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2008.12.02

タイ空港占拠問題、雑感

 タイで起きている空港占拠問題というか、タイ国内混乱というべきか、事件の名称がよくわからないが、反政府勢力によって空港機能が麻痺している状態は日本でも連日報道された。以前、「極東ブログ: スワンナプーム空港」(参照)を書いたこともあり、その点でも事件の動向はそれなりに見ていた。
 事件としては、現状反政府団体となるPAD(民主主義のための市民同盟)による大規模デモと空港占拠だが、報道からは、「ピープルズパワー」に見えなくもない。フィナンシャルタイムズ社説”Destructive PAD”(参照)でもまずそこから切り出していた。


People's power normally elicits at least a frisson of sympathy. But the antics of the People's Alliance for Democracy - which neither represents the people nor seeks democracy - has failed to provoke anything but disdain.
(ピープルズパワーというと、わずかでも心情に迫る共感を誘うものだ。しかし、「民主主義のための市民同盟」のおふざけは、国民の代表でもなければ民主主義を求めるものでもなく、軽蔑以外のものを喚起するのに失敗した。)

 手厳しい。さらに同社説は手厳しい論調になる。

If the government of Somchai Wongsawat cannot persuade the protesters to leave, it should resort to the legal and restrained use of force, avoiding bloodshed at all costs.
(もしソムチャイ政権が反抗者に退去を説得できなければ、流血は避けるとしても、合法かつ限定的に実力行使に及ぶべきだ。)

 また、フィナンシャルタイムズ社説は、PADに対して、代議員を立て合法な政治参加を呼びかけてはいる。
 とはいえ、タイの政治をある程度知る者にとってみると、そこが微妙なところだ。その微妙さは、日本の大手紙社説のほうがよく表現されていた。が、ある意味一番そこが表現されたとして気になるのは、先月後半以降、朝日新聞社説がこの問題に言及していないことかもしれない。私の見落としだっただろうか。
 他、各紙社説ともそれなりの苦慮がある。
 日経社説”タイの混乱は国益損なう”(参照)は先のフィナンシャルタイムズの後に書かれたが、似た視点にある。

 タイの警察当局は断固とした措置を控えている。新たな流血事件が起きれば事態が悪化しかねないうえ、世論の反発を受ける可能性もあるとみているようだ。しかし「法の支配」を無視した暴挙は許されない。
 ソムチャイ政権は27日夜、閉鎖に追い込まれた2空港に非常事態を宣言した。流血を避ける配慮は当然としても、違法行為は早く終わらせるべきだ。

 産経社説”タイ空港占拠 微笑みの国らしい和解を”(参照)は、文脈からは国王の登場を望んでいるようにも読めた。

 これほど長く反政府運動が持続しているのは、それが単なる「政治の腐敗撲滅」という理由だけではない。それは、タイの伝統的な政治を取り戻そうとする一種の回帰運動でもあるからだ。
 伝統的なタイ政治は、中央の中間階層や地域の指導層が仕切ってきた。政権が独走したり、腐敗がはびこったりすると、プミポン国王が介入したり、あるいは軍部の無血クーデターが起きて、元の安定軌道に引き戻される。
 そうした権力の抑制均衡は、大規模流血事件に発展することも、国家の分裂を招くこともない。タイという国に根付く独特の民主主義を機能させてきたといえる。

 毎日社説”タイの空港占拠 民主主義と国益への配慮を”(参照)は背景説明は鋭いが、展望は描けなかったようだ。

 この騒乱の本質はタイ国内の権力闘争である。
 新興財閥のオーナーであるタクシン元首相が総選挙勝利で政権を握った01年以降、それまで経済を支配していた旧貴族ら既得権層との確執が続く。
 タクシン氏自身は06年の無血クーデターで失脚し、今は中国や中東地域で事実上の亡命生活を送っているという。だが、昨年末の総選挙では同氏派の政党が勝利し政権を奪還した。すると今度は背後に旧支配層がいるとされる市民連合が反政府運動を展開し、8月末からは3カ月も首相府を占拠し続けている。
 さらに「最後の戦い」と銘打ってデモ隊を大量動員し、国会封鎖や空港占拠に出た結果が今の姿だ。目標は、タクシン氏の義弟であるソムチャイ首相を退陣させ、タクシン派勢力をつぶすことである。


 この国には「タイ式民主主義」という概念がある。国民の崇敬を集める王室の権威と民主主義が共存し、政治危機の際には国王が動いて対立を収めてくれるという認識だ。軍事クーデターも、国王の追認がなければ正当化されない。

 私もこの毎日社説に近い感想を持っており、どうにもならないか、これはとなんとなく思っていた。
 結果的にもっとも優れた社説は読売社説”タイ空港占拠 国のイメージが低下した”(参照)だった。

 憲法裁判所の判断がカギになるのでは、との見方もある。
 昨年12月の民政移管に向けた下院選での与党「国民の力党」の選挙違反事件に絡み、党の解体を求めた最高検察庁の訴えが先月、憲法裁に受理されたからだ。
 ソムチャイ首相の前任のサマック氏が首相資格を停止されたのも憲法裁の判決だった。
 下院選違反は党ぐるみと認定する判断が出る可能性は、高いと見られている。そうなれば、党幹部は政治活動禁止処分となり、ソムチャイ政権は崩壊する。司法による事態打開のシナリオである。
 憲法裁の審議は、証人調べなどは行わずに書面だけで済ませ、年内にも結審し、判決が出るとの情報もある。

 そこはどうだろうかと私は疑問に思っていたが、この読みが当たった。CNN”タイ裁判所、最大与党に解党命令”(参照)より。

タイの憲法裁判所は2日、昨年12月に行われた総選挙の選挙違反をめぐる裁判で、最大与党「国民の力党」(PPP)の解党を指示し、ソムチャイ首相ら党幹部の公民権を5年停止した。

判事9人はPPPが票の買収を行っていたとして、同党の解散を命令することを全会一致で決めた。これでソムチャイ政権は崩壊し、内閣は総辞職に追い込まれた。ソムチャイ首相は判決を受け入れる姿勢を表明した。


 これで混乱が納まるかだが、表向き勢力がありそうに見えるPADも、タイ国民全体から支持されているわけでもなく、毎日新聞社説が述べていたように、旧支配層と見てよい。今回の裁判所の決定がそうした流れにあるとまで考えるのは行きすぎだが、国内の安定を求めるなら、旧支配層による安定もある程度国内外に是認される、となるだろうか、そこがよくわからないが、現下の世界経済の停滞は旧支配層に利するとは思える(タクシンがその逆であったから)。
 

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コメント

以前、小室直樹先生が、どの著書でだったかは忘れたけれど、発展途上国にも立派な憲法や下位法を持つ国はたくさんあるけれど、裁判で、どうにもならない判決ばかり出るから、発展途上国の法制は健全に機能できない、とおっしゃっていたことがありました。そんなものだろうと思います。

司法の話ではないけれど、タイの、スワンナプーム空港ですか、国際空港、これも、優れた国際ハブ空港らしいんですけれど、国内政治が未成熟なために空港も健全に機能できない事態が起こりました。

でも、もっと教育程度が高まれば、タイの民度も向上すると思います。こういう過程を経過する必要があるということではないのでしょうか。

投稿: 発展途上国の司法 | 2008.12.03 08:13

このタイの騒乱にはまだもうヒト騒動あるような気がする

また選挙をすればタクシン派の「新党」が勝利するだろうからPADは再びデモを起こす可能性がある そうなったら今度こそ警察による鎮圧は避けられない

そうなれば軍がだまってみているかどうか

投稿: | 2008.12.03 13:21

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