[書評]治療をためらうあなたは案外正しい EBMに学ぶ医者にかかる決断、かからない決断(名郷直樹)
ああ、これ本になって出ちゃったのか、というのが率直な印象。「治療をためらうあなたは 案外正しい EBMに学ぶ医者にかかる決断、かからない決断(名郷直樹)」(参照)である。書評に書くかためらう部分もあるし、書くとなるとつい言いたくなることもあり、心が揺れる。一般向けに書かれて、一般の方が読まれると、戸惑う人も多いだろうし、だがそろそろ社会もこの問題に向き合うほうがよいと思うので、この本は読まれるべきだろうし、その意味で、向き合いかたの一例として私もさらっと書いてみたい。メモ程度な気持ちで書いているので、そこはご配慮を。
治療をためらうあなたは 案外正しい 名郷直樹 |
いわゆる生活習慣病(こんな自己責任を押しつける病があるのは日本だけだけど)や癌、花粉症、風邪、インフルエンザなど、私たちの社会が普通に直面する、ある意味でありふれた病について、これをEBM(エビデンス・ベイスト・メデシン:根拠に基づく医療)から再検討してみると、意外それほど治療に効果はないものが多いものだ。そうした内容が項目的に書かれている。もっとも本書で掲載されている項目で、喘息と胃潰瘍などについては、さっさと普通に治療して効果がありそうだという話もあり、効果があるものにはあるという印象だろうか。
この本ので触れられている内容だが、医療関係者や関連の識者は、おそらくみんな知っているだろう。ではなぜ一般にそれほど知られていないかのように見えるのか(意外とマスメディアの人が無知だったりする)、という問題になり、そこは本書が出た後でも依然問題になるだろう。
基本的に、この本が日経BPから出版されたように、同社から出ていた「クリニカル・エビデンス ISSUE9 日本語版: 日本クリニカルエビデンス編集委員会」(参照)を読めば、本書の内容の、言い方は悪いが、ネタは出尽くしている感はある。
クリニカルエビデンスというのは、ごく簡単に言えば、実際に特定治療にどのくらい効果があったかを科学的に評価して記したものだ。単純に考えれば、医療はクリニカルエビデンスに基づいて行えばよいということで、これがEBM(エビデンス・ベイスト・メデシン:根拠に基づく医療)と呼ばれている。と言いながら、心がくぐもるのにはわけもあるが。
ここでちょっと、ここまで言っていいかちょっとためらうのだけど、前述のクリニカルエビデンスの書籍は2004年で。本書「治療をためらうあなたは案外正しい」も2004年から2007年の3年に書けて連載されたものだ。加筆はされているが、そのあたりの時系列が微妙に出版状況や内容に反映している点は業界的にも面白い、というか面白いではすまないかなという細部の業界もあるかもしれない。現状にもっとも近いクリニカルエビデンスの書籍は昨年出た医学書院の「クリニカルエビデンス・コンサイス 日本語版」(参照)だろうか。こちらは、ISSUE16なので、その点では先ものより新しい。どちらもBMJである。この読者評が微妙に厳しいが問題の側面をよく語っている。
★☆☆☆☆ お金を捨てるようなもの, 2008/8/11
By ezy01757 - レビューをすべて見る
以前から、EBM関連書籍は6ヶ月で時代遅れと記載されている。にもかかわらず、過去のissueは、約1-2年でのタイムラグ内容の記載であった。2004年3月に発刊されたバージョンでは、当時の最新検索日は2002年12月で、旧版の役割は終わったと述べられている。
それでは、本バージョンはどうであろうか?2007年7月発刊であるが、内容の多くが2004~2005年であり、発刊時にすでに役割は終わっていることになる。
EBMは、その時点での入手可能な最良のエビデンスではなかったのか。購入者は数年前の検索データ内容を読むことになるが、このような古い内容をどのような人が利用するのだろう。
お金のある人は、本書内の2004年4月検索時点データなどを収集してもよいだろうが、BMJ Clinical EvidenceでのGRADE systemの利用方針など全く触れていない、というか編集者チームは知らなかったのだろうか・・・ また、10年前の発表のNNT計算の付録なども、いまだ必要なのだろうか。
表紙のカラーはみずみずしいが、内容は陳腐であり、価格1万円ならばonline を推奨する。
そこまで言うのもきついかなとは思うが、現状最新のものでも3年は遅れているとなると、現場での利用には耐えないし、また一般の人がその時点までの評価をどう見るかはさらに難しい。ちなみにこのezy01757さんは2007年JAMAの「Users' Guide To The Medical Literature: A Manual for Evidence-Based Clinical Practice」(参照)を推奨しており、その推奨理由に納得はできるものの、要するに日経BP社出版の邦訳書がかつてインパクトがあったのと逆に、英語で読むという壁はあるかもしれない。
本書に戻ると、現時点での加筆があるゆえに本書の内容が古いということはないが、現時点に近いほど、臨床との関係の議論は複雑ならざるをえない。
話が前後するが、それでも大筋のところ、いわゆる生活習慣病に、主に投薬による治療が必要かという点では、微妙な問題が多い。
この点について、私もこのブログを始めたころ、ああ、もう5年も前になるのか、「極東ブログ: 「コレステロール」にご注意」(参照)を若気の至りで書いてしまったことがある。今の私ならもうこういうエントリは書かないだろうと思うが、一応私が死ぬまで、そしてニフティに支払いできるまで(誤解が一部あるようだけどこのブログは無料ブログではない)とりあえず残しておくかとも思うが、このエントリに興味深いコメントが後日あった。
しかし、いざ私の専門である医療関係の話になると、finalventさんは知識が豊富であるにもかかわらずミスリーディングなエントリーが多く、困惑しています。とりあえずコレステロール(悪玉であるLDLコレステロール)に関しては、大規模な臨床試験が複数あり、基本的には薬剤により下げれば下げるほど心血管イベントや総死亡を下げることが証明されています。
で、コレステロールに戻りますが、スタチンによるコレステロール低下の効果に関しては、無作為化された二重盲検の前向きの大規模臨床試験が複数あり、ほぼそれらのすべてで有益であることは証明されており、この世界では非常に確度が高いエビデンスです。この有益というのは、基本的には総死亡率を下げると言うことであり、横紋筋融解などの副作用をすべて含めての話です。スタチンはコレステロール低下以外の作用があることはすでに広く知られていますが、他の薬剤での臨床試験でも同様の結果が得られています。
レスをするかためらったのは、繰り返すけど今の私ならもうこの手のエントリは書かないだろうということが一つにはあった。もう一つは、コメントをくださった方に、私の考えを理解してもらうにはやっかいな議論をしなければならないなという先行した疲労感のようなものもあった。
そのあたりで、私が書いた本ではないけど、今回のこの「治療をためらうあなたは案外正しい」を読んでいただければ、概ね私と同じ意見なので、それをもってレスの代わりとしていただきたい。
ただ本書とまったく同意見ではない部分とすれば、スタチン系の薬剤がシャープであることやその機序解明によって多様な知見が続出していることから、そう否定的に捉えるものでもないかとは思う。その意味ではこのコメントをくださった方の心情に今の私は近い。
どうも当初思っていたエントリのイメージと違う方向に暴走しつつあるが、本書をもって、つまりEBMが科学的だから、よってそれで治療の是非を考えるとなると、実は簡単な指針が出ないものだ。本書でもこう述べられている。糖尿病の項目の終わりで(強調は同書ママ)。
糖尿病についてはこの項で終わりですが、いろいろと意外なデータが多くて混乱したかもしれません。しかし、よく勉強すると混乱する、これは私自身がEBMから得た最大の教訓のひとつです。
これは現状、医療関係者なら大半が同意せざるを得ないところで、であれば、現実の臨床においてどうすべきというのは、それ相応に難しくなる。患者さんにそれを理解してくださいというのは無理だろうというのが実質前提にもなっているので、本書のような一般向けの書籍の意味合いも難しくなる。
本書の評価が難しいのもそのあたりだが、一般的な書籍という点では、リファレンス的にまとまっているので関心のある人は読んでおいたほうがいいだろう。ただ、安易な結論はでない。安易にあおった週刊誌記事とか書かないでいただきたいとも思う……。
もっとも「むずかしいだろう」と言いながら、現実の臨床の場では、医療というのがScience(科学)であると同時にArts(手技)の体系であるということから、ある意味では日々の臨床ではそれほど困ることはないという現実もあるし、EBMにどう対応するかということもこの間年月が経ったのでArtsとしてのそれなりの対応を関係者みなさんは持っているだろう。その意味では早急の課題ではない。
長くなったのでここでエントリを終えたい。本書を読みながら、「ああ、ここの表現ではまずいんじゃないか」「これは偏った意見ではないか」と思う部分は数カ所あった。それをエントリでちょっと指摘しようかとも当初思っていたが、やめにする。ほのめかして終わりだとか思わないで欲しい。私の指摘もそれほど正しいものとは言えないし、こうしたブログのエントリで書くべきことではないように思えるからだ。
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コメント
2003年のコレステロールに関するエントリーを、若気の至りとされながらもこのようにずっと向き合ってこられたという事に尊敬します。ブログで過去のエントリーを削除する事は、いとも簡単なことですし、多くの人がそうしている事でもあります。
過去に言及したことをどこかに置いて、向き合う必要性のあることとして、取り上げていただいたのですね。なかなかできることでもありませんが、それだけ「コレステロール」を真摯に受け止めて、向き合っていく必要性のあることなのだと思います。実際、医者にかかると(夫)、エパデールという薬を勧めますし、のみ始めたらずっとon the pills人生になるわけです。良し悪しは別として。
結果的にどうなるかはともかく、自分の病気を自分が知ることは、たとえそれが浅くとも、できるだけの努力をして、積極に取り組もうとするのが大切だと思います。
ご紹介の書籍は、ここで注文して読んでみることにします。ありがとう。
投稿: ゴッドマー | 2008.11.04 17:29
本文は非常に配慮あるなあと感心するのですが、
「難しい」をそのまま結語としても瑕疵はないんじゃないかな?というのも偽らざる感想です。
まだそのように思える幸運というのがあるとしても。
個人的には、医者は聖職だと思っていますから、奇特なことに向こうもそういう動機があるのだとしたら、下手に追い詰めるものじゃないだろう?とも。
投稿: 夢応の鯉魚 | 2008.11.04 21:32
かぜは気合いで治す
投稿: | 2008.11.05 06:40
私も、疾病で、医者にかかってますけど、薬を軽くしてもらったほうが、正直なところ体調は良好です。
少し尿酸値が高いけれど、痛風にはなっていません。ビール飲むより焼酎のほうがいい、と勧めてくださる方もいますが、安酒飲んで、身体の別のところに疾病が起こるよりは、尿酸値が少し高いくらいのほうが身体に害がないと思っています。もちろん、焼酎が全部安酒ではないのは知っていますけれど、高級銘柄の焼酎をたしなむほど裕福でもないし。
生活習慣が原因の糖尿病には気をつけたほうがよいと思います。新聞に、プロレスラーのサンダー杉山さんが亡くなる前に、糖尿病が原因の壊疽で、両脚と片手を切断しなければならなかったという記事がありました。
お酒は程々がよいようです。お酒を飲まない日を週に1日か2日は設けたほうがよいようです。
なお、私は、タバコはまったく吸いません。吸ったこともありません。そんなわけで、タバコについては何かものをいう資格はないと思っています。
投稿: 本を読んでないのに何ですが | 2008.11.05 07:23
お父ちゃんが死んでしもうた。
投稿: 野ぐそ | 2008.11.05 23:22
野ぐそさん、それが悪い冗談でなければ、言っておきたいことがあります。君が嫡男でお母様がご健在ならお母様を助けて立派に葬式を仕切りなさい。親族の意見を聞きながらもすべての決断は自分で下すように。
投稿: finalvent | 2008.11.06 08:27
3歳児が「お箸はコッチ」とか言われてるみたいですね。35歳児は言われんでも普通にやっとるんだがなぁ…w
あとねぇ。関東(多分、信州は関東圏だと思うよ)と関西、同じく関西でも近畿か以外か、宗派でどうよ?とか地域性でどうよ?とか、親族間の年齢構成や力関係(←って言うほどのもんでもないけど)とか色々あるから、案外後家の頑張り&平宗盛で丁度良かったりするんですよね。諸行無常な感じで。
途中まで勇者友蔵(リアル3歳児)抱っこしてヘラヘラしてた野ぐそなりに思うんですけど。
あと、昨今は葬祭事情も昔とは違いますんで、喪主的にやることやれることって全体の1割も無いですから。基本ボケッと座ってて弔辞かませばそれでいいか、くらいなんですわ。せせこましい性格だから「ボケッと座る」すら出来なくてチョコチョコ走り回って挨拶しまくりで「軽いなー」とか言われてんですけど。
弔辞は、なー。試し書きして姉ちゃんに読ませたら、
「野ぐちゃんは文章上手いなー。ようこんなん考えたなー」
「いや、考えては無いよ。見たまんま書いただけよ」
「こんなん、よう見てるなー」
「親の顔見たらそうとしか書いてないのに、それ以外に読める方が不思議なんじゃ。見たまんま書きゃそれでええんじゃったら、子供の絵日記と変わりゃあせんよ。楽なもんよ」
「楽にええ?文書かせてくれるんじゃけえ、やっぱりええ親じゃったんよ」
「泣」
って感じでしたね。
葬儀云々よりも以降の家経の方が大事だから。今この瞬間は、割とどうでもいいんですわ。まぁ、普通に。
投稿: 野ぐそ | 2008.11.07 03:39
葬儀終了ですわ。あーしんどかった。どうでもいいけど母ちゃん(73)がやたら昔の仕来たり通りに事を運ぼうとしたがるんで、初七日法要とか普通に6日語挙行なんですけど。当日中に序でにやっとけよ、もー。今さら暦通りなんて流行んねーんだよ。
そんで昔風に丼勘定なんで収支赤字なんですけど。俺の見積もりでやってりゃ、(良ければ)トントンまで持ってけたのにさ。
それでなくてもコンビニで360~400円程度の幕の内に840円出したり1500円で済みそうな会食に4200円突っ込むとか、無駄に葬儀仕様のぼったくり飯食わされてるっつーによぅ。30人前で十分だっつーてるのに40人分頼んで5万の損出してみたり、60人前で余るだろ?ちゅーてるのに80人前頼んで3万ゴミにするし。チリも積もれば山となるだろうによ。どんだけ高い犬の飯食わせてんだと。犬のコレステロール値と俺のストレス値を上げるんじゃないっつーの。
俺査定だと160~180万程度で見栄えのするように収めたつもりなのに、母ちゃんの言うこと聞いてたら普通に200万オーバーしてさ。参列者200人強で香典170万しか入ってなかったから余裕で大赤字だっつうの。
まぁ、父ちゃんにしても母ちゃんにしても、自分のことは後回しにしてでも他の人に尽くすタイプの人だからさ。いざと言うときこういう結果になるのも止むを得んのかなー? って感じですよ。
どうでもいいけど農協の葬儀屋は高い。無駄に高い。なんとかならんのか。そんな感じ。
ひと段落着いたら喪に入ります。ほなさいのら。
投稿: 野ぐそ | 2008.11.08 00:43
いいお母様ではないですか。
野ぐそさんは絶対にいい功徳を積まれましたよ。
暦通りは流行らないとおっしゃったけれど、これを機会に太陰暦に関心を持っていただければうれしいと思います。
昔の一日、十五日というのは、本当に新月と満月のことだったのです。
旧暦の一日(朔)、十五日(望)が休日と重なっているときにお宮参りをしたり、墓参したりすれば、お父様だけではなく、すべてのご先祖様の御霊を慰められると思います。
わたしも、新月の日(朔)と満月の日(望)の日は、仏壇でお線香をたいています。
投稿: 緑のおっさん | 2008.11.17 08:23