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2008.06.07

イスラエル・シリア平和交渉についての日本版Newsweekの変な記事

 創刊号から日本版Newsweekは読んでいるのだけど、この記事くらい変な感じがしたのはない。悪い記事とか間違っているとか即断するわけではない。該当記事は今週号(6・11)”ゼロからわかる中東新秩序 イスラエル---シリア平和交渉、レバノン騒乱収束……激変の裏にある思惑は(The Syrian Effect)”である。カバーでは「5分でわかる中東新情勢」とあるので、この複雑怪奇と言える問題がすっきりわかるかというと、皆目わからない。もちろん、私がアンポンタンだというのは大いにありうる。
 一番変な感じがしたのは、記者を責めるわけではないのだが、芹澤渉、ジョアナ・チェン(エルサレム支局)とある点だ。エルサレム支局の記者が単独で英語で書く記事というのはわかるのだが、芹澤記者としてのポジションはなんなのだろうか。芹澤記者は英語で取材にあたったのだろうか。たぶん、記事を読むと分かるが日本の識者インタビュー部分ではないかと思う。
 そもそもなぜこの記事が日本版Newsweekに掲載されたのだろうか。私の見落としかもしれないが、この記事の英語版は存在しない。たぶん、見落としではなくべたに存在しないのではないだろうか。というのは欧米圏で中東問題について日本の識者のコメントを必要とすることは、たぶんないだろう。
 それ以前に、5月21日時点で本家のNewsweekには”A Huge Day: How Israel-Syria Talks Could Affect Iran Ties”(参照)という記事がある。記者はKevin Peraino(Newsweek Web Exclusive)ということなのでWeb版ということかもしれない。こちらの内容は、前イスラエル大使アロン・リエル(Alon Liel)のインタビューが中心だ。
 いずれにせよ、どういう理由でこの日本版の記事が作成されたのか、どうも変だという感じがする。もちろん内容がよければそれでもよいのだが、内容も、変だ、と私は思う。
 その前に、まず、何が問題なのか。
 問題提起自体は日本版記事が外しているわけではない。


 「シリアとの関係を見直すと同時に、和平の可能性も再検討しなければならない」---イスラエルのエフド・オルメルト首相が本誌にこう語ったのは5月初旬のこと。それから数週間。オルメルトの発言を裏付けるかのように、二つの激震が中東を走った。

 二つの激震と言ってよいだろう。一つは、イスラエルとシリアがトルコ仲介の下で極秘に平和交渉を進めていたこと。もう一つは、国家崩壊の危機とまで見られていたレバノンで与野党の妥協が成立し、ミシェル・スレイマン大統領が誕生したこと。
 二つは関連があるだろうが、このエントリでは一点目に注目したい。

 イスラエルと敵国のシリアが正式に交渉するのは00年以来、8年ぶりのこと。当時は、イスラエルが67年の第3次中東戦争でシリアから奪ったゴラン高原の帰属をめぐり物別れに終わった。だが今回は、シリアが同盟国イランやパレスチナのイスラム原理主義ハマス、レバノンのシーア派組織ヒズボラといった安全保障上の脅威を関係を断つことを条件に、イスラエルもゴラン高原の返還で譲歩する構えを見せている。

 説明は間違いではないのだが、奇妙な陰影はある。
 いずれにせよ、シリアにとってハマスとヒズボラを切ってまでゴラン高原返還に意味があるかということだ。イスラエルにしてみると、逆にゴラン高原占領を維持するより、シリアとハマス及びヒズボラを切り離すメリットということになる。たぶん、イスラエルのメリットは先のヒズボラ戦を想定すればわかりやすい。
 シリアのメリットがどのように説明されるのか。そこがたぶんこの展開のツボなのだろう。
 が、同記事は、なぜかこう展開する。先日のブッシュ大統領の中東歴訪が空振りになったということに続けて。

数日後、アメリカの意に反するシリアとイスラエル和平交渉が明るみに出た。「アメリカがイスラエルの和平交渉でかやの外にいるのは新しい現象だ」と、東京外語大学の青山弘之准教授(現代シリア・レバノン政治)はいう。

 単純にそうなのか? というか、冒頭の疑問に戻るがなぜ、識者とはいえ日本人が登場するのだろうか?
 しかも本家Newsweek記事ではアロン・リエル元大使にこう語らせている。

NEWSEEK: Is this the real thing?
Alon Liel: I think it's a breakthrough.

Do you think this was done with an American blessing?
I think it was coordinated with the Americans. The fact that the three leaders agreed on the Madrid framework means that the Americans will be a part of it. Not only would the Americans be involved, but the Palestinians. The leaders see the talks as including the Syrians and the Palestinians, which is very, very meaningful.


 端的に、今回の交渉は米国によるものだとしている。
 しかも、これが米国が関与するのマドリード平和合意の枠組みだとしている。
 青山とリエルの意見は折衷点がない。どちからが正しく、どちらかは間違っている。そして日本版Newsweekはリエルの意見をなぜか掲載しない。
 流れも奇妙だ。

11月の米中間選挙で共和党が敗れてブッシュ政権がレームダック(死に体)になったことで、シリアの地位は向上。イスラエルはそれまでの軍事力に頼った政策から交渉へと軌道修正したと、青山は指摘する。
 今回明らかになった交渉が07年2月から水面下で行われてきたも、こうした流れのなかでのことだという(ただし07年9月には、シリアが核開発をしているとしてイスラエルが同国を空爆した)。

 青山説では、共和党が議会で弱まったためにイスラエルが米国を見限って、アメリカを頼まず独自にシリアと交渉に入ったというのだ。
 そうなのだろうか。核施設空爆の情報の流れや、トルコが主導の秘密交渉を米国が知らないわけもないだろうし、まして、アロン・リエル元大使は逆の主張をしている。さらに、トルコはこの間、クルド問題で非常に微妙な立ち位置にあった。
 話が多少前後するのだが、実はこの秘密交渉は秘密でもなんでもなかったうえに、アロン・リエル元大使が重要な意味をもっている。2007年2月7日読売新聞記事”イスラエル元大使、対シリア秘密交渉認める 「スイス政府が仲介」”が邦文で読める。

 【エルサレム=三井美奈】敵対するイスラエルとシリアが昨年7月までの2年間、秘密交渉を行っていたことを、イスラエルの交渉担当者だったアロン・リエル元駐トルコ大使が5日、本紙との会見で認めた。リエル氏は「交渉はスイス政府の仲介で行われた」と述べ、シリアのアサド政権が孤立脱却をめざし、正式な和平交渉を再三求めていたと明かした。

 ただしこれは読売の国際的なスクープではなく、イスラエル紙ハアレツの報道を読売新聞が広報したという含みが強い。
 この話は非常に重要なのでさらに引用したい。

 リエル氏によると、交渉を求めたのはシリア。2004年1月、同氏が友人のトルコ政府高官から「アサド大統領がトルコ首相にイスラエルとの交渉仲介を求めている」と連絡を受けた。イスラエル政府に打診し、スイス政府の仲介で非公式交渉の開始が決まった。
 シリア側代表は米国在住の元大学教授。アサド大統領とも近い人物で、1990年代のシリア―イスラエル和平交渉の代表団の一員だった。「スイス高官がシリア外務省に出向き、交渉代表だと直接確認した」上で、会談は04年9月に始まり、主にスイスのホテルで7、8回行われた。シリア側代表がイスラエル入りし、外務省高官と会談したこともあるという。

 いろいろな含みがある。
 まず、この「秘密交渉」は、2004年から始まっている。なので、青山説の米中間選挙共和党敗北とはまず関係ないと見てよい。なぜこんな話が混入しているのか不思議なほどだ。
 次に、この交渉はシリアが求めたものだ。なのでシリア側のなんらかの困窮が基本にあり、むしろ、イスラエルとヒズボラの06年の戦闘も直接的な要因ではない。
 米国も深い関与がある。

 シリア側は、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で占領したゴラン高原の返還を強く求め、リエル氏が示した「高原を公園として非武装化し、イスラエル人の出入りを認める」譲歩案も受け入れた。この案は05年初め、会談に同席していた米国人研究者が覚書にまとめ、書き直し作業が続いた。交渉は昨年7月のイスラエル軍とレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの交戦で中断した。

 覚え書きのまとめは、「会談に同席していた米国人研究者」によるというのだが、米政府がそれを蚊帳の外で知らないということはありえないだろう。読売記事も指摘している。

 覚書を書いた米国人はシリア代表の知人で交渉に毎回参加していたといい、ブッシュ米政権がこの人物を通じて秘密交渉を認知していた可能性もある。

 ヒズボラの動きはこの和平を阻害するために喚起されたと見たほうが自然だ。
 また、今回の平和交渉で見るなら、米国はメインプレーヤーであり、トルコもそれに噛んでいると見たほうが自然だろう。
 話を日本版記事に戻す。青山の話はここでぷつんと切れて、どう読んでも別のスジが流れ混む。とても5分でわかる代物ではない。次に日本版記事で登場するのは、イスラエルのバーラン大学ペギン・サダト戦略研究員の発言だ。

「シリアはアメリカに譲歩する姿勢を強めている。とくにブッシュ政権の任期満了を控え、アメリカの逆鱗に触れることを恐れている。ブッシュには失うものがなにもないからだ」


「ヒズボラはシリアとイランの同意がなければ、和解案に合意しなかっただろう。両国はレバノンの政治的混乱を長引かせることでアメリカの怒りを買う事態は避けたかったはずだ。」

 率直なところこの米国観は浅薄すぎて識者の発言とも思えない。また、この発言が先の青山の見解と未整理に掲載されているのも不思議だ。
 さて、非常に難しい話題なのだが、私としては、大筋で米国の戦略が地味に勝利しているということなのではないかというふうに考える(イラン包囲という点でも)。シリアは、自国石油経済の見通しの悪さやグローバル経済の圧力を問題視している上、ヒズボラやハマスに手を焼いている。もともと意外と親米的な側面を持っているのではないだろうか。もちろん、それがいい悪いというのではなく、一つの謎解きとして。

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コメント

この件に関して私も言いたいことが少々。
TBSブリタニカ時代のNEWSWEEKは翻訳記事が主で、ほとんど独自編集が載ることは無かったですし、載ったとしても翻訳記事の補足だけでした。

ところが、阪急に買収された後、日本語版独自の記事が紙面の半数を占める上に、その記事が翻訳記事に比べて内容が浅い。
こういっては悪いですがNEWSWEEKの海外駐在員と日本国内で活動しているルポライターのレベルの差が如実に現れているとしか思えないんですがね。

投稿: F.Nakajima | 2008.06.07 18:54

こんにちは、いつも拝見させていただきいています。
ニューズウィークですが、私は本屋で軽く流し読みする程度なのですが、最近首をひねる記事が多いと感じていました。
まず中国へ側へ偏った甘い記事が多く(人権弾圧などについて)大変違和感を覚えます。
また数ヶ月前にドイツ人監督が南京大虐殺について
映画を撮るとかで(もちろん中国政府の依頼で)、数ページにわたって特集を組んでいました。
「謝罪」したドイツといまだにしない日本の対比(いや、何回も謝っているのですが…)、
ドイツ人監督に「日本はいいかげん罪から逃れるのをやめ謝罪すべきだ」といわせ、
なんとアウシュビッツと南京大虐殺はおなじレベルの人類に関する罪だ、と言わせています。
そして日本人俳優が出演したがらないのを、歴史を直視していないという方向で解説していました。
中国の歪曲されたプロパガンダ反日映画に出たがらないのはあたりまえなのですが…
一言でいって左、反日、中国の広報誌のような感じでした。
中国資本に買収されたのかと思っていたのですが、
英語版と内容が違うとは考えていませんでした。
このドイツ人監督の記事は英語版に載ったのでしょうかね?

投稿: | 2008.06.07 21:12

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