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2007.08.03

米国の葛の話

 先日VOAを聞いてたら「カッズー(Kudzu)」の話があり、聞いていると「葛」のことらしい。日本でよく見かける、つる性の多年草のクズだ。その根は葛粉や葛根湯のもとになる。葛は花が美しい。これから葛の花の季節だ。

photo
葛花
by Wikipedia
 VOAに書き下したスクリプトがあるか調べてみたらあった。”VOA News - Goats Employed in Fight Against Kudzu in US South”(参照)である。初心者向け英語なので、一部歌詞以外は読みやすい。話のポイントは表題にあるように、葛を食う山羊だ。米国南部で葛がはびこって困っているので、山羊に食わせて退治しようというのだ。
 私は小学生ころから自然観察小僧だったので葛が米国を困らしている帰化植物だとは知っていたし、以前「極東ブログ: セイタカアワダチソウ」(参照)にも書いたことがあるのだが、貿易の過程で自然に繁茂したのだろとなんとなく思っていた。そうではなかった。

The Japanese brought it to the United States in eighteen seventy-six. It grew well in the warm, wet climate of the southeastern states. People planted kudzu around their homes to hide things like fences.
(葛を日本人が米国に持ち込んだのは1876年である。葛は米国南部の温暖で湿潤した気候で繁茂した。米国民は、家を隠すフェンスのように葛を植えたものだった。)

In the nineteen thirties, during the Great Depression, the government put people to work planting kudzu for soil protection. Between nineteen thirty-five and the nineteen fifties, the government even paid farmers to plant it. The kudzu also provided cattle feed.
(大恐慌の1930年代には、米政府は土壌保護のために国民に葛を植えさせもした。1935年から1950年代の間、米政府は農家に葛植え付けの助成金も出した。葛は家畜の飼料にもなった。)


 米国が葛を積極的に植えていた時期があったことはうかつにも知らなかったので、ウィキペディアの同項目参照したところ、きちんと言及があった(参照)。

北アメリカにも1876年にフィラデルフィアの独立百年祭博覧会の際に日本から運ばれて飼料作物および庭園装飾用として展示されたのがきっかけとして、東屋やポーチの飾り、さらには緑化・土壌流失防止用として推奨され一時は持てはやされたが、原産地の中国や日本以上に北アメリカの南部は生育に適していたため、あるいは天敵の欠如から想像以上の繁茂・拡散をとげ、有害植物及びに侵略的外来種として指定されたが、駆除ははかどっていない。なお、葛の英語名は日本語から「クズ[kudzu]」である。近年ではアメリカ南部の象徴的存在にまでなっている。

 なるほど「フィラデルフィアの独立百年祭博覧会」に意図的に持ち込まれたものか。ちなみに1876年は明治9年で萩の乱(参照)のあった年だ。野口英世が生まれた年でもある。
 「フィラデルフィアの独立百年祭」が少し気になるのでついで調べてみるのだが、まずフィラデルフィア(参照)。

1682年、クエーカー教徒のウイリアム・ペンが同志とアメリカに渡来、この地に居住区を建設したのが市の起源。ペンはこの地を古代ギリシア語で「兄弟愛の市」を意味する(Φιλαδ?λφεια、フィロス=愛、アデルフォス=兄弟、ア=都市名につく語尾形)「フィラデルフィア」と命名した。

18世紀を通じてフィラデルフィアは北米最大の都市で、アメリカの独立前にはイギリス第二位の都市だった。独立戦争時、州議事堂(現独立記念館)で大陸会議や独立宣言の起草が行われた。また1790年に合衆国の首都がニューヨーク市からフィラデルフィアに移ってくると、新都ワシントン特別区の建設が一段落する1800年までの10年間合衆国連邦政府の首都だった。


 1876で百年祭だから起源は1776年だろうと推測するだが、フィラデルフィアでは照合しない。まあ、当然といえば当然で、これは「フィラデルフィアの独立」ではなく、米国の独立なので1776年なのだ。ついでに、英語版ウィキペディア”Centennial Exposition”(参照)に独立百年祭博覧会の解説がある。

The Centennial International Exhibition of 1876, the first official world's fair in the United States, was held in Philadelphia, Pennsylvania, to celebrate the 100th anniversary of the signing of the Declaration of Independence in Philadelphia. It was officially the International Exhibition of Arts, Manufactures and Products of the Soil and Mine.
(1876年の国際百年祭は、米国初の世界祭であり、フィラデルフィアとペンシルバニアで開催され、フィラデルフィアでの独立宣言署名の百年記念であった。公式には、大地と鉱山の技術・生産の万国博である。)

 話をVOAの葛に戻すと、米国50年代以降、葛は困った雑草ということになり、駆除の対象となるのだが、葛にしてみると米国南部は住み心地がよいようだ。なのでなかなか駆除できない。そこで山羊の登場となる、ということで、VOAでは葛駆除山羊のカントリーソングが流れる。関連で調べていくと、”4/3/2007 - Kudzu Goats And Friends Getting To Work On Missionary Ridge - Breaking News - Chattanoogan.com”(参照)というニュースもあり、山羊以外にラマ(参照)も使われているらしい。
 VOAでの葛の話の結びでは、葛には今でも愛好家もいるとなっている。少し調べると、”The Amazing Story of Kudzu”(参照)に葛工芸の話などもあった。日本では葛工芸って聞かないなと思ったが、これも調べてみるとあるようだ。

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2007.08.01

サウジアラビア周りで気になること

 ちょっと陰謀論臭い感じがしてしまうかもしれないが、このところのサウジアラビア周りで気になることを簡単にメモしておきたい。まずこれ、昨日付CNN「米国務長官、中東歴訪前に大型軍事援助を発表」(参照)。話の要点は、ライス米国務長官が中東の親米国に対する大規模軍事援助を行うということだが、メインはサウジアラビア。ポイントはそのカネの動き。


米高官は28日、イランがペルシャ湾岸地域を攻撃する可能性を念頭に、米国がサウジアラビアに対する10年間、総額200億ドル(約2兆4000億円)の大型武器援助を計画していることを認めた。米国はサウジのほか、アラブ首長国連邦やクウェート、カタール、バーレーン、オマーンと、軍事援助に向けて協議中。

 昨年末の「極東ブログ: ポーランドのミサイル防衛メモ」(参照)でも触れたが、イランを使って米国がいい出汁取りまくっているという感じがする。ちなみに、こちらのほうについてはプーチンが、ほいじゃアゼルバイジャンとかに仲良くミサイル基地作ろうとかいうバッチグーな提案をして、米国が沈黙しているらしい。このあたりのニュースが国内報道からはうまくフォローされていないように思えるがどうだろうか。代わりに、米露、英露の関係が悪化みたいな一般論だけが流れている。
 話を端折るが、今回のライス提案は、ようするにシーア派の脅威からスンニ派を守るということであり、穏健な産油国の維持とも言えないこともない。が、もっとベタにサウジアラビアと米国の関係があるのだろう。このところ、サウジアラビア側が米国に対する焦りでスタンドプレー的な動きを出してきており、妙なコーチが付きかねない。
 ついでに日経の同種の記事”米国、中東に大型軍事支援・エジプトとイスラエルに”(参照)より。

米政府はエジプト、サウジアラビアなど親米アラブ諸国とイスラエルへの大規模な軍事援助を実施する。イスラエルとエジプトに10年間で合計430億ドル(約5兆1000億円)の軍備供与を発表。サウジなど湾岸諸国への軍事支援も計画中で今年秋に決定する。イラン周辺国の軍事力を強化し、同国の核開発をけん制する狙い。

 こちらのニュースではサウジアラビアのほうは付け足しふうだ。
 もう一つ気になるのは、25日付のフィナンシャルタイムズ”Perils of petroeuros”(参照)だ。上の米国による軍事支援の文脈で読んでしまうのは陰謀論めくので、とりあえず、こちらはこちらとして読む。

The good news: oil cost $43.60 this June rather than around $70 per barrel as traded in the markets. The bad news: this is not a price for buyers, it is the real price felt by members of the Organisation of the Petroleum Exporting Countries, after adjustment for currency fluctuations and inflation. The dollar is down, which puts downward pressure on Opec’s purchasing power. There is an argument for a switch from denominating oil in dollars to euros or a basket of currencies. However, Opec should be careful about taking that step.
(良いニュースは、市場取引で1バレル70ドル近辺とされている原油だが、むしろこの6月には43.6ドルの価値になること。悪いニュースは、通貨の変動とインフレ後の調整としては、これは買い手側の価格ではなく、石油輸出国機構(OPEC)側の実売価格だということだ。米国ドルが低下し、OPECの購買力をさらに低下に向かわせている。そこで、米ドル建てで原油を握っているのではなく、ユーロにするか通貨バスケット制にするかの議論がある。そうはいっても、OPECはそうした方針転換により警戒的であるべきだ。)

 ちょっとわかりづらいのだが、現状の原油価格高騰は先年の高騰とは異なり、ドル安の影響があり、実際のところ産油国側にしてみると40ドル半ばといったところらしい。
 フィナンシャルタイムズのこの記事はさらに、OPECの輸入の四分の一はユーロによるものでドルは十分の一と続く。ドル安で購買力が低下している。このあたり、もっと有無を言わせず米国から買わせるもはといえば……という連想が働き先の話を想起したのだがどうなのだろうか。陰謀論めいた稚拙な発想だろうか。
 話をフィナンシャルタイムズの趣旨に戻すと、ここでの”Opec should be careful”というのは、ようするにドル建てをユーロに切り替えるようなマネはしないでくれということだ。なぜか。

If more actual oil transactions were switched from dollars to euros it could put further downward pressure on the greenback. That, in turn, would affect the existing dollar assets held by oil-producing states.
(現状以上に交易が米ドルからユーロに転換すれば、さらなるドル下げの圧力になるだろう。それは逆の立場からすると、産油国の既存ドル資産が影響を受けることになるだろう。)

 無理に日本の話にこじつけるつもりはないけど、もしOPEC側がよりユーロへという流れになれば、日本のドル資産も低下するのだろう。

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2007.07.31

[書評]私、おバカですが、何か? 偏差値40のかしこい生き方(深田萌絵)

 さすがマガジンハウスだけのことはあって、「私、おバカですが、何か? 偏差値40のかしこい生き方(深田萌絵)」(参照)は単純に面白く、役立つようにできているので、まずはお得な本と言えるなと感心した(昔の斎藤澪奈子本の編集と似ている)。本の、取りあえずのターゲットは高校生かとも思うがむしろ、彼女のように再学習したい二十代後半の女性(男性もかな)がターゲットと見ていいのかもしれないし、そのあたりにニッチの教育マーケットがありそうだ。そう考えると、いわゆる「失われた世代」も後期になると新しい動きが出てくるものだと思った。ちょっと感想が先走りすぎたか。

cover
私、おバカですが、何か?
偏差値40のかしこい生き方
 表題にあるように、著者のおバカ歴がこてこてと書いてあって、さすがにこれは偏差値40だろと納得するしかないリアリティがある、と言いたいところだが、私は偏差値40というのがわからない。自分の世代から偏差値が導入されたのだが私は68だったか72だったか。これって数学的には75までだけど78とか出せるんだよなと数字を見た記憶にある。ってなことを書くと、「私、お利口ですが、何か? 偏差値72のおバカな生き方」になりそうだが、現実の話、彼女はかしこい生き方で、私はおバカな生き方でもはやリセットも効かず。
 冷やっとした言い方をすると彼女は「かしこい」のであって、普通に偏差値40の人がこうできるわけもないのだが、やってみそ、やっちゃえ!みたいな元気なパワーはあってもいいのではないか。若いんだし。このブログに爺とか老人の戯言とかネガコメ付けるような後ろ向きな青少年なんか置いてけてば、みたいなイケイケの時代のサイクルかもしれない。彼女が言うように、宝くじを買わなければ当たるチャンスはない、というのもありだ。でも宝くじを買うのは期待値を考えればおバカなことだ、というのもあるが、まあ、そこは目をつむっちゃえ。
 本書がおバカねた満載でありながら、これは根本的に賢いなと思うことは二つ。一つはこれも冷やっと言ってしまうけど、家族の悲惨な物語がパーソナルに読めちゃうので彼女のパーソナルな部分が出ているような錯覚があるけど、本当のパーソナルな部分はうまく書かれていない。これはソートーに賢いし、でなければそんな復活の芸当はできなよなというあたりを大人はきちんと読むので、ずるこいオジサンや爺さんたちにとって、この人は買いでしょ。
 もう一つは、OL時代のお局さん対決のところで、お局さんの給料を盗み見て。

「えー!!マジ?!30歳になって給料が22万円しかなくて、男もいないお局様みたいになったら超不幸!!」
 とそのとき真剣に思いました。
 (中略)
 「うっわー……。30歳でお肌ボロボロになるまで働かされて、ヒステリーで、この給料なんて、夢がなさすぎる! こんなことをやっていたら私の将来が危うい!」
 とお局様に失礼なことを考えたときは、21歳で、何となく始めた英会話を真剣にやらないと、月収30万円になるのに何年かかるか分からないって焦りが出ました。
 「私が33歳になったら私の母は60歳で働けない。22万円でどうやって母と自分の生活支えるの? 国がなんとかしてくれるの?」

 その状況のパースペティブをさっと見抜くのはある意味でかしこいし、そういうドツボな状況から抜け出すには馬鹿力(ばかりょく?)が必要なことは確かで、鋏の使いようみたいなものでもある。ついでに言うと、引用部の最後の一言に現在の賢い彼女の思いがこそっと覗かせているあたりが小憎い。国はなんにもしてくれないよ、というメッセージをきちんとひとりのおバカな庶民がメッセージを出している、というか、そういうメッセージが出てきたとき、国は変わり始める。一身の独立なくして一国の独立なし。俺の払った年金クレクレとか騒いでいる爺さんたちが正義面している状態のほうが国は腐っていきやすい。
 笑いを取ってなんぼの関西人魂の裏に、こそっと大きな気概が隠れているし、普通の読書人なら彼女が偏差値40という国家的なトラップを打ち破ったものが賢さより気概であったことがわかるだろう。本書は若い人が内的な促しから一つの大きな意志を持つようになったビルドゥングスロマンでもある。

 父の会社が潰れて、仕事を始めたけど給料が安すぎてアルバイトをしないと暮らせない。私が感じたそんな苦しみは、私だけではなく私たちの世代が感じてきた苦しみ。きっとバブル崩壊後の日本の経済を上手にコントロールでできなかった日本銀行か政府か誰かのミスからきているんだ!!という気がしていたんです。「もっとうまくやってよ!」って偉い人たちに文句を言ってやりたいと思ってもいました。お役人は何もせずに高給をもらっているのに、私は私の友達を「若者はやる気がないから働かないんだ」、「なんでニートなんかやってるんだ」って好き勝手にレッテルを貼っている。この時代、正社員はおろか派遣社員にもなれないたくさんの若者の実態があるのに、テレビで好き勝手に言われているのは理不尽だと思った。夜な夜な街を徘徊している家出少女たちを大人たちは、「理解できない」と切り捨てる一方で、セックスの対象として買い漁ってるじゃないか。十代の子供を助けずにいいように扱っているくせに、「子供はキレやすくなった」なんて酷いんじゃない? 実態を知らない人たちの一方的な論調を聞くたびに「どうして、そういう切り口なの?」、「どうして、知っていて見捨てるの?」ってすごく憤慨していたんです。

 ちょっとテンプレ臭いが、このテンプレにはきちんと彼女の若い人生経験の裏付けがあり、そういう経験の地べたから語る人の真実味のようなものがある。
 そして彼女は経済を勉強したいと思うようになる。

 そうだ、私が書こう。勉強して、何が起こっているのか、専門用語なんか使わずに書けるようになろう。経済のことも政治のことも知らないけど、「好きでニートやってるんじゃないよ! 長引く不況だって、日銀の政策ミスだろ!!」って文句を言ってやりたいと思っていた。だから、
「そうだ、大学で勉強して、偉い人たちに文句を言おう!」
 なんて、思ってしまったんですね。

 ブログで私のように歳食ってもおバカのまま文句を言うより、大学で勉強して文句を言ったほうがいいし、文句とか他律的ことではなく、社会とかその評価とかどうでもいいから夢中になってそれに人生棒に振ってもいいやくらいのものの基礎を大学に求めてもいいだろうと思う。
 そして彼女も30歳になるということなのか、テンプレじゃなくて大人の言葉もこそっと語り始める。

(前略)本当に食べていくだけで精一杯だったんです。そんな鼻つまみ者扱いが、大学が決まっただけで「あ、早大生なんですね」って周囲は好意的に受け入れてくれるようになったんです。
 決して「早稲田大学が日本一の大学です!」、「学歴がすべてです!」なんて思っているのではなく、ある程度の大学にいるというだけで、社会的な信用度が大きくなり、有名大学って入ってみるとお得な身分だなって、つくづく思います。
 それまでの「え、○○短大卒なの?」って眉をひそめられていたのとは違う現実を突きつけられる。
 社会って、不思議な世界で、私は短大のときの私と何か変わった訳でもないのに、大学の看板があるだけで扱いが変わるんですね。
 「社会は、人々に機会を均等に与えるべきだ」という理念があるはずなのに、現実はまったく違います。
 でも、大学の看板ひとつで、今まで得られなかった幸運やチャンスが巡ってくるなら、有名大学に行くのって悪くありません。生まれた時代や、環境、性別から生まれる差は、自分の努力だけでは乗り越えられないものかもしれないけど、受験は努力と運でなんとかなるから。

 そういうことだと私は頷く反面、大学の看板なんか忘れちゃいなさいと思う面もある。
 そこは少しややこしい問題があるかなと思うし、彼女が10年後にダークサイドに落ちている可能性だってある。力というのは陰陽から出るものだし、たぶん、きっと。フォースと共にあらんことを。

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2007.07.30

2007年参院選、雑感

 参院選が終わった。民主党に投票した私とすれば期待を上回る結果になったが、ブロガーとしての予想(参照)は大きく外した。そのあたりの反省から書いてみたい。
 予想を外した理由は二つあった。一つは一人区でここまで自民党が負けるとは思っていなかったことだ。象徴的な事例としては片山虎之助参院幹事長落選は想像もしていなかった。私は基本的に5月時点での読売ウィークリーの読みである、15選挙区での獲得はいけるのではないかと思っていた。しかし、読売ウィークリーが自民党勝利例とした富山ですら自民党は敗れた。


 29選挙区のうち、自民が議席を固めつつあるのが群馬富山など15選挙区、逆に民主優位なのが岩手、三重など6選挙区。残りの8選挙区はほぼ互角の戦いだ。

 結果は自民党が獲得した議席は6に過ぎなかった。
 結果がわかった時点で振り返って、一人区の予想が7月7日の時点で可能だったかだが、私には無理だったのではないかと思う。なので、私には2007年参院選を的確に予想する能力が基本的になかったことになる。
 もう一つ予想を外したのは複数区で人気政党による押し出し効果があったことだ。単純な例で言えば、二人の民主党候補が当選することで公明党候補が押し出された。獲得票数としては公明党の勢力が衰えているわけではないが、こうした事態になるとき通常なら鉄板の票数による票固めが有効にならない。
 この点も参考にした5月時点での読売ウィークリーの読みを振り返ってみよう。便宜的に予想が当たっている部分を赤、外したところを青にしてみた。

 選挙区ごとに優位に戦いを進めている党派を並べると、次のようになる。
 ▼改選議席(5)=東京(民・民
 ▼改選議席(3)=埼玉(自・民)、千葉(自・民・民)、神奈川(自・民)、愛知(自・民)、大阪(自・民・公
 ▼改選議席(2)=北海道(自・民)、宮城(自・民)、福島(自・民)、茨城(自・民)、新潟(自・民)、長野(自・民)、静岡(自・民)、岐阜(自・民)、京都(自・民)、兵庫(自・民)、広島(自・民)、福岡(自・民

 東京の保坂三蔵落選を例外とすれば、残り3つは民主党による公明党押し出しによるものだった。この部分の予想については押し出し効果が出ることは予想できなったという点では予想を外したが、概ね予想した域内に収まってる。
 比例区についても同様に見てみよう。

比例選の場合、自民党の獲得議席は直前の報道各社の世論調査の自民党支持率が参考になる。自民vs民主の構図で戦った過去3回の獲得議席との相関(数字は読売新聞調査)を見ると、2004年(32.7%)→15議席、01年(41.0%)→20議席、1998年(31.4%)→14議席。直近調査(3月17日)の自民党支持率は36.4%だから、現段階で17議席程度が見込まれる。

 結果は自民党の議席は14なので、誤差は3議席ほど。これも概ね予想した域内に収まってる。
 なので、複数区と比例区についてはそれほど予想外のことは起きていない。この点について私はこう書いていた。

その後、安倍自民党バッシングのような状態は続いて、5日付読売新聞”安倍内閣支持率32%に下落、不支持率は53%…読売調査”(参照)ではさらに落ち込んでいるが、それで比例選に大きな影響を出すほどのものでもない。また複数区のほうもそれほど変化はないだろう。

 この点は概ね予想どおりではあったが、先の押し出し効果は想定できなかった。私はメディアが安倍自民党バッシングを流しても比例区と複数区にはそれほど影響はでないと思っていたし、結果としてはそれほど大きな影響を出しているとは思えない。
 以上で予想外しの反省は終え、結果についての考察に移る。
 今回の参院選の意義は一人区で自民党が大敗したことだろう。当然ながら一人区というのは基本的に票格差の大きい地方になるのだが、そこで従来の自民党による集票組織が機能していなかったことになる。開票速報のインタビュー映像などでそうした地域の話を聞くと自民党への怒りのようなものから票が民主党に流れたかのようにも思えるし、実際そういう面はあるのだろうが、私としては自民党による集票組織が機能しないことが大きな原因だろうと思う。ではなぜ機能しなかったのか。基本的にこうした地方の集票組織は利益集団でもあるのでその利益機能が弱体化してしまったのだろうということと、小泉政治によって解体させられた余波があるように思える。自民党に集票組織があれば島根の亀井亜希子のような当選は無理だったのではないか。
 今後の日本の政治について今の時点で思う印象を述べたい。外交面ではすでに米国ヒル国務次官補が結果的に言及していたが日本の対北朝鮮外交はより弱体化するだろう。内政面では自民党が参院をグリップできないことで大きな混乱が起きるだろう。ただ、橋本元総理のように安倍総理引退とまで予想はできない。衆院には衆院の論理があるだろう。
 橋本元総理の参院選敗退は、私は基本的に経済政策のミスによるものだろうと思っていたし、私は日本人というのは利に聡く、経済面で大きな失策がなければそれほど政権への打撃はないものだと考えている。年金問題についてはすでに言われているように民主党に解決の秘策があるわけではないし、憲法改正問題は私には悪いジョークのようにしか思えない。では、今回の参院選の結果は日本人が現政権の経済政策にNO(否)を言ったかというと、地方からは大きなNOが出たことは確かだろう。だがそれは多分に地方からのルサンチマンに近く、日本経済のステークホルダーたちにどの程度影響をもたらすかといえば、それほど大したことはないだろう。大企業の活動は円安によって好調だ。なので、経済政策面で安倍続投というのは無言に概ね支持されているのではないか。

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2007.07.29

なんとなく最近iPodで聞いている曲

 なんとなく最近iPodで聞いている曲というだけで、特にテーマもなければテイストもないし、そんな好きな曲ということでもないのだけど。

Kiss & Cry 宇多田ヒカル

cover
Beautiful World
Kiss & Cry
 歌詞のなかにべたに「日清カップヌードル」が出てくるCMソングみたいだし、実際そうなんだろうけど、その言葉の使い方がとてもうまい。彼女が生まれたのは80年代なんでそうした世代にしてみると「日清カップヌードル」は最初からあったのだろう。私はリアルタイムで「ヤングOH!OH!」を見ていたのでそこからの時代の詩情感はある。ほか、音の作りも面白いけどそれにもまして詩がとても美しい。恋について「少し怪我したって、まあいいんじゃない、Kiss & Cry」というのは、困ったことにオジサン受けしてしまうのでしょうね。

人魚姫の夢 松任谷由実

cover
人魚姫の夢
 ユーミンの最新だろうか。サウンドの作りはまいどまいどなんでさらっと流してしまうのだけど、詩がぞっとするほど美しい。そしてこれは死の美しさというもので、人魚姫というより夜のガスパールとか折口信夫「死者の書」の中将姫的なものとかそういう浄土教的な美でもありと駄言を弄してしまうのだが、聞き方によってはかなり気持ち悪い。ユーミンの声についてはいろいろ言われるがこの曲では老女化した彼女のいい部分が出てきて、これもぞっとする。

汚れた下着 中村中

cover
汚れた下着
 私は中村中についてなーんも知らないで最初「友達の歌」というのを聞いていたのだが、このいわゆる女性的とは違う奇妙な心の動きとそして悲痛な叫びはなんだろうと彼女に引き込まれた。「愚痴」という歌では彼女の腹の底からの叫びというか、これこそ演歌というコブシに魅了された。そして「汚れた下着」。美しい曲だと思う。なぜそこまで愛に真実を求めてしまうのか、普通は妥協するよなとか思いつつ彼女の抱えたものの強さに感動した。

Time after time花舞う街で 倉木麻衣

cover
Time after time
花舞う街で
 2003年の曲らしい。知らないでいた。私は倉木麻衣を聞いていると桜田淳子を思い出しそしてアコージングリー引くという脳内トラップがあるのでなんとなく避けていたのだが、この曲は中国人女性の水泳をユーチューブで見ていてBGMで知った。一発で心を捉えてしまったので、他に倉木麻衣の曲をあさったがどうもこの曲だけが私に特殊のようだ。美しくなぞめいた曲だが、歌唱はすごく歌謡曲っぽい。

ありがとう・・・  KOKIA

cover
pearl
 メロディと、率直に言って、ちょっとエロい声に引かれた。そしてなんとなくというかたぶん彼女のような女性私の世代にはクラクラしちゃうものがある。歌唱は元ちとせみたいな裏声の転がしがあってあって、なんだろうと思った。詩はメロディーにマッチしているかのようだが、そこで歌われている恋の風景は、これも私たちの世代に近い、どろっとした部分があるように思えた。

会いたい 藤田麻衣子

cover
会いたい
 これは聞いていると詩もメロディも歌唱もすべてが私のティーネージのことを思い出させて、なんか目の奥が痛くなる。ああ、そういう感情のなかで生きていたなというか、新宿、渋谷、吉祥寺の昔の風景がフラッシュバックする。歌を学んだ人の歌ではないように思うのと、この声はまだ成長してないんじゃないかとかいろいろ不思議な感じがする。アミンとかああいう感じに近いんだろうか、違うか。

僕たちのTomorrow 池田綾子

cover
僕たちのTomorrow
 これも古い曲っぽい。この人は曲の作りや歌唱からかなり音楽を学んだ人という感じがして、そのあたりになんだろ?とか思った。詩はぴんとこない。

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