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2007.06.16

バタフライが自然にできた

 最近個人的に凝っている水泳の話。エントリとしてはなんとなく三回目になるかな。一回目は「極東ブログ: [書評]水泳初心者本三冊」(参照)、二回目は「極東ブログ: ゆっくり長く泳ぎたい、でも、それってクロールなのか?」(参照)。
 五月くらいまではクロールのフォームの改良などをしていた。前回のエントリを書いたころは、土左衛門ストリームラインからどうやってひねり(ローリング)を最小限にして息継ぎができるのだろうかと訝しく思っていた。参考にしていた解説書「ゼロからの快適スイミング ゆっくり長く泳ぎたい! もっと基本編(趙靖芳)」(参照)ではクロールにローリングを加えない。それでいいのかあのころは悩んでいた部分もあったのだが、いつのまにかできた。
 これはいわゆる車輪掻きというらしく、プロなんかも基本的にはこちらの泳法のようだ。慣れてくると息継ぎに慌てなくなる。けっこうゆったり呼吸ができる。その間、土左衛門ストリームラインをできるだけ崩さないようにむしろ身体をフラットにして、息継ぎの必然的なロールから戻す工夫をすればいいようだ。
 慣れてくると、楽に、びゅんびゅんとまでは言えないにしても、これだけ体力をセーブしてもこの速度がでるのか、というくらい水中の移動が心地よく進むようになった。そして、そこでちょっと飽きちゃった。
 車輪掻きクロールが完成というわけではないが、最近ではローリングしてもいいんじゃないか。つまり、呼吸をもっと楽にするためにひねりの部分を胴体側のロールから巻き起こしたほうが楽そうだなとも思っている。が、そのあたりの泳法の改善というか変更というか別泳法は適当に考えよう。
 この間、並行して蹴伸びの練習をよくやった。現状ではまだ思ったほどいい蹴伸びができない。最初のキック力と水の抵抗のバランス地点がよくわからない点がある。むしろ、水面近くでかなり弱いキックでなよっとしかしすいっと進めたほうがいいかなと。そして蹴伸びが止まると今度はドルフィンジャンプというのか、立った地点で飛び込みのように前方に伸び出してあとは蹴伸びのように進めるのだが、これが意外と進む。五メートルくらいはすいーんと進む。これに水中でドルフィン・キックを一発加えるともうちょっと進む。練習しだいでもっとうまくいくのではないかと思うのだが、それでも水中にいて五メートル四方くらいはなんというかテレポーテーションのようにすいっと移動できるようになってこれが気持ちよい。

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ゆっくり長く泳ぎたい!
背泳ぎ&バタフライ編
 このドルフィン・ジャンプなのだが、手を加えたらそのままバタフライになるのではないかと無手勝流でやったらバタフライになった。自分であれ?と思った。ちょっと無理してみたら二十五メートルできた。ただ、ちょっと無理があって息が上がったが、私、バタフライ泳げるんじゃないか?と思いこんで、ゆっくり長く泳ぎたい!シリーズの「ゆっくり長く泳ぎたい! 背泳ぎ&バタフライ編 ゼロからの快適スイミング」(参照)を購入して検討にかかった。
 この本だと平泳ぎのようなバタフライがよいとしている。つまり、普通の人がバタフライにもっているイメージを変えて、水しぶきがあまり立たず静かに、しかも、ゼロからの快適スイミング的クロールのようにストリームラインを強調するという手法だ。
 やってみた。うまく行かない。ドルフィン・ジャンプ的に無茶したほうができたのになとか思いつつ、まああれは無茶だったしなといろいろ試してみた。いくつかやってみて、はっとわかったことがあって、バタフライは平泳ぎから進化したという話をヒントに、足は平泳ぎ、手掻きをバタフライにしてみると、なるほど、フラットでストリームラインに近いバタフライができないわけでもない。なので、今度は脚のほうの動きをドルフィンに戻すと、それなりにフラットに近いバタフライになる。ただ、いま一つ推進力が得られない。それと息継ぎのために首を持ち上げるとき、手掻きと脚のドルフィンの力に多少無理がかかる。と書きながら、いやそうでもないかと思うが、よくわからない。
 ところで普通のバタフライというのはどうやって教えているのだろうかと、今度は別の水泳解説書をかたっぱしから読んでみたのだが、率直に言って要領を得ない。また、どうも理想とするゆったりバタフライというもののイメージもよくわかない。
 としているうちに、「ゆっくり長く泳ぎたい! 背泳ぎ&バタフライ編」的なフラットなバタフライでなくてもいいんじゃないか。元のドルフィン・ジャンプのようなウェーブでいいんじゃないかと、自己流に戻ると、あれ?と思ったのだが、息継ぎのための力は不要で自然にウェーブのタイミングで首が水上に出る。そこで息をついで手掻きをすれば楽だ。なんかありそうだと、探していたら「ランナーズ ブックス&DVD -超速でマスターするバタフライ-(RUNNERS BOOKS&DVD)」(参照)というのを見かけた。

バタフライってカンタンなの?
4泳法の中で腕力やテクニックが必要に見えるのがバタフライ。
あなたはバタフライをあきらめていませんか?
実はコア(体幹)の使い方の覚えれば一番カンタンに習得できるのがバタフライなのです。コアスイムを提唱する内村亮が、あなたを最短でバタフライをマスターさせるために丁寧に解説します。

 DVDを見ると、なんとなく自分が思っていたことに近い。というか、ウェーブありでいいんじゃないかと開き直った。ら、とたんにバタフライが楽になってしまった。ようは身体が水との間で作り出すウェーブの流れに逆らわないようにそれに手掻きとドルフィンを最小限に加えていけば、けっこう楽にバタフライができる。ゆっくりやるならウェーブのタイミングをどう身体で感じて身体をウェーブさせるかだけみたいだ。
 これで毎回息継ぎではなく、二回掻くうち一回息継ぎだと、げっというくらい進み出した。まだ完成にはほど遠いけど、クロールに近い速度も出そうな感じだ。なにより、ぐわんぐわんと水のなかを揺れて進むのが快感。イルカとかマンタとかクジラとかペンギンとかああいうやつらは日々、この感覚で生きているのか、それもちょっとよさげといった感じ。
 クロールだと手掻きやキックが推進力と抵抗をどうバランスさせるかなんだけど、バタフライはもちろんそれもあるのだろうけど、むしろ身体のウェーブというか身体をそういう水生生物的な感覚にもっていくのがよさそうだなと。泳ぎ終わるとまだ背中に翼みたいのが生えているような奇妙な感覚があってオイリュトミー的な感じにも似ている。
 とはいえ、まだまだ改良余地ありか。あるいはフラット方式でもいいのかちょっと悩む。
 ついでにさっきの本で背泳の話もあり、背泳には関心なかったのだけど、読むとへぇと思うことがいろいろあり、背泳もめちゃくちゃ楽になった。そういえば、平泳ぎも速度を問わないならストリームラインを改善したので、よく進む。ちょっとそれだけ強調したら二十五メートルを八ストロークで進んだ。へぇとか自分でも思ってしまった。

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2007.06.15

NOVA一部業務停止処分とISDN遺跡

 外国語会話を学ぶということにあまり関心がないせいか、語学学校NOVA一部業務停止処分問題にも関心を持てないでいた。しかし、なんかこれって心にひっかかるものがあるなと報道を追っていくうちに、ISDN遺跡を発見した。いやそれは冗談。でも、へぇと思うことがあったので少し感想を書いておこう。
 NOVA一部業務停止処分自体について感想や、そこに至る直接的なプロセスについての感想は、まあそんなのものかな、というくらいしかない。四月に出た中途解約時の清算規定についての最高裁判決で、さすがにもう処分せざるを得なかったのだろう。むしろ、ここまで処分を伸ばしてきたかのようにも見えるのは、多少なりとも裏でもあるのかなとも疑った。結論から言うと大した裏があるようにも思えない。が、まるでないわけでもなさそうだ。そのあたりは以下の話にそれとなく、さしさわりなく、ほのめかして書くかもしれないし書かないかもしれない。うやむや。
 報道を見ていて、NOVAグループの猿橋望代表という人に関心をもった。さすが地車祭りの岸和田の出身者という気質が感じられる。どういう気質なんだとつっこまれると言葉に詰まるが。1951年生まれ。読売新聞”NOVAグループ・猿橋望代表 拡大戦略、見直しの時”(2006.3.13)によると、「日本をとにかく出たい」との一心で、「現地に行けば、何とか話せるようになるだろう」という前向きな姿勢で、高校卒業後フランスに向かった。
 1970年だろうか、やはり大阪国際万国博覧会の影響もあったのんじゃないかな。ところが、「極東ブログ: おフランスのパリ症候群ですか」(参照)ではないがそううまくはいかない。猿橋は率直にこう語っている。


それまでフランス語を多少は勉強していましたが、と思ったのが大間違いでした。たどたどしいフランス語しか話せないので、なかなか相手にしてくれる人はいませんでした。結局、数年間を無駄にし、「もっと前からフランス人と接する機会があれば……」と思ったのが語学教室を始める原体験となりました。

 5年半の滞在は学業という点では空しく終わったと言えるかもしれない。しかしそお青春の失敗から現在のNOVAの成功……でいいのかな……があるのだ。いや、そこまで話を進めるものでもないか。
 帰国後、猿橋の元にイギリス人とカナダ人が転がってきて居候。彼らが子ども相手に英語を教えているのを見て、それを仕事にしようと思い立ったらしい。猿橋望、三十にして立つ。受講料は映画料金を目安に一回1500円程度。会社としては赤字だったらしいが、86年に東京三店舗目を出してからようやく猿橋自身の給料分も出るようになったとのこと。拡大路線の始まりは成功だった。
 バブル崩壊につれ経営は苦しくなり、1993年、このままではじり貧というところで猿橋は大きな賭に出る。多店舗展開と合わせてテレビCMを打つことだ。このときの「駅前留学」のキャッチは猿橋自身の発想らしい。これが当たって現在のNOVAがあるとも言える。
 とか、資料をざらっと見ていて、ちょっと意外に思ったのだが、この「駅前留学」と同時期に猿橋は後の「お茶の間留学」のコンセプトも持っていたらしい。随分と先見の明があるものだと思ったが、ふと私自身の過去の仕事を振り返ると、その年代私もISDN技術の極末端に関わっていた。あの頃、私もAT&Tから取り寄せたNo.7共通線信号方式の文書なども読んでいた。思い出すとあの時代、これからのデジタル通信について薔薇色の未来を思い描いたものだった。いろいろあの頃を思い出す。昼食時先輩筋から「実はね世田谷にはまだ法的に交換することのできないクロスバーがあるんだよ」と聞きてぶっと味噌汁を吹いたことがあった。そういえば、もっと以前だが電電マンだった父から「クロスバーにはな、欠陥があって……」とか奇妙な話を聞いたことがあったな。
 日本版ISDNであるINSの実際的な基礎ができたのは1995年だったかと思う。私はだいたいのNTT技術の進捗を知っていたので沖縄移住後早々にNTTと交渉して僻地にISDN回線を引いた。NTT側の人も面白がって協力してくれたのが懐かしい。と、話が私事に逸れてきたが、猿橋もそうした技術屋さんたちの夢をたくさん聞かされていたに違いない。
 「お茶の間留学」つまりテレビ電話による英会話レッスンという技術は、ISDNの128kbps回線上に夢想されたものだった。それはインターネットですらなかった。128kbpsと言っても現代じゃなんだか笑っていいのか泣いていいのかわらない時代になったが、あの時代ISDN技術側にいた私などはすでに情報として入ってくるADSLによるインターネットについては、まったく実用に耐えないと信じ込んでいた。技術進歩というのものは恐いものだなとしみじみ思う。
 「お茶の間留学」が実現したのは2000年だった。もはやISDNに閉じる時代ではない。インターネットの時代なのだ。ADSLや光回線もISDNを過去のものにしようとしていた。
 話を端折ろう。私は、NOVAの失敗は、ISDNに「お茶の間留学」を賭けたことにあるのではないかとなんとなく思う。読売新聞”NOVA業務停止 予約対応困難、見学日が契約日… 偽りの「駅前」”(2007.6.14)を読むと、NOVAが「お茶の間留学」をビジネスの根幹近くに置いていたようすも伺われる。

 昨年12月まで統括本部の社員として、関西エリアを担当していた和歌山市の無職女性(24)は「『予約すれば、いつでもレッスンを受けられる』といううたい文句は、自宅でのテレビ電話のレッスンも含めればという意味だった」と証言。契約時に用いる営業マニュアルには「テレビ電話のことは、相手から尋ねられるまで一切触れてはいけない。聞かれないことには答えないという決まりがあった」と打ち明ける。

 「お茶の間留学」がISDN仕様だったことは、現時点では決定的な間違いとはでは言えないかもしれない。すでにNOVA自身ISDN以外の通信も利用できるような対応を取っていることも知っている。それでもスカイプ(Skype)時代には、機材と通信費というインフラ的な経費部分ですら対抗するには無理があるように思える。
 NOVAの「お茶の間留学」は、中国で高まる語学熱に合わせ、この8月には上海でも開始される方針がある。実現されるのだろうか。今回の処罰はその中止を結果的に導くだろうか。
 NOVAはどうなるのだろうか。厚労省は、教育訓練給付金制度による経費補助の対象からNOVAを6月20日以降打ち切ることにした。NOVAはこれまで7万1000人対象に161億円の給付金を受けていたとのことだが、その分の減収は大きいだろう。
 私はNOVAは生き残るのではないかと思う。これまでも語学学校が潰れて社会問題となったことを国が知らないわけはない。被害は大きいのだ。というか、NOVAが潰れたら、私はこの国の方針が本当に変わったんだと実感するだろう。

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2007.06.13

[書評]セブン-イレブンおでん部会(吉岡秀子)

 私はセブン・イレブンのヘビーユーザーということもあってか、「セブン-イレブンおでん部会 ヒット商品開発の裏側(吉岡秀子)」(参照)はとても楽しく読めた。
 私がセブン・イレブンを好きなのは近所にあるということもだけど、食べ物が美味しいと思えることが一番の理由だ。もちろん全部美味しいわけではないが、お弁当は美味しいなと思うし、私はセブン・ミールも使っているのだが、いままでこれは味を外していると思ったことはほんの数例しかない。ただ、最近は少し味が画一的な感じがしてつまらないなと思うようにもなった。

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セブン-イレブン
おでん部会
ヒット商品開発
の裏側
吉岡秀子
 一日最低でも二回は巡回するセブン・イレブンだが、そうなんじゃないかなと推測していたことが本書に解説があって、やはりそうだったのかと頷いたりもした。まったく知らなくて感心したエピソードなどもあった。ところどころに、例えば、セブン・イレブンのメロンパンの変遷史のように歴史年表もあり、これも面白かった。歴史とも呼べないような些細な歴史だが、こういうものの累積が大きな民衆史になっていくのだろう。
 読んでいて思わず笑ってしまったのが二〇〇五年に実施された「どんなパンが好きですか」一万人調査だ。総合の結果は、一位メロンパン、二位クリームパン、三位デニッシュと、うーん、私は食べないなというリストだったのだが、これが年代別になると興味深い。

10代男性 1位メロンパン、2位あんぱん、3位チョコパン
10代女性 1位メロンパン、2位チョコパン、3位菓子パン
20代男性 1位カレーパン、2位メロンパン、3位クリームパン
20代女性 1位メロンパン、2位クリームパン、3位チーズパン
30代男性 1位カレーパン、2位メロンパン、3位クリームパン
30代女性 1位デニッシュ、2位クリームパン、3位メロンパン
40代男性 1位カレーパン、2位あんぱん、3位メロンパン
40代女性 1位クリームパン、2位デニッシュ、3位メロンパン
50代男性 1位カレーパン、2位あんぱん、3位メロンパン
50代女性 1位メロンパン、2位あんぱん、3位フランスパン
60代以上男性 1位あんぱん、2位メロンパン、3位クリームパン
60代以上女性 1位あんぱん、2位クリームパン、3位サンドイッチ

 このリストを見ているだけで現代日本人というものが彷彿としてくる。ちなみに私は今年五〇歳になるのだが、ワタクシ的ランクだと、1位カレーパン、2位あんぱん、3位クリームパン、かな、だいたいこの統計の範囲に入っているといってもいいし、実はカレーパンが好きなことは身近な人にしか知られていない内緒だったりしたのだけど、それがずばっと暴露されているようで笑い出してしまったのだった。
 私自身はメロンパンが好きではないので関心を持ってなかったのだが、セブン・イレブンのメロンパンはオリジナルらしい。

 あたりまえのことだが、セブンのメロンパンはセブンでしか買えない。いまさらのことようだが、コンビニにはどこも同じと思っている消費者も多く、実はなかなか気づかない点である。
 ローソンのオリジナル菓子パンシリーズ「とっておき宣言」は大手製パンメーカーが作っていることが多いが、そのメーカーは、ファミリーマートやサークルKサンスクなど、複数チェーンのパンも作っていることがある。原材料や製法は各社オリジナルだから間違いないし、だからどうだと言及するつもりもない。が、セブンのように全国24ヵ所の焼成工場が、年がら年中「セブンのパンしか焼かない」システムは、ちょっと特異なのである。

 それは知らなかった。そしてそうなった経緯も面白かった。

 当時、菓子パン担当だった商品本部のMD・小池邦彦は、1991年に山崎製パンと組み、4ヵ月をかけて消費者アンケートを神奈川県内の店舗でおこなったという。結果、客がパンに望んでいるものは「味」や「鮮度」と判明。製パンメーカーが長年、商品の安全面から最重視してきた「日もち」は、二の次だったのだ。

 なるほどねと私は思った。私の世代が子どもの頃パンを食っていたのは、それが日持ちがして空腹を満たすことができたからでもあるだろう。もちろんメリケン粉が安かったせいもあるのだが。
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「買ってはいけない」は
嘘である
日垣隆
 そして、以前読んだ日垣隆の「「買ってはいけない」は嘘である」(参照)を思い出した。なお、この記述は一九九九年のものであって現在がそうであるという意味ではない。

 なお、私は個人的にヤマザキ製パンをできるだけ避けようと思ってはいる。なぜなら、他社にくらべて合成添加物が多く入っているからだ。が、そのような保存料が入っているおかげで、田舎の小さな雑貨屋さんがヤマザキ製パンを長く在庫しておける。「週刊金曜日」は、都会より田舎、大企業より小さなお店の味方ではなかったのかな。
 たまたま私が『買ってはいけない』を読んだのが、アフリカから帰った直後だったせいもあるかもしれない。食中毒や感染症や飢餓が日常であるアフリカ各地で、防腐や保存にすぐれた日本製のパンや菓子が、いかに多くの命を救っていること。防腐剤や保存料に対する『買ってはいけない』の過剰な憎悪は、実に日本的な現象だと私は感じた。

 私はうまく表現できないのだが、菓子パンの歴史のなかに、日本の現代かと地方の暗喩もあるように思える。私もまたかつてはアフリカの状況とまではいえないせよ、食中毒が日常的だった時代、また田舎とも言えるような空間のなかで保存性のよい菓子パンを食ってきた。しかし、今ではセブン・イレブンのヘビーユーザーになっているし、およそ都市民の嗜好はそのようになっている。セブン・イレブンはコンビニだから、コンビニ=便利の視点からそれを極めていけばいいのだが、実は同じような変化は行政サービスなどにもあるべきなのだろう。
 少し違ったエピソードだがへぇと私が驚いた話をもう一つ紹介しよう。セブン・イレブンのメロンパンはこっそり脱トランス脂肪酸になっていたのだ。トランス脂肪酸については二〇〇四年時点で「極東ブログ:パニックを避けつつマーガリンとショートニングを日本社会から減らそう」(参照)で小さな警鐘を書いた。ポイントはそれの健康被害より社会パニックを避けて移行してほしいということだった。それをセブン・イレブンは静かに実行していたのだ。

 「メロンパンの油脂をガラっと変えたんだけど、まだ大々的に発表できない」
 取材中、そんな声が商品本部から聞こえてきたので口外しなかったが、いまはHP上でも公表しているので、どうやら解禁になったようだ。
 セブンはメロンパンをはじめ「焼きたて直送便」ブランドのパンに使う油脂を”低トランス油脂”に変更した。


「確定でなくても、少しでも不安材料があったら使わない」(品質管理部)ことから、セブンはひそかに油脂を変えていた。
「なぜって? おおぴらにいうと、相場があがっちゃうんです」

 私は健全な市場というものが機能するならこういう現象は各所で起きるのではないかと期待したい。だが、現実はそういう問題でもないのかもしれない。
 いろいろ楽しく読めて、示唆深い本だった。さて、昼飯セブン・イレブンに買いに行くかな(それともバーミヤンに行くかな)。

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2007.06.12

年金記録不備問題メモ

 年金記録不備問題が皆目わからん。なにが問題なのか。そりゃ、年金記録不備が問題だ、ということなのだろうが、であれば、それは年金貰うときに整理したらええんでないの、というだけの話ではないのか。
 それとネットの世界を見ていると年金が貰えるの貰えないのという話題があるけど、なんだかなという印象が私にはある。年金制度の条件を満たしていたら貰えないわけないんじゃないの、それが国家の制度なんだし、と思う。ただ実質的にはそんな議論は無意味でしょとも思う。たとえば、私は今年五十歳になってしまうのだが、私が年金を貰えるのはたぶん七十歳でしょう。そこまで私は生きている自信はないし、生きていても年金で生きるというよりも病院とかに送り込まれて半分植物人間になっているんじゃないか。そうなりたいわけでもないけど、生きていたらそれでいいだけの存在じゃないだろうか。イエス様は明日のことを思い煩うなと言ったけど、二十年先のことは年金よりイエス様とかにお任せするような領域にも思う。いやマホメット様でもブッダ様でもいいけど。
 年金はどうあるべきかはこのブログでも過去に扱った。特に参照はしないけど、結論としては、スウェーデン方式というか一律の制度にすればいいんじゃないのというくらいだ。この改革案はけっこう民主党で検討されているように思えた。ただその後の動向を見ていると、民主党が政権をとったとしてもどうにもならないんだろうなとも思うようにもなったが。
 短絡的な話をするけど、今回年金が貰えるのかとか騒いでいる人たちってどんな人なんだろうか。報道を見ているとまるで国民全体が騒いでいるかのような印象もあるが、まず、公務員は関係ない。大手企業の雇用者も関係ない。そして国民年金の人も事実上関係ないんじゃないか。貰える額は雀の涙なんだし、大半はおカネを収めてもいないんだから。すると、残りはというか騒げる人は、中小企業を転々とした人たちだろうか。それでも数年ごとに勤め先をころころ変える人でもなければ、それなりに受け取り時の対応も不可能ではないし、ころころ変えた人は実際には国民年金と同じようなものではないか。とか思うのだが、よくわからない。
 話を少し戻して年金制度について言えば、民主党案のように一律の年金という制度にすると確実に国民年金は上がる。自営業の人は耐えられるのだろうか。よい制度なら耐えられるとか言えるのだろうか。ダメじゃないかなと思う。それに公務員が一律の年金制度なんか支持するわけもない。結局のところ、年金制度というのはダメであるそれなりのメリットというものもあるわけで、形骸化して雲散霧消になる定めかもしれない。冗談を言っているみたいだが。
 今回のバカ騒ぎで、私が注目したのは、自民党サイトにある「あきれた社会保険庁の実態」(参照)だった。いやすごい時代になったものだと思った。


はっきり見えてきました。わたしたちの「敵」の姿が。

混み合う社会保険事務所。
その受付の向こう側で、私たちを無視して休憩しながらコーヒーを優雅に飲み続ける職員。
そんな姿に怒りを覚えたこと、ありませんか。
しかしそれは、不正と腐敗の進んだ組織の、ごく表面の部分でしかありませんでした。

大切な年金を流用して、ゴルフボールやマッサージ器などを購入。
仕事の効率を上げよ、と言われて、ウソの実績を捏造して平気な顔。
興味本位で有名人の年金状況を覗き見て、その情報を他人に漏らす。


 その「敵」というのは労組らしい。つまり、この文書は「自治労の中の国費評議会という労働組合」が国民の敵だと自民党はいう、としているのだ。

社会保険庁の不正行為を突き詰めていくと、そこに労働組合の姿が浮かんできます。

社会保険事務所の窓口で端末を操作する時、「職員は45分操作したら15分休憩をとる」という約束事がありました。社会保険庁は、自治労の中の国費評議会という労働組合とこんな約束を交わしていたのです。
大問題になった「覚書」。これはそのほんの一部です。全部で100近くある覚書の中には、この他にも、普通の神経を持っていたら「?」と思う項目がたくさん羅列されています。

もう一つ挙げると、「磁気カード」の問題がありました。これは、パソコンを操作して情報を見る時に使うカードですが、なんと、このカードはつい最近まで、職場の誰が使っても特定できないようになっていました。


 この引用部のパソコンの云々の話はちょっと尾ひれがありそうだがそれには触れないとして、このプロパガンダは本当に自民党で作ったものなのか疑問だった。私はいっぱい食わされているのか。
 どうにも腑に落ちない。いったいどういう経緯でこれが作成されたのだろうか。ただ、作成意図はすごくはっきりわかる。民主党潰しだ。

年金不正免除問題では、最初は威勢の良かった民主党ですが、最近はさっぱりです。
理由は簡単。
民主党の最大の支持母体は連合で、連合の中の最大の組織が自治労。自治労の中で一番力を持っていると言われているのが自治労・国費評議会だからです。
つまり、自治労・国費評議会を批判することは、自分たち民主党の支持母体を批判することになるから、腰が引けているのです。

 ようするに今回の年金記録不備問題というのは参院選のためのプロパガンダ合戦であってそれ以上でもそれ以下でもない。というか、年金議論とまるで関係ないんじゃないだろうか。くだらないな。
 なによりこのプロパガンダがむかつくのは、安倍総理の顔が見えないこと。もし、安倍総理が、小泉元総理のように自分の言葉でこれを国民にきちんと訴えるなら、私はちゃんと聞く用意がある(批判する用意もあるというべきか)。現状ではなんとも言えない。
 以上でこのエントリの話は終わりでもいいのだが、社会保険庁と自治労の関係はそれはそれで別の話題とされるべきなのだろう。
 このあたり、私だけが知らないことかもしれないが、今回のバカ騒ぎであまり議論されていないようでもあるので、備忘を兼ねてメモしておく。専門性が高い問題でもあるので、間違っているかもしれない。そのあたりは「ばかだろお前」みたいなコメントではなく、間違いをただす有意義なコメントがいただけらたらと思う。
 まず、社会保険庁の問題だが、根っこに地方事務官制度というものがある。地方事務官は、身分は国家公務員だが、形式上知事の監督指揮を受けることになっている。
 この制度は、戦前、国が都道府県を下部機関とみなして事務を行わせていた制度の名残で、昭和二十二年の地方自治法制定で、地方事務官は地方自治体に勤務しながら身分上は「当分の間」国家公務員となった。その「当分の間」が半世紀以上も経って、ようやく二〇〇〇年四月地方事務官制度は廃止された。結果、社会保険庁を構成する公務員は次の三つに分別された(この話は北國新聞八日社説を参考にした)。

  1. 厚労省からの出向者(キャリアの国家公務員)
  2. 社会保険庁が採用した職員(国家公務員)
  3. 以前の地方事務官(国家公務員)

 地方事務官制度は廃止され、以前の地方事務官も国家公務員なのだから、組合としては日本国家公務員労働組合連合会(国公労)になるのではないかとも思うのだが、以前の地方事務官は、地方自治体職員などによる労働組合、全日本自治団体労働組合(自治労)に所属しているらしい。そして自治労は民主党・社民党を支持している。これはウィキペディアにもある(参照)。

現在、政治的には主に民主党を支援し、組織内候補も送り込んでいる。東北地連に所属する県本部や富山県など、いわゆる「13県本部」と呼ばれるところでは社民党を支援している。自民党にとっては脅威であることも手伝い、同党はヤミ専従問題摘発などの自治労批判に力を入れている。

 ウィキペディアにはさらにこう続く。

その一方で、2004年の第20回参議院議員通常選挙では、自治労出身の民主党・高嶋良充の比例個人名得票が約17万票にとどまり、また2001年の第19回参議院議員通常選挙では社民党の又市征治が同じく約15万票にとどまるなど、その集票力は必ずしも大きくないという見方もある。

 自民党による参院選のための民主党攻撃というには過剰攻撃なのかもしれない。むしろ、別の理由があって自治労を叩いているのかもしれないがその部分にはブログだと突っ込まないほうがよさそうな空気。
 話を二〇〇〇年四月の地方事務官制度は廃止に戻すと、国交労のサイトに興味深い話があった。「地方事務官制度廃止法案の衆議院通過をめぐっての談話」(参照)にある自治労側の意見である。

2.一方、自治労(国費評議会)は、「国の直接執行事務」とすることは、①地方分権に逆行する。②行政改革に逆行する。③年金制度の崩壊、無年金者の増大につながる。とし、事務処理は都道府県への法定受託事務とし、地方事務官は地方公務員とすべきと主張してきた。その立場で国会対策を行い、公明党・民主党・社民各党はそれぞれの思惑から、社会保険制度に対する根本的問題での質疑どころか、地方事務官制度問題で自治労(国費評議会)の主張に沿った質問を繰り返し、制度運営や事務処理実態を無視した質問に終始した。
 このことは、公党が自らの政策を持たないまま、一労働組合の組織問題のために地方分権一括法の本来の問題点を置き去りにし、地方事務官制度廃止後は地方公務員とすべき、あるいは国民・住民の利便性が損なわれる、国民年金制度の崩壊をまねくと主張するなど、いたずらに職員の不安をかき立て、国民の社会保険制度への信頼を損ねるもので極めて問題であると言わざるを得ない。

 以前の地方事務官は地方公務員に成りたかったし、そうしないことで国民年金制度がゆらぐと考えていたとなる。
 そのあたりの判断は私には難しいし、その部分はブログだと突っ込まないほうがよさそうな空気。いやはや空気が重たいな。

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2007.06.10

コムスン不正問題メモ

 コムスン不正問題についてはブログで取り上げるのを控えていた。コムスンが悪いのは社会的に明白というところだろうか。水に落ちた犬はみんなで一緒になって叩かないとろくでもないことになる、ということは長いことブログを続けてきて学んだことの一つでもある。ただ、心にひっかかりはあった。世相のログを兼ねてこの問題にも少しだけメモ書きしておこう。
 まず、なにが問題でいつから問題なのかということがひっかかっていた。そんなこと当たり前だろ的な空気が漂っているが、そのあたりを大手紙社説とかの概括を使って確認しておきたい。まず何が問題かだが八日付け朝日新聞社説”コムスン 処分逃れを許すな”(参照)より。話は厚労省の処分が決まったのはこうした悪があったからだといった文脈にある。


 こんな処分を受けたのは、東京や岡山、青森などにある8事業所を開設する際、条件を満たすため、うその申請をしていたからだ。辞めたヘルパーを責任者としたり、他の事業所の職員の名義を使ったり、という具合である。
 さらに、これらの事業所が取り消し処分となる直前に、自ら事業所の廃止を届け出て、処分を逃れていた。

 つまり、(一)嘘の申請があった、(二)事業所取り消し処分前に廃止届けを出して逃げていた。
 これらの不正に対して、朝日新聞はこう断罪する。

介護保険は40歳以上の人が払う保険料と、税金で運営されている。サービスを受ければ自己負担もある。その制度を食い物にする事業者は、トップ企業でも退場してもらわなければならない。

 それはそうだろう。わかりやすい正義のようでもある。
 だが、問題はこれだけではない。コムスンは厚労省からの処分を避けるために事業を丸ごと同資本系列に譲渡しようとした。それもまた問題だというのである。

 不正がばれて処分を食らったら、事業を丸ごと身内の仲間に譲って継続を図る。こんな人を食ったようなやり方が許されるのだろうか。
 訪問介護最大手のコムスンが、厚生労働省の処分を避けるためにとった事業譲渡が批判を呼んでいる。

 これが八日の時点で、その後の流れとして、事業の譲渡先は別の会社ということになった。つまり、事実上、コムスンは完全撤退することになった。めでたしめでたし……なのか? まあ、これで清廉潔白正義の会社が譲渡を受ければ、めでたしというところなのだろう。が、疑問が沸く? 買うところあるんだろうか?
 ちょっと率直に言ってみる、ないんじゃないだろうか?
 そんなことはない、不正に手を染めずにきちんと介護ビジネスを展開しているところだってある……という話も聞く。たぶん、そうなんだろう。ただ、それが全国展開できる可能性として問われているのかと考えると、どうなんだろうか? 採算の取れる地域とそうでない地域があるのではないか。
 というあたりで、疑問がトレースバックする。そもそもコムスンっていうのは、全国展開をしていた。儲け一辺倒ならそうすべきではない。コンビニの世界でもセブンイレブンは沖縄に手を出さない(ローソンとファミマが多い)。いや他の地域にも手を出さない。全国展開なんか考えてもいない。
 逆にコムスンはなぜ全国展開を志向していたのかという疑問が沸いてくるし、ちょっと考えると、不正をすればなんとかなると思っていたということなのだろうか。そうかもしれない。そのあたりがわからない。あるいは、ある程度の不正は不利益地域展開とのバーターだったんじゃないだろうか。そして、厚労省もそのあたりは阿吽で認めていたんじゃないだろうか。
 とか、ちょっと疑問が連鎖する。ちょっと陰謀論めいているだろうか。
 もうちょっと疑問を進めたい。
 私はこの介護問題についてNHKのクローズアップ現代などでぼんやり見たことがあるのだが、その時の印象では、これはビジネスとして成立する分野だろうか、ということと裁量幅が大きいなということだった。そして、そのあたりのクラウド内部にはいろいろご事情といったものがありそうだなとも思った。
 今回のコムスン不正問題だが、どっから降って湧いたかというと、先の朝日新聞社説の「東京や岡山、青森などにある8事業所を開設する際」がそのあたりなのだが、スペシフィックにその時期をトレースすると、社会的に問題の芽が浮上したのは、昨年末、一二月二七日のコムスン株暴落(ストップ安)だった。その時のネタが「介護報酬を過大請求していた疑いがあるとの報道」だった。報道の元は東京都によるコムスン監査なのだが、この監査自体はそれ以前の一八日から実施されていた。読売新聞”コムスン、介護報酬を過大請求 都が事業所50か所を一斉監査”(2006.12.27)より。

 都福祉保健局は今月18日から、同社が都内で展開している187か所の事業所のうち約50か所について、順次立ち入り検査(監査)を実施。複数の事業所で、こうした方法による過大請求の実態を確認した。サービスの実施計画を記した「訪問介護計画書」に不備があり、内容をチェックできない事業所もあったという。
 都道府県による介護事業所への立ち入りは、通常は改善を促すための「実地指導」として行われる。都はこれまでに同社の事業所に実地指導をしたが、「問題はなかった」と回答するなどして従わなかったため、今回は行政処分も可能な「監査」に踏み切った。今後、各事業所から提出を受けた書類を分析するなどして、過大請求について本社から具体的な指示があったかどうかを調べる方針だ。

 これが今回のコムスン不正の取りあえずの原点になりそうなのだが、事実関係を読み解くのが難しい。そう無理なく読み解ける部分だけ言うなら、東京都はコムスンの不正を以前から知っており、その指導にコムスンが従わないことに業を煮やしていた。そして堪忍袋の緒が切れたということなのだろう。
 この時点で厚労省はどう動いたのか。実は動かない。その後、東京都が都下のコムスン事業所の不正を明らかにしたので、それに押された形で、花見も終わったしという時節に関わり始める。四月一〇日に全国一斉監査を通知し、翌日都道府県担当者を集めた「全国介護保険指導監督担当係長会議」で厚労省は指導をした程度。どうにも春の暢気な雰囲気だ。読売新聞”訪問介護問題 法令順守徹底、指導を要請/厚労省”(2007.4.11)より。

 同省の中井孝之・介護保険指導室長は、東京都の事例以外にも、不正や運営基準違反などの報告が相次いでいることを指摘し、「法令順守を前提に、事業者指定されるということを、きちんと事業者に伝えて欲しい」と述べた。
 また、10日に通知した全国一斉監査についても説明。今回、グッドウィル・グループの「コムスン」(東京都港区)が、指定段階から別の事業所の職員の名義を使って虚偽の申請をしていたことに触れ、「複数事務所を持っていれば、こういうことがあり得る。こういうやり方を放置することはできず、速やかな監査の実施をお願いしたい」と要請した。

 校長先生の朝礼のお話のようにほのぼのとしている。
 ジャーナリズムも厚労省と同じようにのんびりと後追いの雰囲気があった。読売新聞”介護大手3社の不正発覚 7兆円市場、甘い監視”(2007.4.11)より。

「コムスン」「ニチイ学館」「ジャパンケアサービス」の訪問介護大手3社で、介護報酬の不正請求が相次いでいたことが、東京都の調べで明るみに出た。介護保険を巡るビジネスは、いまや7兆円市場。訪問介護の分野にも企業が次々と参入し、行政側のチェックが追いつかない実態が浮き彫りになっている。

 他ジャーナリズムも似たようなものだろうと思うが、ようするに「行政側のチェックが追いつかない」のが問題で、ジャーナリズムの問題ではなさげな暢気な雰囲気が漂っている。だが、そんなことがありうるのだろうか。同記事より。

◆指定取り消しや直前廃業459か所、氷山の一角? はびこる不正・過大受給 
 厚生労働省の集計によると、不正による指定取り消し処分や、指定取り消し直前に廃止届が提出されるなどした介護事業所は、介護保険制度が始まった2000年4月から昨年末までに、全国で計459か所に達している。
 このうち、コムスンなどと同様、営利法人が運営する訪問介護事業所は139か所。サービス提供の水増しや無資格者による介護、虚偽の指定申請などが主な処分理由だ。

 私はこの分野に詳しくないのだが、どうも実態は関係者ならわかっていたはずといった類にしか見えない。しかもこれって、コムスンだけの問題ではなく、この業態のある構造的な問題だったのではないか。そして、構造的な問題だということは、つまり厚労省のデザイン・ミスだったのではないか。制度が始まった二〇〇〇年時点でそうした雰囲気が感じられる。読売新聞”[現場から 介護保険スタート半年]〈中〉誤算(連載)=福岡”(2000.10.12)より。

 制度の導入から半年がたち、コムスン、ニチイ学館といった大手各社も予想外の苦戦を強いられている。サービス利用の伸び悩みに加え、訪問介護の三類型(身体介護、家事援助、複合型)のうち、最も報酬が低い家事援助の割合が予想以上に高かったためだ。
 コムスンは全国約千二百か所に事業所を設け、新制度の導入に備えたが、九月下旬には、当初の半分以下に規模を縮小する大リストラ計画を発表。九州事業部(福岡市南区)では、突然のリストラに反発した従業員が労組を結成し、会社との対決姿勢を強めるなど混乱が続いている。
 県高齢者福祉課によると、十月一日現在の県内の在宅サービス事業所は二千三百四十三。コムスンの十事業所を含む三十二事業所が既に廃止届を提出しているが、「届け出をしないまま、休眠中の事業所もかなりの数に上る」というのが関係者の一致した見方だ。

 無理をつっぱしっていたとしか見えないし、それが地方行政や厚労省側が無知だったとはとうてい思えない。
 そしてその無理はようやく国政にまで重大な懸念となってきたのだろう。介護保険の総費用が、〇七年度予算で〇〇年度実績の二倍以上七・四兆円なった。どこかでカタストロフを起こす必要はあったのだろう。それをできるだけ厚労省が泥を被らないように犬を水に突き落とすという計もあるだろう。
 厚労省はそういう筋書きだったのだろうか? どうもそうとも思えないほのぼのとした暢気さが春の終わりには感じられた。初夏に入ってから筋書きを変えたのではないだろうか。そして、ジャーナリズムも筋書きを変えたような感じがする。
 さて、このカタストロフ、どこから崩落するか。
 全国規模で展開したコムスンのことだから、採算性の合わない地方から崩壊するのである。いずれそこに回す国家のカネもないのだという普通の予想をコムスン叩きで覆ってしまえば、みんなが正義だ。そして正義も興行となれば相応の見料も必要。前口上はもちろん、「そもそも介護領域を民間にさせたのが間違いだ」だろう。厚労省の息のかかったお国ブランドでやるべきなのだこうした領域は……とかね。

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