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2007.06.30

無門関第七則、趙州洗鉢から現代的自己搾取について

 蒸し暑くくけだるく怠惰な昼寝の季節なので、コンビニのとろろ蕎麦を食った後、ぼんやりうとうとしていると、趙州とおぼしき老師が夢にやって来た。こりゃまずい。禅をなさず居眠りという時にやって来るとは。しかし、これも大悟の好機かもしれぬ。ここは教えを請うフリでもしていようと、小風、乍入電妄、乞う老師、指示せよ。老師いわく、喫薯蕷蕎麦、了や未だしや。小風いわく、了。州、老師いわく、簡便鉢盂を洗い不燃物とせよ。

cover
無門関
 目覚める。変わらないな、趙州禅師。無門関第七則、趙州洗鉢の現代版か。と、プラスチックゴミを簡単に洗って、不燃物ゴミとする。スタバのマイカップではないが、コンビニ用マイ弁当箱であれば、まさに鉢盂を洗い去れといったところだろう。
 それから趙州洗鉢について少し考え込んだ。現代風に言えば、修行僧が趙州に教えを請うたところ、師は飯を食ったら茶碗を洗っておけ、ということ。無門関(参照)としてはここに禅の悟りがあるということなのだが、一般的には、禅の悟りや修行というのは日常の所作の中にあるものだ、と解されている。
 悟りにほど遠い私は勝手に思うのだが、趙州洗鉢の要点というのは、自分の飯の後始末は自分でしなさいということではないか。別の言い方をすれば、誰かのサービスを買うのはやめなさいと。あるいは、誰かに依存するのはやめなさい、と。
 しかし、と愚かな私は考え込む。人にサービスを頼むという相互の依存性から経済が起きるのではないか。日本の現状で重要なのは、そのような依存のサービスをより高度にしていくことなのではないか。そうすれば雇用が発生して云々と。
 そんな連想が働いたのも、FujiSankei Business i「物価はどうして上がらないの? 雇用との連動性低下」(参照)のことをなんとなく思っていたからだろう。私の世代、つまり昭和32年生まれだと、高田渡の「値上げ」(参照)でも口ずさんでしまいそうだが、今の日本で求められるのは、値上げである。というか、デフレの脱却だ。たぶん、秋頃には再度の原油高騰を受けて少しは上がるのだろうと思うが、そういう下駄なしだと、日本は依然デフレを脱却していない。失業率が3%台になったがその影響もない。

 大田経財相は29日の閣議後の会見で、「需給と価格の関連性が弱くなっている。需給は改善しても価格はなかなか上がらない。労働需給も一部に逼迫が見られながら賃金が上がらない」と述べるなど、やっかいな物価の動きにいらだちを隠さない。

 とのこと。また。

 内閣府の試算によると、今年1~3月期の需給ギャップは、プラス0・9%と、15年ぶりの高水準を記録した。最近の物価のマイナス基調は、需給ギャップのプラスの数値が上昇し、需要超過の度合いが高まれば、物価も上昇していくという経済学の常識にも反している。

 現状についてはそれでも各種の経済学的な説明が付くのだろうが、がというのは、個人的に思うのは、あまりサービスを必要としない世の中になってしまったな、という感じがすることだ。自分のことは自分できるしそれでとりあえずいいんじゃないかというか。
 へんてこりんな逆説を言うと、たとえばコンビニでとろろ蕎麦が買える。それほどおいしくはないけど、便利。便利という点にサービスはある。でも、このサービスは他のサービス(例えば蕎麦屋のとろろ蕎麦)を削っているし、そうした例ばかりでなくても、便利な新サービスでより自分で対応できる範囲が増えて、以前のサービスは減る。
 新サービスの側に労働者が流れ込めばいいのだろうとも言えるが、どうも現代的な便利さというのは、一見すると他者からのサービスのように見えるが、ある種の自己搾取による値引き感というのもあるな。
 繰り返すと、生活が便利になるというのは、受ける側のサービスが充実するというより、自分でハンドル(切り回し)できる範囲が広がったということで、そのあたりで実際には自分の隠れた労働(シャドー・ワーク)みたいのが織り込まれるような気がする。
 趙州洗鉢というのを、古いモデルのまま考えずに、そういうある種の自己搾取として、肯定的に見直してもいいのではないか。自己搾取というといかにも搾取されているみたいだが、ようするに貧乏人が各種の場において自分の労働による対価を自由に発現できるようになったということかもね、と。
 あるいは、可処分所得というのの類推からだが、可処分時間(カネはないが暇だけはあるとか)というポイント制みたいのが実際的にできそうな気もする。逆にカネで可処分時間も購入できるとか。

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2007.06.29

東芝による米原発二基受注、雑感

 東芝が米電力大手NRGエナジーによる米テキサス州建設予定の原子力発電所建設を総事業費約6400億円(52億ドル)で受注する見込みだ。2014年に稼働予定。
 日本企業による初の米国原発受注のニュースでもあるのでその点でも、へぇと思ったが、その金額を聞いて、少し驚いた。額が大きいというのではない、あまりに帳尻が合い過ぎている。なんなのだろうと少し考え込んでしまった。この話題について何かまとまった結論もないのだが、気になるのでブログに書いておこう。
 ニュースと背景については日経新聞記事”東芝が米原発受注、総事業費6000億円”(参照)より。


 東芝が米電力大手NRGエナジーから原子力発電所を受注することが内定した。同原発は日立製作所・米ゼネラル・エレクトリック(GE)連合が優勢だったが、日本での安定した実績などを訴えた東芝が逆転した。総事業費は約6000億円。東芝本体が海外で原発建設の主契約企業となるのは初めて。原子力政策を転換した米国では今後30基の原発新設が見込まれる。三菱重工業も米国で大型受注を獲得しており、日本の原発大手の攻勢が相次いでいる。

 全体の流れとしては主に昨年の石油高騰(現在もまた上がってきているが)の世界的な騒ぎと地球温暖化を避けようという祭りのような騒ぎから、各国とも原子力発電見直しにシフトした。特に米国では記事にもあるように今後さらに原発の建設需要があり、日本はかなりその恩恵にあずかることになる。もっとも、日本対米国という単純な図式ではないことは、今回の受注でも日立・GE連合が途中まで優勢だったことでもわかる。
 東芝の受注額で「あまりに帳尻が合い過ぎている」といった印象をもったのは、今回の受注の直接的なきっかけとなった06年の米ウエスチングハウス買収額が(54億ドル=約6400億円)だったことだ。まるでこの日に回収見込みが立つかのような受注だった。それだけ見れば、米国が米ウエスチングハウスを日本企業である東芝に買収させずに、なんとか持ちこたえさせるような米国内的な配慮でもすれば良かったかのようにも見える。が、技術的には米ウエスチングハウスには無理だったようだ。
 今回の受注はFujiSankei Business i.”東芝、初の単独受注 米原発2基、総事業費6400億”(参照)によると、「沸騰水型軽水炉(BWR)と呼ばれる方式の最新改良型(ABWR)」ということで、東芝はすでに「世界初のABWRである新潟県の柏崎刈羽原発6号機を手掛けた実績」がある。なお、この技術は日立もあるにはあるのだが。これに対して、米ウエスチングハウスは「世界の商用原子炉の約7割を占める加圧水型軽水炉(PWR)方式の大手」ということだった。うがった見方をすれば、東芝に買収させることで、米国内の雇用を守ったとも言えるのかもしれない。ちなみに、米ウエスチングハウスは06年の時点で、米国を含め世界34か所に技術・販売拠点を持ち、原発の建設実績は98基。従業員約9000人、売上高約18億ドル(約2100億円)とのこと(読売新聞2006.2.20より)。企業規模としてはそれほど大きいわけでもない。この買収は、「極東ブログ: 行け、行け、中国海洋石油!」(参照)や「極東ブログ: ユノカル問題続報」(参照)でふれた中国海洋石油(CNOOC)によるユノカル買収と同様に、対米外国投資委員会の審査対象となったが、4か月でスピード承認になった。
 日本国内的に見ると、東芝が結果的に米ウエスチングハウスを買収したのだがこの買収では、三菱重工業も狙っていた。”三菱重会長“恨み節” 東芝の米原子力大手買収”(2006.2.22)ではこう背景が語られている。

 三菱重工業の西岡喬会長は21日の記者会見で、米原子力大手ウェスチングハウス(WH)の買収レースで東芝に敗れたことについて、「理解に苦しむことが起こった」と述べ、東芝の提示した買収額(54億ドル=約6400億円)があまりに高すぎるとの認識を示した。

 業界的には常識外れのトーンもあったのではないか(当初の予想では3000億円)。しかし、今回の受注額を見ると、苦笑い以上もあるかもしれない。なお、三菱重工業と東芝は原発についてはこれがきっかけで事実上決裂したようだ。
 東芝を揶揄したわけではないが、もう少し気になることがある。東芝は米ウェスチングハウスの買収を足がかりに原子力事業拡大を狙っていた。計画では、06年時点で約2000億円の原子力事業規模が、2015年までに6000~7000億円に拡大される予定だ。もちろん、今回の受注から米国でのさらなる展開が見込まれているのだが、それでもこの膨れかたには、当然、中国の原発建設需要が含まれている。
 というあたりで、米ウェスチングハウスを振り返ると同社もそもそも中国市場を狙っていた。十年前の読売新聞記事(1997.10.23)”江沢民訪米に向けて(3)原発業界、巨大市場に的(連載)”だが、次のように語っている。

 米原発メーカー、ウエスチングハウスのマイケル・ジョーダン会長はこの四年間に六回、中国を訪問した。今後二十五年間の原発建設投資が推計六百億ドル(七兆二千億円)に達する見通しで、世界最大の原発市場となることが予想される中国への売り込みが、最大の目的だ。
 一九七三年以降、米国内での原発発注はゼロ。中国に原発を輸出できなければ、同社は身売りの可能性もあるとうわさされている。だが、商談の最大の障害は中国側にではなく、米国側にある。米国は八五年、対中原発輸出を始めるための原子力平和利用協定に調印したが、議会が中国の核拡散疑惑をやり玉に挙げ、協定履行を凍結させたままなのだ。

 結局、米ウエスチングハウスは東芝に身売りとなったのだが、東芝となることで中国進出の展望も開けてきたと言えるのだろう。
 以上、たらーっと書いてみて、自然にこの先のストーリーが見えつつあるようにも思えたが、結果的に日本にとって悪い話でもないのだろう、というあたりで雑感も中断しておくほうがよいような気がする。

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2007.06.28

ミンチ偽装事件にさらにボケた感想を

 なんだか悪ふざけしているみたいだし、そういうふうに前書きでもしとかないと書けそうにもない話題になりつつある。でもなあ、個人的には、前回「極東ブログ: ミンチ偽装事件にボケたツッコミでも」(参照)を書いたあと、多少関心をもって話題を追っていたら、へぇと思うことがあった。ボケた感想になるのだろうけど、まあ、たぶんこれっきりだから書いておこう。
 私のボケ感想には2つの「へぇ」がある。最初のは、ミンチ偽装事件ってミートホープについては違法性は全然ないっぽいこと。二六日付け朝日新聞”牛ミンチ表示、全国調査へ JAS法見直しも”(参照)によるとこう。


 ミート社を巡っては、表示以外の肉の混入や産地偽装、賞味期限の改ざんなど様々な不正が次々と明るみに出たが、同社が直接、消費者に販売している商品はなく、一連の行為は製造業者との取引での不正で、JAS法違反には問えない可能性が高いとされる。

 え? もしかして現行法では違法性は全然ないんじゃないのかもしれない。へぇ、と。
 しかし、なんか腑に落ちない。そりゃそうだ。いいわけないじゃん、どっかが罰せられるべき問題でしょ。で、誰が、ほんとは、悪いんだ、と単純に疑問に思っていた、ところ、26日付「解説委員室ブログ:NHKブログ 食肉偽装はなぜ起こったか」(参照)に、私には意外な指摘があった。これが二つ目の「へぇ」。

 現在のJAS法では、表示の責任は最終的な製造者が持つことになっていますから、問題を引き起こしたミートホープは罰されず、逆に北海道加ト吉や生協に、最高で罰則一億円が科される可能性があります。

 私は物事をけっこう単純に考えることが多いのだが、その単細胞頭で考えると、なーんだ、悪いのは北海道加ト吉や生協など最終的な製造者じゃないか。それで現行法的には、お終い、という問題なんじゃないか、と思えてきた。
 なんでそこで終わらないのだろうか? あるいは現行法が悪いなら、これから法改正をして今後そういうことがないようにすればいい、というだけのことではないか。
 ただ、どうも、国民感情というか、国民感情操作者的にはそれでもいけないかのようだ。NHKブログでは話はこう続く。

 最終的に確認を怠ったといえばそれまでですが、偽装の悪質さから考えるとミートホープも同じ責任を追わなければバランスがとれません。

 私は正直に言うと、そのコメントにはずんと引いた。どこに法意識があるんだ、それ、とか思った。「それまでです」で終わりじゃないのか。というか、私としては、予期せぬ終了をしてしまいました。
 あと余談っぽくなるけど、JAS法的には、同ブログにあるように、「企業の規模によって、都道府県と農水省が分担してその指導に当たることになってい」るらしい。そして、今回のミンチ偽装については、「東京にも支店を構えるミートホープは、本来は農水省が対応すべき企業でした」ということなので、それって単純に農水省さん、お仕事してちょうだいねというだけではないのか。
 というか、ちょっと出遅れたけど農水省さんがお仕事をしたということか。でも、当初は「担当者が北海道庁に文書で対応を依頼」ということなので、それって、べたに農水省さんのミスってやつではないのか。
 まとめると、法的には北海道加ト吉や生協などに罰金払わせろ、というのと、農水省のしくじりじゃん、の2点がこの事件の核心なんじゃないの、か?
 とま、以上、ミンチ偽装事件にさらにボケた感想でありました。

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2007.06.27

教育実習費問題というか

 教育実習費問題は必ずしも毎日新聞ネタというわけでもないのだが毎日新聞がよく取り上げているようだ。どういう問題かというと、毎日新聞”教育実習費:学生が学校側に謝金 全国各地で慣例化”(参照)より。


大学生が教育実習をする際、受け入れ先の学校に1万~2万円程度支払う謝金(実習費)が全国各地で慣例化していることが、毎日新聞の全国調査で分かった。学生からの謝金を指導教諭に渡していることが明らかになったのは滋賀県教委や京都市教委、新潟県教委など。13道府県と4政令市の教育委員会が取り扱いをルール化せず、現場判断に任せていた。文部科学省は、不透明な金銭授受だとして謝金の排除を求めているが、徹底されていない実態が浮き彫りになった。

 実態を知っている人にしてみると何が問題かという問題でもあるし、知らない人にしてみても何が問題なのかわかりづらい。ごくごく単純にいえば、大学生が教育実習する際に実習費は義務づけられてもいなければ、制度もないのに、慣例化していて困ったもんだということ。記事にもあるように、文部科学省としては、不透明な金銭授受だと見ている。
 同記事では全国で慣例化しているとのことだし、それがあながち間違いでもないのだが、これはやっている学校とそうでない学校がある。なので、実習生ですら知らなかったということもある。
 少し話を急ぎすぎるきらいはあるが、これが大した問題でもないというふうにも見られるのは、金銭が少額だからだ。

 また、教材のコピー代や消耗品の経費は実習生が負担すべきだとして、大阪や愛媛、福岡など7府県教委と仙台、京都、神戸の3市教委が実習期間に応じて1週間あたり3000~7200円の実習費徴収を要綱などで決めていた(愛媛は期間に関係なく定額9900円を徴収)。このうち京都市教委は、学生の指導教諭に報償費で金を渡しているという。

 噂では三万円くらいのところもあると聞いたことがある。
 が、それでも少額だと言える。受け入れ側の負担を実費で計算するとまるで見合わないはずだ。というわけで、この慣例なのだが、実際には、「薄謝」という枠を出ないし、実習費が取りやめになったからといって、それが大きな問題になるほどの額でもない。
 むしろ問題があるすれば、教育実習の受け入れ側の負担が、なんと言うべきか、恣意的にも見える点だ。簡単に言えば、母校でしかも恩師の先生がある程度力や権威を持っているといったふうでないと難しい。極端な言い方をすると縁故的でもある。ただ、教育現場における縁故の性質は他にも根深いし、一律でいかんとも言えないところがある。ごにょごにょと言ったところだ。なかなかこの部分は語りづらいし、表向きは見えない。しかし、例えば、読売新聞投書欄に掲載された”試験内容漏えい 厳しく追及せよ”(2007.1.30)などからその実態が伺われる。

 福岡市教育委員会ナンバー3の元理事が、教員採用試験問題の資料を元校長に漏らしていたことが明らかになった。官製談合や「政治とカネ」を巡る問題が相次いで明らかになる中、教員採用試験に対しても国民の不信感が高まっているのではないかと心配だ。
 私がそう思うのは、三十数年前に教員採用試験を巡って忘れがたい記憶があるからだ。大学4年生の秋、父が突然、「頼んでやろうか」と一言。それが何を意味するかは若い私にも理解できた。私の将来を案じた父が、どこかで聞いてきたのだろうか。
 血気盛んだった私は、当然拒否したが、父と大げんかになり、後々まで尾を引くことになった。学校教育の現場に、闇の部分はないことを信じたい。

 投書では三十数年前としているので現在ではそんなことはないということかもしれない。が、読売新聞記事”愛媛県議「口利き」文書、ネットで暴露 教員採用「ご配慮、切にお願い」”(2006.1.25)で取り上げられた、「お願い状」は現在でも存在する。

 県議によると、3通は支持者の依頼で昨年2~7月にかけて作成。教員採用に関し、県教委幹部に配慮を求めた「お願い状」と、その謝礼を断る文面のほか、地元銀行頭取に支持者の関係者の就職の便宜を図るよう依頼した文書も含まれていた。教員採用では「父親は同級生で、いろんな苦労を一緒にして参りました。ご配慮いただけますよう切にお願い申し上げます」などと記し、県教委幹部あてに郵送。しかし、この子どもは不合格になったという。

 この事例ではしかし子弟は不採用になったので、「お願い状」は機能しないではないかと理解することもできるのかもしれないし、こうした問題提起を不快に思う人々もいるだろう。
 もう一点は実習生が必ずしも教員にならない。効率が悪いとも言えるのだが、実習の過程で教育を天職に目覚めるという人もいないではない。これにはまったく逆とかパワハラ的な問題もあるとも聞く。ごにょごにょ、と。
 結論を言えば、ある程度社会的に騒げば教育実習費という問題は消えるだろうし、紙代などは実費ということになるだろう。表面的には問題は簡単に解決する。根っこの部分はまるで解決する兆しもない。

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2007.06.26

ミンチ偽装事件にボケたツッコミでも

 北海道苫小牧市の食肉製造加工会社「ミートホープ」による牛肉ミンチ偽装事件についてだが、当初ニュースを聞いたとき、何か危険なものでも混ぜたのかと思ったら豚肉を混ぜたということで、なーんだ合い挽きを巧妙にしたものか、日本風ハンバーグとか作るのに案外いいんじゃないか、とか思い、一気に関心を失った。が、その後、なにか世間のニュースで盛り上がっている。なんだ?
 もちろんもちろん偽装は良くない。それに、どうもその後のニュースを追っていると、読売”ミートホープ社、クレーム商品は保険金で賠償・回収し転売”(参照)や加ト吉の絡みもありそうだ。そういえば、加ト吉といえば四月に、日経”加ト吉、不透明取引で150億円損失・社長が引責辞任 ”(参照)という話があり、だもんで今回朝日”加ト吉の創業者の加藤義和相談役、経団連理事を辞任”(参照)ときた。そのあたりが狙い目だったというわけでもないのだろう。が、今回のミンチ偽装だが、業界的にはすでにわかっていたっぽい。なんで今頃浮上したのだろうかというのも気になるものの、ミートホープは大した規模の会社でもないので、裏側のネットワークを考察するのはめんどくさい。
 話を戻して、私はこの事件にまるで関心を持ってないのは、ふつう日本人が食べているハンバーグなどの肉は合い挽きですよ、というあたりだろうか。つまり、日本人の牛挽肉の味覚は豚を入れて調整されているはずですよ、と思うからだ。
 ミートホープの田中稔社長(68)もさすがプロだけあって、そういう日本人の味覚をよくご存じだった。朝日”ワンマン社長「混ぜれば逆にうまくなる」 ミンチ偽装”(参照)より。


 ミート社の元役員らによると、幹部社員らが数年前、田中社長から肉の塊を食べさせられ、「何の肉か分かるか」と尋ねられたという。豚や鶏など様々な肉を混ぜて最後に牛脂を入れ込んだ肉だった。牛肉の味しかせず、素材を言い当てた社員はいなかった。田中社長は満面の笑みで「混ぜてしまえば逆にうまくなる」「発想力だよ、発想力」と言ったという。
 そんな田中社長は、問題発覚後、言を左右にして事実や関与をなかなか認めなかった。自らの指示を認めたのは、4回目の会見。「本当のことを話して下さい。お願いします」。そばにいた長男の取締役に促されて、初めて「指示した」と認めた。

 孔子様が眉をひそめるような良い息子をもってよかったというべきか(ってな凝った修辞はイヤミっぽいか)、でも田中社長の味の偽装の「発想力」はいただけないが、ラベルを変えて安く売ればよかったのではないか。
 私などが偉そうに言えたものでもないので、また、バカかお前ツッコミを食らうかもしれないけど、思うところをざっと言うと、牛肉のミンチは牛肉の味を活かそうとしたら、日本で普通に販売されているほど細かくミンチにしない。というか、小さいスーパーだと牛肉ミンチは売っていない。あれでハンバーグとか作るとパサついて日本人の口に合わない。ちょっとお料理ネタ系でいうとあれはハンバーガーのパテにするにはいい。なので、日本人が普通牛挽肉を使うときは豚肉を混ぜるもの。
 あるいはちょっと大きいスーパーに行くと、最初から粗挽きの牛肉ミンチが売っているし、ちょっとこったファミレスだとすでにそれを使って牛肉の食感を出す。ただ、その程度なら安い牛肉買って包丁で叩いても同じ。
 また日本人の牛肉の嗜好はけっこうヘットの味によっているので、牛肉ミンチにしてもヘットの含有を多くすると、おお、牛肉って思ってしまう。まあ、そんなこんな。
 こんな話をしているとつい放言で、牛肉の味がわからない日本人の味覚が問題なんだよとかこきたくなるが(というかケロっとこいてたりもするが)、いやいやそこに罵倒を突っ込めよという釣りじゃなくて、しかたないのかなとも思う。普通の日本人が牛肉を食べるようになったのはこの二十年くらいではないか。そういえば、私が二十代のころちこっとつきあったことがあるお嬢さんは豚肉を知らなかった。中華料理は食べるでしょ?ときいたら、うちはいつも牛肉だから、とぬかした。だめだこりゃと思ったし、たしかに若い日のほろ苦い恋のエピソードになりましたとさ。

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2007.06.24

[食]冷や飯トマト・ドルマ

 右カラムの最近の記事から料理ものの話が消えたので、なんか平和な料理の話でも、と思い、では季節がら「冷や飯トマト・ドルマ」の話でも。
 トマトのドルマはトルコやギリシアでよく食べられているもので、トマトをくりぬいて中に米とか肉とか詰めて焼くもの。フランス語的にはトマトのファルシかな。とにかくありふれた料理。
 詰め物はお好みでなんでもいいみたい。焼きトマトに合うならなんでも詰めちゃえということ。エジプトで食べたのはニンニクの香りにパン粉となんかのハーブだったかな。似たようなものにするならパンの耳をちぎって、擦ったニンニクやチーズ入れてもいい。
 私がよくやるのは、冷や飯を入れるもの。手順的に書いてみるとこう。
 トマトの上部をフタになるようにすぱっと切って、トマト本体のほうの中身をスプーンでくり抜く。これでトマトの入れ物ができる。トマトの中身は別に取り分けておく。
 トマトの中身だが、この果汁に冷や飯と細切れのベーコンを混ぜる。このとき、あまり果汁が多いとべちゃっとなるので、多めの部分は芯の部分と一緒に取り出しておく。
 冷や飯とベーコンとトマト果汁をちょっと味見して塩味が足りなさそうな気がしたら塩を入れる。バジルとかオレガノとかハーブを入れてもいい。
 これをトマトに詰めてトマトのフタをして、オーブンで焼く、200度20分くらいでいい。適当。たぶん、オーブントースターでもできると思うけど、汁がこぼれないように入れ物に入れて焼くといい。

 焼き上がればお終いだけど、さっき取り分けた残りのトマトの中身と果汁は簡単に煮詰めるとトマトソースになるので、これで缶詰のイワシでもちょっと煮るとおいしい。
 できあがり。左のトマトはフタを開けてみたところ。下のチーズみたいのは豆腐をドレッシングしたもの。

 食べきれない分は残して冷蔵庫に入れて、あとで冷えたのを食べてもおいしい。

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