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2008.01.03

2008年世界はどうなるか、って言われても

 明けましておめでとうございます。2008年世界はどうなるか。いろいろ考えてみたがわからない。一番の問題は北京オリンピック以降の中国の経済だろうが、その時点でクラッシュしますよ、世界経済オワタ、日本オワタとすっきりと私が言えるものでもない。
 というか今年前半はチキンゲームとその他いろいろな勢力のどうしようもないメディア操作の大騒ぎが始まるのではないか。そう思うとなんだか情報にお付き合いするのもうんざりしてくる。え? 国内? どうにもならないでしょ。総選挙? やれるものならやったら、くらいだろうか。それでメディア操作の大騒ぎが始まるとしたらすでに日本自滅の兆候だろう。
 話を世界に戻す。中国終了の前に米国終了が先になる可能性はないか。という雰囲気も日本国内から見るサブプライム問題騒ぎからは気になるところだが、それは米国の株価の動向を薄目で見ていけばいいだろう。それほどたいした変化はないように思う。が、ドルはどうなるのか? という話題はあるにはある。というあたりで、またまたフィナンシャルタイムズを枕にエントリを進めよう。ネタは昨年末26日付けの社説”It’s a multi-currency world we live in”(参照)。表題どおり、我々が住んでいる世界はマルチカレンシーなのだ、ということだ。つまりドルの支配は終わったみたいな空気読め、と。


It does not seem so very long ago that foreign currency traders nicknamed the euro “the toilet currency”, because it was going down the pan. That is true no longer. The euro is soaring high, while the dollar is flushed away.

So is this the end of the dollar’s reign as the world’s dominant currency ?


 ユーロなんてトイレットペーパーみたいなもんでしょと悪口言われたのはそう昔のことではないが、今や高値となり他方ドルはといえば衰退している。ではもう、ドルっていうのは世界の主要通貨とはいえないのではないか? ってな話で社説は始まる。
 ドルはどうなるか? ところで私も若干ユーロを持ちながらユーロなんてダメでしょと思っていた。ロバート・サミュエルソンが昔そう言ってたし、たしかクルーグマンもそう言ってたはず。違ったかな。
 ドルはもうダメなのか? 民放番組のCM前後みたいに問いをかぶらせる。

So is this the end of the dollar’s reign as the world’s dominant currency ? The answer is almost certainly “no”.

 ドルは主要通貨ではないのか? その答えは、否。
 つまり主要な通貨のまんまだよ、と。ただし、この先フィナンシャルタイムズはそれでも過去90年間で最初の競合相手を持つようになったとしている。つまり、ユーロ。いや、どうも元もそうだと言ってる臭い。勇み足が過ぎた。
 元ネタでは、ユーロが活発でそれに比してドルがどんだけ落ち込んだかというありきたりな話が続き、それでもドルは死んでないと続く。ありがちな作文だが。

None of this means the dollar is yet on its death bed. The decline in its external value is, instead, a necessary part of the adjustment of the trade imbalances of recent years. US capital markets remain large and liquid, even if the reputation of Wall Street has been damaged by the credit squeeze.

 ドルの価値は落ちてきても死んではいない。衰退したかに見えるのは貿易不均衡調整の必然的なプロセスにすぎない。米国の長期金融市場は信用収縮と言われていても依然巨大だし活動的だ。
 そりゃそうだ。私みたいな経済音痴でもそのくらいわかる。経済音痴だからわかるのかもしれないし、ゆえにフィナンシャルタイムズの芸風を楽しむこともできる。
 ドルが今後も安定的ということはない。当然ないと話は続く。というかここからがいよいよ社説の本題。2008年はどうなるかのキモ。

Yet the primacy of the dollar is no longer to be taken for granted. Should wealth-holders (both foreign and domestic) come to doubt the determination of the Federal Reserve to preserve the dollar’s domestic purchasing power, they might dump it, with devastating effects on its external value, long-term US interest rates and the US economy.

 ドルの優位は自明ではなくなった。ではどういうワーストストーリーがあるのか。
 バーナンキ僧正率いるFRB(連邦準備制度理事会)がドルの国内購買力を保持しつづけようとする画策に対して、米国内外の資産家が疑念を持つようなことがあれば、彼らはドルを放り出しかねない。その結果、ドルの威信、長期金利、米国経済が壊滅するかもしれない、ぞー、と。
 いや面白いといった不謹慎だが、なかなか含蓄が深い。ここはちょっと置いて先に進む。

When wealth-holders look at the scale of indebtedness in the US, they might conclude that the Fed is indeed going to be under vast pressure to choose inflation.

 米国内外の資産家が米国対外債務規模に着目すれば、バーナンキ僧正率いるFRBの本音はインフレ志向なんじゃないかと疑いを持つようになるだろう、と。
 面白い。ちょうど今朝ロイターで”FOMC、信用収縮で大幅な利下げ必要となる可能性を認識”(参照)を見たところだった。

米連邦準備理事会(FRB)が2日公表した12月11日の連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録によると、信用収縮が経済成長を鈍化させ、大幅な利下げが必要となる可能性が懸念されていたことが明らかになった。

 なんとなくちゃくちゃくと布石が打たれているような。
 フィナンシャルタイムズの社説に戻る。結局、結論は何?

What Charles de Gaulle called the dollar’s “exorbitant privilege” can no longer be taken for granted. The US will have to earn it on a daily basis, instead. That may be unwelcome for the US. But it will be good for nearly everybody else.

 ド・ゴール将軍がドルを法外な特権と見なした終わったが、それはそれで世界にとっていいことなんじゃないか、というのがフィナンシャルタイムズの結論。
 ちょっと待った。
 その前に少し戻る必要がありそうだ。

One big fact is that foreign governments can now credibly peg their currencies against a basket of currencies or even just the euro alone. Another one is that both they and others with liquid wealth now have a choice of two currencies.

 社説の要点は表題通りここにある。つまり、ドルがダメでもマルチカレンシーの時代だし、各種通貨まぜて通貨バスケットにすればいいじゃないか、と。
 いや、「ちょっと待った」はこのちょっと先だ。

When the renminbi is at last made convertible, they will have another one.

 人民元が最終的に外貨交換可能になれば、人民元で資産保有しておくこともできる、だとさ。
 いや、率直に言おう、私の脳内で「ハイホーハイホー♪ フィナンシャルタイムズ、踊ろうよ♪」と小人が騒ぎ出した。それって何? いや失敬。私のような糞ブロガーがそこまで言えるわけはない。
 いったいこのフィナンシャルタイムズ社説の意図はどこにあるのだろうか?
 という以前にドルに疑念を持つかも知れない国内外の資産家って誰? 日本と中国じゃないの。でもキンタマを失った日本は米国様に疑問なんか持たない。するとやはり中国様。そして、先日のドル防衛の動きからみて産油国っていうか、サウジか。
 すると中国とサウジがドルを支えている限り世界は安定だというべたな話の確認だったのか、この社説。
 それとも、中国元で資産を保有したままにしとけという示唆は、深慮遠謀というか欧米資産家が中国に望む最大の願望という意味なのかもしれない。
 そんな願望の未来は来ないだろうな。

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2007.12.31

世界銀行による各国国内総生産比較雑感っていうか、中国なぁ

 2007年が終わる。いろいろあったが振り返れば暢気な年と顧みられるのではないか。そんな思いも込めて、今年最後のエントリを書いておこう。世界経済の今後の動向みたいな話だ。
 枕は18日に発表された世界銀行による05年各国国内総生産比較で、話題としては、中国が購買力平価では世界第2位の経済大国に躍り出たことだった。ニュースとしてはAFP”中国、購買力平価では世界第2位の経済大国 世界銀行が発表”(参照)がある。


世界銀行(World Bank)は17日、2005年の各国の国内総生産(Gross National Product、GDP)を比較した調査結果を発表した。それによると、購買力平価(Purchasing Power Parity、PPP)でみると中国は世界第2位の経済大国となっているという。

 購買力平価ってなんぞや(この言い回しも今年で終わり)という人は、ウィキペディアの関連項目「購買力平価説」(参照)を見ておくとよいだろう。そしてこの話題には、ビッグマック指数がつきまとう。ウィキペディアでは「ビッグマック指数」の項目もあった(参照)。簡単に言えば物が同じだして通貨を見ることでビッグマックがよく引き合いに出される。
 ニュースの表題としては中国が世界第2位の経済大国だということなのだが、今回の発表のインパクトは実はそこではない。中国の経済力の弱さへの疑念だった。

 同報告書の中で世銀は、最新データを用いて各国の経済規模を調査した結果、中国の経済規模は以前に推定された規模を大幅に下回るものであったことを明らかにした。世銀は以前の調査を「信頼に足るものではない」としている。世界銀行はこれまで中国の経済規模は実態よりも40%ほど過大に見積もられていたとしている。

 朝鮮日報”中国の経済規模、実際より4割過大評価=世界銀行”(参照)では数値も記載されている。

 世界銀行は17日、購買力平価を基に算定すると、2005年の中国の国内総生産(GDP)は5兆3000億ドル(約600兆円)で、1986年の物価を基準にして算定した8兆8000億ドル(約997兆5000億円)より40%も小さいとする試算を明らかにした。


 今回の調査で中国のGDPは世界の10%を占め、米国に次ぐ世界2位の経済規模を示した。しかし、農村部の物価動向が統計に算入されておらず、中国の経済規模は実体を反映していないとの指摘もある。

 中国経済の規模は以前の推定を下回るとういことで、つい「中国だからな」みたいにスルーしてしまいがちだが、問題はその以前の推定を元に先進国の経済政策が採られていたことだ。
 この問題の本質を18日付フィナンシャルタイムズ社説が興味深く指摘していた。”From riches to rags”(参照)より。

China and India are poorer than we thought; rich countries produce even more than we realised. Those are the obvious conclusions from an unprecedented exercise, carried out by a World Bank-led coalition.

 冒頭の一文はパンチが効いている。"we thought"の語感が面白い。中国とインドは、「我々が考えていた」より貧しい、というのだ。そして、豊かな国(rich countries)は「我々が考えていた」より豊かだ、というのだ。
 このあたりの話は先のAFPの記事では次の言及に対応するだろう。

 中国などの発展途上国の経済規模は、購買力平価ベースの経済規模は市場為替レート(Market exchange rate、MER)ベースの数値よりも大きく算出される傾向があり、経済専門家の間でも議論が多い。市場為替レートを用いると日本が世界第2位の経済大国になり、中国はドイツに次ぎ、英国やフランスなどとほぼ同規模の経済規模になるという。

 たぶん実態はこちらの見解に近く、日本は依然世界の超大国なのだ。というか、2005年まではというべきだろう。そして来年はといえば、一部想定される大規模グランディングを抜きにすると経済的には今年よりはマシな世の中になるに違いない。そしてそうなるということはドイツなどでもそうだが、現実が若干豊かになると不平が多くなり国家への要望が高まり、世間の空気を醸造する。しかたがない。
 話をフィナンシャルタイムズに戻す。
 なぜ「我々の考え」は間違っていたか。

The obvious questions are: how could the old figures be so wrong? And can we trust the new figures? The simple answer is that calculating purchasing power is hard even in principle.

 購買力平価とはウィキペディアの項目にあるように、購買力平価説であり仮説に過ぎない。あまりあてになる経済学上の概念ではない。というあたりを教科書のようにフィナンシャルタイムズ社説は筆を滑らせている。

The Economist's famous "Big Mac" index captures the theory but not the slog: if a Big Mac costs $4 in the US and 12 yuan in China, then the purchasing power of the yuan is 3 per dollar - but only if you are buying hamburgers. Statisticians cannot stop at the Big Mac but must work out both the contents and the price of a representative basket of goods. With populations of more than a billion, being truly representative is almost impossible.

 10億人を越える人口がありしかも文化的な背景の異なる中国でビックマックを論じてもあまり意味はない。
 フィナンシャルタイムズはこの後、こうした「我々の考え」の帰結は、国際通貨基金の投票権の見直しにつながるとしているのだが、それはさておき、締めが興味深い。

There are deeper implications in these figures. China is getting even less economic value from its vast energy consumption than we had thought. And either China and India have been growing more slowly than we realised, or life there in the 1970s was even more wretched than we imagined.

The reality of life in poor countries has not been changed by the Bank's bean-counters. But our understanding of it must now change dramatically.


 中国やインドの国民の実態はなお貧しい。そうした実態を豆数え人(bean-counters)、つまり統計値を扱う人は捉え違えしていた。「我々」は今や劇的に認識を変えなくてはいけない、というのだ。
 思わず、「劇的に認識を変えるってどういうことですが、なんべん読んでもわかりません」といったコメントをいただきそうなのだが、フィナンシャルタイムズはここまでしか言っていない。私の指摘な補足をすれば、やっぱり中国とインドの国民は総体的には貧しいんだと理解しようということになる。
 たださらにその意味は問うとなると、難しい。あの巨大な、貧しい人々を抱えた国のヘッドクォーターは、何やってんだ?

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