ロス疑惑、米国捜査再開
日本時間で今朝未明にロス市警の記者会見があるというのを昨日知ったので、どういう発表があるか気になっていたが、国内報道を見る限り、新証拠が提示されたということではないようだった。ニュースとしては、今朝方の朝日新聞系”新証拠、明らかにせず ロス市警「2、3年前から捜査」”(参照)を引用しておく。他紙及び他の国内報道も同じようなものであった。
会見した未解決事件捜査班のリック・ジャクソン班長は、三浦元社長が度々サイパンに旅行している事実をつかんだ2、3年前から本格的に逮捕、移送に向けた協議を関係当局と重ねてきたと説明。新証拠の有無については回答を避け、サイパンからの移送についても「どれくらいになるか分からない」と話した。
率直なところ新証拠はやはりないのかという思いが強い。恐らく昨日夕刻までには書き上げていただろう今朝の朝日新聞社説”ロス疑惑再燃―「新証拠」とは何なのか”(参照)はそこを読んでいたのかもしれない。
米国の警察は「新しい証拠を入手した」と警察庁に伝えてきた。それは物証なのか、証言なのか。できるだけ早く開示してもらいたい。だが、やはり犯人だったのかと短絡するような見方は慎まなければならない。
引用したのは、この「慎まなければ」のニュアンスを留めてみたいこともあった。私の印象では冤罪を避けるというより、三浦氏によるメディア攻勢はけっこう威力があったのではないか。
関連するが後段のこの指摘は微妙な思いがする。
ロス市警は元社長の身柄をロスに移すよう求めている。問題は、米国の警察の「新証拠」が、日本で確定した無罪の結論を覆すほどのものなのかどうかである。それによって、起訴されるかどうかが決まるだろう。
つまり、「日本で確定した無罪」というのが「新証拠」とバランスするという論理なのだが、これは邦人の擁護という視点だろうか。私はこの2点は国家と司法という点で別ではないかと思う。
同社説はこの27年も昔の事件をこう続けて振り返る。言うまでもなくこの事件が記憶にある人は現在35歳以上ということになるのだろう。
銃撃事件の3カ月前、元社長の妻はロスのホテルで何者かに殴られてけがをした。この事件で元社長は共犯者の元女優とともに殺人未遂の有罪が確定した。妻にかけた保険金が動機と認定された。
この公判途中の88年、元社長は銃撃事件での殺人容疑でも逮捕された。一審は共犯の実行役を特定しないまま有罪判決を下した。しかし、二審は逆転無罪を言い渡し、最高裁で確定した。
現地のロスの警察や検察は、日本側と協力して捜査した。検察は元社長を起訴するため逮捕状を取ったが、最後は日本側の捜査に委ねた。すでに殴打事件の公判が始まっているうえ、容疑者らが日本にいるという事情もあったようだ。
当時の気が狂ったような報道を知っている私はこのまとめでよしとするのには違和感がある。ただ、社説で書くにはこの程度かもしれない。ウィキペディアの同項目(参照)が詳しい。当時の感覚としては81年の事件と文春が発端となってマスコミが騒ぎ出した84年とでは事件の印象が違う。ある意味で後者が事件を作り出しているといったふうにも見えた。ついでだが吉本隆明は三浦容疑者(現在の新聞報道が容疑者としているのに習う)を殺人をするような人には見えないし、法理では無罪だろうとおりに触れて言及していたことも思い出す。
事件についてはウィキペディアの同項目に「事件」というサイトの”「疑惑の銃弾」事件”(参照)へのリンクがあり、こちらは“Jane Doe 88”から始まっている。つまり、白石千鶴子の事件だ。これもロスで起きた。
白石千鶴子は結婚していたが、1977年(昭和52年)秋に別居し、1978年(昭和53年)2月から「フルハムロード」の取締役になった。1979年(昭和54年)3月20日に前夫と離婚が成立。間もなく「北海道に行く」と言い残し、行方不明になった。3月29日に出国し、5月4日に遺体となって発見された。このとき、千鶴子は34歳だった。三浦は3月27日に出国して、ロスに滞在しており、4月6日に帰国している。5月8日、千鶴子の銀行口座に前夫から慰謝料430万円が振り込まれる。
なんらかの配慮があるのかあまり明快には書かれていない。ロサンゼルスタイムズのアーカイブには84年3月29日の記事”Mystery Only Deepens as Japanese Woman's Body Is Finally Identified”があり概要には次のように記されている。
Jane Doe No. 88, the partly mummified corpse discovered nearly five years ago on a Lakeview Terrace hillside, was positively identified Wednesday as Chizuko Shiraishi, the long-missing mistress of a Japanese
85年7月23日には”Japanese, L.A. Police Confer on Slaying Local Meeting Centers on Unresolved Murder of Importer's Wife”がある。
Then, in March of last year, the corpse of a woman found in a vacant field five years earlier was identified as that of Chizuko Shiraishi, 34, who by Miura's own admission once was his business associate and lover. Miura also admitted that he had used Shiraishi's bank card and secret identification number to withdraw $21,000 from her bank account shortly after she left Japan in 1979.U.S. Immigration and Naturalization Service records showed that Shiraishi arrived in Los Angeles on March 29, 1979. In an interview, Miura said he was in Los Angeles at that time but that he did not know his former lover was here then and did not see her.
The Shiraishi case was assigned to Los Angeles Police Detectives Phil Sartuche and Bill Williams of the department's Major Crimes Division. They also have been investigating the Miura shootings, which occurred at Fremont Avenue near 1st Street on Nov. 18, 1981.
かなり踏み込んだ書き方をしているようだが、当時の日本のマスメディアの情報以上のものはない。ただ、これらはロス市警にとっては、コールドケース(Cold Case)として意識されてはいるだろう。最近の米国の動向としてテレビドラマ(参照)やDNA鑑定による無罪化などの影響もあるのだろうが、コールドケースへの関心は全体に高まっている。今回のロス市警の公式アナウンス”News Release Saturday, February 23, 2008”(参照)でもコールドケースがキーワードになっている。
Cold Case Homicide Detectives Get Their ManLos Angeles: A murder suspect who has been eluding dragnet has finally been captured.
On February 21, 2008, at 9:30 AM, detectives from the LAPD’s Cold Case Homicide Unit were informed that 60-year-old, Kazuyoshi Miura, was arrested on a warrant, charging him with the murder of his wife, Kazumi Miura, and conspiracy.
Mrs. Miura, who was 28 years old at the time, was shot on November 18, 1981. She was at a location in the 200 block of Fremont Avenue, in downtown Los Angeles. She died over a year later in Japan on November 30, 1982.
Miura’s was taken into police custody on the Island of Saipan, located in the northern Marianas Islands, a commonwealth territory of the United States. Cold Case Detectives have been closely working with authorities in Guam and Saipan, believing that Miura would be visiting the island from his residence in Japan.
Miura was arrested at Saipan’s airport on February 22, 2008, at noon.
Miura’s extradition is pending, and there is no additional information available at this time.
当時のロス市警側のインタビューも、現在の日本のマスコミでは報道できそうにもないほどある種の執念を感じさせて興味深い。CNN”Japan businessman arrested in wife's 1981 killing”(参照)より。
The incident reinforced Japanese stereotypes of violence in the U.S. at a time when Los Angeles was preparing for the 1984 Olympics and was particularly sensitive about its overseas image. The LAPD vowed to find the killers.Daryl Gates, who was police chief at the time of the killing, said Saturday that Miura was a key suspect even then.
"I remember the case well. I think he killed his wife," said Gates, who had not heard about Miura's arrest before he spoke Saturday afternoon. "We had Japanese police come over; they believed he was guilty, we believed he was guilty, but we couldn't prove it."
Shocking Crimes of Postwar Japan Mark Schreiber |
今後の展開なのだが、率直に言って私には皆目わからない。三浦容疑者については先日の万引き後の対応に私はあまり好印象を持っていないのでバイアスがあるだろうこともあまり言及したくない点だ。
国内報道というか邦文報道ではなく英文の報道を見ていると、ある種の違和感があり、それらは今後の予想を示唆する部分がないわけではない。それほど重要な報道ではないだろうが、SanDiego.com” L.A. detective: Accounts differed in '81 Japanese businessman case”(参照)ではこうある。
Police Detective Rick Jackson said Monday that two witnesses saw a car pull up to the pair. When it pulled away, the couple were on the ground. Though witnesses didn't see the shooter, they said the car was different from the one Miura described.
先のCNN報道にある当時の捜査官の回想を思うと、やはり新証拠はあるのだろうかとも思うが、新証拠というよりも、このジャクソン氏の発言程度の疑念でも、大陪審または予備審理による職業裁判官いずれかによる裁判に持ち込まれるのは通常ケースなのではないだろうかとも思う。陪審に持ち込まれると、日本人としては刮目すべき結果がでるかもしれない。
今回の事件は連邦によるものではないが、結果としては日本の司法への意外な角度からの批判になるだろうし、繰り返される日米間のある種のいざこざの流れから別のスーリーが浮かばないでもないがそこまで与太話を想定する必要もないだろう。
追記
その後、記者会見について邦文の報道が出た。関連するところを引用しておきたい。
MSN産経ニュース”【ロス市警会見詳報】(1)「殺人現場を目撃していた第三者がいた」”(参照)より。
彼のあずかり知らないことだが、現場から1ブロックに位置する高層ビルから、事件の一部始終を目撃していた第三者がいた。彼らの車両に関する証言は、三浦容疑者の供述と全面的に異なっていた。これが、当時の捜査の詳細である。そして基本的に、これが現在の流れである」
--その目撃者らは、実際の銃撃を見たのか?
捜査官「現時点でいえるのは、1台の車が止まり、視界をブロックしていた。その後、バックして、そして2人が倒れていた、ということだ」
MSN産経ニュース”【ロス市警会見詳報】(3)完「(新証拠は)必ずしも必要ではない」”(参照)より。
--サイパンからの移送と、本国内の移送とでは手続きは異なるのか
捜査官「私は移送の専門家ではないが、今回の移送は州間での移送とほぼ同じと理解している。三浦容疑者は、移送に異議を唱える権利がある。意見聴取が行われ、最終的に管轄地域の知事が判断する」
--裁判になれば、カリフォルニア州法によって、カリフォルニア州の裁判所で裁かれるのか
捜査官「そうだ」
--未解決事件に着手する場合、新証拠は必要ないのか
捜査官「必ずしも必要というわけではない。一般に、未解決事件の解決にはDNAや指紋といった新証拠が必要だと思われている。確かに、そういうケースは多い。しかし、ある個人に当たっていた焦点を再び洗い直すということもある。(未解決事件を扱う際には)関係者に対する聞き込みをやり直す時間もある」
--日本で判決が確定した事件について、再び訴追することには問題はないのか
捜査官「“二重危険”(日本でいう『一事不再理』に相当)についてだが、われわれは法律の専門家から、今回の件については二重危険に該当しないとの判断を得ている。法律によれば、われわれはここカリフォルニアで犯された罪については、たとえ他国で訴追されていようが、優先権をもっている。詳しくは、地方検事局に確認してほしい」
追記
共同”故三浦元社長が「容疑者」 79年の女性変死でロス市警(2009.01.10)”(参照)より。
米ロサンゼルス郊外で1979年、白石千鶴子さん=当時(34)=の変死体が発見された事件で、ロス市警は10日までに、事件を殺人と断定、元交際相手で81年のロス銃撃事件で逮捕され昨年10月に死亡した三浦和義元会社社長=当時(61)、日本で銃撃事件の無罪確定=が「容疑者だった」とする捜査報告書をまとめた。
担当のリック・ジャクソン捜査官は、報告書作成によって捜査が公式に終結したとしている。新証拠はなく状況証拠を根拠にしており、真相解明は事実上困難になった。三浦元社長は生前、両事件への関与を全面的に否定していた。
市警は銃撃事件で昨年2月に三浦元社長をサイパンで逮捕し、白石さん事件も再捜査。銃撃事件と同様に金銭目的の犯行とみて、元社長を殺人などの容疑で訴追する予定だった。
ジャクソン捜査官は殺人と断定した理由について(1)34歳の白石さんが自然死したとは考えられない(2)遺体の発見された山林が普段人が入らない場所だった―などと説明。「米国では死因が特定されなくても状況証拠によって殺人事件で有罪とすることができる」と述べた。
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コメント
事件のことはそっちのけで、殺人事件の時効についての点で突っ突きたくて仕方が無い人々はどうしたもんですかね…。主に毎日の事ですが。
投稿: 無粋な人 | 2008.02.26 11:54
どうしたもんですかね、って、殺人に「時効」があるってことはどう考えてもおかしいと思いますが。
投稿: 南の原っぱ | 2008.02.26 15:54
「一事不再理」への言及は明示的ではないものの視野には入っていると思われる書き方だと思いますが、今回の逮捕は共謀罪適用が肝であることにお気づきになっていないのでしょうか。
投稿: ゴンベイ | 2008.03.01 23:27
高層ビルから事件を目撃していた「第三者」は、日本の裁判でも日本に呼ばれて証言しています。つまり、これは20年前に明らかだった証拠です。
日本の裁判では、日米合同捜査の過程でもっと近くから目撃していた、現場になった駐車場の管理人から、三浦氏の説明にに合致する証言が得られていたが、不都合なので検察が隠していたことが明るみに出ています。
投稿: とおりすがり | 2008.03.05 23:56
はじめまして。
3月20日に東京・水道橋で開催された「三浦和義氏の逮捕に怒る緊急集会」なるものに参加してみたのですが、その会場で弘中弁護士が話されたことのうち、テレビ・新聞ではほとんど報じられていない「一番重要と思われる部分」を弊ブログ(URLは下記)にまとめてあります。
よろしければ、ご覧ください。
http://d.hatena.ne.jp/ken-kataoka/20080324#1206354680
投稿: ken-kataoka | 2008.03.25 03:59