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2008.03.22

中国のネオコム(Neocomms)という視点

 一昨日書いたエントリ「極東ブログ: チベット暴動で気になること」(参照)では、不確実な情報から気になる部分に推測を加えたので陰謀論のように聞こえるかもしれないと思い、その旨、明瞭に注意を促したが、それでも「陰謀論」にすぎないではないかというべたな批判もいただいた。だが、今回のチベット暴動に中国側の扇動がなかったと言い切るのも同様なのではないか。
 事件に報道についてその後の経緯を見ると扇動は妥当な推定に近づいてくる。さらに、今回の暴動が全人代との関連で考察されるというのは、私の独創ではなく日本経済新聞の社説にあったように、中国ワッチャーならごく普通の水準の発想に過ぎない。
 すると、「中国側の扇動」と「全人代」をどう結ぶかはおよそこのテーマを扱うなら避けがたい課題に思えるが、単に陰謀論としたい人がいるのもしかたがないかもしれない。
 同エントリでは次のようなコメントを早々にいただいた。


田中宇が米国を語るのに似てる。
「ネオコン」の代わりに軍部と上海閥か。

投稿 touhou_huhai | 2008.03.20 16:26


 私は田中氏とは異なり、陰謀論的な推論部分にはマーキングしているので、田中氏の語りに似ていると言われるのは困惑する。なので、その旨簡単にコメントを書いたものの、通じないだろうと思ってすぐに削除した。その過程を閲覧されたかたのコメントが以下なのだろう。

あれ?
コメント消えてるのかな
二番目にfinalvent氏のコメントがあった気がするが、

投稿 773 | 2008.03.21 01:44


 消去したコメント内容は先の通りなのだが、その後、最初にいただいたコメントのポイントは、田中氏的な陰謀論よりも、「「ネオコン」の代わりに軍部と上海閥か」としている発想だったのかもしれないと考えなおした。
 この点、つまり、軍部や上海閥をネオコン代わりに見るという視点について、これもまた私の独創ではないが、関連して少し触れておいてもよいかもしれないと思うことがあるのでこのエントリで簡単に書いておきたい。ここでも留意を促しておきたいのだが、私自身は中国にネオコン的なグループがいると確信しているわけではなく、そのように見えることもあるかもしれないという仮説の紹介に留めているにすぎない。
cover
What Does China Think?
Mark Leonard
 話のベースは、シンクタンク「欧州外交評議会(the European Council on Foreign Relations )」事務局長マーク・レナード(Mark Leonard)による、ニューズウィーク日本版3・19掲載「中国ネオコンの台頭が始まった」による。英語のオリジナルはインターネットで無料で閲覧できる。”World View: The Rise of China’s Neocons”(参照)である。なお、マーク・レナードのこの考察の全貌は近刊の” What Does China Think?”(参照)になるだろう。
 ニューズウィークの寄稿はこう始まる。

 最近の中国というと、オリンピックと経済の話題ばかりで、外交政策の深層で起き始めていた変化は見逃されがちだ。
 概して国力を吹聴しない指導者たちの当たり障りのない発言の裏で、中国は外国に対してどのような姿勢を取るべきかという問題をめぐり、国営シンクタンクや大学を舞台に激しい議論が戦わされている。

 レナードは比較的新しい傾向と見ている。私も中国をワッチしていて思うのだが、期間の取り方にもよるが、変化は一、二年といったスパンではないだろう。レナードはそれを次のように表現する。

そこではリベラルな国際主義者と、ネオコン(新保守主義)勢力が対立するという構図が広がっている。後者は中国の思い描くイメージに合わせて、国際秩序全体を改造することをめざす。

The argument, waged in government-run think tanks and universities, pits liberal internationalists against China's neocons - who aim for nothing short of remaking the entire international order in China's image.


 これをレナードはネオコン(neocons)をもじってネオコム(neocomms)としている。共産主義者(communist)のネオコンという洒落だろう。現状このタームはレナードの書籍が出版前なのでそれほど広がっていない。
 では、中国内のリベラル派とネオコム派はどのような配置になっているのか。まず、リベラル派についてだ。

 今のところ、リベラル派が優勢だ。たとえば胡錦濤国家主席が共産党中央党校の校長だった時期の副校長、鄭必堅は中国の「平和的台頭」という言葉を考案した。鄭のような考え方をする者たちは、国際社会の伝統的なルールを尊重し、争いを避け、中国は脅威ではないという概念を売り込もうと主張する。

For now the liberal internationalists have the upper hand. They include thinkers like Zheng Bijian, a former deputy to President Hu Jintao at the Communist Party's Central School and the man who coined the term "China's peaceful rise." They maintain that China should respect the traditional rules of the international system, avoid conflict and sell others on the idea that China is not a threat.


 では胡錦濤自身はリベラル派なのか。レナードはこの寄稿で断じてはいないが、文脈からはそのようにしか読めない。

 政府の文書から「平和的台頭」の文字は消えたが、胡主席はその言葉のままに世界各国を訪れ友好を表明し、欲しがる相手には必ず援助を提供している。国際的に微妙なダルフール、イラン、北朝鮮といった問題については、姿勢を和らげて西側との緊張を緩和している。

Although the term has been discarded, China's peaceful rise now defines the foreign policy of President Hu, who is crisscrossing the world offering Chinese friendship and aid to all takers, and easing tensions with the West by softening Beijing's stand on touchy international issues like Darfur, Iran and North Korea.


 今回のチベット暴動では、中国対チベットという構図で、しかも過去中国が延々とチベットを虐待したこともあり、中国に非難が集まるのは当然で、そこで非難される中国の筆頭にはこれも胡錦濤があげられることになる。実際胡錦濤は過去のチベット弾圧の遂行責任者でありその点は擁護の余地はないが、今回の暴動に至るまでの全体的な構図のなかでは、むしろ彼は国際的リベラル派と見なせる。
 むしろ、そのことが対立する中国ネオコン、つまりネオコムにとって当面の敵になるというスキームがレナードのフレームワークから伺える。
 ネオコムとは何か?

 その一方でネオコン――共産主義の中国では「ネオコム」と呼ぶべきなのだが――は、欧米の覇権主義に抵抗した毛沢東時代の政策に、ひとひねり加えた主張をする。その一人、学者の閻学通は中国国家安全部とパイプを餅、人民解放軍の俊英、楊毅海軍少将と親しい間柄にある。

By contrast, the neocons -- or "neocomms," as they should be known, since they represent a new twist on the Mao-era policy of challenging Western hegemony?are men like Yan Xuetong, an academic with close links to the Ministry of State Security, and Rear Adm. Yang Yi, one of the brightest thinkers in the Chinese military.


 ネオコムはどのように世界を捉えているのか? レナードは二点取り上げている。一つは自国・同盟国の国益優先である。

 ネオコム勢力によれば、中国は米政府をなだめることに気を使うより、中国政府自身の優先課題に取り組むべきだ。これには、外国の内政干渉から中国および同盟国を保護するため、外国における民主主義の推進や人道介入に抵抗することも含まれる。

The neocomms argue that China should be less focused on appeasing Washington and more concerned with Beijing's own priorities. These include resisting democracy promotion and humanitarian intervention abroad, in order to protect China and its allies from external interference.


 日本を例外とする西側諸国から非難される中国外交の結果からは確かにそのように見えるため、そのような国策があるかのようにも思える。
 もう一点は、米国を排除するための多国主義だ。これは欧米で言われる多国主義とは異なる。

 彼らは多国間協調主義を採用する。ふつう欧米で多国間協調主義といえば、EU(欧州連合)やWTO(世界貿易機関)のように、加盟諸国が超国家的な機関のルールに拘束されることに合意して、国家の主権を希釈するという意味になる。しかし、閻のような勢力は発想を転換し、アメリカを排除しながらアジア諸国との関係を発展させ、中国の独立を強化するという国力強化の道具に変える。

The neocomms have taken up the idea of multilateralism -- associated in the West with the dilution of national sovereignty by member states agreeing to be bound by the rules of supranational institutions (like the European Union or the World Trade Organization). Thinkers like Yan have transformed the concept into a tool of power projection that would reinforce China's independence while helping it develop links with other Asian countries, in arrangements that would exclude China's great rival, the United States.


 この二点目だが、ネオコムの思想では、東アジア共同体(East Asian Community)のような枠組みが道具化できるものとされている、とレナードは見ている。その目的は、日本を排除することであるとも。

 閻に言わせると、そういう共同体は中国が国力を強化し、日本を脇に追いやる手段として役立つ。アジアにおいてアメリカの最も強力な同盟国である日本は、そのような構想に不承不承ながら参加する羽目に陥るからだ。このような枠組みの下、中国はヨーロッパでいうフランスやドイツのように中心的な役割を演じ、日本はEUにおけるイギリスのような部外者になるだろう。

Yan argues that such a community would be an effective means of promoting Chinese power and sidelining Japan, since Tokyo, as America's most powerful Asian ally, would likely be a reluctant partner in any such project. In this new scheme, China would play a central role like that of France or Germany in Europe, while Japan would be the outsider, like Britain in the EU context.


 日本訳の引用には英語のオリジナルを添えておいた。気になるかたは、英語のオリジナルをすべて参照していただきたい。
 レナードのこのネオコム観もまた陰謀論だろうか。私は、そこまで「陰謀論」というタグを拡張することも無意味だろうと思える。
 中国外交・軍事の実態の背後になんらかの思想のダイナミズム・モデルを想定するというのは、ごく科学的な思考法の一例である。問題はどのようなモデルを立てるかによる。
 現在日本の中国観は、どちらかというとレナードの見るリベラル派とネオコム派の二派に分かれているのが実態であり、それらを二つのダイナミズムの要因として捉えるのはかなり有効な視点だろう。もっとも、ネオコムというレッテルを使うことが妥当ではないだろうと私は思うし、このフレームワークは日本を米国の軍事下に組み込むための装置の疑念も捨てきれない。

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コメント

ちょっと待て。EACを道具に使う?噴飯的物言いですな。

EACの主要メンバーはASEANそれにプラス3といわれる中国・日本・韓国。それに台湾。

そのうち誰が中国にいくでしょうか?
もともとASEANは東南アジアの発言権を高めるために設立された経緯がありますから、逆に中国の代弁者とされる可能性があると真っ先に離反するでしょう。韓国は若干可能性がありますね。で西アジア?パキスタンはインドとの対立から中国との関係構築には熱心ですね。同時に言い忘れていましたがビルマの現政府も他の国には相手にされてませんから中国とは友好関係にあります。他のイスラム諸国で中国と手を結ぶ可能性があるのは、イラン・シリアぐらいで、それも対アメリカ対策であって、同じくらい中国が支配権を及ぼそうとするとすぐ離反しかねません。
つまり、そのような国を後ろ盾に頼むような国がアジアにいくつぐらいあると思います。人望のない国が他国に信用されないことはイラク戦争後のアメリカを見れば明らかだと思います。

投稿: F.Nakajima | 2008.03.22 14:16

「ネオコン」も、田中宇の発明ではなく輸入品だ。
とにかくもっと根拠が…いや、いずれにせよチベット問題にとって脇道に逸れる考えだと思う。

投稿: touhou_huhai | 2008.03.22 17:40

世界情勢や経済や思想や宗教について考えたり
語ったりすることを欲する人間のメカニズムが気になります。
ある種のエクスキューズなんでしょうか。
自分は「食って寝て」だけではないとか。
「起きて働いて」だけではないとか。
間接的にではあれ、世界中の人間が友人だ!
みたいな態度を示したり、(カント?近代の理想?)
自分の中にあるそういった信条のようなものを
自己確認したいというような気持ちでしょうか。
ある種の負い目でしょうか。
一種の差異化?卓越化?
知は力みたいなことでしょうか?
「理解とは支配」みたいなことですか?
単なる好奇心ですか?
それからナショナリズム批判というのは、冬でも薄着で平気な人間が、そうでない大多数に向かって、服を脱げ!卑怯だぞ!といっているだけのように見えるのですが、なんというか「強さの強制」のような・・・。身も蓋もない疑問ですが。

投稿: haru | 2008.03.22 19:30

追記
若くて楽しくて快活なだけが素晴らしいなんて
そんな世界はいやだ!という「非若者世代」にとっては
知識人的な態度をとることが自分の立場を確保するのに
そこそこ役立つのではないかと思いました。
ただの年寄りではないぞ!的な。
オタクが難しい議論が好きなように。

まあ、小難しいことを考えること以上に
贅沢なことはないわけですが。
しかしやはり文系学問は簡単にある種のロマンと
結託して自己陶酔的になりがちだと思うのは
気のせいでしょうか。
わざと言葉の定義を曖昧にしたまま
晦渋な文を書いてみせたり。
あれはなんなんでしょう。

投稿: haru | 2008.03.22 20:05

どこが噴飯的なのでしょうかね。

人道を全く考慮しない独裁大国が経済力、軍事力を拡大しつつあるのに、顔色を伺わなくて済む国が東南アジアにあるとでも?
今回の台湾の結果をなんと評されるのでしょうか。

人望や信頼なんて野蛮な軍事力と、ぶら下がらざるを得ない経済力の前にはクソの役にも立たないと思いますが。

投稿: tatsu | 2008.03.22 20:33

一つの見方・見解だと断ってる事に噛み付きなさんな、諸兄方。
「陰謀論」を曖昧に済ますより「どんなものか」開示して見せた事は良い事でしょう?
自分の感覚ではネオコミ2割、華風リベラル2割、その他4割ぐらいかなぁ、中国の進路。
一つには1億を超えた中産階級がどういう影響力を持つか?とか、都市と農村という質の異なる膨大な貧困層、ウイグル・チベット問題の推移とかも少なからず影響有ると思いますよ。

投稿: トリル | 2008.03.23 21:33

本文とは関係無いですが、haruさんという方の書き込みがあまりにも幼稚なのでコメントします。

そうやってメタな視点に立って議論全体を無効化しようとするharuさんの態度こそ、自分をひとつ上に置くことによる差異化・自己陶酔にしか見えないのですがね。エントリの内容について批判があるならともかく、政治について語る行為そのものや語り口が気に食わないのならfinalvent氏のブログを最初から読まなければよろしい。

投稿: munakata | 2008.03.23 23:30

haruさんの書き込みは一般論としてはおかしくないよね。
けれど、それは一般論であるだけにどこに書き込もうか迷ったんじゃないかな?
たまたま今日思いついたのかな。それとも、この日を選んだのかな。
オチがないので無理やりつけると、政治ってのも、そういうもんかもしれないよね、と。

投稿: aki | 2008.03.24 03:06

というよりもエントリの内容にまともにつきあって
その通りに事をはこびたいと思うものが向こうの主導権を握った場合、
一番困惑、というか立場が悪化するのはカンサンジュンだと思うんだが、
そこのあたりも何か答えてほしい。
結局東アジアは連帯しなくちゃいけないと考える人ほど、中国に利用されるしかない、という答えになるからなあ


てかあの人もそのあたりから最近逃げ回っているようだけど

投稿: なんだかああ | 2008.03.25 04:55

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私はよくマスコミ批判をする割には根っからのテレビっ子であって、見たい番組がなくても、とりあえずテレビをつけてしまうことが多い。 テレビが日々駄目になっていることはよくわかっているので、そういう生活習慣をいつか改めなきゃならない日が来るだろうなと頭では思っ... [続きを読む]

受信: 2008.03.23 17:32

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