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2007.03.02

民法七七二条を巡る愚考

 先日、民法七七二条の離婚後三百日以内に生まれた子の扱いを理由に、新しい夫の子として戸籍登録ができない乳児に対し、足立区が特例で住民票を作成したというニュースがあった。例えば、”「300日規定」で戸籍ない乳児に住民票 足立区が特例”(参照)など。


 「離婚後300日以内に誕生した子は前夫の子」とする民法の規定により、戸籍に登録されていない東京都足立区の乳児に対し、同区が住民票を作成していたことが27日、分かった。住民票がない状態では、児童手当を受けられないなどの不利益が生じることを考慮し、区が住民基本台帳法を根拠に、特例として認めた。

 私が気になったのはニュースの発生経路だった。朝日新聞によると二七日わかったとしているが、出生届を出そうとしてトラブルが発生したのは一三日である。その二週間にどのような経緯があったのだろうか。時事によると(参照)「28日までに分かった」と一日朝日新聞に遅れた。足立区が二七日に公式発表でもしたのだろうか。
 気になるのは、二五日に関連の電話相談のイベントがあったことだ。朝日新聞”民法の「離婚後300日」規定、電話相談に切実な声”(参照)より。

 家族法に詳しい弁護士らが25日、離婚後300日以内に生まれた子は「前夫の子」と推定する民法772条の規定をめぐって電話相談を実施した。


 相談は18件で、うち13件が女性。報道や国会で取り上げられるまで規定を知らなかったという人が、ほとんどだった。

 全国相談なのだろうか、全件数が一八というのも少ないような気がする。そしてこの相談は足立区のケースと関係していたのだろうか。関係したとする報道はないのだが。
 テレビユー福島”離婚後300日問題弁護士無料相談 ”(参照)ではこう。

この無料相談は、民法の問題に取り組む東京の市民団体が主催したもので、25日は6人の女性弁護士がおよそ3時間にわたって数十件の相談を受けました。

 実施は三時間だったらしい。どのように相談者に知らせれていたのだろうか。どうも経緯がよくわからない。
 さらに関連として二七日の読売新聞”離婚「300日」規定の苦悩”(参照)にはこうある。

 この「300日問題」に悩む女性を支援するNPO団体「親子法改正研究会」(大阪市)は先月、法務省に法改正などを求める要望書を提出した。別のNGOが今月25日、無料の電話相談を実施したところ、これから出産予定の女性だけでなく、前妻の子供の名前が自分の戸籍に記載されてしまったことに悩む男性からの相談もあったという。
 事態を重く見た法務省も実態調査と救済策の検討を始めた。

 「事態を重く見た法務省」という流れもよくわからない。大手紙の社説としては二七日毎日新聞”嫡出推定 時代変化に応じた見直しを”(参照)がある。

 「結婚から200日後、離婚から300日以内に生まれた子は夫婦の嫡出子と推定する」との趣旨の民法772条をめぐり、実情にそぐわず弊害が生じているとの指摘が相次いでいる。国会での議論も始まり、安倍晋三首相も検討する方針を表明した。

 「相次いでいる」の背景がやはりはっきりしない。なお、「安倍晋三首相も検討する方針を表明した」は、二三日の衆院予算委員会集中審議での、自民党野田聖子氏への答弁によるもの。
 ところで話はずれるのだが、今回問題になったのは、「離婚から300日以内に生まれた子」の問題なのだが、毎日新聞社説にあるようにこの法律は「結婚から200日後」にも規定している。つまり、「夫婦の嫡出子と推定する」には、結婚から二百日経っていないといけない。当然、できちゃった婚の子はそう推定されないことになる。同社説は「それにしても、結婚、出産という重要な規定なのに、周知徹底されていない現実に驚く」とびっくらしているのだが、できちゃった婚のほうはご存じでしたか?
 と、実はこれは問題にならない。できちゃった婚は事実上まったく問題ない。結論だけいうと民法のこの規定は空文になっている。ならなんで「離婚から300日」がそうならないかという問題があるなのだが、その問題には突っ込まず「結婚から200日後」の話に移る。
 民法七七二条の「結婚から200日後」が空文になっている由来は難しいといえば難しい。私も勘違いしているかもしれないと思うので、無知をデバッグする意味でもちょっと書いておきたい。
 ネットを見渡すとこの話題はあまり見当たらない。探し方が悪いのかもしれない。重要なのは「鳥取県米子市の行政書士今田重治の日記」のエントリ”死後懐胎子は他人(その5)”(参照)の脱線部分の話である。できちゃった婚について。

(同棲中のカップルや いわゆる「できちゃった婚」で、概ね妊娠5か月位以降に婚姻届を提出した場合には、婚姻の成立の日から200日以内に出産を迎える事になります。)

この場合に生まれた子については、本来は「非嫡出子」として出生届をしてその旨の戸籍の記載をした上で(母と既に婚姻中である)父が認知をすることによって嫡出子の身分を得て(民法789条2項・認知準正)戸籍の記載を変更するか、父が胎児認知(民法783条1項)をしておいて嫡出子として出生届をするということになる筈です。


 これが現状認められている。法改正もなくそうなっている。余談だが、現状ではできちゃった婚は全体の四分の一も占めるのではなかったか。
 ところで、このできちゃった婚はオッケーの経緯なのだがこうだ。昭和一五年の話になる。

 大審院は、「内縁の妻が、内縁関係の継続中その夫により懐胎し、適法に婚姻をした後に出生した子は、たとえ婚姻の届出とその出生との間に200日の期間を存しない場合でも、出生と同時に嫡出子の身分を有する。」(昭和15年1月23日 大審院民事連合部 民集19巻1号54頁)とし、
 又、婚姻届出後149日後に分娩した子につき「母の夫との父子関係を否定するには、嫡出否認の訴えではなく親子関係不存在確認の訴えによる。」(昭和15年9月20日 大審院 民集19巻18号1596頁)としました。
 これを受けて司法省は、戸籍取り扱い実務において、婚姻届出の後に妻の産んだ子は、「非嫡出子出生届」を選択して届出た場合を除き、「嫡出子出生届」によって戸籍に直接「嫡出子」として記載する取り扱いをする様にしました。
 これは、非嫡出子出生届と認知届(準正の手続き)を併せて簡略化した手続きと言えます。

 わかるようなわかんないような話だが、いずれにせよ、できちゃった婚が問題にならないのは、これが背景になっているようだ。
 なんでこんなことが戦前に問題になったのかなのだが、現代から考えると、そりゃ昔だってできちゃった婚だったからでしょ、のようにも思われるが、そうでもない。同日記ではこう説明されている。

 戦前の日本では、「子無きは、去る」などとされ、祝言の後、懐胎して母体が安定期に入って流産の虞が小さくなってから(極端な場合、子の出生届の直前に)婚姻届を出す事も多かったので、出生当初から(胎児認知などという七面倒くさい事はせず、当然に)嫡出子として届出をしたいと言う国民の意思に合致しませんでした。

 この説明だと、家の跡継ぎがほぼ確定というか確定してから婚姻届が出るため、二百日規定に合わなくなるので法律を変えずに運用で変えてしまったということになる。
 ここでちょっと気になるのだが、というか今回この話をおさらいして気が付いたのだが、大審院の扱いではこれは「内縁の妻」についての規定なのだ。ということはお妾さんか?とかふと思うが、ようするに婚姻前でもおセックスの関係があると内縁ということになるという意味なのだろう。お妾さんにも影響しそうだが。
 でだ、先の説明では「戦前の日本では」ということで一挙に「戦前」でまとめられているのだが、これはどう考えても昭和一五年との関係があるでしょう、というのは、こうした日本の跡継ぎ制度はそれ以前から問題になっていたはずだからだ。
 とすると、昭和一五年とこの二百日規定なのだが、先日の朝のラジオでは出征との関係で説明していた。その説明では昭和一五年七月三〇日としていたので、子細は異なるのかもしれない。で、私が誤解しているかもしれないが、出征した夫に夫が知らないうちに子供が生まれてもその夫の子にできるという配慮ということなのだろうか。
 そういう話であればいやちょっと面白い歴史の裏話というか苦笑もできないし面白いですむ話でもない。
 さらに話がずれていくのだが、いずれにせよ戦時の法の運用の影響とかでできちゃった婚の問題は完全にクリアかというとまだちょっと変な話がある。こうした子供の場合、出生後何年後でも「親子関係不存在の訴え」によって父子関係を否定出来るらしい。そういうケースがあるのかわからないが。

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2007.03.01

死刑確定囚が常時百人の時代

 極めて難しい問題なのでスルーしてしまうか少しためらったのだが、気になることは気になるので取り敢えず時代のログとして書いておこう。話題は、死刑確定囚が常時百人の時代となったようだ、ということ。
 大手紙などジャーナリズムでこの問題がどう取り上げられたのかいまひとつわからないのだが、ネットのリソースとしては二月二十日付けアムネスティのアジアニュース”日本:死刑確定囚が100人となる ”(参照)が新時代の到来日について明確にしている。


本日、日本で死刑確定者数が100人となった。アムネスティ・インターナショナル日本は昨今、特に2000年以降、死刑判決が増えている現状を憂慮する。

 ただしアムネスティのニュースは実際にはニュースというより死刑廃止の主張に近いので事実認識の上ではもう少し距離を置いたほうがいいのかもしれない。なので、ネットを探すと、アムネスティを受けた形で二月二六日付けクリスチャントウデイ”国内の死刑確定囚が100人に、人権団体は厳罰化を憂慮”(参照)の記事がある。

 最高裁判所によると、記録が残る昭和55年以降、全国の地裁・高裁で言い渡された死刑判決は、平成11年までは年間2~15人で推移してきたという。しかし12年以降は、刑罰一般が厳罰化している流れをくんで、年間20~30人に急増。最近3年間で死刑確定囚の数は、平成16年=66人、17年=77人、18年=94人と推移した。
 死刑判決の急増に対し、執行される死刑囚は年数人程度。判決までは順調だが刑の執行だけ滞っている状況だ。このため、最高裁は今後も死刑確定囚の数は常時100人台で推移すると見ている。

 気になるのは、実際の死刑執行数なのだが記事では数人程度としか触れていない。大雑把に考えても、執行数が少ないのに死刑判決が多いので、未執行の死刑確定者数が増えるということになっているのは確かだろう。
 新聞では二月二六日付け読売新聞(大阪)”[今日のノート]極刑”にて「昨年末、死刑囚4人に対する刑が執行された」と書かれていたので、昨年は四人の執行だったのだろうか。
 ネットを見渡すと、”死刑囚リスト(事件史探求)”(参照)というページに近年の推移が掲載されている。ただし、十八年は三名とあり最新の情報は反映していないようだ。この数値の信憑性はよくわからないが、おおよその参考にはなるだろう。
 ざっと見て驚いたのだが、平成に入ってからは多くて七人。それも前年がゼロだったので多くなったという印象なので、だいたい四人程度で推移しており、こうしてみると、死刑執行数は五人程度を上限とするといった国家意思のようなものが感じられる。もちろん、そういう定量的なものではないのだろうが。それでも、現実のところ、日本の極刑には、実際に執行する死刑と執行しない死刑という二つが分かれてきたのではないかという印象もある。つまり、これは実際的には釈放のない終身刑ができつつあるということなのではないか。死刑存廃の議論とは独立したかのように、実態のほうが無規定で先行しているようにも思える。
 ウィキペディアの関連項目”日本における死刑”(参照)ではこう言及されている。

刑事訴訟法の第475条では、死刑は判決確定後、法務大臣の命令により6ヶ月以内に執行することが定められているが、再審の請求や恩赦の出願等の期間はこれに含めないことも定められており、死刑確定から執行まで、多くが数年から十数年もの間、平均では7年6ヶ月を要するのが実際である。異例の早さで死刑が執行されたといわれる池田小児童殺傷事件の死刑囚でさえ、確定してから約1年の時間を要している。そのため、刑を執行されないまま拘置所の中で一生を終える死刑囚もいる。

 このあたりも先の印象と整合している。
 話題が少し逸れるのだが、死刑確定になると身柄は拘置所に移される。とすれば、拘置所には未執行者にあふれているのではないかと思ってネットを見渡すと、〇五年の記事らしいが”まわりが死刑確定の人だらけになってます”(参照)という興味深い話があった。真偽はわからないがこうした実態はどうなっているのだろうか。

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2007.02.28

[書評]ぶってよ、マゼット 47歳の音大生日記(池田理代子)

 先日なにげなく見たテレビで池田理代子の対談をやっていた。見るつもりもなかったのだが、あまりの面白さに見てしまった。話は四十歳を過ぎての更年期のことと四七で結婚した旦那とののろけみたいなことなのだが、そういえば彼女、結婚生活一二年かと思った。たしか、私よりちょうど一〇歳年上だったはずだと確認するとそうだ(参照)。

cover
ぶってよ、マゼット
47歳の音大生日記
 そのあたりが気になって、彼女が四七歳で音大生になった時代のエッセイ「ぶってよ、マゼット 47歳の音大生日記」(参照)を読んだのだが、これがもうめっちゃくちゃ面白かった。面白い上に、ちょうど私は今四九歳なのだが、この年代の人間が思い感じるであろう心のありかたが痛いほどわかる。読書というのはこういう面白さもあるものだなと思う。私も学生を長いことしたしちょっとやり直しもしたりしたが、さすがにこの歳になるとやり直せない感はあるし、やるとして青年期の学問ではないだろう……といった夢想がわくが、気力はない。でも……夢はあるか。池田のこのエッセイを読むと夢に呼びかけられるような気持ちになる。
 エッセイはまさに彼女の音大入学から卒業までの期間を描いているのだが、その間に彼女の結婚が入る。結婚のいきさつについてはこの本にはあまり書かれていないが、新婚が同時進行しているようすも面白い。というか、四七歳の恋というものもよく描かれていて、ある意味で、これもまた恋の物語でもある。旦那もすてきな人だ。はてな日記などでよくオタクの非モテが議論されるがこれはよい参考書になると思うよ。

 この人を失ったら、もうこれ以上の相手は現れることがないのではないか、その相手なしには、自分はとうていその先生きていけないのではないか、という怖れに、人はしばしば正常な判断力を見失う。
 事実失ってみれば、それでも結構人は生きていくものだし、運がよければ前以上の相手に巡り合う可能性も十分にあるというのが人生だ。
 だいたい恋や愛のために死ぬのは、性欲が旺盛で思慮の足りない若いうちか、人生の残りの時間や可能性の少なくなった老年が圧倒的である(統計を取ったわけではないから、そのような印象がある、と言ったほうがいいかもしれない)。

 括弧内は編集メモに応答かな。さらっと書いてあるし、生きていればいいこともあるわよ的にも読まれるが、なかなか。これはいっぺん死にかけてみないと言えない部分もあるしそうしてみて初めて彼女のような中年の恋もあるのかもしれない……と思うが、そういう思いは読み手が勝手に思うだけ。
cover
47歳の音大生日記
(文庫版)
 本書の面白さのもう一つの確実な側面は、まさに音大生の日記という点だ。音楽家、声楽家がどのように勉強していくのかというプロセスがわかることで、いま以上にクラッシックが楽しくなる。あるいはまわりにクラッシックやオペラ好きの人がいるなら、そういう人たちの思いがよく理解できるようになる。
 こういう変化も歳と少し関係あるのかもしれない。私は若いころロマン派が嫌いだったが、今では好きだ。ブラームスなんてなにがいいのだろうと思ったけど、いいのかもしれないと思うようになった。オペラなんてアホかとも思ったが、なにげなく聞いている。
 池田はまさに団塊世代のクイーンだし、その生き方はそのまま団塊世代に受け入れられたりもするのだろう。そのあたりの浮かれた感じは一巡下の世代の私などには相当に抵抗感がある。あるにはあるというべきか。でも、ここまで突き抜けた人生というか、中年以降の生き方というのは、明らかに戦後日本というものの正しさというか豊かな成果なのだろうなと思う。ま、理屈はどうでもよくて、五〇過ぎても楽しく生きられる、そう生きている人を見るというのはよいものだ。

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2007.02.27

恋という映像

 たまたまNHKで、三回シリーズで終わりなのだろうと思うのだが、「ドキュメント”恋”」というのを見た(参照)。世界の街の市井の人の恋愛を描いたドキュメントということなのだが、映像には奇妙な感触があり、心に不思議な印象を残す。ネットには何か情報があるかと思って探してみたのだが、当のNHKですらあまり情報がない。なぜだろ。


ドキュメント“恋” ~男と女 一週間の真実の物語~<全3回>
登場するのは男と女。世界各地の街角で出会った、今恋のさなかの市井の2人です。取材期間は一週間、2人それぞれにカメラは密着。現在進行で繰り広げられる男と女の物語を綴り、恋の本質に迫っていきます。

第1回 パリ 2月12日(月)午後10時~
第2回 上海 2月19日(月)午後10時~
第3回 ブエノスアイレス 2月26日(月)午後10時~


 三回分を連続するとちょっとした映画になるかと思う。パリ、上海、ブエノスアイレスの三つの街である程度普通な人の普通っぽい恋の一週間を描いているのだが、特にストーリーというものはない。その映像の感触がなんとも興味深く、恋の関係の中をうまく覗かせてくれるという意味では、ちょっとスケベな趣味でもあるのだが、奇妙な陰影がある。うまく表現できるといいのだが難しい。恋というのは語るに難しい。
 第一回目には「アニーとヤンの場合」という副題がついていた。二回目、三回目の副題は忘れた。副題はなかったかもしれない。
 パリ編では、男がヤン。最初もしかしてと思ったがチャイニーズではない。二二歳。美容師で六年のキャリアを持つというから日本で言えば中卒たたき上げだろう。番組では彼が支店長を任されるにあたり、その評判を得るためのヘアカットのショーをするというイベントがある。そのイベントが多少映像に物語的な要素を与えていた。
 アニーはリヨン出身の二二歳。映像編集者ということで自室でプレミアみたいので何か編集しているようだが、それだけでは食っていけず、街頭のビラ配りなどもしているとのこと。冬の寒さは身に応えるとも言っていたあたりに若さへの親近感がある。ヤンとの出会いはヘアーカット・ショーのモデルとして知り合ったということで、モデルもバイト仕事のようだ。確かにモデルという風貌ではあったが、映像中、パリ街頭の物売りの中年男が彼女に外国人かと聞き彼女はパリジャンと答えていたのだが、あのシーンはなんだったのだろう。パリの人からはリヨンの人が異人のように感じられるのだろうか。
 二人は同棲していない。どちらも一人暮らし。アニーのほうは一年前に一年間ほど同棲していた男がいたらしく、そんな話を彼女の友人としているシーンがあった。いずれにせよ彼女も高卒くらいなのだろう。以前の男と別れた理由は亭主関白面していやだったということのようだった。そういえば、今の男ヤンもアニーは家事をしないので、それだと夫婦生活は難しいかもといったふうなことをぼそっと言っていた。
 二人の関係はどうか。印象というのはいろいろあるだろうが私の見た印象では、これはダメだろうな。男がたたき上げで、また職の関係から若い女に事欠かないふうでもあるのでそのあたりから無理が出そうだ。
 女は、男が親族に紹介をしてくれないとぼやいていたが、結婚対象として見られてないという不満の表明ではなかったか。
 スケベ心としては一週間の生活で、どのタイミングでどんなふうにおセックスをするのかワクテカだったのだが、この回では最終日、ショーの後の晩という感じだった。その翌朝ベッドの二人をカメラが捉えるのだが、ベッドのなかの二人はTシャツを着ていた。まあ、それはそれでいいでしょ。
 二人の一週間は街で数時間くらい会ったり離れたりという感じで、そう恋人同士で過ごす時間があるわけでもない。そういえば冒頭アンが携帯メールを受け取っていたのが印象的だった。というのも私は携帯電話というの恋愛がどう結びつくのかわからない世代の一人だ。
 二人はパリという街の風景にもよく溶け込んでいたし、よくキスばっかやってんなとか私なんぞも自身の若いころを忘れて見ていた。二人は会食後その場で別れるのだが、その背の姿がいかにも西洋人らしく未練という情感はなかった。
 現代人には別れ際の未練のような情感はないのかと思ったが、第二回上海編の女にはそうした情感があった。未練というのはアジア的な恋愛の情感なのだろうか。
 上海編は、四川省出身の、コズメティック・アーティストというのだろうか、化粧直し専門の女性が出てくる。名前は忘れた。二七歳だったと思う。彼女が上海で一人暮らしていると、そこに天津から男がやってきて一週間滞在するという。男は三七歳。けっこう歳だがなかなかの若作りでそう老けた感じはない。二人は上海で知り合ったらしいが、男の仕事の都合で天津にいるという設定だった。上海での一週間は男がそこで新しい仕事を得られないか探すという展開だった。
 この二人の関係がよくわからない。女の二七というのもけっこうな歳のようでもあるが、中国の、晩婚を進める政策とも関係があるのだろうか。どうして四川から上海に出られたのだろうか。言葉の違和感はなかったのだろうか。こうしたことが一切わからない。男のほうはさらにわからない。大学は出ていて、いい職にも就いていたらしい。いい車も乗り回しているのだが、これは女のものなのだろうか。話の展開で、どこかの支店長になれるかという面接があるのだが、ヘッドハンティングによるビッグビジネスの機会を狙っているようでもある。
 上海編では女はよくすねていた。男に辛辣な言葉もかけた。上海というこもあってか、なにかと食べるシーンが出てくるのだが、煮詰まった若夫婦みたいな雰囲気だ。この二人の関係はどうなんだろう。一番気になったのは、女がすねてカードを全部を遣ってやるとか言うシーンだ。あれは男が女にカードを持たせていたということなのだろうか。というあたりで、華僑にありがちな現地妻ということなのだろうかとも思ったが、よくわからない。ワクテカのおセックスシーンを連想させるものは露骨にはないのだが、こりゃ今週は四回くらいやりましたね感はあった。
 まったくどうでもいいことなのだが、私は若いころある種の中国人女性にもてるかもしれないとなんとなく思ったことがあった。まあ、もてたというほどではないのだが、どうも若い頃は彼女らのある好みのタイプの相貌だったのかもしれない。いずれにせよ、私は中国人女性と結婚したらどうだっただろうと想像してみたのだが、まるでわからなかったし、想像することすら怖かった。中国人といってもいろいろあるので一概には言えないのだが、どうも日本人から中国人を見ていると何かもっとも基本的なことが理解できない。そのなかで国際結婚している人はどうしているのだろうか。余談に逸れすぎ。
 上海編の二人はうまく行くだろうか。私の印象ではダメだと思う。では別れていくだろうかと考えて、それもよくわからない。
 ブエノスアイレス編は、冒頭いきなりプール。しかも水着で乳繰り合うシーンが出てきた。シティホテルというのかホテルでゆったりと恋の時間を過ごすという一週間の始まりである。おおっ最終回はそうきたかとワクテカだったが、そうではない。というのも、男は二十歳。サルサダンサー。女は三十歳カメラマン。スタイルはかなりものだが、夏場で肌を露出するシーンが多く、肌のシミは中年女らしさを露骨に出している。
 いずれにせよ、その歳差でうまく行くのかよと、誰だって思うし、女の家で女とその母親と二人きりで食事するシーンがあるのだが、母親からの、あんたたちがうまく行くわけじゃないのという感じの会話がじとーっと暗く進展していた。前の十五歳上の男のほうがわたしゃよかったね、とも。暗すぎる。母親は金髪に近いが、娘の毛は黒っぽい。父親はいないのかと疑問に思ったが、そのあとのシーンで、女が男にスペインの父親に合いに一緒に行こうみたいな誘いをしていたので、女の両親は別れているのだろう。
 この回の恋愛は、女必死だな、ふうのシーンが多く、痛ましい。男のほうはサルサダンサーということもあり、レッスンで十八歳の娘とべったりという感じ。こりゃどうみても、二十歳男と三十歳女の関係は続かないだろうと思うし、それが女の意識に反映してもいる。最後のシーンで、女は彼の子供が産みたいのと言った。これは引く。ずん、と。
 いささかこじれた喧嘩があったあと、男のほうがいらいらと女に電話をかけるシーンが後半にあるのだが、あのあたりの男の心の動きも、同じ男として痛いくらいわかるものがある。男も、俺は彼女を本当に好きなんだろうかと自問しているようでもある。しかし、女の強い関係の求めに引きながらも、女から離れてもいられない。そういえば、この回にはおセックスらしいシーンは冒頭の事後のシーンくらいなものだった。
 三回見終えて、奇妙な違和感があり、なんだろとしばらく考えていて、先ほど小便をしながらふと思いついた。どの回もどっちかというと女が痛ましいのだ。これって演歌の世界じゃねーのというくらいだ。もちろん見方にはよるだろうが、この三人の女は男と別れる恐怖みたいなものをじわっと滲ませている。
 女はこんなに弱いか? そーじゃないだろ、女というのは男を棄てるときに、ぽいっと切りよく棄てるぜ、と呟いてみて、しかし女というものがよくわからないとも思う。本質は弱いのかもしれない、沙翁の語るごとく。
 一般論は成り立たないのだろうが、恋というものには本質的に強者と弱者の関係のようなものが滲むなぁ。恋かぁ。恋とはどんなものかしら♪

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2007.02.25

中国化する世界?

 先日のラジオ深夜便で春節のラスベガスの話を聞いた。街のデコレーションが豚だらけという感じだったそうだ。ことさら春節に中国人がラスベガスに集うというものでもないにせよ、中国本土や世界各地、米国の華僑たちは上客であろうから、そういう風景もあるのかもしれないなと思い、ネットでフリッカーの写真を見ると、なるほどそうした印象が伺えるものがあった。

photo
Pig
by Las Vegas Bill
 ラスベガス全域が春節ムードというわけでもないのだろうが、こうした風景は数年前からの傾向でもあるようだ。それにしても豚年で豚かと感慨深い。日本人なら亥年なので猪でも飾りたいところだが、猪とはそのまま中華圏では豚である。こうした中国化の風景がラスベガスを覆っているのは考えようによっては違和感もないのだが、イスラム圏でこの光景はありえないだろうな。もちろん、亥年は十二年に一度だからこのデコレーションを毎年繰り返すわけはない。が、華僑あるところ豚は食われ続ける。それがイスラム圏、特にアフリカ系のイスラム圏でどのように見えるかは、少し想像してみて何も書く気にならない。
 このラスベガスのカジノ資本だがアジアではがんがんとマカオに進出している。そのようすをNHK地球特派員2007「アジアを席巻するチャイナマネー ~マカオがラスベガスを超える~」(参照)で見た。かつてののんびりとしたしたマカオの風景を知っている私としてはすごいもの見ちゃったなという感じがした。

中国に返還されて8年となる"老舗"マカオでは、ついにカジノの売上高がラスベガスを抜きました。本場ラスベガスの資本も参入し、金余り中国人目当ての熾烈な顧客獲得戦争が繰り広げられています。東京ドーム17個分の敷地に2兆円を投資するアメリカ資本も登場、カジノブームに拍車がかかっています。

 話は中国マネーの受け皿としてのマカオということで進めていたが、ちょっと考えたって博打だけじゃないだろと想像は付く。嫡子正男ゴールデン(参照)が常駐しているのだってチョイ悪オヤジというわけではない。しかし、そこにNHKにつっこめというのも野暮な話だし、番組を子細に見るとなかなか大人の仕上がりになっていて微笑ましかった。がんばれNHKである。
 それにしてもこんなところに巨額の投資をすること自体博打じゃないかと日本人とかならすぐ思うのだが、一年ほどで回収できてしまうのだそうだ。ありかよ。とはいえ、次第に米国のラスベガスのようにファミリーな雰囲気に軟着陸させるようにはするのだろう。
 番組ではアジアのカジノ地図というのも出てきたのだが、これがまた、え゛?とうなる代物だった。この話題だとシンガポールとか出てくるのかな(参照)となんとなく思ったのだが、そうではない。上位から見ると、一位カンボジア24。いきなりなんだそれ。

一方、"新興国"カンボジアでは、ここ数年で24ものカジノがオープン。国をあげてカジノビジネスを推進しています。資本は、中国系。地の利を生かして、東南アジアの経済に深く食い込み始めた中国の大きな影響が見て取れます。

 番組ではタイ国境に近いポイペトを取材していた。番組に出てくるジャーナリスト莫邦富は、どこに行っても中国語で取材ができると呆れていたが、いやはや。というころで、アジアのカジノ地図を見ていて隣国タイはどうよ?と、それがない。タイにカジノはないのか、日本みたいにないのか、と冗談を言っているのか俺。ミャンマーだってマレーシーアだってラオスだって一つはあるぞ。北朝鮮にだってシンガポールと同じで二つはあるぞ。タイにないのか……というかそれがカンボジアということなのか。考えさせられる中国化の浸透である。ついでに他の国のカジノだが、フィリピンに14、ベトナムに8、韓国に17とふーんというところだが、意外なのはスリランカに5、インドに5、ネパールに5ってただのホテルの付属ということか?
 話は少し逸れるのだが、NHK「シリーズ 欧米が見た中国 ドイツ買いの現場では」(参照)もたまたま見た。

 ドイツの高い工業技術を入手しようと、中国の大企業がルール工業地帯にある最新鋭のコークス工場を買収した。中国側の目的は、工場を解体して、この工場の設計図を手に入れること。この設計図で中国各地に最新鋭のコークス工場を作り、ドイツその他の先進国にコークスを輸出するのが狙いだ。

 日本人などからすると多数の中国人というのはそれほど違和感はないのだが、ドイツ人にはかなりの違和感があるようすが伺えて面白い。

ドイツ人は、早朝から夜遅くまでの作業を黙々とこなす中国人の集団主義と勤勉ぶりを揶揄し、自分たちの誇りであるコークス工場を、“蟻のようにわいてきた”ような連中に渡すことに後ろ髪を引かれる思いを募らせていく。

 番組は06年ドイツの制作でオリジナルタイトルは”Winners and Losers”つまり、勝利者と敗北者ということ。勝ったのは中国である。というのは、コークス工場が採算に合わないからと中国に売却し、それが中国に移転されてから、コークス価格は高騰した。つまり、ドイツはこの工場を手放すべきではなかった。
 中国は工場自体を手に入れたこともだが、そのノウハウも手に入れ、このコピー工場も中国東北部にどんどん作るのだそうだ。
 まあ、産業面での中国脅威論を言いたいわけではないが、こうした中国人の世界での活躍はなんであれ今後も高まり、それにつれてごくごく自然に世界は中国化するのだろう。

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