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2008.11.23

元厚生事務次官殺傷事件、雑感

 一応世相の記録(ログ)というだけで書くので、だから、このエントリには大した内容はないです。以下はブログとか読む暇人向け。その前に、殺害されたかたに哀悼します。
 さて、私事その他いろいろあって(それほどでもないけど身近で不合理な死に遭遇したりとか)、またブログを書く気力がまたすっかり失われていたが、その間、元厚生事務次官殺傷事件があった。二例にすぎないが元厚生事務次官という意味のつながりが感じられ、印象としては政治テロかとも思えた。ただ、政治テロにしては明白なメッセージ性がいまひとつ弱いのと、警察が、わざとだとは思うが、小出しにする情報をつなぎ合わせると、リアル気違いかなという印象は濃くなる。そして、世田谷一家殺人事件のように迷宮入りかもという印象もあった。
 が、昨晩、犯行者と思われる人物が警察に出頭した。名前も出されている。小泉。ネタかよと苦笑したがその後の経緯ではそうでもない。警察としてもすばやく情報を集めたいところだが、集まったとしても公表されることはないだろうと安心して昨晩は、それほどニュース追わなかった。今朝になってもそれほどニュースはない。その後もニュースは追ってないが出てくる情報は、リアル気違い濃厚路線ばかりだ。
 産経新聞記事「【元厚生次官ら連続殺傷】「今の40代は幼稚な人多い」識者コメント」(参照)では容疑者を幼稚な人と見ている。


評論家の大宅映子さんの話「40代といっても、昔と比べ、今は幼稚な20代に見える人が多い。子供のころからぬくぬくと育ち、見た目だけでなく、中身も20代の人がいる。バックグラウンドが分からないが、そんなに大した人ではないのではないか。最近は理屈なしに、恨みといった古典的な動機の範囲にも入らない理由で事件を起こす人がいる。仮に年金問題が理由だとしたら、奥さんは全く関係ない。常識がない人のことを考えても分からないが、逃げる気もなかったと思う。その気なら、もっと計画するでしょう」

 昨晩私が思ったのは、その逆で、幼稚な人間がこんな犯罪をするわけはないでしょうということだった。それほど難しいとは思えないが、わざわざ特定年代の元厚生事務次官の住所を探し、世の中が迷宮入りか政治テロかと騒ぎ出す手間で出頭って、どういうストリーだよ、と。
 しかし、その後デニーズでぼんやり昼飯食いながら思ったのは、この事件の周到さと無精さだった。周到というのは正確ではない。偏執的というべきだろう。リアル気違い特有のアレだ。そして、ある種の無精さが伴う。とすれば、特定の元厚生事務次官を狙ったというより、犯人の身近な住まいから、三足千円の靴下を選ぶように、選んだというだけではないかと思えてきた。もし、犯人が殺害者の近隣に居住していたなら、その可能性の比重を多くして考え直そうと思った。
 その後、読売新聞記事”小泉容疑者の父、「私の命をささげたいくらい」と謝罪”(参照)を見ると、埼玉県に住んでいたらしい。

 父親によると、地元の小中高校を卒業し、佐賀大学に入学したが、中退。東京のコンピューター関連の会社に就職したものの、2、3年で退職。その後、アルバイトを転々としたという。約13年前、地元に戻り、3年ほど働いたが、「インターネットでいい仕事が見つかった」と埼玉県に移った。その時から、約10年間、音信不通だったという。

 ある程度身近な犯行だったのだろう。
 ネットも使えるようだ。ネットに出頭予告があったらしい。また毎日新聞のようなポカミスかなとも思ったが、ポカミスではなさそうだ。
 産経新聞記事”【元厚生次官ら連続殺傷】出頭前、TBSのHPに書き込みか「年金テロではない」”(参照)より。

 「34年前の仇(あだ)討ち」「年金テロではない」。小泉毅容疑者(46)が警視庁に出頭する約2時間前の22日午後7時過ぎ、TBSのホームページに本人からとみられる書き込みがあったことが23日、分かった。内容は「保健所でペットを殺され、腹が立った」との供述と一致する。「最初から逃げる気はない。今から自首する」とも書かれており、小泉容疑者が犯行を誇示しようと意図した疑いが浮上した。

 全文で200文字程度らしい。全文が読みたいところだが、内容は以下のようなものらしい。

 本文は「今回の決起は年金テロではない!」との一文で始まり、「34年前、保健所に家族を殺された仇討ちである」と動機を示唆したほか、「やつらは今も毎年、毎年、何の罪も無い50万頭のペットを殺し続けている。無駄な殺生をすれば、それは自分に返ってくると思え!」などと記されていた。
 また、事件後一部で「犯人は右利き」と報道されたことに反論するかのように「私は左利きである」と記したり、二つの事件で同じ刃物を使ったとの書き込みもあった。

 今回の事件、幼稚な犯罪でなければ、黒幕は誰だろう、メッセージ性はなんだろうと疑念をふつう持つ。だが、この展開やこの独白は、それらを否定している。穿った見方をすれば、黒幕を守るみたいな陰謀論も考えられないでもないが、だとすれば、そのメッセージ性は、まさに届けたい一群にすでに伝わり(某怪死事件の印象のように)、それ以外の大衆には伝わらなくてもよいという確信のフィルターを通したものになるだろう。
 そうだろうかと再考したがよくわからない。特殊なマインドコントロールで不可能ではないようにも思うが、どっちかというと違うかな。
 TBSに届けられたメッセージからは、リアル気違い特有の芳香感も、私には感じられる。特に、「無駄な殺生をすれば、それは自分に返ってくると思え!」というあたりの、宗教めいたところだ。
 私の当てずっぽうにすぎないが、今回の犯罪の特徴は、政治テロ的にも見える意味性の反面、殺人に対する奇妙な無感覚にも近い残虐性だ。というか、残虐性というより、まるでただ屠殺しているかのようなあっけらかんとした非人間性がある。そのあたりと、「無駄な殺生をすれば、それは自分に返ってくると思え!」という生死観とは、どこかしら論理的な整合性すら感じられる。
 私は現段階では、これはリアル気違いの突発事件なんだろうと、思う。というかそう考えを変えている。政治テロではないだろう、と。
 だが、このタイプの死生観が、どうしてこういうディテールをもった殺人事件として社会に浮上してくるのかとてつもなく奇っ怪な感じはする。
 ネット社会が悪いといった面白い意見を述べる気はさらさらないが、ネットによって情報が扱いやすくなっている分、ある種のリアル気違いが独自の死生観を打ち出すためにもネットは便利なツールになっているんじゃないかなという感じがするし、ちょっと言い過ぎのきらいもあるが、ネットの乱雑な情報の側にそうした死生観を誘発するような欲望みたいなものがあるんじゃないかと、なんとなく思う。
 ネットを規制しろとか、ネットでリアル気違いが増えるとか、そういう面白いこと言いたいんじゃなくて、便利な情報ツールって、リアル気違いにも便利に出来ているのかなということに、ちょっと未知な本質があるんじゃないかなと、そんだけ。

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「時事」カテゴリの記事

コメント

大多数に簡単便利に出来ているってことは
少数の危険な人たちにも簡単便利な道具って事
なんでしょうかねぇ。
携帯電話が普及して公衆電話が消えただけにとどまらず
090金融(若干古いけれど)が出てきたみたいに。

投稿: 黒潮 | 2008.11.23 21:26

リアル気違いといってしまえば、「野ぐそ」さんから「緑のおっさん」と呼ばれている私めも、エニアグラムと気学の後天定位盤と洛書の関係を考えたり、黄道12宮360度の等角度分割の座相の意味とハーモニクス占星術の関係を考えたり、ダリの絵が何を言いたいかが多くの人にわかるようになったのが21世紀の初めくらいだから、レオナール・フジタのメッセージが普通の人たちにも納得されるようになるのは21世紀のどのくらいかな、などと考えたりしている、まあ「リアル気違い」の一種なのだろうと思っています。じっさい、私には長期間の精神錯乱を起こした経験があるし。

この事件の下手人が自首したということですが、この事件について、あまり性急に判断したくないと思っています。それから、報道されることについてもあまり真に受けていないんです。だいたい、報道されていることをよく確かめてもいないし。

それから、この事件については、私たちみたいな連中には、本当のことの核心など、普通の情報流通経路からはほとんど知らされることはないのではないかと考えています。ホリエモンとライブドアに東京地検特捜部が狙いをつけたことの本当の理由など、普通の人たちにはほとんど明らかにされないようなものだろうと思っています。

長い間エントリーがなかったので、正直心配していました。諸君!10月号でわざわざ天漢さんが影響力のあるブログとして極東ブログを取り上げてくれて、それが印刷されて世間に周知されたので、finalvent先生にもいろいろ世間の風当たりは強いと思っています。考えにくいことだけれど、こういうご時勢だから、公権力からマークされて、いろいろなブログがさまざまな形で言論封殺の対象になる可能性も出てくるだろうと考えてもいたのです。

投稿: リアル気違い | 2008.11.24 10:46

私が容疑者出頭の直後に考えたのはリアル基地外かということ、第二報以降は黒幕説(無職なのに家賃滞納なしのところですね)、現在は一種のパラノイアで落ち着いています。
ただ、かつて家で飼っていた犬を殺されたというストーリーは「羊たちの沈黙」の二番煎じですし、自己中にありがちの「審判者なしの自己分析」といいなんとも香ばしいネタが随所にちりばめられており、案外ひっかけ満載のカバーストーリーの裏で真の取引が遂行中という根拠レスな陰謀論もありえますが...いや、やっぱりないかな。

投稿: winter_mute | 2008.11.24 22:31

 やや純情気味で無駄に正義感が強くて周囲の人間との接触を拒む変人タイプって、こーゆー事件を起こす上では「いい手駒」ですよね。黒幕いる太郎に1000円賭けたいんですけどね。居なきゃ動かんでしょ、この型の人間は。

 と言うより、なんでまたこんな早々から「背後関係が認められないキチガイ式突発事件」と看做されるんですかね? そりゃ結論早くないですか? とも。

 ちなみ?に、性格分類上、下手人・小泉さんとヒジョーに近いタイプの私、小泉さんに若干同情的。かも。

投稿: 野ぐそ | 2008.11.24 22:50

世の中、起るべくして起っている事件に見える。
卑劣であると言う人が居るけども、話をして解る時代ではなくなっているのも事実。
マスコミの分析力もゼロ。
一般国民の反乱が起れば防ぎようが無い。
昔、社会主義樹立国がそうだったが、日本の場合ちょっと違う。
自由主義国家でありながら、社会主義的官僚国家の打倒と言う事になるのだろうか。
種をまいたのは、官僚でしょうか?刈り取るのも官僚?
官僚の組合は、どう感じているのだろう?
今後も不正弾圧の実力行使が個人レベルで起りそう。
誰かが国の責任を負う。
昭和天皇は、マッカーサーに戦争の全責任は自分にあると言ったそうです。
今そんな人間が不在だから国が乱れる。

投稿: 糞まみれ | 2008.11.25 12:38

>便利な情報ツールって、リアル気違いにも便利に出来ているのかなということに、ちょっと未知な本質があるんじゃないかなと、そんだけ。

 便利さや快適さを追求するということは、本質的にそういうことでしょ。二元論的に言えば「便利さに感けず不便を普通と思え(要らんことすんな馬鹿、黙って寝てろ)」であり「便利さを追求する以上、この程度の事件事故は想定内なので放っとけ(そんで便利さを享受しまくれ、人が不便なのはソイツが馬鹿なだけだよバーカ)」でもあるわいな。
 「どっちか」に偏るならそういうことで、偏らないという在り方があるとするなら、また他の見解があるんでしょうね。

 パソコンに限ったことじゃないけど、高度な科学技術は人間のキチガイ化に一役買うもんですよ。でんじろう先生の科学ショーを観て面白がってるうちが、華かもね。

投稿: 野ぐそ | 2008.11.25 14:00

30~40代には、こいつのようなのは非常に多いと思うね。この世代が経験した経済状況から見て。
調整の負担を若年層に押し付けた結果の避けられないダメージだよ。

投稿: pk | 2008.11.26 09:07

>pkどん

 んなこたぁねーでしょ。どの世代にだってこーゆー類の人間は居るでしょ。多いか少ないかで言えばそもそもの人頭絶対数が多い分だけ多いだろうとしか言えんだけで。「非常に」かどうかと社会状況云々の兼ね合いは、別もんでしょ。
 20代にだって「働いたら負けだと思ってる」馬鹿が居るし、50,60代だって赤軍やら浅間山荘やら居るやろに。70代がガキの頃は凶悪犯罪発生率高かったし80代だと戦争逝ってアレ行為やらかしてる馬鹿も大勢居ただろに。
 そういうのは、少なくともそれぞれの世代において「非常に」多いとされてる連中なんじゃないの? 知らんけど。

 あたしゃ当年35だけど、少なくとも過去10~15年の生活環境就業環境なんか20代のアレな人より数段アレだよ? でも別に自分なりにどーにかやってるから、むしろ「世代的に普通」のヤツより(ある意味)マシな面もあるでよ?

 そーゆーのは、どーなんのよ?

投稿: 野ぐそ | 2008.11.26 22:37

仕事柄、この手の精神状態の人間に接する機会は多いけど(接するというより観察研究だけども)、どこからどうみても典型例。
陰謀論を展開している人は、この手の人間の発想や行動を合理的に解釈しようとするから黒幕の存在を感じるのだろうけど、その合理判断の中にこの手の人間の行動特性が正確な形でインプットされていないことには全く無頓着。だから自身の合理基準により合理的な人間像の下、合理的に判断して読み間違えると。
本人は自分の考察が合理的だと思っているから、さらに性質が悪い。

一番怖いのは、この手の無意識な、自分が合理的な人間だと勘違いしているお馬鹿さん達の妄想が現実を乗り越えて事実を書き換え、社会に無用な影響を与えてしまうこと。

投稿: くれふ | 2008.11.26 23:26

「くれふ」さんのコメントが入ったおかげで、自分もこのコメントを入れる機会ができたのだけれど、誰にとっても「所与」は疑うことができないもの。

「所与」でないことが出てきて、あるいは「所与」でない事態に出くわして、初めて今まで所与であったことが実は所与でなく、ある種の人為だったことがわかるもの。

合理的人間像が所与であって、それを疑えない人は仕方がないけれど、「くれふ」さんの観察研究している「典型例」の精神状態の判断もやはりその判断にはなんらか無反省な「所与」が隠れているはず。

でも、反証を提供してくれる有益なご意見ありがとうございます。

2次元的に見れば、円と楕円と放物線と双曲線と二等辺三角形は別の図形だけれど、円錐をきってみれば、切り方次第で断面には円も楕円も放物線も双曲線も二等辺三角形も現れ得る。円に近い楕円のことを考える了見で、放物線や双曲線も同様に推測しようとすると大きく見誤るというのは、確かにそのとおりだと思います。

投稿: 反省点 | 2008.11.27 13:20

いやぁ本人に合理的だと得心やら錯覚やらさせて、送金させるオレオレ詐欺とかもあるし、マネキンが服屋でその気にさせるというのは普通にある訳でw
結構、世の中、思い込みや勘違いで出来ていたりする。
高齢者の思い込みとか変にプライド高くて周りは扱い難いよぉ~
悪い奴・賢い奴は他人のそういう形質を利用するから、小泉が基地外だからといって誘導や刷り込みが無かったとまでは言えない。

投稿: ト | 2008.11.27 14:06

>反省点さん

言葉足らずで申し訳ないのですが、私の言いたいことはそういうことではなくて、私も含めてそれぞれの合理的判断(だと本人が思い込んでいる、前提に対して疑問を持たない思考)による推測なんて客観性の欠片もない場合が存在するということであり、「当然の前提」なんてものは、私のような人間が現れ「あれは典型例」なんて言っちゃえば安易に否定できるようなもので構成してはいけないということです。
私が日頃接している相手から受け取れるパターンはその個人に限定されるべきであり、いくらパターンが見られるからって、直接観察もしていない相手のをパターンに当てはめてどうこう言うのは、妄想の類と1ミリも変わらない。これは合理的な人間像に当てはめて陰謀論を展開する場合も同じことです。
政治的な配慮もあるでしょうが、そういうのはそういう観察をできる相手が客観的資料に基づいて主張してよいものであって、われわれが取るべき態度というのは、出ている情報に素直に処理することだけであって、それ以上の高利的推測なる妄想を付け加えると、ミスリードにしかなりませんよと。

それと、心理学も一応学問なもので、一定の観察ルールと基準がありますので、その精度を問い直すのはアリですが、客観性のルールを出発点としない主張の類と同列に並べるのはどうかと思いますよ。

投稿: くれふ | 2008.11.27 18:14

>>くれふさん

>私が日頃接している相手から受け取れるパターンはその個人に限定されるべきであり、いくらパターンが見られるからって、直接観察もしていない相手のをパターンに当てはめてどうこう言うのは、妄想の類と1ミリも変わらない。

 なるほど、同意です。

>政治的な配慮もあるでしょうが、そういうのはそういう観察をできる相手が客観的資料に基づいて主張してよいものであって、われわれが取るべき態度というのは、出ている情報に素直に処理することだけであって、それ以上の高利的推測なる妄想を付け加えると、ミスリードにしかなりませんよと。

 じゃあ今回私は「背後関係ある太郎に1000円」なんで、妄想野郎のミスリードですね。すいません。

>それと、心理学も一応学問なもので、一定の観察ルールと基準がありますので、その精度を問い直すのはアリですが、客観性のルールを出発点としない主張の類と同列に並べるのはどうかと思いますよ。

 ここんとこ突っ込むとくれふさんには嬉しくないでしょうけど、「一定の観察ルールと基準」があろうと、妄想は妄想ですよ。同じく妄想するならより多くの人に納得されうる基準を持ってた方がいいよね、くらいのもんで。徳目や躾や美意識なんてのも、そういった意味では妄想の類でしょうね。
 って、そんなこと言い出したら何にもならないから「一定のルールと基準」が存在することに最大限の敬意を表して学問と認め奉ることにして思うんですけど、それにしたって「ひとりを殺せば殺人でも多数を殺せば英雄」の論理と、どこが違うんだろう? と。

 馬鹿な私は斯様思うんですけど、それら愚行に対して何らかご教示頂ければ幸いです。

投稿: 野ぐそ | 2008.11.28 08:02

>>弁当翁

 それはそうと、昨今不景気なんか知りませんけど、私が定点観測しているところの各種ブログにて、色々アレな事例が多数観測されるようになってきましたんで。しばらくブログで砂遊びはお開きかな? という感じがしてますよ。

 緑運動公園では基地外&嘘つきの香りが露骨に漂い始めましたし、404blogは泥棒かお山の大将の世迷言を見てるのと大差なくなったし、極東ブログでは管理人さんが鬱凹み週間のようで更新頻度が落ちたし。
 まだ「マトモ」の認識が崩れていない他のブログにしても、本業が忙しくて更新頻度が低かったりで、定点観測するには根気の必要量が増大して、正直負担に感じてますわ。

 私みたいなバカタレが消える分にはそちらさんも大満足でしょうからそれはそれで良しとして、またしばらくしたら出てくるかもしれないね? ってことで、さいならしときますわ。

 私も家督相続してから手続きやら何やら心労ありますし。12月21日の四十九日法要とか遺産分配とか遺品整理とか、やらにゃならんことも、ままありますんで。
 生きるって面倒くせーなぁー、って感じ。です。

 弁当爺にはお体お気をつけて。無理なさらぬよう。

投稿: 野ぐそ | 2008.11.28 08:19

シュールな世の中になってきた。
一般から見れば狂気の風景も当の本人にすれば至極普通な状態だ。
従って狂気は存在していないのと同じと言う事になる。
脳の判断判別に個性が生じたくらいの違いかもしれない。
シュールリアリズムが日常化すれば、どうなるのだろう?
ダリや岡本太郎のような人間が目をむき出して歩いているのだろうか?
でも彼等は其れを狂気と認知せず普通だと判断する。
左翼は、右翼とシュールな狂気の共生を包含する度量があるだろうか?
複雑化したシュールな人間は日本において、ますます増えると思います。

投稿: 糞まみれ | 2008.11.28 20:14

>反省点さん
ネットの世界ではたまにこういう人いるんですが、
わざわざカギカッコつきで「所与」なんていう大多数の日本人にはなじみの無い、そして調べても意味が曖昧で分かり辛い言葉を主体にした文章は控えた方がいいですよ。

投稿: Leaf | 2008.12.01 00:47

コピペ

名前:名無し@お腹いっぱい [] 投稿日:2008/12/01 (月) 21:57:36 ID:?????
陰謀説を唱えてるヤツ、解ってるのかと問いたい

・広域犯罪組織がバックに居る=非合法組織と利害関係が発生している。となる

可能性としては2つ

・ひとつ目は、元厚生次官が、退官後も権力を持ち、犯罪組織にとって目障りだった

・ふたつ目は、元厚生次官が退官後、敵対組織の重要人物として君臨し、目障りだった

どっちも違法行為
批評原稿を書いているヤツは、理解した上で書いてるのかね?

投稿: | 2008.12.01 22:00

↑どっちの可能性も必要ないよ。なくてもやる、がどっかしら無いと「怖い」って思わないでしょ? 「怖さ」を誇示する(したい?)場合、意味は無いほどいい。

 そういうのも含めて「手口」だと思うけどね。思っただけだけど。

投稿: 野ぐそ | 2008.12.03 09:58

たしかに「所与」というより、「当人にとって当たり前のこと」、という表現をしたほうがよいですね。

でも、「所与」って、「異議なく受け入れられている、ものを考える上での出発点」というような辞書的な意味もあるので、「所与」の使用の仕方が間違っているとも思えません。

でも、「所与」や「与件」というのは、狭義には哲学用語のようなので、あまり使用すべきではないのも確かみたいです。「投企」なんていうのは、まるっきりの哲学用語だから、インターネット上で使うときは、よほど特殊なサイトでないと使用すべきでないのだろうと思います。

でも、サッカロミセス・セレビシアエとか、オリザ・サティバみたいなラテン語の学名は、なじみは薄いけれど、酵母とかイネとかの通称を使うより適切な場合も多々あるような気がします。

投稿: 反省点 | 2008.12.06 08:34

そうかい?塀で囲って雨戸閉めて寝るのは農村じゃあたりまえに属したと思うけどね。やじさんきたんも寝るときは木戸の内。
自分達で替わりのものが創れないのに、ショーバイかなんかの都合でどこまでも世間を崩しムラも否定しつづけりゃ、そこで子供がゲリラに育ってもあまり不思議でもない。ケーキが悪いかな?って雰囲気だけで子供年寄りみたいな弱いとこに矛先はいく。
武者の世に云々よりも羅生門の下人がわかり易い。しかしいまさら気づいても育ってしまったものはどうしようも。
トリビアで社会科という教科は戦後にできたものだそうな。それを子供がどう思っているかはいわずもがな。

投稿: おひさ | 2008.12.07 00:27

よそのブログの基地外や嘘つきや盗人やお山の大将の水準って知らないし、知ろうともしてないけれど、大体こんな水準かな。船井系の基地外たちならせいぜいこんなものくらいだと思います。

わたしどもの宗派は役小角が宗祖で、もう役小角の時代には、鑑真和上が日本に招来してくださった仏典群を読破して、阿含経が密教の最重要聖典であることを洞察し終えてました。そして、阿含経のありがたい功徳のおかげで、私どもの宗派の聖職者は、小乗の戒律をすべて守りながら、チベットの後期タントラの実践を一子相伝で継承することに成功しつづけております。

これは極端だけれど、もう少し水準を落とすと以下のようなところかな。

古事記が秘教的な読解をすれば日本の未来を誤りなく予言する大予言書であることは知る人ぞ知るところであるが、じつは、史記と漢書も中国の歴史を予言する大予言書であり、史記をわが流派の秘教的な読解ができれば、後漢以後の中国のすべての王朝の興亡を正しく読み取れるし、漢書を秘教的に読解できれば、史記に予言された中国各王朝の王朝交代の背後で行われた各時代の秘密結社の活動行動を正史の記述にないことまで正しく知ることができる。この秘教的読解法は原則門外不出であるゆえ、外部の人間が知りたいと思ったら、一兆円くらいの受講料を受け取らないことには教えるわけにはいかない。

もっと通俗的な基地外というとこんなところ?

じつは、日蓮大菩薩の曼荼羅本尊の通俗的理解の方法を示唆する手段が、ルドルフ・シュタイナーが作成した正七角形を変形させて図案化した土星紀からヴュルカン星紀までの「ヤントラ」だったのである。そういうわけで、お題目の「南無妙法蓮華経」の七文字の真意の奥義を会得したものは、人智学の言う人間の七つの構成要素である、肉体、エーテル体、アストラル体、自我、霊我、生命霊、霊人の本然のあり方の何たるかを完全に知り尽くしていると言うことなのである。

以上、基地外が考えそうなことを列挙しただけですよ。まかり間違っても、今例を挙げた3つの笑い話は実は笑い話でも作り話でもなくて、「緑のおっさん」は、本当に秘教の奥義を会得しているはずだなどと邪推しないでくださいね。世の中困るのは、冗談が冗談として通用しない人種が本当にいることなんだよね。

投稿: 基地外の水準 | 2008.12.22 13:25

何故、被告はこの何十年も愛犬の事で恨み
続けて居たのだろうか?
恨みを晴らすのであれば何故5年後、10年後
ではなく、今だったのだろう。
人は殺してはいけなく、犬は良いのかの問いに
何と答えをされたのか。
本当に動物の殺処分について怒るのであれば
厚生事務次官殺傷以前に、もっとして欲しい事
があったと感じた。

投稿: 疑問 | 2009.12.22 18:41

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 昨日の朝は布団の中で小泉毅の父のインタビューで目を覚ました。何か喋っていると思って聞いていると昨夜遅くに出頭してきた元厚労省事務次官夫妻殺 [続きを読む]

受信: 2008.11.24 11:58

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