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2008.06.09

米国の時代が終わるという話の奇妙な含み

 話は昨日のエントリ「極東ブログ: アラブ諸国の若者人口構成が抱える爆弾」(参照)に関係して、今週の日本版ニューズウィーク6・11には国際版編集長フォード・ザカリアによる「アメリカ後の世界を読む(The Rise of the Rest)」という長めのエッセイについて。

cover
The Post-American World
Fareed Zakaria
Audiobook Version
 このエッセイはは近著”The Post-American World”(参照・オーディオブック)のサマリーともいえる。例によって英文は無料で読める(参照)。現代の世界をかなりざっくりと描いているので、大学生とかビジネスマンの人は読んでおくよいのではないかと思う。
 話はどうか。端的にいえば、米国の時代は終わるということ。そしてどうなるのか? 田中宇のいうような多元的な世界になるのか。
 ザカリアの考察には大統領選挙による米国の変化の可能性は含まれていない。この時期に出すのだから、なんらかの意味が合いがあると考えてよいのだろうが、そこは読み取りづらい。強いて言えば保護主義への牽制だろう。
 議論の起点は米国人の内省にある。イラク戦争の泥沼化や金融危機といったことから、意気消沈しているが、もっと深い問題があるとザカリアは説く。

 アメリカ人の不安はより深いところに根ざしている。不安を生んでいるのは、秩序を乱す大規模な嵐が世界で吹き荒れているという感覚。ほぼすべての産業や、生活のあらゆる面で、アメリカ人の今までの常識が通用しなくなっているようだ……。
 しかも、今の世界では、アメリカは脇役に回っているらしい。


 アメリカ人は、いまだに反米主義の実態や度合いについて論じている。一部の人々は、反米感情の高まりは深刻かつ憂慮すべき問題であり、信頼回復が必要だと訴える。その一方で、影響力が大きければ反感を買って当然、反米感情の多くは嫉妬の裏返しだから無視してかまわないという声もある。

 日本から見ていても、たしかにそのように見える。でも、ザカリアは、「反米」が終わったと言う。もちろん、それがまた米国が世界の中心に来るという意味ではない。逆で相対的には米国は弱くなる。
 だが、イメージと実態は違う。

 米メリーランド大学の研究チームは組織的な暴力による死者数を記録してきた。そのデータによれば、80年代半ば以降、世界的にみて戦争は減少しており、組織的な暴力については現在、50年代以降で最低のレベルにある。

 見方にもよるし異論もあるのだろうが、この先に引かれる、現在は「人類史上最も平和な時代」という評価は妥当だろう。
 だが、そう思えないという感覚はある。なぜか。

 にもかかわらず、なぜ今は怖い時代だと感じるのか。情報量が爆発的に増えているのが一因だろう。


 情報革命が起きたのは最近のことだから、報道する側も、ニュースを受け取る側も、あふれる情報との付き合い方をまだ模索している段階にある。

 つまり、情報と実態がずれている。私見を挟むが、現在は、生活の実感のようなものがメディアに吸い取られるような状況である。

 無差別で残酷なテロは、そのニュースに接した多くの人々に心理的なダメージを与える。「自分が犠牲者になっていたかもしれない」と思いがちなのだ。実際には、テロで死ぬ確率は極めて低い。

 ある社会的なファスが起きるとそこはなかなか通じなくなるものだが。
 軍事的な脅威について、ザカリアはこう指摘する。

 中国とロシアがアメリカに敵対姿勢を取ったところで、その脅威のレベルは知れている。ロシアの軍事費は350億ドル相当にすぎず、アメリカの5%だ。中国はアメリカに到達する核ミサイルを約20基保有するが、アメリカには中国を射程に収めたミサイルが830基(大半が多弾頭)ある。

 ザカリアはただし、台湾近海の軍事バランスなどは論じない。あくまで米国民向けの記述だからだ。
 以上はしかし、ある程度世界を見る人にとっては当たり前のことだが、以下は私でも、少しへえと思った。

 サウジアラビアやペルシャ湾岸の新興の非民主主義国家は、いずれも親米国だ。アメリカの軍事力に守られ、アメリカの兵器を購入し、米企業に投資しており、多くの場合、アメリカの言いなりになる。イランが中東で影響力を拡大しようとすれば、アメリカがわざわざ反発を招くような政策を取らない限り、これらの国々は親米色を強めるだろう。

 これは、見方を変えれば、その国々の民主化を構造的に抑制しているのが米国だし、少しものを考える人なら、日本も同じだなと気が付く。
 さらにへえと思ったのはそこまで言い切ったかというこれだ。

 あるいはイラク戦争。この戦争はイラクに長期にわたる混乱と機能不全を引き起こしている。200万人以上の難民が近隣諸国にながれ込み、当然ながら政治的な危機がこれらの国々に波及すると予想された。だが、ここ数年中東を旅して回った私は、イラク紛争がこの地域の安定にほとんど影を落としていないことに驚いた。

 そんなのはザカリアの個人的に印象に過ぎないと言うこともできるし、反例を挙げることもできそうだが、問題はその反例の規模だろう。総じて見ると、ザカリアの印象のように、中東は安定していると見てよいのではないか。
 ザカリアはこうした議論を進めながら、諸国のナショナリズムの台頭と米国の規範化(率直に言って米国はダブルスタンダードだった)を説いている。
 私としては奇妙な感じだ。日本から見るかぎり、依然米国の時代は終わってないと認識してよさそうな印象があるからだ。

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コメント

>日本から見るかぎり、依然米国の時代は終わってないと認識してよさそうな印象があるからだ。

 それは一種の企業病よね。官公庁や企業に雇用されて「自分から無茶言って飛び出したら後が怖いから言わんと黙っとこ」くらいに平穏にやってる分には、全然問題無いんよ。実際、無いし。つーか、それは別にどこ逝っても変わらんでしょ。中小企業でもベンチャーでもヤクザの使いっ走りでも、商売そのものが上手く逝ってて将来に不穏を感じる要素さえ無ければ、その世界の中に居て受け得る利益は当然得るし、そこで自足しさえすれば、それ即ち「平和」なんだから。

 アメリカの志向する(そうと見做される?)平和ってのは、そーゆーもんでしょ。そこからはみ出たかはみ出ざるを得ない人々にとっては、生き地獄かもしれんけど。

投稿: 野ぐそ | 2008.06.09 18:40

どうもはじめまして。以下の文章を読んで、ぼくはすぐに秋葉原事件
のことを思い浮かべました。

 現在は「人類史上最も平和な時代」という評価は妥当だろう。
 だが、そう思えないという感覚はある。なぜか。

  にもかかわらず、なぜ今は怖い時代だと感じるのか。
  情報量が爆発的 に 増えているのが一因だろう。

 つまり、情報と実態がずれている。私見を挟むが、
 現在は、生活の実感のようなものがメディアに吸い
 取られるような状況である。

 無差別で残酷なテロは、そのニュースに接した多くの人々に心理的
 なダメージを与える。「自分が犠牲者になっていたかもしれない」
 と思いがちなのだ。実際には、テロで死ぬ確率は極めて低い。

秋葉原の事件は確かに衝撃的ではありましたが、凶悪犯罪がいまの社
会にとってどうの程度、脅威なのかという議論はないまま、恐ろしい
世の中だね、怖いね、という雰囲気だけで、もうナイフも規制しちゃ
おーか、なんて話が政府から持ち上がるというのは、なんだかなあ、
と思ったのです。
もしこの事件について、あまり鋭敏に反応する必要ないんじゃないで
すか、と書いたらきっと何も悪いことしてないのに被害にあわれた方
に対しての配慮に欠けるだろう、という非難を受けることになるので
しょうね。
少年犯罪や医療裁判なんかでも、なんか同じような問題が含まれてい
た気がするのですが。いろいろ考えさせられました。

投稿: (><) | 2008.06.09 21:44

 日本だと、NHKやNTTやJR(旧国鉄)や郵便局や官公庁みたいな、私の集合体なのに自他共に?半ば公なるものと認識されて市場に於いて過半かそれに近いくらいの勢力を得て、一挙一頭足が周辺界隈に不断の緊張を与える?的な。そういう組織にくっついて居さえすれば、無茶言わない限り利益出るし生活って保障されるよね?的な。

 そういう風景を求めると、アメ公のポジションって何となく分かるんじゃないかと愚考。それに対して不要不急?にガタガタ文句垂れてるのはどこの誰なんだ、と。誰でもいいけど。

 テレビのニュース観てていっつも思うんだけど、只のアジや馬鹿の世迷言みたいなクソ情報でも、何遍も何遍も繰り返し言ってると何時の間にか人って影響されるんだなぁ的な。謀略ってそーゆー地道なところからの弛まぬ地ならし凄い重要だよねって休みのたんびに草むしりやって空き缶拾って犬猫と甥っ子(勇者友蔵2歳半)の世話してる私は思うのよ。

 民営化や民主化の行き着く先(笑)が碌に掃除もされずに空き缶家庭ゴミだらけの田舎の沿道だったりする?のを見るとさ。お前らいい加減にしろよな?と思うことはあっても、それ以外の感情が湧くこたぁ無いんですけど。

 勿論程度にも因るけど、ある程度「私」「個」のグレードアップが無いことには、その先へ進むのは時期尚早なんじゃないの? と。道端見ててつくづく思うんです。能力主義(濃緑も可?)成果主義(生家・盛夏・聖歌・製菓・生花・正貨・制化・精化・正課・西華・青果・正課・聖火・製靴・声価・精華・青化・臍下・惺窩・正価・西夏・聖化・勢家・斉家・清家・所為かも可?)拝金主義(背筋・排菌も可?)一辺倒で(行き過ぎるが為の?)余りにモラルが欠如したやり方ってのは、どんな政治体制でもそれそのものを鈍磨疲弊させるから遺憾のですよ。

 …と、諸事無能な野ぐその分際で思いました。世の中バランス重要ですわい。バランスを乱すほどに突き抜けないとそもそも駄目なんだけど、その上でバランス重視(笑)せんと遺憾あたりがダブルスタンダードなんでしょうね。剣呑。

投稿: 野ぐそ | 2008.06.09 22:25

 世間の親子関係上下関係って基本がどーなんだか知りませんけど、親・上が推定危険地域へ出向くときに正面ばっかり向いて子供の方(後ろ)に目を向けないでガンガン突っ走るのは、後ろの子供すんごい不安だと思いますよ。置いて行かれる・捨てられるって、そー思って付いて行くのは辛いでしょ。先導者が手間でも何でもこまめに後ろ向いて「今このへーん」とか言いながらコツコツ歩んだ方が、後ろ的には楽でしょう。分かっててのんびりしてそれで結果遅れても自己責任なんだから。幼少期にある程度そういう経験を積んで「大人になったら概ねの人は前だけ向いてるもんなんだ」とでも見極めるなら、元服とかそーゆー仕来たりでもあるなら話が違うんだろうけど、そーでも無いのが闇雲に世間に放り出されて「ぶつかって学べ」とか行き成り言われても嫌がるに決まってる。ぶつかったら痛いし下手すりゃ遺体に成るんだからさ。痛い異体にぶつかって遺体になったら事件だろうが、そんなもん。

 昔と違ってのんびりしてないんだから、だからこそ親でも学校でも何でもいいけど、取り敢えず教育しとけってことなんじゃないんかと。昔は時速80kmで車かっ飛ばす馬鹿居なかったけど、今はそこかしこに居るんだから。純真くんが目暗滅法に道路出たら轢かれて怪我するのが当たり前って、何で予めそう言っとかないのか不思議でしょうがない。

 重さ数百キロの物体が時速100kmで突っ込んでくるって、それそのものは「バランスを乱すほどに突き抜けないとそもそも駄目」な具現化のひとつだと思うけど、それの存在を認めた上で、じゃあどーやってバランス取るの? ってことを考えないと話にならんよね。そもそも時速100kmで突っ込むな馬鹿ってのが正着手に違いないけど、そうは言ってもやるヤツが居るのもまた常なんだから。その「常」を認識した上で立てるのが、対策ってもんかと。あくまで対策だから別に無駄でもいいんだよ。立てるだけ立てて無駄に終わればそれが幸せってのが対策なんだから。

 ダブルスタンダード。

投稿: 野ぐそ | 2008.06.10 22:16

「祖師的な暴力については現在、50年代以降で最低のレベルにある。」
global violenceが誤訳&タイポになってしまっているようです?

投稿: alice | 2008.06.10 22:33

aliceさん、ご指摘ありがとうございます。修正しました。

投稿: finalvent | 2008.06.10 22:55

たしかにfinalvent先生のおっしゃるように日本にいるとまだ米国の時代のままのような気がすることはするのですけれど、それも足元から揺らいでいるような気もするのです。
まず、グーグルニュースのトップページの最後尾をご覧になって頂けばわかりますが、世界の多くの国々の、多くの言語のニュースがだれでも、事細かに入手することが可能になっています。要は、外国語を知っているかいないか、外国のニュースに関心があるかないかだけなのです。
それから、都立日比谷図書館にいって頂ければわかるけれど、新聞室に、中国の新聞も、韓国の新聞も取り寄せられています。
さらに、finalvent先生のご自宅の近所の公立図書館を2つばかり確認して頂ければ間違いないことだと思うけれど、英語以外の外国語の蔵書が不自然なくらいかなりの分量存在するはずだと思われます。
いろいろ見えにくいところも探っていくと、日本でももうアメリカ一元的ではないことがいろいろ見えてくるはずだと考えます。

投稿: 情報環境 | 2008.06.19 07:54

ただいま都立日比谷図書館に行ってきたばかりです。
新聞室に The Wall Street Journal も Financial Times もあることを確認してきました。もちろん人民日報も中央日報もあります。
普通は、日経が日本の経済情報発信源のガリバーであると考えられていますが、情報源のありかを知っていて、それを使いこなせる人たちにとっては、ずっと以前から日経は、気の毒ですが、one of them の経済情報源にすぎなかったのです。
私も、以前は、よそのブログで盛んに朝日新聞の悪口を書き散らして喜んでいましたが、このブログではそうしないのは、エントリーの趣旨の問題やfinalvent先生に迷惑をかけたくないと考えたからというより、もはや、今となっては、インターネット上に朝日新聞の悪口を書き立てることに自分自身大きな意味を感じなくなっているからです。
朝日新聞とて、弱小ではなくとも、言論機関、報道機関、広告媒体としては、もはや誰が見てもone of them にすぎない影響力しか行使できていないはずであると考えます。
そんなわけで、このブログでは、朝日新聞や日経関連メディアや週刊新潮などについて、不快感を持つ記事があっても、その記事についての不快感をインターネット上に書き散らすことに重要な意味をほとんど感じていないので、今までのところそういうことはしておりません。これからもおそらくそういうことはしないだろうと考えています。
そのone of them はアメリカ合衆国についても当てはまると思っています。アメリカも、機能不全で統治能力を発揮できない破壊的軍事力ではまだ唯一の超大国でも、それ以外のいろいろな側面では、one of them になってしまっている分野がいくつも出てきていると考えます。アメリカも、朝日新聞や日経関連メディアみたいなもので、その影響力はまだまだ弱小ではないけれど、それでも、もう、多くの分野で one of them になってしまっているだろうと考えています。
逆に、アメリカが強大なままで、どうしようもなく横暴であれば、私はアメリカの悪口をインターネット上に書き立てまくっていると思います。

投稿: one of them | 2008.06.23 13:15

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