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2008.05.17

[書評]書籍「マイクロトレンド」の序文について

 先日のエントリ「極東ブログ: [書評]マイクロトレンド 世の中を動かす1%の人びと(マーク・J・ペン)」(参照)だが、私の書き方が悪く、誤解されたむきもあるかもしれないが、翻訳として悪いわけではない。誤訳が多いということではなく、むしろ良質な翻訳だろう。

cover
マイクロトレンド
 訳書の問題点は、私の考えだが、4つあって、1つは一番重要な概論である序文が大幅に編集されていて、冒頭から読み進めると「マイクロトレンド」ということがなにかが翻訳書では理解しづらい。2つめは、三浦展による各項目の補足はそれはそれとして彼の概括はオリジナルの主張と反対になっている。3つめはオリジナルでは75項目あるのに訳書では41項目なので約半分の抄訳である。4つめは抄訳で割愛された部分について、選挙など政治関連の世論調査家としてマーク・ペンが一番主力を置いているはずの政治・人種・宗教といった部分がほとんどタブーであるかのように削除されているということだ。
 以上をのぞけば、訳出された項目についてはさらっと読むことができるし、それなり社会動向や、商品開発、選挙といったことに関心のある人は一読しておいたほうがよいだろう。むしろお勧めしたい。
 4つの問題に点に戻るが、3と4の抄訳についてはいかんともしがたい。別途続巻を出すか(これは皮肉ではなく政治・人種・宗教に詳しい識者の論説をともに出版するとよいと思う)、新装版を出してもいいだろう。
 2の三浦展の概説については、ごく簡単な週刊誌の書評程度で書かれたと見ればあまり目くじらを立てるほどのことでもないだろうし、むしろ抄訳本としてはマッチしていると出版側が考えたのも頷けるかもしれない。
 つまり、ブログなどで対応・補足できるとしたら、序文のサマリーと、マイクロトレンドがどのような意味を持つかという解説だろう。ということで、あまりきちんとした解説ではないけど、少し補足しておきたい。
 最初に翻訳本の「はじめに」がどのように編集されているかを具体的に示すために、オリジナルと対照できる部分をブロックにわけてみた。具体的には、この翻訳の「はじめに」はオリジナルを切り刻んでつなぎ合わせているので、つなぎ目ごとにA、B、Cとブロックわけしてみた。全体は、ABCDEFGHの8つの断片に分かれる。これがオリジナルではどのように出現するかというのを示すと前回言い方はよくないがかなり編集されたとしたことはある程度客観性を持つだろう。
 その順序だが、F、B、D、G、C、E、A、Hである。かなりランダムに近いが、AとHが後半に固まっているので、それを大幅に割愛した前半から切り取り集めたということだろう。
 次に、邦訳書の「はじめに」で省略された部分を基本に、オリジナルの序説を再構成してみたい。なお、邦訳書で編集された「あとがき」とオリジナルの結語の対応についてはここでは触れないが、やはり異質なものに書き換わっている。
 まず、オリジナルの序文だが、断片Fの前にオリジナルの冒頭に数パラグラフがあり、ここでは、米国の60年代のフォード型の画一的生産と、現在の小さく細分化された生産が対比されている。これは、あとで、フォード対スタバという対照になる。フォードのように単一の生産物を単一の工程で生産する段階を米国が終え、スタバのように細かいニーズにカスタマイズしたサービス産業が主流になったということだ。そこはごく常識的でもあるが、次の指摘は多少留意させられるものがある。フォード型の産業に対して。

But ask two-thirds of America, and they will tell you they work for a small business.
(アメリカの三分の二を取り上げれば、労働者はスモールビジネスに従事していると言うだろう。)

 このあたりは、いわゆるSOHOと同定されるものではなく、大企業に属しても自身の理解としてsmall buisinessということはありうるだろう。しかし、サービス側から見れば、いずれにせよ、小範囲の規模で足りる仕事に従事しているとは言えるだろうし、ペンは明記していないが、それがIT革命の達成でもあるだろう(クルーグマンとかわかってないっぽいけど)。さらに言えば、small buisinessはいわばブレーンのビジネスなのでリザルトが小さいということではない。途上国側のフォード的な生産を統括しているとイメージすればいいかもしれない。いずれにせよ、ここからマイクロトレンドが語られる点は興味深い。

Many of the biggest movements in America today are small --- generally hidden from all but the most careful observer.
(アメリカでの大きな変化の大半は規模が小さく、注意深い観察者を除けば一般的には隠されている。)

 マイクロトレンドの累積が大きな変化なのだが、個々のマイクロトレンドはわかりづらい。なぜか。以下は邦訳書の初めにも含まれているのだが原文で引き、訳を変える。

Microtrends is based on the idea that the most powerful forces in our society are the emerging, counterintuitve trends that are shaping tomorrow right before us.
(私たちの社会で最も強い力は、私たちの前に未来の真相を形作る新興で反直感的なトレンドであるという考えにマイクロトレンドは基づいている。)

 マイクロトレンドは、counterintuitve(反直感的)であるというこがとても重要なことで、the most careful observerは理解しえるかもしれないが、いわゆるトレンドウォッチャー的な直感ではわからないものとするのが、本書の方法論的な原点になる。
 なぜそうなのか。

The power of individual choices has never been greater, and the reasons and patterns for those choices never harder to understand and analyze.
(個人選択の力はかつてないほど大きくなり、その理由とパターンの理解や分析もかつてないど困難になった。)

 マイクロトレンドの背景にあるのは、人々の選択の力の不可解ともいえる増大だとしている。
 これは、私見が入るのだが、多様な消費のなかにしか、消費の可能性がなくなってきているか、あるいは、従来の消費社会のようなベース部分の解放を意味しているだろう。たとえば、エンゲル係数といった観点は、具体的な食品の市場の可能性においてはすでに意味がなくなりつつある。ただし、ここは逆に各種のアナクロニズムが住んではいるが。
 その意味で、ガルブレイスの「ゆたかな社会」(参照)との関連やその後の資本主義観にも関わってくる。多少放言すれば、現代は資本主義だ、マルクスは再解釈されるとかいうのであれば、その前に資本主義の変化が考察されなければならないのだが。
 いずれにせよ、ペンの視線は、個人の解放、しかも、消費動向としての解放が、市場を決定するという日本でいえば吉本隆明の考えに基礎が近い。
 なぜペンはそうした、人々=大衆から思考するにようになったのか。訳書では「あとがき」に編集で移動されているが、それが引き続き語られる。重要なのは、ペンの思想は、米国の古典的な政治学者V. O. Key(参照)を継承していることだ。日本ではキーについてはあまり語られていないようだが、戦前の政治やおそらく日本の統治にもなんらかの影響があるだろう。ペンをキーの系譜で見直すと、マイクロトレンドが実は政治学にもっとも近いことは理解しやすいだろう。
 キーのテーゼは「有権者はバカではない」ということだ。余談になるが、小泉郵政選挙の際ネットではチーム世耕による情報工作だという話も広げられたが、そのあたりはまさにキーのテーゼに反している。
 もちろん、ペンはキーのテーゼをそのまま受けているわけではない。が、むしろ人々の政治行動を、仮定の原則として正しいと見る方法論は重要だろう。この点も吉本隆明の政治観に似ている。
 次に邦訳書の「はじめに」でも引かれている部分だ。そうはいっても、人々の政治や消費活動は、全体として見れば矛盾しているように見える。健康食を求めながらビッグマックが売れているというぐあいに。
 この矛盾は、トレンドをマクロトレンドやメガトレンドとして考えるからで、個人の選択は各人の嗜好を是とする(人々は正しい選択をする)から考えれば、各種のマイクロトレンドとして独立して見る方法論が重要になる。
 ここで当然の流れのようにペンがクリントン政権樹立にどのように関わったかというエピソードが入るのだが、邦訳では一部が訳者の解説に織り込まれ、大半は「あとがき」に移動されている。
 エピソードの重要点は「サッカーママ」だ。中流階級の既婚女性で子どものサッカー活動なに推進するという層だ。クリントン政権樹立時はそうしたグループが政治的には見えてこなかった。しかし、そこへの攻勢が重要になったとしている。ペンは当時のアメリカの有権者分析をして、男性の投票行動に対するキャンペーンがあまり有効ではないことを知った。そして「サッカーママ」の存在を見つけていく。ここでもやや余談だが、ようやく日本でも「サッカーママ」は政治的な力になりそうだ。特に東京郊外部の中流階層からやや下あたりにそうした動向が見られる。
 邦訳書はペンのそうした政治との関わりをごっそりと「あとがき」に回し、1%の人々が世界を変えるという話を取り上げ、翻訳初の副題にもしているのだが、再び、邦訳書から消された部分に文脈を戻すと、その1%は、むしろ、不法移民が参照されているのだ。
 つまり、以前はサッカーママが政治の舞台に上がらなかったように、不法移民もこれまではそうした舞台から見えなかった。しかし、今では新しい政治動向となりつつあるということだ。
 個人の選択力が政治的にも広がるときそれは政治的な力になりうる。
 ペンはその援助としてインターネットが人々を繋げる要因も上げているし、今日世界のテロもそうしたマイクロトレンドに結びつけている。テロはマイクロトレンド的な政治意識から発生しているとも見ている。
 日本と違うのは、ペンはこうしたマイクロトレンドを、米国の成長、巨大化とも結びつけている点だ。ペンは具体的には触れていないが、そう遠くない未来に、中国は老人国となり人口の拡大も止まる。ざっくりと12億人としてよいかわからないが、米国は4億人になる。ちなみにロシアや日本は縮退し、EUやイスラム圏になる。教育差を考えれば米国が来世紀にもスーパーパワーで君臨するだろうが、そうした未来像がなにげなく本書マイクロトレンドに組み込まれている。
 逆にいえば、日本のように縮小し老人化していく国のマイクロトレンドは大枠において異なる可能性がある。(たぶん老人の活動が日本を混乱させるだろうとは思うが。)
 話を戻して、邦訳書ではこの先にその「はじめに」の冒頭が繋がり、フォードとスタバの例が引かれる。
 次に大きく邦訳書の「はじめに」で抜けているのが、"The Power of Numbers"という小項目で、これは「あとがき」に編集で移動している。ここではマイクロトレンド読み出しに関する方法論で、統計をどのように考えるか、恣意的にしないためにはどうするかが論じられる。
 そして最終部は邦訳の「はじめに」でも多めに翻訳されるのだが、次の重要な、と言っていいだろう一文は「あとがき」に回されている。

Hidden right in front fo us are powerful counterintuitive trends that can be used to drive new business, run a campaign, start a movement, or guide your investment strategy.
(私たちの目前で隠されている真相は、強力に反直感的なトレンドであるが、それは、新規ビジネスや、選挙活動、社会運動、投資指針に利用できる。)

 つまり、マイクロトレンドを知ることが、新しいビジネスのチャンスを得ることであり、ペンの専門である政治活動でもあり、さらに投資にも重要だということだ。

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コメント

あまり重要な点ではないのですが

The power of individual choices has never been greater, and the reasons and patterns for those choices never harder to understand and analyze.
(個人選択の力はかつてないほどであり、その理由とパターンの理解や分析もけして困難ではなかった。)

の後半は前半と同様に「理解や分析もかつてないほど困難である」ということではないでしょうか。

Amazonのrecommendationは,マイクロなpointをtrendにしようという試みも含むのかなと思いました。

投稿: Taq | 2008.05.18 12:00

Taqさん、ご指摘ありがとうございました。訂正しました。

投稿: finalvent | 2008.05.18 13:18

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マイクロトレンド―世の中を動かす1%の人びと作者: マーク・J. ペン出版社/メーカー: 日本放送出版協会発売日: 2008/04メディア: 単行本 スターバックスには数十種類のコーヒーが存在し、コンビニでは数千点の商品から好みのモノを選べる時代である現代において、10数年前のようにみんなが同じ選択肢を選ぶメガ・トレンドは生まれない。 しかし、多数の選択肢の中から、数は少ないが確実に同じ方向を指向している新しい流れは存在する。 それが、人口の1%程度のトレンドである、マイクロトレンドだ。 ... [続きを読む]

受信: 2009.02.21 00:03

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