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2008.07.09

[書評]母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き(信田さよ子)

 4月に出た本だけど暑苦しい夏向けのホラー物、とちゃかしたい気もするが、というかカバーを外した本書の装丁のように、少しはそんなアソビっ気もないとやってらんないよなというすごい話がテンコモリでしたよ、「母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き(信田さよ子)」(参照)は。

cover
母が重くてたまらない
墓守娘の嘆き
信田さよ子
 表題を見て、何かピンと来た人、とくに女性は、場合によってはこの本は劇薬級のインパクトがあると思う。でも、率直に言えば、「鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール」(参照)とか読んで人生をさらにこじらせてしまった人には、そうしたインパクトが必要なのかもしれない。
 釣書的にはこう。

母との名状しがたい関係に苦しみながら、それでも罪悪感にとらわれている女性たちが数多く存在している。本書では、カウンセリングの経験に基づいて、墓守娘たちの苦しみを具体的に取り上げた。進学、就職、結婚、介護…。どこまでもついてくる母から、どう逃げおおせるか。NOと言えないあなたに贈る、究極の"傾向と対策"。

 短い文章でよくまとまっているけど、ようするに「母との名状しがたい関係に苦しみ」が本書のキモ。そこを簡単に言えば、罪悪感によって娘を支配する母親、ということだが、それだったら、モーツアルト「魔笛」の世界からありがちな話であるが、本書はもっとスペシフィックに、団塊女の母親がどのように娘たちの人生を破壊しているかという事例がものすごい。
 話のなかで嗚咽したり、泣き崩れたりする女性の姿があるが、そのあたりは、中年男性の私が読んでも(私だからかもだけど)、ヒリヒリするくらいの痛みが伝わってくるとともに、母親に向ける憎悪あるいは意識に立ち上る憎悪について、共感もする。
 そのあたりの叙述は、ストーリーテリングとしても面白く、なんというか村上春樹の近年の短編を読んでいるような趣もある。たとえば、母の支援でビジネスエリートになったヒカルさんという娘の話だが。

 入社して三年目を迎えるが、休みの日には、母がかいがいしく下着を洗濯してくれる。部屋は毎日掃除機がかけられ、夜には昼間干したふとんのぬくもりの中で眠る。駅から「今着いたわ」と携帯で電話すると、どんな遅くても暖かい夕食が用意されている。「ビールどう?」と勧められるままにコップを干すと、母はうれしそうに「ママも一杯もらっちゃおう!」と華やいだ声を上げる。「まるでオヤジのような毎日でしょ」と、ヒカルさんは低い声でつぶやいた。
 「ときどき、夜中に目が覚めるんです。そんなとき、ふっと母を殺したくなっちゃう自分がいて、それがこわくて……」。このことを他人に話したのは初めてだと言いながら、ヒカルさんは激しく泣いた。

 泣いて済めば、「ふっと母を殺したくなっちゃう」よりいいのかもしれない。だけど、問題はそれでは解決しない。
 この短い引用ではわからない人は本書を読む必要はないが、おそらく読まなくてはならない、あるいは本書でなくてもそうした問題に直面しなくてはならない人はいるだろう。もうちょっと本書を紹介する。
 本書を、ダンコーガイ書評スタイルで目次も引用すると、こう。

1 母が重くてたまらない―さまざまな事例から
〈Ⅰ〉
  ママのための中学受験
  母と娘の「運命共同体」
  息子を見上げ、娘を見下ろす母
  気がつけば、落とし穴
〈Ⅱ〉
  自分の不幸にふたをして
  団塊母の苦しみ
〈Ⅲ〉
  傷つけ合うことで深まる絆
  父の存在はどこに?
  無邪気な独裁者
2 母とは一体誰なのか?
   母親を徹底的に分析する
   母をどうとらえればいいの?
3 迷宮からの脱出―問題解決の糸口
   母に対する処方箋
   父に対する処方箋
   墓守娘に対する処方箋)

 目次を引用したのは、構成を紹介したしたいためで、圧巻は「1 母が重くてたまらない―さまざまな事例から」にある。
 「2 母とは一体誰なのか?」は、著者がカウンセリングの専門家であることもあり、ごく一般的というか、そこいらの精神医学系の著名人でも書きそうな内容なのでつまらないといえばつまらない。さらにそのつまらなさの部分を言えば、母性幻想は近代に作られてものだとか、戦時体制の国家が母性を女性に強いたのだとかくだくだ書かれているが、ちょっと踏み込んで言うけど、それはたぶんはずしでしょ。本書では、この恐ろしい団塊女性母が青春時代に恋愛イデオロギーにあったというけど、まさにそのイデオロギーが帰結したものがこの本で描かれている事態なのだと思う。つまり、端的にいえば、夫婦関係の、微妙な失敗の必然的な帰結であり、そこから生まれた子供、特に娘は悲劇だよねということだ。
 筆者は女性問題に注視し、そして団塊女性母の配偶者で「夫」の問題(別の切り口からすれば「父」なんだがそこはなぜかあまり深掘りされていないのは、林道義みたいな議論になってもなあ、かもしれない)を扱うのだが、むしろ現代的な問題は、こうした苦しみのなかで生きる娘さんたちの恋人や夫のほうが重要な問題だろう。昨今、非婚時代で、非モテとか男女関係と経済を含めた世相の切り口でわかりやすい物語がよく作られるけど、実際に30代の男女関係・夫婦関係に重たい影を落としているのは、その親たちの団塊の世代だろう。
 というか、団塊の世代に、その自覚がまったくないのだというのが、本書でよく描けている。ぞっとするほど。著者、信田さよ子自身がその団塊世代のまっただなかにいるせいもあるだろうが、それだけ同世代に向けてきちんとした批評眼を向けているのはさすがだと思うのと、私などからすれば、まだまだこんなもんじゃないよとも思う。
 母親に自覚があればまだ救いがある。しかし、大半は念入りに隠蔽された地獄なのだ。

(前略)母親たちは無邪気に見える。透明な清らかさというより、彼女たちの体重ように鈍重な無邪気さだ。自分の感情や行動は娘のためだとつゆ疑うことのない、そんな無神経な無邪気さに満ちあふれている。
 パソコンやケータイを使いこなせないと、「わかんない~」と娘に甘えてドジなおばさんぶりを発揮する。無理に話を合わせようとして娘から軽蔑のまなざしを向けられれば、「どうせおばさんだからね」とすねた顔をして娘を困らせる。時には「ああ、このしわやしみを見て見て……もう長くないかもよ」と脅しながら、娘の心配げな顔を見てはほっとする。たぶん、これらは何とも言えない快楽なのだ。年齢をかさにきた脅しとひがみで娘を操作し、最後はひらきなおって無邪気を装う。そのくせ異様に元気で、体力は娘以上ときている。ジムに通って、毎日四~五時間も水泳やマシーンで体を鍛えているからだ。このように、母親たちは人生を安楽に過ごすために蓄えた年季のはいったスキルを、ここぞとばかりに発揮する。

 苦笑で済む話ではない。
 本書は必死に解決を与えようとして後半はその試みに費やされる。しかし、答えなんかあるわけがないのだ。と読み進めながら、該当の娘に対して、次のように筆者が語るとき、私はこの筆者の根幹の良心のようなものに出会えたように思えた。

 「勇気を出してそう言ってみましょう、お母様もわかってくださるでしょう」こう言いながら背中を押してあげたいのは山々だ。しかし、残念ながら私はそんな甘く楽観的な考えをもってはいない。
 (中略)
 クールに現実を見据えれば、そんな甘い期待であなたたちを満たすことはできない。おそらく墓守娘たちは、これまで何度も体験してきた「やっぱり無理だったのか」という失望のどん底に落とされるだろう。それもいい経験だからやってみましょうなどという残酷なことばを、カウンセラーとして私は伝えることはできない。(後略)

 本書は墓守娘に焦点を当てている。母と娘という関係は、息子のそれとは違うとしてその説明も縷々といった印象はある。だが、息子も同じなのだというのは、中島義道の乱造本に思われている「愛という試練」(参照)の、母の死との情景によく描かれている。50過ぎてこんな号泣なんてやだなと思う。だが、これはきれいに描かれた必然なのだ。中島義道は中二病で恥ずかしいっす、みたいなありがちな揶揄で済ませる人生なら……いやそれもまた別の地獄なのだが。

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コメント

終風先生が偶に書かれるこういう話…けっこう沁みます。
あと二十年はあるかと思うと、もう逃げちゃおうかとか思うんですが、
できるわけないですよね。

機会は何度かあった思います。けど―なんと言ったらいいのか―「女は殴れないな」というのと似たような妙な感も同時に湧いて、結局は駄目でした。
いや、なんか違うな。本当になんと言ったらいいんだろう? あの感覚は。
優しさなんかのわけがない。

投稿: 夢応の鯉魚 | 2008.07.09 15:46

キツイ言い方ですけど、ここで言われている団塊世代の二世として生まれ育った方達は、人の本質的な「愛」というものに触れてこれなかった、殺伐とした葛藤も知らないのかもしれません。冒頭にあるように、ピンと来ない人はその葛藤や苦しみも味わえない、刷り込まれたことにに疑問や不思議もない、ある意味、地獄を疑わないでいられるのかもしれません。悲しいようでとてもコメントする気持ちになれませんでしたが、ご紹介の書籍は是非読んでみます。

投稿: ゴッドマー | 2008.07.09 19:34

さっそく読んでみました(もう一度じっくり読みます)。母親たちが無邪気である、というのは解決策なんかないことの裏返しのようでつらいです。念入りな隠蔽だけでなく、「覚えていない」の一言で子供の苦悩そのものを否定したりもしますね、ウチは。そしておっしゃるように息子バージョンもあるな、と思います。

ウィリアム・ポラック『男の子が心をひらく親、拒絶する親』という本はまさにそのような息子についての本で、まるで僕自身のことが書いてあるようで驚いたものです。この本は少年がテーマですから、子供が成人して「名状しがたい関係」に苦しむ例はあまりでてきません。むしろ予防策を考える感じで、勝手な要約をすると、「親としての評判を気にするな。子供の気持ちに集中しろ」です。もちろんこれは、問題意識をもった親にしか効かないわけですが。

投稿: zajuji | 2008.07.09 22:19

芹沢俊介「母という暴力」春秋社
という本も、ありましたなぁ。

投稿: | 2008.07.09 22:22

共依存、しかも無意識に

ネットのコメ欄も案外そんなもん

投稿: | 2008.07.09 22:59

 こんな問題、昔からあるでしょう。そもそも問題でもない。娘は結婚して始めて母親から脱却できるのであり、結婚していない娘はアラフォーでも精神的独立はないでしょう。逆に子育てを始めたら、心の中に占める親の割合なんて皆無ですからね。

投稿: タカダ | 2008.07.10 00:34

上のコメント書いてるのは男性ばかりとお見受けしましたが、違うかな?
finalventさんは、こんなことまで・・・よく掴んでらっしゃると思います。
確かに昔からある問題だし、子育てを始めたら解決というのもわかる気がします。(私は単身者)
が、結婚しない女性も多くなっているこのご時勢にこれは割と軽く流せない問題だと懸念しております。
女という性をまず母に見ますし。
こういうことも含め、感情のコントロールは・・・多分女性の方が下手かもしれませんね。

共依存のうちは問題ありませんが、子の方がスポイルされているように感じ始めると結構しんどいですよ。
「それでも親だから」という理由はなかなか手ごわいんじゃないでしょうか。
・・・これは親の介護に関する葛藤に近いような。

しかし、この逆のパラサイトシングルや引きこもりは今後どうなるんでしょうか。
世の中、不安だらけであっという間にみんな「鬱」になっちゃう(笑)

投稿: 八葉 | 2008.07.11 23:19

今この話題を紹介するとは...不意をつかれた感じです(ちなみに私は既婚男なので本質的なところは分からないのですが、周りを見るに、結婚によって全ての女性がこの手の問題を自然に解決できるというわけではない、と思っています)。

なお症例は違いますが、以下の精神分析(成功例)は興味のある人にすこしは参考になるかもしれません。

血と言葉―被精神分析者の手記 (リブロポート〔新装版〕)
マリ カルディナル (著)
「内容(「BOOK」データベースより)
神経症を病み、自殺寸前にまで追いつめられた女性を精神分析は救いうるか。ひとりの女性の生の軌跡を追いながら、精神分析の実態を、被精神分析者の立場から克明に描いた衝撃の書。」
ttp://www.amazon.co.jp/%E8%A1%80%E3%81%A8%E8%A8%80%E8%91%89%E2%80%95%E8%A2%AB%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%88%86%E6%9E%90%E8%80%85%E3%81%AE%E6%89%8B%E8%A8%98-%E3%83%9E%E3%83%AA-%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%AB/dp/4845706970

投稿: | 2008.07.14 16:57

結婚して子を持っても、やっぱりまとわりついてくるよ。そしてそれは間違いなく夫婦関係と、親子関係に影を落とすよ。

投稿: | 2008.07.15 12:53

母と娘のことがこんなに話題になっていたなんて、私だけじゃないと思ってほっとしています。いろいろな方の意見を見て、上手く逃げることと母の価値観の範囲外の世界を広げることが救われる道かなと思っています。
母と自分は全く違う人間だと切り離して考えることが大事ですね。私は彼氏ができたとき、両親が好む相手でなかったので逆に救われたとそう思っています。和解は幻想、本当にそう思います。私は母とは上手くやれないので付き合わないことに決めました。近くに住んでいるけど付き合わないような生活に切り替えます。でないと、私は精神的に自立できないです。この悩みを持っている人は、両親に甘えないという強い気持ちが必要だと思います。

投稿: 母はさん付けで | 2008.10.22 17:22

いやぁ、このカウンセラーにかかってる友人います。(実話。)で、「親変わってくれないか、変わってくれないか」って、最近、祈るように言ってるけど、わたし、「親は変わんないよ」としか返せない。・・・この本、(信田さよ子さん著)日本的で、まだまだ甘いと思う、個人的には。今、女性も「母親殺し」をしないと、生きて行けない時代なんだよ、って。で、私のお勧めは、「母に心を引き裂かれて」(クリスティーヌ・A・ローソン著)です。・・・こっちの方が実用的。母親を、あくまで「病んだ個人」として捉えて、対処法がきっちり述べてありますから。

投稿: ジュリア | 2009.12.06 12:53

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