの意見はあっけらかんとした印象がある。

ダライ・ラマ 強制収容所に長くいたチベット難民は、収容所の体験が貴重だったとよくいいます。そこは最高の精神修行の場だったと。チベット人の場合、トラウマがこころに深い傷を残すいうことは珍しいんじゃないかな。その道の専門家にインタビューしてもらえばおわかりになると思うが、チベット難民はほかの難民とは違うと思いますね。
ダニエル・ゴールマン 彼らは悪夢に苦しまないんですか? ほかの拷問体験者みたいに?
ダライ・ラマ そりゃあ、悪夢をみる人もなかにはいるでしょう。私もそうでしたし。ラサで中国共産党員に囲まれたときなんか、もう何度も悪夢をみましたよ。三〇年たったいまでもまだときどきうなされるんですから(笑)。しかし、不安とか恐怖とかはぜんぜんない。チベットの難民は大勢います。年齢は一〇代から三〇代ぐらいまでさまざまですが、たいては強制収容所や刑務所に入れられた体験をもっている。現在、南インドの僧院大学で学んでいる僧侶たちはみな拷問の体験者ですが、PTSDの症状を呈している人はほとんどいないようですね。事実、彼らのほうがインドで育った学者より優秀ですよ。
ダニエル・ゴールマン それは、先ほどおっしゃったように、苦しみを精神修行の機会と考えるからですか。拷問されながら精神修行をするという?
ダライ・ラマ ええ、そうです。

 この部分に限らず、ダライ・ラマのレスポンスには、西洋人の考えることは不思議ですなみたいな暢気ものが多い。実態はこの会話のように、考えようによってとても悲惨なのだが。
 西洋人のもつチベット人のイメージに対する違和感のようなものも彼は率直に答えている。

ジョン・カバト=ツィン 昨日猊下はそうおっしゃいましたね。仏教では悪を無知と考えるから、仏教徒は無知にたいして慈悲心をいだくと。たとえそれで自分が被害を被ったとしても。前に、チベット人医師のとても感動的な話を読んだことがあるんです。その医師は中国人の刑務所で何年も拷問を受けたのに、拷問した人間を一度も憎んだことがないといっていました。それどこか、そんな残酷なことができる拷問者の深い無知にたいして慈悲心をいだきつづけたと。この医師を取材したアメリカ人精神科医が驚いたのは、恐ろしい体験をしたのに、西洋精神医学でいういわゆるPTSDの症状がこの医師にまったくみられなかったことです。投獄経験のあるチベット僧の大多数は、この医師と同じなのでしょうか。
ダライ・ラマ なかなか難しい質問だな。亡命してきた僧侶のなかには、中国人を激しく憎んでいる人もいますからね。
ダニエル・ゴールマン ということは、拷問者に慈悲心をいだいていないと?
ダライ・ラマ そうかもしれない(笑)
ダニエル・ゴールマン 慈悲心をいだいてなかったとすれば、どうして後遺症がみられないんでしょうね。ほかにどんな原因が考えられますか。
ダライ・ラマ カルマを信じていることかな。現在の苦しみは過去に犯した過ちのせいだと信じていますから。チベット人はみなそう信じています。
ダニエル・ゴールマン それだけですか? ほかには考えられませんか。
ダライ・ラマ 仏の加護を求めることもそうかもしれない。これはどの宗教にもいえますけどね。輪廻転生という迷いや世界の無について、つねに考えることも役立つのかもしれない。あるいは正義はかならず勝つという強い信念も。

 わかるようなわからないような話ではあるが、いわゆる宗教に凝り固まった人ではないダライ・ラマの素朴な人柄が伺える。
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心の治癒力
チベット仏教の叡智
トゥルク・トンドゥップ
 チベット難民の心の問題といえば、ダライ・ラマより4歳下で、少年時代僧院で育った、チベット仏教関連の著作家トゥルク・トゥンドゥップは、「心の治癒力 チベット仏教の叡智」(参照)でこう語っている。

 十八歳のとき、チベットの政治的な動乱によって、私は二人の師と八人の友人たちといっしょに、チベットを横断し、インドへ逃亡した。何ヶ月もかかって、何千キロもの道を歩いた。その途中、人里離れた谷の聖なる洞窟で、師であり、五歳のときからまるで親のごとくわたしを育ててくれたキャラ・ケンポが息を引き取った。それは、灰色の高山に四方を囲まれた場所だった。そのとき突然、わたしは、じぶんが孤児であり、逃亡者であり、家を失った難民であることを自覚した。
 長い旅の果てに、わたしたちは、豊かな智慧と文明の国、インドにたどりついた。何ヶ月ぶりに、わたしは、木陰の涼しさと、庇護されていることの温かさと安らぎを、感じとることができた。インドへのチベット難民は約十万人を数えたが、その多くが食物、水、気候、高度の変化のために死んでいった。生き残った者たちにも、チベットに残した愛する者たちの苦しい生活が、日夜ちらつく毎日だった。
 そういう暗い日々にあって、わたしを導き、慰めとなったのは、心の中にはぐくんだ仏教の叡智の光だった。

 彼は僧侶にはならず(なれなかったのかもしれないが)、アメリカに渡り、チベット仏教についての著作・翻訳を行う人になった。

 平和な心というろうそくの明かりを、人生の戦いの嵐から守る。そして、開かれた肯定的な態度の光を、ほかの人々に向けて送る。この二つが、困難なときに、それを乗りこえることを可能にさせてくれた。人生の大いなる悲劇は、さまざまな意味において、祝福であるということを、わたしは悟った。そういう悲劇的な出来事は、あやまった安定をつつむ毛布をひきはがすことによって、人生は幻である、という仏教の教えをはっきりとしめしてくれる。我執のこぶしを開くことがもっている治癒力については、もちろんのことだ。
 一九八〇年、わたしは、自由と繁栄の国、アメリカ合衆国に移住した。普通の場合、静かな心をたもちつつ、感覚的な喜びや、物質的な誘惑の攻撃を生きのびることは、苦痛や苦しみの中でそうするよりむずかしい。

 現代文明の生きづらさと、チベットの苦しみとの対比は、現代文明の国の側からするとそういうものかなという違和感もある。だが、先進諸国の日常でも、拷問のような心の苦しみはある。
 同種の話としては、今手元になかったが、チョギャム・トゥルンパ「チベットに生まれて―或る活仏の苦難の半生」(参照)に迫力がある。ちなみに、チョギャム・トゥルンパは実質世俗者となり、結婚もし飲酒もした。飲酒運転で半身不随となり、たしか最後は自殺したはずだった(追記 私の伝聞による間違いかもしれない。ウィキペディアでは死因は心不全とあった)。チベット仏教の叡智をもってして、自身を救えなかったのかと私は彼の邦訳本をかたっぱしから読み考えたことがあった。
 トゥルク・トゥンドゥップに話を戻す。一九八四年、彼は二十七年ぶりにチベットを訪れた。

 僧侶たちの大半は、じぶんの不幸な体験を、他人のせいにすることなく受け入れ、そのことによって癒されていた。じぶんの不幸を他人のせいにすれば、たしかに一時的には良い気分を味わうことができる。だが、結局のところ、苦しみと混乱は大きくなるばかりだろう。他人のせいにせず、状況を受け入れることこそ、真実の癒しの始まる転回点である。そのときはじめて、心の治癒力が始動する。だからこそ、シャンティデーヴァはこう書いている。

「じぶんを傷つけずにいられなかった者たちに、
 たとえ、慈悲の心をおこすことはできなかったとしても、
 怒りをおこしてはいけない。
 それは(無知と怒りの)煩悩によるものなのだから」


 トゥルク・トゥンドゥップによる本書は、チベット仏教ではニンマ派の教えになり、ゲルク派のダライ・ラマとは異なる。教えに違いがあるかについては、私はよくわからない。私からすればその違いは理解できないものかもしれない。
 それ以前に、虐待・拷問の苦しみを心に残さず生きていけるとしても、こうしたチベット仏教の教えを信じられるかというところもよくわからない。私は、できるだけ、現世の、チベット人の虐待が少なくなることを単純に願う。

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2008.03.18

短編小説 2008年のダライ・ラマ6世

短編小説 2008年のダライ・ラマ6世

 きのうマックでリナと話していて、「ねえ、アリサ。チベット弾圧ってひどいよね」と言われた。わたし、世界史は好きだけど、そういうことはよくわかんないと答えた。リナはいろいろネットで仕入れた話をしてくれた。そのせいで夢にダライ・ラマが出てきたんだと思う。
 彼、瀬戸康史みたいな感じでけっこう美形だった。だれ?きみ?ってきいて、「いちおう、ダライ・ラマなんだけど」って彼が答えたときはびっくりした。まさかね。服装はそれっぽいけど髪長いし。
 「ダライ・ラマってさ、十条駅前とかにいそうなオッサンっぽい人じゃないの? それとも若いときはこんな感じ?」
 「いまのダライ・ラマは14世で、ぼくは6世」
 「ひいお爺さんのそのまたひいお爺さんくらい?」
 「ダライ・ラマって結婚しないし、子どももいないんだ」
 「童貞はガチ」
 「ぼくの場合ちょっと違うんだけど、輪廻転生って知っているよね」
 「生まれ変わり。ダライ・ラマって生まれ変わるってリナも言ってた」
 「そこがわかってもらえると話が早い」
 「でも変。あのオッサンのダライ・ラマに生まれ変わっているなら、ここにいるきみって矛盾してない?」
 「ぼくはちょっと例外」
 「輪廻転生の例外?」
 「そう。ダライ・ラマは確かに転生したんだけど、ぼく的な部分が残ってしまったんだ。ワインのオリみたいな感じ」
 「ワインのオリ? オリにワインが入っている?」
 「そうじゃないけど。未成年はお酒飲まないか」
 「ダライ・ラマのオリがどうして、わたしの夢に出てくるわけ?」
 「ちょっと気になって。チベットの人のこととか、きみのこととか」
 「チベットの人が気になるのはわかるけど、どうして、わたし?」
 「よく似てるんだよね、恋人に。なんど恋愛しても似た人好きなるっていうじゃない」
 「あのさ、チベットはけっこう悲惨なのに、すごい不謹慎な話してない?」
 「そうかもしれない。ごめん。ぼくってだめなんだよね」
 「マジ反省されても困るんだけど。ところでなんでダライ・ラマのきみは現代までいるの」
 「いろいろ気になって。この世に心を残していると成仏はしないんだよ」
 「チベットの人のことも気になるわけよね」
 「もちろん。平和であってほしい」
 「きみは霊界に何年いるの?」
 「殺されたのは1706年だから、302年前かな」
 「殺された?」
 「暗殺」
 「誰に?」
 「中国人かな」
 「中国人ってひどい?」
 「そう単純な話ではないよ」
 「ところでこれって夢の中のこと? なんだかわたし眠れてないって感じがするんだけど」
 「厳密には夢とは違うかもしれない。フォーカス18くらい」
 「フォーカスって?」
 「悪い冗談。ちょっと実体化していい」
 「いいよ。寝れない感じだし。きみ、生理中に襲ってきそうなタイプじゃないし。あったかいミルクでも一緒に飲む」彼はうなづく。「それから話を聞こうじゃない。むずかしい話って眠くなりそうでいいし」

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ダライ・ラマ六世
恋愛彷徨詩集
 わたしはパパの寝室から聞こえるイビキを確認しながらキッチンでミルクを2つのマグに注ぎ、レンジで温めてもってきた。ダライ・ラマ6世君は仏像みたいに私のベットの横に座っている。ミルクを勧めるとごくごくと飲んで、ちょっと薄いねと言って、話を始めた。
 「モンゴルにハルハ部族が暮らすハルハという地域があって、ぼくが転生してくる前だけど、財産のこととかでもめていた。そこで仲裁役に、当時中国を清朝として征服していた満洲族の王様、愛新覚羅玄燁(アイシンカクラ・ゲンヨウ)王が頼まれた。なぜって彼は昔モンゴルを支配していたチンギスハーンの王朝を継いでいるからね」
 「中国の王様が仲裁に頼まれたわけね」
 「漢民族の王様じゃなくて満州族の王様なんだけどね。仲介役を頼まれたゲンヨウ王は、じゃあ話し合いで解決しましょうということで、ハルハ部族が信仰している宗教、チベット仏教の会議を開くことにした。そこでぼくのひとつ前の転生のダライ・ラマ5世も当然そこに呼ばれた」
 「それで」
 「話し合いはうまく行かなかった。派閥問題が起きた」
 「派閥問題?」
 「チベット仏教に対立するグループがあったんだ。ダライ・ラマのゲルク派というのとサキャ派というのと」
 「ダライ・ラマが一番偉いんじゃないの?」
 「そう言ってくれると、ぼくはうれしいんだけど」
 「でも、きみは例外」
 「この会議で、ダライ・ラマの信者だったオイラト族の王様ガルダンが怒った。ダライ・ラマが尊敬されていないと思ったし、彼の弟が暗殺されたりもした。ガルガン王は戦争を起こしてハルハを制服してしまった。逃げた人たちは満州族のゲンヨウ王に泣きついた。それで今度はゲンヨウ王とガルダン王の戦争になった。なんとなく中国対チベットの戦争みたいに見えるんだけど」
 「どっちが勝ったの?」
 「ゲンヨウ王。壮絶な戦いだった。それでゲンヨウ王はチベットを恐れるようになった。そのころぼくはもう転生していた。ガルダン王が戦死する前に実はこっそりダライ・ラマ5世は死んでいた。ぼくがダライ・ラマの生まれ代わりって知らされたのは14歳」
 「中二病の最中」
 「恋愛とかしたし、ワインも好きだった。でもそういう話は中国人がぼくを堕落した人に見せかけるために作った伝説だという人もいる」
 「ほんとうはどうなの?」
 「人の見方によるんじゃないかな。ぼく自身は人の噂とかけっこうどうでもよかったりして」
 「そういうもん?」
 「慣れたし、もっとひどいこともあった」
 「暗殺されたんだっけ。誰に? なぜ?」
 「具体的な相手はわかんないけどね。ぼくのダライ・ラマとしての自覚が足りなかったからいけないのかもしれないけど、チベットのごたごたにつけこまれて、オイラト族の別の王様、ラサン王が攻めてきた。ぼくを捕まえて北京に送るというんだ。そうしたらチベットの人たちが集まってぼくを奪回してくれた。でもぼくは、そこからも逃げた。そして暗殺された。24歳のまま」
 「なぜ逃げたの?」
 「ぼくのためにチベットの人が争って傷ついてほしくなかったんだよ。っていうか、そのとき、ぼくはダライ・ラマなのだから自分のいのちより人々の平和を願おうと思った」
 「偉いんだね」
 「ぼくの死後、ラサン王は別の人をダライ・ラマ6世としたんだけど、チベットの人たちは認めなかった。ぼくが暗殺されたのも信じなかった。それからラサン王も別の戦争で死んで、こんどはゲンヨウ王がダライ・ラマ7世を立ててチベットに送った。その後、チベットは清朝に保護されるようになった」
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皇帝たちの中国
岡田英弘
 「それで、チベットは中国の一部だということなわけね」
 「違うよ。それに清朝は満州族の王朝で、漢民族の王朝じゃない」
 「でも、今の中国はそういう言ってチベットを征服したんでしょ?」
 「それが正しいなら、満州族の王朝はモンゴルの王朝を引いているから、今の中国はモンゴルの一部になるよ」
 「そういうもん? 違う気がするけど」
 「みんなが自分の文化を大切にして生きて行ければ、そんなことはどうでもいいんだけどね」

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2008.03.17

[書評]2日で人生が変わる「箱」の法則(アービンジャー・インスティチュート) その2

 昨日のエントリ「極東ブログ: [書評]2日で人生が変わる「箱」の法則(アービンジャー・インスティチュート)」(参照)の補足。同書を読み返しながら、ここは解説したほうがいいのではないかと思われる重要点が2点あるので、それに触れておこう。解説といってもできるだけ恣意的な解釈はさけて、原典にそって翻訳書ではわかりづらい点を扱うことにしたい。

 一点目は「共謀の図式」について。
 本書では、「平和な心」ではない「敵対心」がどのように現実の悪循環を引き起こすかということを、「共謀」という概念で、さらに図式化して説明しているのだが、訳書では図が少ないのと図があまり適切ではないように思われるので、ここの理解は難しいのではないだろうか。もっともよく読めば理解できないわけではないので、お節介な感じもしないではないが、その点は自分自身の復習もかねて書いているということでお目こぼしを。
 まず、「共謀」という言葉だが、「共謀罪」というときの共謀ではない。つまり、Conspiracyではない。英語では、Collusionなので「談合」に近いし、その訳語を当てることもある。ただ、ここではもっと辞書的な意味合いが濃い。Merriam-Websterより(参照)。


secret agreement or cooperation especially for an illegal or deceitful purpose

 「不法的・欺瞞的な行為の密約」といったふうに理解できるだろう。本書でCollusionは、そうした協議のニュアンスはなく、双方が知らず知らずに共同して悪循環をもたらしているという含みがある。共依存(codependence)という概念に近いかもしれない。
 オリジナルでは、このCollusionを4段階にわけて説明しているのだが、邦訳書では2枚だけで実質以下の1枚に凝縮されている。

 

共謀の図式
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 見方としては右下の1番から時計回りに4番まで巡るのだが、邦訳書の図では独立の4項目に分かれているが、これは3と2がアヴィ、4と1がハンナというまず大枠では二者を意味する二項として見るほうがよい。
 また、中央に箱に入った人物図があるが、これは編集サイドがおそらく箱を理解していないためで、箱はつねに個人にあり二者を囲む箱はない。箱に入った二者の関係は二つの箱の関係になる。おそらく、邦題の「箱」に引かれてしまったのだろうが、間違いだろう。
 ややわかりづらいのは、「私の行動」「私の見方」「彼女の行動」「彼女の見方」というところで、これらは、DOとSEEに対応している。働きかけとそれが相手にどう見えるかということだ。
 一番わかりづらいのはSEEにおける「一つのもの」だが、この「一つのもの」とは、つまりここで「我-物」の関係になっているということだ。
 まとめる。
 まずハンナの行動の1からだが、「尋ね・不満をもらし、しつこく頼んで私(つまりアヴィという他者という物)が行うことを強く要求する」というDOがあると、これを、2アヴィのSEEではそれを「物」として見てしまう、ということ。
 物として見ると、物としての理解として「要求がきつい、理不尽、小うるさい、じゃまもの」となる。そしてそこから、アヴィのDOである3、「抗議する、彼女に教える、傲慢な態度で応じる」となる。
 このアヴィのDOが、ハンナのSEEにおいて、また「物」として見える。だから、相手という物が「自己中心的、思いやりがない、未熟」という理解になり、そこから1のDOが惹起され、悪循環に陥る。
 つまり、この悪循環作成と敵対関係の増強に貢献しているのは、二者そのものであり、だから、共謀(Collusion)なのだということ。
 昨日のエントリでアリッグ教授が若い日のユースフに言った言葉はこの「共謀」を意味している。


『虐げられた人たちが反撃しているんですね』私はさり気なく言いました。
『そうです、双方とも』彼は光景から目を離さないまま、答えました。
『双方とも?』
『ええ』
『どうして? 催涙ガスを使っているのは一方だけじゃないですか』
『よく見て。どちらの側も催涙ガスを欲しがっているのがわかる』

 アリッグ教授は、暴動を理念的に断じるのではなく、そこで「共謀」が発生している事態を詳しく観察していたのだ。
 そして、この共謀の原点にあるのは、「敵対する心」であり「平和な心ではない状態」だ。だから、その心的状態にあるユースフに対してアリッグ教授は哀れんだ。

私もまた乱闘のほうに目をやった。『彼らの気持ちがわかりますよ』暴徒と化した黒人たちをあごで示した。
『それはお気の毒だ(Then I pity you)』
私は面くらいました。
『私が気の毒? なぜですか?(Pity me? Why?)』
『あなたは、自分自身の敵になっている(Because you have become your own enemy)』彼は静かに、しかし、きっぱりと答えた。

 「共謀の図式」の中に捕らわれた人は、自分自身を自分の敵にしている。
 ここで少し話がずれるのだが、「自分自身を敵にする」ということは、迫害・抑圧者になるという意味ではないかと思う。すると。

『でもあるグループの人々が別のグループを虐げているとしたら?』私は尋ねました。
『その場合、虐げられているグループは、自分たちが虐げる側にならないように気をつけなければいけない。それは陥りやすい罠だよ。過去の虐待という正当化の手段が手元にあるわけだからね(Then the second group must be careful not to become oppressors themselves. A trap that is all too easy to fall into,’ he added, ‘when the justification of past abuse is readily at hand.)』

 "to become oppressors themselves"は、関係性にあっては、自身を他者との関係で迫害・抑圧者に変質させるというのが一義であるとして、内奥においては、自身に対する迫害・抑圧者となることを意味している、と理解すると本書の各部での主張が整合するように私には思える。たとえば、蔑まれるより蔑むほうがつらいのだといったことなど。

 二点目に移る。
 「虐待された女性が虐待者を憎むのは間違いだと言う?」(邦訳書p135)という問題だ。
 パレスチナ人ユースフは父をユダヤ人(正しくはイスラエル国家)に殺され、そのことでユダヤ人であるモルデカイという老人に接する難しさが生じたということで、ユースフはこう言う。


モルデカイを人として見ていたから苦難にこだわっていなかったんです。苦難にこだわる必要があったのは、モルデカイに無情な仕打ちをしたことを正当化する必要があったから。苦難は言い訳だったんです。言い訳する必要がなかったら、私は苦難のことは考えもしなかったでしょう」
「じゃあ、虐待された女性が虐待者を憎むのは間違いだと言うの? 申し訳ないけど、ついていけないわ」グウィンはあざ笑った。
 ユースフはすぐには答えず、深い息をした。「私にもわからなかったんですよ、グウィン。一つ話を聞いてもらえますか?

 そして、性暴力にあった女性の手紙を読み、彼女が暴力を振るう夫を「人」として見たときどうなったかについて話が進む。ここはこの書籍を購入して読むべき部分なので割愛するとして、こう続く。

 ユースフは手紙から目を上げると、咳払いをして言った。「もし誰かひどい目にあっている人がいたら、私は心をいためます。なんとむごい重荷を負わなければならないことかと。その人の心の中が荒れ狂っていたら、私は意外に思うでしょうか? もちろん、思いません。そうした状況で、そうならない人がいるでしょうか。
 しかし、いまのような話に、大きな希望を感じます。再び平和を見いだすことができるということを示唆しているからです。私の人生の大部分は戦争地帯での生活だったのですが、それでもそう思いますね。

 そして、ここから私が解説が必要なのではないかという部分に続く。

 現在何もできないということで、過去のひどい扱いが消え去るかもしれないけれど、現在のふるまい方によって、その記憶を持ち続けるかどうかが決まります。

 端的に言って、この意味が通じるだろうか?
 この言葉こう続く。

人を物として見れば、自分を正当化するために自分が被った不公正にこだわるようになる。ひどい扱いと苦しみをよみがえらせて。反対に、人を人として見れば、正当化する必要がなくなります。すると、自分が被った最悪のことにこだわらなくなり、最悪のことは忘れ、他人の中に悪いところだけではなく、よいところを見ることができます。
 しかし、私の心が敵対的だったら、それは不可能です。敵対的な心は、それを正当化するために敵を必要とする。平和よりも敵と虐待を必要とするのです。

 この部分はそれほどわかりにくいものではない。
 だが、それと、前段のこの言明の関係がわからない。

 現在何もできないということで、過去のひどい扱いが消え去るかもしれないけれど、現在のふるまい方によって、その記憶を持ち続けるかどうかが決まります。

 この意味はなんだろうか?
 現在なにもできないでいると過去のひどい扱いが消えるか消えないか不明だが、現在の振る舞いかたを変えると、記憶の維持が変わる。つまり、人を人としてみると、過去の記憶の最悪のことを忘れる、ということだろうか?
 英文は次のようになっている。

Although nothing I can do in the present can take away the mistreatment of the past, the way I carry myself in the present determines how I carry forward the memories of those mistreatments.

 最初の英文の文法構造は次のようになっている。

nothing can take away the mistreatment of the past

 ここだけ訳すと。

 どのようにしても過去の不当な扱いを取り消すことはできない。

 となる。
 修飾構造を戻すと。

nothing I can do in the present can take away the mistreatment of the past,

 訳すと。

私が現在できるどのようなことでも過去の不当な扱いを取り消すことはできない。

 となるはずだ。すると。

Although nothing I can do in the present can take away the mistreatment of the past, the way I carry myself in the present determines how I carry forward the memories of those mistreatments.

(finalvent訳)
私が現在できるどのようなことでも過去の不当な扱いを取り消すことはできないとしても、私自身の現在の処し方が、これらの不当な扱いの記憶を持ち越すかどうかを決めています。

(現訳)
現在何もできないということで、過去のひどい扱いが消え去るかもしれないけれど、現在のふるまい方によって、その記憶を持ち続けるかどうかが決まります。


 どうだろうか。
 この部分の全体を訳しなおしてみよう。

Although nothing I can do in the present can take away the mistreatment of the past, the way I carry myself in the present determines how I carry forward the memories of those mistreatments. When I see others as objects, I dwell on the injustices I have suffered in order to justify myself, keeping my mistreatments and suffering alive within me. When I see others as people, on the other hand, then I free myself from the need for justification. I therefore free myself from the need to focus unduly on the worst that has been done to me as well. I am free to leave the worst behind me, and to see not only the bad but the mixed and good in others as well.

私が現在できるどのようなことでも過去の不当な扱いを取り消すことはできないとしても、私自身の現在の処し方が、これらの不当な扱いの記憶を持ち越すかどうかを決めています。私が人を物として見るとき、私自身を正当化するために、私が苦しんできた不正に安住し、その不正を保持し、私の内面で苦しみつづけます。逆に、私が他者を人間としてみるとき、私は自己正当化から自分を自由にすることができます。すると同様に、自分に降りかかった最悪の事態に過度に注意する必要性から自分自身が解放されます。私は自分の後ろに最悪の事態を捨て置き自由になり、悪だけを見るのではなく、良い面もあり悪い面もある他者をも見るようになります。


 再び、この意味はどういうことなのだろうか?
 こう言い換えてもいいだろう。過去のことは現在どうすることもできない。だが、(民族間の歴史の憎悪や加害者へ憎悪を越えて)人を人として見るなら、自分が正しいのだと主張するために憎悪の記憶を維持して自分を苦しめることはなくなる。
 そうなのだろうか。それは各人が本書の思想をどう受け取るかにかかっているし、それは自由だ。私は受け入れたいと思う。
 この考えは、くどいけど「極東ブログ: [書評]奪われた記憶(ジョナサン・コット)」(参照)でふれたローレンス・クシュナーの考えに近い。

たとえば、虐待されてきた人がすべてを忘れるためには、何が必要なのかも考え合わせなければなりません。なぜなら、覚え続けていると、それがその人を虐待し続けるからです。残念なことに、今日多くのユダヤ人の中にその傾向が見られます。私個人は、ワシントンのホロコースト博物館への特別招待を何度もお断りしました。思い出したくないからです。また、私のことを犠牲者として思い出すなんて、世間の人にとっては時間の無駄だと思います。私がその恐ろしさを覚えておきたいのは、あのようなことが私にも、他の誰にも、二度と起こらないようにするためだけです。


以前所属していた教会で、「大量虐殺に反対するユダヤ人」をスローガンに掲げるグループを作るのに私は手を貸しましたが、そのグループの名前は「われわれでなければ、誰が?」でした。そのようなやり方で、私はホロコーストの記憶に応えようと思います。私はガス室の写真を見たいとは思いません。ですが、大量虐殺が現在行われているルワンダやその他の地域の写真は、関心をもって見ています。私はそのことをひとりのユダヤ人としては心の底から知っています。ですから、そのことが私なりの社会的責任を負わせているのです。そのことは忘れたくありません。

 民族の虐待の記憶を忘れないとして、その苦しみを特定の民族のメンバーとして個人が意識し続けることはその人の内面を虐待し続けてしまうとクシュナーはいう。つまり、民族の虐待の歴史を忘れないということは、特定の民族の虐待の歴史を顧みて民族意識を高揚させることより、現在世界で進行している虐待を止めようと努力することだとしていることになる。
 私は、それも正しいと思うようになった。

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2008.03.16

[書評]2日で人生が変わる「箱」の法則(アービンジャー・インスティチュート)

 本書「2日で人生が変わる「箱」の法則(アービンジャー・インスティチュート)」(参照)は昨日のエントリ「極東ブログ: [書評]自分の小さな「箱」から脱出する方法(アービンジャー・インスティチュート)」(参照)で扱った書籍の続編にあたる。

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2日で人生が変わる
「箱」の法則
 ストーリーの展開としては、「自分の小さな「箱」から脱出する方法(アービンジャー・インスティチュート)」(参照)の20年ほど前の話になるので、スターウォーズのシリーズのような趣もあるが、内容的な展開からすれば、出版された順序で、つまり、現代に近い「自分の小さな「箱」から脱出する方法」を先に読み、それから「2日で人生が変わる「箱」の法則」を読んだほうがよいだろう。こちらの本だけ単独で読むこともできるし、ある程度の読書人が普通に読めばわかるように本書のテーマは、9・11事件とその後の世界をどう捉えるかという壮大なテーマが仕組まれていることで、読後のかなり重みを受けるだろう。
 こう言うのは少し大げさなのかもしれないが、本書は前書の十倍近いインパクトがあった。私は打ちのめされたと言ってもいい、辛うじてそうでもないとすれば、本書の思想に対して私は、「極東ブログ: [書評]奪われた記憶(ジョナサン・コット)」(参照)のローレンス・クシュナーの思想からかなり接近していたので、受容できる素地があった。あるいは、クシュナーの思想をある程度受け入れようとしていたから、本書のインパクトを受け入れられたのかもしれない。
 邦訳書はその表題や装丁、イラストなどからして、前書「自分の小さな「箱」から脱出する方法」の柳の下のドジョウ的な売れを狙ったか、日本のアービンジャー・インスティチュート・ジャパンのセミナー活動のパンフレット的な思惑で出版されたのだろうと推測する。つまり、できるだけ前書のビジネス・ハウツー的なノリで読めるようにマーケット的に配慮したのだろう。
 だが、本書はビジネス書としても読まれうるが、どうも作者はそう読まれないようにある程度ゴツゴツとした知的な障害物を意図的に配置しているように思える。冒頭十字軍の歴史を配してあるあたりは、軽薄な日本のビジネス・ハウツー本ならさくっと削除するだろう。だが、この挿話は本書の本質に関わっている。著者は現代という時代を、ある意味で十字軍問題の延長として見ているし、教官に初老のパレスチナ人ユースフと中年のユダヤ人アヴィを配置していることからもわかる。
 前書で一度だけ触れたマルチン・ブーバーについては比較的記述が増えている。ブーバー哲学やその人生に触れた人間なら、読者がブーバーの後年の活動を著者が意識していることは明確にわかるだろう。
 9・11が隠されたテーマであることは、米国現代史の流れで見れば、ベトナム戦争を初老に至る世代がどう受容するかという問題にも関わっている。この関わりが未だに米国の現代的な問題であることはマケインの存在からも比喩されるだろう。この点は、本書では、主人公のルー(海兵隊)とペティス・マリ(空軍)を配置していることからわかる。なお、彼らのことをこの訳書では「ベテラン」というカタカナを当てているが、veteranは退役軍人の意味があるのでやや誤訳に近い。他、随所、こなれていない訳がある。
 さらに現代の比喩でいえばオバマが示しているような黒人問題も本書には反映されている。この部分にはトリックがあるので深くは触れないものの、あとで少しスポイラーとなるかもしれない核心には触れたい。
 読後に気が付いたのだが、本書は女性問題の書籍でもある。そこは意図的ではなく表面からは隠されているのだが、ルーの妻キャロル、英国人エリザベスに反映されている。ある意味で本書の主人公はルーではなくキャロルであるかもしれない。日本人でもある程度人生というものが見えてきた中年の女性なら、本書を読みながら愕然と泣き出してしまうかもしれない。
 いずれにせよ、このように本書は、あたかも読みにくくする障害のように、登場人物にかなりの作り込みをしていてるし、その部分についてある程度腰を据えて読まないとわからないようにできている。速読はできないし、要点をまとめてリストにするような書籍ではない。私の思い入れが強いすぎるのだが、本書は、その登場人物一人一人を大切に思いつつ読むことが強いられる。というまさにその意味で、人を人として見る=箱から出る、ということをメタ的に構造化してある驚愕すべき仕組みがある。私はカラマーゾフの兄弟でも読むように、人物関係を図にしたしおりを作って読んだ。ついでなので掲載しておく。

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主要登場人物図

 本書の主要な課題は、「箱」とはいいがたい。実際、オリジナル・タイトルもそこは意図されていない。オリジナルは「The Anatomy of Peace: Resolving the Heart of Conflict」(参照)であり、直訳すれば「平和の解剖学:心的葛藤を解く」というものだ。人々の心の葛藤が敵対心を生み出すそのプロセスを平和=平安の視点から解剖学的に見ていく、というのが本書の哲学的な枠組みである。「2日で人生が変わる「箱」の法則」という表題は、やや失礼な言い方にもなるが、本書をよく読まれてない人がマーケットやセミナー戦略に媚びてつけた失敗だろう。

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The Anatomy of Peace:
Resolving the Heart of Conflict
 余談だが、本書は昨年出版されたものの安価なペーパーバックはこのエントリー執筆時点ではまだ出版されていない。日本の出版界はいろいろ批判されるべき点も多いのだが、結果として安価に良書を幅広く提供するという点では、医療システムのように国際的にも優れている点がある。
 アービンジャー・インスティチュートのこの2冊の思想的な起源はどこにあるのか? 隠されたモルモン教なのか。その点はわからなかった。書籍のフィクションの内側としては、ルーに起源をもつのだが、ルーの転機は、パレスチナ難民ユースフに由来する。では、ユースフはどのようにその思想を得たか。それはイエール大学で哲学を教えている、黒人の哲学者ベンジャミン・アリッグだとしている。私はアリッグが現実の哲学・思想史で誰を指しているのか、不覚にもわからない。ブーバーではないだろう。ご存じのかたがいたら教えていただきたい。この思想をもう少し深めたいと思うからだ。連想としては、シェルビー・スティール(Shelby Steele)の「黒い憂鬱 90年代アメリカの新しい人種関係(翻訳:李隆)」(参照)がふと浮かぶが、「A Bound Man」(参照)のようなオバマ評価をもつ思想とはまったく異なる。あるいはキング牧師のような系統かともふと思うがまったく違うだろう。
 物語のなかでユースフは1976年6月5日を回想して、こう自分を語る。彼はパレスチナ難民としてファタハに所属していた。

 ファタハのネットワークは、新しい現実を踏まえて、急いで基盤を立て直そうとしましたが、われわれは自信を失い、同時に希望の光も勢いを失っていた。どんな戦いが行く手にあろうと、期待したよりはるかに長引くだろうと思われました。とにかく、私はこれからもそうした戦闘で主導的役割を努めることはなさそうだったので、私は他の戦闘を探しはじめました。一民族としてのわれわれの失敗を、日々、思い出させるものからも、そしてまた、自らの権威を失墜させ、われわれの大きなチャンスを無駄にしてしまった自分自身に対する自己嫌悪からも、私を解き放ってくれる戦闘を」

 ユースフは米国にやってきた。ベトナム空軍歴のあるペティスはユースフに問う。

「それで、いったいなぜ合衆国に来ることになったのですか?」ペティスが聞いた。
「暗殺です」
「暗殺?」ペティスはたじろいだ。

 ユースフの転機はベンジャミン・アリッグ教授との出会いだった。ユースフは催涙弾を使った黒人暴動を傍観しているとき、その傍観群衆のなかのある黒人に気が付く(一部原文を補う)。

 ちょうどそのとき、同じように引きつけられているらしい黒人――そう、彼がベン教授でした――に気がつきました。彼はほとんど白人ばかりの見物人の中にいて、私は好奇心をそそられ、彼を見つめました。その場に引き込まれそうな危険な状況にもかかわらず、彼は抗議に加わることも、恐怖で逃げることもなく、落ち着いた様子で静かに立っていました。ただ、心配そうな深刻な表情ではありましたが。
 その黒人がこの闘争をどう思っているのか知りたくて、私は彼ににじり寄っていった。虐げられたパレスチナのアラブ人として、彼の考えを理解できる気がしたのです。いま、ここで戦っているのは、ファタハの同胞たちと同じような人々なのだ。その群れの中に知っている顔があったら、私は身を挺して催涙ガスを妨害しようとしただろう。例の黒人に近づきながら、私は同情を示すつもりでした。
『虐げられた人たちが反撃しているんですね』私はさり気なく言いました。
『そうです、双方とも』彼は光景から目を離さないまま、答えました。
『双方とも?』
『ええ』
『どうして? 催涙ガスを使っているのは一方だけじゃないですか』
『よく見て。どちらの側も催涙ガスを欲しがっているのがわかる』
私は、怒りに荒れ狂う暴徒を再び見て、この男の真意は何なのか、たとえ彼の言葉が本当だとしても、それに気が付く人がいるだろうかと考えていました。
『どちらのご出身ですか?』彼は騒ぎを見つめたまま、聞いていました。
『エルサレムです、パレスチナの』
彼は何も言いません。
私もまた乱闘のほうに目をやった。『彼らの気持ちがわかりますよ』暴徒と化した黒人たちをあごで示した。
『それはお気の毒だ(Then I pity you)』
私は面くらいました。
『私が気の毒? なぜですか?(Pity me? Why?)』
『あなたは、自分自身の敵になっている(Because you have become your own enemy)』彼は静かに、しかし、きっぱりと答えた。
『私が反撃したがっているからですか? 私と同胞がこうむった不正を正したいと思っているからですか?』
彼は黙っていました。
『私が催涙ガスを欲しがるのも当然の状況なら、どうですか?(What if circumstances are such that I'm justified in desiring tear gas?)』(I retorted, returning to his earlier comment.)
『まさしく(Exactly,)』
『まさしく? どういうことですか?(Exactly?’ I repeated in confusion. ‘What is that supposed to mean?’)』
『あなたはあなた自身の敵になっている(You have become your own enemy)』
――こうして、私はベン・アリッグ教授に師事することになったのです」

 それから3年間、ユースフはアリッグ教授のもとで学び、人種偏見を解いていくことになった。ただ、この部分については思想的には、先のスティールの議論ではないが異論はあるだろうと私は思う。
 アリッグの思想は若いユースフとの対話でこう簡素に語られている。ある意味で簡素過ぎるのだが。なお、この部分は微妙なので、関心のある人はできたら原文も留意していただきたい。

『他者を人として見るようになると、人種、民族、宗教などに関わる問題もそれまでと違って見えたり、感じられたりするようになる。つまり、希望や夢や恐れを抱いている人々、それにきみ自身と同じように自己正当化している人々も見えてくるはずだ。(When you begin to see others as people,’ Ben told me, ‘issues related to race, ethnicity, religion, and so on, begin to look and feel different. You end up seeing people who have hopes, dreams, fears, and even justifications that resemble your own)』
『でもあるグループの人々が別のグループを虐げているとしたら?』私は尋ねました。
『その場合、虐げられているグループは、自分たちが虐げる側にならないように気をつけなければいけない。それは陥りやすい罠だよ。過去の虐待という正当化の手段が手元にあるわけだからね(Then the second group must be careful not to become oppressors themselves. A trap that is all too easy to fall into,’ he added, ‘when the justification of past abuse is readily at hand.)』
『彼らが単に不正をなくそうとしているだけだとしたら、どうして彼らが迫害者になるのですか?(How would they become oppressors themselves if they simply try to put an end to injustice?’ I asked.)』
『不正をなくそうとしている人々の大半は、自分がこうむった思っている不正のことしか考えないからね。つまり、彼らが本当に関心があるのは不正ではなく、彼ら自身のことだよ。自己中心の考え方を、表向きの大義の陰に隠しているのだ(Because most who are trying to put an end to injustice only think of the injustices they believe they themselves have suffered. Which means that they are concerned not really with injustice but with themselves. They hide their focus on themselves behind the righteousness of their outward cause.)』そうベンは答えました。

 本書でアリッグ教授が語る思想はそれだけだが、私はこれだけで圧倒され、考え続けた。
 ユースフとは誰だろうか? アリッグとは誰なのだろうか? 
 物語では、アリッグ教授はこうした平和の思想を持ち、実践しながら、最後は飲酒運転者によって死に至ったとしている。つまり、その死にはなんら意味はなかった。人生の思想と行動は死の結実を表面的には得ないし、私たちはそれに向き合っているとしている。
 そう語るのは誰か。
 私はアービンジャー・インスティチュートに身を隠し、匿名化した(参照)テリー・ウォーナーその人だろうと思う。テリー・ウォーナーにはユースフとの符帳が隠されている(参照

Warner holds a Ph.D. from Yale University and is a professor of philosophy at Brigham Young University.[1] In 1967 he joined the faculty at Brigham Young University, where he has served as chair of the Philosophy Department, director of the Honors Program, and dean of the College of General Studies.[2] He was a visiting senior member of Linacre College, Oxford University.

 テリー・ウォーナーはユースフと同じように、イエール大学で哲学を学んだ。物語でアリッグ教授がいたとされる大学である。それから、ウォーナー教授はモルモン教コミュニティーと関連の深いブリガムヤング大学の教授となる。普通に考えれば、ウォーナー自身もモルモン教徒ではないかと思われて不思議ではない。
 ブリガムヤング大学の教授陣の紹介では、Specialtiesとして"Education In Zion Exhibit"が上げられている。シオニズム関連の専門ということだろうか。確かに本書はその背景知識が生かされているし、ブーバー哲学との接点もそこにあるのではないかと思われる。
 ウォーナーの思想は、最大限好意的に見てブーバーがそうであったようなシオニズムの一種なのだろうか。あるいは、ユースフがファタハであることを思想的に解体したように、モルモン教徒であることの積極的な解体として彼の思想・活動の展開があるのだろうか。
 わからないと言えばわからない。だが私は、本書で語られているアリッグ教授の思想を正しいと思うし、この思想に馴化していくだろう、私自身が私の敵にならないために。

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