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2008.05.18

イスラエル建国60年周年記念、欧州からの論点

 先日沖縄本土復帰記念日の前日、イスラエル建国60年周年記念があった。欧米紙ではいろいろ取り上げられていた。国内大手紙でも、私の見落としがなければ、朝日新聞”パレスチナ60年―難民の苦境に終止符を”(参照)、読売新聞”イスラエル60歳 現状維持では未来はない”(参照)、毎日新聞”中東紛争60年 国連にもっと大きな役割を”(参照)があった。大手紙ではないがNHKは”時論公論 「イスラエル建国60年、遠のく和平」”(参照)で触れていた。
 率直なところ、平和のためには話し合いが大切、米国や国連はもっと頑張れといった感じで、どれもピンと来なかった。しいて言えば、毎日新聞が重要な問題部分に少し踏み込んでいたかもしれない。


 第二次大戦後の47年、国連総会はパレスチナ地域を二つに分割する決議を採択した。これを後押ししたのは米国だが、ナチスによるホロコースト(大量虐殺)で何百万人もの同胞を失ったユダヤ人に国を与えようという発想が間違っていたわけではあるまい。

 多少なりとも常識のある人なら、イスラエル建国の主体が米国であるかのように読める、この書きように少し首をひねるではないか。というか、なぜバルフォア宣言に触れないのだろうか。
 バルフォア宣言についてウィキペディアの記載は薄いしやや偏向している印象もあるが、それでもそれなりの要点は描かれている(参照)。

バルフォア宣言(ばるふぉあせんげん、英:Balfour Declaration)とは、第一次世界大戦中の1917年11月に、イギリスの外務大臣アーサー・ジェームズ・バルフォアが、イギリスのユダヤ人コミュニティーのリーダーであるライオネル・ウォルター・ロスチャイルド卿に対して送った書簡で表明された、イギリス政府のシオニズム対処方針。


一方で、パレスチナでの国家建設を目指すユダヤ人に支援を約束し、他方でアラブ人にも独立の承認を約束するという、このイギリス政府の矛盾した対応が、現在に至るまでのパレスチナ問題の遠因になったといわれる。

 歴史を顧みるならバルフォア宣言にまつわるイギリスの位置が当然問われるだろうし、毎日新聞社説がホロコーストに言及していた関連もある。つまり、ドイツの問題だ。言うまでもなく、イスラエル建国というのは歴史的に見れば一義に欧州の問題が関わっている。
 なのに国内報道では、私の読み落としかもしれないのだが、まるでタブーのように触れられてなかったし、問題を米国の枠組みに落とし込もうとしている密約でもあるかのようだった。なぜなのだろうか。
 あまり重要な指摘ではないが毎日新聞はさらにこれを国連に結びつける。

 だが、この決定が60年余りに及ぶアラブ・イスラエルの対立を生み出し、その対立解消に国連が実効的な手を打てないできたことを、国際社会は反省する必要がある。和平仲介がもっぱら米国の役目になっているのは、イスラエルの国連不信が一因だが、本来は国連がもっと大きな役割を果たすべきである。

 国連というのは一種の社交界、あるいは連絡会議のようなものでそもそもそんな大きな役割を担えるわけでもない。日本の国連拠出は大きいが平和維持的には他国に比べて弱いなか、どうして日本がこうも国連幻想をいだけるのか不思議に思える。
 話を少し戻すと、イスラエル建国には大きく欧州が関わってくるし、流民という点では旧ソ連や東欧諸国が関連している。そうした配置のなかで、つまり、欧州とイスラエルという図式のなかでは、当然ユダヤ人が問われるはずだ。そこは今どうなっているのだろうか、というのが欧米紙の一つの関心になっていた。なぜか。私の印象では欧州におけるユダヤ人問題があるのだろう。
 日本ではあまり報道されていなかったのではないかと思うが、フランスでは昨年反ユダヤ主義としてイラン・アリミさんをしのぶ無言のデモ(参照)が行われた(なおこのデモはあらゆる人種差別への反対ということになっている)。類似の事件の懸念もときおり話題になる。
 少し古いが状況はそれほど変わっていないだろうとも思うので04年のシャロン発言についても触れておこう。”「在仏ユダヤ人、早く移住を」 シャロン首相発言、仏で反発 ”(2004.07.20読売新聞)より。

イスラエルのシャロン首相が、嫌がらせなどが相次ぐフランスのユダヤ教徒に対し、イスラエルへの移住を奨励する発言を行い、フランスで反発を呼ぶ騒ぎとなっている。シャロン首相はこのほど、エルサレムで開かれた会合で、「仏国では人口の約一割がイスラム教徒で、反イスラエル感情と宣伝工作により、反ユダヤ主義の温床になっている」とした上で「仏国内にいる同胞へ助言するとしたら、一刻も早くイスラエルに移住せよと言うだろう」と述べた。

 なお、同記事でも触れられているが、フランスにはユダヤ系住民約五十万人いる。内年平均二千人がイスラエルに移住する。
 欧州のユダヤ人はイスラエルを安住の地と見ているかというとそこは難しい。記念日にあたりテレグラフは難しい論点を描いた。”Israel's anxiety as Jews prefer Germany ”(参照)より。

In 2003, for example, 12,383 Jews reportedly chose to emigrate from the former Soviet Union to Israel. But 15,442 went to Germany. The latter country, which had conceived the idea of eliminating Jews altogether just 60 years previously, was more enticing to them than the promised land itself.

 旧ソ連からのユダヤ人流出先はイスラエルよりもドイツが多い。

Such a powerful wave of immigration has multiplied Germany's Jewish population tenfold from the 20,000 or so at the time the Berlin Wall fell.

 ドイツにおけるユダヤ人人口の増加は現時点で難しい問題にもなってきている。

But the decision by Soviet Jews to choose Germany over Israel has been cause for serious friction between the two countries.

 ドイツとイスラエルの国家間の問題になっているとしている。

Israel lobbied hard - and ultimately successfully - to persuade Germany to end its generous immigration laws for Jews which encouraged hundreds of thousands to head to the reunited European state after the collapse of communism.

 イスラエルとしてはドイツにユダヤ人を気前よくそう受け入れないでくれということらしい。

Israel's concern is prompted in large part by the word "demographics", which has become a hot topic in the Holy Land. Israel may define itself as the Jewish state, but more than a million of its citizens are Arab Muslims. They have a higher birth rate than Jews, and many in Israel worry that their country's Jewish identity is being diluted. This has inspired headlines warning of a "demographic time bomb".

 このあたりの話は世界を眺めるうえでごく常識だと思うのだがなぜかあまり日本のジャーナリズムでは指摘されていないように思える。少なくとも今回の60周年記念では指摘もされていない。それは、イスラエルという国はけしてユダヤ人の国とは言い難い点だ。イスラエル人口は700万人ほどだが、うちアラブ人が100万人を超える。端的にいえば、アラブ人の同意なくしてイスラエルは存立しないし、今後さらにアラブ人比率が高まる。そのあたりをここでは爆弾と比喩している。
 さらに問題がある。

The other factor, they say, is that with Jewish life flourishing, even where it was all but erased by the Holocaust, Zionism's very raison d'etre is being challenged.

 この問題は非常に微妙だし、関心のある人はテレグラフ論説の文脈を追ってほしいのだが、私が思うのは、ユダヤ人文化というのがそもそもドイツ文化なのではないかということだ。ドイツの文化は第二次大戦前が顕著だが実際にはプロテスタント文化とカトリック文化に分かれており、それにユダヤ文化がグリューの役割として国民文化なり国民国家の様相を示してきた。むしろユダヤ人があってこそドイツのナショナリズムであることは白バラ(参照)がドイツ青年運動に関連することから類推されるだろう。
 この問題の微妙な部分はウォールストリートジャーナル寄稿コラムが”German War Guilt and the Jewish State”(参照)が扱っている。

As Israel celebrates its 60th anniversary there is no denying that the Jewish state has an image problem in Europe.

 イスラエル建国60周年において、ユダヤ人の欧州でのイメージに問題が起きているというのだ。

Opinion polls in the U.S. consistently show that a majority of Americans are sympathetic to Israel. But the situation is the reverse on the other side of the Atlantic. It's particularly bad in Germany. In a British Broadcasting Corp. (BBC) survey last month, for example, Germans were among the Europeans with the least favorable views of Israel, second only to Spain. Even the respondents in the United Arab Emirates had a more positive perception of the Jewish state than Germans did.

 米国は親イスラエルだが、欧州ではそうではないという世論動向がある。しかも、世論的に見れば、日本人には意外かもしれないのだが、アラブのほうが親イスラエル的だという。先にイスラエル内のアラブ人人口に触れたが冷静に考えればそのほうが納得しやすいだろう。
 ドイツには歴史的に難しい問題がある。

In light of the Holocaust, Germany seems to have no choice but to support the Jewish state. Former Green Foreign Minister Joschka Fischer advocated this policy of "historical responsibility" as effortlessly as Christian-Democratic Chancellor Angela Merkel does.

 ドイツはホロコーストの歴史から、対ユダヤ人国家に「歴史的責務」を追うしかないとしている。そこは了解しやすい。

But guilt is an unhealthy basis for a relationship; it easily turns into resentment. This may help explain why so many Germans ? 30% according to last year's survey by Bertelsmann Foundation --- are eager to compare Israel to fascist Germany. If it were true that Israelis are modern-day Nazis, there would be less reason to feel guilty about the real Nazis.

 だがそうした歴史観をベースにした罪責観が世論的には逆に触れてしまっているらしい。そしてむしろ、現イスラエルをナチスになぞらえて考えるドイツ人が増えている。この寄稿でも触れているが、戦後世代のドイツ人にしてみると、「歴史的責務」がうまく共有されないこともあるのだろう。
 逆にイスラエルの建国を是とできないという世論もあるらしい。

Israel's detractors take this argument one step further, claiming it was immoral to establish a Jewish state in the Middle East to atone for European crimes.

 歴史が流れるというのは皮肉なものだとも思える。
 文脈では米国が親イスラエルである理由を宗教文化的な背景で見ている。

A key factor is Americans' appreciation of their Judeo-Christian heritage. While this is a common term in the U.S., it is a novel concept in Europe. Only recently has it found its way into the vocabulary of a few conservative Germans. Ms. Merkel and colleagues from Poland and Italy wanted to add a reference to the Continent's Judeo-Christian heritage to Europe's proposed constitution. The idea was rejected as too divisive.

 このJudeo-Christian heritageというのは、「極東ブログ: ヒラリー・クリントンはユダヤ人じゃないよというお話」(参照)のような事例からもわかりやすい。
 しかし、昨今の米国の親イスラエルや欧州における反イスラエルの動向は、さらに言い尽くしがたい微妙な問題を孕みつつあるようにも見える。

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コメント

何となくですが、むかしから欧州に連綿と息づいていた反ユダヤ感情が、ナチスの登場によって、まともに解決されないまま、絶対悪として封じ込められてしまったこと(この辺は、オーウェルのエッセイにも記されています)が、今になって問題になっているのでは、とも思います。大戦が過去のものになってしまった現在では、戦争の被害者としてのユダヤ人=同情を誘う、な図式も感情的には成立しづらいだろうし、そうなると悪感情に歯止めをかけるのも難しくなるのでは、と。

投稿: カラ | 2008.05.18 12:37

そういえば、だいぶ前の放送なのですが、nhkの「週刊こどもニュース」で欧州との関係まで言及してましたよ。「この争いにはこういう歴史があって、その影には国連加盟国それぞれの思惑がうごめいていたんですよー」というような内容で、どのニュース番組よりわかりやすくてしかも視点の押しつけもなく、ちゃんと考えさせる内容になっていて感心したのを覚えています。「子供のため」というのがあるとnhkってがんばりますよね

投稿: Liez | 2008.05.19 10:29

イスラエルは、インテリから軍人まで人材を調達し続けないともたない国ですよね。ソ連の解体間近のタイミングで、イスラエルから移住募集団が一大キャンペーンを展開したそうです。待っていたのは極端な低賃金労働。騙されたとわかったロシア系移民は、その後ソ連解体後、新しい国家が誕生したために市民権を剥奪されたのでまたもやディアスポラですね。ヨーロッパからみたら、何だ、体のいい労働搾取じゃないかと思えるかも。(ドイツ人は絶対口が裂けてもそんなこと言わないけど)イスラエル自体が分裂寸前なので、古い共同幻想=ドイツは永遠の敵、を再生産し続けることが大切なのかもしれませんね。話題提供ありがとうございました。

投稿: giulietta | 2008.05.19 23:20

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