ジョジョ問題っていうか
エントリ書こうか、こういうのは書かないほうがいいのではないか、書いても意味ないんじゃないかとけっこう逡巡している自分が結局いるので、とりあえず書いてみる。特にまとまった意見も主張もないが。
問題は、まず、共同記事”日本アニメ、中東で非難”(参照)より。
【カイロ22日共同】日本の人気アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」の中に、悪役がイスラム教の聖典コーランを読みながら主人公らの殺害を命じる場面があり、アラビア語圏のウェブサイトで批判が高まっていることが二十二日までに分かった。原作コミックスの出版元でアニメ製作も主導した集英社(東京)は同日、問題のアニメのDVDと原作コミックスの一部を出荷停止にすると発表した。
中東では「コーランを読めば悪者になるという趣旨か」などの書き込みが三百以上のサイトに拡大。イスラム教スンニ派教学の最高権威機関アズハルの宗教見解委員長アトラシュ師は「イスラムに対する侮辱で受け入れられない」と非難した。
集英社によると、原作コミックスではコーランは描かれていないが、話の舞台がアラビア語圏だったため、アニメ化の過程で採用したアラビア語の文章を「コーランの一部だとの認識を欠いたまま」使ったという。
この問題は外交問題となりいちおう収まった。「外務省: 日本アニメのイスラムに対する不適切表現について」(参照)より。
5月22日、アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」を制作した集英社とA.P.P.P.社は、イスラムを冒涜する意図は全くない旨述べるとともに、不適切な表現によってイスラム教徒に不快な思いをさせてしまったことをお詫びするとの趣旨の見解を発表した。日本政府は、不注意とはいえ、同アニメの一部内容により、イスラム教徒の感情が傷つけられたことは遺憾と考える。いずれにせよ、異なる宗教や文化への理解と敬意を育み、このようなことが再発しないようにすることが重要と考えている。(参考)
(1)集英社とA.P.P.P.社の人気アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」DVD(日本語版の他に英語版も発売)のなかで、悪役が主人公の殺害を命じる場面でコーランが不適切な形で使用されており、アラビア語圏のウェブサイトで批判が高まっていた。
(2)集英社は、22日、同社ホームページに謝罪文(日本語、英語)を掲載し、当該DVD、原作の一部の出荷停止を決定した。
集英社側のアナウンスはPDF文書だが、「アニメーション「ジョジョの奇妙な冒険」における表現について (日本語)」(参照)が出た。
気になるのは追記の部分だ。
本件に関する報道の一部に、登場人物が「コーランを読んで殺害指示を出している」かの誤解を招く表現がありましたが、本作品のストーリーには、そのような「コーランと殺害指示を関連づける」ような設定はありません。また、「ムスリムを悪者やテロリストとして描いている」といった事実もないことを、ここにお伝えします。
この追記は、共同の記事に対応しているのではないかと思うが、これについて共同側の応答があったのだろうか。探したがわからなかった。
少し話を戻す。事件を時事で読み直してみる。”「コーラン」登場の批判、昨年から=数百のサイトに-アニメ「ジョジョ」”(参照)より。なお、この部分、事実認識はかなり重要なのであえて、事実の報道であるとの理解で全文引用する。
2008/05/22-20:31 「コーラン」登場の批判、昨年から=数百のサイトに-アニメ「ジョジョ」
【カイロ22日時事】人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の原作とDVDの一部がイスラム教に関する不適切な表現を含むとして出荷停止になった問題で、同作品中に悪役がイスラム教の聖典コーランを読む場面が出ているとの指摘は昨年からアラビア語のウェブサイト上に現れていた。
昨年6月には「ジョジョ」を見た視聴者がアラビア語のアニメ関係の掲示板で、作品中にコーランが出てくるのは奇妙だと批判的に言及。これに対し「ジョジョ」をアラビア語に翻訳したという人物が「登場人物がコーランを読んでいるだけでイスラムへの侮辱ではない」と作品を擁護した。
今年4月には別のイスラム系フォーラムのサイトで「コーランを読むと悪人になると子供が信じてもよいのか」と批判する投稿が出た。
この話題は数百のアラビア語サイトに広がっているもようだ。ただ、これまでのところ、日本に対する敵対的行動を呼び掛けるといった過激な反応は見当たらない。
ここで、共同の記事の別の部分(以下)を含めて考察したい。
問題の場面は二〇〇一年制作のアニメシリーズ「ジョジョの奇妙な冒険 ADVENTURE」の第六話「報復の霧」の冒頭。エジプトに潜む悪役「ディオ」がコーランを読みながら「(日本から来た主人公らを)始末しろ」と部下に命じる。
〇七年三月ごろからアラビア語の字幕を付けた海賊版がネット上で流通。視聴者の一人が、問題の場面の静止画をサイトに投稿し批判して以降、多数のサイトで書き込みが相次いだ。
今回の事件について私はまず欧米のソースをあたってみたのだが、どれも共同をベースにしており、独自ソースからの欧米報道を見つからなかった。ただし、欧米のソースによってはそのソースの限定性に配慮して共同とは異なった懐疑的なトーンが感じられた。
グーグルでは最近アラビア語の翻訳機能を持っているので、アラビア語圏のニュースも可能なかぎり調べてみたが、欧米と同様で、どうもこの事件は共同以外のソースを見つけることはできなかった。
しかし、時事のニュースは、共同のソースとは別の情報が含まれており、共同から派生したものではない。共同と時事がどのような関係またはきっかけで同時期のニュースとして発信したのかそこがわからない。過去の慣例からすると、共同が出すとすでに事態を知っていた時事が遅れないように出すということがあり、今回もそうなのかもしれない。
もう1つ気になるソースがある。読売”「ジョジョ」DVDにコーラン落ちる場面、集英社が出荷停止 : ニュース : エンタメ ”(参照)より。
アニメで登場人物が持つコーランがいすに落ちる場面が問題と判断したという。原作にはコーランの描写はないが、モスクの描写などが不適切とした。アニメの表現を巡り、イスラム圏のウェブサイトで批判があると、今月上旬、報道機関から指摘があり調査していた。
今月上旬に集英社は知っていた。
3ソースからの時系列をまとめるとこうなる。
- 2001年にアニメシリーズ「ジョジョの奇妙な冒険 ADVENTURE」第六話「報復の霧」が制作された。
- 07年3月ごろからアラビア語の字幕を付けた海賊版がネット上で流通し始めた。(共同)
- 07年6月ごろ、字幕付き海賊版を見た視聴者がアラビア語のアニメ関係の掲示板で、作品中にコーランが出てくるのは奇妙だと批判的に言及した。(時事)
- 字幕付き海賊版をアラビア語に翻訳したという人物が「登場人物がコーランを読んでいるだけでイスラムへの侮辱ではない」と作品を擁護した。(時事)
- 08年4月には別のイスラム系フォーラムのサイトで「コーランを読むと悪人になると子供が信じてもよいのか」と批判する投稿が出た。(共同)
- 08年5月上旬、ある報道機関から集英社に指摘が入った。(読売)
- 中東では「コーランを読めば悪者になるという趣旨か」などの書き込みが三百以上のサイトに拡大した。(共同)
- 08年5月22日、アラビア語圏のウェブサイトで批判が高まっていることが共同に分かったと発表した(読売報道とやや矛盾)。
- イスラム教スンニ派教学の最高権威機関アズハルの宗教見解委員長アトラシュ(Sheikh Abdul Hamid Attrash,)師は「イスラムに対する侮辱で受け入れられない」と非難した。(共同)
事実関係でいつかわからない点がある。問題がニュースで取り上げられるに値する問題となったのは、イスラム教スンニ派教学の最高権威機関アズハルの宗教見解委員長アトラシュ師による非難が出たことで、それが出なければ、曖昧な翻訳であるかもしれない海賊版を見ている、世界のどこにでもいる日本アニメ好きさんのもめ事にすぎないし、その時点では外交問題には発展しない。
つまり、どのような経緯で、イスラム教スンニ派教学の最高権威機関アズハルの宗教見解委員長アトラシュ師による非難が出たかが重要になるのだが、そこがわからない。
これに関連して、「非難」が何を意味しているのかが気になる。これはアトラシュ師のステータスにも関連しているが、英語圏では"Sheikh Abdul Hamid Attrash, chairman of the Fatwa Committee at Cairo's Al-Azhar University"とあり、Fatwa(ファトワー:宗教令)に関連している。今回の非難はファトワー(参照)なのだろうか。ウィキペディアでは「宗教令」という訳語を当てていない。
ファトワー(فتوا fatwā, 複数形 فتاوى fatāwā)は、イスラム教(イスラーム)における勧告、布告、見解、裁断のこと。ファトワーとは本来、「ムフティー」と呼ばれる、ファトワーを発する権利があると認められたイスラム法学者が、ムスリム(イスラム教徒)の公的あるいは家庭的な法的問題に関する質問に対して、返答として口頭あるいは書面において発したイスラム法学上の勧告のことである。ファトワー自体には法的拘束力はないが、著名なムフティーによるファトワーはファトワー集に編纂され、各イスラム法学派の個別事例に対する見解を示すものとして重視された。
ファトワーであったとしてもスンニ派の場合宗教的な拘束力はない(シーア派では異なる)がそれに準じる権威を持つ。しかも、アズハルの法学者によるであれば外交問題となってもおかしくはない。この点が報道からは見えない。また、ファトワーであれば「返答として」ということなので、誰がお伺いを立てたのかかも気になる。
この問題で次に気になるのは、共同報道の時系列の位置づけだ。この点で重要なのは、集英社に今月初旬指摘したのはどの報道機関なのか?という問題だ。読売が伝えるこの記事からはそこが明らかになっていない。
一般的な報道となったのは、共同のほうが時事より若干先になっているようだが、事実報道において時事が過去の経緯に詳しいことと、また、記事からの印象では共同がこの事態についての認識を持ったのは比較的最近のことらしいことから、時事が集英社に通知したのではないだろうか。
すると、これに関連してどの時点で、アトラシュ師の非難が出たのかが気になるし、ざっと報道をみたところアトラシュ師に言及しているのは共同に限定されるようなのも気になる。
まとめると、疑問点は次の2つに集約される。
- アニメシリーズ「ジョジョの奇妙な冒険 ADVENTURE」第六話「報復の霧」にファトワーが出されたのか。出されたならどのような経緯であったか?
- 共同報道以前に集英社に通知したのはどの報道機関なのか?
話の側面を変える。
今回の件で、日本のネットの動向を見たのだが、率直にいってどれも上記ソースを超える確かな情報はなかった。逆に不確か情報が迷路にようになっていたし、私もその迷路に戸惑ったがどれも考察に寄与できなかった。が、はてなダイアリ「空き箱」”ジョジョ話に関する英語報道”(参照)と”共同通信のジョジョ問題に関する記事について ”(参照)は事実が手際よくまとめられていて参考になった。
集英社の今回の対処についてだが、私は妥当ではないかと思う。集英社としてはまさかアラブ圏に及んだ海賊版で、共同から”異文化への無知で波紋”(参照)と非難されると思っていなかっただろうし、制作年が01年であることも昨今の世界の様相とは異なる。参考までに共同の指摘はこう。
日本の人気アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」で、悪役がイスラム教の聖典コーランを読む場面が中東のイスラム教徒の強い反発を招いた。世界的な人気を誇る日本のアニメ産業界が異文化圏の宗教や習俗についてあまりに無知であることや、国境を越えるインターネットの普及で、思わぬ地域に視聴者層が拡大したことが背景にある。
それでも今回の対処が妥当だっただろうと私が思ったのは該当シーンを見たからで、これはイスラム教徒なら明らかにコーランの一節であることがわかるほど鮮明だったからだ。この不手際は弁解できないのではないか。
ジョジョの奇妙な冒険 (1~7巻セット) |
対処という点で、自分なり総じてみると、集英社も外務省も妥当だったかな、自分が要所の責任者なら同じことをしただろうなとは思った。
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