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2008.04.24

[書評]それでもなお、人を愛しなさい 人生の意味を見つけるための逆説の10カ条(ケント・M・キース)

 先日、ウエイン・W・ダイアーの「ダイアー博士のスピリチュアル・ライフ」(参照)をざっと読んだとき、そのなかに「逆説の十戒(The Paradoxical Commandments)」が出てきて、しばらく考えこんだ。

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それでもなお、
人を愛しなさい
人生の意味を見つけるための
逆説の10カ条
ケント・M・キース
 「逆説の十戒」は多少なりとも良心的な教養のある英米人ならそらんじているとまではいえなくても、たいていは知っているものだ。あるいはなんとなく壁に貼ってあったりする有名な教えだ。旧約聖書のモーセ十戒にちなんで十戒になっているが、逆説(パラドキシカル)とあるように合理的ではない不合理な教えだ。有名なので英語版のウィキペディアにも項目がある。日本語の項目はないので試訳を添えておこう。

  1. People are illogical, unreasonable, and self-centered. Love them anyway. (人は論理的でも合理的でもなく自己中心的なものだ。それはそれとして、人を愛しなさい。)
  2. If you do good, people will accuse you of selfish, ulterior motives. Do good anyway. (あなたが良いことをしても人はわがままだと非難するし動機を邪推する。それはそれとして、いつも良いことをしなさい。)
  3. If you are successful, you will win false friends and true enemies. Succeed anyway. (あなたが成功すると、間違った友人と本当の敵を得る。それはそれとして、成功させなさい。)
  4. The good you do today, will be forgotten tomorrow. Do good anyway. (あなたがする今日の良いことは明日には忘れられる。それはそれとして、よいことをしなさい。)
  5. Honesty and frankness make you vulnerable. Be honest and frank anyway. (正直と気安さはあなたを弱い人にする。それはそれとして、正直で気安くありなさい。)
  6. The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds. Think big anyway. (最大級の発想を抱く最大級の男も女も、最低の心情を抱く男や女によって打ち落とされる。それはそれとして、大きな発想をしよう。)
  7. People favor underdogs, but follow only top dogs. Fight for a few underdogs anyway. (人は負け組に同情しても勝ち組に追従するものだ。それはそれとして、負け組のために戦いなさい。)
  8. What you spend years building may be destroyed overnight. Build anyway. (幾年もかかる建物も一晩で壊される。それはそれとして、建てよう。)
  9. People really need help, but may attack you if you do help them. Help people anyway. (人が本当に助けを必要としているのに、あなたが助けようとすればあなたが非難される。それはそれとして、人を助けなさい。)
  10. Give the world the best you have and you’ll get kicked in the teeth. Give the world the best you have anyway. (自分の持っている最善を世の中に尽くしても、それで酷い目に合わされる。それはそれとして、世の中に最善を尽くしなさい。)

cover
マザー・テレサ語る
 ウィキペディアの解説にあるように、1949年生まれのケント・M・キースさんが大学生時代、1968年に学生向けの小冊子に書いたものだった。一種の詩でもあったようだ。それが不思議と人々の間に広まり、マザー・テレサのグループのもとに至り、彼女たちが愛唱した教えとしてルシンダ ・ヴァーディ編著「マザー・テレサ語る」(参照)に掲載され、いわばマザー・テレサの教えとしてさらに世界中に広まった。
 ケント・M・キースさん本人はそれを25年後に知ることになる。本書「それでもなお、人を愛しなさい 人生の意味を見つけるための逆説の10カ条」(参照)はそうした不思議な経緯で書かれたものだった。

「逆説の十カ条」が世界に広まって、二十年後にさまざまな形で私のところに戻って来始めたのです。不思議な感じに打たれました。人々はいま、これまでもそうであったように、生きることの意味とスピリチュアルな真実に飢えているということを暗示しているように思われました。また、「逆説の十カ条」について人々はもっと知りたがっているのではないかとも思われました。
 本書はもっと知りたい人のために書かれました。「逆説の十カ条」とは何を意味するのか、その背後にはどんな物語があるのか、その考えを生きるとはどういうことなのかといった質問に答える本です。世界がどんなに狂っていたとしても、人は人間としての意味を見つけることができると私は確信しています。同時に、他人から認めてもらうことや拍手喝采を受けることに心の焦点を合わせる代わりに、人間としての意味に焦点を絞って逆説的な人生を生きたなら、この世界はもっと意味のあるものになるだろうことも確信しています。自分の人生に意味を発見する中で、私たちの一人ひとりがこの世界をすべての人にとってより住みやすい場所にすることができると思うのです。

 私はうかつにもこの本の存在を知らなかったし、エッセンスがすでに10カ条にうまくまとめられているなら、それをたぶん薄めたようなご教訓の本など読むことはないのではないかと思った。それに高校生に毛が生えたくらいの青年の詩にそれほど意味を求めるべきでもないのではないかと思った。でも、なんか自分にも奇妙な巡り合わせのようなものをスピリチュアルというか感じたので読んでみた。読んで良かった。読みながらなんども泣いてしまった。
 すでに老人の域に入っているケント・M・キースさんがまさにこの「逆説の十カ条」を生き抜いた総括がわかりやすく書かれている。そしてその話からもう一度「逆説の十カ条」を読み返すと、これはすごい教えなのだなと思う。
 逆説というのは、つまり、合理的に考えるなら人生に意味はない。だけど、あなたや私の人生の意味がないということではない。それは不合理な言い方だし、逆説だ。

 この世界は狂っているということをまず認める、そこから始めるのが最善です。この世界はまったくどうかしています。


 確かに、この世界は狂っています。あなたにとってこの世界が意味をなさないと言うのなら、それはあなたの言うとおりです。この世界はまったく意味をなしていません。
 大切なことは、それについて不平を言うことではありません。希望をすてることでもありません。それはこういうことです。世界は意味をなしていません。しかし、あなた自身は意味をなすことが可能なのです。あなた自身は一人の人間としての意味を発見できるのです。それがこの本のポイントです。これは、狂った世界の中にあって人間として意味を見つけることについての本です。

 私はこの本を読み終えて、これまで出会った良い人たちのことを思い出してみた。人はどの民族に所属してもどの宗教に所属していてもあるいは宗教など信じていなくても、良い人がありうる。そしてその良い人々にはなにかある普遍的な倫理性の確信のようなものがある。それはこの「逆説の十カ条」にとても近いという感じがする。
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Anyway:
The Paradoxical Commandments:
Finding Personal Meaning
in a Crazy World:
Kent M. Keith
 "Honesty and frankness make you vulnerable."は、正直で気安く生きていると、人はvulnerableになる、弱みを握られたようになる、弱くなるということだ。それは、負け組の心理に加担し正義の仮面を被って人を罵る人の弱さとは違う。でも、弱いには弱いし、"can be shot down "というように、狙い撃ちされる。でも、そうしなさいということができれば、その弱さこそが逆説のなかで強さを意味するのだろう。

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「書評」カテゴリの記事

コメント

ほんとうのバカにしか世界は救えない
そんな気がする

投稿: | 2008.04.24 21:30

そもそも逆説の10か条を知りませんでした。良いものを教えていただきありがとうございました。
原書もぜひ読んでみたく、ここのリンクから注文しました。

投稿: えり | 2008.04.24 23:55

「いい人」って育てようと思って育てられるものでもないし途中で本読んで急に会得する(できる)もんでもないでしょ。人生必需の「苦難」から遠ざかってるようなヤツじゃないとそもそも洋書なんか(翻訳版でも)読まんわけだし。

 下手に本読むくらいだったら5年10年って年限決めて、ひたすら刻苦勤労に打ち込んだ方が、よっぽど効率いいよ。それだったら誰でも出来る。むしろ中途半端に本読んで知識だけ仕入れて勝手に感心してるような手合いの方が、以後そーゆー基準で人を見るようになるから却ってタチ悪いんだよ。
 昨今の若い衆なんてそんなんばっかり目立つじゃん。何のために親の脛齧っていい学校に逝ってるんだか分からんのですけど。無駄に理想とプライドだけ高くて、じゃあお前に何が出来るんだ? って言われたら何も出来なくて、馬鹿にされて勝手に捻じれるヤツばっかりじゃん。ネット界隈は、特に。馬鹿の掃き溜めだろう。まとめてポアしちゃえっつーの。

 その性根から先ず叩き直さんと、幾らいいもの紹介しても意味無いんだよね。いいものを紹介することには間違いなく意味あるんだけど。でも、ないの。猿に核兵器のボタン渡して「信頼だ」とか言ってるのと一緒だから。それ。

 大きすぎる善意は、人にとって災厄でしょ。何事もほどほどにしとかんと遺憾のよ。

投稿: 野ぐそ | 2008.04.25 01:13

 恋する女と中途半端に頭のいい男に多いけど、「私は悪くない」とか「私は正しいことをやっている」とか、そーゆーこと平気で思っちゃってるような手合いほどタチ悪いのは無いのよ。
 相手の事情も何も斟酌無しでゴリ押ししまくるからね。
 その手の馬鹿って前向きなときは猛烈に突っ走るから凄そうに見えるけど、何処逝っていいんだか見失ったときに神頼み…くらいならまだいいけど口先の上手い詐欺師に平気で引っ掛かっちゃうから。そんで馬鹿行為をやり倒すんだよ。ホリエモンなんか内実知らんが客観的にそういう手合いじゃんか。アレ見て「死ねよ三下」って思えるくらいじゃないと駄目なんだよ。あんなのスーパー見下して馬鹿扱いするくらいの気宇じゃないと生きてても辛いだけだよ。下っ端の庶民ちゃんとか期待して夢見ちゃったりしてお前ら心底馬鹿なんじゃネーノ? ってセンスが無いのは痛すぎる。人として。

 その上で「俺が俺がの我を捨ててお陰お陰の下で生きろ」ってことだ。隠忍自重っちゅーのは、そーゆーこってすよ。

投稿: 野ぐそ | 2008.04.25 01:32

「世界はまったく狂っている」と淡々と指摘できて、尚且つ不届き者に愛のムチを振るえるかですね。
常軽菩薩?ふふ。

投稿: | 2008.04.25 02:08

辛い仕事を善意や信念から成し遂げたのに理解されず、心無い人から嘲笑、罵倒されることは本当に多々あるわけです。すると今後何をすべきなのか本当にわからなくなる。心が萎えて何もやる気が起きなくなる。そういう目に遭った人にはこのエントリは分かるんじゃないでしょうかね。

投稿: m | 2008.04.25 02:56

逆説の10戒、とてもピンときました。
両親はクリスチェンです。10戒は知ってましたが、、、これ、最後にGod knowsが無言のうちについているような気がしました。

mixiに居るのですが、英文と訳文を転載させていただいてよいでしょうか?

投稿: ナオサン | 2008.04.25 09:14

ナオサンさん、こんにちは。英文はWikipediaにもあるので事実上転載して問題ないと思います。私の試訳については転載してかまいません、が、みなさんが思い込めて訳されるとよいかと思います。力点が微妙に違うのではないかと。

投稿: finalvent | 2008.04.25 10:52

今日また読んでいてふと思ったのですがparadoxicalを「逆説的な」と訳すと何となくしっくりこないような。finalventさんが本文内で使っている「不合理な」の方が、10カ条の内容と合っている気がします。

投稿: えり | 2008.04.25 12:50

やべえ、十ヶ条読んで素で泣いちまった。疲れてんのかな。

でも悪い気分じゃないや、弁当爺ありがとう。

本は十年ぐらいして三十超えたら読んでみます。今はまだわかんないだろうから。

投稿: fial | 2008.04.25 19:24

野ぐそさんが何だかんだとfinalventさんに関わる姿は、「それでもなを、人を愛しなさい」を体現しているようで、微笑ましいですね。

投稿: わ | 2008.04.26 20:29

いつもこのblogを楽しく拝見させていただいております。ここの記事をきっかけに読んだ本も多々あり、貴重な情報源として利用させてもらっています。

今回のこれらの言葉も時々見かけましたが、原典がはっきりしました。前向き、寛容で、楽しく生きるには、どの様な心持であるべきかを言っていますね。「道徳」の時間にでも唱えるべきでしょうか。若いころは、このような言葉を聞いて「甘いな...」なんて思っておりましたが、50歳も半ばになり、シンプルで当たり前のこれらの言葉がすっきり頭に入ってきます。でも、なかなか実践できませんが.....。

投稿: kincyan | 2008.04.27 10:07

それはそれとして、豚丼超美味い!明日も食べます。

投稿: おつんび | 2008.04.27 22:26

10ヶ条。いい言葉だ。

だがしかし、俺は凡人だ。

それでも10ヶ条を心に近い実践しようと思った。

投稿: | 2008.04.29 16:02

よく生きたいと思っていて、でもノイズが多くて
よく生きられない奴には金言になりますね。
いいものを教えてくれてありがとう。

投稿: | 2008.04.30 07:12

人間自分のために頑張るのは限界があると思います。

同じ言葉でも自分目線で話すのと他人目線で話すのでは相手への伝わり方が全然ちがう。メッキはいずれ剥がれます。

人生、邪な気持ちとの戦いだと思います。正しいことはやはり正しいです。ただ、正しい事を実践しようとするとき人は無意識に害が有るか無いか又偽りなく本心であるかその心を試してくるのではないでしょうか?
そこで批判したり卑屈になったり堕落したり人を傷つけたりした時は偽善です。私はそう思います。
そうならないように自分を保つための十戒という印象を受けました。

独善的な中途半端が一番の悪ではないかと思います。
本当に相手を思うのなら自分が何をされようがそんな事はどうでもよい事に捉えられると思います。
又、色んな意味を含めて引き際もわかると思います。

不思議な事に自分の中に卑しい気持ちがあるとき病気したりなど様々な形で自分に教えてくれます。大事なのはその時自分がどう思いどう行動するかだと思います。

出会いも不思議で振り返ってみると類は友を呼ぶって本当だと思います。無駄な出会いは一切無く自分にとって必要な出会いばかりでした。

表裏一体で考えると 優しさと弱さ 優しさと強さ 独善的であれば弱さが出て、献身的であれば強さになる。
また優れた才能も独善的であれば変人、献身的であれば天才
と思われる。
上手く言えませんが何事も捉え方だとそう思います。

無欲に謙虚に生きていれている時は心も強く、感謝の気持ちでいっぱいです。又そんな時は不思議と体も強く疲れが出ません。よい出会いも沢山あります。

人は自分が思っている程やさしくないし自分が思っているよりもやさしい。そう思います。

今は人から惜しまれる人間になれるように努力しています。
心を掃除するきっかけになりました。
ありがとうございました。

投稿: | 2008.05.01 12:15

「確かに、この世界は狂っています。(中略)この世界はまったく意味をなしていません。(中略)しかし、あなた自身は意味をなすことが可能なのです。」
意味を成していない狂った世界の中で何らかの確信を得たから、意味をなす事が出来るという強い信念を持ったのだろう。世界は全体だから、当然全体の外には論理上、人間は行けないので、人間は必ず世界の中に存在する事になる。すると、この人物はどこから得たのだろう?・・・意味を成してない世界の中で意味を成すことが出来ると言う確信を。先ずは落ち着こう。私は、この作者を非難してるのではない。私は論理を尊重してる。しかし、論理的におかしな主張でも耳を傾ける。それにも重要な真理がある場合があると確信してるからだ。では私は、どこからその確信を得たのだろう。ループしてる。落ち着こう。世界=全体の中に狂った世界=全体とそうじゃない世界=全体があるとしよう。全体の中に2つの全体がある。それは可能か。どういうメカニズムで可能か。意味を成さない世界の中で意味を成すことが出来るとは、何を意味してるのか。まさか「世界は狂ってるけど、まぁ他の人はどうしようもないけど、あなただけは正しく生きれば良いじゃん」、と言う事ではないだろう。我々は論理だけでは到達できない世界に住んでるとすれば、どんな世界像を描けるのだろうか。

投稿: ddc | 2008.05.04 08:04

死を覚悟して、一瞬一瞬を感じながら濃密に生きていく。それと、何かしないと、と思いながら何も出来ずにだらだら過ごす。物質的豊かさの代償か。現在の日本は個人としてどう生きるかと言うことばかりで、何を遺すか、どう遺すかという感覚をすっかり忘れてしまった。遺す物を思い出す事は出来るだろうか。

投稿: ddc | 2008.05.05 08:30

ありがとう。
素敵なメッセージに出会えました。

物質的に考えるから人は複雑なんだと思います。
自分の内、魂に問いながら暮らしてゆけば自分の生き方が出来る。もちろん他の人間への接し方もそこには含まれる。

生きる事に正解なんてものはない。
人は皆自分の意思で生まれてきたわけではないだろう。
だから生まれた時点で人は自由なんだ。

ただ、「美しく生きる」と思えば、人は助け合って相手を思いやりながら暮らしてゆく事に自然となるような気がする。
また、人はそのように生きるのが一番心地が良いと生まれながらに、いや、その前から知っているのではないか。

そこにはいかなる理由もない。

そう、何事にも真の理由なんてものは本当は存在しない。
そう、武装する為に作り上げたモノしか存在しない。


投稿: 葵 | 2008.06.11 12:34

す・す・すみません。よく、分かりませんこれ・・・。今、まさにマザー・テレサの小型版のような方に、お世話になっていますが、「お世話になっている」という言葉しか、思いつかないです。m(__)m

個人的には。こういう思想、つか精神で、1000人の負け組を救おうとするより、1人の負け組を性愛で、まじで抱いてやれよ、って思う。そうすれば、多分1人は救えるよ、って。「悪人正機」って、つまりはそういう事ではないかと。

投稿: ジュリア | 2010.01.12 01:32

素晴らしい書評ですね。
次のような文章でブログに引用させていただきました。
私の個人的な感想なので、また様々な考えもあると思いますが、理屈でどうこう書き連ねるより素直な気持ちで書くよう心がけました。

http://catalytic.exblog.jp/21483585/

俗物の自分には実行出来そうもないことばかりだ。
でも、「人は負け組に同情しても勝ち組に追従するものだ。それはそれとして、負け組のために戦いなさい。」ってのがお気に入り。
「正直と気安さはあなたを弱い人にする。それはそれとして、正直で気安くありなさい。」ってのも色々感じさせられたな。
やっぱり誰しも自分がみすみす弱い立場になるのはいやだからねえ。でも、すごく小ずるく嫌味たっぷりに冷たく接しられたら、相手は辛いと思うんだよね。騙されたくないけど、傷付けたくもないという。
やっぱり自分が経験して辛かったものを他人にも味わって欲しくはない、というのが人間として自然な感情だと思う。
だけど騙されまい、操られまい、と身構えているうちに、自分も弱肉強食の競争に仲間入りしてしまう。
仲間や心のゆとりが大切なんだと思う。

投稿: Catalytic Tester | 2013.12.23 13:40

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受信: 2008.05.08 02:57

» それでもなお、人を愛しなさい-人生の意味を見つけるための逆説の10カ条 [新書中心主義-心理学者の読書日記]
『それでもなお、人を愛しなさい/ケント・M. キース/早川書房/2002』 著者:州政府閣僚、大学学長、哲学、政治学、法学 評価:ネットに流布する伝説的格言の解説書 もともとはリーダーシップのための逆説の十ヵ条だったが、 その内の8つがカルカッタの孤児の家の壁にかかれ、 それをマザー・テレサが引用して有名になった。 人が真に自分自身として生きるための言葉である。 老子的逆説だが、その思想の根本は正反対なのが面白い。 形式はモーゼの十戒らしい。 以下、日本語訳は自分でつけてみた。 韓国語と中国... [続きを読む]

受信: 2008.07.22 06:28

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