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2007.11.17

[書評]健康の天才たち(山崎光夫)

 表題が率直に言っていまいちというか誤解を招きやすい。確かに「健康の天才たち(山崎光夫)」(参照)は、日本人の健康を支えた天才たちの列伝といった趣はあるが、むしろ興味深いバイストーリーとしての日本近代史だった。おもしろいという点では、最近読んだ本のなかでは「西遊記6 王の巻(斉藤洋)」(参照)に並ぶ。歴史に関心ある人、あるいは私より年上の人なら読んで損はないだろう。

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健康の天才たち
 なぜこの本が近代史であり無性に面白いのか。いきなり飛躍した言い方をすると、日本の近代史とは疑似西洋的な国民国家日本の創出のプロセスであり、かつその意味は国民皆兵化にあったことに関係する。日本近代の歴史は太平洋戦争の敗北によって轟音を立てて崩れたかに見えるがそうではなく、戦後の国家工場化にすり替わっただけで、国民を皆兵化するという道が崩れたわけではない。軍事国家のシステム従軍慰安婦は戦後も経済マシンのなかで同構造を持っていたことは「極東ブログ: [書評]その夜の終りに(三枝和子)」(参照)で少し触れた。
 近代日本が崩れたのはむしろプラザ合意以降のことであり、そこから日本は面白いように衰退を始めたが、同時に皆兵化からは逃れることが可能になった。その国民皆兵化とは何か?
 国民皆兵化は軍事国家の制度として考察されるし、まあそうした視点は無難な歴史研究だろうが、本質はおそらくフーコーの晩年の思想「自己への配慮」に近い。ウィキペディアのフーコーの項目に簡素に興味深い示唆がある。

フーコーは晩年のどの著作においても、西洋社会が「生の権力」という新しい権力、つまり、伝統的な権威の概念では理解することも批判することもできないような新しい想像も出来ない管理システムを発展させつつあることをしめそうとする。従来の権力(国家権力など)機構においては、臣民の生を掌握し抹殺しようとする君主の「殺す権力」が支配的であったが、この新しい権力は抑圧的であるよりも、むしろ生(生活、生命)を向上させる。たとえば、住民の生を公衆衛生によって管理・統制し、福祉国家というかたちをとって出現する。フーコーは、個人の倫理を発展させ、自分の生活を他人が尊敬し賞賛できるようなものにかえることによって、この「生の権力」の具体的な現れである福祉国家に抵抗するようによびかける。

 国民皆兵化は、フーコーが感じ取っていたように従来のような国家権力ではなく、「住民の生を公衆衛生によって管理・統制し、福祉国家というかたちをとって出現する」という形態に近い。ただし、これは福祉国家ではなく、皆兵の健康という形で出現した。もちろん、フーコーの射程は現代、とくに昨今の日本の不気味な健康志向や食品統制のためのバッシングにも及ぶのだろうが、ここでは、健康というものが皆兵という形態で日本国家による機能だった点が重要だ。
 話が明後日に飛んだようだが、本書「健康の天才たち」は近代日本における健康が、きわめて軍国主義化の機能を持っていたその末端のようすをある意味で露骨なまでに描き出す。と同時に、その権力が国家的な制度とは異なる国家幻想に由来することや、奇妙な形で国家を越えていく力を内包している可能性も示唆されている。
 本書は6人の天才、岡本巳之助、遠山椿吉、江木理一、香川綾、西勝造、西尾正左衛門の列伝の形を取っている。新潮社のうたい文句を借りる。

腐らないコンドームを作った岡本巳之助、蛇口をひねれば安全な水が飲める日本を築いた遠山椿吉、計量カップで一流料理を家庭に普及させた香川綾、脂っこい西洋料理の汚れを簡単に洗い落とせる亀の子束子を発明した西尾正左衛門など……。明治維新以来、日本の近代化を支え、長寿大国の礎を築いたのは、西洋の新しい文化と日本古来の文化の狭間で、日本人の健康のために心血を注いだ六人の天才たちだった。

 6人のすべてが国民皆兵に直接的に寄与しているといった単純な構図ではない。むしろある時代精神がこうした天才をして日本国民を健康なる兵士を生み出すマシンを作り上げたというべきだろう。もちろんそこにはそう単純化されない歴史の機微や陰影がある。
 私は歴史の皮肉なトリビアルが好きなのでこの数名については本書より知っている部分があり、ある意味、おさらいような気持ちで読み進めたのだが、ところどころ、ああと思わず声を上げるような話もあった。
 岡本巳之助は言うまでもなくコンドームのオカモトの創始者なのだが、ちなみにオカモトにおけるコンドームの売り上げはすでに一割程度らしい。彼は苦心の末、軍需用のコンドーム「突撃」を作り出すのだが。

 軍事学によると、戦地で部隊が戦闘すると、戦死や怪我で約二割の戦力ダウンがあるという。兵力の温存は戦術のイロハである。戦闘で戦力を失うのはやむをえないとして、病気で兵隊を失うのは避けたい。軍が最も恐れたのは、結核と性病で、戦わずして戦力ダウンをきたす。結核患者はすぐ隔離するとして、性病の場合は、もっぱら予防のために軍がコンドームを支給した。”突撃”を持たなければ外出許可が下りなかった。

 現在この歴史は性奴隷に対する国家の組織的な関与が注目されているが、その組織関与にはこの引用が示唆する側面もあった。
 遠山椿吉は水道の衛生に努めた。彼は次のような歴史に埋め込まれている。

 環境の悪化を象徴する事件が明治一九年(一八八六)年に発生した。この年の夏、コレラが横浜で流行し、蔓延する兆しをみせていた。東京府は水際の防疫体制を敷いたが、七月上旬、日本橋に第一号の患者が発生、次いで浅草にも飛び火して瞬く間に区部から郡部に広がり、連日、数百名単位で患者の発生をみた。死者も続出し、火葬場で順番を待つありさまだった。結局この年、区群部合わせて患者は一万二一七名、死者は九八七九名に達した。
 このコレラ騒ぎはこれで終わらなかった。神奈川県の大流行の原因として、汚物にまみれた衣服を多摩川で洗濯したいう報道があった。その水で生活している下流の東京府民は恐怖を募らせ、市民生活の死活問題として議論が高まった。

 こうした大量の死者が突然訪れるという恐怖は市民の間に象徴的に埋め込まれたに違いないし、それは別の事件の背景を描いていたかもしれない。
 全国ではどうだったか。

 この明治一九年には、ひと夏のコレラだけで、全国で一〇万八〇〇〇余人以上が死亡している。明治時代を通して、日清、日露などをはじめとする戦死者の数より、国内の伝染病による死者のほうが圧倒的に多いのである。

 こうした死者のいる歴史風景の感覚を私たちは失っている。そしてそこから切り離されたものとして日清・日露戦争を描いたりもする。
 江木理一は初代のラジオ体操の号令者である。近代日本人の身体を皆兵化に変質さえた点でラジオ体操ほど不気味なものはない。この点は「「健康」の日本史(北沢一利)」(参照)のほうがやや詳しい。しかし、「健康の天才たち」は当時の空気を感じさせてくれる。当時の外国人、ニューズウィーク記者たちはその不気味さを示唆している。

『ニューズウィーク』に江木は次のように紹介された。
「世界中どの国でもまねのできない大きな仕事、といえるだろう。その仕事とは、国民の顔を一つの方向にむけることで、たとえラジオを通して、とはいえ、そのいわば指導者・江木理一氏の内面をさらに分析する必要があるだろう。

 ところが江木はニューズウィーク記者がいぶかしがったような内面などなにも無かった。むしろ、江木はできればフルート奏者として生涯を全うしたく、戦後は小学校に横笛の導入ビジネスを目論んでいた。が米国産のプラスチックリコーダーによって晩年は蹉跌した。
 皆兵化は軍国主義化でありながら、それが奇妙に越えていく瞬間もある。二・二六事件のその日も江木は律儀にラジオ体操の号令をかけに愛宕山に向かう。軍人が行く手を塞ぐと、「アナウンサーの江木だ。これからラジオ体操の号令をかけに行く」の一言で道が開いた。笑話のようだが事実であろう。この奇妙な神聖性こそ国民の身体を改造したなにかであり、またラジオ体操がその開始から昭和天皇と一体化していたことも、奇妙に呪術的な符帳になっている。
 香川綾は計量カップを家庭に普及させた女医として描かれているが、香川については本書の項目よりも私は詳しい知識があるので、いろいろ不満は覚えた。特に彼女はクリスチャンであること、戦後の給食に大きな関与をしている点だ。ウィキペディアの同項を見たがあまりこの点は書かれていない。ごく放言的に言うなら、彼女が脱脂粉乳を子供に飲ませたことで日本人の平均身長は14センチ伸びた。
 西勝造は西式健康法の創始者である。現代の各種健康法は西式健康法の亜流であることが多い。本書ではそうした健康法創始者よりビジネスマンとしての西を描き出している点が面白い。最後の一人、西尾正左衛門は亀の子束子の発明者だが、健康というより戦前のビジネスのありかたの話として読むとよいだろう。
 総じて、本書は健康という側面もだが、健康に関わって創始される戦前のビジネスとして見ても示唆深い点がある。

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2007.11.14

ベトナムの男女出生比率不均衡雑感

 秋なのかブログに飽きなのか、政局にも国際問題も経済にも関心が向かない。それなりに思うことはあるが、いくつかの局面の展開はすでにこのブログで予想した通りなので、特に書くべきこともないような気もしてくる。それと、ブログを書くということはどういうことなんだろ、そんな手間よりもTwitterでだべっていたほうが楽しいんじゃないかとも思えてくる。よくわからない、としているうちに3日空き、今晩からココログの長時間メンテらしい。なんかエントリ書こうかな、最近読んだ本の話、また息抜きに料理、と思っているうちに、ベトナムの男女出生比率不均衡のニュースのことを思い出した。
 ニュースとしてはAFP”男女比の不均衡が拡大、ベトナム”(参照)が詳しい。


新生児の男女比の国際平均は女児100人につき男児105人だが、ベトナムでは女児100人につき男児が110人、一部の地域ではこの差が100対120まで広がっている。この傾向は中国やインドでもみられるという。

 ニュースの出所は国連人口基金(UNFPA:UN Population Fund)によるもので、AFPには書いてないが分析の元のデータはベトナム政府によるものなので、ベトナム政府の意図に反してUNFPAが指摘したというような意味合いはない。
 AFPによると、UNFPAが今回指摘した背景には、今年が亥年、つまり中華圏では縁起の良い豚年(猪年)で男児が生まれることが望まれることが示唆されている。日本ではあまり報道されていないが、猪年のこうした呪術的な傾向は韓国や中国でも顕著で、結婚ブームもあった。
 男児が選別される背景には、中華圏特有の男尊女卑的な文化的要素がありそうにも思えるが、直接的には人口抑制策があるらしい。

 ベトナムでは長年にわたり「2人っ子政策」が実施されていた。中国の「1人っ子政策」ほど強制的に施行されなかったが、現在でも都市部から離れた地域や職場などでは子どもの数の制限が奨励されている。
 2003年には男女産み分けを目的とした中絶が法律で禁止されたが、経済発展により超音波検査が普及した今日のベトナムでは、医師から簡単に性別を聞きだすことができる。

 AFPは伝えていないが、「二人っ子政策」は1993年に始まり2000年には終了している。この間、女性が一生の内に産む子供の数は3・8人から2・09人に落ちた。政策としては成功であったとは言える。それから7年後もその傾向が続いているということなのかはよくわからない。
 男女出生比が狂うのは、AFPのニュースにもあるように、超音波検査を使った性判定による選択的な中絶が実施されているからだ。なお、中絶率自体34・7%と高い(日本は22%)。
 別ソース、ベトナムニュース” ベトナムの男女出生比率の不均衡 UNFPAが警告”(参照)には「およそ3分の2の妊婦が超音波装置を使って出産前に男女の別を調べている」とあり、検査の普及率は高い。
 ところでAFPニュースでは「この傾向は中国やインドでもみられる」とあったが、中国やインドでも深刻な問題となっており、UNFPAとしてはベトナムが中国の状態になることを懸念しているようだ。というのは、中国ではすでに男女比が100(女)対120(男)にある。2005年のソースだが中国情報局”人口13億:男女出生比率の不均衡が深刻化”(参照)ではこう伝えている。

 中国国家人口計画出産委員会によると、中国における男女の自然出生比率が119.9:100となり、男性比の正常値である106を大幅に上回っているという。5日付で新華社が伝えた。
 第5回全国人口普通調査の結果、中国全土の5省で女性100に対し男性が130を超えて、男女比率の不均衡が深刻化していることが明らかになった。

 これが中国では結婚難にも波及しているらしい。2007人民網”男性結婚難の原因 男女出生比率のアンバランス”(参照)より。

 人口学的統計から見ると、中国の人口男女性別比の差異は顕著である。20世紀70年代以降の出生率下降と80年代以降の出生人口性別比のアンバランスの影響を受け、1970年代以降に出生した男性は深刻な結婚問題に直面している。

 こうした問題が実際の社会に結婚難以外の影響を与えるかはよくわからない。今回のベトナムと同様の傾向は70年には韓国にもあったが是正されたものの、結婚への影響がないわけはないだろう。
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プリンセス・マサコ
 話は余談になるがおくればせながら、「プリンセス・マサコ 完訳 菊の玉座の囚われ人(ベン・ヒルズ)」(参照)をざっと読んだ。存外につまらないなという印象はもった。アマゾン評のこれに近い。

結果的に宮内庁批判, 2007/9/23
By てち - レビューをすべて見る
筆者がどこまで意図して書いたか不明だが、内容はこれまで流されたゴシップと変わらない印象。ただ、このレベルの本に、宮内庁からクレームを公式文書(?)として送ったあたり、宮内庁の閉鎖的・排他的な体質を露呈させてしまったというのが皮肉なところか。

 個人的に気になったのは、この本だと愛子内親王が人工授精で生まれたとか書いているのだろうかというあたりだった。私の感想だが、そのあたりが不必要にぼかして書いてあるように思えたが、全体としてはそのような誘導的な記述でもあった。こんなことに関心を持つのは、男児であろうと私は当時こうした背景で考えていたからだ。が、実際には女児であった。遠心分離法による選択の可能性は事実が排したのだと私は考えた。私は、日本の皇室は日本らしい近代性を備えていると信じることにした。

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