[書評]霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」(高橋洋一)
3月に講談社刊の書籍について、「極東ブログ: [書評]さらば財務省! 官僚すべてを敵にした男の告白(高橋洋一)」(参照)を書いたが、本書「霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」(高橋洋一)」(参照)は、その高橋洋一による文春新書。
霞が関埋蔵金男が 明かす「お国の経済」 高橋洋一 |
帯に「新日本経済入門」と「高校1年生~財務官僚・日銀マン向き」とある。どちらも皮肉ではあるが、確かに高校一年生でも読めるだろうし、高校一年生ならこのくらい読んでおいたほうがいいだろう(大学生なら必読かな)。
ただし、この本で経済学がわかるといった類ではないし、ある意味で最先端の経済学のプラクティカルなエッセンスだけなので、「なぜそうなるのですか」という部分については、私を含め、普通の大人でも答えられないだろう。それでも、ある程度、グローバルに経済を見ているなら(グローバル経済ということではなく)、これらの経済学知見はそれほど常識に反するものではない。が、日本のジャーナリズムの常識に反する部分は多いかもしれないのが、高校生一年生に読ませるときの問題かもしれない。
「まえがき」がそこをずばりと言っている。
最近よくマスコミに出てくる言葉として、埋蔵金、道路特定財源、財政再建、日銀総裁人事、公務員制度改革、地方分権などがあります。これらについてどのくらい語ることができますか。
いくつかのキーワードとちょっとした経済理論がわかれば、簡単ですよ。経済学なんて役に立たないと思っている人は多いでしょう。でも、複雑な経済問題を理解するためには本当はけっこう役に立ちます。
として日本の目下の課題を最新の経済学的な知見でばさばさと切り込んでいく。
私は本書を読みながら、「ああそうだ、そう表現すればすっきりするな」とか、「その知識を最初に得ていたらよかったのに」と、随所で思った。
読みながら違和感がないわけでもない。例えば、道路特定財源の問題だが、そもそもガソリン税をどう考えるか。高橋はこれを「ピグー税」(参照)としている。ああ、なるほどそう考えるとすっきりするなとは思いつつ、ガソリン税が導入された経緯としては、それは違うだろうなとも思える。いずれにせよ昨今の状況ではピグー税として位置づけるのでよいと思うし、すっきりする。
「マンデル・フレミング理論」(参照)も、これまでわかんないしモデルが単純過ぎるから現実には合わないのではないか、「極東ブログ: [書評]「陰」と「陽」の経済学―我々はどのような不況と戦ってきたのか(リチャード・クー)」(参照)も専門家としていちおうそれを踏まえて反対しているのではないか、などと思っていた。しかし、高橋がばっさりと言い切ると、そう考えたほうがわかりやすいなと、そそくさと軍門に下るの感がある。
為替介入にしても、「極東ブログ: [書評]デフレは終わらない 騙されないための裏読み経済学(上野泰也)」(参照)を読みながら、この理解でいいのかなと不安でもあったが、高橋がばっさりと説明すると、ふん、それでいいかと納得する。いや、ちょっとこの問題はまだ疑問が残るか。
「国際金融のトリレンマ」(参照)についても、私はこれは経済の範疇であるが、経済理論というより国際政治的な合意の問題ではないかとなんとなく思っていた。しかし、これも高橋が単純に言い切るほうが正しいと思えた。このあたりそれで納得すると、日本てなんて変な国なんだろうというか、その変な理由もなんとなくわからないでもない。
どれもそれほどはっとする知見というわけではないが、なるほどなあ、もっと経済学をシンプルに見ていいのかとは思った。
経済学は一日一日はわからないけど、半年くらいのスパンをとればけっこう当たるものです。
というのは確かなのだろう。ただ、これも率直に言うけど、経済学で現在世界のキチガイみたいなホットマネーが扱えるかというと私は依然疑問符ではあるけど。
あと2点。
「極東ブログ: 祝日本インフレ、日本賛江、フィナンシャルタイムズより」(参照)については、あの状況下で日銀がまた大ポカしそうという文脈ではシリアスだけど、概ねのところでは洒落もあるなとは思った。どのくらい洒落かというと、そこの見極めは難しく、逆にどっちかというと、全体的にはインフレ的な傾向にはなるだろうからいいのではないかとは思ったのだが、本書の高橋の説明はすっきりする。
海外の物価が上がったときは、お金を国内から海外にとられる。つまり、海外の物価が上がるということは、国内の所得が減るということだよ。
だから、国内の所得を埋める分だけお金をつぎ込むんだ。ガソリン価格みたいなもので輸入物価が上がったときは、実は金融緩和なんだよ。
国内の物価が上がったときには引き締めなんだけど、海外の物価が上がってそれが国内に波及するようなときには、金融を引き締めないと大変なの。
私なんかでは、単純に、ほう、そうか、とか思う。まあ、このあたりは完全に腑に落ちるというものでもないのは、やはり経済学的に納得しているというわけではないからだ。
そうした、なるほどそれが正解だろうなと思いつつ、きちんと自分で経済学的に説明できるかとなると、できそうにないなという隔靴掻痒感は多い。でも、本書は、普通の人には必読だろう。これだけ単純に説得力ある本は読んだことがない。
消費税については、私は現状ではどうにも動けないでしょくらいに思っていたが、高橋はこれを地方分権から見ていく。消費税は本質的に国税か地方税か。
消費税はどっちになるか分かる? たぶん地方税になっちゃうよ。消費税みたいな安定的な財源というのは、本来、マクロ経済政策がなくて景気対策ができない地方が安定的に行政をするためのものなんです。
そうかなとちょっと疑問を抱きつつ、でも米国では州法の規定が強いところを見ると、たしかにそうだ。州というのは地方分権と同じだ。
そしてそう考えない日本国について。
これに対しては財務省は反対でしょう。せっかく財務省が必死になって導入した消費税を地方に渡せないという議論がある。
それが嫌だから、消費税を社会保障の税財源という目的税にしようという話を打ち上げているという噂も出ている。社会保障税にしておけば、国が社会保障の地域間バランスを保つという名目で、国税にしておけるから。
高橋の真骨頂は、意外と経済ではなく、この地方分権への情熱にある。なぜなのだろうかと、率直なところよくわからない。
私は金融政策のテクニカルが議論が実は好きではない。国家を操作するという発想にどうも不愉快を感じる。私は、基本的に国家なんてものは小さければ小さいほどよいと考えるからだ。
高橋がそういう国家と金融問題のプロ中のプロでありながら、ここまで確固たる分権主義者であるのはなぜなのだろうか。
| 固定リンク
「書評」カテゴリの記事
- [書評] ポリアモリー 恋愛革命(デボラ・アナポール)(2018.04.02)
- [書評] フランス人 この奇妙な人たち(ポリー・プラット)(2018.03.29)
- [書評] ストーリー式記憶法(山口真由)(2018.03.26)
- [書評] ポリアモリー 複数の愛を生きる(深海菊絵)(2018.03.28)
- [書評] 回避性愛着障害(岡田尊司)(2018.03.27)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
極東さんのおっしゃる「小さな政府」と、地方分権は考え方として近いんじゃないかと思います
ただ立ち位置が違うのかな
極東さんは市場に全てを委ねるという意味では、完全資本主義に近いと思いますが、地方分権の考えは、やはりそれなりに政府は必要だとする辺り、少し資本主義から距離を置いている考えではないでしょうか
地方分権が行き渡れば、行政同士の監視や競争が促進されるだろうし、それが狙いの一つじゃないかな
投稿: dogg | 2008.05.21 16:18
>私は、基本的に国家なんてものは小さければ小さいほどよいと考えるからだ。
でも「無ければ良い」とまでは思いませんわな。さすれば、親方小さくなった分だけ経費が減るけど仕事が行き渡る範囲も減るわけで、そこを何が補うかと愚考したらば、大きく言えば地方分権だし個人・家族・企業ベースで言えば独立自存なのでは? とも思いますが。
50年前100年前のことを思えば、食うや食わずの貧乏人はそもそも数減ってるわけでしょう。金持ちんちの下水道から流れ落ちたお米や野菜クズを拾って洗って干して食べた、なんて話は今どき聞かないでしょう。聞く限り、昔(昭和初期~戦後くらいまで)はあったそうですが。
苦境も地獄も逝くとこ逝けば有るには違いないけど、概ね民間の生活力も向上してるわけですから。だったらいい加減各自自助努力なり助け合いなりやんなさいよ、って言わないと。その行く末、寺社や関所が乱立して経済的な停滞を生んだ?室町末期のようになろうとも江戸時代のようになろうとも、それはもうそーしろとしか言いようが無いのかも。
田舎者な私としては、地方分権(笑)の行く末って「カムイ伝」(漫画)に見るような超閉鎖型社会だと思うし官僚諸氏がそんな世の中嫌うのは分からんでもないんですけど…逝くとこ逝かなきゃ分からないのも、世の常。だったらその目でしかと見よ、って感じじゃないですかね?
投稿: 野ぐそ | 2008.05.22 00:21
このクルーグマンの講演と補完的な話題のように思いました。
http://cruel.org/krugman/evolutej.html
>経済学で現在世界のキチガイみたいなホットマネーが扱えるかというと私は依然疑問符ではあるけど。
私が読んだ限りで、最大化と均衡は複雑な現実に切り込む便利なフィクションである、とクルーグマンは言ってます。つまり経済活動の全てを理論で説明できない、というかしないよ、と。
ミクロ経済学の最初の授業で、経済学は地図みたいなもんで、人も車も載ってないけど、町並みは分かるんだ、みたいなことを言われたことを思い出しました。
>私は金融政策のテクニカルが議論が実は好きではない。国家を操作するという発想にどうも不愉快を感じる。
>>金融政策が本当に効果あるか、どうして効果があるか、という問題を考えてみましょう。最終的には、これは価格が名目値で変わりにくいかどうか、という話で決まります。わたしに言わせると、証拠は圧倒的に変わりにくいことを示しています。
つまり放っておいても勝手に価格やお給料が調整されることなんてないよ、ということでしょう。だから金融政策は不可欠なのだけど、確かに不愉快な感じはあります。ので、機械的な金融政策=インタゲってことですかね。
投稿: zajuji | 2008.05.22 00:22
日本には限界ギリギリどころか余裕でブチ抜けても尚且つ耐え忍ぶスーパーストイック戦術ってのが、ありますからなぁ。武士は食わねど高楊枝ってヤツですか。常識外れの意地っ張りが、学問も常識もすべて覆しちゃう的な。意外と、ね。そこ期待しちゃってる人って多いですよ。てか、日本の躍進も停滞も、すべてそこ?に端を発してるでしょ。
だから、時として世界の常識?が全く通用しなくなるんだと思いますよ。それがいいか悪いか幸か不幸かは別として。
投稿: 野ぐそ | 2008.05.22 01:42
この人の会計理解には、少し僕のとは違っているので疑念を感じている
埋蔵金というセンスは僕の会計感覚の中には無い
投稿: PK | 2008.05.22 10:56
例えば金融機関の外為ディーラーは損失の限度額を設定されていて、リスキーなポジションは傷が大きくならないうちに解消しないといけないんだそうです。行動ファイナンスは「損切り」がまとめて一気に来ることを人間心理の傾向から説明しますが、案外ディーラー・ファンドマネージャーが雇い主から与えられたルールが行動を決めているのかもしれません。
ホットマネーを実際に運用している人間が、どういうルールで査定され、何を禁じられているか。じつは一番良くわからないのはそこで、そこさえ分かれば「半年のこと」くらいは理詰めで推論できるのかも。」
投稿: hnami | 2008.05.22 12:45