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2008.02.22

[書評]小林秀雄の恵み(橋本治)

 橋本治は直感から本質をさらっと言ってのける頭の良さをもった人で、その直感から言い切りまでのプロセスを文章にするため冗長な印象もあるが、出てきた表明はコピーライティングのようにわかりやすいし、白黒つけやすい明快さがある。小林秀雄も直感から表出のプロセスを迂回して語る癖があり、表出も短く刈り込まれているため「人生の鍛錬 小林秀雄の言葉」(参照)のように断片的に理解しやすいところがある。だがそんなものは無意味で、依然小林秀雄の文学の全体を読めばその表明は白黒つけがたく明晰さには迷路の複雑さがある。体力というのでもないのだが思念の持久力のようなものがないととても読み切れない。
 思念の持久力というものがどのようなのかというのは、「極東ブログ: [書評]小林秀雄の流儀(山本七平)」(参照)で触れた山本の論考が参考になるだろう。小林がどれほど聖書を読み抜き、パウロを心に秘めていたか、そこを読み解くことの難しい理路がそこでよく解明されている。現存する小林秀雄についての評論で、私が読んだなかでは、山本七平のこのエッセイがもっとも優れている。ちなみにそれに次ぐのは竹田青嗣「世界という背理 小林秀雄と吉本隆明」(参照)だろうと私は思うが、だいぶ劣る。江藤淳の「小林秀雄」(参照)は労作だが資料的な意味しかないだろう。
 山本七平はそこまで小林秀雄の本質を理解しつつも、それでも意図して「本居宣長」(参照)には踏み込まなかった。二十年したら言えるかもしれないとトボケていた。もしあの時の山本にあと二十年の命があり、あるいは八十歳という年齢を迎えることがあったら、彼の親族のトリ様のように語ったかもしれない。
 山本が「本居宣長」に踏み込まない理由には複雑なものがあるが、それでもあえて言うなら吉本隆明が「悲劇の解読」(参照)で感得したようにそこに戦後のすべてを無化しようとする妖しい魅力を感じたからだろう。もっとも吉本は同書の「小林秀雄」の項目を読めばわかるが、小林のこの妖しい書籍を理解してはいない。理解などもしたくなかっただろう。山本と対談するときでさえ、そこいらのボンクラ左翼のように天皇への親和を感じる山本への疑念を不愉快に表明したほどだ。近世史の機微は吉本にはわかりえない。吉本の親鸞考察が親鸞伝説をほとんどあっさり捨象している様からもそうした傾向はわかる。
 しかし、山本七平の天皇への親和というのはただ近代国家の王制のごく儀礼にすぎず、そこから逸脱する現人神との格闘が彼の戦後の孤独の戦いだった。そしてこの決戦において、あえていうのだが、小林秀雄が勝利の地歩を得たことを知った。「現人神の創作者たち」参照)によって本居宣長の残した怪物たちは打ち倒したが、その怪物を育てた噴泉である本居宣長を壊すことは山本にはできなかった。できない理由もわかっていただろうし、そこにまた小林へのある畏怖をも覚えただろう。その感覚は私は共感的に理解できる。

cover
小林秀雄の恵み
橋本治
 橋本治にはこうしたことはさっぱりわからないだろうと思う。橋本を貶めていうのではなく、本書「小林秀雄の恵み」(参照)はそうした、戦後は終わったという暢気な地点で、しかも小林の死後二年後に、実質、「本居宣長」だけを読んで書かれたものである。本来なら薄っぺらな本になっても不思議ではない。それに橋本なら、三島由紀夫の自決をなぜ小林秀雄が否定しなかったのかをまず読み解かなければならないものだが、本書にはまるでその考察はないのだ。
 もっとも、橋本は吉本とは異なり、近世世界の言葉と思想の感覚をかなり明確にもっているという強みがあり、そのことは本書の半ばでかなり生かされている。というか、橋本はもうこのおちゃらけ文章をやめて普通に老成した学者であってもよいのではないかとも思えるほどの熟達した考察がそこに開陳されていて読み応えがある。
 そしてその達成でいうなら、橋本治は小林秀雄より本居宣長という人を的確に理解している。少し踏み込んで言うなら、いわゆる本居宣長の学術研究からは見えない宣長の本質を橋本は本書でうまく言い当てている。私もおちゃらけで言うのだが、宣長という人は、擬人化萌えのオタクでしかないのだ。今の世にあるなら、はてなダアリーあたりでゴスロリ論とかエヴァンゲリオン論でもやっていそうな、そういう人なのだ。あるいは「語学と文学の間」(参照)ではないが、匿名ダイアリー(増田)あたりでこっそり若い日の恋愛をぐちゃぐちゃ書いていても不思議ではない。
 橋本は「本居宣長」しか読まないことを、ある意味で本書方法論上の強みとしての仕掛けにしているので、そこを批判しても始まらない。実際のところ、彼は方法論としての無知だけに寄っているわけではない。「無常という事」(参照)や、新潮社側の仕込みどおりに戦中の小林の講演「歴史の魂」を引き寄せ、それを縦横に使いこなしている。特にこの講演テキストは事実上戦後封印され2000年以降の全集で姿を現すものだ。これを使わないことには、「本居宣長」も解明などできるわけでもないが、そのあたりは戦中から小林を見ていた吉本隆明などには自明であっても、従来の「本居宣長」論では事実上封印されていたに等しい。その意味で、このミッシングリンク的な接合は誰かが行うべきだったので、それを新潮社が自作自演っぽく実行したのもしかたないことだろうし、橋本治は十分にそれに答えている。しかも橋本治のような団塊世代・全共闘世代にその仕事をさせれば、その世代の言語感覚から、今後退職を迎えるこの世代の人も読むだろうという新潮社側のマーケット感覚もずばりというところだろうか。
 だが、橋本治は小林秀雄と折口信夫の関係すらも理解していない。そのため、ちょっとこれは編集で削れよというくらいのおちゃらけ展開もあり、滑稽というより悲しい部分がある。同じことは「感想」(参照)についても言える。橋本はベルクソン論である「感想」と「本居宣長」の構成はよく似ているとしながら、そしてその同構造にこそ重要な契機が潜むことは、文庫版「本居宣長」の巻末における小林秀雄と江藤淳との対談からもわかりきっていることなのに、彼は「感想」は小林秀雄が自ら封じたから読まなくてもよいのだとしている。それも橋本らしい方法論的な手法といえないこともないし、「歴史の魂」だって事実上封じられたものではないかというのも大人げない。いずれにせよ、小林秀雄と本居宣長の関係について、橋本は最初に大きな禁じ手を置いている。
 いや、橋本治はその禁じ手の意味をまったく知らないわけではない。というのは、本書「小林秀雄の恵み」は、批判的な意味ではなく、戦略的な意味での評価として言うのだが、「本居宣長」を読ませないための作品でもあるのだ。あるいはあえて迷宮に叩き込むように作為されている。特に、冒頭の宣長の遺書を小林が結語で再読して欲しいとした意図を無化しようとしているための構成に端的に表れる。それは橋本が宣長の本質は学者ではなく歌人であり、小林にはそれがわかってないとするしかけにも存在している。
 なぜ橋本はこのような迷宮を構築したのか? 
 私はここで迷宮をあえて暢気に爆破しておこうと思う。
 小林秀雄が「本居宣長」を通して言いたいことは、奇っ怪だが、そう難しくはない。人は素直な心(やまとたましい)をもって人生の機微の情に触れ、それを日本語という歴史の言葉にそって整えていけば、近代世界にあっても、その内面において死後・永世の世界への展望が自然と確信の形になる、と言いたいのだ。
 最初から死後・永世の世界への確信があるわけでもない。ユング派のミンデルが、魂というものが永遠にあるのだと想像してごらんなさいと脳天気に言うようなものでもない。それはむしろポランニ的なパーソナルな契機が働くのであり、あるいは後期ハイデガー的な、言葉というものの存在生起の先行性による果実なのだ。
 だからこそ小林はその説明の仕事を終えたとき、「本居宣長」の冒頭においた、宣長の遺書をもう一度読み直してごらんなさいというのだ。宣長先生のように学べば、このように、この世の様を保ちながらも、永世の中に生きる確信を得るという矛盾が統合するのだ、と。
 もう少し踏み込んで言おう。橋本は宣長を歌人とし、そこに小林の学者とする理解との差を強調する。が、なんのとこはない、じっちゃんは微笑むだけだろう。歌人であるということは、歌によってやまと言葉でやまとたましいの情を整えていく行為であり、学びであり、契沖のいう俗中の真の道にほからない。宣長は学びはなんでもいいと言っているが、その学びとは日本語という言葉の学びなら、いずれその真なるところから歌の情に至るとの確信が小林にあるからなのだ。
 問題はむしろこの先にある。これも端的に言ってみよう。小林秀雄は怪人宣長のように、あるいは、オンム・セティのように死後・永世の世界を穏和に身の丈で受け止めていたのだろうか?
 それは愚問に等しい。なぜならその表明が『本居宣長』という作品であり、そして、それは戦後の世界のなかで、昭和という悲劇が殺傷せしめた日本人の鎮魂と再生の祈念だったからだ。
 だからこそ「本居宣長」を吉本隆明が直感的に忌避し嫌悪したのは正しいし、山本がまたここに悪夢を感じたのも正しい。小林は深く日本の歴史に毒を残した。それは一種の宗教とでもいうべきなにかだ。山本夏彦は小林を神がかりと率直に言った。
 だが、そこにそれだけでは解決できない難問は残る。吉本が喝破したように、およそ民族国家というのは宗教によっているのだから。
 ここまで言えば、そういうお前は小林教を信じるのかと問われているに等しい。
 私はそれを信じていない。そもそも古事記というのは偽書だと言うにはばからない私である。古事記は道教だぜとも言う。ではなぜ、私が、小林に惹かれ、宣長に惹かれるのかと言えば、私の人生が日本人の、日本語の情というものによって成り立っている根底的な限界の意味を受容する他はありうべくもないからだ。
 むしろ、私の死はその限界を超えるものであってもよいに違いないのに。

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コメント

本居宣長補論でしたか、雨月物語を書いた上田秋声との論争を読んでいて、最初はどうしても秋声の方が正しく思われて、本を投げ出しそうになりましたが。小林は読者のそのような心理をも見通していて、ついにこの難関を突破する糸口を付けてくれています。案外小林は理系人間だなと思ったのは、宇宙論における人間原理を持ち出したときです。古典力学はアインシュタインの相対性理論に統合されましたが、その古典力学は、天動説を統合しました。天動説もみかけの問題としては依然として正しいのですね。古典力学も、アリストテレスの力学も、我々の日常生活ではそれなりに有効なんですね。今は絶対と思っている新学説も、いつより高次の概念に統合されるものかわかりません。宣長はそれを言いたかったのでしょうか。小林が批判して止まない近代思想とは、秋声のような一種の革命思想ではないでしょうか。そういえば、中国は、革命思想の本家でした。漢ごころとやまとごころの相異は、こんなところにあるのでしょうか。その点から我々の科学観念をなんとなく支配しているように見える「パラダイム変換」で有名な「科学革命の構造」という著作は、科学とはまったく異質の革命概念を持ち込んでいる近代思想の典型ではないでしょうか。科学は従来の概念をより広く深い見地から包摂・統合するもので、それを発展とは言いますが、従来の見方を全面的にあたかも迷信の如く断絶的に否定する革命概念とは相容れないものなのですから。

投稿: やすみど | 2009.11.11 01:03

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» 知識的なこのや、年齢的なこともあるけど、まだ私にはその実感はわからないのかもしれない。 [ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)]
 小林秀雄が真正面から本居宣長を語り、山本七平が小林を語るときに、本居論にあえて [続きを読む]

受信: 2008.02.23 16:54

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受信: 2008.07.06 06:23

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