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2008.11.14

[書評]自死という生き方 覚悟して逝った哲学者(須原一秀)

 哲学者、まさに哲学者としか言えないだろう須原一秀の著作は三冊読み、最初に「極東ブログ: [書評]高学歴男性におくる弱腰矯正読本(須原一秀)」(参照)を書いてからしばらく、その先が書けなかった。その次の「“現代の全体”をとらえる一番大きくて簡単な枠組―体は自覚なき肯定主義の時代に突入した」(参照)はようするに、本書「自死という生き方 覚悟して逝った哲学者」(参照)へのつながりで読むしかないし、そのことは自死という問題に直面することだからだ。

cover
自死という生き方
覚悟して逝った哲学者
須原一秀
 正直にいうとそれに直面することは怖かった。今でも怖いと思っている。ただ、なんとなく今書かなければ書くこともないようにも思えるし、心がまとまらなくてもそれなりに書いておいてもいいかもしれないと思えた。今手元のこの書籍をパラパラとめくってみて、ある意味で普通の本には思えた。またこの須原は、どちらかというといつまでたっても心に老いを迎えることのないタイプの男性として私によく似ているように思えた(お前なんか五〇歳の爺じゃないかと罵声もあろうが)。
 死が怖いというのは、私には率直な感情だ。また率直に言わせてもらえば、死が怖くないという世人は、死の怖さを知らないからだ……おっとここは循環論法であって、そう恐怖が先に立つのである。私は今朝、二度絶叫して目が覚めた。たいていは一度の絶叫で目が覚めて、ああこの世というものはあるものか、トーストでも焼くかと思うのだが、今朝は執拗だった。おい、マジかよ、SFXかよ、というぶよぶぶよとした、水子の霊みたいなものが私を取り巻いてくるのだった。水子? 私には縁がないはずだが。まさかオナニーの精子が五十年分溜まったか呪いか……いやユダヤ教では受胎して初めて生命じゃないか……おっとそれはカトリックか……と冗談でも言わないことにはすまされないようなマジな恐怖だった。私はホラー小説も映画も好きじゃないが、どうしてこの手の絶叫系の悪夢から逃れられないのか。そりゃ心に恐怖を抱えているからで、おそらくすべてがそこにあり、死の恐怖はむしろその派生かもしれない。
 話がそれた。本書は、哲学者須原一秀が自死にいたる理由とそして、端的に言って人に自死を勧める話が、比較的快活に書かれている。読んでいて、うぅ暗いよ、死、死にたいよぉとなるような本ではなく、そうか、それならオレも老いさらばえるまえに死ぬかなふふふん♪というふうに、人によってはご納得するだろうような本、つまり、危険な本だ。本当に、危険な本というのがあるとすれば、完全自殺マニュアルとかよりもこっちかもしれない、そっちを読んだことがないので知らないが。
 本書は須原の自死後、家族に残されて出版された。出版にあたっては浅羽通明が関わり、標題を変え、つまらない前書きの解説がついている。まあ、しかたないか。須原としては本書のタイトルは「新葉隠 死の積極的受容と消極的受容」としていたそうだ。実際に読んでみるとそういうふうになっている。ちょっと正確な読みとはいえないかもしれないが、須原にしてみれば、人はみな死ぬのであるから結果的に消極的受容にあるわけで、それに対して積極的な受容という考えもあってよいだろう、という思想、哲学を開陳し、そして実践した。実践するかよという印象もなきにもあらずだが。
 葉隠についても言及がある。そういえば、本書は、その死の積極的受容のケーススタディとして、三島由紀夫、伊丹十三、ソクラテスを挙げている。須原がどれに近いかといえば須原の理解としてはソクラテスのつもりだったのだろう、と、私がこれにアイロニカルなのは、私はこの三者を須原は誤読していると思うからだ。そのことは後で触れるかもしれない。
 三島も死に際してというほどでもないが、葉隠についての著作を残している。私は当時カッパで読んだが、今アマゾンを見ると、「葉隠入門 (新潮文庫): 三島由紀夫」(参照)とある。悪い本ではないし、ある意味で、葉隠のもっとも根幹をきちんと当てている。つまり、人は生を好むものであり考えれば生を選ぶことになる。考えたら行動はできない。

武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬ方に片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわつて進むなり。

 生か死かという場に遭遇したらか、考えずに死ね、ということだ。「胸すわって進むなり」は、まさに須原もそうで、ゆえに新葉隠でもあったのだろう。
 重要なのは、その有名な冒頭よりこっちだ。

我人、生くる方が好きなり。多分好きの方に理が付くべし。

 つまり、理があれば、死を避けるようになる。考えるということはそれ自体の営みに生が含まれるし、あるいはそうでなくても、不様が含まれる。

若し図に外れて生きたらば、腰抜けなり。

 不様であるよりは死ぬのが武士道であり、それには理を考えてはならない、ということだ。
 これはこう書いてみるとギャグみたいだが、およそ哲学というもののアンチテーゼになっている。つまり、生と価値を最初に否定してみせる、あるいは肯定するために自らの死を置くという点で。
 私は青春時代にこのパラドックスというのは抜き差し難いものがあるとは思ったが、その後、隆慶一郎の「死ぬことと見つけたり」(参照上参照下)である種解毒した。
 須原には武士道というものはない。しかし、本書を読むと、不様を避ける思いはいろいろ描かれている。耄碌した人を見て、ああなる前に死ねるとほっとするといった心情が描かれている。それは、それだけでは、そう簡単に否定しがたい心情でもあり、倫理でもあるだろうが。
 さて、やはり続ける。
 私は須原は三島も、伊丹も、ソクラテスも、そしてもう一人、キューブラー・ロス(参照)も誤読しているなと思った。そう思うことで私が須原の自死の哲学を否定したいとしているのか、心に問い掛けてみるが、私は私なりに、こりゃ単純な誤読かなと、須原流にあっけらかんと否を唱えたい。しかしめんどくさいので簡単に書いておこう。
 単純に言おう。この四人、伊丹を除けば、死後の生を確信していた。三島についてはあっけらかんとは書いてないが、三島の死んだ日は彼の生誕の四十九日まであるように再生を確信していた。より正確にいうなら、そういう神秘体験があったのだと自身に納得させて死んだ(参照)。
 伊丹については、先日、NHKで伊丹についての番組があって見たが、ああいうライフヒストリーを持てばああもなるかという感じはした。最後に父を継ぐかのように映画監督に到達したのはそういう運命でもあった。おそらく岸田秀ならそのあたりはわかっているだろうが、同番組での岸田はにこやかに微笑み、そうした素振りは見せなかった。
 もし須原に、「自死ですか、はぁ、ところで、三島もキューブラー・ロスもソクラテスも死が生の終わりとは認識してなかったんすけど、どっすか?」と聞いたら、なんと答えただろう。なんだこの薄らバカと言下に嘲笑しただろう。もちろん、私も死後の生を信じているわけでもないし、てへへへと道化笑いをするだろう。そして、「先生が重視された変性意識は死の意味も変えるのではないですか」とまでは問わないだろう。

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コメント

死ぬも生きるも苦
ならば
ぎりぎりまでのたうつ腹を決めるかどうか
じゃないのかな
どっちもラクじゃねーなぁ…

投稿: | 2008.11.14 20:51

 この本読みましたが、単に「老いたらかっこ悪いから」という考えが死ぬ理由の根本だと感じた。
 「覚悟して逝った哲学者」らしいが、死ぬ前に出版してもらいたかった。読者からの反論を受け止める覚悟は出来なかったようだ。

投稿: sak | 2008.11.14 21:07

finalventさん、こんばんは、

死なんてひとつも美しくないっすよ。もうろくして糞尿たれながしながらでも、まだ生きていれば美しさがあります。

つい先日もみちゃったんですけどね、たぶん自殺の死体を。もう、二度と見たくないです。知人が数十年前の水死体を見たときのことをいまだに恐怖とともに語ってくれます。

ま、もし私が自死を選ぶのだとすれば、自分のために死ぬのでなく、自分の信じるもののために死にたいです。それくらい軽くさわやかに死にたいです。

そういえば、再生を信じていなければ「豊饒の海」シリーズは確かに書けないでしょうね。

まとまらないコメントですみません。

投稿: ひでき | 2008.11.14 22:09

死の恐怖は、生あるものすべての本能であると思われますが、ある意味で、悪夢の恐怖に近いのではないかと思うのです。

悪夢は目が覚めれば、覚醒状態の現実に戻れますが、死んでしまえば、悪夢がリアルな現実になってしまうので、それは、ひどく不快なことである、不快という表現が不適切な哀れなものであるというところかと思われます。

輪廻転生があるのかどうかよくわかりませんが、あるとすれば、いま充実した生涯を生きていて、次の生涯も今あるすぐれた内面性のありようから出発できると確信している人にとっては、それほど死は恐ろしくないのではないかとも思われます。

大乗仏典を読誦していれば、そのうち末那(まな)識を平等性智に変化させることが出来て、眼、耳、鼻、舌、身、意、末那、阿頼耶の八識を大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智に変化させられるというような簡単なものではないと思っていますが、お経さんの種子(しゅうじ)を八識に薫習(くんじゅう)させていくうちにもっと賢くなれればうれしいと思っています。

この生涯では、自分には生と死の意味などわかるようになるまいと思っていますし、それがわかるということは、地球上の動物的生命の自然なあり方から相当程度逸脱しているということでもあるのだと思われます。

でも、死に直面しなくても死の恐怖を思考対象にできるということは、人間が霊的存在であることのひとつの証なのではないでしょうか。そんなふうに思います。

投稿: 死の恐怖 | 2008.11.15 09:06

>単純に言おう。この四人、伊丹を除けば、死後の生を確信していた。三島についてはあっけらかんとは書いてないが、三島の死んだ日は彼の生誕の四十九日まであるように再生を確信していた。より正確にいうなら、そういう神秘体験があったのだと自身に納得させて死んだ

まあ、これも劇作家三島の演出の一つということで。「豊饒の海」をしっかり読めば輪廻転生なんて三島が信じてないこと明らかなんですけど。あれ、壮大な失恋物語ですよ。

投稿: 佐藤秀 | 2008.11.16 15:54

finalvent先生のことを取り巻いたご霊体というのは、もしかしたら、えびす様、すなわち、ヒルコの神様なのではないかしら。そうだとしたら、きっと、finalvent先生も福の神様のお使いの一人なんですよ。

キリスト教徒でも、日本人に生まれて、日本に居住して、日本語で思考をしていれば、どうしたって、日本の天神地祇とのかかわりあいはたくさんおきると思います。

私は今日、湯島の天神様で菊を見てまいりました。昨日、思わぬ機会で、自宅の近くに古禄天神社があるのを知りました。そこにも菊の鉢がありました。でも、私は天神様のお使いなどではないと思います。

投稿: えびす様では? | 2008.11.17 10:54

「古禄天神社」と書いてしまいましたが、正しくは「古録天神社」でした。訂正させてください。
この神社のご祭神は、カシコネノミコトさまです。
もちろん、北野神社として菅原道真公もご祭神です。
近くには八幡神社さんもあって、実は「観光地」の近くです。
余計なコメントを入れることになって済みませんでした。

投稿: すいません、訂正 | 2008.11.17 15:03

本日、2008年11月17日は、暦を調べたら、旧えびす講でした。
ほんとうに、finalvent先生に憑依したご霊体は、えびす様だったのかもしれませんよ。
この考えが浮かんだのは、ハローワークで紹介状をもらった後、天神様におまいりに行く電車の中だったんです。
薄気味悪い動物霊とか水子の霊障とか気にするより、えびす様のご霊体であると推測しておくほうが精神衛生によいと思います。

投稿: 本日は旧えびす講の日 | 2008.11.17 16:22

アンデルセンの童話を思い出しました。ミューズに恋い焦がれる青年が影だけを彼女の元に向かわせ、やがて中年になった頃に戻ってきた影に主導権を奪われてしまい、最後には影と婚姻した王女によって狂人として処刑されてしまうお話。

亡者としてしか生きられないのに、まだミューズに焦がれたまま、また会えるのではないか、そう思い生き続ける私も、いつか鏡に映る自分を見て、理性によって死を選ぶのでしょう。いや、選べたら、と思わずにはいられません。

言葉が世界にとっての意味をなくす中で生き続けるのは、傍観者として溶けていってしまうのは、とてもとてもつらいし、そしてそう思わなくなっていく自分が怖い

投稿: liez | 2008.11.21 04:48

 私は今真剣に考えている、二回目の主人は自殺し、今又信じた人に裏切られてもう人を信じるのは嫌だという思いがつのる反面信じたい気持ちが交錯する日々、ノルマのある仕事をしながら、借金、それも亡き主人の為に借りた金、私名機だから逃れられないから、死んだ方がましか

投稿:  ゆき | 2008.12.13 17:40

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たいへんな本を読んでしまいました。須原一秀の「自死という生き方・覚悟して逝った哲学者」(双葉社)です。著者が考えた原題は「新葉隠・死の積極的受容と消極的受容」でした。著者は2006年4月に自死していますが、それは浅羽通明氏の解説によれば、ひとつの「哲学的事...... [続きを読む]

受信: 2008.11.19 17:20

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!!追加!! http://nari1967.iza.ne.jp/blog/entry/805886/ (抜粋) 妊婦による胎児認知と出産後の認知で明らかに一つだけ違うことがあるのです。 それは選挙権です。彼らの目的は最初から選挙権を得ることだったのです。 妊婦の場合、子供が成人するまで20年掛かります。 しかし出産後の認知の場合、20未満の子供なら誰でも認知できるので、 19歳11ヶ月の子供も認知すれば日本国籍を得て、1ヵ月後には選挙権が得られるのです。 たぶん筋書きはこうです。 衆院選、参院選で... [続きを読む]

受信: 2008.11.23 01:21

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