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2008.06.16

アイルランド国民投票によるリスボン条約否決

 単純な見落としがあるかもしれないが、アイルランド国民投票によるリスボン条約否決を扱ったのは大手紙では毎日新聞だけだったということだろうか。明日あたりにひょっこり朝日新聞や日経新聞の社説に出るだろうか。特に日経新聞は昨年10月22日に”新条約で機動力を増すEU”で次のように述べていた。リスボン条約のおさらいもかねて。


 欧州連合(EU)の首脳会議が、未発効に終わったEU憲法に代わる新たな基本条約を採択した。新条約は「リスボン条約」と名付け、EU大統領の創設や政策決定を迅速化する多数決制度など、さまざまな斬新な工夫を盛り込んだ。新条約が発効すれば、半世紀にわたる欧州統合が新たな進化の段階に入る。


 名を捨てて実をとる。その策のおかげで、新条約は逆に当初のEU憲法より濃い内容となった。新体制への移行は09年だが、新条約が機能し始めれば、EUの国際社会への影響力は一段と高まるだろう。

 と期待をフカした。さらに、昨年12月19日”機動的なEUを生む新条約”では。

 リスボン条約は、本来は05年にフランスとオランダが国民投票で否決して廃案となった「EU憲法」の代替案だった。憲法の呼び名やEU国旗、国歌に相当する条項を捨て、“欧州連邦”の色彩を薄めることでようやく合意に至った経緯がある。


 EU憲法に比べて、リスボン条約の中身が薄まったと考えるのは誤りだ。政策決定の仕組みは、むしろ大幅に強化される。導入は14年以降になるが、最高決定機関であるEU理事会の表決制度が変わり、現在の全会一致の原則は廃止となる。
 現行の制度では、理事会で一国でも反対すればEUとして共通政策を打ち出せない。新条約の下では、こうした意思決定の停滞を回避でき、政策の機動力が高まるはずだ。
 新条約で注目すべき分野は、エネルギー、環境、知的財産権、移民、観光などの経済政策だ。これらの政策は欧州だけでなく、世界経済を動かす枠組みや日本企業の経営戦略にも、直接関係する分野である。

 それが今回見事にと言っていいくらいに頓挫することになった。
 毎日新聞では今年の1月8日”欧州連合 統合と拡大の効果を示す時だ”でこう述べていた。

 発効にはすべての加盟国の批准が必要だ。国民投票の否決にこりて、多くの国は議会で批准を目指す。1カ国でも拒否すれば、リスボン条約は失敗し大きな危機となる。市民には拡大への不信感もある。幅広い理解を求める努力が必要だ。

 という「リスボン条約は失敗し大きな危機」がやってきたわけだ。ようこそ!
 そして毎日新聞は、今回の結果について昨日社説”EU条約否決 帰属意識は国民国家か欧州か”(参照)で、こう驚いてみせた。

 有権者の意思はどこの国でも投票箱を開けてみるまでわからない。だが、これほど国外で驚かれ、かつ深刻に受け止められた結果は珍しいだろう。

 ところがそうでもない。8日の時点でフィナンシャルタイムズは”An Irish bombshell”(参照)でこう述べている。

If the latest opinion polls are accurate, there is a real possibility that Irish voters will reject the European Union’s Treaty of Lisbon this week. A No vote would be a political bombshell in Brussels and would threaten to set the whole EU reform debate back to first base.
(最新の世論調査によると、アイルランド国民は実際に今週EUリスボン条約採決で否決を下す可能性がある。否決はEU本部ブリュッセルにおいて政治的な爆弾となりかねず、EU改革全体が最初の段階に戻る危険性すらある。)

 ということで、実は国際的には危惧されていた。ちなみに、私はEUダメダメ論者だったこともあり、今回は酸鼻な結論になるんじゃないかとは思っていたが、率直なところ逃げ切れるかなとも思って予想は日和って書かなかった、というか、もうこんな予想当ててもなあという思いもあった。
 日本の毎日新聞が事後びっくりし、フィナンシャルタイムズが事前に懸念していたのは、現実認識に差がある。

Yet that tale may not persuade sufficient Irish voters to say Yes to the Lisbon treaty.
(アイルランド国民が可決できるほど十分にリスボン条約は説得されていないかもしれない。)


The Lisbon treaty is an impossible document to explain, with 346 unreadable pages of assorted articles, amendments and protocols.
(リスボン条約は、関連条約、修正条項、議定書など346ページにもおよび説明するのは不可能である。)

 現実問題、EU統合文書は膨大すぎて読めるものではないし、一般人には理解できるものではない。国民投票は馴染まない。ここはあれだ。日本人にとってアメリカ様が作ってくれた日本国憲法が日本国民には理解でないのと同じで、憲法改正は国民投票にはなじまないもなのですね、わかります。いや不謹慎な冗談にしてしまったが、それでもこの事態は、大きな国策に国民投票のような手法は適合しないかもしれないという、ある意味で民主主義の限界という側面があるにはある。毎日新聞社説は結語でこう述べているが、民主主義の未来というのはその逆かもしれない。

民主主義社会では、国の行方を決める壮大な実験を左右するのは指導者ではなく市民一人一人の意識だ。それを示した国民投票だったと考えたい。

 今回の否決の結果説明について、毎日新聞社説はナショナリズムとしている。よくわからないのだが、日本のインテリってなんでもナショナリズムとかにラベルするのが好きなような気もするが。

 アイルランドは1973年、EUに加盟した時は最も貧しい国だった。EUから多額の補助金を受け取り、90年代から外資導入に力を入れた。民族の名をとり「ケルトの虎」と呼ばれ、経済成長のモデルと称賛される。1人あたり国民総所得は日本や米国を追い抜き4万5580ドル(06年)で世界6位の豊かさだ。19世紀、飢えたアイルランド人は米国に移住したが、21世紀のいま東欧から移民が職を求めて入ってくる。
 この成功体験があるからこそ、アイルランド人は誇りと自信を強め、今回、ナショナリズムの意思表示につながったのではないか。

 としているが、フィナンシャルタイムズ社説では逆。

Many voters say they will vote No simply because they do not understand the treaty. Others want to register a protest against the political establishment that is all on the Yes side. The economic slowdown, and immigration, are other issues.
(条約が理解できなからという単純な理由で否決の投票をするのではないと多数は言う。が、他は批准側の政治的支配体制に反対の意を示したがっている。経済低迷、移民、その他の理由で。)

 EU側としてはアイルランドにやられるとはな、というか、国民投票にかけやがってとか思っているのだろうが、アイルランドはそういう国家規定があるので、言っても詮無い。今後はどうなるか。
 動向だが、社説を出さなかった朝日新聞記事”EU各国、「リスボン条約」否決に衝撃と落胆”(参照)が賛否両論的。

 イタリアのナポリターノ大統領は「一国の有権者の半分以下で、しかも人口でもEUの1%に満たない数の人々の決定(反対)によって、かけがえのない改革が止められてしまうことがあってはならない」と述べ、「小国の反乱」への不快感をのぞかせた。
 一方、EUに批判的な発言で知られるチェコのクラウス大統領は声明で「リスボン条約の企てはきょうで終わりだ。批准(手続き)を続けることはできない。エリート主義的な欧州の官僚支配に対する自由と理性の勝利だ」とした。大国主導、本部があるブリュッセル中心のEU運営が加速することへの不満をぶちまけたかたちだが、EUへの懐疑はチェコだけでなく一部加盟国に根強くある。

 毎日新聞は社説の同日記事”リスボン条約:EU委長、加盟国に批准手続き継続を要請 アイルランドに圧力”(参照)で、圧力を強調している。

欧州連合(EU)の内閣にあたる欧州委員会のバローゾ委員長は13日、アイルランド国民投票によるEU基本条約「リスボン条約(改革条約)」の批准否決を受け、加盟国に批准手続き継続を要請した。議長国スロベニア、欧州議会、仏独首脳も共同歩調を取った。既に18カ国が批准しており、批准続行でアイルランドの「外堀」を埋め、圧力をかける形で、批准プロセスを進めるもくろみだ。

 そうなるか。私はそうならないのではないかと思う。単純な話、アイルランドの国家の枠組みでどのように批准に至るのかイメージもわかない。カウエン首相は、リスボン条約を微調整しただけでは再度の国民投票はしないと言明しているし、なにより、国民投票というものをコケにしてはいけない。再投票はありえない。
 むしろ、EU側が少し引くのではないか。フィナンシャルタイムズもその後”Time to put the EU treaty on ice”(参照)で凍結したらあぁ、という提言をしている。

It would be more sensible to put the Lisbon treaty on ice for several years, and try to rescue those parts that are important, uncontentious, and capable of being carried out without treaty amendment.
(より合理的なのは、リスボン条約を数年凍結することだ。そして、重要な部分、異論なき部分、修正なしに実行可能な部分で救済策を模索することだ。)

 でも、結語はかなりぶっちゃけている。

The Nice treaty is not ideal, but losing Lisbon should not be seen as the end of the world.
(ニース条約は理想的ではないが、リスボン条約失効で世界が終わりになように見なすこともないだろう。)

 つまり、ニース条約に戻れと。私が生まれた年にできたローマ条約に1992年のマーストリヒト条約を加えて、2000年にニースでできた条約だ。2000年は20世紀である。20世紀へようこそ!

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コメント

 世界は辛いのう。

投稿: 野ぐそ | 2008.06.16 19:32

「地中海ブログ」(urlはスパムとみなされて貼れませんでした...)というバルセロナで都市計画に関わっておられる方のブログをよく見ているのですが、現場も困惑されているようです。

素人考えですが、富める都市の経済圏とその関係性の方が先に(勝手に)強化されていって、端から見るとEUや国家といった枠組みが見えなくなっていく、外を見なくなっていきそうですね

投稿: liez | 2008.06.18 13:55

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今回のアイルランドの国民投票によるリスボン条約の否決という結果はまたしても欧州の [続きを読む]

受信: 2008.06.16 23:59

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