ポール・クルーグマン、ノーベル財団による経済学賞受賞ってことで
クルーグマンがノーベル財団による経済学賞を受賞と聞いてそれほど驚いた気もしなかった。一つはそう言われてきたし、率直に言ってもう米国大統領選挙は終わっているからだ。これが接戦とかだと、えげつないことするなと思うが、いやまあ、受賞者が一人っていうことからして、実態はそうなんだろうが、時期がよかったねということか。そのあたり微妙な部分があるなと思っていた。
彼のコラムの拠点ニューヨークタイムズが万歳っていうのもわかるがワシントンポストや、それにウォールストリートジャーナルあたりはどうかとざっくり見たが、プレーンにええんでないのという感じだった。フィナンシャルタイムズもそうかなと言えば言えるし、フォーブスはちょっとくぐもっていた(参照)。というあたりで、もう一度フィナンシャルタイムズに戻ると、なかなか微妙な感じに気が付いたので、ちょっくらネタに拝借。”Why Mr Krugman deserves his Nobel”(参照)。
The usual response to the announcement of the Nobel memorial prize winner is "who?". Not yesterday. Paul Krugman, a columnist for The New York Times, is (along with the late Milton Friedman) the most recognisable man ever to receive the honour.
(例年のノーベル賞経済学受賞者への反応は、「誰、その人?」というものだが、昨日は違った。ニューヨークタイムズ・コラムニストのポール・クルーグマンは(故ミルトン・フリードマン同様)栄誉を得た人としてはもっとも知名人であった。)
そりゃね。「嘘つき大統領のデタラメ経済」(参照)だものね。
He was awarded his prize "for his analysis of trade patterns and location of economic activity"; he could with equal justice have been awarded it for reminding the world that rigorous economic ideas matter.
(受賞は「経済活動における貿易類型と拠点分析」だが、同様に称賛されるべきは、現実世界に対して経済学の学問的思考法を想起させてきたことだ。)
クルーグマン教授の 経済入門 ポール クルーグマン 山形浩生訳 |
フィナンシャルタイムズの出だしに若干皮肉っぽいトーンがあるがと読み進めると、そこにきちんと応えているともいえる。
The timing is provocative, three weeks before the US presidential election, because Mr Krugman has been a trenchant and influential critic both of the Bush administration and of John McCain.
(米国大統領選があと三週間というタイミングは挑発的だ。というのは、クルーグマン氏は辛辣かつ影響力をもつブッシュ政権及びジョン・マケインへに批判者だったからだ。)
それはお約束なだけなんだけど。
Then there is the Nobel committee's decision not to split the prize - as is common - with economists whose work is related. Men such as Avinash Dixit made Mr Krugman's research possible.
(通常なら他に関連の経済学業績者がある場合は受賞者を分割するのに、今回のノーベル財団の決定はそうではなかった。たとえば、アビナッシュ・ディキシット教授はクルーグマン氏の研究を可能にしていたのに。)
これってようするに褒め殺しのレトリックってやつかな。読みようによっては今回の受賞の異様さを物語ったディテールでもある。アビナッシュ・ディキシット教授ってとアマゾンを見ると「経済政策の政治経済学―取引費用政治学」(参照)がある。
Yet while Paul Krugman's talents as a theorist are shared by a handful of his peers, his gifts as a communicator are not. It seems that the Nobel committee felt that Mr Krugman's role as a public intellectual was a stepping stone to the prize, not a stumbling block.
(理論家としてのポール・グルーグマンの才能なら四、五名くらいは共有しているものだから、彼の才能は伝達者かどうかということだ。ノーベル財団としては、公的な知性としてのクルーグマン氏の役割は、受賞の足がかりであって、障害ではなかった。)
さらっと読むと褒めているみたいだけど、これって、高度なレトリックによる反語表現っていうことジャマイカ。
そして"That is no bad thing."と、そんなひどい話じゃなよ、彼はアジア危機も当てたし、ドットコム狂乱や住宅バブルに警戒したと続く。当たったというのだけどね、まあ、時期のずれを別にすれば。まあ、その論法だと以下略。
Few economists will deny that Mr Krugman's research deserves this prize, but some regret the fact that he is now far more likely to demolish a Republican campaign tactic than to build an insightful economic model.
(クルーグマン氏の研究が受賞に値しないと否定する経済学者はほぼいないが、現状の彼が、洞察に溢れた経済学モデルの構築よりも、共和党戦略粉砕にはるかに傾倒していることに嘆く経済学者はいるだろう。)
いやさすがなレトリック。さすがにここまでこの社説を読んでくると、嫌味というのが実に高度なレトリックを要することがわかって勉強になります的だな。
そしてここが要点。
There is truth in that. While his criticisms of the Bush administration's woeful policies have tended to ring all too true, his rage can diminish the persuasiveness of his argument.
(その嘆きに真実もある。ブッシュ政権の政策が悲惨だとする彼の批判はどれも正しいとはいえ度を超えていたから、彼の怒りはその議論の説得力を削いでしまったようだ。)
それは私も感じたな。れいの本とかで。
In any case, many journalists can shoot the fish in that particular barrel, but only one economist can pen a whimsical "theory of interstellar trade". Even when the polemicist is at the top of his game, the witty populariser of economic logic is occasionally missed.
(多くの場合、ジャーナリストが集まって限定された領域にいるお目当ての獲物を狙うものだが、一人の経済学者ができるのは、気まぐれな「恒星間の取引の理論」を書くくらいだ。彼のゲームの頂点に立つ論客としていても、気を利かせた経済理論の大衆化はしばしば的をはずす。)
このところの英文がよくわからない。まあ、雰囲気だけはわかる。私がコラムニストのサミュエルソンを好むのそこだ。プロパーな経済学者さんや、それに連なる書生さんの議論にはちょっとついてけないなとよく思う。
このあと、フィナンシャルタイムズは、オバマ政権に早速クルーグマンを引き出させ、仕事をさせろというふうに結ぶ。
それはどうなんだろうか。エンロンの顧問を終えてエンロンバッシングをしているという批判とか読むと(参照)、チョムスキーがタックスヘブンを使って利殖をしていた(参照)ような興醒め感はあるんだけど。
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コメント
>いやさすがなレトリック。さすがにここまでこの社説を読んでくると、嫌味というのが実に高度なレトリックを要することがわかって勉強になります的だな。
あっそーですかな感じなんだけど、単純に嫌味を言うだけなら、私みたいに馬鹿ポジションに徹して「馬鹿でも何となく分かるのになぜ貴方には出来ないの?」的手法でネチネチやるも、キツいと思うけどね。
お前みたいな馬鹿の当てずっぽうで賢い俺らのやってることが分かる訳ねーだろバーカ、で言い返されはするけどさ。そーゆー言い返し方?して結局我が道進む馬鹿は、最後の最後で必ず大コケかまして絶対言い逃れられなくなるから、そーなったときに「ホラ、な?」って言っちゃえば、これ以上無いくらい馬鹿に出来て楽しいんだけどね。
そこを楽しむ必要は無いのかもしれんけど。
パワーゲームに勝者は居ない。最後に残ったヤツが尤も大きく負けるだけ。
そんなの常識ですわ。
投稿: 野ぐそ | 2008.10.15 21:18
>さらっと読むと褒めているみたいだけど、これって、高度なレトリックによるバーカバーカっていうことジャマイカ。
下種に言うなら「呉れてやらぁバーカ」なんだっつー。でもまあ流石に、お前らこの馬鹿(クルーグマン)の言うことでも素直に聞いて身の程弁えて大人しくしてろよカス供が、碌なもんじゃネーや…とまでは言わんよね。言っちゃったら「ノーベル賞なんか要らねーよバーカ」とか言い返されて権威ガタ落ちしちゃうしな。
金と権威の上手な使い方ってヤツですね。流石に偉い人は違うなぁ。感動だなぁ。ハイ、そういうことで~。
投稿: 野ぐそ | 2008.10.15 21:23
「チョムスキーがタックスヘブンを使って利殖をしていた」のリンク先がないようです。
投稿: 小野 | 2008.10.16 04:44
畏敬するキム・ワンソプ先生が、「親日派のための弁明」で、クルーグマン教授についてこんな文章を書いてらっしゃいます。
「1997年、東アジアが経済危機に瀕し、新興開発国が経済恐慌におちいったとき、その4年前にこれを予見していたアメリカの経済学者ポール・クルーグマンは一躍スターとなり、アジア諸国は白人の経済機構たるIMF(国際通貨基金)にあらゆる経済主権を渡したまま、経済システムをアメリカ式に転換しなければならなかった。」
「しかし発想を逆にしてみれば、当時ノーベル賞候補ナンバーワンといわれ、アメリカの経済政策にそうとうな影響力を行使していたクルーグマンが、東アジアはこれ以上発展できず、まもなく亡びるはずだとさんざんこき下ろすとまもなく、ジョージ・ソロス・ファンドをはじめとする国際投機資本の計略によって、東アジア諸国がつぎからつぎへと惨めな恐慌状態に陥ることになったのは、果たして偶然の一致だったのだろうか。」
アジア通貨危機は、クルーグマンがシナリオを書いたアメリカの陰謀だ、といいたいわけですが、この推測が当たりか外れかはわかりません。
でも、こういう「邪推」をされるのがクルーグマン教授という人物なのだろうと思われます。
ところで、ニューヨーク・タイムズって、アメリカのクオリティ・ペーパーとしては、多少アカがかっている新聞ではなかったっけ。どうだっただろう。たしか、産経の古森さんなんかがよく批判記事書いている新聞のような気がするのだけれど。
そうだとするとクルーグマンってリベラル?
投稿: 東アジアの意見 | 2008.10.16 08:39
「恒星間の取引の理論」はたぶんこれですね。
http://cruel.org/krugman/ig.html
投稿: | 2008.10.17 12:58