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2008.06.29

[書評]江戸時代(大石慎三郎)

 先日のエントリ「極東ブログ: [書評]江戸の経済システム 米と貨幣の覇権争い(鈴木浩三)」(参照)を書いた後、江戸時代の経済史をもう少し概説的に考えてみたいなと思い、同書に参照されている「江戸時代(大石慎三郎)」(参照)を読んでみた。

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江戸時代
中公新書 (476)
大石慎三郎
 1977年初版でかなり古いが、逆に自分が高校生だったころの時代なので自分なんかには馴染みやすい歴史観の部分も多いかというのと、この本はある意味ですでに古典となっているふうでもあるので、読んでおくべきだろうなと思った。
 面白かったかというと面白かった。率直なところ当初予想していた、江戸時代の経済史の大枠のような部分は自分ではそれほどよくわからなかった。銀の流出もそれが生糸のためであり、女性の華美な着物にあてられたという説明も間違いではないのだろうが、関連する考察はやや皮相というか全体像が見えづらい。総じて各種のエピソードは面白く、そのエピソードが暗示する部分に全体象のイメージはあるのだが、もどかしい感じはした。個人的には個別のケーススタディとして言及されている、信州佐久について、そこが自分の祖先に関連する部分があるので興味深かった。
 江戸における女性の人口などいくつかこの話は知っているなというのがあって、自分がなぜ知っているのか思い出し、そして杉浦日向子のことを思い出し(参照)、少し悲しい気持ちになった。
 本書の中心的な課題ではないのだろうが、「はじめに」の次の指摘は、いろいろ考えさせられた。なぜ江戸時代を自由に問うのかとして。

 その第一は、江戸時代(または近世)とは、本当の意味で庶民の歴史がはじまった時代である、ということである。天皇制の古さを強調するために故意に無視されてきたきらいがあるが、わが国における庶民の歴史は、普通漠然と信じられているほど古くはないのである。というのはつぎのような意味からである。

 ここで、日本史を問うとき、邪馬台国がどうたらという国家の始まりが近代の人々の関心になるのだが、というくだりがある。大石は、しかし、そうした国家起源に歴史は、実際の日本人の祖先という意味での歴史像には結びつかないとしている。

 天皇家だとか藤原家といったごく特殊な例を除いて、今日の日本社会を構成している一般市民の家は、九九パーセント以上の確率で歴史的に自分の祖先をたどってさかのぼりうるのは江戸時代初頭まで、もう少し無理をしても戦国時代末までなのである。

 これは自分の祖先を以前調べたときもそうだった。私は武家、そして曾祖父は近衛兵でもあり、それなりに家系図があるのだが、戦国時代末あたりでどうもぼやけて、その先は源平の伝説に融合している。逆にいうと、源平の伝説というのは、中世日本のかなり重要な部分だろうとは思うが。

「Ⅲ 構築された社会、2 近世城下町の成立事情」の蜂須賀小六のところで述べたように、そのなかから近世大名および武士階級を生み出した室町末期の在地小領主層でも、その素姓は正確にはわからないのである。ましてその在地小領主のもとで、半ば奴隷的な状態で支配されていたわれわれ庶民大衆の祖先のことがわかろうはずはないのである。

 これは実感してそう思う。そして仔細に家系を見ると、家の名を継いでいるものの、血統はさらにわからない。ただ、うっすら血統のシステムが存在していることはわかるので、なんらかの血統の連続性のようなものはあるのだろう。
 さらに私事になるが私は三〇代半ばから四〇代半ば沖縄で暮らし、この、民族と言ってもとりあえずもいいだろう、琉球の人々の庶民史を考えたが、私の印象では室町時代の庶民がここで連続している印象を持った。
 明治時代の民俗学は日本民族起源に沖縄を想定することが多いが、実際の沖縄の歴史は日本の室町時代、特に、和冦や浄土教や習合した神道と海洋民に関連している。いわゆる中国的な琉球王国は、華僑が交易のために、でっちあげというのはなんだが、虚構化したというか、東アジアにありがちな華僑文化の一環にも見える。もちろん、こうした私の印象はごく私見であり、通説からはトンデモの部類だろう。ただ、琉球史を見ることで、日本史というものが、室町的な原形の連続(琉球)と、非連続(本土)という文化があるように思えた。そして、奈良時代以前のいわゆる古代というのは、こうしたその後の庶民史的な日本のコアからするとむしろトリビアルな位置づけになるのではないか、とも思った。
 本書を読みながらまたいろいろ思ったのだが、さらに私の家系が武家といっても、それは父系の一部であり、実際の私に至る各種の人々の生きた歴史ではないし、特に、女たちがどのように生きていたのかというイメージはわからない。
 本書の次の指摘は当たり前といえばそうなのだが、自分の史観には痛烈な批判にはなった。

 在地小領主が戦国大名にまで成長した段階でだした領内統治のための法である分国法には、多くの場合子供の配分のルールを決めた項目がある。それは主人の違う男女のあいだに生まれた子供の配分であるが、たとえば、「塵芥集」では男の子は男親の主人が、女の子は女親の主人が取ることを決めている。また「結城家法度」ではそれが原則ではあるが、一〇歳、一五歳まで育てた場合には、男女とわず育てたほうの親の主人がその子供を取るべきだと既定している。

 こうしたことを知っていたか知らなかったかといえば、うっすら知っているのだが、うまく子供や、その男女のイメージに結びつかない。いずれにせよ、子供は労働力や、端的にいえば商品としての価値があり、それを育てる環境が存在するのだが、その多様性がよく見えない。主流は、女の家だろうとは思う。あるいは女集団なのだろう。その歴史的なイメージが自分にはまだ大きく欠落している。
 本書、大石はそうした私の考えとはやや違う方向でこう問う。

 このことはまだ庶民大衆の祖先たちは、この段階では夫婦をなして子供まであっても、夫は甲という在地小領主の隷従者であり、妻は乙の隷従者であるというように、夫婦が家族とともに一つの家で生活するという家族の形態をとっていないことの反映である。つまりわれわれ庶民大衆が家族をなし親子ともども生活するようになったのはこの時期以降、具体的には江戸時代初頭からのことである。

 その推定に間違いはないだろうが、むしろ家族より、家族ではない子供の所有・育成のシステムが重要だろうし、実質、江戸時代でもそれは機能していたのだろう。
 このあたり、江戸時代以前の日本人、江戸時代以降の都市・非都市の日本人が、どのように子供から生育し、また男女がどのように子供をなしていたのか、いくつか基本的なモデルが自分には見えてこない。たぶん、民話などに反映しているのだろう。恐らく、近代が作り直したものではない民話というのを、総体的に探るイメージの研究は重要になるのだろう。

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2008.06.27

米国モルモン教徒とリアリティショーのこと

 書こうか書くまいか気になっていたけど、簡単に書いておこう。そしてこの話題、ごく簡単に最近流行の3行で言え的に言うと、タイトルは、「米国におけるモルモン教徒とリアリティショーの関係について」だ。
 米国のリアリティショーでモルモン教徒が目立つようになった。リアリティショーというのは、実録物で、「サバイバー」(参照)などがある。日本でも以前、似たようなのがあったし今でもあるのかもしれない。
 モルモン教徒とリアリティショーというと、たぶん、普通の米人なら、「ああ、あれか」、「そうだよね」というふうに普通にわかることで、しかし、だからといって日本人が知っておくべきことでもないような、ちょっと微妙な話題だ。ただ、この話題の根には日本社会の今後の変化に関係する何かがありそうな感じはする。
 気になっていたきっかけは、日本版ニューズウィーク日本版5・28の記事”元気印のモルモン教徒”というコラムだ。副題は「米リアリティ番組で活躍中のモルモン教徒に 地味で閉鎖的なイメージの彼らに何が起こったのか?」とある。オリジナルは、”American's Next Top Mormon”(参照)で無料で読める。日本版の記事と読み比べていただければ、出だしから翻訳とも意訳とも言い難いほどの乖離があるのは明白だが、このエントリではそれを批判したいわけではない。むしろ、日本版に載せるかどうかかなりためらってぐちゃぐちゃに編集したのだろうとは思うし、それなりに載せたことには意味があるのではないかとも思うで、その点についてあまり批判するのもなんだかなと。
 同じ話の繰り返しみたいだが、米国では素人からスターを選び出す式の番組で、モルモン教徒が目立って出てくるようになった。それはなぜかというのがニューズウィークの元の記事の話題だ。
 日本版の編集後記事ではぼかされているが、モルモン教徒については米国でも偏見が多い。しかたがないというわけでもないが、日本でもUSA Today記事を産経新聞”捜査におびえる一夫多妻主義者”(参照)が掲載しているような話題がある。この件と限らず、公平にいうと、こうした社会的な話題になるのは、記事に「ワーク・オブ・イエス・キリスト教会は24年前にFLDSから分派。いずれも、モルモン教で知られる末日聖徒イエス・キリスト教会とは関係ないという」とあるように、モルモン教の分派が多く、現代のモルモン教ではない。
 とはいえすでに撤退したが、共和党からの大統領候補ロムニーについて、FOREIGN AFFAIRS JAPAN”民族・宗教で読み解く米大統領選挙Some Historical Analogies to the 2008 Election ”(参照)で意識されている部分はある。


――ロムニーがモルモン教徒だったことは彼に不利に作用したと思うか。

 南部では不利に作用したはずだ。一方、ハッカビーには有利に働いた。モルモン教の神学は伝統的なエバンジェリカルの神学とは大きく違っており、現実には、エバンジェリカルの多くは、モルモン教をキリスト教とはみなしていない。宗教的なギャップは大きい。
 ロムニーはユタ州では非常に保守的な立場を示し、マサチューセッツでは中道派、つまり、この州の基準からみればリベラルではない路線に徹して州知事に選ばれた。それでも、共和党の基準からみれば非常にリベラルだった。だからこそ、彼にしてみれば、保守的な路線を共和党内ではアピールした。だが、いかにカメレオン的に立場を使い分けても、ロムニーが南部のエバンジェリカルを取り込むのは難しかったはずだ。


 微妙に重要な点が簡素に含まれているのだが、まず、日本人が昨今米人キリスト教徒としてイメージしやすいエバンジェリカルつまり福音派からすると、モルモン教徒はキリスト教ではないと見られている。また、モルモン教徒は福音派や一部の共和党支持者からみると、リベラルな位置づけにある。くどいようだが、モルモン教徒はどちらかというとリベラルに近い。
 そう考えると、リアリティショーにおけるモルモン教徒の活躍はそれほど違和感はないともいえるのだが、先のUSA Today記事のようなカルト的な眼差しも受ける。
 なぜ、リアリティショーにおけるモルモン教徒が目立つようになったのか。ニューズウィークの元記事はこれにいくつかの角度から答えようとしている。
 意外とシンプルで説得力があるのは、モルモン教徒が全体的にショービジネスや勝ち抜き合戦に強い資質を持っている、あるいはそうした資質を育成するということがある。ビジネスなどでもモルモン教徒が重要な位置を占めていることが多いのは、ロムニーの例でもわかるだろう。
 テレビ番組サイドが、意図的にモルモン教徒を使っているという指摘もある。このあたりの説明も微妙な部分があるが、珍しいというよりリベラルな背景があるようには思える。
 記事で指摘されている部分で私が意外に思ったのは、リアリティショーでテレビに出ていれば、モルモンの信者は家庭で番組を楽しむきっかけになるという点だ。このエントリではあまり深く触れないが、モルモン教徒は家庭のつながりをかなり重視する。そうしたファミリー志向に、リアリティショー的なテレビメディアはマッチしている。さらに関連でいえば、モルモン教との出場者はあっけらかんと「R指定の映画なんて見たことないでーす」と言ってのけてしまう。
 もう一点はこれは日本版の記事で、こういう編集でいいのかなと少し疑問に思った点でもあるのだが。

 彼らがこうした番組に出るのは、宗派の寛容さを試すためかもしれない。あるいは一般人と同じように、ただ有名になりたいだけかもしれない。しかし、モルモン教が閉鎖的だという従来のイメージを覆そうと思う者がいるも確かだ。

 さらりと読むと、モルモン教のいわばヘッドクオーター側にこうした動向を容認ないし推進している動向でもあるのではないかと読める。
 この後半の部分だが、英文では該当部分はない。
 日本版記事ではこのあと、99年「リアル・ワールド」(若者の共同生活)に出演したジュリー・ストファーの話が続く。彼女の場合はモルモン教との間で若干問題を起こしたようだ。
 ということで、日本版の記事では、「従来のイメージを覆そうと思う者」はストファーのような若いモルモン教徒の世代を指していると読んでもよいのだが、英文の記事では若干、別箇所でモルモン教の指導側の意図もほのめかされているようには思えた。いずれにせよ、積極的な意図はなくても、容認している部分はたしかにあるのだろう。
 さて、この話題、日本とどう関係しているのか。べたにモルモン教と日本の関わりについては、あえて触れない。現状でもちょっと不用意な誤解を招きやすいし、日本の知識人でも誤解を公言している人が多いが、モルモン教はキリスト教だということでもとりあえずよいのではないかと思う。
 日本のとの関連でいえば、米国社会におけるモルモン教徒的なポジションにある宗教とテレビメディアの関係となるだろうか。そのあたりも、なかなか微妙な問題がある。
 背理法的な言い方だが、米国におけるモルモン教徒の活動というのは、一つには米国社会を構成する多様な宗教性に対するリベラルな動向が、率直にいえば、エバンジェリカルとの対応に置かれているのではないかということだ。
 現在米国ではメガチャーチのセクターが産業的にも大きくなってきている。これらにメディア側が反抗ということではないにせよ、リベラルなポジションを提示したいという可能性はないだろうか。元記事では結語にそうした暗示がありそうだ(この部分は日本版の記事にはない)。

Some tension may still exist between the Mormon community and mainstream America, but considering that earlier in this country's history Mormons were a small, persecuted band, it's remarkable that America may now be poised to crown a Mormon as its new "Idol."

 日本についていえば、現状メガチャーチの出現の可能性は皆無に見えるが、ニーズの潜在性としてはゼロとは言い難いようにも思える。
 ちょっと穿った言いかたになるが、昨今の奇妙なスピリチュアルブームや、なんで今頃血液型本がまた出てくるのか、そういう安易な倫理性へのマス的な支持の動向は、メガチャーチの出現と同じような基盤にあるのではないかと、ごく印象的にだけど感じる。

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2008.06.25

[書評]破綻した神キリスト(バート・D・アーマン)

 もう少ししてから読もうかと思ったが、「破綻した神キリスト(バート・D・アーマン)」(参照)つい読み始めて、そして熱中して読んだ。本書は昨日「極東ブログ: [書評]捏造された聖書(バート・D・アーマン)」(参照)でもふれた聖書学者バート・D・アーマン(参照)が、この世界の苦悩について聖書がどのように見ているか、その多様な見解を正確にまとめたものだ。「人はなぜ苦しむのか」という問いに聖書はどように、多様に、答えているかが、その多様さと整理の点で、きちんとまとめられている。哲学・神学的にはこの分野は神義論と呼ばれる。

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破綻した神キリスト
バート・D・アーマン
 本書が類書の神義論とかなり異なるのは、それを聖書学者として客体的に描くだけではなく、著者アーマンがそれを自分の信仰との関わりのなかで真摯に問い、聖書の各種回答には納得できない、だから聖書の神を信じることはできない、と明言していることだ。この本は彼の棄教の本でもある。
 邦題はそうした部分を強調し、アーマンの理性から「破綻した神キリスト」が描かれたとして選ばれたものだろうだが、オリジナルは「God's Problem(神の問題)」(参照)とシンプル。副題も「How the Bible Fails to Answer Our Most Important Question --- Why We Suffer(我々の苦しみという重要な問いに、どのように聖書の回答が失敗しているか)」と適格に内容を表現している。人々は苦悩し、聖書に答えを求める。しかし、そこに答えなんかないのだということをアーマンは本書で解き明かす。
 本書は聖書学者アーマンの自身の棄教の物語でもあり、また聖書が神義論的に破綻しているという解説の書籍だが、多少なり神学も囓った人から見れば、アーマンは聖書学者としては当代一流であっても、神学では素人とはいえないものの、素人に近い見解と感想を述べているにすぎないとも言えるだろう。アーマンのような道を辿った人ではないキリスト教の信仰者なら、本書で信仰に躓くこともないのではないか。
 もちろんアーマンは神学に完全に素人ではない。が、メリットはその専門の本文批評学(textual critic)の能力を遺憾なく発揮し、聖書に込められている神義論の神学をきちんとモデル的に抽出している点だ。プロパーな神学がキリスト教の護教を前提として巧緻な組織を作り上げるのに対して、アーマンは聖書をある意味で科学的に分解し、そこに潜んでいる神学を科学的なモデルのように丁寧に取り出している。むしろプロパーな神学は、その聖書の神学の可能性の先に位置するもので、神学とはイエスのメッセージに対する全人類史的な応答になる。だが、アーマンはそうした神学の発想にも、本文批評学的な懐疑を投げかけている。
 聖書を、旧約・新約を含めて、きちんと読んでいこうという人にとって、アーマンの不可知論としての説得はあまり関心の持てるものではないとしても、そこから抜き出される神義論のモデルは正確に頭に入れておくとよいだろう。読者である私自身についていえば、私は黙示思想が大嫌いだったし、こんなものキリスト教に含めておく必要あるまいとなんとなく思っていた。とはいえ、本書でアーマンの言及もあったが、アルベルト・シュバイツァー(参照)の「イエスの生涯 メシアと受難の秘密 」(参照)も私は若い頃よく読んだし、そこに描かれる特権の預言者像は私が傾倒したイェレミアスのイエス像にも近いものだった。それでも、イエスもパウロも所詮は古代人であり、そして当時のヘレニズムというかペルシャ的文化風土の黙示思想はそれほど重視するような内容ではないと思っていた。
 が、私にとっては、イエスとパウロを丹念に黙示思想に位置づけて考察している本書の見解からは、かなり得るものがあった。私は、かなり率直にいえば、不可知論者というよりもう少しキリスト教信者に近い考えをしており、そこにはある程度黙示思想的な要素がないわけではない。
 またアーマンは西洋の文脈にあるため、神義論と自由意志の問題を大きく取り上げているが、この点、私は結果的に東洋的な文脈にあるせいか、親鸞的な機縁の考えに馴染んでいる部分が大きい。例えば悪人なり悪業というのはそれをなす業の問題としてかなり見ており、人間存在とはそれほど自由意志を持つことができないというのを自然に前提に見ている。
 本書は50歳を超えた現代人の魂の告白としても興味深い。アーマンは、苦しみと聖書の回答について30歳で本を書こうとしたが、まだ世の中のことがわからないとしてためらい、やめたという。

 それから20年も経ったが、依然として私は若輩者かもしれない。確かに私はあの頃よりも広く世間を知った。身を以て苦痛も体験し、他人、時には近しい人の苦痛や悲惨な体験も目にしてきた --- 婚姻の破綻、健康問題、人生の盛りで親しい人を奪っていく癌、自殺、先天性欠損症、交通事故で殺される子供、破産、精神病 --- 読者自身も、この20年のご自分の体験から、このようなリストを作ることができるだろう。さらに私は、多くの本を読んだ。ナチス・ドイツのみならす、カンボジアで、ルワンダで、ボスニアで、そして現在ではダルフールで行われているジエノサイドおよび「民族浄化」、テロ、大飢饉、古今の疫病、一撃の下に3万人ものコロンビア人の命を奪った泥流、旱魃、地震、ハリケーン、津波。
 とはいえ、20年間にも及ぶ経験と思索をもってしても、なお私にはまだその本を書く資格はないかもしれない。だがたとえさらに20年経って、その間にいかなる苦痛を体験しようとも、私は依然として同じように感じるかもしれない。だから、今書くことに決めたのだ。

 しかし、彼は30代の彼ではない。むしろ、その20年間、苦しみということを聖書に忠実に思索し続けた。

 私はほとんど毎日のように見知らぬ人からメールを受け取る。私の書いたものを読み、この世の苦しみを説明できないために不可知論者になったということを聞いた人々だ。これらのメールはつねに善意に溢れ、またきわめて思慮深いものもある。少なくともわざわざ私に考えを報せてくださった方々に謝意を表するためにだけでも、そのすべてに返事を差し上げたいと思う。とはいうものの、あまりにも多くの人々が苦しみというものを皮相的にしか理解していないことは私には少々驚きである。

 本書の真価は、その聖書学的な深い知見を別にすれば、人の苦しみというものを忍耐強く見つめている点にある。

 実際、ほとんど人は苦しみについての話なんかしたくないのだ --- さもなくば、この世に充ち満ちるあらゆる苦痛と悲惨と苦悩の理由を15秒以下で説明してしまえる答えを言おうとするかだ。

 苦しみを見つめ続けたアーマンは、聖書にその答えを求めることを捨てる。棄教したともいう。無神論者になったとは言わない。それもまた証明できないとして不可知論者だと言う。いずれにせよ、キリスト教は捨てた。

 私のようないわば「棄教」を体験したことのある人なら、それがいかに感情的な苦悩を伴うものとなりうるかをご理解いただけるだろう。その危機を乗り越えた今だから、それをユーモラスに思い起こすこともできるようになったが(友人の一人は、私は「再生派」から「再死派」になったなどと言う)、その最中においてはこの上もないほどの心の痛手となった。

 本書は、日本人の知識人にありがちな、科学と無神論を結びつけてしまう稚拙さはない。

最近の不可知論者や無神論者の本では、いやしくも分別や知性のある人なら誰であれ、人生の重要な問題に関して著者と同じ考え方をするのが当然だと言わんばかりのものがあるが、わたしはそんなことを言うつもりは毛頭無い。

 こうした思いは私は個人的によくわかる。私はキリスト教信者にも、無神論者にもなることはたぶんないだろう。ただ、不可知論者でもないかもしれないが。
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なぜ私だけが苦しむのか
現代のヨブ記
(岩波現代文庫社会164)
H.S.クシュナー
 聖書学のディテールについてはアーマンに自分は及びもしないし、執筆する能力も遙かに及ばないのだが、最終章など自分が書いたのかと錯覚するほどだった。これは私が書いた本じゃないのかと思うほどだった。
 アーマンと同じように私も「カラマーゾフの兄弟」(参照)を人生の課題とし、クシュナーの「なぜ私だけが苦しむのか 現代のヨブ記」(参照)をなんども繰り返し読んできた。同じように考えて読書していた人がそこにいる。そしてここにいる。
 自分は自分なりに孤独にものを考え、本当のところ自分の思索の孤立感は絶望的だなと思うほどだが、なぜ酷似した思索者に出会えるのか。そしてそういう出会いとして見るなら、自分の思索の歩みはけして孤立してないかもしれない。
 私は、正確に言えば、アーマンとは少し違う。でも、その信条と思索とそしてこの結論はほとんど同じだ。この世界の悲惨を神の存在に関連して問うより、もっと人間的に人間が人間に問い掛けるように申し立てなくてはいけないのではないか。

 どこかの国の(たとえ戦略的価値のない国だとしても)政府が自国の民を虐殺しているのを、われわれはただ座して眺めている必要はないのだ。多くの人がホロコーストの話を読み、「二度と繰り返してはならない」と言う。彼らはカンボジアのキリング・フィールドで大量虐殺が起きていた最中も、ただ「二度と繰り返してはならない」と言っただけだ。ボスニアでの大虐殺の時も「二度と繰り返してはならない」。ルワンダの大虐殺の時も「二度と繰り返してはならない」。そして今、ダルフールで強姦と略奪と虐殺の嵐が荒れ狂っているというのに、ただ「二度と繰り返してはならない」と言うだけだ。だが、そんなことが起きなければならない必然性などさらさらないのだ。これはリベラルの申し立てでも、あるは保守派の申し立てでもない---人間の申し立てなのだ。

 人間の申し立てこそが大切なのだろう。

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2008.06.24

[書評]捏造された聖書(バート・D・アーマン)

 「捏造された聖書(バート・D・アーマン)」(参照)はいずれ読むんだろうなと思っていたが、ふと思い立ったように読んでみた。面白かった。

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捏造された聖書
バート・D・アーマン
 話は、聖書の本文批評学(textual critic)を一般向けにしたものだ。聖書というのは信仰者の多くは神の言葉だと理解しているしそれはそれで信仰の問題だが、信仰といった部分を除いて考えるなら、普通に人間が書いた歴史文書であり、その編纂の歴史というものがある。本書はその新約聖書の部分をまとめたもので、こういうと嫌われるかもしれないが、欧米の知識人と向き合うことがある日本の知識人ならこの程度の内容はざっとごく常識として知っておいたほうがいい。その意味では必読書と言えるかもしれない。日本の現代知識人は奇妙に歪んだ、キリスト教に対する優越心みたいなものを持っていることがあるようだけど、そんなのは欧米人には通じない。むしろきちんと彼らの背負い込んだ知識を理解したほうがいい。
 本書は私にはある意味で運命的な本でもある。個人的な話になるが、私は若いころ聖書学を志していたからだ。歴史的イエスというものに関心を持ち、方法論としてはイェレミヤスが試みていた、アラム語によるQの再現といったいった学問に夢を持っていた。幸いというべきか学部時代に夢は早々に破れ、貯めておいた人文のギリシア語とラテン語の単位は語学に移し、以降学問と信仰というものを分離して生きるようになった。
 そういう個人的な背景があるものだから、「捏造された聖書」のバート・D・アーマン(参照)がその「はじめに」で書かれている、素朴な信仰者がしだいに聖書学によって信仰が揺らいでくる過程は興味深かった。そしてアーマンは私より数歳年上なので同じような時代の中にいたのだろうという共感もあった。
 より聖書を学ぶことで信仰に確たる基礎が築けるのではないか、それは私も経験したが矛盾した営みだった。たしかに、一面では信仰というか確信は深まる。四福音書がそれぞれ違った立場で書かれていることがよくわかるようになり、またパウロ書簡の真偽の区別も付くようになる。だが、それはキリスト教だろうか? かろうじて私は当時八木誠一先生が提示した、信仰のリアリティを元に新約聖書における信仰類型の考え方で矛盾を解決しようとした。しかし、私はやめた。信仰のリアリティはそもそも存在しないのではないか。八木先生もその後仏教に傾倒され、私も結果的に仏教に傾倒していくのだが、その意味合いはかなり違ったものになった。もちろん、先生に自分が及ぶとはまるで思っていない。むしろ、私は神学としてはティリヒの理解を深め、仏教については素朴に道元に思慕を持つようになった。
 私はといえば、学部半ばで挫折したから、ギリシア語で聖書がすらすら読めるというわけではないが、それでも実家にはギリシア語聖書は4、5冊くらいあり辞書も数冊あった。インタリニアー聖書が2冊あり、今でもその気になれば、聖書で、あれここは誤訳かなというところは原典で参照できる。それはある意味で困ったことでもある。アーマンの言葉はよくわかる。彼は学生時代にこう思った。

 ギリシア語の学習はスリリングな体験だった。実際にやってみると、基礎の習得は実は簡単で、つねに私は一歩先の課題を求めていた。とはいうものの、もっと深い面では、ギリシア語を学習したことで、私自身と私の聖書観について若干の問題が生じた。すでに解ってしまったのだが、新約聖書のギリシア語テキストの完全な意味とニュアンスを理解するには、その原語で読んで学ぶ以外に手はないのだ(同じことは旧約聖書にも言える。ということが、後にヘブライ語を学んだときによく解った)。だったらなおのこと、何が何でもギリシア語は完全にマスターしなきゃ、と私は思った。と同時に、これによって私は、霊感によって書かれた神の言葉の意味を完全に理解するためには、それをギリシア語(それにヘブライ語)で研究しなければならないというのなら、そんな古代語なんて読めないほとんどのキリスト教徒は、神が与えようとした言葉を完全には理解できないということになるんじゃないのか?

 私にとってもこれは奇妙な課題だった。私はキリスト教信仰心の乏しい人間だが、部分的には信仰者よりも詳しく聖書を読んでいる。「ああ、それはなんとか聖書の誤訳ですよ、それは加筆部分ですよ」というようなことを平然と言いのけるまでに墜ちていた。悪意すらなかった。私は、信仰者の躓きになるくらいなら黙っているほうがいいとは思いつつ、密かにネットができるようになってからは同種類の異端者を捜した。数名はいた。不思議と数名はいるものだ。
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イエスはなぜ
わがままなのか
岡野昌雄
 この問題、つまり聖書学と信仰だが、結局、最近、岡野昌雄先生が「イエスはなぜわがままなのか (アスキー新書 67)」(参照)で優しく説いているように、聖書というのは聖書学なくして読むものだと、というのが私も正しいと思う。ブーバーが旧約聖書の預言者の言葉の残酷さを問われたとき、平然と「預言者が神の言葉を聞き違えたのでしょ」と言いのけたというエピソードがあるが、聖典信仰というのは、単純にSola Scriptura(ソラ・スクリプチュラ)というわけにはいかない。このSola Scriptura問題も、「捏造された聖書」には結果的に書かれているのも興味深かった。プロテストタントとカトリックにとって重要な問題なのだろう。
 「捏造された聖書」を読み進め、私にはいろいろ懐かしい思いがした。私は30年間三位一体問題に苦しみ、10年前にようやく三位一体は異教であるどころか教父たちの恩恵だなと思うに至ったので、本書初期キリスト教異端についても、けっこう平然と、そうだよなそういう異端も出てくるよな、ふんふんと読んだ。
 本書で、いくつか最新の聖書学の知見もリニューした。先日Twitterで、ルカ書と使徒行伝は一冊の本ですよと発言したら、違うかもというレスを貰い、最近はそうなのかと疑問に思っていたが、アーマンは同一作者と見ているようなのでその点の理解は昔のままでいいのだろう。
 私が学んだころの本文批評学(textual critic)はどちらかというと、古代写本関連が重視され、あまりエラスムス編聖書のことは話題にならなかったし、私も関心もっていなかった。どうせ近代の学問の成果ではたいしたことないでしょくらいな気持ちでいた。が、「捏造された聖書」で、私にとって圧巻だったのは、聖書写本の異同の話より、中世から近代における本文批評学の発展の歴史のほうだった。私にしてみれば、真なる聖書なんて問題は30年前に終わっている。信仰者を躓かせるようなこともすべきではない。聖書は妥当なテキストでいいし、ヨハネ書から「罪なきものが石を打て」の挿話を削ることはないだろう。人類がその後にいろいろあって結果的にできた聖書はそれはそれでいいのではないか。
 本書で焦点が当てられているエピソード、怒れるイエスやマルコの結末など、知らない人なら驚くかもしれないし、欧米人などでも一般の人は驚いたからベストセラーになった面もあるのだろう。知ったかぶりするわけではないが私はこの程度の話は知っていた。
 邦題は「捏造された聖書」だが、オリジナルは「Misquoting Jesus」、つまり、「引用間違いで伝わったイエス・キリスト」ということだ。基本はその写本の部分にある。ただ、アーマンはなんとなく明確にしていないが、歴史的なイエスの再構成が原理的にはありえないことはもうブルトマン時代にわかっていることだ。その意味で、本文批評学が微妙に神学を内包してしまう部分もあるので、この分野の知識人ならアーマンの手つきにところどころニヤリとさせられる。

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2008.06.22

大仏を巡る与太話

 ちょっと雑談するかな。といってまったくの雑談ではなく、歴史や歴史学についてだ。だから当然に雑談のレベルも下がる下がる。
 歴史を学んだり、歴史に関心をもっていくと、あるところで、皆目わからなくなる部分に出会う。歴史というのはある意味でこじつけの説明ともいえるのだが、説明を聞かされても、納得しないという以前に、「お前らおかしいんじゃないの、頭?」という印象が深くなることがある。しかし、実際には、頭おかしいのはそう思い出す自分のほうで、通説というのは、ある種の共同謀議じゃないけどそれなりの意味があったりする。
 皆目わからないのは、史料がないからということもある。史料を探せばわかるふうな問題だといずれ新史料から大胆な史観が生まれることもある。そうした点で史料が絶対的に欠けているのが古代史だし、しかも古代史というのは近代がもつ古代幻想、つまり国家幻想に関係しているから、変だ?という感性は実は国家観に関連してくる、というか国家観を蝕んでくる。そしてそれを強弁するように史料の補助というか客観性への希求は、近代=科学の頓馬さから考古学や周辺科学に及んでくると、すっかりと歴史学の基本的な技法である文献批判はどこかに消えてしまい、トンデモ説の花盛りになる。
 というかく言うわたしも古代史については、自分なりのトンデモ説に落ち着いてしまったし、中世も沖縄生活から似たようなものができた。若い頃、講座派(参照)と労農派(参照)についていろいろ悩んだが今となっては爺教科書読めやくらいと言われる始末だが、近世についてもなんか、自分なりのトンデモ説ができつつある。まあ、素人っていうものは救いようがないなということだが、それなりに若い頃きちんと学問はしたので文献批判とかもわかるので、そうしたのをかっとばした自分の史観はトンデモですよくらいの自覚はある。ブログや身近の与太話のネタにはするが、公的な話にはまぜないようになとは思っている。
 日本古代史のなかで、これは皆目わからんし、いわゆる通説が根幹的に間違っているだろうなと思う問題、そして卑近な大問題は、奈良の大仏だろう。なんであんなものを作ったのだろうか。もちろん、いちおう表向きの答えはあるし、東大寺というのは国分寺の総元締めなのでなんかそれなりの象徴の実体性は求められはするだろう。大仏もあの時代ユーラシア史を顧みればそれほど珍しいともいえないが、それでもあれって銅製だよ。というあたりでかなりなにか異常な感じがする。
 後に、徳川家綱時代、寛文年間だが、ようやく宋銭などから続く渡来銭を和銭である寛永通宝が結果的に駆逐するのだが、その寛文8年(1668年)、江戸亀戸で鋳造発行された寛永通宝は京都方広寺の大仏を鋳潰したとの噂から大仏銭と呼ばれた。噂に過ぎないともいえるが、注意したいのは、大仏というのは銭に転換する実体であり、その性質は古代においてもそう変わるものではないだろう。つまり、奈良の大仏というのは貨幣の固まりという潜在性を持っているのであり、国家が貨幣を掌握するファイナルな存在として奈良の大仏が存在するともいえるだろう、というあたりで、トンデモ臭が漂うのだが、しかしそう無碍に否定できないだろう。そう考えるかあ?的な問題だが、しかし否定はしづらいし、なんか歴史学に馴染まない問いなんじゃないかくらいのオチになる。
 奈良の大仏がなぜ作られたのか? まあ、作った本人に訊いてみようじゃないか的に言えば、聖武天皇ということになる。聖武天皇はなぜ大仏を作ったのか。国分寺との関連でいえば、明白に国家鎮護と言えるだろう。金光明最勝王経も国分寺に置かれたことを考えれば当然だ。現代でいうMDみたいにカネをぶち込んでおけば国防になるみたいな幻想かもしれない。いずれにせよ、本人に訊いてみようとしてもその程度の枠組みがから、あとは、ネットとかにありがちな「仏教の教えだぞよ」みたいなくだらない話が出てくるくらいだ。
 もうすこし聖武天皇という人を見ていくと、まあ神経症だったのではないかという印象は深まる。大仏も元は紫香楽宮に作るはずだった。奈良ではないのである。この頃の聖武天皇は奈良がいやでいやでというかなにか取り憑かれたように 恭仁宮、紫香楽宮、難波宮と転々とする。頭おかしいんじゃないの。
 というか彼の頭をおかしくした何かがある。おかしいといえば嫁の光明子も、変態?みたいな伝説がつきまとうしなにかとこのご夫婦はおかしい。いや、おかしいご夫婦なんていうのは世間のあたりまえで、毎晩どんなおセックスをしているのか想像するだにご夫婦の関係なんてものはわからない、ってかそんな関心もつな。アルファブロガーが第2レベルに上がったかどうかはお子様でも生まれたら祝辞のあとで若干想像すればいいくらい。

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美貌の女帝
永井路子
 聖武天皇がおかしいんじゃないの的になるのは、その擁立の背景を考えればそれなりに納得してくる。彼は文武天皇の第一皇子で、母親は藤原不比等の娘宮子だが、このご夫婦がまた変。このあたりのファミリーヒストリーはある意味で悲惨に尽きるのだが、文武天皇の父は皇位にもつかなかった草壁皇子。同時代に権勢を持っていた高市皇子が死んで文武天皇となる軽皇子は立太子したのだが、この時代は天皇は女帝につぐ女帝というかまあいろいろあったんでしょ的な状況になっている。ぶっちゃけ、唐の支配だったんじゃないかと私はトンデモ的に思っているのだが、そこまでトンデモになるのは、このどたばたの時代の強弁としてできたのが日本書紀であって、日本の歴史の根幹の文書の成立時代が、まず変。少しでも関心をもてば内心、トンデモになるよなと思うのだが、碩学吉野裕子先生も、まだ80代のお若いころこっそりと遺言のように、草壁皇子は母の持統天皇が殺したのですございますわよおーほほほほっと述べていた。いやそのトンデモレベルに私の先生への敬意は高まったのだが、でもトンデモはトンデモ。
 いずれにせよ聖武・光明子夫婦の筋金入りの変さというのは、娘の孝謙天皇(称徳天皇)にもつがれて、ここで古代史最強の女帝、つうか女王が誕生する。その最大の事件はいわゆる道鏡事件だが、これがまたトンデモにはたまらないネタだ。北九州の宇佐神宮が天皇の位を道鏡に譲れとの神託したというのだ。それってなんだ?
 つまり天皇位というのは、血統に関係なく委譲できるし、かつそれを支配できるのは八幡神であるということが露出してしまった事件だ。
 あまり指摘されないことだが、三種の神器が存在することも実は天皇というのは、血統をベースとしながらも血統の内部の原理で決定されないというためのシステムとして存在していることを示すのであり、原理的には天皇というのは、血統はかなり薄くてもどってことない。これはこの薄さは、スラップスティックな奈良時代を終了させた桓武天皇の擁立ではっきりするが。今で言ったら朝鮮系日本人かな。今上もそこをよく留意されているが。
 孝謙女王とあえて呼びたいのだが、彼女は天皇というものをさらに押し詰めて、自分が勝手に決めていいんだと考えていた。その根拠はパパがそう言ったんだものである。父聖武天皇は娘に、「王を奴と成すとも、奴を王と云ふとも、汝の為むままに」と言い残した。娘よ、王様がいやになったら、そこいらの奴隷でも美少年でも、おまえの好きな子を王様にしちゃっていいんだよ、である。愛娘よ、おまえは王様以上の存在なのだよ。ああ、トンデモ史観にはたまりませんな。
 天皇はワシが作った、の、八幡神が日本史的にはなんだかよくわかっていない。一応神道はそれじゃ困るので理屈はついているのだが、このヤハタ神はクイーン孝謙以前に、キング聖武の時代、奈良の大仏にも深く関わっている。ぶっちゃけ、奈良の大仏の守護神がヤハタ神であったと見てよさそうだ。ということで、仏教や盧舎那仏のガワにはなっているが、奈良の大仏というのはヤハタ神の顕現であり、それはどうやら物神化としての貨幣の宗教的な実体化だったのではないか。
 いやここまでは話の枕だったが、トンデモパワーでだらだら書いてしまった。少し話を端折る。
 大仏銭は大仏を鋳潰したのは噂だが、なぜ当時の庶民はそう考えたか。そもそも、方広寺大仏とは何か? そのあたりも、通説の歴史がなんとなくおかしい。大仏が出てくると日本史の記述は変になるといった印象だ。
 方広寺大仏は豊臣秀吉が文禄4年(1595年)に作ったもので、奈良の大仏よりでかい。このデカイというのがとても重要で、単純にいえば、過去の天皇家的な仏教的な宗教権力よりもデカイんだよということだ。そして、実際にはこれが銭化したわけではないが、銭化しうるものとして江戸時代の人は普通に考えていた。
 方広寺は慶長元年(1596年)に地震で倒壊。後に結果的にヌルハチに野望を託したヒデヨシの甥の豊臣秀頼が再建。大仏は江戸時代に日本三大大仏に数えられたものだったが、寛政10年(1798年)、落雷で焼失。で、人々は銭になったんだと思った。ちなみに、三大大仏の名前は現代では石切に名残を留めているという話は以前「極東ブログ: 大阪のこと」(参照)で書いた。
 三大大仏といえば、二つ目が抜けていた。二つ目は鎌倉の大仏である。これが皆目わからない。表向きは大異山高徳院清浄泉寺阿弥陀如来なのだが、なんでこんなデカイ銭の固まりがここにあるのか。
 「吾妻鏡」には建長4年(1252年)に銅造の大仏が造られとあり、それが正しければ、5代執権北条時頼の時代だ。歴史背景を考えると、宮騒動(参照)の関連がありそうだが、話がたるくなったので私見トンデモでいえば、これは実朝の鎮魂だろう。奈良の大仏が長屋王の鎮魂が隠された意図であるように(実朝も長屋も実は日本国王であった)。そして鎮魂とは実際には疫病しずめであっただろうと思うが。
 さて、こんな雑談をしたのは、昨日、朝日新聞で”鎌倉の大仏様「素材は中国銭」 別府大グループが解明”(参照)という記事を見て、びっくりしたからだ。

 「美男におはす」とうたわれた鎌倉の大仏様は、中国からもたらされた銭(銅貨)で造られたらしいことが別府大(大分県別府市)のグループの研究で明らかになった。平安時代末の12世紀半ば、中国銭は貨幣ではなく、銅製品の原料として輸入されるようになったというのだ。

 つまり鎌倉大仏は最初から銭のかたまりだった。

 この時期、多量の銭が輸入されたことがわかっている。まとまった量の銅が手に入る方法はほかに見あたらない。経筒の原料は中国銭の可能性が強まったが、銭には「簡単にはつぶさないだろう」との先入観もあり、飯沼さんらは銭の流通状況をたどった。国産銭の発行が止まってから2世紀以上をへて、日本では12世紀末~13世紀初めに中国銭の流通が急に本格化する。銭の輸入が始まってから数十年たった後だった。
 「輸入当初、日本で銭は流通していなかった。銭はもともと銅製品の原料として輸入され、余った分がしだいに通貨として使われるようになった」との結論を導いた。

 ということで、当時は中国銭は銭というより銅輸入のためだったというニュアンスがあるし、それを否定はしないが、それなりに銭の固まりを意識して鎌倉大仏もできたとみてもよいのではないか。

 「日本の交易船は銭ばかりほしがる」との中国の記録を見つけた。中国でも銅は不足し、インゴット(金属の塊)を輸入するのは銭以上に難しいこともわかった。大仏が造られた13世紀半ばには、銭は普及し一般の人々からも集めやすくなっていたこともわかってきた。

 つまり、銭はそれなりに普及していた時代に銭を集めて、固めて大仏を作ったというわけだ。

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2008.06.21

[書評]「なんでだろう」から仕事は始まる!(小倉昌男)

 ちょっと思うことがあって、というのと、亡くなられてもう3年にもなるのかということで、「「なんでだろう」から仕事は始まる!(小倉昌男)」(参照)を読み返していた。小倉昌男は、事実上宅配事業を日本に興したヤマト運輸の社長であった。

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「なんでだろう」から
仕事は始まる!
小倉昌男
 本書はインタビュー起こしによるものとはいえ実質彼の最後の著作となるのではないか。80年という人生の、ある意味で総決算ともいえるのだが、すでに読まれた人でも、また書店で手によってめくったかたでも、ふーんというくらいの感想しかもたないとしても不思議ではない。ちょっと読んだ感じでは、ごく普通の社長の爺さんが言いそうなことしか書いてない。むしろ、次のような説教は、若い人にはカチンとくるのではないか。

 会社を経営するのに、「適齢期」というものがあるとは思わない。だが、この仕事を一人前にこなそうと思ったら、それなりの人生経験が求められるのは間違いないだろう。今の時代は、二十代や三十代でベンチャー企業の経営に乗り出す若い人も多いが、旺盛なチャレンジ精神はすばらしいことだと思うものの、見ているといささか心配になることがある。
 というのも若い世代の人間ほど経験の価値を過小評価し、「情報や知識があれば何でもできる」と思っているふしがあるからだ。とくに今はインターネットでだれでも膨大な量の情報を手に入れることができるし、企業経営のノウハウを教えるマニュアル本や雑誌なども山のように出ている。だから余計に情報や知識の価値を過大評価してしまうのだと思う。
 たしかに、そういったものを読んで勉強すれば、会社経営に必要な知識は身につくだろう。法律で定められた手続きをクリアすれば、会社を興して経営者になるのも簡単だ。
 しかし、書類の上で経営者になれたからといって、それだけで経営ができるというものではない。経営とは、生身の人間とつきあう仕事だからである。

 もうこの本、いいです、おなかいっぱいです、いらね、ということになってもなんら不思議ではない。どうしてこんな爺が偉そうなのか本書だけでは疑問に思っても当然かもしれない。まあ、それはそうだ。
 この先、大学生で企業を興した若い経営者に小倉はこう諭すのだが、このあたりの妙味をどこまでわかるかが、本書の評価に関わるのだろう。

そんな彼に、私はある都々逸を教えてあげた。
「お顔見たけりゃ写真あり 声を聞きたきゃ電話あり
 こんな便利な世の中に 会わなきゃできないこともある」

 このなんともユーモアというか、なんだろこの人という変なところが小倉昌男の魅力でもあり、そのおふざけのような根幹に、つねになにかしら人間にとって根源的な視線、いや、なんというのか中二病とでもいうようなシャイでそれでいて原理的な思考が奇妙なリズムのように感じられる。
 小倉昌男の経営思想の、もっとも難しい部分は、こうしたなにか奇妙なところに深く関係しているように思う。ある意味で、これだけ頭のいい人で、経営力がある人でありながら、いやだからなのか、人間というものに答えを出さない。なぜこうまで人間というものを開いて問い続けたのか、しかも80年も、ということが鈍い感動のようなものを残す。
 その最たる部分が、読み返して、嘆息したのだが、人事評価の問題だ。

 しかし、むずかしくても行わなくてはいけないのが人事考課というものである。だからこそ昔から多くの経営者や学者たちが、公平な評価制度についてさまざまな知恵を絞ってきた。研究書や解説書も山ほど出ている。

 だが、小倉はそうした緒論を検討しつつ、「しかし、客観性の問題がどうしても解決しない」と悩む。

 それに、もっと根幹的なことを言っておけば、会社の業績というものは、それがだれの「手柄」なのかを特定するのが非常にむずかしい。たとえば何か新しいプロジェクトが成功すれば、表向きはその担当者の功績のように見えるだろう。しかし、その仕事を今の担当者が一から育てたとはかぎらない。最初に種をまいたのは前任者で、今の担当者はたまたまそれが実ったところで刈り取っただけかもしれない。
 また、大した実力はなくても、たまたま配属された部署に恵まれてよい結果を出せた者もいるだろう。

 ここまではごく普通にビジネスマンも思う部分だろう。小倉は、ヤマト運輸との関わりの最後の仕事として「辞める前にこれだけは答えを出しておかないと悪いな」と考え詰めるのだが、答えはでなかった。
 その先、こう言い放つ。

いささか乱暴に言わせてもらえば、実績だけでは社員を評価できないし、評価しても意味がない、という結論に達してしまったのである。

 このあたり、まさに乱暴ともいえる、アナキーのような不可解な思考が小倉にはある。穏和でとぼけた爺さんのようでいながら、なぜこんな大胆な思考をするのだろうか。

 そうは言っても、社員の中には会社に役に立つ人間もいれば役に立たない人間もいるわけで、そこはきちんと評価しなければいけない。では、会社の役に立つ社員とはどういう人間か。私は最近、それはじつのところ「仕事ができるかどうか」とは関係がないのではないかと思うようになった。

 先ほどの都々逸はユーモアだが、こうなると悪い冗談なのか判断しづらくなっている。だが、小倉はここでまさに本気なのだ。しかも、経営者として大成し、80年の人生を完遂してなお、会社にとって役立つ社員は仕事ができるかどうかに関係なさそうだと思索している。

 いくら分析しても個人の業績を客観的に評価できない以上、だれがどのくらい仕事ができるかを見分けることはできない。ならば、企業が「われわれは仕事ができる人間を求めている」といっても意味がないだろう。
 さらに言えば、仮に仕事のできる人間がいたとして、それが本当に会社の役に立つのかどうかもわからない。

 小倉は、「何を言い出すのかと驚かれるかもしれないが」と話を続ける。そしてその思惟の結論は、人柄ではないだろうかということに暫定的に落ち着く。たしかに、それはそうだろうというふうにも思えるし、その落とし所はまた凡庸なようにも思える。
 小倉の不思議さはこの、なんともいえない中学生のような、思索の純粋さにある。人柄なんてことにすれば総体的に無能な社員になるだろうから、売り上げが落ちるかもしれない。そうも彼は考えるのだが、その先また奇妙なことを言い出す。「よくよく考えてみると、売り上げを伸ばすことにどれだけの値打ちがあるのかよくわからない」。そこまで言うか。
 小倉の経営哲学はどこかしら人間離れしたところがあり、なのにそれが人間の、個々人のもっとも深い部分に触れてくる。彼は、自分は気弱だという。だが、国を敵に回しても、びくともしなかった。もっとも本質的な思索が人間というものに深く碇を降ろしていたからなのだろう。

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2008.06.20

[書評]江戸の経済システム 米と貨幣の覇権争い(鈴木浩三)

 以前「極東ブログ: [書評]にっぽんの商人(イザヤ・ベンダサン)」(参照)で、江戸時代の商人倫理に少し触れたが、同書は当時の貨幣経済について詳しくは書かれていない。それがどうしたわけか、このところ江戸時代の貨幣経済がどうなっていたのか気になっていろいろ散発的に調べてみた。面白いのだこれが。
 銭形平次が投げていた銭は寛永通宝だというのはいいが、これって円の単位が確定した昭和28年まで日本国の通貨として使えたとは知らなかった、いやそれは曖昧な情報かもしれないのだが。また寛永通宝は中国やベトナムにも輸出していたともいう。それってどういうことなのか。宋通元宝や太平通宝といった宋銭がなぜ和銭ではなく宋の銭なのかはいいとしても、それが流通していたというのは同じ経済圏だったのだろうか。永楽通宝は明が対日本向け専用に鋳造したというのだが寛永通宝では逆転したわけだ。それにはどういう歴史的な意味があるのか。

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江戸の経済システム
米と貨幣の覇権争い
鈴木浩三
 江戸時代に日本の銀がだいぶ流出したということや、「鎖国」というのはいわゆる通念のそれとは違うでしょ、飢饉は生産の問題より貨幣経済や流通の問題だったのでしょなど、いろいろ散発的な疑問がある飽和状態になって、こりゃ貨幣経済から江戸時代を概括した通史を読んでみたいなものだと、それっぽいのを漁ってなんとなく買って読んでみたのが、「江戸の経済システム 米と貨幣の覇権争い(鈴木浩三)」(参照)だった。かなり当たりだった。うひゃあ目から鱗が落ちまくりんぐでした。自分が無知だったなと反省した。本書は経済史、特に貨幣史的な考察が主軸にあるのだが、個人的な印象では、江戸時代の通史としてかなりすっきりしたものになっていた。
 私などは普通に日本史を学んだから、こうしたことがよくわかっていない。つまりベタなマルクス史学の骨格に奇妙に大日本史的な倫理観と時代劇テイストが加味されていた近世史くらいしか知らない。この岩波新書的山川出版教科書的な歴史はかなり実際には違うだろうなとは薄々思っていたのだが、やはり違うようだ。本書を読んでさっぱりした。
 ちょっと難しいといえば難しいが、本書は高校生でも読めると思うし、歴史に興味がある高校生なら読んでおいたがいいだろう。まげ物も楽しみが増える。ただ、受験に役立つかというと微妙かもしれないが。
 筆者は史学の専門と言えるかわからないし、本書はどちらかというと専門家の学説をエッセイふうに手際よくまとめた印象もあり、史学的にはどういう評価になるのかわからない。が、とにかくわかりやすかった。まえがきより。

本書は、歴史上の人物を通じて江戸時代を語るのではなく、専門家には常識的な事柄であっても一般的にはあまり知られていない事実も含め、さまざまな経済事象やエピソードなどを織り交ぜながら「江戸経済」の全体像を現代から描こうとするものである。

 そのあたり、「専門家には常識的な事柄」がどの程度なのかがいまひとつ自分にはわからないが、おそらく本書の江戸時代像が史学的な概括としてはもっともわかりやすいのだろうし、そのことの意味合いは、明治維新というのは、こう言うのも言いすぎかもしれないのだが、それほど大した事件でもないなという印象を深くした。
 現代日本というのは、きちんと江戸時代の上にのっかており、明治維新も太平洋戦争敗戦も大きな変化ではあるものの、変化しなかった分というか、あえて日本人が忘却しようとしたような日本の部分の連続性はかなりある。それは山本七平が「現人神の創作者たち」(参照上参照下)で言うように、明治時代というのが江戸時代を意図的に忘却する時期であったように、また戦前戦後で言えば山本夏彦が「誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答」(参照)と滑稽に嘆くように。
 話を本書に戻すと、武家のサラリーが石高によっている、つまりコメに依存している、コメ本位制度だということは、市民経済の発展とは本質的に矛盾してくるし、市民経済は貨幣経済になるのだから、江戸幕府という政府の本質的な矛盾というのが江戸時代の根幹的なダイナミズムだったというのは、考えてみればバカみたいに明白なことなのに、どうして私たちは生産性だの生産様式だのという頓珍漢な歴史を教えこまれたのだろうか。権力の圧政から民衆の解放みたいなマンガみたいな歴史をどうして科学的だなどと思い込まされたのか。ちょっと悔しい。
 本書がすごいのは、こうした貨幣経済のダイナミックスが市民社会の組織力と関連して社会システムとして論じていくところだ。が、正直にいうとその手つきはやや危うい印象もある。その分、かなりすっきりと日本社会の歴史的な構造が理解できる。
 自分がかなり無知だったなと思ったのは、江戸の貨幣についてなのだが、私はなんとく小判というか金貨は象徴的なもので現実的には流通していないに等しいと思っていた。また銀貨は銅貨などと同一の体系にあると思っていた。違っていた、金・銀・銅の貨幣はそれぞれのレートが存在していたし、貨幣の銀含有構成を変えるとレートが変わりすらした。まさに現在の為替差益のように利益が得られていた。へぇそうだったのか。
 コメ本位制度ということから、必然的に投機もあった。それは知っていたのだが、どうもかなり広範囲だったらしい。「鎖国」についても嘘だろうなと思っていたが、かなり詳細な密輸のシステム話がある。ただ、幕府管轄以外の貿易の全貌は本書からはよくわからない。銀の流出については絹の輸入が意味を持っているらしいことはわかった。
 火消しが同時に火付けというのもやや驚いた。しかし、これは勝海舟のエピソードからもなんとなくそうではないかとは私も思っていた。が、さらにそれが経済システム化していたらしいとは。
 エピソード的な部分で、思わず、げっと声が出てしまったのは、本願寺が江戸時代を通じて宗号も認められず、寺院扱いもされなかったことだ。浄土宗からの妨害にもよるが、最大の理由は親鸞の僧籍らしい。たしかにそれはそうだ。さらにうなったのは、よって、親鸞上人といった号や見真大師号も公的に禁止されていたことだ。つまり、親鸞上人が成立するのは明治時代だ。しかも浄土真宗が反幕府であったために、逆に明治政府から親近であり、廃仏毀釈時にも優遇されたようだ。そ、そうなのか。
 史観として、げげっとうなったのは次の認識だ。松平定信の寛政改革の反動性について。

 大石教授が、寛政「改革」は「明治維新を百年遅らせた」とされるのもこの点を指しているといえよう。歴史に「もしも」がないと断ったうえでも、経済の流れからみれば、田沼の経済策の延長線上には諸大名の没落と幕府の強大化、一層の市場経済の発達があったことが容易に想像できるし、その過程は西欧の絶対主義国家が成立するに至った条件と非常に似ていることが指摘できる。

 まさにそうだ。大名は廃藩置県などなくてもそのまま財政破綻し自滅しただろうし、武家=コメ本位制度の反動がなければ、山城国の小領主にすぎない天皇家が国家の中枢に持ち出されることもなく、ファナティックな擬古神話も形成されず、市民=ブルジョアワは成熟したのではないか。いやそれは夢想に過ぎないかもしれないが。
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資本主義は
江戸で生まれた
鈴木浩三
 それにしても、江戸時代のこの貨幣経済とある種の市民社会のシステムというのは、明らかにといっていいがアジア諸国には類例がないのではないか。日本はすばらしいといったバカみたいなことが言いたいのではない。しかし、江戸時代の貨幣経済の高度化とそれに伴う社会システムの高度化こそが近代だろう。
 筆者の結語に近い認識にも深く共感した。明治維新の意味について。

 しかも、今までみたきたように社会システム全体を意志決定の方法あるいは経済法則という視点からみると、「近世」ないしは「封建時代」とされている江戸時代と、明治時代以降の「近代」との間には世の中で信じられているほどの決定的な差異はない。むしろ天皇制という名の官僚独裁制ないしは専政性の事実を「近代」だとする時代は、逆に「近代」どころか「古代」的ですらあった。

 私たちは長い長い江戸時代を生きてきたといってもそう間違いではないかもしれない。そして、もしかすると、それが今終わろうとしてるのかもしれない。

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2008.06.19

[書評]わたし、男子校出身です。(椿姫彩菜)

 「わたし、男子校出身です。(椿姫彩菜)」(参照)を勧められて読んでみた。読書前には著者椿姫彩菜についてはまるで知識を持っていなかったし、書籍についても性的同一性障害の子の話らしいという以外は知らなかったが、ためらうことなくポチッと購入して読んだ。

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わたし、男子校出身です。
椿姫彩菜
 今アマゾンを振り返って見ると読者評がきびしいが、私はこれはかなりの良書であると思う。少なくとも星は4つはつける。5つ付けてもいいんじゃないかとも思うが、私はおよそ星数の評価というものが自体が好きではないし、星1つ引く趣向があるわけではないが、この本は受けない人もいるだろうから少しお勧め度を減らすかなくらいだ。しいていえば学校の先生には是非読んで欲しいとは思う。
 版元は、ズッコケ三人組(参照)で有名と言うべきだが、私としてはかいけつゾロリ(参照)で有名なポプラ社というか、原ゆたかのイラストのせいかどうにも坂井宏先社長(参照)につい親近感を感じてしまうポプラ社だったのも、読んでみたいと思った理由だ。坂井社長の思いの、メッセージを受け取ってみたいとも思った。
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月刊 psiko
2006年 09月号 [雑誌]
 と、ポプラ社のサイトを見たら今週の土曜日13時から福家書店銀座店で椿姫彩菜のサイン会があるらしい(参照)。ちょっと行ってみたい感じもするが、私などが行ったら浮くだろうな。サイトにはさらに椿姫彩菜のブログのリンクもあった(参照)。ありゃ、私が最近嫌いになったアメーバブログかあ。
 書籍だが、概要としては帯がわかりやすい。

話題のニューハーフモデル、初のエッセイ!
生まれたときは男の子、今は現役女子大生!
心は女の子なのに、身体は男の子として生まれてしまった著者が、家族との絶縁、恋の苦悩、社会的偏見、命がけの手術…さまざまな困難と向き合い、「女の子」として人生を再スタートさせるまで。

 たしかにそういうふうにも読める。物心ついてから、戸籍の性を変え、23歳の大学生となった現在までの物語だ。
 アマゾンの星1つ評が厳しいが、それはそれで理解できないものではない。

悩んでいる方には参考にならないのでは, 2008/6/12
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この本ですが内容は完全に椿姫さん個人の自分史です。
8割が学生時代にどんな生活を送ってきたかと言う内容であり椿姫さんファンしか楽しめない内容です。
彼女は性同一性障害の方の中でもかなり恵まれているため同じ悩みを持つ方たちはどうすれば?と言う気分でした。



最後に肝心の性転換手術の説明も病院の説明文丸写しでは?

 この評を引用したのは、私としてはその個人史は興味深いものだったからだ。特に、先生が重要な意味をもっていたということが感銘深い。そして、その「病院の説明文丸写し」が私などには社会勉強にもなった。
 おそらくこの評者のように、「同じ悩みを持つ方たちはどうすれば?」という感想もあるだろう。椿姫がつらかったのは共感するとしても、好運だったのではないかという印象ももつ。
 もっと率直に私の感想をいうと、椿姫は美しかったらそうできたのではないかなとも思った。という感想に自分のある種の無意識が反映している。
 話が脱線するかと思うが。私は性的同一性障害はないし、同性愛傾向もない。Twitterなどでは、男の子は若い時には女装しとくといいよとか言ったことがあるが、私は23歳のとき外人グループとの仮装行列で女装して六本木に繰り出したことがあり、その寸前、女装の私にメンバーが「急いで準備しなさいよ」というので「これでOK、僕は男」と答えた。驚いて、きれいだよと褒められた。当時はかなりグッドだったのではないか、写真はないけど。女装自体には関心はなかったし、その後もない。ただ、あの歳くらいまではぎりぎり両性的な資質はもてたのだろうといういい思い出になっている。が、そのせいかわからないが、私は二度ほど男からレイプの危機に遭遇したこともある、まあ問題なく過ごしたが。
 自分の内部にある両性的な資質は、その後傾倒した折口信夫への理解につながった。折口が後年、弟子の寝ている蒲団にせまりそれが弟子から拒絶されたとき、自分が若いときはもっと美しかったと嘆いたそうだ。その感覚は少しわかる。三島由紀夫が自身が老いていく醜さに耐えられないとしたものも少しわかる。
 書籍に戻る。性的同一性障害について、その発生のパーソナルヒストリーに自分はどのくらい共感できるだろうか、というのは読み進める上での関心だった。が、率直なところ、あまり共感できる部分はなかった。性同一の自意識の目覚めについては、著者に嘘があるとは思わないが、うまく語られているとは思えない印象もあった。私は、奇妙に幼児期の記憶があってフロイトのいう多型倒錯やシュレイバー症例などもある種の洞察があるが、著者椿姫については、そういうフロイトスキームというより、自己同定の強度が身体拒否を介して女性への同定意識に結びついているような印象を受けた。
 そこはボーヴォワールが「第二の性」(参照上参照下)で述べた「人は女に生まれない、女になるのだ」という、ある意味で社会制度的な性意識の選択の問題とは違うようにも思えたし、同様にというのは粗雑だがドゥルーズとガタリによる「アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症」(参照上参照下)のいうn個の性からの生成的な説明も違うように思えた。
 というか、本書では、生物学的な男が、社会的な女たらんする欲望の物語のように私には思えた。ボーヴォワール、ドゥルーズ、ガタリらが、むしろ女の性を社会的な制度へのモルドのように捕らえそこからの個の自由の可能性としての不定形な性を描くのとは、逆の構図になっているのではないか。
 このことは、椿姫の生育史における女との関わりにもある影響があるだろう。うまく言えないのだが、友愛原理に潜む本質的な同性愛的な愛の原理としては彩菜は肯定され、自己の居場所を見いだしていくのだが、現実の女社会からはむしろ排除される。男子校出身というのはその点で、むしろ女社会から保護的に機能していた点が本書の感動的な部分だ。
 ここでも、もちろん、と言うべきなのだろうが、そうした女社会こそが、ボーヴォワールらの言うような社会の産出だとも言えはするだろう。だが、それでも、椿姫の自己同定性における女は、その、女社会の女との違和ではない。むしろ、椿姫は、社会的に、普通に、女として生きたいと願うのであり、その意味では、べたに「人は女に生まれない、女になるのだ」という命題に逆説的に従っている。
 話を不要に複雑にしているようで申し訳ないが、椿姫における自己解放の課題にはむしろ社会的な性の、思想的な課題というよりも、友愛原理に潜む本質とその自由の権利の問題として提出されているように思えた。
 その意味で、性的同一性障害というのは、性ホルモンといった生物学的な問題や、ボーヴォワール的な社会思想的な問題もあるにせよ、それらはとりあえず捨象できる課題にあり、むしろ、この社会は、性を個人にとってどこまで自由に選択させるかという点で、社会的な課題となるのだろう。「性同一性障害者特例法」の改正案(参照)などを見るに、日本社会も多少なりの進展はあるようだが。
 原理的には、個人は自由に性を選択できるべきだろう。だが、それが確たる輪郭を持つのは、それが友愛原理、つまり、友人としての他者の現れであって、その先は、本書に描かれる各種の軋轢に潜む問題が露出する。
 たとえば、私が今若く、惚れた女性が、性的同一性障害から性を転換・選択した個人だったとする。それは私に問題か? たぶん問題ではない。性の選択の問題は、実際的な対性的な(恋愛的な)関係性においては問題とならない。子供についても、欧米のように法整備は可能だ。
 では何が問題なのか? 社会的な偏見だろうか? それはもちろんある。
 ここで自分がひっかかるのは、マージナルな問題と、うまく言えないのだが美的弱者の問題だ。マージナルというのは弱い性的同一性障害だ。自己を社会的に実現する上での妥協の閾値が低い場合、その人は自己を穏和に疎外して一生を終える。
 それと美的弱者だが、性的同一性障害において社会的に克服できるだけの美の獲得がほぼ不可能であるという問題は強固にあるように思える。その点では、男性であることを獲得するための性的同一性障害はややハードルは低いようにも思える。
 この問題の、もしそれが問題であるなら、いわゆる非モテ問題のような構図をしているのかもしれないとも思う。そこは冗談ではなく本質的に難しい。
 エントリが錯綜してしまったが、本書はある意味でプラクティカルな書籍である、まず先生にとって、そして次に私たち社会の友愛にとって。

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2008.06.17

中台緩和にフィナンシャルタイムズが望むとした2つのこと

 この話題は誤解されがちなので、ごく簡単に触れるだけにしておきたい。別に触れなくてもいいんだけど、このところの台湾関連の国内報道が多少だけど奇妙なんで、多少は関連があるかなというくらい。
 話はまず、中国最南端のトロピカルアイランド、海南島・三亜かな、リゾート地だ。ググルとそんな話題が「イーチャイナ」というサイトに出てくる(参照)。


中国最南端の島「海南島」は、ハワイとほぼ同じ緯度にある亜熱帯性気候と熱帯海洋気候の常夏の島です。中でも、海南島最南端の三亜(サンヤ)は、本格的な国際リゾートホテルも多く、透明度の高いエメラルドグリーンの海と白いビーチで一年中マリンスポーツが楽しめ、また、トロピカルムードあふれるゴルフコースも多数ある、アジア有数のリゾートエリアです。

 いいんじゃないかな。それは別にいいなあと思う。
 共同による邦文のニュースもあったと思うけどちょっと見かけないので、日本語で読めるものとして4月19日の朝鮮日報”中国、海南島に原潜基地を建設か”(参照)より。

 18日付香港紙・文匯報などは、中国が最南端の海南島三亜市に空母と原子力潜水艦が停泊できる大規模な海軍基地を建設していると報じた。
 報道によると、米英両軍による衛星写真解析の結果、中国は三亜市亜竜湾に原潜の停泊施設を建設しているという。同施設は射程距離が8000-1万4000キロに達し、米本土も攻撃可能な大陸間弾道ミサイル「巨浪」を10基余り搭載可能な最新鋭原潜の「晋級」(094型)が停泊可能な規模だ。

 もとネタはジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(参照)らしい。テレグラフでも報道されたようだ。朝鮮日報”中国海南島の原潜基地、英紙に衛星写真”(参照)より。

 中国南部のリゾート地、海南島三亜市の亜竜湾に建設が進められている大規模は原子力潜水艦基地の工事現場の鮮明な衛星写真が、2日付英紙デーリー・テレグラフに掲載された。
 写真は米国の民間衛星写真会社デジタル・グローブが2005年8月5日から08年2月28日までの間に撮影したもので、英軍事専門誌のジェーン・インテリジェンス・レビューが入手した写真を転載したものだ。

 この話をどう受け止めるかなのだが、単純に言えば、中国脅威論の煽りでしょ。そのまま食うなよというふうには思う。脅威としては、スパイ衛星監視を避けるために、最大20隻の原子力潜水艦を隠すことが可能というあたりだが、軍事的というより威嚇的な意味合いしかない。
 総合的な話としては、ニューズウィーク日本版5・21”中国の脅威は水面下にあり”がわかりやすい。英文はまいどながら無料で読むことができる。”An Underwater Threat”(参照)だ。
 ポイントは三亜原潜基地はなのためというあたり。まあ、単純な問いだが。

 専門家の多くは、中国の急速な軍備増強を台湾独立を阻止するためのものとみている。しかし中国は、台湾から重大な挑発は受けていない。つまりここ数年の中国は、台湾の独立を阻止する以上の軍事力をもっていることになる。
 実際、両岸の関係において、中国の要求をのむように台湾に強制できる軍事力を中国がそなえているおそれがある。

 ちょっとそうかいなという疑問もあるが、案外、すでに威嚇的な効果は十分にあるかもしれない。
 国際的には問題はこの先になる。

さらに、台湾に標準を合わせた新たな軍事力が別の目的に使われる可能性に近隣諸国は注目している。
 現実の脅威にさらされていないなかで、軍事増強の真の目的は謎のままだ。

 とか言うけど、これは単純にシーレーンです。

 警戒感を強めているのはアメリカだけではない。インドの海軍参謀総長は、インド洋を管理する同国海軍への挑発だと危惧している。中国が思い通りに日本周辺に軍を展開させる能力と意欲を高めることに日本も徐々に不安を感じはじめている。

 どうですか、日本国民、不安ですか。不安という人もいるだろうな、当然。

ここ数年、領海粗祖のある日本近海への中国の侵犯が続発。南シナ海の南沙諸島の領有権問題でも、中国はまもなく強制的に問題を収拾する軍事力をもち、同じく領有権を主張しているフィリピンやベトナムを驚かすことになるだろう。

 ここはけっこう重要なんで、日本人が危惧を覚える時期は、フィリピンやベトナムが悲鳴をあげるか素っ頓狂な歓迎の声を上げるかを見てからでもそう遅くはない。
 というわけで、この寄稿記事の著者ダニエル・ブーメンソル(Daniel Blumenthal)のフカシは中国脅威論という展開になる。
 私としては、これはもうちょっと中国よりから、むしろ、中国がシーレーン確保への脅威を感じているんじゃないのと見ていいように思うし、そのあたりの恐怖心を除くように、日米が平和的な対応をするとよいのではないかと思うのだけど。
 ただ、現実問題として中国の軍事というのは剥き出しになっていて、しかもなぜか日本では報道が歪む。どのくらい歪んでいるかというのは、またれいによってフィナンシャルタイムズを出すのだけど、普通に英米紙を読んでいると、嘆息してしまう。
 たとえば、馬政権の台湾での中国との緊張緩和だが、フィナンシャルタイムズそれを歓迎しつつ、きちんと言うべきところは言っている。”Detente in the Taiwan Strait”(参照)より。

But it is important not to let expectations run riot, especially among mainland Communist party leaders. They tend to assume that the incorporation of Taiwan into the People’s Republic of China is inevitable, long overdue and devoutly desired by all right thinking people of Chinese origin, and they have arrayed hundreds of missiles along the Strait to make sure it happens --- by force, if necessary.
(しかし重要なのは期待を暴走させないこと。特に、大陸共産党指導者についてだ。彼らは台湾を中国自民共和国への併合は、不可避であり、延期されているに過ぎず、信仰的に中国自民国家の起源から想定する傾向がある。だから、だからその機会のために、数百発ものミサイルを海峡に配置済みだし、必要ならそれは軍事力を行使も厭わない。)

 これは別に中国に悪口を言いたいわけではなく、そういう歴史背景がある。
 ただ、国際社会はそれを望んでいない。そして、中台緩和にフィナンシャルタイムズが望むとした2つのことはこれだ。

The first such concessions should include dismantling the coastal missile forces aimed at the island and the granting of observer status to Taiwan in the World Health Organisation.
(最初の譲歩には、台湾を標準とした大陸弾道弾の解除と、世界保健機関(WHO)へのオブザーバーとしての加盟を認可することだ。)

 朝日新聞もようやく5月21日社説”台湾新総統―現状維持は賢明な選択”でこの問題に触れた。

ジュネーブで始まった世界保健機関(WHO)総会で、台湾が切望するオブザーバー参加は、中国の反対で議題にすらなっていない。新型インフルエンザなど感染症の脅威は、地球全体の問題でもある。人道的な見地から中国は度量を見せてはどうか。

 北京政府側としてはその程度の度量はあるよという信号でもあるのだろう。6月1日の日経社説”中台の対話再開を見守ろう”ではその含みを深めた。

新型インフルエンザが懸念されるなか、台湾は世界保健機関(WHO)への加盟を望んでいる。胡氏は対話による解決を示唆した。一連の発言は中台の雪解けを象徴している。

 とはいえ、日本の国内紙はフィナンシャルタイムズのように、台湾を標準にしたミサイルの撤廃を提言することはしない。いろいろむずかしいのだろうと思う。ブロガーですら現実的にはむずかしいし。
 ただ、日本には平和を望み核のない世界を望む多くの人々がいるのだから、核弾頭を装備しかねない原潜の問題にも、もうイデオロギー的な枠組みに絡め取られずに言及していい時期なのではないか。

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2008.06.16

アイルランド国民投票によるリスボン条約否決

 単純な見落としがあるかもしれないが、アイルランド国民投票によるリスボン条約否決を扱ったのは大手紙では毎日新聞だけだったということだろうか。明日あたりにひょっこり朝日新聞や日経新聞の社説に出るだろうか。特に日経新聞は昨年10月22日に”新条約で機動力を増すEU”で次のように述べていた。リスボン条約のおさらいもかねて。


 欧州連合(EU)の首脳会議が、未発効に終わったEU憲法に代わる新たな基本条約を採択した。新条約は「リスボン条約」と名付け、EU大統領の創設や政策決定を迅速化する多数決制度など、さまざまな斬新な工夫を盛り込んだ。新条約が発効すれば、半世紀にわたる欧州統合が新たな進化の段階に入る。


 名を捨てて実をとる。その策のおかげで、新条約は逆に当初のEU憲法より濃い内容となった。新体制への移行は09年だが、新条約が機能し始めれば、EUの国際社会への影響力は一段と高まるだろう。

 と期待をフカした。さらに、昨年12月19日”機動的なEUを生む新条約”では。

 リスボン条約は、本来は05年にフランスとオランダが国民投票で否決して廃案となった「EU憲法」の代替案だった。憲法の呼び名やEU国旗、国歌に相当する条項を捨て、“欧州連邦”の色彩を薄めることでようやく合意に至った経緯がある。


 EU憲法に比べて、リスボン条約の中身が薄まったと考えるのは誤りだ。政策決定の仕組みは、むしろ大幅に強化される。導入は14年以降になるが、最高決定機関であるEU理事会の表決制度が変わり、現在の全会一致の原則は廃止となる。
 現行の制度では、理事会で一国でも反対すればEUとして共通政策を打ち出せない。新条約の下では、こうした意思決定の停滞を回避でき、政策の機動力が高まるはずだ。
 新条約で注目すべき分野は、エネルギー、環境、知的財産権、移民、観光などの経済政策だ。これらの政策は欧州だけでなく、世界経済を動かす枠組みや日本企業の経営戦略にも、直接関係する分野である。

 それが今回見事にと言っていいくらいに頓挫することになった。
 毎日新聞では今年の1月8日”欧州連合 統合と拡大の効果を示す時だ”でこう述べていた。

 発効にはすべての加盟国の批准が必要だ。国民投票の否決にこりて、多くの国は議会で批准を目指す。1カ国でも拒否すれば、リスボン条約は失敗し大きな危機となる。市民には拡大への不信感もある。幅広い理解を求める努力が必要だ。

 という「リスボン条約は失敗し大きな危機」がやってきたわけだ。ようこそ!
 そして毎日新聞は、今回の結果について昨日社説”EU条約否決 帰属意識は国民国家か欧州か”(参照)で、こう驚いてみせた。

 有権者の意思はどこの国でも投票箱を開けてみるまでわからない。だが、これほど国外で驚かれ、かつ深刻に受け止められた結果は珍しいだろう。

 ところがそうでもない。8日の時点でフィナンシャルタイムズは”An Irish bombshell”(参照)でこう述べている。

If the latest opinion polls are accurate, there is a real possibility that Irish voters will reject the European Union’s Treaty of Lisbon this week. A No vote would be a political bombshell in Brussels and would threaten to set the whole EU reform debate back to first base.
(最新の世論調査によると、アイルランド国民は実際に今週EUリスボン条約採決で否決を下す可能性がある。否決はEU本部ブリュッセルにおいて政治的な爆弾となりかねず、EU改革全体が最初の段階に戻る危険性すらある。)

 ということで、実は国際的には危惧されていた。ちなみに、私はEUダメダメ論者だったこともあり、今回は酸鼻な結論になるんじゃないかとは思っていたが、率直なところ逃げ切れるかなとも思って予想は日和って書かなかった、というか、もうこんな予想当ててもなあという思いもあった。
 日本の毎日新聞が事後びっくりし、フィナンシャルタイムズが事前に懸念していたのは、現実認識に差がある。

Yet that tale may not persuade sufficient Irish voters to say Yes to the Lisbon treaty.
(アイルランド国民が可決できるほど十分にリスボン条約は説得されていないかもしれない。)


The Lisbon treaty is an impossible document to explain, with 346 unreadable pages of assorted articles, amendments and protocols.
(リスボン条約は、関連条約、修正条項、議定書など346ページにもおよび説明するのは不可能である。)

 現実問題、EU統合文書は膨大すぎて読めるものではないし、一般人には理解できるものではない。国民投票は馴染まない。ここはあれだ。日本人にとってアメリカ様が作ってくれた日本国憲法が日本国民には理解でないのと同じで、憲法改正は国民投票にはなじまないもなのですね、わかります。いや不謹慎な冗談にしてしまったが、それでもこの事態は、大きな国策に国民投票のような手法は適合しないかもしれないという、ある意味で民主主義の限界という側面があるにはある。毎日新聞社説は結語でこう述べているが、民主主義の未来というのはその逆かもしれない。

民主主義社会では、国の行方を決める壮大な実験を左右するのは指導者ではなく市民一人一人の意識だ。それを示した国民投票だったと考えたい。

 今回の否決の結果説明について、毎日新聞社説はナショナリズムとしている。よくわからないのだが、日本のインテリってなんでもナショナリズムとかにラベルするのが好きなような気もするが。

 アイルランドは1973年、EUに加盟した時は最も貧しい国だった。EUから多額の補助金を受け取り、90年代から外資導入に力を入れた。民族の名をとり「ケルトの虎」と呼ばれ、経済成長のモデルと称賛される。1人あたり国民総所得は日本や米国を追い抜き4万5580ドル(06年)で世界6位の豊かさだ。19世紀、飢えたアイルランド人は米国に移住したが、21世紀のいま東欧から移民が職を求めて入ってくる。
 この成功体験があるからこそ、アイルランド人は誇りと自信を強め、今回、ナショナリズムの意思表示につながったのではないか。

 としているが、フィナンシャルタイムズ社説では逆。

Many voters say they will vote No simply because they do not understand the treaty. Others want to register a protest against the political establishment that is all on the Yes side. The economic slowdown, and immigration, are other issues.
(条約が理解できなからという単純な理由で否決の投票をするのではないと多数は言う。が、他は批准側の政治的支配体制に反対の意を示したがっている。経済低迷、移民、その他の理由で。)

 EU側としてはアイルランドにやられるとはな、というか、国民投票にかけやがってとか思っているのだろうが、アイルランドはそういう国家規定があるので、言っても詮無い。今後はどうなるか。
 動向だが、社説を出さなかった朝日新聞記事”EU各国、「リスボン条約」否決に衝撃と落胆”(参照)が賛否両論的。

 イタリアのナポリターノ大統領は「一国の有権者の半分以下で、しかも人口でもEUの1%に満たない数の人々の決定(反対)によって、かけがえのない改革が止められてしまうことがあってはならない」と述べ、「小国の反乱」への不快感をのぞかせた。
 一方、EUに批判的な発言で知られるチェコのクラウス大統領は声明で「リスボン条約の企てはきょうで終わりだ。批准(手続き)を続けることはできない。エリート主義的な欧州の官僚支配に対する自由と理性の勝利だ」とした。大国主導、本部があるブリュッセル中心のEU運営が加速することへの不満をぶちまけたかたちだが、EUへの懐疑はチェコだけでなく一部加盟国に根強くある。

 毎日新聞は社説の同日記事”リスボン条約:EU委長、加盟国に批准手続き継続を要請 アイルランドに圧力”(参照)で、圧力を強調している。

欧州連合(EU)の内閣にあたる欧州委員会のバローゾ委員長は13日、アイルランド国民投票によるEU基本条約「リスボン条約(改革条約)」の批准否決を受け、加盟国に批准手続き継続を要請した。議長国スロベニア、欧州議会、仏独首脳も共同歩調を取った。既に18カ国が批准しており、批准続行でアイルランドの「外堀」を埋め、圧力をかける形で、批准プロセスを進めるもくろみだ。

 そうなるか。私はそうならないのではないかと思う。単純な話、アイルランドの国家の枠組みでどのように批准に至るのかイメージもわかない。カウエン首相は、リスボン条約を微調整しただけでは再度の国民投票はしないと言明しているし、なにより、国民投票というものをコケにしてはいけない。再投票はありえない。
 むしろ、EU側が少し引くのではないか。フィナンシャルタイムズもその後”Time to put the EU treaty on ice”(参照)で凍結したらあぁ、という提言をしている。

It would be more sensible to put the Lisbon treaty on ice for several years, and try to rescue those parts that are important, uncontentious, and capable of being carried out without treaty amendment.
(より合理的なのは、リスボン条約を数年凍結することだ。そして、重要な部分、異論なき部分、修正なしに実行可能な部分で救済策を模索することだ。)

 でも、結語はかなりぶっちゃけている。

The Nice treaty is not ideal, but losing Lisbon should not be seen as the end of the world.
(ニース条約は理想的ではないが、リスボン条約失効で世界が終わりになように見なすこともないだろう。)

 つまり、ニース条約に戻れと。私が生まれた年にできたローマ条約に1992年のマーストリヒト条約を加えて、2000年にニースでできた条約だ。2000年は20世紀である。20世紀へようこそ!

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2008.06.15

1978年宮城県沖地震のこと

 私自身は1978年宮城県沖地震について強い思い出はない。ちょうど30年前になる。
 この地震は、1978年6月12日の夕方5時14分に、宮城県沖を震源に起きた。全壊家屋1183戸。マグニチュード7・4、震度5。被害は宮城県に集中し、死者は28人に及んだ。この地域では今年も同日に防災訓練が行われた。13日付け河北新報”わが町内自分で守る 独自訓練で防災力向上”(参照)はこう伝えている。


 わが町の防災は住民の力で―。1978年の宮城県沖地震から30年がたった12日、地域の防災力アップに腐心してきた仙台市宮城野区の福住町町内会の菅原康雄会長(60)は、新たな気持ちで防災訓練に臨んだ。


 切迫感が強まったのは03年7月。宮城県連続地震で被災した東松島市の住民が近所同士で支え合って生活している姿を報道で見て、災害に備えた町内会活動の必要性を痛感した。


 30年前の記憶の風化が気掛かり。「時の流れとともに油断が生じている。30代半ばまでの若い世代は、あの地震を知らない」

 その二日後、今回の岩手・宮城内陸地震が起きた。マグニチュード7・2、震度6強。地震の速報を聞いたとき、私は即座に宮城県沖が震源かと思ったが、内陸であった。
 河北新報にある「03年7月」の地震は同年26日の宮城県連続地震(北部地震)である。死者はでなかったが、全壊家屋489戸に及んだ。
 私が今回の地震で当初宮城県沖かと思ったのは、12日の朝、NHKラジオ「時の話題」で「切迫する宮城県沖地震」を聞いた記憶があったからだ。同地域は2つのプレートがぶつかる部位(震源域は両側に2つ)でしばしば地震が発生する(周期は過去平均37・1年)。
 1978年の地震では死者が28人に及んだが、うち18人がブロック塀や門柱の下敷きになった。このことから以降ブロック塀の耐震性が強く問われるようになった。
 また、水田だった地域に作られた新興団地被害が際立った。新聞に掲載されたその写真の記憶は私にも鮮明にある。仙台郊外の丘陵地も盛り土が崩れたことも被害を拡大させた。
 それに比較すれば仙台市中心部の被害は少なかった。当時は人口50万人以上の都市が初めて経験した都市型地震の典型(参照)とも言われたが、むしろ日本の高度成長求めた地域での、人災的な要素の強い地震災害だったとも言えるだろう。
 14日の、今回の地震で、ある意味で特徴的なのは、全半壊家屋が少ないことだ。14日付け読売新聞記事”短い揺れ周期、雪に強い構造…地震の建物被害目立たず”(参照)より。

 岩手・宮城内陸地震は、阪神大震災に匹敵する揺れの強さにもかかわらず、14日午後10時現在、判明している建物の全半壊は13棟にとどまり、昨年7月の新潟県中越沖地震(6940棟)などに比べはるかに少ない。
 専門家らは、建物被害につながりにくい地震波の特徴や、地震に強い東北地方の住宅構造を指摘している。


震源に近い岩手県奥州市も65%だったが、壁のひびやブロック塀の倒壊など軽微な被害が中心だった。

 全半壊家屋が少なかったことは、キラーパルスが少なかったせいもあるだろう。
 関連して2005年8月16日の宮城県沖地震(ただし政府想定の地震ではなかった)では震源より遠い地域での被害を伝えている。2005年8月29日読売新聞記事”福島の住宅被害 宮城の1.7倍”(参照)より。

 今回の地震による住宅被害は4県計889件(全壊1件・一部損壊888件)で、このうち福島県が554件で6割を占め、震源に近い宮城県(326件)に比べて1・7倍となった。
 福島県の被害は、震度5強を記録した相馬市や新地町に集中し、計419件。このうち9割に当たる398件が瓦の落下・破損だった。

 私がこうした側面に関心をもつようになったのは、「コウアン先生の人を殺さない住宅―阪神大震災「169勝1敗」の棟梁に学べ」(参照)を読んでからだ。同書の紹介より。

21世紀を迎えようという時代に、なぜ6300人もの死者を出す大惨事が起こったのか――著者の1年間にわたる綿密な被災地踏査からは、信じられないような事実が次々と浮かび上がってきました。倒壊、圧壊しても当然といえるほど悪辣な手抜き工事のあまりの多さと、それを助長する法律の不備。そして呆れるばかりの建築業界のモラル低下、行政サイドの怠慢。その結果、死者の約8割は建物の下敷きになり圧死していったのです。しかし、その一方で活断層のすぐ横に建てられていた木造住宅やマンションがほとんど無傷の状態で残されたケースや、激震の中心地にありながらわずかな補強をしただけで難を逃れた古い民家もありました。いったいどこで生と死は別れたのか。
 現地調査中に著者はひとりの元・大工棟梁と知り合いました。彼は引退するまでに被災地を中心に170棟の家屋を普請しましたが、今回の震災で大きな被害を受けたものは、わずか1棟で、他はほとんど無傷で残りました。
 本書は、被災地の手抜き、欠陥工事の実態と元・棟梁が建てた無事だった家屋の検証を通して、安全で人にやさしい住宅の建て方、買い方、補強のし方を、図解、写真を駆使して、わかり易く解説しています。(マンションについても、同様) 絶対に失敗しないために、マイホーム購入前には必ず読んでもらいたい「安全住宅造りのバイブル」です。

 内容だが、必ずしも伝統工法の耐震性が高いということの主張ではなく、むしろ、大工さんのメンテナンスが重要だとしていた。
cover
コウアン先生の
人を殺さない住宅
阪神大震災「169勝1敗」の
棟梁に学べ
中村幸安
 本書をどう評価するべきかは、私は専門ではないのでよくわからないが、私は実家を昔気質の棟梁に建ててもらったこともあり、頷けることは多かった。

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2008.06.14

米国大統領選に一番関心もっているのは日本人

 アイルランドによるリスボン条約否決とか隣国蝋燭集会とか、それなりに重要なニュースなのかもしれないが今一つ書く気がしない。そんなものじゃないかなくらいだろうか。どうにもならないよ、といった感じか。
 韓国の中央日報が日本の現状を評して”<取材日記>争いながらもやることはやる日本の国会”(参照)とあったが、日本人にしてみると、さっさと政界再編しないかな、うんざり、といったところだ。
 こんなときは浮世離れした本の感想でも書くかなと思うし、別段ブログなんて書くまでもないじゃないか、どうせ……いや、そのあたりで、なんかちょっと頑張るかなという気分がする。するからブログやってんだろうけど。じゃ、ネタでも。
 その前に、東北の地震で被害に遭われたかたに、謹んでお見舞い申しげます。
 現代日本人が自虐的に笑えるネタといったら、3月から4月にかけて各国約2万4700人対象に行われたピュー・リサーチ・センターの調査だろう。共同記事”日本人の関心“世界一” 米大統領選、本国も超える”(参照)より。


米世論調査機関「ピュー・リサーチ・センター」が世界24カ国で行った調査で、米大統領選に最も高い関心を持っているのは日本との結果が出たことが13日までに明らかになった。本国の米国よりも高かったのは日本だけで、米国人の調査担当者も「なぜだろう」と驚いている。

 いや、ほんと、「なぜだろう」。その文字を分裂君ブログみたいにフォントに色つけて拡大したい誘惑にも駆られるけど、そこまでして理解させるっていう話でもないか。
 産経記事”日本人、米国人よりも米大統領選に関心あり 国際世論調査”(参照)はもう少し詳しい。

それによると、83%の日本人が「大統領選にかなり関心を持っている」と答え、米国人の80%よりも多かった。日米に続くのがドイツ56%、豪州52%で、日本の関心の高さが突出している。

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 米国人の調査担当者に言われるまでもなく、この「なぜだろう」は日本のジャーナリズムについても言えると思う。なぜ日本のジャーナリズムは米国大統領選挙をこんなに報道するんだろうか。
 私は15年くらい前だったか、同僚に米国大統領選挙が大好きな人がいて、いろいろ聞かされてうんざりした記憶がある。というのはそのころ日本ではこんなに米国大統領選挙なんて話題にもなっていなかった。
 端的に言えばバブル崩壊以降、日本はマジ米国の一部になったんじゃないだろうか。とかいうと、親米思想とか言われるかもしれないけど。

 大統領候補のなかでは、民主党のバラク・オバマ上院議員への信頼度が欧州で高く、フランスで84%、ドイツで82%だった。日本でも77%と高かった。米国では59%。共和党の大統領候補に内定したジョン・マケイン上院議員への信頼度は米国の60%が最も高く、日本では40%だった。

 日本が寄せる米国への関心が親米的なら、もう少しマケインへの信頼度が高いのではないかな。なんとなく反米=反ブッシュ=オバマ支持みたいな浮かれ気分に日本も載せられているだけじゃんじゃないか、印象過ぎないのだけどね。ごりっと考えるなら、民主党のように保護貿易主義をガナリ立てることのない、共和党のマケインのほうが日本の国益にかなうのではないかな。
 調査のネタを孫引きで続ける。

 一方、8月の北京五輪を控えた中国に関する質問では、好感度が欧州を中心に下がり、特にフランスでは前年の47%から28%に下がった。チベット騒乱への中国の強権的な対応やパリでの聖火リレーの混乱と、調査時期が重なったことが要因とみられる。
 中国に対する好感度が最も低かったのが日本で14%だった。02年には55%だったが、日本国民の中国への好感度は大幅に下がっていることになる。

 これはへえと思った。へえというのは、親中度が4年のうちに55%から14%に落ちるって、それはないんじゃないの。いや、フランスでも一年で20%落ちるから不思議ではないか。中国工作員もいろいろ日本でご活躍だと思われるけど、もう少しがんばれよというか、本当に親中になる日本人の選抜を変えてみたほうがいんじゃないのか。国内報道されていないオリジナルデータを見ると日本人の嫌中度の突出は、これは、ちょっとどうかと思うぞ。

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 この話題、韓国から見るとどうか。東亜日報”韓国民70%「米国に好感」 調査24ヵ国で最も友好的 ”(参照)より。


英国、フランス、中国、日本、エジプト、メキシコなど世界24ヵ国の中で韓国国民が米国に対し最も友好的な態度を持っているという世論調査結果が出た。

 もっと昨今の韓国状況、例えば”「反政府闘争に変質したろうそく集会が残念」…ネチズンの声”(参照)読むと、親米なのかな韓国はというか、考えさせられる。
 親米ということでは。

今回の調査で、米国に対する好感度は、韓国に続いてポーランド(68%)、インド(66%)、タンザニア(65%)、ナイジェリア(64%)の順で高かったし、一番低い国家はトルコ(12%)だった。

 そりゃそうでしょという顔ぶれのようでいながら、トルコの低さはちょっと驚く。
 さて、ネタ元記事は、”Global Economic Gloom -- China and India Notable Exceptions”(参照)。さらに詳細は”Pew Global Attitudes Project: Overview: Global Economic Gloom - China and India Notable Exceptions”(参照)からPDF形式でダウンロードできる。さすがにオリジナルは味わい深い。
 先に韓国民70%は「米国に好感」とあるけど、この比率はこの一年で12%アップしている。日本のほうがどうかというと、昨年は61%で今年は50%。落ちている。でもこの水準は英国と同じくらいなので、ある意味、日本は対米的には成熟しているともいえるのかもしれない。
 してみると、大統領選挙への日本の関心も成熟度の一環なのかもしれない。また、日本からのマケイン評価は低そうにも思えたが、これは各国なみ。
 米国の世界経済への影響をどう見るかだが、日本は欧州とあまり変わらない。そんなものかと見ていくと、トルコも日本と似ている。トルコって何考えているんだろうか?

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2008.06.12

秋葉原無差別殺傷事件、雑感

 秋葉原で8日に起きた7人の殺害事件は、報道などを見ていると、「無差別殺傷事件」と呼ばれているようだ。地名をつけて「秋葉原の無差別殺傷事件」と呼ばれることも多い。いずれにせよ、この事件を特徴付けるのは「無差別殺傷」なのだろう。
 7人の死者に哀悼の意を捧げたい。
 私はこの事件についてはよくわからない。あまり考えたくないというのが心情に近いかもしれない。多少意外に思えたのは、ネットなどで多少犯人への共感のようにも思える意見をなんとなく散見したことだ。この点についても、つまり現在の若い世代と現代日本の社会状況についても、率直なところ私はよくわからないと思った。また、今回の犯罪をインターネットや匿名掲示板に関連つけた議論も新聞などで見かけた。これもそういうものだろうかとぼんやりと思ったがそれ以上の感想はない。
 このエントリを書き出すとき、たまたま、哲学者の東浩紀が朝日新聞の寄稿”絶望映す身勝手な「テロ」 秋葉原事件で東浩紀氏寄稿”(参照)を見たのだが、そこではこう書かれていた。


 筆者は一報を自宅でネットで知った。第一印象は「ついに起きたか」だった。

 私には、「また起きたか」が第一印象だった。それは後で触れる。東はこう続ける。

 むろん、事件発生を予想していたわけではない。しかし最近の秋葉原については物騒な報道が相次いでいた。パフォーマンスが過激になり、規制強化が囁(ささや)かれていた。
 他方で若い世代のあいだでは、日本社会への絶望や不満が急速に高まっていた。昨年の論壇の話題は「希望は戦争」と語る若手論客の登場だった。そして、アキバ系と言われる若者文化の担い手と、絶望した労働者やニートの層は、意外と重なっていた。

 つまり、秋葉原という劇場的な場所という要因と、絶望する若者という2つの要因でこの事件を見ているということなのだろうと思う、という理解に自信はないのだが。
 さて私はといえば、9年前の事件のことを思い出していた。1999年9月8日、池袋で起きた殺傷事件だ。私のように記憶に鮮明にある人も少なくはないだろう。それでも、10年近い年月が経つので、リアリティをもって想起できるのは30歳以上の人になるのかもしれない。同日読売新聞”東京・池袋で通り魔、8人刺し1人死亡 包丁と金づちで 23歳男を逮捕”によると、事件の概要はこう報道された。

 八日午前十一時四十分ごろ、東京都豊島区東池袋一の路上で、包丁と金づちを持った若い男が買い物客らに次々と襲いかかり、少年や老人ら男女計八人が腹や胸を刺された。八人は近くの病院に運ばれたが、六十六歳の女性が左胸を刺されて間もなく死亡。二人が重傷、五人が軽傷。男は通行人に取り押さえられ、通報で駆け付けた警視庁池袋署員に殺人未遂で現行犯逮捕された。

 現場は池袋の東急ハンズ前。繁華街といっていいだろう。死者は二人だったが、二人で済んだのは、どちらかといえば偶然であり、被害低減は取り押さえた通行人の功によるところも大きい。
 状況はこう報じられている。

 警視庁によると、男は自称住所不定、無職造田博(ぞうた・ひろし)容疑者(23)。
 造田容疑者は、凶器を手に東急ハンズから池袋駅方面に向かって走りながら、通りがかった買い物客らに襲いかかった。途中、包丁を投げ捨てたが、片手に金づちをふりかざして、さらに通行人に襲いかかった。

 取り押さえられた犯人はこう語ったとされている、同日紙面”東京・池袋の通り魔「だれでも殺してやる」 昼の繁華街、血まみれ 震えるOL”より。

 「相手はだれでもよかった。だれでも殺してやろうと思った」「仕事がなくてむしゃくしゃしていた」
 殺人未遂の現行犯で逮捕された造田(ぞうだ)博容疑者(23)は、取り調べにそう供述したという。

 翌日の読売新聞社説”余りにも理不尽な通り魔殺人”ではこの事件をこう論じている。

 「相手はだれでもよかった」「だれでも殺してやろうと思った」
 東京・池袋の繁華街で白昼、通りがかりの八人に、刃物や金づちで次々と襲いかかり、女性二人を死なせ、六人に重軽傷を負わせた造田博容疑者(23)は逮捕後の調べに、そう供述した。
 動機は「仕事がなくなり、むしゃくしゃしていた」ためだったという。
 余りにも身勝手な犯行だ。


 まさにいわれのない被害である。
 警察庁によると、こうした通り魔殺人や殺人未遂事件は、過去十年間に全国で五十件発生し十六人の尊い命が奪われている。痛ましいかぎりだ。
 その被害者の多くは、子供やお年寄り、さらには女性といった「弱者」だ。
 容疑者らは一様に「だれでもよかった」と言うが、その実、もっぱら「弱者」をねらった陰湿で卑劣な犯行だ。

 1999年時点でその過去の10年間に通り魔殺人や殺人未遂事件が50件あり、16人が殺害されたとのことだが、では、この事件以降の10年近い日々ではどうだったのだろうかと思った。機会があったら調べてみたい。
 新聞社の社説というものは、それなりに事件の社会的意味を語らなくてはならない。この9年前の事件はどのように語られたか。

 確かに、近年の犯罪は、以前に比べ凶悪化、粗暴化、陰湿化してきている。
 豊かさの反面で、長引く景気低迷と失業率の増大を背景として指摘する声がある。事実はどうあれ、造田容疑者も職を失ったことを犯行の動機に挙げている。
 また、地域社会のつながりの薄さが、防犯意識や犯罪抑止機能の低下を招いているとの分析もある。その結果、青少年を中心に、社会全体に「規範意識」が希薄になっているというのだ。
 さらには、家庭や学校の教育機能の低下も見逃せない。
 他人への思いやりや他人の痛みに対する想像力の欠如が広がってはいないか。
 昨年の毒物混入事件の連鎖や今回の事件に見られるように、不特定多数の人を対象にした犯罪の多発はそうした表れだ。

 1999年に「不特定多数の人を対象にした犯罪の多発」と語られている。そして、それを社会の問題と結びつけていた。

 造田容疑者は、高校を中退した後、職業を転々としており、会社に勤めてもせいぜい一年余りしか続かない。直前まで働いていた新聞販売店でも、四か月余り勤務したところで、突然、無断欠勤してそのまま行方がわからなくなったという。
 今回の犯行はあくまで個人の問題だが、「辛抱」や「我慢」といった訓練ができていない今日的な若者像を感じる。
 「むしゃくしゃした」こととこれだけの重大犯罪との間には飛躍があり過ぎるが、これもまた今日的犯罪の特徴だ。
 身勝手で理不尽な犯行――。
 憤りと同時に、社会の有り様も問われているような気がしてならない。

 私はこの事件をリアリティをもって想起できるとしたが、犯人が新聞販売店で働いていたことは失念していた。
 読売新聞は9年前には、辛抱や我慢といった訓練ができていない今日的な若者像としてこの若い犯罪者を描いていた。
 この事件では、別側面で失念してはいけないことがある。最初の記事の断片だが、殺傷のあとこういう展開があった。

 その直後、「だれか捕まえてくれ」と叫びながら追いかけてきたスーツ姿の男性が造田容疑者に追い付き、電気器具を投げつけるなどして同容疑者ともみ合いになったが、造田容疑者は男性を振り払って、池袋駅方面へいったん逃走した。

 そして通行人に取り押さえられた。1999年9月11日読売新聞記事”東京・池袋通り魔事件 「夢中で取り押さえた」 大阪の会社社長ら会見”より。

 不動産会社社長木村昌二さん(51)、同副社長松山英樹さん(36)、不動産管理会社社長大崎哲也さん(31)、同専務小西満さん(39)。
 当時、木村さんら四人は現場前にある視察先のパチンコ店内入り口付近にいた。
 四人によると、腰から血を流した若い女性が、苦しそうな様子でパチンコ店内に入って来て、抱きかかえていた夫らしい男性が「刺された」と言った。四人は店外に飛び出した。犯人らしい男がだれかともみあっているのが見え、近くにいた男性らと一緒に、地面に押さえつけた。

 事件はその後、裁判で被告の責任能力が争点となり、弁護側は「統合失調症による妄想に支配されていた」と主張した。が、一、二審はいずれも責任能力を認め死刑判決となり、昨年4月19日最高裁で上告棄却され死刑が確定した。
cover
池袋通り魔との
往復書簡 (小学館文庫)
青沼陽一郎
 この事件における責任能力の扱いはすでに最高裁の判断が出ているのだが、被告が統合失調症でなかったかというとそれはまた別の議論にはなるように私には思える。いや、私のこの事件の印象にすぎないが、精神的な病理の影を見たいという心情は多少ある。
 もし、それがない通り魔殺人というのものがあるとしたら、どこかに相応の精神的な病理のツケは社会に回るのかもしれないともなんとなく思うのだが、その印象はやや妄想に近いのかもしれない。

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2008.06.10

「嘘つきブッシュ」という物語

 タッチーな話題だし、みすみす誤解されるような話題に首をつっこむのもなんだが、これもいろいろ思うことがあったので少し書いてみたい。話は、米上院情報特別委員会(the Senate Intelligence Committee)が5日に採択した上院報告書だ(参照PDF)。
 日本国内で話題になったかどうかざっと見たところは確認できなかったが、英米圏の報道からは、よりディテールが報告されているものの、大筋では2006年に出された最初の報告書とはそれほど変わっていないような印象を受けた。そちらは読売新聞”米上院報告書、イラク開戦前の機密情報を全面否定”(参照)で邦文で読むことができる。


米上院情報特別委員会は8日、イラク戦争の開戦前に米政府が持っていたフセイン政権の大量破壊兵器計画や、国際テロ組織アル・カーイダとの関係についての情報を検証した報告書を発表した。
 報告書は「フセイン政権が(アル・カーイダ指導者)ウサマ・ビンラーディンと関係を築こうとした証拠はない」と断定、大量破壊兵器計画についても、少なくとも1996年以降、存在しなかったと結論付けた。

 今回の報告について、6日付けロサンゼルスタイムズ記事”Senate Intelligence Committee rebukes Bush, Cheney on prewar claims”(参照)では、委員長のロックフェラー上院議員(John D. Rockefeller IV)がタイトルに合わせたかのように、あたかも批判しているかのような顔面クローズアップ写真も掲載されている。実は、それが私の心にひっかかった部分なのだが後で触れる。
 ロサンゼルスタイムズ記事の話の大筋にはそれほど目立ったことはない。イラクとアルカイダの関連はなく、ブッシュ大統領とチェイニー副大統領は批判されるみたいなことが書かれている。

WASHINGTON -- In a long-delayed report, the Senate Intelligence Committee on Thursday rebuked President Bush and Vice President Dick Cheney for making prewar claims -- particularly that Iraq had close ties to Al Qaeda -- that were not supported by available intelligence.

 リードは多少興味深い。叱責にも関わらず処罰的な展開はないらしい。

The panel's reproach, the most pointed on pre-invasion intelligence, doesn't call for penalties or a follow-up inquiry.

 今回の報告書のディテールについて、「ほぉ」と思うことがあるにはあった。備忘を兼ねて引用しておくが、全体像の理解は後日すべてが歴史になってから考えなおしたい。

The second report focuses on secret meetings Defense Department officials held with an Iranian exile, Manucher Ghorbanifar, who had been a middleman in the Iran-Contra arms-for-hostages scandal of the 1980s and was shunned by the CIA as unreliable and untrustworthy.

The meetings, which took place in Rome and Paris in 2001 and 2003, have been a source of intrigue since they were first disclosed, with speculation that they were part of a broader effort by the Pentagon to usurp the role of the CIA.


 ロサンゼルスタイムズの記事はどこかしら歯切れが悪いというか、率直なところなぜもっとばっさりとブッシュ政権批判にならないのだろうかという印象はある。
 上院報告書を扱った、6日付けニューヨークタイムズ社説”The Truth About the War”(参照)は舌鋒鋭いようにも見える。

It has taken five years to finally come to a reckoning over how much the Bush administration knowingly twisted and hyped intelligence to justify that invasion. On Thursday --- after years of Republican stonewalling -- a report by the Senate Intelligence Committee gave us as good a set of answers as we’re likely to get.

 ブッシュ政権は、情報をねじ曲げごまかして侵略を正当化したというのだ。

The report shows clearly that President Bush should have known that important claims he made about Iraq did not conform with intelligence reports. In other cases, he could have learned the truth if he had asked better questions or encouraged more honest answers.

 ブッシュ大統領は真実を知るべきだったし知ることが可能だったというのだが、英文の言い回しにややキレがない。
 ニューヨークタイムズは共和党も批判する。

The report was supported by only two of the seven Republicans on the 15-member Senate panel. The five dissenting Republicans first tried to kill it, and then to delete most of its conclusions. They finally settled for appending objections. The bulk of their criticisms were sophistry transparently intended to protect Mr. Bush and deny the public a full accounting of how he took America into a disastrous war.

 報告書を支持した共和党委員は7名中2名。5名は当初廃棄しようとし、次に結論を削除しようとした。が、結局反対意見の追加に終わった。
 私はこのあたりで、ニューヨークタイムズの意見は共和党委員の意見を単純化しすぎているのではないかという疑念を持った。
 結語はこう。

We cannot say with certainty whether Mr. Bush lied about Iraq. But when the president withholds vital information from the public --- or leads them to believe things that he knows are not true -- to justify the invasion of another country, that is bad enough.

 ニューヨークタイムズ社説は、ブッシュ大統領はイラクについて嘘をついたのだと断言はできないとする。糾弾点は、そして、情報を隠蔽したこと、誤りを国民に信じ込ませようとしたことだとする。
 総じて通常より長めの、このニューヨークタイムズ社説のキレは悪い。単純なところ、ブッシュは嘘つきだとなぜ断言できないのだろうか。それはそれなりの理由があるのだろう。
 こうしたもやもやしたものを解いたのが、ワシントンポストに寄稿されたレッド・ハイアットのエッセイ”'Bush Lied'? If Only It Were That Simple.”(参照)だった。表題が振るっている、「ブッシュは嘘つきか? だったら話は単純だよな」。
 ハイアットはヒューモラスに切り出す。ネットを検索すれば、ブッシュは嘘つきだグッズが溢れている。だが、実際に報告書を読んでみな、というのだ。

But dive into Rockefeller's report, in search of where exactly President Bush lied about what his intelligence agencies were telling him about the threat posed by Saddam Hussein, and you may be surprised by what you find.

 読んだら驚くよ、と。

On Iraq's nuclear weapons program? The president's statements "were generally substantiated by intelligence community estimates."

On biological weapons, production capability and those infamous mobile laboratories? The president's statements "were substantiated by intelligence information."

On chemical weapons, then? "Substantiated by intelligence information."

On weapons of mass destruction overall (a separate section of the intelligence committee report)? "Generally substantiated by intelligence information." Delivery vehicles such as ballistic missiles? "Generally substantiated by available intelligence." Unmanned aerial vehicles that could be used to deliver WMDs? "Generally substantiated by intelligence information."


 今日ブッシュ政権が糾弾されている部分、つまりニューヨークタイムズ社説が誤りだったと批判することの大半は、報告書の判断では、当時の情報によれば十分に裏付けがある(substantiated)とされている。
 確かにブッシュ政権が未来を見通せるほど賢かったら、こんな歴史にはならなかったのかもしれないが、当時の状況下では、そう異常のことではないと評価するのも、それほど不思議なことではないのではないか。いや、私の意見を押しつけるのではなく、単に保守派のコラムを真にうけているじゃないかということでもなく、少なくともそれが今回の報告書の結果だったわけだ。
 ハイアットはさらに、委員長ロックフェラー上院議員が2002年に述べた言葉を引用している。

After all, it was not Bush, but Rockefeller, who said in October 2002: "There has been some debate over how 'imminent' a threat Iraq poses. I do believe Iraq poses an imminent threat. I also believe after September 11, that question is increasingly outdated. . . . To insist on further evidence could put some of our fellow Americans at risk. Can we afford to take that chance? I do not think we can."

 たしかにこの言葉を読めば、ブッシュとたいして変わらないではないかと思う。民主党の代表であるかのように見える彼でもそうだったのだ。
 ハイアットの結語はこう。

For the next president, it may be Iran's nuclear program, or al-Qaeda sanctuaries in Pakistan, or, more likely, some potential horror that today no one even imagines. When that time comes, there will be plenty of warnings to heed from the Iraq experience, without the need to fictionalize more.

 次期大統領は、今日から想像できない危機に及んだとき、イラク戦争から学ぶことは多いだろうが、その際には、これ以上の虚構化をしないでくれ、とハイアットは言う。虚構化とはブッシュ大統領を単に嘘つきにして終わりにせるなという含みがあるのだろう。
 私としては、イランの危機なんてないだろうし、アルカイダが諸国家を揺るがすような深刻事態も引き起こさないだろうと思うので、この手の話はそれはそれで煽りのような印象も受ける。

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2008.06.09

米国の時代が終わるという話の奇妙な含み

 話は昨日のエントリ「極東ブログ: アラブ諸国の若者人口構成が抱える爆弾」(参照)に関係して、今週の日本版ニューズウィーク6・11には国際版編集長フォード・ザカリアによる「アメリカ後の世界を読む(The Rise of the Rest)」という長めのエッセイについて。

cover
The Post-American World
Fareed Zakaria
Audiobook Version
 このエッセイはは近著”The Post-American World”(参照・オーディオブック)のサマリーともいえる。例によって英文は無料で読める(参照)。現代の世界をかなりざっくりと描いているので、大学生とかビジネスマンの人は読んでおくよいのではないかと思う。
 話はどうか。端的にいえば、米国の時代は終わるということ。そしてどうなるのか? 田中宇のいうような多元的な世界になるのか。
 ザカリアの考察には大統領選挙による米国の変化の可能性は含まれていない。この時期に出すのだから、なんらかの意味が合いがあると考えてよいのだろうが、そこは読み取りづらい。強いて言えば保護主義への牽制だろう。
 議論の起点は米国人の内省にある。イラク戦争の泥沼化や金融危機といったことから、意気消沈しているが、もっと深い問題があるとザカリアは説く。

 アメリカ人の不安はより深いところに根ざしている。不安を生んでいるのは、秩序を乱す大規模な嵐が世界で吹き荒れているという感覚。ほぼすべての産業や、生活のあらゆる面で、アメリカ人の今までの常識が通用しなくなっているようだ……。
 しかも、今の世界では、アメリカは脇役に回っているらしい。


 アメリカ人は、いまだに反米主義の実態や度合いについて論じている。一部の人々は、反米感情の高まりは深刻かつ憂慮すべき問題であり、信頼回復が必要だと訴える。その一方で、影響力が大きければ反感を買って当然、反米感情の多くは嫉妬の裏返しだから無視してかまわないという声もある。

 日本から見ていても、たしかにそのように見える。でも、ザカリアは、「反米」が終わったと言う。もちろん、それがまた米国が世界の中心に来るという意味ではない。逆で相対的には米国は弱くなる。
 だが、イメージと実態は違う。

 米メリーランド大学の研究チームは組織的な暴力による死者数を記録してきた。そのデータによれば、80年代半ば以降、世界的にみて戦争は減少しており、組織的な暴力については現在、50年代以降で最低のレベルにある。

 見方にもよるし異論もあるのだろうが、この先に引かれる、現在は「人類史上最も平和な時代」という評価は妥当だろう。
 だが、そう思えないという感覚はある。なぜか。

 にもかかわらず、なぜ今は怖い時代だと感じるのか。情報量が爆発的に増えているのが一因だろう。


 情報革命が起きたのは最近のことだから、報道する側も、ニュースを受け取る側も、あふれる情報との付き合い方をまだ模索している段階にある。

 つまり、情報と実態がずれている。私見を挟むが、現在は、生活の実感のようなものがメディアに吸い取られるような状況である。

 無差別で残酷なテロは、そのニュースに接した多くの人々に心理的なダメージを与える。「自分が犠牲者になっていたかもしれない」と思いがちなのだ。実際には、テロで死ぬ確率は極めて低い。

 ある社会的なファスが起きるとそこはなかなか通じなくなるものだが。
 軍事的な脅威について、ザカリアはこう指摘する。

 中国とロシアがアメリカに敵対姿勢を取ったところで、その脅威のレベルは知れている。ロシアの軍事費は350億ドル相当にすぎず、アメリカの5%だ。中国はアメリカに到達する核ミサイルを約20基保有するが、アメリカには中国を射程に収めたミサイルが830基(大半が多弾頭)ある。

 ザカリアはただし、台湾近海の軍事バランスなどは論じない。あくまで米国民向けの記述だからだ。
 以上はしかし、ある程度世界を見る人にとっては当たり前のことだが、以下は私でも、少しへえと思った。

 サウジアラビアやペルシャ湾岸の新興の非民主主義国家は、いずれも親米国だ。アメリカの軍事力に守られ、アメリカの兵器を購入し、米企業に投資しており、多くの場合、アメリカの言いなりになる。イランが中東で影響力を拡大しようとすれば、アメリカがわざわざ反発を招くような政策を取らない限り、これらの国々は親米色を強めるだろう。

 これは、見方を変えれば、その国々の民主化を構造的に抑制しているのが米国だし、少しものを考える人なら、日本も同じだなと気が付く。
 さらにへえと思ったのはそこまで言い切ったかというこれだ。

 あるいはイラク戦争。この戦争はイラクに長期にわたる混乱と機能不全を引き起こしている。200万人以上の難民が近隣諸国にながれ込み、当然ながら政治的な危機がこれらの国々に波及すると予想された。だが、ここ数年中東を旅して回った私は、イラク紛争がこの地域の安定にほとんど影を落としていないことに驚いた。

 そんなのはザカリアの個人的に印象に過ぎないと言うこともできるし、反例を挙げることもできそうだが、問題はその反例の規模だろう。総じて見ると、ザカリアの印象のように、中東は安定していると見てよいのではないか。
 ザカリアはこうした議論を進めながら、諸国のナショナリズムの台頭と米国の規範化(率直に言って米国はダブルスタンダードだった)を説いている。
 私としては奇妙な感じだ。日本から見るかぎり、依然米国の時代は終わってないと認識してよさそうな印象があるからだ。

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2008.06.08

アラブ諸国の若者人口構成が抱える爆弾

 気になっていたのだがこれもどう考えていいのか難しく、時を過ごしていた。が、昨日「極東ブログ: イスラエル・シリア平和交渉についての日本版Newsweekの変な記事」(参照)を書いたとき、シリアの内情についてあることが気になっていた。それが、シリアの政治状況に直接繋がるというわけでもないので、そこが言及するにためらう点だ。が、ブログなんで少し気楽に書いてみようかなと思う。
 気になったのは、シリアの若者の状況だ。シリアの人口構成と就労はどうなっているのか。資料としては少し前のものになるが、ジェトロのサイトアジア経済研究所 - 出版物・報告書 - 海外研究員レポート””(参照)にある、”シリア 『ダマスカス現地事情(1)(高橋理枝)』 2006年9月 ”(参照PDF)には次のようにある。


 シリアは20 歳未満が人口の約半数を占めており、増大する若者人口に対して十分な職を提供できない状態にある。失業率は国全体で12.3%(2004 年)だが、特に若年層の失業率が高い。全失業者の26.6%を15-19 歳が、34.3%を20-24 歳が、25-29 歳を18.2%が占め、これらを合わせると失業者の約80%が30 歳未満となる。


 JOBFAIR は主に大学卒業生や職業経験のある若者を対象としているが、シリアの高等教育のGrossenrollment Ratio は10%強に過ぎず、失業者の多くは実は教育レベルが低い層に集中している。例えば2004 年のデータでは、“読み書きができる”が全失業者の31.5%、“小学校卒”が27.5%で、両者が失業者の半数以上を占めることになる。他方大卒は失業者の2.6%を構成するに過ぎない。民間企業の求人では大卒が条件とされることが多いことを考えると、失業問題として深刻なのは実際には教育レベルの低い若者ということができるだろう。シリアの失業問題の解決のためには、JOBFAIR のような試みに加えて、教育レベルの低い若者に対する対策が別途必要であるように思われる。

 ポイントは、シリアは20歳未満が人口の約半数を占めていること。それだけなら、若い人々の溢れる国家と言っていいかもしれないが、問題はその就労だ。12・3%の失業者に占める30歳未満が80%というのは問題は問題だろう。ただし、絶対数として若者が多いのだから若者の失業者も多いと言えるのかもしれない。
 シリアの人口動態が気になったのは、3日付けのフィナンシャルタイムズ社説”Demographic time-bomb in Mideast”(参照)のことが心にひっかかていたからでもあった。

The bombs and the bluster in the Middle East are tediously familiar. Less so is what is arguably the most daunting strategic challenge facing the Arab countries: the youth bulge.
(中東における爆弾の破裂はうんざりするほど慣れてきた。だが、アラブ諸国が直面する、最も気落ちさせる挑戦には異論はすくない。つまり、若者の急増である。)

As a special report in the Financial Times this week spelled out, up to two-thirds of Arabs are under 25 and more than one in four have no job, in a deeply troubled region with the world's worst employment rate. A World Bank study on the Middle East and North Africa five years ago reckoned the region would need to create 80m-100m jobs by 2020.
(今週のフィナンシャルタイムズ特報によると、アラブ諸国の3分の2までもが25歳以下であり、無就労は4分の1を超え、世界最悪の雇用率による深刻問題地域となっている。5年前の世界銀行による中東・北アフリカに関する研究では、この地域には2020年までに8000万から1億人の雇用創出が求めらるとしている。)


 このアラブ諸国が主にどこを指すかというのがややぼんやりとしてはいるが(後半にはエジプトの状況が言及されてはいる)、シリアもまた同構造にある。
 フィナンシャルタイムズは、この問題はアラブ諸国だけの問題ではなく世界の問題だ(not only for the region but for the world)と、さらにそれは経済の問題だけではない(That sea change is not just about economics)として毎度ながらの欧米的な民主化や自由化の理想が語られるのだが、単純にいってかなり難しいだろう。

The dominance and vested interests of the military and the intelligence services ultimately kill innovation and entrepreneurship in the same way the education system inhibits critical thinking and initiative. Importing technology is fine but ultimately these countries need the educational rigour that produced it.
(軍部の専制と広範な権益に加え、諜報業務は革新と起業家精神を徹底的に圧殺するし、それはこの教育制度が批判的思考と主導性を抑制するのと同じだ。技術移転はよいとしても、これらの国々はそれを生み出す教育的活力が必要になる。)

 フィナンシャルタイムズとしては、国民国家の教育レベル(たぶん女性解放も含まれているのではないかと思う)が向上しなくては、技術移転も投資も成果をもたらさないとみている。それはそうなのだろうというのと、その理念はかなり机上の空論のようでもある。
 今後はどうなるのかわからないが、産油国と非産油国の差は出てくるだろう。また、アラブ諸国と一括できないような政治的・軍事的な対立がさらに悪化させることにはなるだろう。
 欧米の理念がこのフィナンシャルタイムズ的なものであっても、実態としての欧米諸国はこれまでアラブ諸国をそうした状況に縛り付けておくほうが利益になっていた。さらに皮肉もある。
cover
The Post-American World
Fareed Zakaria
Audiobook Version
 今週の日本版ニューズウィーク6・11には国際版編集長フォード・ザカリアによる「アメリカ後の世界を読む(The Rise of the Rest)」という長めのエッセイがある。近著”The Post-American World”(参照・オーディオブック)のサマリーともいえる。ここではポスト米国時代を楽観的に描くのだが、アラブ諸国をこう見ている。

 サウジアラビアやペルシャ湾岸の新興非民主主義国家は、いずれも親米的だ。アメリカの軍事力に守られ、アメリカの兵器を購入し、米企業に投資しており、多くの場合、アメリカの言いなりになる。イランが中東で影響力を拡大しようとすれば、アメリカがわざわざ反発を招くような政策を取らないかぎり、これらの国々はますます親米色を強めるだろう。

 それは現実認識だし、実際のところ、オイルマネーを介した欧米色の影響力の結果なのだろう。これがどれほどか、フィナンシャルタイムズ記事の理想とそぐわないことかと思う。そしてその矛盾は欧米諸国にあるし、日本もまたその一部になっている。

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2008.06.07

イスラエル・シリア平和交渉についての日本版Newsweekの変な記事

 創刊号から日本版Newsweekは読んでいるのだけど、この記事くらい変な感じがしたのはない。悪い記事とか間違っているとか即断するわけではない。該当記事は今週号(6・11)”ゼロからわかる中東新秩序 イスラエル---シリア平和交渉、レバノン騒乱収束……激変の裏にある思惑は(The Syrian Effect)”である。カバーでは「5分でわかる中東新情勢」とあるので、この複雑怪奇と言える問題がすっきりわかるかというと、皆目わからない。もちろん、私がアンポンタンだというのは大いにありうる。
 一番変な感じがしたのは、記者を責めるわけではないのだが、芹澤渉、ジョアナ・チェン(エルサレム支局)とある点だ。エルサレム支局の記者が単独で英語で書く記事というのはわかるのだが、芹澤記者としてのポジションはなんなのだろうか。芹澤記者は英語で取材にあたったのだろうか。たぶん、記事を読むと分かるが日本の識者インタビュー部分ではないかと思う。
 そもそもなぜこの記事が日本版Newsweekに掲載されたのだろうか。私の見落としかもしれないが、この記事の英語版は存在しない。たぶん、見落としではなくべたに存在しないのではないだろうか。というのは欧米圏で中東問題について日本の識者のコメントを必要とすることは、たぶんないだろう。
 それ以前に、5月21日時点で本家のNewsweekには”A Huge Day: How Israel-Syria Talks Could Affect Iran Ties”(参照)という記事がある。記者はKevin Peraino(Newsweek Web Exclusive)ということなのでWeb版ということかもしれない。こちらの内容は、前イスラエル大使アロン・リエル(Alon Liel)のインタビューが中心だ。
 いずれにせよ、どういう理由でこの日本版の記事が作成されたのか、どうも変だという感じがする。もちろん内容がよければそれでもよいのだが、内容も、変だ、と私は思う。
 その前に、まず、何が問題なのか。
 問題提起自体は日本版記事が外しているわけではない。


 「シリアとの関係を見直すと同時に、和平の可能性も再検討しなければならない」---イスラエルのエフド・オルメルト首相が本誌にこう語ったのは5月初旬のこと。それから数週間。オルメルトの発言を裏付けるかのように、二つの激震が中東を走った。

 二つの激震と言ってよいだろう。一つは、イスラエルとシリアがトルコ仲介の下で極秘に平和交渉を進めていたこと。もう一つは、国家崩壊の危機とまで見られていたレバノンで与野党の妥協が成立し、ミシェル・スレイマン大統領が誕生したこと。
 二つは関連があるだろうが、このエントリでは一点目に注目したい。

 イスラエルと敵国のシリアが正式に交渉するのは00年以来、8年ぶりのこと。当時は、イスラエルが67年の第3次中東戦争でシリアから奪ったゴラン高原の帰属をめぐり物別れに終わった。だが今回は、シリアが同盟国イランやパレスチナのイスラム原理主義ハマス、レバノンのシーア派組織ヒズボラといった安全保障上の脅威を関係を断つことを条件に、イスラエルもゴラン高原の返還で譲歩する構えを見せている。

 説明は間違いではないのだが、奇妙な陰影はある。
 いずれにせよ、シリアにとってハマスとヒズボラを切ってまでゴラン高原返還に意味があるかということだ。イスラエルにしてみると、逆にゴラン高原占領を維持するより、シリアとハマス及びヒズボラを切り離すメリットということになる。たぶん、イスラエルのメリットは先のヒズボラ戦を想定すればわかりやすい。
 シリアのメリットがどのように説明されるのか。そこがたぶんこの展開のツボなのだろう。
 が、同記事は、なぜかこう展開する。先日のブッシュ大統領の中東歴訪が空振りになったということに続けて。

数日後、アメリカの意に反するシリアとイスラエル和平交渉が明るみに出た。「アメリカがイスラエルの和平交渉でかやの外にいるのは新しい現象だ」と、東京外語大学の青山弘之准教授(現代シリア・レバノン政治)はいう。

 単純にそうなのか? というか、冒頭の疑問に戻るがなぜ、識者とはいえ日本人が登場するのだろうか?
 しかも本家Newsweek記事ではアロン・リエル元大使にこう語らせている。

NEWSEEK: Is this the real thing?
Alon Liel: I think it's a breakthrough.

Do you think this was done with an American blessing?
I think it was coordinated with the Americans. The fact that the three leaders agreed on the Madrid framework means that the Americans will be a part of it. Not only would the Americans be involved, but the Palestinians. The leaders see the talks as including the Syrians and the Palestinians, which is very, very meaningful.


 端的に、今回の交渉は米国によるものだとしている。
 しかも、これが米国が関与するのマドリード平和合意の枠組みだとしている。
 青山とリエルの意見は折衷点がない。どちからが正しく、どちらかは間違っている。そして日本版Newsweekはリエルの意見をなぜか掲載しない。
 流れも奇妙だ。

11月の米中間選挙で共和党が敗れてブッシュ政権がレームダック(死に体)になったことで、シリアの地位は向上。イスラエルはそれまでの軍事力に頼った政策から交渉へと軌道修正したと、青山は指摘する。
 今回明らかになった交渉が07年2月から水面下で行われてきたも、こうした流れのなかでのことだという(ただし07年9月には、シリアが核開発をしているとしてイスラエルが同国を空爆した)。

 青山説では、共和党が議会で弱まったためにイスラエルが米国を見限って、アメリカを頼まず独自にシリアと交渉に入ったというのだ。
 そうなのだろうか。核施設空爆の情報の流れや、トルコが主導の秘密交渉を米国が知らないわけもないだろうし、まして、アロン・リエル元大使は逆の主張をしている。さらに、トルコはこの間、クルド問題で非常に微妙な立ち位置にあった。
 話が多少前後するのだが、実はこの秘密交渉は秘密でもなんでもなかったうえに、アロン・リエル元大使が重要な意味をもっている。2007年2月7日読売新聞記事”イスラエル元大使、対シリア秘密交渉認める 「スイス政府が仲介」”が邦文で読める。

 【エルサレム=三井美奈】敵対するイスラエルとシリアが昨年7月までの2年間、秘密交渉を行っていたことを、イスラエルの交渉担当者だったアロン・リエル元駐トルコ大使が5日、本紙との会見で認めた。リエル氏は「交渉はスイス政府の仲介で行われた」と述べ、シリアのアサド政権が孤立脱却をめざし、正式な和平交渉を再三求めていたと明かした。

 ただしこれは読売の国際的なスクープではなく、イスラエル紙ハアレツの報道を読売新聞が広報したという含みが強い。
 この話は非常に重要なのでさらに引用したい。

 リエル氏によると、交渉を求めたのはシリア。2004年1月、同氏が友人のトルコ政府高官から「アサド大統領がトルコ首相にイスラエルとの交渉仲介を求めている」と連絡を受けた。イスラエル政府に打診し、スイス政府の仲介で非公式交渉の開始が決まった。
 シリア側代表は米国在住の元大学教授。アサド大統領とも近い人物で、1990年代のシリア―イスラエル和平交渉の代表団の一員だった。「スイス高官がシリア外務省に出向き、交渉代表だと直接確認した」上で、会談は04年9月に始まり、主にスイスのホテルで7、8回行われた。シリア側代表がイスラエル入りし、外務省高官と会談したこともあるという。

 いろいろな含みがある。
 まず、この「秘密交渉」は、2004年から始まっている。なので、青山説の米中間選挙共和党敗北とはまず関係ないと見てよい。なぜこんな話が混入しているのか不思議なほどだ。
 次に、この交渉はシリアが求めたものだ。なのでシリア側のなんらかの困窮が基本にあり、むしろ、イスラエルとヒズボラの06年の戦闘も直接的な要因ではない。
 米国も深い関与がある。

 シリア側は、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で占領したゴラン高原の返還を強く求め、リエル氏が示した「高原を公園として非武装化し、イスラエル人の出入りを認める」譲歩案も受け入れた。この案は05年初め、会談に同席していた米国人研究者が覚書にまとめ、書き直し作業が続いた。交渉は昨年7月のイスラエル軍とレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの交戦で中断した。

 覚え書きのまとめは、「会談に同席していた米国人研究者」によるというのだが、米政府がそれを蚊帳の外で知らないということはありえないだろう。読売記事も指摘している。

 覚書を書いた米国人はシリア代表の知人で交渉に毎回参加していたといい、ブッシュ米政権がこの人物を通じて秘密交渉を認知していた可能性もある。

 ヒズボラの動きはこの和平を阻害するために喚起されたと見たほうが自然だ。
 また、今回の平和交渉で見るなら、米国はメインプレーヤーであり、トルコもそれに噛んでいると見たほうが自然だろう。
 話を日本版記事に戻す。青山の話はここでぷつんと切れて、どう読んでも別のスジが流れ混む。とても5分でわかる代物ではない。次に日本版記事で登場するのは、イスラエルのバーラン大学ペギン・サダト戦略研究員の発言だ。

「シリアはアメリカに譲歩する姿勢を強めている。とくにブッシュ政権の任期満了を控え、アメリカの逆鱗に触れることを恐れている。ブッシュには失うものがなにもないからだ」


「ヒズボラはシリアとイランの同意がなければ、和解案に合意しなかっただろう。両国はレバノンの政治的混乱を長引かせることでアメリカの怒りを買う事態は避けたかったはずだ。」

 率直なところこの米国観は浅薄すぎて識者の発言とも思えない。また、この発言が先の青山の見解と未整理に掲載されているのも不思議だ。
 さて、非常に難しい話題なのだが、私としては、大筋で米国の戦略が地味に勝利しているということなのではないかというふうに考える(イラン包囲という点でも)。シリアは、自国石油経済の見通しの悪さやグローバル経済の圧力を問題視している上、ヒズボラやハマスに手を焼いている。もともと意外と親米的な側面を持っているのではないだろうか。もちろん、それがいい悪いというのではなく、一つの謎解きとして。

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2008.06.06

この1年の夕食

 feecle(参照)を始めて1年経過。何気なく付けていた食事メモから、この1年の夕食。この1年間、こんなの食べたなということと、季節ごとに「今日の夕食、何にしよう?」というの参考になるかなくらいで、それ以上の意味はないのだけど。

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2007年6月
6 ハンバーグ。
7 ブリ照り。卵焼き。お新香。ホウレンソウ炒め。
8 チキンのトマト煮。
9 カジキのドリア、キャベツ・ベーコン炒め、トマトスープ。
10 ステーキ、付け合わせ(マッシュポテト、ニンジン、ブロッコリ、しめじ)。
11 目鯛のトマト・チーズ・ワイン蒸し、コールスロー、タコ・キュウリ・サラダ。コーヒー。
12 中トロ手巻き寿司。卵焼き。
13 メバルの煮付け、ゴーヤーのお浸し、蕪の味噌汁(白味噌)。
14 ラムロースト、付け合わせ(ニンジン、シメジ、ブロッコリ)、手打ちパスタ。キャンベル・ミネストローネ。コーヒー(フレンチロースト)。
15 タラのフリッター丼ウースターソースかけ。サラダ(レタス、トマト)、キャンベル・クラムチャウダー。
16 トマト・ドルマ、缶詰イワシ・トマトソース煮、ドレッシング豆腐、コーヒー(フレンチロースト)。
17 サーモン・キッシュ、ブロッコリ、トマト、白ワイン、フローズン・ヨーグルト(いちご)。
18 カレイ唐揚げ(バルサミコ)、串カツ(ウースターソース)、焼きズッキーニ、コーヒー。
19 真ガレイ煮付け、冷や奴、ひゆなお浸し、塩もみエシャレット、蕪の味噌汁。水羊羹、お煎茶。
20 スモークサーモンちらし寿司、ツルムラサキお浸し、大根味噌汁。
21 鮎塩焼き、ヒラタケワイン蒸し、ビシソワーズ、コーン。アイスレモンティー。
22 塩さば、くーぶいりち、豚汁、ご飯。
23 メカジキ・ムニエル・レモンバター醤油、キュウリ大根サラダ・荏胡麻シソドレッシング、ミネストローネ(キャンベル)。紅茶(ヌワラエリア)。
24 らふてい(豚角煮)、キュウリ、大根と豆腐の汁、ごはん。
25 チキンのローズマリー焼き、ブロッコリ、マッシュポテト、赤ワイン、アイスティー。
26 鰆のチーズ・パン粉焼き、キャベツ・ベーコン蒸し、トマト、グレープフルーツ・アイスティー。
27 マーボー豆腐、炒飯、レタス・トマト・サラダ、黒ビール。
28 トラウトサーモンのパピヨット(つまりホイル焼き)、ニンジングラッセ、冷や奴。アイスティー。
29 ブリ照り、カボチャの煮付け、ニンジングラッセ、ご飯、大根の味噌汁。
30 ピザ(手作り)、アイスティー。デザート、イチゴムース。

2007年7月
1 パプリカ・ファルシ(挽肉・クミン)、ズッキーニ・オリーブ焼き、スパゲッティ(バター)。
2 チキンスープ、鱈ブランダード・グラタン、焼きブロッコリ、トマト、コーヒー。
3 鶏唐揚げ、ポテト・フライ、真鰯の刺身、トマト(オリープかけ)、ビール(エビスホップ)。デザート、スイカ。
4 スペアリブ(豚・赤ワイン・ウスターソース)、オリーブオイル・ライス、トマト。キリン・ゴールデンホップ。コーヒー。
5 イサキ塩焼き、厚揚げ豆腐焼き、キュウリ酢の物、ごはん、味噌汁(大根・麦味噌)。
6 海老のチーズパン粉焼き、マグロのカルパッチョ、レタストマトサラダ。ゴールデンホップ・ビール。デザート、アッサムティー、シュークリーム。
7 豚バラ肉トマト煮(ライス、ピクルス)、ラッシー、グレープフルーツ。
8 豚バラのリンゴ巻きバターソテー・メープルソース、ナスのグラタン、トマト、アイスティー。
9 イワシのファルシ(キャベツ・エダムチーズ・卵)フライ、ミネストローネ(ライス入れ)、トマト。デザート、コーヒー、バナナケーキ。
10 立食パーティー。
11 ビーフシチュー(ライス)、キャベツサラダ、山芋醤油漬け。デザート、桃のコンフィチュール、アッサムティー。
12 イシモチ塩包み焼き、焼きカボチャ・パプリカ、焼き薩摩揚げスイートチリソース。デザート、杏仁豆腐、麦茶。
13 ステーキ(レモン・醤油・胡椒ソース)、マッシュポテト、焼きカボチャ・焼きパプリカ。赤ワイン。コーヒー。
14 ジャガイモ・カレー、パン、トマト。麦茶。
15 ギロ(ドネルケバブ)、ゴーヤーチャンプル、シメジソテー、トマト、冷や奴。麦茶。
16 マグロ山かけ丼、ハモとオクラの煮こごり、キュウリ酢の物、大根味噌汁。麦茶。
17 鮎塩焼き、アサリ酒蒸し、ブロッコリ、ご飯、大根味噌汁。
18 鯵の開き、キュウリ・カニかま(ナンプラー・レモン)、薩摩揚げ(スイートチリ)、ご飯。麦茶。ソルダム、プリン。
19 関アジ・タプナード・トマト焼き、ナス・エリンギ焼き、レタスサラダ。
20 水餃子(肉挽きと皮も手作りで)、ソルダム、麦茶。
21 ハンバーグ(肉は挽きました)、付け合わせ野菜、パン、コーヒー。
22 ビーフカレー。デザート、桃のケーキ。麦茶。
23 サーモン・アーモンド・バター焼き(マイタケ、カニカマ)、豆腐、コーンスープ。麦茶、あずきバー。
24 真鯖香草焼き、冷やした蕪コンソメ煮、トマト、ライス、麦茶。アイスクリーム。
25 鶏肉オレンジソース、ラタトゥイユ、もろきゅう、麦茶。
26 シュークルート、ゆで卵・マッシュポテト、キュウリ、ビール(エビスホップ)。
27 スペイン・オムレツ、冷たいシュークルート、レタス・トマト・サラダ。麦茶。
28 太刀魚ガーリックソース、キュウリ・トマト、焼き厚揚げ。麦茶。
29 豚バラの紅茶煮、ジャーマンポテト、レタストマトサラダ。麦茶。デラウェア。
30 鰻丼、キュウリ・わかめ酢の物、煮カボチャ、豆腐味噌汁。ビール(リバティ・エール)。アイスクリーム。
31 鰯刺身、煮カボチャ、焼きナス、ツナごはん。麦茶。

2007年8月
1 ローストビーフ、付け合わせ野菜、マッシュポテト、赤ワイン。アイスコーヒー。
2 豚トロロ丼、冷や奴。麦茶。
3 盛りそば、鶏唐揚げ、ルコラ・トマト・サラダ。麦茶。
4 ゆで豚(塩ダレ)、焼きナス(BBQソース)、キュウリ酢の物、マッシュポテト(ウースターソース)。
5 みそ汁定食、さんぴん茶。
6 おにぎり、さんぴん茶。
7 秋刀魚塩焼、酢の物、豚汁。アイスクリーム。
8 ブフ・ブルギニヨン、ニンジン、ゆで卵、トマト・キュウリサラダ。アイスコーヒー。
9 ヒレカツ、キャベツ、トマト。麦茶。焼きプリン。
10 タコライス、麦茶。アイスクリーム。
11 鮎のクールブイヨン煮(フレンチドレッシング+醤油ソース)、ゴーヤーチャンプル、ご飯。麦茶。アイスクリーム。
12 焼き肉。
13 叉焼(手製)、炒飯、ワカメ・キュウリ酢の物、麦茶。
14 手巻き寿司、麦茶。
15 メカジキ(レモン・ショウガ・醤油)、キュウリ酢の物、ニンジンしりしり。麦茶。アイスコーヒー。
16 高菜麺。
17 冷やしうどん、炒め物。
18 ノルマンディー風サーモン、フレンチフライ、レタスサラダ、冷や奴。麦茶。巨峰。
19 豚肉レンズ豆煮込み、レタスサラダ、麦茶。フローズンヨーグルト(ブルーベリー)。
20 鱈のセヴィーチ、ナスのチーズ焼き、フレンチフライ。ビール(モルツ・プレミアム)。デザート、愛玉子。
21 グリーンカレー、まかないサラダ。アイスコーヒー。
22 さば押し寿司、よこすか海軍カレーヌードル、塩バニラ、贅沢モルト。
23 ラムローストほか。
24 カレー、ビール。
25 コンビーフ・キャベツ蒸し煮、ポテト・チーズ焼き、焼き豆腐。アンカーポータービール。アイスクリーム。
26 タンドリ・チキン、ゴーヤー・チャンプル、ニンジン・しりしり。リバティエール。
27 鰆のチーズパン粉焼きズッキーニ載せ、ナスチーズ焼き。レタス・キュウリサラダ。リバティエール。パイナップル。
28 パエリア、アボカド・ファルシ。アンカーポーター・ビール。麦茶。
29 アラビアータ、サラダ。ダージリン、カプチーノ。
30 手羽元のシェリーヴィネガー煮、ゴーヤーおひたし。ゴールデン・ホップ。アイスコーヒー。
31 秋刀魚オリーブ焼きトマトソース、大根キュウリ・サラダ、ご飯。プレミアム黒。

2007年9月
1 イカのファルシ、フランス風しめ鯖、ポテト・チーズ焼き。ゴールデン・ホップ。
2 手製シュウマイ、手製ベーコンでキャベツ蒸し煮。プレミアムモルツ黒。
3 手製ピザ。ゴールデンホップ。アイスコーヒー。
4 目鯛のオリーブ唐揚げレモン醤油ソース、ゴーヤーチャンプル、レタスサラダ。
5 ラムロースト、焼きナス、焼きカボチャ、バタール。黒エビス。
6 ロースト・チキン(レモン詰め)、焼きカボチャ、枝豆、緑エビス。
7 麻婆豆腐、炒飯、しめ鯖(フランス風)、チキンスープ。緑エビス。
8 手巻き寿司、しめ鯖(フランス風)、ゴーヤーおひたし。麦茶。
9 ステーキ・クリームソース、付け合わせ野菜、サラダパスタ。緑エビス。
10 真鯛塩釜焼き(アンチョビ・クリームソース)、付け合わせ野菜(カボチャ、ニンジン、ほうれん草)。緑ヱビス。アイスコーヒー。
11 たかべ塩焼き、なめこおろし、キュウリ酢の物、ごはん、味噌汁(大根)、日本酒(鬼ごろし)。
12 叉焼(手製)、大根サラダ、キャベツ炒め、ご飯。麦茶。
13 鯵の塩焼き、ジャガイモしりしり、キャベツ炒め、ご飯、味噌汁。モルツプレミアム。
14 ハンバーグ、付け合わせ野菜、マッシュポテト。赤ワイン。ブリーチーズ。
15 そぼろ丼(豚挽き肉、炒り卵、焼きほぐし鮭)。麦茶。梨(豊水)。
16 ローストビーフ(わさび醤油)、焼きマッシュルーム、焼きナス、焼きピーマン、トマト。緑エビス。アイスコーヒー。
17 鱈フリッター(ウースターソース)、アスパラガスと獅子唐の天ぷら(天つゆ)、ご飯。十六茶。
18 ワラサ照り焼き、キュウリ酢の物、トラジ(コチュジャン漬け)、ご飯、味噌汁(キャベツ)。梨(豊水)。
19 タンドリチキン、サモサ、ブロッコリー(カレー粉炒め)。プレミアムモルツ。梨(豊水)。
20 子持ち鮎塩焼き、白菜浅漬け、アサリ味噌汁、フルーツトマト。緑エビス。
21 シーフードカレー。麦茶。梨(豊水)。
22 サーモンのパイ包み、きのこ白ワインソテー、ポテトチーズ焼き。緑エビス。
23 ミートローフ、ポテトチーズ焼き、フルーツトマト。緑エビス。
24 アボカド・アーモンド・フリッター(オーロラソース)、ピカタ、レタス・トマト・サラダ。ミネストローネ(キャンベル)。ライス。コーヒー。
25 カジキのマスタード・マヨネーズソース、笹かまぼこ、キャベツ炒め、緑エビス。
26 キノコのキッシュ(マッシュルーム、エリンギ、シメジ、椎茸)、カボチャ・アスパラのボイル、赤ワイン。
27 秋刀魚塩焼き、大根しりしり(ツナ)、海老シュウマイ(冷凍)、ご飯。麦茶。コーヒー。
28 手巻き寿司。緑エビス。
29 おでん。
30 ホワイトシチュー。コーヒー。

2007年10月
1 パエリア、トマトサラダ。コーヒー。
2 フェジョアーダ(ライス・トマト)。緑エビス。コーヒー。
3 豚バラ・トロロ丼、キャベツ・サラミ炒め、大根しりしり、豆腐味噌汁。梨(豊水)。コーヒー。
4 鯵の刺身、キャベツ味噌炒め、潮汁。緑ヱビス。
5 チキンとしめじのドリア、豚・キャベツ蒸し煮。緑エビス。エスプレッソ。
6 スパゲティ・ホワイトソース(鮭・マッシュルーム)。ペリエ。エスプレッソ。
7 ナスと豚肉のルーラード、サツマイモご飯、キュウリ。お煎茶。
8 タラとチコリのミルク煮、ベーグル。アッサムテー。リンゴ(津軽)。
9 鯵の塩焼き・オリーブオイル・ソース、ルコラ・サラダ、クラムチャウダー、ベーグル。ペリエ・ライム。
10 栗・叉焼・炊き込みご飯、蕪菜炒め、蕪の味噌汁。海老焼売(冷凍)。
11 回鍋肉(叉焼)、餃子(冷凍)、大根しりしり。豆腐味噌汁。ご飯。
12 生牡蠣(レモン)、カレイの煮付け、カボチャ煮、ご飯。緑エビス。
13 鶏唐揚げ(スイートチリソース)、レンコンボール、フレンチフライ。トマト。緑エビス。
14 ローストビーフ、チコリサラダ、ブロッコリ(ボイル)、赤ワイン。
15 黒ソイ煮付け、栗ご飯。味噌汁(エノキ)。清酒(鬼ごろし)。
16 ソーキソバ(麺・ソーキ・出汁手製)。緑エビス。
17 北海汁。ご飯。
18 豚しゃぶ(豆腐、ネギ、大根、シメジ、水菜)。
19 袋煮、叉焼、ご飯、味噌汁。
20 手巻き寿司(マグロ中トロ、シマアジ)、味噌汁。
21 きりたんぽ。
22 ビーフシチュー(すね肉)、チコリ・ルコラ・サラダ。コーヒー。
23 メダイのソテー(レモン醤油・マヨネーズ)、ほうれん草ソテー、牡蠣のオリーブオイル掛け、ジャガイモチーズ。コーヒー。梨(あきづき)。
24 チキン・トマト煮込み。ライス。コーヒー。
25 オムライス、ミネストローネ。コーヒー。
26 おでん。コーヒー。
27 焼き肉。
28 北海汁。マサラティー。
29 イサキのバター焼き、キャベツ・ベーコン炒め、ご飯、イサキと大根の味噌汁。
30 パーティ会食。
31 里芋の牛肉煮、ほうれん草バター・ソテー、ごはん、味噌汁(豆腐)。

2007年11月
1 煮込みハンバーグ(付け合わせ野菜)、コーヒー。
2 鰊のパイ。キャベツ炒め。赤ワイン。コーヒー。
3 コロッケ、トマトサラダ。柿。アッサムティー。
4 すき焼き。ビール。
5 ローストチキン、使わせ野菜、マッシュポテト。コーヒー。
6 カンパチのカマ焼き、メカジキのシチュー、ご飯。アッサムティー。ラフランス。
7 鰯のパン粉焼き、里芋煮、ごはん、味噌汁(大根)。柿。
8 スコッチエッグ、キノコのソテー、ミネストローネ、ライス。カフェラテ。
9 鍋(鱈、豚肉、野菜)。おじや。
10 カツ丼。
11 ステーキ・クリームソース、付け合わせ野菜、マッシュポテト。コーヒー。
12 麻婆豆腐、キャベツ・ベーコン炒め、ご飯、コーンスープ。
13 カンパチ大根、大根サラダ、ご飯。ほうじ茶。
14 イクラ丼、卵焼き、ふろふき大根。味噌汁(大根)。
15 里芋牛肉煮、ふろふき大根、アスパラガス、ご飯。ほうじ茶。
16 ポトフ、バゲット、サーモンのタルタル、ブルサン。コーヒー。
17 水餃子。
18 カボチャ・スープ、マカロニサラダ、サーモン・クリームチーズ、ガーリックトースト、ジンジャーエール。ロシアンキャラバン(ティー)。
19 肉じゃが、アボガド・カニカマ和え、キュウリ・ワカメ酢の物。ご飯。味噌汁(ワタリガニ)。
20 サーモン・グラタン、大根サラダ、ミネストローネ。コーヒー。
21 肉じゃがコロッケ、キュウリ・ワカメ酢の物、ご飯。ルイボスティー。柿。
22 チキンカレー。
23 お寿司。ビール。
24 灰干し鯖、里芋煮、焼き鳥、味噌汁(大根)。ハーブティー。
25 白いんげん豆の豚バラ煮込み、パンドカンパーニュ、コーヒー。
26 鯖味噌、キャベツ炒め、ご飯、味噌汁(大根)。
27 しゃぶしゃぶ(豚肉、ホウレンソウ、豆腐、ネギ)。うどん。
28 アクアパッツア(黒そい)、焼き野菜(アスパラガス、マッシュルーム、ズッキーニ)、バタール。コーヒー。
29 北海汁、オイキムチ、おじや。柿。メープルティ。
30 ハッシュト・ビーフ・シチュー。ライス・アッサムティー。オレンジ。

2007年12月
1 ちゃんこ鍋。
2 ピザ、クラムチャウダー、コーヒー。
3 すき焼き。ハーブティー。
4 鰈の煮付け、ほうれん草白和え、ご飯、味噌汁。
5 タンドリチキン、キャベツ炒め、チキンスープ。マサラティー。
6 ネギトロ丼、アスパラガス・ボイル、魚汁(そい)。
7 ピラフ。ティー。
8 白菜鍋(白菜、バラ肉、ニラ、豆腐、油揚げ)。
9 ブイヤベース、リゾット。ミルクティー。
10 袋煮、イカの塩辛、味噌汁(大根)。
11 カンパチ大根、鯵フライ、ご飯、味噌汁。
12 ラムロースト(マッシュルーム、ブロッコリー)、バタール、赤ワイン。コーヒー。
13 ポトフ、リゾット。マサラティー。
14 ポークソテー(レモンジャム)、茹で野菜(ブロッコリ、インゲン、ニンジン)、タラコスパゲティ、チキンスープ。
15 秋刀魚塩焼き、金平ゴボウ、ご飯、豚汁。
16 ミネストローネ、ローストチキン、サラダ、パン。白ワイン。コーヒー。
17 エビ玉丼。
18 里芋牛肉煮、茶碗蒸し、キュウリ酢の物、ご飯、味噌汁、赤ワイン。
19 湯豆腐、しゃぶしゃぶ。ベルギービール。うどん。
20 鯛飯、鯛刺身、里芋煮物、味噌汁。
21 おでん、ご飯。
22 ビーフストロガノフ、ライス。コーヒー。
23 チラシ寿司、白ワイン。
24 パーティ。
25 鱈のムニエル(ほうれん草・ニンジン)、チキンスープ、ライス。メイプルティー。
26 ハンバーガー(手製)、コンソメスープ。
27 湯豆腐、しゃぶしゃぶ。ビール。
28 唐揚げ・スイートチリソース、海老フライ、フレンチフライ、トマトサラダ。チキンスープ。
29 真鯛パン粉焼き、ニンジンしりしり、パスタ、大根サラダ、甘エビ刺身、白ワイン。
30 すき焼き。ビール。
31 天ぷら蕎麦。

2008年1月
1 お雑煮、おせち、刺身。日本酒(鬼ごろし)、ビール。
2 チキンカレー。マサラティー。
3 天ぷら盛り合わせ、千枚漬け、赤カブ漬け、ご飯。おすまし。
4 鰤大根、キュウリ・ワカメ酢の物、赤カブ漬け、ご飯、味噌汁(豆腐)。コーヒー。
5 ステーキ、付け合わせ野菜、マッシュポテト。赤ワイン。カマンベールチーズ。コーヒー。
6 レバニラ炒め、麻婆豆腐、ご飯、チキンクリームスープ。
7 七草粥、北海汁。
8 ミートローフ、キュウリ・トマト・サラダ。パスタ。赤ワイン。メイプルティー。
9 ちゃんこ鍋、ビール(ネロズブロンド)。
10 鰆のレモン・醤油・バター焼き、里芋煮物、ほうれん草おひたし、ご飯、味噌汁(寒しじみ)。ビール。
11 水炊き(鶏肉、葱、キャベツ、シメジ、豆腐)。
12 おでん。日本酒。
13 カスレ、白ワイン。
14 鰈の煮付け、カボチャ煮付け、赤カブ漬け、ご飯、味噌汁(キャベツ)。ビール。
15 カワハギの刺身、ほうれん草ソテー、ご飯、味噌汁(大根)。日本酒。
16 ビーフシチュー、パン、赤ワイン。コーヒー。アイスクリーム。
17 牡蠣のキシュ、茸のキシュ、ニンジンパン、キャベツ・ウィンナー・スープ。白ワイン。
18 味噌煮込みうどん。
19 ポトフ、バタール。ブルサン。
20 カレーライス。ビール。
21 水餃子(手製)、ビール(COEDO)。
22 鯵の開き(オリーブオイルかけ)、オムレツ、ご飯、味噌汁。白ワイン。
23 ちゃんこ鍋。
24 牡蠣とほうれん草のクリーム焼き、ホッケパン粉焼き、カボチャ・カラメル焼き。ビール(CHIMAY)。
25 タンドリチキン、ポテト・チーズ焼き、ベーコン白菜スープ。シナモンアップルティー。
26 オムライス、クラムチャウダー。
27 北海汁。日本酒。
28 味噌漬け豚ロース焼き、ポテトチーズ焼き、ごはん、けんちん汁。
29 豚しゃぶと湯豆腐。うどん。
30 灰干し鯖(焼き)、里芋とイカの煮物。ご飯。味噌汁(なめこ)。
31 すき焼き。サングリア。

2008年2月
1 メバル煮付け(ゴボウ、菜の花)、エビチリ、ご飯。ベーコン・キャベツ・スープ。
2 おでん。おにぎり。
3 ちゃんこ鍋。
4 エボ鯛塩焼き、牡蠣のオリーブかけ、ご飯、味噌汁(大根)、白ワイン。
5 ローストポーク(炒めタマネギ)、ジャーマンポテト、白ワイン。ミネストローネ。
6 鰆の西京焼き(手製)、キャベツ炒め、ご飯、味噌汁。シャンパン。
7 コテージパイ、焼き野菜(マッシュルーム、カボチャ、パプリカ)。赤ワイン。コーヒー。
8 キーマカレー、ライス。アッサムティー。
9 味噌煮込みうどん。
10 チゲ。ビール。
11 マカロニ・グラタン(チキン、シメジ)。白ワイン(シャルドネ)。コーヒー。
12 キャベツ挽肉スープ煮込み、キュウリ・トマトサラダ、クラムチャウダー。シナモンアップルティー。
13 ヤリイカのファルシ、鰆のマスタード焼き、ほうれん草ソテー。白ワイン(Altara, Spanish)。コーヒー。
14 ポトフ(牛スネ)、バターライス、ピクルス。
15 銀ダラ西京焼き(手製)、粉吹き芋、ブロッコリボイル、ご飯、味噌汁(大根)。
16 ピカタ、ピクルス、ほうれん草白和え、ご飯、味噌汁(豆腐)。
17 ステーキ。
18 ホウボウのアクアパッツア、ホウレンソウ・ソテー、パスタ。ミントティー。
19 天ぷら(蕗の薹、アスパラガス、蓮根はさみ揚げ、海老)、ごはん。カモミールティー。
20 チキン・トマト煮込み、ライス、レタスサラダ。コーヒー。
21 サゴチのソテー、付け合わせ野菜、パスタ。トマトスープ。コーヒー。
22 ラムの黒ビール・シチュ-、マッシュポテト、ピクルス、菜の花ボイル。コーヒー。
23 ロースト・チキン(パンのスタッフィング)、焼き野菜(パプリカ、マッシュルーム、ブロッコリ、カボチャ)。ワイン。コーヒー。
24 キムチチゲ。うどん。
25 ブリ照り、じゃがいもシリシリ、ご飯、味噌汁(大根)。
26 味噌漬け豚ロース、キャベツ炒め、ごはん、味噌汁(大根)。
27 コロッケ(手製)、ピクルス、ワイン(シャルドネ)。コーヒー。ブドウ(マスカット)。
28 鰈縁側刺身、平目刺身、ちらし寿司、すまし汁(シメジ)。
29 中華会食。

2008年3月
1 チーズ・ハンバーグ、マッシュポテト、ほうれん草ソテー、ニンジングラッセ、菜の花ボイル。
2 おでん。赤飯。
3 手巻き寿司(鮪、平目、卵)、蛤汁。生姜湯。
4 チキンのハーブ焼き、サラミ炒飯、クラムチャウダー。
5 鰆のミモザ焼き、ほうれん草ソテー、鮪中落ち、ライス、コーンスープ。白ワイン。
6 焼き豚、大根サラダ、ライス、ポタージュスープ。
7 トンカツ、キャベツ、ライス、ミネストローネ。ビール。
8 ハッシュトビーフ(ヨーグルト添え)、ライス、赤ワイン、りんご。コーヒー。
9 キノコのキシュ、マッシュポテト(ドミグラソース)、白ワイン。コーヒー。
10 湯豆腐、床屋鍋、うどん。
11 灰干し鯖、お新香、ご飯、味噌汁(大根)。
12 手羽元・大根甘醤油煮、ニラ玉、ご飯、コーンスープ。
13 ラザニア、卵スープ。
14 ビーフシチュー(モモ肉赤ワイン漬け)、ほうれん草ソテー、ライス。赤ワイン。デザートワイン。
15 ソーセージ・キャベツ煮込み、焼き豆腐、炒飯、コーンスープ。
16 いなり寿司、かき菜おひたし、カラメル・カボチャ、卵焼き。白ワイン。
17 鰆のカレー醤油(茹でキャベツ)、カラメル・カボチャ、焼き椎茸、大根浅漬け、ご飯、味噌汁(豆腐)。
18 鯵の塩焼き、鶏肉のゴボウ巻き、おしんこ、ごはん、味噌汁(大根)。パイナップル。
19 味噌漬け鮪(焼き)、肉じゃが、お新香、ご飯、味噌汁(なめこ)。はっさく。
20 おはぎ(きなこ・ゴマ)、どん兵衛(北京風)、ワカメサラダ。ビール(アサヒ熟成)。
21 クリームシチュー(チキン)、ライス。ミルクティー。
22 コンビニ弁当、ビール。
23 クファジューシー、豆腐チャンプル-、アーサ汁(海苔で代用)。
24 おでん、おにぎり、焼き貝。ビール。
25 手巻き鮨、シャンパン。
26 ハーブチキン、シュパーゲル、おでん、ご飯。ビール。
27 麻婆豆腐、ご飯、ハーブチキン、お新香。黒ビール。
28 鰆のパイ包み焼き(ホタテムース)、ポテト、アスパラガス、キャロット。白ワイン。
29 カツ丼。
30 三食そぼろ丼、オイキムチ、魚肉ソーセージ。ビール。
31 鯵の干物(お土産)、肉豆腐、ご飯、味噌汁。

2008年4月
1 鰤レモン醤油、タラモサラダ、レタストマトサラダ、ライス、アオサ汁。白ワイン。チョコレートムース。
2 水餃子、つくね。烏龍茶(高山茶)。
3 チキン・ミートローフ(チーズ入り)、焼き野菜(マッシュルーム、アスパラガス、カボチャ)、パスタ(胡椒バター)、ミネストローネ。ビール。
4 海老パン粉焼き、チーズポテト、ワカメ・数の子和え、トマト、白ワイン。コーヒー。
5 豚ロース味噌漬け焼き、チーズポテト、キュウリお新香、トマトサラダ、ご飯、納豆汁。
6 ラムロースト、ポテト、ブロッコリ、ニンジン、コーンスープ。赤ワイン。
7 湯豆腐、豚しゃぶ(白菜、ネギ、エノキ)、うどん。ビール。
8 刺身、ご飯、すまし。
9 ハッシュドビーフ、ライス、ビール。
10 鰯タプナード焼き、肉豆腐、白ワイン。
11 そぼろ丼、肉豆腐。ビール。
12 ステーキ、付け合わせ野菜。赤ワイン。コーヒー。
13 鰈煮付け(豆腐、ゴボウ)、蕪のお新香、ごはん、味噌汁(わかめ)。日本酒。
14 鰆のクールブイヨン煮マヨネーズソース、トマトとキュウリのサラダ、パスタ。白ワイン。
15 鮪アボカドとろろ丼、キャベツ・ベーコン煮、ビール。
16 鰯のオレンジ・グリル、蒸し煮カボチャ、パン。白ワイン。コーヒー。
17 鶏肉団子煮物、キムチ、ご飯。黒ビール。
18 鯛飯ほか。
19 チキンカレー。黒ビール。マサラティー。
20 サーモン・ソテー(レモン・バター)、ルコラサラダ、ライス、カレースープ。
21 ワイン漬けチキン・ハーブ焼き、筍の煮物、ご飯、味噌汁(ワカメ)、ビール。
22 天ぷら(鱈、蓮根、アスパラ、茄子など)。ご飯。ほうじ茶。
23 サバレモン焼き、焼き野菜(サツマイモ、カボチャ、ナス)、コーンスープ。白ワイン。
24 パエリア、レタス・ルコラ・トマトサラダ、白ワイン。
25 チキン・マカロニ・グラタン、レタス・トマト・サラダ、白ワイン、ヨーグルト。
26 タコライス、黒ビール。
27 豚ネギ丼、蕪のお新香、味噌汁(豆腐)。
28 キツネうどん、冷奴。
29 チキンスープ、カジキのドリア、大根シリシリサラダ、白ワイン。コーヒー。
30 イサキの塩焼き(レモン)、ゴーヤーチャンプルー、キュウリお新香、ごはん、魚汁。黒ビール。

2008年5月
1 味噌豚焼き、蕪菜の炒め物、ポテトロースト、豆腐汁。黒ビール。オレンジ。
2 ラザニア、レタス・トマトサラダ、赤ワイン(シチリア)。
3 ちらし寿司、ソラマメ、白ワイン(les granitiers blac)、アイスクリーム。
4 豚肉ママレード焼き、ブロッコリのカレー風味、ご飯、蕪のコンソメ煮。黒ビール。
5 北海汁。黒ビール。
6 ウィンナ・シュニッツェル(付け合わせ野菜)、パスタ。ビール。
7 鰆のパン粉焼き、つけうどん。カスタードケーキ。メープルティ。
8 肉じゃが(紅焼肉)、キュウリ酢の物、ご飯、味噌汁(ワカメ)。
9 サーモン・マヨネーズ焼き、焼き野菜・マッシュルーム。塩ゆでグリンピース。
10 カツカレー。キャベツ浅漬け。
11 鮭炒飯、焼き豚、餃子、レタスサラダ。
12 キーマカレー(手製)。
13 味噌煮込みうどん(名古屋味噌)。
14 天ぷら(ワカサギ、カジキ、茄子、アスパラ、ゴーヤー)、ご飯。白ワイン。
15 ホタテのステーキ、鯛の酒蒸し、ご飯、シャンパン。アッサムティー。
16 ハンバーグ、付け合わせ野菜、ライス、ベルギービール。
17 ポジョ・エン ペピトリア、バターライス、白ワイン。コーヒー。
18 五目稲荷(辛子付き)、煮卵、クレソンおひたし、水茄子漬け。ビール。
19 ドネル・ケバブ、トマト、キュウリ、ライス。ビール。ペリカンマンゴー。
20 鯵刺身、鯨刺身、キャベツ・ポーク炒め、水茄子。ご飯。味噌汁(大根)。抹茶スフレ。
21 海老ピラフ、茄子挽肉炒め、水茄子、コーンスープ。
22 パーティ。
23 冷やしうどん、天ぷら、冷や奴、棒々鶏。
24 焼き肉、冷麺。
25 麻婆豆腐、青椒牛肉絲、茄子の浅漬け、ご飯。
26 ネギトロ丼、お新香(キュウリ・大根)、しじみ汁。ビール。
27 太巻き、冷や奴、白ワイン。
28 秋刀魚の開き、キャベツ炒め、お新香、味噌汁(なめこ)。
29 ソーキ汁、かまぼこ、レタスサラダ、ご飯。
30 豚シャブ、湯豆腐。黒ビール。
31 串カツ、島ラッキョウ天ぷら、海老フライ、ご飯。シードル。

2008年6月
1 牛筋煮込み(じゃがいも+ゆで卵)、お新香、ご飯。ビール。
2 石首魚マース煮(豆腐も)、ゴーヤーチャンプルー、ご飯、アサリの味噌汁。
3 ヒレカツ、キャベツ、ご飯。コーヒー。
4 サーモンホイル焼き(マヨネーズ・エノキ・タマネギ)、揚げ出し豆腐、ご飯。
5 イカ大根、薩摩揚げ、ころころポテト炒め、ご飯、なめこ汁。黒ビール。

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2008.06.05

米国で30歳以下の若者は無知だと一部で嘆かれているという話

 この手の話題は盛り上がるわりに落とし所が決まっていて議論にするとすげーつまんないことになるのだけど、ディテールはけっこう面白いというわけで、ちんたらしたブログのエントリ向き。なんの話題? 30歳以下はバカ世代……おおっと、日本の話じゃないよ。だから、ゆとり世代の話じゃないんだってばさサマンサタバサ。
 ネタはNewsweek日本版6・11”U30「バカ世代」論のウソ(The Dumbest Generation? Don't Be Dumb?)”。英語のテキストは無料で読める(参照)。日本版のリードは「デジタル時代がアメリカの若者を空前のバカ集団にした? ---- そんなバカな!」で、英語版では"George Santayana, too, despaired of a generation's ignorance, warning that 'those who cannot remember the past are condemned to repeat it.' That was 1905." 訳すと、「ジョージ・サンタヤーナもまた世代の無知に失望し、過去を記憶に留めることができないものは余儀なくそれを繰り返すことになる。そう述べたのは1905年のこと。」かな。
 リードからいきなりジョージ・サンタヤーナが出てくるのが香ばしい。ウィキペディアの記載があるかなと思って日本版を見ると薄い(参照)。なんか、おおっ、ネットの世界ってバカかも的空気が漂ってきてなかなかツボ。英語版では濃い(参照)。とかいっても現実問題、私もジョージ・サンタヤーナとか読んだのかよというと、せいぜい断片くらいなもので、つまり、てへへ、バッカでーす、の部類である。ちょっと恥ずかしいな俺的なので、アマゾンとか見たけど復刻とかもなさげ。
 そのこと、つまり、ブロガーなんてバカさらしてんじゃんかほれ見ろよfinalventとかさ的な現状をご配慮されか、日本版Newsweekの記事は、ジョージ・サンタヤーナの話は、でてこない。
 該当部分はこんな感じだ。ちょっと長いのだけど編集のお手並み拝見。
 まず日本版のほうはこう。


 ビクトリア朝時代のイギリス知識人は、ストーリー性豊かな流行作家チャールズ/ディケンズの小説がそれまでの文豪作品に比べて軽すぎると渋い顔をした。
 そして2008年のアメリカには、エモリー大学文学教授たるバワレンがいる。「(最近の若者には)過去の歴史の記憶がまったくない……歴史を覚えておくことは自由を守るために欠かせない土台だ。アメリカ合衆国修正第1条でどういう権利が保障されているかを知らなければ、アメリカの人権状況を批判的に検討することなどできない」
 ご説はごもっとも。だが、疑問もある。若者がアメリカの憲法の内容や黒人差別の歴史を知らないとすれば、それは若者の知的レベルの問題というより、社会と教育制度の欠陥 ---- 言い換えれば、大人の責任ではないか。

 該当部分の英語はこう。

Victorian scholars considered Dickens, that plot-loving, sentimental ("A Christmas Carol") favorite, a lightweight compared with other authors of the time. Civilization, and culture high and low, survived it all. Can it survive a generation's ignorance of history? For those born from 1980 to 1997, Bauerlein lamented to us, "there is no memory of the past, just like when the Khmer Rouge said 'this is day zero.' Historical memory is essential to a free people. If you don't know which rights are protected in the First Amendment, how can you think critically about rights in the U.S.?" Fair enough, but we suspect that if young people don't know the Bill of Rights or the import of old COLORED ENTRANCE signs―and they absolutely should―it reflects not stupidity but a failure of the school system and of society (which is run by grown-ups) to require them to know it. Drawing on our own historical memory also compels us to note that philosopher George Santayana, too, despaired of a generation's historical ignorance, warning that "those who cannot remember the past are condemned to repeat it." That was in 1905.

【試訳】
ビクトリア朝の学者は、同時代の他の作家に比べて、ディケンズを、筋書き志向、「クリスマス・キャロル」のようなオセンチ好み、軽い内容と見なした。文明と文化はなんであれ生き延びていた。それは歴史に対する世代の無知を乗り越えることができるだろうか。1980年から1997年に生まれた人々について、バワレンは我々に嘆いてみせる。「過去の記憶はない。ちょうどクメール・ルージュが、『これがゼロの日だ』といったようだ。歴史の記憶は自由な国民に本質的なものだ。もしあなたが修正第1条でどのような権利が守られているか知らなければ、どうやって米国における権利を批判的に考えることができるだろうか。」 公平を期すなら、若者が権利章典や古い「カラード・エントランス(COLORED ENTRANCE)」看板の意味を知らないなら(絶対知るべきだが)、私たちが思うに、それはおバカというより、それを知らせる必要性に失敗した学校制度や社会制度のせいだし、それは大人が作りあげたものだ。歴史の記憶というなら哲学者ジョージ・サンタヤーナもまた世代の無知に失望し、「過去を記憶に留めることができないものは余儀なくそれを繰り返すことになる」と警告したのを留意すべきだ。それは1905年のことだった。


 そんな感じ。
 バカはいかんよ記事がすっきりおバカでも読める編集になっているけど、しかたないといえばそうなのだろう。他の部分での編集の釣り合いというものあるだろうし。
 で、当初エントリを書くとき、元記事にある細かいディテールをリストにして、あれ知っている、これ知っている?とかやろうかと思ったのだけど、なんかこの引用部分に結局結論は出ている感じなので、けっこうどうでもいいやの気分にはなってきた。
 でも、一つ引っかかるのは、日本版でもあるけど。

 今この瞬間にもアメリカのどこかの大学で、何げなく口にした「パールハーバー(真珠湾)」や「アンティータムの戦い」という言葉にポカンとした顔をする学生たちを目のあたりにして、愕然としている大学教授がいるかもしれない。あるいは、成績優秀なわが子に文豪チョーサーや楽聖ショパンを知らないと言われて、ショックを受けている親がいるかもしれない。

 このあたり知識を問うているようで、「パールハーバー」と「アンティータムの戦い」が微妙にツボだ。
 この糞ブログの糞エントリをたまたまここまで読んで、もしかして、「アンティータムの戦い」にポカーンとしたらウィキペディアの該当記事をさらっと目を通しておくといいかもしれない(参照)。
 ニューズウィークの記事では現代の若者は知識を知らなくてもすぐにネットで調べることができるからそれはそれでいいのではないかというトーンもあるし、たしかに昔に比べると、「アンティータムの戦い」とか調べるのは楽かもしれない。もっともウィキペディアはどこまで事実なんだよみたいなことはあるけど。
 ついでに同記事にはトルストイの「戦争と平和」が燃える写真があって「トルストイの超大作「戦争と平和」はもう相手にされなくなる?」とあるが、たしか米国でもこれは新訳が出ているらしい。ちなみに私は「戦争と平和」は読んだ。いろいろ印象深いシーンがいまでもある。貴族のピエールが冷えた茹でじゃがいもはうまいなとかいうシーンとかね。およそ知識にもならないけど、自分なりにはそうしたディテールのシーンが人生を豊かにしてくれた。というくらいでこの話題はおしまい。
 おっと、ニューズウィーク記事の元ネタはバワレン(Mark Bauerlain)教授による「The Dumbest Generation: How the Digital Age Stupefies Young Americans and Jeopardizes Our Future (Or, Don't Trust Anyone Under 30)」だ。まだ翻訳はなさそうだ。表紙はマーヴェラスなのでつい購入したくなるが(してもいいよ)、原書で読むのはやっかいそうなので訳でも出たら読むことにしたい。個人的には、猫猫先生が訳してくれたらなと思うけど。こってりと、注釈とあとがき分厚く。

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The Dumbest Generation:
How the Digital Age Stupefies
Young Americans and Jeopardizes Our Future
(Or, Don't Trust Anyone Under 30)
Mark Bauerlain

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2008.06.04

チューブトレーニングでへえと思ったのはゴム臭くないのがあったこと

 もうちょっと硬派な話を書けよ俺、とかも思うのだけど、それなりにブログになんか疲れちゃたよんというのもあって、ブログのLSD(Log Slow Distance)っていうのもあるかな、このところのマイブーム的な話でも、ゆるゆると。
 話はチューブトレーニング。ゴムチューブを使って筋トレをするということ。すでに活用されているかたも多いと思う。私もすでに数本持っているのだけど、なんか使い続けるのに抵抗があるのは、手がゴム臭くなること。そんなこと気にするなよというのもあるのだろうけど苦手なんですよね、ゴムの臭いが。なので、だから、あれも、サガミ、おっと、お察しあれなんだけど、いやその製品のアフィリリンクしないけど。
 ゴムに直接触れないハンドル付きがいいかな。ビリーバンド(ちなみにビリーのDVDセットも持っている)みたいので、もっときちんとしたのがいいのかなと思って、アマゾンで物色して評判よさそうな「 リーボック レジスタンスチューブ レベル3 (ヘビー) RE10032」(参照)というのを買った。1500円しない。

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リーボック レジスタンスチューブレベル3(ヘビー) RE10032: スポーツ&アウトドア

 よいです。
 何がよいかというとゴム臭くない。こういうの、ちゃんとあるんじゃないか。もっともビリーバンドもそれほどゴム臭いというほどでもないのだろうけど。
 ということで、ハンドル以外の部分にも、勇気の人差し指がなくても大胆に触れるようになった。しょーもないなと我ながら思うけど、ベースの抵抗感がなくなると、とても気持ちが楽になる。

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チューブトレーニングと
リハビリテーション
山本利春
 レベル3ということなので、もっときついのではないかと思ったけど、ブルワーカーのソフトとは違って、人にもよるのだろうけど、ちょっと緩いくらい。ビリーバンドより若干弱いかな。これなら、まんまリハビリにも使えるかなというくらい。ただ、このあたりの強さの感覚は実際製品に触ってみるといいし、ついでにくんくん嗅いでみるといいと思う。
 リーボックのチューブにも簡単なトレーニングのガイドはついているけど、ついでにきちんとした教則本みたいのはないかと、これは山本利春のがよいに違いないなと「チューブトレーニングとリハビリテーション 自分で“負荷”を調節できる!(山本利春)」(参照)を買った。他書を知らないのでなんだけど、これは自分には良書だった。なるほどと思えることがいろいろあったし、リハビリも兼ねているのでとても詳しい。特に、ストレッチについて併せて説明してあるのがよかった。
 一番へえと思ったのは、インナーマッスルの考え方だった。肩の内部にある小さな筋肉でいわゆる筋トレで鍛えるのは難しいらしい。私はとほほな四十肩(参照)もやったし、まだ若干不調があるので、これは克服したい。いちおう、腕立て伏せとか楽にできるようにはなったけど、なんか違うな感がある。
 この本の欠点ではなくて、チューブトレーニング全体に言えるのだけど、チューブ一端を上部に固定するというのが普通の家屋だと難しい。私の場合、テーブルにひっかけたらずりとテーブルが動いてびっくりしてしまった。工夫と限界はあるのだろう。
 ピラティスではたしかチューブを使うのではなかったかな。個人的にはヨガのプロップ(小道具)的に使えるようだし、いわゆるゴムの縮む力に抵抗して力を加えるという以外の使い方もできそうだ。というか、無理なく適当にやればよさそう。
 「ヘルシーエイジング:(アンドルー ワイル)」(参照)も思い出す。筋トレについて。

 じゅうぶん検討せず機器を購入してはならない。高価なマシーンや精密なフリーウエイトから安価で携帯に便利なゴムチューブまで、選択肢はたくさんある。いろいろな厚さのゴムチューブは、使い方に慣れると、ほとんどの筋肉群に応用することができ、きわめて効果的な道具になる。

 ピラティスについては。

 最近流行している筋力トレーニングのひとつに、ドイツ人でのちにアメリカに移住したジョセフ・ピラティスが二〇世紀前半に開発して、妻のクララが完成させたピラティス・メソッドがある。長い間ダンサーたちによって使われてきた方法だが、いまではフィットネス志向のあらゆる年齢の男女のあいだでファッションになっている。ピラティスは特殊なマシーンを使い、スタジオやフィットネスクラブでインストラクターから教わるのがふつうだ。正しい姿勢の維持を強調し、筋肉のレジスタンス運動とストレッチ運動の両方を行う。また、伸縮するチューブを利用して、首、肩、背中を伸ばす運動などもする。

 この機材が見た目ちょっとアレなんですけどね。

 グループクラスは一時間二〇ドル、すべてのピラティス器具を使う個人レッスンは一時間一〇〇ドルほどらしい。たいがいの都市にはスタジオやインストラクターがいる。わたしの知人でもピラティスにハマっている人は多いがゴムチューブを使えば、自宅で、しかも無料でできることを忘れないように。

 ピラティスのインストラクターからすれば、ゴムチューブだけではピラティスにはならないというでしょうけど。
 
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ヘルシーエイジング
 まったくの余談だが、姿勢の個人レッスンで思い出したが、私が学生のころ、津田の学生は姿勢の特訓を受けたそうだ。ほらこんなふうにとか見せてもらったこともある。水着でボディチェックもあるのよとも言っていた。いやこの話は逸れ過ぎだな。へへへ。

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2008.06.03

30年目の、2台目のブルワーカー

 実家の整理をしていたら初代なのかな、昔タイプのブルワーカーが出てきて懐かしかった。どういう経緯で買ったか忘れたが中学生のころ買ったのだと思う。当時は通販しかなかったので通販で買ったのだろう。

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 高校に入って、数人の友だちを家に呼んで発見されて、笑われた。というか嘲笑された。なんで? と最初に違和感を持ったのを今でも覚えている。当時マッチョという言葉は日常語にはなかったかなと思う。筋肉ムキムキだっただろうか。ボディビルダーみたいな体つきのことだ。
 言葉としてはムキムキだったような気がするな。つまり、私が、ブルワーカーでムキムキになろうとしてのんかよ、テラワロス、いやそんな言葉もなかった。とにかく、貧弱な身体をムキムキにしようとしてブルワーカーを買ったのだろう。その劣等感がおかしいということらしい。はあ。
 いやそんなつもりはなかった。言っても無駄そうなので特に説明もしかったかと思う。単純に筋トレ補助にこれは手頃で便利なんじゃないかと思っただけだった。たぶん、あの頃、年上の従兄弟がボディビルやっていて、そこに1台あったんじゃないかな。彼らはバーベルとか使って、まじ、ムキムキしていたが、ブルワーカーなら小さくていろいろ使えて簡単なトレーニングに便利そうと思ったのではなかったか。あまり覚えていない。どう考えても通販で買ったのだから、通販の笑える広告を見ていたはずだと思うのだが、記憶にはない。他にエキスパンダーとかアームバーとか持っていた。
 ウィキペディアの同項目(参照)を見ると。


ブルワーカー(Bullworker)はアイソメトリックトレーニングによる筋力トレーニング機器として1960年代初頭に販売されはじめた。発明者Gert F. Koelbelにより設計、特許取得が行われ、ヨーロッパ、アジア、アメリカで販売し続けていった。

 とある。日本では70年代には普及していたし、ある意味で70年代的なアイテムなのかもしれない。
 大学生になってなって以降、あまり使った記憶はないし、20代以降もない。ただ、あれはあれで便利じゃないかな。しかし、アイソメトリクスだけでは見せ筋肉になりかねないしとかなんとなく思っていた。
 それから30年は経った。実は、筋トレも始めようと思っていろいろ考え、チューブトレーニングとかいいんじゃないかなと少し始めただが(この話も近く書く予定)、そういえば、とブルワーカーを思い出した。あれ、けっこう使えるんじゃないか。
 そういえば、「一九〇一年生まれ、九十二歳、ボクは現役(三石巌)」という、まあ、変な本といっていいと思う(すでにアマゾンの古書にもない)、本があって、ブルワーカーに言及している。三石巌はれっきとした科学者で、よってご本人は科学的に健康法を説いているのだが、ポーリングの心酔者というあたりでわかるように微妙なおかしさがある。詳細はそれはさておき、三石老人九十二歳で矍鑠としており、その年でブルワーカーを使って筋トレしていた。さすがにもうお亡くなりなったが、90歳過ぎてブルワーカーで筋トレってありかと思い出した。

 ブルワーカーという名のアイソメトリックスのための運動具がある。これもボクはつかっている。これは、いれ子になったふといパイプのなかにあるバネで負荷がかかるようになったものだ。その両端を二本の樹脂被覆ワイヤーでつないだつくりになっている。ワイヤーとパイプは並行だ。両手に一本ずつワイヤーをもってそれをひらくようにすれば、パイプはみじかくなるが、バネのおかげでずいぶんちからがいる。ボクは二十三年まえにこれを買った。

 1993年の本なので、23年前というと、1970年。私が大阪万博に行ったのが小学校六年生なので、三石老人のほうがやや早いというか、描写を読むに私のと同じ古いタイプだ。老人そのころ69歳。
 筋トレのようすがすごい。

 最後にはパイプを背中にまわし、それを両手で水平にささえる。そして両腕のちからでパイプをちぢめる。ブルワーカーを買ったときは、それができなかった。でも、いまはできる。ボクは、からだできたえることができるものは脳と筋肉だと書いたことがあるけど、筋肉が年をとってもきたえられることがこれで証明された。ボクがブルワーカーを買ったのは、六十九歳の年だったのだから。

 うひゃ、これはすごい。っていうか、私はそれできないですよ、っていうか縮めかたによるのだろうけど。70歳超えてその筋力はいずれにせよすごい。ブルワーカーもすごいんでないの。
 それで30年も使ってなかったブルワーカーを使ってみた。なんのトラブルもなく使えるのだが、これって最新版は違うはずだよねとふと思い、調べてみると、だいぶ形状が違う。自分としてはアイソメトリクスだけに使うわけもないし、もっと弱いほうがいいなと、いろいろ迷ったのだが、最新版の「ブルワーカー X5 ソフトタイプ DVD付き」(参照)というのを買った。

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ブルワーカー X5 ソフトタイプDVD付き

 どうか。
 悪くないですよ。ウィキペディアには「交換用ナイロンストラップ付属ケーブルを含む、いくつかの改善点を通してたにもかかわらずブルワーカーは基本的な構造は変わらない」とあったけど、持ち手いいし、ナイロンストラップは二重になっているので、1つで引っ張るときと2つで引っ張るときで力を変えられる。簡単な筋トレにはけっこう便利。それなりいろいろ応用は利くし。
 解説の冊子やチャートはなんだか70年代だろこれみたいだが、アイソトニックスの説明もある。ただ、欠点というかわからないが、腹筋のトレーイングもできるとしているもののあまり効率よくはなさそうだ。他にも対応できない部位は実際にはいろいろある。あと、え?と思ったのだけど、ソフトタイプとかいっているわりに押し縮めるときの力は、旧タイプと変わらない。これって本当にソフトタイプなのか? というか、ハードタイプってどんだけと思った。
 これってあと30年使えるか。使えると私は80歳か。90歳でも筋力は保てる? いやなんだか、すごい話になってしまったな。

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2008.06.02

もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。

 ブログの運営のことでこれだけ悩んだのは久しぶり。いろいろ悩んだけどね。もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。ということにしました。
 承認制というのは、コメントを書き込まれてもすぐには反映されないということです。私が判断して、これはないんじゃないかなというコメントはブログに反映しません。せっかく書いていただいたコメントも、私の承認がないかぎり、コメント欄に表示されないことになります。「死ね」と書かれたコメントは表示の承認をしません。みなさんからいただいたコメントを表示するかしないかは私が責任をもって決めます。
 そして、もう一つ。ブログを持っているみなさんも、これから持とうとしているみなさんも、コメント欄を承認制にしたほうがいいですよ、とお勧めします。
 「でも私の使っているブログじゃできません。はてなダイアリーにはそんな機能がないんです」という場合は、そんなブログを使うのはおやめなさい、とお勧めします。ただし、はてなダイアリーには、コメントは会員だけに限定する機能があるのでそれを使うとほぼ同じ機能になります(それでも捨てIDとかで爆裂する人はいますが)。そうした、各ブログシステムの詳細については各人がお考えください。
 そう決心したのは、昨日のエントリ「極東ブログ: あなたのブログのイヤなヤツ」(参照)にも書きましたが、ブログに「死ね」と書かれたことで自殺に至った少女の死が私はとてもショックだったからです。
 彼女に、今私が書いているこのエントリの趣旨、つまり、「ブログを持つならコメント欄は承認制にしなさい」ということを伝えることができていたなら、あるいは私がもっと早く決心していたなら、と悔やまれました。もちろんそれでその命が救われていたはずだと思い上がるわけではありませんが。
 現実的には、私のこのちゃちなブログを彼女のようなかたがご覧になった可能性は低いでしょう。そもそもこの爺臭いブログを仮面ライダーキバのファン以外のかたがご覧になるとすれば、よほど物好きでしょう。でも、私はブログの物好きがいつか日本の社会を変えるだろうと、0・2%くらい信じています。そしてその連鎖がうまく彼女のようなかたに届いた可能性が0・002%くらいあったかもしれないなと思うと、マジ泣けました。
 ブログに「死ね」と書かれたくらいで死ぬなよというのは、自分がティーンエージだった心を裏切る部分があります。まして私は50歳にもなってしまいました。社会的にはクズFAだけど、まあいい大人ですよ。もしかするとパソコン通信の黎明時代から四半世紀にわたってここの世界に関わってきた希少生物かもしれません。少しここいらで考えを変えるべきだし、このネットの世界に少し自分なりの立場を明らかにしたいと思いました。
 少なくとも、コメント欄を承認制にすれば、「炎上」はなくなります。それで困るのはJ-CASTの炎上ネタ? いやもうそれも飽きられているじゃないですか。切込隊長さん十八番の炎上批評もなくなってしまう? あれももういいんじゃないの。
 ブログは炎上しなくても、掲示板で炎上する? はてなブックマークでネガコメ炸裂、「死ねばいいのに」タグ満載になる?  なるほど同じ事かもしれないし、黒木ルールでいう匿名禁止は掲示板システムでもやらなければいけないとか、そもそも全部実名しろオグリンGOGOGOみたいな意見もあるでしょう。けど。私は私ができるだけのことをしますし、実現可能なことをお勧めしたい。というだけです。
 ちなみに、ブログのトラックバックはもうすでに死んでいます。いや承認制してあります。私がイスラエル問題を書くのに、巨乳情報やお勧めの金融商品、RSS検索羅列などのトラックバックを送られてもな、ですよ。
 ついでに、ケツの穴が痒くなりそうなんで、たぶんこれっきりにしたいのだけど、ブログをやっている人や、始める人にお勧めをまとめておきます。ブログ・クソッタレ撲滅ルールの試案です。

ブログ・クソッタレ撲滅ルール


  1. トラックバックは承認制にしなさい、ほとんどはゴミだから。
  2. コメント欄は承認制にしなさい、イヤなこと言われっぱなしにしないでいてください。
  3. ブログから離れたところに自分を受け入れてくれるコミュニティを持ちなさい。
  4. できたらはてなブックマークのコメントや掲示板からのアクセスを気にするのはやめなさい。

 3点目のお勧め「自分を受け入れてくれるコミュニティを持ちなさい」は、サットンのお勧めのアレンジです。ブログというのは、やってみるとわかるけど、奇妙に孤独な世界です。いやそんなことはないという人もいるかもしれないけど、少なくとも、ある一定以上の人気が出ると、それに比例して奇妙な孤独がやってきます。そんなこと言える? ええ、私がそうですよ。
 ブログのない時代は、表現者であることは、同人誌や地下出版くらいでしか可能ではありませんでしたし、それらは、受け入れてくれるコミュニティも付随していました。だから内輪揉めとかもっと凄惨なこともあったけど、それはそれなりにコミュニティはあったものです。でも、ブログというのは、やってみるとわかるけど、奇妙にぞっとする孤独があるものですよ。それがなさそうな人もいるけどね。
 自分が正しいと思って書いたことをみんなが嘲笑しているのではないか。そんな悪魔の囁きどおりに探すとなるほど嘲笑ばかりです。その嘲笑のほうが正しいのかもしれません。そんなときは、自分を受け入れてくれるコミュニティのなかで、どう?と聞いてみるべきでしょう。もっとも、そのコミュニティが全員イカレているかもしれません。でも、そこまではもうしかたないでしょ。
 話が複雑になるけど、たぶん、自殺された女子高校生のかたは、そんな殺伐としたブログではなく、ブログ自体がコミュニティを志向するようなそんなブログだったのかもしれません。つまり、SNSに陰毛が生えたくらいの、覗くなよ、みたいな。つまり、ブログとは名ばかりで本質はSNSだったのかもしれません。SNSでも、「死ね」コメントはあるでしょう。そして晒しもあるでしょう。そこについては、私は、またわからないなと思います。
 今回の事件については、いわゆるブログではなかったのかもしれませんし、私が息巻いて書いているようなブログ管理者の心得みたいなものの対象ではないのかもしれません。毎日新聞記事”女子高生自殺:ネットの「死ね」にショック、初欠席のすえ”(参照)より。

 女子生徒が遺書で触れた書き込みについて、同じクラスの生徒が開設したブログだったとの情報もあるが、確認はできていない。同校は、自殺した女子生徒へのいじめや、いわゆる「学校裏サイト」などへの書き込みがあったかなどについても県警に協力を依頼して確認を進める。

 「死ね」書き込みはその後、確認されました。が、朝日新聞記事”HPに「死ね」の書き込み確認 北九州の女子高生自殺”(参照)では、「死ね」の書き込みは確認されたとしながら、もはや「ブログ」という言葉ありません。

 北九州市の高校1年の女子生徒(16)が、「ホームページに『死ね』と書き込みされた」などとつづった遺書を残して自殺した問題で、福岡県警は1日までに遺書が指摘したとみられるホームページを特定し、「死ね」などほぼ指摘通りの内容の書き込みがあることを確認した。生徒が通っていた同市小倉北区の私立女子高校は、いじめの有無など事実関係を調べている。
 県警などによると、問題のホームページは生徒の同級生らが日頃利用していたものとみられる。生徒は遺書の中で同級生1人の名前を挙げ、「ホームページに私のことを『死ね。葬式行ってやるよ』と書いた」などと記していた。いじめられていたと訴える記述もあったという。

 この記事からは、ブログというより、いわゆる学校裏サイト、つまり匿名的な公開掲示板の問題ではないか、つまり「ブログ」というのは誤報だったのではないか、と判断するほうが妥当のように思われます。
 でも、それはそれとして、問題の本質と、私が可能なことといえば、やはり、「もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ」というくらいだなということは、変わりません。私は決めました。ブログには価値がある。でもその価値を維持するには不便もある。
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私塾のすすめ
齋藤孝・梅田望夫
 関連して、「私塾のすすめ ここから創造が生まれる(齋藤孝・梅田望夫)」(参照)で梅田さんはこうブログを勧めていらした。言葉との出会いということで。

 そうそう、そういう言葉をブログなどで公開していくと、そこで、志向性を同じくする人との出会いが生まれると思うんですね。志向性を同じくする人と語り合うことの意味は大きい。でもそういう人が物理的な空間、会社の中とか、学校の中とかで見つかるというほうがおかしいというのが、先ほど言った、僕のある種の諦観です。そこでおかしいな、誰もまわりにいないなと思ったときに、対象空間をぐうっと広げるのに、インターネットというのはすごく役に立つ。
 ネット上で、ほんとうにたくさんの事例をみているのだけれど、それほど目立っていないあるブログの例を挙げましょう。ページビューで言えば、一日せいぜい三百から五百くらいしかないブログなんだろうと想像するのだけれど、そのブログを毎日読み、コメント欄なので交流している人たちの雰囲気がとてもいいのです。
(中略)
 人間って案外、小さなことで幸せになれる。朝起きたときに、そのブログに、「この本を読んで感動した」と書いてあった。「じゃあ、私も買いにいってみよう」。それだけでずいぶん人生は潤う。

 そこは本当にそう思う。
 その先に、私は、この数日になってからの違和感を述べることにしたわけです(この本を読んだときは違和感はありませんでした)。
 その部分の引用を続けます。

先ほども「炎上」の話をしましたが、そういうふうに幸せにしている、五人か十人がコアメンバーのブログ、ページビュー数百以下のブログで、炎上なんて起こらないですよ。そんなところにやってきて、そのコミュニティを壊そうなんていう人はいないし、オープンなんだけれど、そのブログの存在自体が、ふつうは見つからないから。でもオープンにしていなかったら、そのメンバーは出会えなかったわけです。

 たぶん、それは現実にはまだ正しいでしょうし、今後もたぶん正しいんじゃないかと思います。
 でも、私はそうしたコミュニティの最もナイーブなものが無残に壊されることはありうるなというのと、数百のページビューがいつか数千、数万のページビューになることはそう不思議ではないと思っています。まさか無名の私のブログが、そうなると思っていなかったのだし。
 このあたりの問題は、ページビューとの相関で見てもいいのかもしれません。ただ、私は、もうちょっと、不便だけどコメント欄承認制へ踏み出しますし、それをお勧めします。
 私は「死ね」とコメントいただいたらサクッと削除するでしょう。「おまえ馬鹿だろ」については、微妙ですが。それだけを黒木ルールでいう(参照)匿名さんが書いたならサクっと消してしまうと思います。きちんとブログを持っているかたが書かれたのなら、「ほぉ、お前さんと私がどっちか馬鹿か晒したるぜ」ってことにする可能性もあるかもしれません。「なんたらの部分だがお前馬鹿だろ、それはだな」みたいなコメントは承認すると思います。Nakajimaさん、お元気ですか。野ぐそさんのダラコメはOKするんじゃないかな。もう随分前になってしまったけど、切込隊長さんのブログが炎上したとき、炎上勢力がいろいろと切込隊長さんの支援と思われる人の切り崩しにかかったとき、野ぐそさんこと旧うんこさんは、むしろ弾に当たった。俺はね、ああいうふうにスジを通すヤツは大好きなんだぜ。
 実際のところは、このブログについて言えば、すでにエントリ書いてもさしたるコメントもないので、ほとんど変化はないでしょう。それどこか、イージーミスとか誤訳の指摘を頂く敷居が高くなって、恥さらしの可能性が高くなりかえない。でも、そのくらいの恥はさらすしかないかな。いや、間違い指摘や反論は頂きたいと思ってます。ちょっと反応が遅くなるけど。

追記
 404 Blog Not Found”あなたのコメント欄を承認制にしなさい。でも私のは開けとく”(参照)にて、アルファブロガーの弾小飼さんから言及していただきました。それをきっかけに、補足としたいと思います。というのは、誤解されていると思いましたし、その誤解に答えるべきかと思いました。
 弾さんが、コメント欄を承認性にしないという理由は、


多少の罵声を浴びせられるぐらい、コストとしては安いものである。

 とのことでした。
 実は私もその程度の罵声にも耐えられますし、5年以上耐えてきましたた。まだ強くなれそうと思ったとき、違うよと思ったのですよ。
 数千以上のPVを持ち、それなりに著名なブロガーは、他のまだ小さいブロガーなら威嚇を感じるようなクソッタレコメントにも許容を持ちます。数千以上のPVがあればクソッタレは自然発生しますし、それに許容性がなければやっていけません。
 しかし、そうした大きなブロガーが、他のブロガーだったら威嚇を感じるようなコメント、単純には、「死ね」といったようなクソッタレコメントを放置しないでくださいということもあるのです。特に、大きなPVを持つブロガーはそのクソッタレコメントを結果的にまき散らすことも許容しているのです。それをやめましょう。
 ブロガーとして、クソッタレ撲滅ルールの意志を示そうじゃないかということなのです。
 ですから。

マッチョでなければブログれないのなんて私だって御免被る。ちょっとした設定で心身ともに楽になるなら、是非そうするべき。

 「心身ともに楽になる」というのは本質ではないんですよ。
 別の言い方をすれば、弾さんにお勧めしたいのは、コメント欄承認制をとならないのなら、弾さんが「ブロガーとして許せないコメントは削除しますよ」とポリシー化していただくことなんです。
 コメント欄承認制で、「炎上」は終わります。こういうものを過去のものにしていこうという提言は、このエントリーの趣旨であり、「みなさんも」と問い掛けた意味です。

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2008.06.01

あなたのブログのイヤなヤツ

 最初に結論を言うと、「あなたのブログのイヤなヤツ」とは私のことだ。ああ、なんて自分はクソッタレなんだろと思う。

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あなたの職場の
イヤな奴
 それはそれとして、「極東ブログ: [書評]あなたの職場のイヤな奴(ロバート・I・サットン)」(参照)で議論される、職場のクソッタレ(asshole)とネットのクソッタレのことを考えた。サットンによると、職場にはクソッタレ撲滅ルール(No asshole Rule)が必要だということだが、これは職場だからだ。職場というのはゲゼルシャフトなので目的から合理化できる。ひどい言い方をすればクソッタレが目的にかなうならクソッタレ大歓迎だし、社会を見ていると、どうもそういう実態もありなのかもしれないなとも思う。
 ネットはどうなのだろう。昨日のニュースだが朝日新聞記事”『死ね』と書き込みされた」高1女子が自殺”(参照)より。

 北九州市内に住む高校1年の女子生徒(16)が、「(インターネットの)ブログに『死ね』と書き込みされた」などとつづった遺書を残し、自殺していたことが分かった。


家族あての遺書には丁寧な字で「お世話になりました」といった記述とともに「ホームページのブログに『死ね』と書き込みされていた」などと書かれていたという。
 県警は、生徒の友人らのホームページにこの生徒の悪口が書き込まれていた可能性もあるとみて、学校側に対し「学校裏サイト」の有無や、書き込み、いじめなどがなかったかなどについて調査を求めている。学校側も29日以降調べているが、遺書の内容に該当するような書き込みはまだ見つかっていない。

 書き込みは見つかってないことと書き込みがなかったことは別だ。おそらく書き込みはあったのではないか。
 ブログの中にいて腐りきっている私などからすると、「死ね」とか書かれても、ああまたキチガイ発生とか思う。ただ、サクっと消すかというとそうでもない。私みたいな糞に向けて言っているくらいならお子ちゃまの甘えでしょ。年取ったんだからそのくらい受け止めなくなくちゃな、私だって若い時はひどかったしなとか思う。本当に攻撃してくる人たちはちゃんとテクニックというものを持ってますよ。幸い本当に攻撃する人たちはお仕事でやっているっぽいので、そうした利害フレームワークがなくなると消える。単純に言えば、「お前みたいなやつの言説が俺たちの利害のシマを荒らすんじゃねー」ということだ。わかりやすい。私はキンタマがないので、ヤクザ的な脅しにはすぐにまいるし、そういう商談的な話はわかりやすくてよろしい。
 そろそろ死期も見えるような私に「死ね」とか言うのはご愛敬だが、16歳の少女に言うのはどういう了見なんだ、このクソッタレども、と思う。おそらくブログの世界には私に近い腐ったやつらが満載なんで、これは政府やマスメディアによるネット規制の陰謀だろうみたいな話のほうが受けると思うし、勝手にやってな。なのだが、16歳のこの少女の思いというか、そんなことで死ぬなよというより、そういうふうに死に追い詰めるクソッタレが跋扈しすぎかなという思いのほうが強くなってきている。
 ネットのクソッタレどもをどうしたらいいのだろう。私みたいに、えへへへオレのほうがクソッタレだぴょんみたいな老害たれ! というわけにもいかないし、もうちょっとなんとかならないのか。というか、ネットのクソッタレ撲滅ルールはあってもいいんじゃないかとか少し考えた。
 考えてよくわからなったのだけどね。
 先のサットン書籍にはさりげなくドラッカー(参照)が出てくるが、サットンのクソッタレ撲滅ルールの背後には、ドラッカーの思想がある。ドラッカーは、会社という組織は、全体主義(スターリニズム的社会主義とナチズムという民族社会主義)から離れ、社会を安定させる装置たりうるかとして位置づけていた。そういう基本的な枠組み、つまり、社会を構成していくというか、作為の契機のようなものはもうちょっとネットというかブログの世界から内発的にあってもいいんじゃないか。ただ、いわゆる道徳もな、違うかなとは思う。
 で、そうだサットンの企業向け、クソッタレ撲滅ルール(No asshole Rule)がブログにも当てはまるんじゃないかと、今朝の仮面ライダーキバを見ていて、紅音也が憑依したかのようにふと思ったので、それってブログっぽいネタじゃんとか思い込んで書いてみる。
 まずサットンによるクソッタレの定義というか基準だが、今回はロングヴァージョンで。

基準1/クソッタレと目されている人物と会話をかわしたあとで、”標的”となった人物が憂鬱になったり、屈辱を感じたり、やる気を失ったりするか? とくに重要なのは、標的となった人物が卑屈な気分になるかどうかである。
基準2/クソッタレと目されている人物が悪意を向ける対象が、自分より力の弱い者であるか?

 前回の関連エントリ(参照)では、ネットの場合は、職場と違い人間関係の上下はないんだから、ネットにはクソッタレ撲滅ルールはないだろうなみたいな話を書いたが、そしてそのときにも思ったのだが、ネットの場合は、上下はないとしても、匿名というか黒木ルール(参照参照)における匿名は、対応上、上位としていいのではないか。その意味で、黒木ルールによる匿名は、ネットにおいて基準2にしてよいか。その点では、アルファコメンターの野ぐそさんとかハンドルはうんこ・ハナゲと変えるけどメールアドレスで一貫していて基準2からは漏れてしまう。逆に、ddcさんは、ハンドル抜いて糞コメするようになったので、そろそろ基準2じゃねーかとか。
 基準1は意外と難しい。サットンの議論は実際には起業経営者向けなので、自分が標的になるという視点はやや弱い。だがブログの場合、標的は自分だ。だから、その自分が「憂鬱になったり、屈辱を感じたり、やる気を失ったりするか」というのをどう評価するか。「そんなのお前が打たれ弱いからだよ、気にすんな」で済むことか。私は済むんじゃないかと思っていたし、およそブログを続けるなら、そこは少しずつ「答えはメンタルタフネス♪」(参照)かなと。ネガコメレッドと目される姉御も大愛を抱いているじゃんみたいな。修行修行、只管打坐、みたいな。
 でも、違うかな。自分が強くなるのはなんか違うんじゃないかという感じがしてきた。自分が強くなるということで結果的に自分よりナイーブなブロガーの言説を自分は抑圧している側になってきているんじゃないか、という気もしてきたし、そもそも私は強い人間ではない。なんでクソッタレに言われほうだいなんだろやだなというイヤ感を率直に言ってもいいのではないか。
 ということで、基準1はけっこうそのブログ主の主観に任せていいんじゃないかとか思うようになった。すると、ブログ版クソッタレ撲滅ルールはこうなる。

基準1/悪意を向けたコメントやトラバでブロガーが憂鬱になったり、屈辱を感じたり、やる気を失ったりするか? とくに重要なのは、ブロガーが対応できずに卑屈な気分になるかどうか?
基準2/悪意を向けてコメントを書き散らしたりトラバを送ってくる、クソッタレと目されている人が黒木ルールにおける匿名であるか?

 こんな感じでいいんじゃないかな。ってことで、今後その手のクソッタレは撲滅するか、なのだが、ちょっと悩む。意外と甘えてクソッタレている人は傷つきそうだし。
 ここでもサットンのお薦めではないけど、ダヴィンチ・ルールで、うだうだせず決めたらさっさとクソッタレ撲滅しろとも言えるのだが、ああ、悩むな。まあ、この手の釣りネタエントリでどのくらいクソッタレが発生するか見て考えるかな。
 ついでなんで、サットンのクソッタレ対処法をブログに適用する場合アレンジも考えてみよう。
 予防法1は、ダヴィンチ・ルールだ。「最初に抵抗するほうが、あとになってから抵抗するより楽」。それは言えているけど、すこしアソビを持ってもいいか。
 予防法2は、「逃げろ、無理なら近づくな」。これは逃げろは難しいか。それでもべたなアフィリエイトトラバでブログのトックバックが死んで許可制にするしかなくなったように、コメントも許可制にするというのはあるな。近づくなは、そういう匿名クソッタレに応答するなというのはある。
 予防法3は、「同僚を敵とするな」だが、これはブログだとよくわからん。
 予防法4は、「他人の目で自分を見てみよう」だが、これはサットンの場合、端的に企業利益にマイナス影響をクソッタレが持っているかということ。ブログだとよくわからない。ブログの価値は明確ではない。価値、ないんじゃないか。
 予防法5は、「自分の過去に目を向けよう」だが、これは自分がクソッタレにならない自戒に近いか。
 どうもあまりピンと来ない。むしろ、クソッタレのいる職場で生き延びる方法のほうが、クソッタレに晒されるブロガーが生き延びる方法の役にたつかもしれない。箇条書き的に、ざっくりとまとめてみるかな。

  1. クソッタレに関心を持つな
  2. クソッタレが変わると期待するな
  3. クソッタレに負けずブログを前進させよう
  4. クソッタレに関わる時間を減らせ
  5. クソッタレから逃れて安らぐ別のネットの場所をみつけろ
  6. クソッタレの件で相談してもあまりメリットはない
  7. できることなら相手をやさしく再教育
  8. クソッタレに復讐のすすめ
  9. クソッタレに我慢しすぎは危険

 まとめると矛盾もありそうだが、そもそもそんなものか。
 ついでに7つの教訓はそのまま引用しておこう。

  1. 良識のある人たちによって生み出された温かい感情の和も、たったひと握りのクソッタレのせいでブチ壊されてしまう。
  2. クソッタレ撲滅ルールの大切さを人に説くのもいいだろう。しかし、ほんとうに重要なのは、それを実行することである。
  3. ルールを生かすも殺すも、当人の意志次第である。
  4. クソッタレが役に立つこともある。
  5. クソッタレ撲滅ルールの実施は、管理職だけの仕事ではない。
  6. クソッタレに恥をかかせろ。
  7. クソッタレとは、わたしたち自身のことである。

 結論は冒頭に書いたので省略、と。
photo
クソッタレバッジ
by Rational Survivability

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