[書評]やせれば美人(高橋秀実)
私事になるが趣味の水泳の話をしていたら、面白いよと勧められた本がある。高橋秀実「はい、泳げません」(参照)だ。そこで読んだ。面白かった。ブログには感想をまだ書いていない。どう書くか微妙なところがあってためらっているうち、なんとなく感想を書くのも忘れてしまった。が、その本が面白かった記憶があり、高橋秀実の「やせれば美人」(参照)は、ためらいなく買った。これも読んで面白かった。数か所、笑い転げたところもある。ということで笑える本という売りもあるんだろうし、たしかに笑える。
というあたりで、この本にも奇妙に微妙な心のひっかかりもあって感想を書くのにためらいそうなので、えいや、と書いてみる。
![]() やせれば美人 |
紹介がてらに本の釣りを引用するのだが、がという部分の躊躇はあとで触れるかもしれない。
「目が覚めたらやせていた――」というのが理想、と妻は言った。不可解な女性心理を考察し続けた夫の3年間の記録。抱腹絶倒のダイエット・ノンフィクション。妻が倒れた。心臓がバクバクするという。158センチ80キロ、この10年で30キロ増量、明らかに太りすぎ。ダイエットするわ、私。子供も産みたいし――病院の待合室で妻はしんみり呟いた。しかし運動は大の苦手、汗をかくのは美しくない、目が覚めたらやせていたというのが理想とのたまう。夫は、ダイエットの道を探り始めた。不可解な女性心理に寄り添った抱腹絶倒の3年間。『センチメンタル ダイエット』改題。
短い釣り文に、「不可解な女性心理」が二度も出てくるが、本書のテーマは、まさにそれだと言っていいだろう。ある意味、女性を描くという点でとても優れた作品だ。
もともと妻は運動が嫌いである。
というより、汗をかくことが大嫌いで、基本的には一日中、リビングの大きなテーブルに向い、置物のようにじっとしている。
彼女はこの位置を「定位置」と呼ぶ。そしてそこを中心に、仕事で必要な文房具や書類などを手の届く範囲に配置している。すべてが定位置なのである。
私はこういう女性を数名知っている。太っている。一人暮らしだと猫を飼っているのではないかと思う。が、公平に言えば、「定位置」性は本居宣長を引くまでもなく痩せた男、というか、学者にありがちだが、が、やはり女性の場合はなにか独特の何かがある。単純に考えれば、定位置にいるから運動が少なくて太ると考えがちだが、たぶん、それは違う。高橋もおそらくそう考えているのだろうが、それ以上の考察はない。この本では、何か奇妙な領域の一歩手前まで行ってはしかし黙って引き下がるという感じがすることがいくつかある。
本書の主人公ともいえる太った彼の妻君だが、昔から太っていたわけではなかった。痩せることは不可能ではないとも確信している。10代をデビュー前と呼んで。
彼女はデビュー後の女優なのであった。
――デビューしてから、やせてもいいんじゃないですか。
「はっきり言うと、もうどうでもよくなっちゃう」
――どうでもいい?
「私は努力をしないで、やせたいのよ」
彼女は真顔で言った。虫がよすぎると私は思った。
――なぜ?
「何もしないで、しあわせになりたいのよ」
――しかし、何事も努力というものが……。
「努力には”美”がない」
――……。
「努力して何かを得ても、当たり前でしょ。努力したんだから。それではしあわせにはなれない」
――と、いうことは?
「努力をせずに得てこそ、しあわせなのよ」
やせることと「美」や「しあわせ」をすり替えているようにも思えたが、下手に反論すると、「しあわせ」をもたらさない私がそもそも悪いということになるので、止した。
笑い話のような展開だし、もちろん、笑う。しかし、笑ったあとに、たぶん、ある程度女というものに手を焼いた、あるいは焼くことの意味を受容した男なら、笑ったあとに、「ちょっといけなかったかな」と首をすくめるだろう。そのあたりの機微も高橋はそれとなく描く。と同時に、「妻」という存在の奇妙な距離を描き出す。
――じゃあ、どういうダイエットなら、やってみたい?
私が起き上がってたずねると、妻が即答した。
「朝、目が覚めたらやせてた、っていうやつ」
――……。
ありえない話だった。
「この世に、ありえないことはない」
妻は断言した。
というあたりで「妻」という言葉が夫婦の関係性のなかで奇妙な色彩をもつ。
ここで少し下品な感想を私は書こうと思う。
何の気無く、面白そうだから読み捨て文庫本というくらいで、ふふふんと読みながら、私はあることを考えずにはいられなかった。
妻はデブである。
結婚前はデブでなかったが、結婚してデブになった。
158センチで80キロ。
この10年で30キロも増量したのである。
かつて彼女は当時のアイドル歌手、小泉今日子に似ていた。怒っても笑っても、その表情が顔からこぼれるキュートな顔立ちだったのだが、今はまわりに余白が増えたせいで、表情が小さい。かつての顔が今の顔の真ん中あたりに埋もれており、遠くから見ると、怒っているのか笑っているのか、わからないほどである。
私が下品な関心をもったのはデブな妻をもつ夫の心理とは何かである。
もう少し言えば、たぶん男というのは妻がデブになろうがあまり関心を持たない。そして、そのことがある意味で本書に如実に描かれているのが興味深い。
高橋は妻を「デブ」と呼ぶが、本書を普通の読解力のある人が読めば、細君への愛情は読み取れるし、「デブ」に関心がないというより、それはそれで受け入れている。
というか、その受容の部分にこそ夫婦の関係性があるのだろうとは思うし、実世間の別事例ではそこに奇妙な嫌悪の乖離もまたあるだろう。その機微の部分の秘密というか象徴の一端がおそらく、妻と限らず夫であっても「デブになる」ということなのだろう。
本書は中頃からダイエットの取材といった趣になる。太った妻との関係が背景に引き、知識や現代社会が語られる。そのあたりは、私にはどちらかといえば退屈な話であるが、人によってはそこもまた面白いのだろう。いや、私も婦人服の号数の仕組みの話は、本書で得心した。なるほどね。
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コメント
爺ちゃん直球やな。俺が女は馬鹿だねーとか言ったら調子に乗って?デブですなーとか言ってるし。どんだけ悪ノリ? 序でだから死ねとかクソとか生きる価値なしとか滅茶苦茶言っちゃおうか? いいよな、別に。どうせ馬鹿だしデブだしクソだし死ねだし生きる価値なんか微塵も無いからな。挙げ句にヤクザに騙されてピーピーキャーキャーゆってる時点で国外追放モンだしね。常識的に考えて。生かして貰えてるだけでも有り難いと思って日々真摯に生きてて欲しいよな。まったくよー。
あと先日パソコンの整理整頓してたら往年のうんこ原稿消去しちゃって猛然とショッキングなんで人生頑張らんとね。ふごふご。
それから猫がドンドン我が侭になっちゃってどーしょーもないんよね。あれほど母屋に入るなっつってんのに食事時になったら「なー」とか言いつつ入ってきて俺の横に鎮座ましましてるし。邪魔だ出てけバーカ、とか言いつつ猫追っ払って食卓に戻ったら、2秒とせんうちに背後で「なー」とか言うし。お前!! 付いて来たじゃろが!!
もー心の底からムカつくから「なーう(俺)」「なー(猫)」「なーう」「なー」「なーう…今すぐ!!」「ビックゥゥゥッ!!」「ナウ!! 今すぐ!!」「とてててー」とか言って万歳しながら追っ払ったら必死の形相で走って逃げるんだけど、2分くらいしたらまた来るんですけど。
んでまー、件のデブは多分フッツーに生涯デブだろうから、もー放っとけとしか言いようがござんせんわ。学名チビデブズボラってお前、どこの病原菌ですかっての。どこの三浦美紀(本名:さくらももこ)ですかっての。メタミドホスの親戚かこの野郎!? って感じ。
なーう。
投稿: 野ぐそ | 2008.09.14 19:40
自分からは何にもしないで貰えるものは何でも貰うって根性で居るだけだわな。何かを「したい」じゃなくて、何も「したくない」んだよ。んで、周囲の人間(彼氏とか旦那とか)は、そんな自分に何かを「与えてくれる人」で居さえすれば、それでいいわけ。欲しけりゃ取りに来な? みたいなこと言っちゃったら、ケチだズルいだ図々しいだって言うんだよ。
その手のデブは知恵の回し方が徹頭徹尾「そーゆー方面」でしかないから、だからスパッと見切られるんだっつーの。
どー見ても三浦美紀(本名:さくらももこ)と同じよーなメンタリティじゃねーかと。だったら漫画でも描いて小銭稼いでろよバーカって感じなんだけど、多分件の極まったデブは、それすらやんねーよな。めんどくせーから。俺も農業と勉強と犬猫飼育以外と惰眠以外やってねーしな。めんどくせーから。
あと、アレだ。「美」は「大きな(丸々肥えた)羊」の意味だから、無理にダイエットせんでも素で美しいんじゃネーノ? って意味から言えば、痩せんでも美人(←笑)としか言いようが無いんで。死なん程度に肥えたからって、だから何なんだ? としか言いようが無い。肥えすぎてとっとと死んで呉れればコッチとしてもウザい物体目に入れなくて済むから、それはそれで美しいしな。
吸収した栄養全部消費する体質で居すぎると痩せてガリガリの借金太郎になっちゃうし、ある程度デブ気質を加味した方が小銭が貯まって暮らし向きも豊か(←笑)になっちゃったりするしな。
まぁ別に、どっちでもいいから好きにしろと。そんな感じ。それが自由ってヤツでしょう。
投稿: 野ぐそ | 2008.09.14 20:17
痩せていたって、女の人がある年齢が来れば、下っ腹に脂肪がたまってしまって、そのことを人為的に隠しようがなくなるっていうか、隠すのがひどく難しくなるのって仕方がないことなようです。
自分の容貌に自分なりに納得していればそれでよろしいのではないかと。
言いにくい話だけれど、エステティックキャラクターやれる女性って言うのは、あつかましいのではなくて、非常に勇気があるのだろうと思います。本人の希望でそうしているというより、その女性の名義に群がって生活している家族持ちの男性たちの生活を支えているという側面もあるのだろうと。
ずいぶん問題ある発言をしてしまったなとは思っていますが、一応コメントを入れておきます。
投稿: 厳密にならないということ | 2008.09.15 10:09
野ぐそさんの三本目が入る前に滑り込めるまかしら彡
もしかして、弁ちゃんが「この夏に読んだ凄く面白い本」って言っていた本、これですか?既に私は読んでいますけど、「不可解な女性心理」がズバリ本書のテーマだとしているあたりは、さすがだと思います。どちらの立場で読んでも面白い本だと思うのですけど私の立場でしたら、この奥様は非常に愛されているし、めちゃくちゃを言っても許される夫婦関係なのだと直ぐに分かります。ご主人はその奥様を非難するでも評論するでもなく、なんとなく女性心理は考えても答えが出ない(出せない)という感じで、宙に浮いたままいろいろ語っている事が「思わせぶり」で、面白いですね。個人的なことですけど、実は、私は彼女に似ています。だから、おっかしくて仕方がありませんでした。いえ、太ってはいませんけど、なんとなく無理難題を平気で言って、たいして親身でも無いくせに、話だけは聞く夫という構図もぴったりです。僭越ですが、彼女はきっとこの先、それに我慢ができなくなってもっと太ってしまうのかも。など、予言したくなります。
本書ではなかったですか。
もっと面白い本でも読まれたのでしょうか。
投稿: ゴッドマー | 2008.09.15 11:21
ゴッドマーさん、こんにちは。「この夏に読んだ凄く面白い本」はこれではないです。出し惜しみしているわけではないですが、ちょっと気になることがありまだ書いてません(という本が貯まる)。
投稿: finalvent | 2008.09.15 16:02
あーーっ!あるんだ。では、いつでもいいですよ。それだけ楽しみが貯まるということで。(沢山貯めちゃってください!)
投稿: ゴッドマー | 2008.09.15 18:46
「ソレ、俺の宿題なの?」と言うのが正直な気持ち。
といっても、この宿題の為に関係を結んだような感も強くあって…
「スミマセン、ご相談があるんですが…」と意を決して言いたいところなんですが、
何と言おう―こっちが勝手に感じているだけかも分かりませんが―「ほう、言うのか?」的圧力をヒシヒシと…
ナルホド「不可解」とはよく言ったものだと思います。
投稿: 夢応の鯉魚 | 2008.09.15 21:02