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2007.06.09

[書評]日本語の語源(田井信之)

 書籍というのはある意味で売れれば勝ちなので売らんかなのトンデモ本も出版される。トンデモ本というのはある程度常識があれば笑って読み飛ばせるエンタテインメントでもあるし、昨今では偽科学・似非科学と揶揄され、少し学問を学べば判別がつくようにも思われている。確かに、科学の世界はグローバルな学会が存在するのでその中核的な学術集団のアートに真偽の信頼をしてもいいのかもしれない。が、これが人文学になると難しい。「極東ブログ: [書評]嘘だらけのヨーロッパ製世界史(岸田秀)」(参照)あたりなどでも簡単には判断できない。
 そして一見すると主要な学術派閥からは無視され、あるいはトンデモ本扱いされているが、これは正しいのではないかと思われる変な本も存在する。昭和五十三年に角川書店から出された「日本語の語源」(田井信之)(参照)もそのような本だ。
 私はこの本をほぼ三十年読み続けた。隅から隅まで読むといった感じでもなくあるいは聖書のように折に触れて読み返したという本でもない。いわく言い難いのだが、この本に書かれていることが真実なのではないか、となんども疑念と戦いつつ三十年が経った。現在では、これが概ね正しいのではないかと思うようになった。私もこの分野についてはトンデモの仲間入りになったことになる。
 語源学についてはもともとトンデモ学説が多い。岩波書店からの書籍もあるせいか大野晋など国語学の大家のようだが、白川静のように、私から見ると、同じくトンデモ学者のように思える。ただ、それを今となっては強く主張したいわけでもない。また、そうブログなどに書く私のほうこそトンデモ扱いされても一向に苦ではない。もともとブロガーなどは無のようなものであろう。気が楽だ。というわりに、実は長いこと、この本についてエントリを書くのをためらってきた。私がブログを続けるならいつか、誰の関心を惹くこともないとしても、書かなくてはならないだろうと思っていた。
 昨日のエントリはいいきっかけだったかもしれない。「極東ブログ: [書評]語源で楽しむ英単語 その意外な関係を探る(遠藤幸子)」(参照)では、現代英語ではかなりかけ離れた語について、印欧祖語からの関連を説いたものだ。英語であればかなり語源が辿れる。英語と限らない。欧州の言葉については現時点からするとかなり変化していても、それなりに変遷の過程が辿れるものだ。
 日本語はそうはいかない。琉球国を除けば、隣接した国家の言語との類似性がほとんどいってよいほどない。いくつか朝鮮語との関連はありそうだが、その音韻体系からしてかけ離れている。中国語とは表層的には外来語の関係しかない。ごく単純に考えても日本語の祖語というものは構築できない。あるいは、琉球語との関連から祖語を想定したくなる。服部四郎などもそう想定したが、私はこの分野の彼の業績についても、やはりトンデモの部類ではないかと思う。私は、服部説とは反対に、琉球語は日本語から派生したのだろうと、沖縄で暮らしながら考えるようになった。そう思う理由は、鳥越憲三郎のおもろ研究に関連してその言葉を本土室町時代からの派生と考察したことあたりに依拠している。難しいのは、いろいろわけあって鳥越憲三郎のおもろ研究は学問的には抹殺された。
 話が蛇行するが鳥越憲三郎は学問の世界ではすでに抹殺されているのだろうか。無視はされているだろうと思う。ただ、あまりに巨大すぎてトンデモ扱いも難しいといったところか。彼は古事記を偽書とした。その論考について、彼は自身が死んだら公開すればいいかと思っていたようだ。騒ぎが面倒臭く思えたのだろう。
 古事記偽書説は私が傾倒した史学者岡田英弘も支持していた。岡田はさらに日本語は人造語だとも言ってのけた。このあたりから、岡田もトンデモ学者の部類にされているのではないか。私はといえば、日本語は、岡田の影響からだが、やはり人造語だと考えている。ベースにあったのは朝鮮語というかその時代に朝鮮語は存在しないのだから、ある種の中国語があり、その文法に日本列島の住民のオセアニア的な語彙を嵌め込んでできた言語だろう。おそらく奈良時代ですら、この人造言語をまともに使う人はなかったのではないか。
 日本語という言語が人造語だとしても、語彙についてはおそらくその音韻の形態からみてオセアニア系の言語であることは間違いないだろう(多くの民衆は今からでは再構築しづらい別の日本語のようなものを話していたのだろう)。そして、この子音と母音で一つのモーラを形成する語だが、その構造ゆえに印欧祖語とは異なった言語変化を遂げやすい。そして、その変化の過程の研究、つまり語源学は、各種の歴史的なコーパスと方言を繋ぎあわせ、印欧祖語が研究されたように一義には音変化から考察されなくてはならないはずだ。だがそういう研究はほとんどないのではないか。大野晋が編纂した古語辞典を見てもそういう視点は見られないし、そもそも古語と現代語を結ぶOEDのような辞書が日本語には存在していない(と言っていいのではないか)。
 だが、この音変化を原理とした語源学探求という難事を、田井信之という人はたったひとり、そしてその人生でクローズするように完成してした。そして、ここにその結論の本、「日本語の語源」がポンと残されている。
 この本は辞書的な完成度はそう高くはないが、それでもここに日本言語学の比較言語学部分の方法論についてはこれで過不足なく終了しているように思える。そんなことがありうるのだろうかとも思うが、文法学でいえば、三上章(参照)がそのような人だった。彼を発見したのはチャールズ・フィルモアだったし、久野暲は三上にチョムスキーを超えるインサイトを感じ取っていたようだ。米国の言語学会が見いださなければ、三上はただのトンデモな人に過ぎなかっただろう。
 田井信之という、およそ執念のような人、学者を越えるような恐るべき知性の人は、どういう人だったのだろうか。私はなんどか田井信之という人をもっと知りたいと思った。本書には昔の本のせいか、著者の住所が掲載されている。香川県だ。少年カフカのようにそのために四国を旅をしたいと思ったこともある(果たさなかった)。ネットで書くと何か、識者からの反応が得られるものだろうか。
 七面倒臭いことを書いたが、本書は愉快な本でもある。普通の辞書には書かれていない日本語の語源が明確に指摘されていることだ。なぜ「猫も杓子も」なのか、なぜ「独活の大木なのか」。そうした例をいくつか引用すれば、若い人でも本書に関心を持つかもしてない。ただ、なんとなくこのエントリでは控えておく。古書は幸いなことにプレミアムはついていない。角川書店なのでかなり刷られたのかもしれない。現状なら古書店で比較的安価に購入できる。ちょっと気になる人は騙されたと思って入手しておいてもいい価格帯だ。
 本書は語源学に関連して、日本語の古代音韻についてと日本に稲作をもたらした人々と地名についての奇妙な説が掲載されている。古代音韻については概ねそれでいいのではないかと私などは考えるが、稲作関連の地名についてはなんとも判断しようがない。だが、田井信之という人はこの分野についても精力的な研究をしていたようだ。私はそれを読んだことがない。
 田井信之の「日本語の語源」と地名学が、一万円程度の書籍で復刻されるなら私はためらうことなく購入するだろう。知りたい。ただ、知りたいという思いだけで。

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2007.06.08

[書評]「語源で楽しむ英単語 その意外な関係を探る」(遠藤幸子)

 このところ受験英語みたいな本をいくつか買って酒のつまみ代わりに読んでいる。なかなか面白いものがある。受験英語なんて進歩もないだろうと思っていたが、そうでもなく良書っぽいのがあるのだなと気がついた。ただこの本「語源で楽しむ英単語 その意外な関係を探る(遠藤幸子)」(参照)については、受験英語の本ではないし、よくある語源でヴォキャブラリーを増やしましょうという類の本ではない。むしろ、孤独な大人の酒のつまみみたいな本だ。
 ネットの広告文ではこうまとめているが、ちょっと印象は違う。


 今や世界語になっている英語。その長い歴史の中、数奇な運命をたどって生き残ってきた英単語は数多くある。このような語は、実は同じ起源を持ちながら、今では似ても似つかない姿かたちに分かれてしまったものが多い。本書では、「手」「輝く」「上に」などの根源的な意味から生まれた英単語を紹介し、その驚きの結びつきと背景を俯瞰する。

 どこが違うかというと、この本は、まあ少しこの分野を勉強した人らならその手があったかと頷かれると思うが、印欧祖語から現代英語まで、びゅんびゅんと多少短絡的にだが話を繋げている。例えば、acid(酸)、acrobat(アクロバット)、heaven(天)を同一語根として繋げている。しかし、普通の辞書というか語源がしっかり書いてある辞書でも、この関係は、わかりづらい。わからないわけでもないが、とオンライン上のTheFreeDictionary(参照)を使うと。

  • acid  [From Latin acidus, sour, from acre, to be sour; see ak- in Indo-European roots.]
  • acrobat  [French acrobate, from Greek akrobats : akros, high; see acro- + bainein, bat-, to walk; see gw- in Indo-European roots.]
  • heaven  [Middle English heven, from Old English heofon; see ak- in Indo-European roots.]

 とあり、acrobatのacro-をさらに探ると[From Greek akros, extreme; see ak- in Indo-European roots.]とあるので、すべて印欧祖語のak-でつながることはわからないではない。ただ、普通英語学習者はそこまでしないし、普通の言語学者もこういうふうに連携して考察しない。理由は、派生は時代の層や系統図で離れるからだ。当然、辞書などでもこの例と同じように基本的に歴史的な一階層を分節するあたりで留める。
cover
語源で楽しむ英単語
その意外な関係を探る
遠藤幸子
 だが、本書ではこれをak-から全部軽いコラム口調で繋げてしまう。学術書や学習書ではないので別に問題ないし、なるほどねと思わせることがいろいろある。例えば、heavenがなぜak-から出てくるかというと、このakの「鋭利」という原義からアーチ型となり、そしてアーチ形状のドーム天井となる。私などは、なるほど西洋人の天界とは Sheltering Skyなのだなとか連想して微笑む。
 こんな感じで通常の語源解説書には掲載されていないかなりディープなレベルの話がこの本にはあるのだが、包括的ではなく、酒のつまみにむくような散発的な記述になっている。
 ちなみに、ak-からは、次の例が掲載されている。

ゲルマン語系
edge, hammer, heaven

ラテン語系
acid, acird, eager

ギリシア語系
acne, acrobat, oxalis, oxygen


 そして予想がつきやすいように、基本的な印欧祖語の話やGrimm's law(参照)などの話も入門程度についている。だが、私の読み飛ばしかもしれないが、Great Vowel Shift(参照)の話はない。古英語については別の著作で書かれているのだろうかというあたりで、昔学生のころ英文テキストで読んだ、ゲド戦記のネタ元みたいなBeowulf (参照)とか思い出した。
 本の話からそれるが先日6月に入り、水泳の帰りに木陰から天を見上げて、ふと"Sumer is icumen in"(参照)という古英語の歌が口をついた。学習参考書みたいな本を読んでいたり、学生時代みたいに水泳とかしているせいか、学生時代の記憶が想起しやすいのだろうか。そういえばと思ってYouTubeを見たら、掲載されていた。英国の夏は日本の夏とは違うが、鳥をまねた声の響きは初夏っぽい。

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2007.06.07

死者を悼むということ

 私の父が死んだのは私が三十一歳の時。父は六十二歳だった。早死の部類だなとも思ったが、息子が三十歳を過ぎたのだから死だっていいだろう、自由にさせてやろう、許してやろう、と今では思う。もっと若い日に子どもを残して無情にこの世を去る父親だっているのだ。
 死なれてから二十年近く経つ。男なんてものは死んで悲しい生き物でもないと言いたいところだが、残されたものに悲しい思いはある。が、自分の番もそう遠くないなと思うと悲しみは少し薄れる。私の父の人生スパンが私のそれであるなら私は後干支を一巡して人生が終わる。そのくらいでいいかとも思ったり、ちょっと物足りないというか寂しい感じもするし、もうちょっと生きてみたい気もする。幸運にももうちょっと生きられるかもしれない。そもそも五十歳まで生きていると青年期には思ってもみなかったしな。
 そんなことを思ったのは、今週6・13ニューズウィーク日本語版の投稿コラム「遺族を傷つけるお悔やみの手紙(The Art of The Condolence)」を読んでしばし物思いにふけったからだ。筆者ヒンズという二十六歳の米人女性は昨年その父を亡くした。父親は五十八歳だったとのこと。彼女はお悔やみの言葉をいろいろ貰ったが、元気づけようとする言葉がかえってつらかったようだ。


 アメリカ社会は、家族を亡くした人への礼儀を考え直したほうがいい。最近とくに、遺族に元気を出すようせかす風潮が強い。他人が苦しむ様子を見るのは楽しくないからだろうが、どうか気がすむまで悲しませてほしい。

 日本社会とアメリカ社会は違うが、なんとなく似たようなものを感じる。元気づけさせることがよいわけはない。
 コラムでは彼女は大学で英語を教えているとある。米国人にとっての英語とはただの国語だろう。その文脈で、お悔やみの手紙の基本ルールを紹介している。ライフハックなんてことでは済まされない、とても重要なことに思えた。なんどか読み返した。次の五点だ。

  1. 書き出しは率直かつシンプルに。「謹んでお悔やみを申し上げます」など。
  2. どういう気持ちで過ごすべきだと指示せず、相手の気持ちを尋ねよう。
  3. 「どんなにおつらいか想像もできません」という表現は避けよう。「気が重いので想像したくない」と言われているようだ。
  4. 悲しみを乗り越える方法をアドバイスしない。気分転換にパーティに行く人もいれば、暗い部屋に閉じこもりたい人もいる。時間の経過によって、気分が変わることもある。
  5. どうしても明るいことを書きたいなら、遺族の顔が思わずほころぶような故人の楽しい思い出を書いてあげよう。

 書き写して、これってまさに国語の学習の基本のようにも思えた。だがそういう授業は現実の教育で、国語としては教えられていないのだろう。そういうものだろう。
 彼女は、こうも言う。ここでちょっと気になることが私にはある。

 遺族を支える方法については、私たちは象を見習うべきだと思う。象は仲間の死を集団で悼む。鼻をからませ合って、近しい者を失った象を慰めるのだ。

 本当に象がそうするのか私は知らない。気になったのはそのことではなく、私は死を悼むというとき、私が誰かの死を密かに悼むことはできても、仲間と悼むことはできそうにないということだ。だが、およそ死を悼むとは、仲間で悼むことではないのか。
 であれば、どうやって? そして仲間とは?
 おそらく日本社会も最初の戦後世代が死に始めてその問題に直面し、それゆえに「千の風になって(新井満)」(参照)なども話題になるのだろう。些細なことだが「1000の風―あとに残された人へ(南風椎)」(参照)のほうがいいかもしれない。そういえば最近死者のためのオイリュトミーの話も聞いた。
 死者をどう悼み、その悼む仲間はどのようにあるのか。その模索が日本で始まったのだろうと思う。
 追悼と言えば、ちょうど今日、元台湾総統(大統領)李登輝が靖国神社を参拝したがその思いにもいろいろ心惹かれた。が、そこも難しい問題だ。基本的には李登輝の「私」の信仰の内部の問題であって、この私の問題ではありえない。問われるとすれば、李登輝と私は死者を介してどのように仲間でありうるのだろうかということだ。
 話を少し飛躍させる。死の悲しみをそれなりに受け止めるにはたぶん長い時間がかかる。というところで私は恋愛や失恋も似たようにその受け止めに時間のかかるものではないかと思う。情報の速度は高速化するが人間が生きていく基本の感情みたいなのにはそれなりの時間とか孤独とかが依然必要なのだろう。
 いや恋愛とか失恋からの立ち直りに時間がかかるなんていう認識は私が老いたということかもしれない。このエントリのはてなブックマークにだって「本人も爺の自覚をしているようす」とか書かれるのかもしれないしな。

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2007.06.05

[書評]「ニッポン社会」入門 英国人記者の抱腹レポート(コリン・ジョイス)

 昨年末に出たNHK新書の『「ニッポン社会」入門 英国人記者の抱腹レポート(コリン・ジョイス)』(参照)をふと思い出して読み返した。面白い。なんど読んでも面白い。簡単にも読めるけど、深く読める部分も多い。ニューズウィークのコラムと重なるネタも多いけど、この本でまとめて読むとけっこうも味わいが深い。個人的にはなんとなくロバート・リンドの随想も思い出した。

cover
「ニッポン社会」入門
英国人記者の
抱腹レポート
コリン・ジョイス
 コリン・ジョイスは、略歴を見ると、1970年ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻とある。若いなと思うしエリートだなと思う。来日したのは92年とのこと。この間、太ったという話も最近ニューズウィークのコラムで読んだ。なんとなく日本生活でのプライバシーのある側面が気になるが、まあ気にしない振りしておこう。
 本書はいろいろと興味深いエピソードが多い。若い英国人は現代の日本をこう見るのかという示唆は当然として、意外と彼が自身を英国人だから感じるだろう異和感が、私などべたな日本人にとっても異和感に思え、共感する面も多い。
 たとえば、日本人のブランド品好み。

 また、ぼくは日本の人たちがブランド商品を欲しがり、それを身につけることに躍起になるのが不思議だったし、丸一日、ショッピングに費やす人がいるのも理解できなかった。ぼくは知り合いの日本人に「ルイ・ヴィトンのバッグを持ったところで、人柄に深みや幅が出るわけではないでしょう。だったら、ヘルマン・ヘッセでも読んでみたらどうですか」と説得してみたのだが、無駄だった。誰もぼくの言いたいことをわかってくれなかったのである。

 ビールについてもそう。日本にはなぜビールの種類が限定されているのか。飲み屋のメニューについて。

(前略)何十種類もの日本酒が載っているのに、ビールがたった一種類しかないのはどうしてなんだろう? なかでも最大の疑問は、どうしてどれも似た味がするのかということだった。いったいどれだけの人が、ラベルを見ないでサントリーとサッポロを正しく飲み分けられるだろう? ビターやエール、スタウト、ラガーといった多様なビールの味に慣れた舌にとって、サントリーとサッポロの違いを云々するというのは、オーシャン・グレイのペンキとミリタリー・グレイのペンキを区別するようなものだ。絶対にラガー以外のビールを飲んでやると決心したぼくは、一度、三ツ矢サイダーの缶を買ったことがある。そして、日本のサイダーはリンゴを原料にしたビールではないということに気がついたとき、ぼくはもう泣きそうになってしまった。

 名調子。
 だが、ジョイスの筆はありがちな外国人が見る日本に留まらない。先のブランド品好みついていえば、いつのまにか英国人もそうなっていることを彼は知り、英国が日本化しているようすも理解している。ビールについてはその後、日本にもバラエティが出てきてかなり満足したご様子。よかったね。
 外国の人にとってエキゾチックに見えた日本文化が、現在英国と限らず世界の文化にじわじわと影響を与えている。だが、世界が日本に単純に関心を持っているわけではない。そのあたりの、英国から見る日本のイメージのギャップについても、かなり詳しく本書に描かれている。簡単に言えば、英国人は日本に関心を持っていない。
 特派員としてのジョイスはそれゆえ英国メディアが求めるタイプの記事を書くことを強いられ、そして書いていた。彼は本書で、「悪いのはぼくだ」と書いているが、そのあたりの内実はなかなか興味深い。

 一度、ぼくは自分用のメモとして、日本の記事を担当するデスクが好むトピックのリストを作ってみたことがあるが、もう捨ててしまった。何がデスクの気に入るか、もういちいち紙を見るまでもないからである。第二次世界大戦、相撲、ヤクザ、芸者、皇室、女性、若者文化、憲法第九条、奇妙な犯罪だ。このほか、面白い展開があれば記事としてふさわしいと思ってもらえるトピックもいくつかある。パチンコ、宝塚、着物、演歌あたりがそれだ。

 BBCを見ているとあと二つ、捕鯨と英国女性殺害、を加えてもよさそうだが、いずれにせよ特定の話題の記事しか特派員には求められていないし、苦労して真相を書いてもずたずたにされて掲載される。保守的なテレグラフでこれだから、リベラルなニューヨーク・タイムズになると、なるほどミツノリ・オーニシが阿呆が記事を書くわけだよな。

 また、二〇〇五年、中国から反発を買い、国内でも議論を呼んだ歴史教科書の記事を書いたときのことだ。デスクはぼくの原稿の微妙なニュアンスをすべて吹き消してしまった。あれでは記事を読んだ読者は誰ひとりとして、日本には幅広い種類の歴史教科書があること、その中で図抜けて議論を呼んだ教科書を採択した学校は、これまでのところ日本全国で一パーセントも満たないということをとても理解できないだろう。

 ジョイスはこれに怒りちょっとしたユーモアの実力行使をするのだがそれについてはここで触れない。
 こうした奇妙な日本記事しか求められないということの背景には、やはり日本が英国の関心をひかない存在になったということが大きい。だが新聞論としては、それでもテレグラフの記事の多様性を彼は評価している。

日本人の知り合いに『テレグラフ』を見せると、みんな記事のバラエティーの豊かさに目を引かれるようだ。硬い記事もあれば、軽い記事もあり、長い特集記事や別立てのスポーツ面もある。

 日本の新聞についての彼の評も興味深い。

 日本の新聞には見習うべき点が多い。広く張り巡らされた記者のネットワークに支えられて、基本的には信頼は高いし、職業倫理もしっかりしている。

 そしてジョイスは日本の新聞がなぜすばらしいかの本質をずばりと言い当てる。

さらに素晴らしいと感じるのは、その読者層だ。一億二千万人の人口の国で、毎日二千四百万部を越える一流紙が購読されているというのは、国民の教養と公的関心の高さの表れだろう。イギリスの人口は日本の約半分だが、イギリスの高級紙は四紙合わせても(『デイリー・テレグラフ』、『タイムズ』、『ガーディアン』、『インデペンデント』)、その発行部数は二百万部をかろうじて越える程度にすぎない。

 日本の新聞が二千四百万部というのはちとホントかなと普通の日本人は思う。あれが一流紙かとも疑問に思うが、ここはタブロイドではないというくらいの意味だ。高級紙ではないし。いずれによ、日本の新聞がすばらしいのは、読者層がすばらしいからだ。それで、ある一定の記事の質や記者の質を維持している。逆ではない。逆だと思い込みたい向きもあるだろうけど。
 関連して、ジョイスは触れていないが、日本の新聞は戸配だということも重要。集金・収益のシステムが完備しているのだ。いや、完備とは言い難いがそれでも、収益面はかなり紙面の質や記者の質とは切り離されているので、記者は高給取りサラリーマンになっている。それが全面的に悪いわけでもないが、そういう構造があるから、日本の聞屋はわかっていても社会の空気が醸し出されてないと書けないことがいろいろあるものだ。
 でも、ジョイスは書いていた。
 私が、コリン・ジョイスを立派なジャーナリストだと思ったのは、「極東ブログ: 女王陛下、英国大使の野上義二でございます」(参照)で触れた野上義二の記事がきっかけだ。日本の聞屋たちは叩けるときは野上義二を叩いておきながら、英国大使昇進のときは批判をネグりやがった。「やっぱ、ばっくれやがったか、日本の聞屋」と思ったので、私はジョイスの心意気に応えるべく先のエントリを書いた。もっとも聞屋から見れば日本のブログなんてクズだ。読む価値もない。でも、グーグル様はそう見てないっぽい。野上義二で検索したら現状ウィキペディアについで第二位(参照)。え?グーグルだってクズだろってか。

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2007.06.04

キンタマウイルスのお仕事はジャーナリズムじゃーない?

 星は流れて何処へ行く。ジャーナリズムは何処へ行く。QWERTYキーボードに誠を誓い、さ、今日も武田徹がネットで歌います♪ってなノリの、まあ、ネタっていうのですか、ジャーナリズムっていうのですか、オッサンですかシャーですか、”ウィニーこそ史上最強の「ジャーナリスト」? (タケダジャーナル)”(参照)を一読して、何が釣れるかなと待っていると、おやま、”高木浩光@自宅の日記 - キンタマウイルス頒布にマスコミ関係者が関与している可能性”(参照)が。というわけで、ここでしばらく考え込むこと数日。これってやっぱ最近の戯画人さんや竹熊さん釣りネタと同じでスルーでしょうかね。まあ、あまり差し障りない程度に気になるところをちょこっとメモを。
 武田徹の意見は錯綜しているが、主張の一つは表題のようにウィニーが史上最強の「ジャーナリスト」だというのがある。釣りネタでしょうが、つまり政府関係の機密を自動的に暴いてくれるから偉いのだ、と。ほいで、高木浩光は批判する。


何が本題か知らないが、このジャーナリストは、「僅かな楔を打ち込むだけで一般人の私的な内容を千金の価値にできる」という手法について、否定していない。否定する表現が一切書かれていない*3。これが倫理に反する行為であることをこのジャーナリストは素で知らないのではないか。もし、「キンタマウイルスを作成し頒布しているのはあなたでしょう?」と問いかければ、憤慨するどころか、褒められたと勘違いして「いえいえ私にそんなプログラム力はありません」とニコニコするのではないか。
 馬鹿は死ねと言いたい。

 批判点は二点ほどに分けられそうだ。
 一つはキンタマウイルスが秘密を暴くことをジャーナリズムだと強弁するとしても、それが倫理に反しているのではないか、ということ。もう一つはキンタマウイルスの活動の背景への疑念だ。なお、キンタマウイルスについては、「極東ブログ: ウイニー(Winny)事件雑感。とても散漫な雑感」(参照)でも触れたことがある。
 前者の倫理の問題だが、「極東ブログ: オウム事件のころをまた思い出す」(参照)でも触れたが、私はジャーナリズムは技芸(art)の世界であり、倫理規定が必要であるにせよどこかでジャーナリストの責任で破ってしまうこともあるだろうくらいには考えている。ただその場合でも、その無法的な行為が彼または彼女自身の公への責務として自覚されているという主体的な、罪を背負いうる人間主体として問われなくてはならないと思う。オウムを暴いたフランス人ジャーナリストにはその気概があった。
 だが、キンタマウイルスが暴いているのは、そういう公の領域だけではなく、また暴く主体が不在に見える。こうした点で、関連する高木の次の認識は重要だと私には思える。

Winnyを媒介して悲惨なプライバシー流出事故が続いているのは、言うまでもなく、自然現象なのではなく、ウイルスを作成し頒布している者が企図するところによるものである。

 ここにも論点は二つある。一つは暴かれているものが公の領域だけではなく、むしろ大衆のプライバシー領域であること。もう一つは先のキンタマウイルスの活動の背景にも関わるが、キンタマウイルスを撒いている人たちが存在するのではないかということだ。
 くどいかもしれないが私の論点をまとめると、ジャーナリズムにおいて、いわゆる倫理規定を越えても彼/彼女の公認識における主体的責務において違法行為もありうる。が、キンタマウイルスがやっていることの大半はそうではなく、大衆のプライバシー領域における主体ない暴露である。別の言い方をすると、ジャーナリズムというのはジャーナリストという人間主体が問われる人間的な行為だろう。あるいは、完全な監視社会が成立し、そこでGoogleのようなシステムが特定のフィルタで暴露映像を抜き出して整理しても、ジャーナリズムとは言い難いのではないか。
 話を高木の指摘に移すのだが、キンタマウイルスを意図的に撒いている人ないし集団があるのだろうか。高木はその可能性を指摘している。

マスコミの委託を受けてか知らないが、キンタマコレクターと呼ばれる人たちがいる。ネットエージェントの杉浦社長も言っていることだが、私も自作のNyzillaを使って何箇所ものWinnyノードを観測した際に、ウイルス入りのキンタマファイルばかりを送信可能化しているノードが存在するのを見た。

 この問題の内実についてはある水準の技術的なレビューが必要になると思うが、私の印象では、それは妄想や陰謀論ではなくありそうに思える。もっとも、ウイニーが当初からそのような企図性をもっていたとは思わないが。
 では誰がキンタマウイルスを撒いているのか。高木はそれで儲かっている人々が怪しいとしてマスコミではないだろうかと疑っている。
 そうだろうか。このあたりになると、仮定に仮定を重ねているのでおよそ議論になりづらい。私はある印象を持っているが書きづらい。
 少し話の方向を変える。
 私には関連してもう一つの疑念がある。キンタマウイルスによって暴かれ、それが他者に関心を持たせるようなそのようなプライバシー情報がなぜパソコンの内部に保持されているのだろうか。また、そもそもなぜウイニーや類似の共有ソフトを使っているのだろうか。たぶん基本的には技術的な無知によるのだろうが。
 原則的にはそんなことは個人の勝手でしょといった領域でもあるのだが、私などには、技術的な無知以前に、理解しづらい点がある。つまり、人が、いわゆるパスワードなど機密情報以外に、暴露されて困る電子情報をパソコンに抱えているということはどういうことなのだろうか。そこがどうにも腑に落ちない。単純な例でいえば、恋人との痴態をデジタル情報にしてパソコンに保持する人間関係(恋人)もあるようだ。その行為自体が私には理解しづらい。人間関係のなかにいつの時代でも秘め事は存在する。だが、秘め事とはその関係者の主体性の関わりのなかでしか暴露しえないものだった。またそれゆえに関係者の外部からは秘め事の中身は見えなかった。ジャーナリストの技芸はその関係の内部に食い入ることでもあった。そういえば、「極東ブログ: [書評]隠すマスコミ、騙されるマスコミ(小林雅一)」(参照)で触れた西岡研介「スキャンダルを追え!『噂の真相』トップ屋稼業」(参照)でも少しこの関連の話に言及した。
 小難しく考えたいわけではないが、何かしら私などを過去の人としてしまうような現代人の意識の変容のようなものが、パソコンやネットの関連で生じていて、それが人間の定義を微妙に変更しているように思える。

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2007.06.03

吉本隆明「心的現象論」、雑感

 明け方夢のなかで鶴見俊輔のような老人と長々戦後民主主義についての対話をしていた。対談者は三人いてもう一人は私より十歳くらい若い気鋭っぽい学者さんで、私の話に関心をもったり皮肉ったり、それでいて鶴見をあの時代のインフォーマントとして分析しているようなツッコミも入れていた。「結局、吉本さんってどうなんでしょうね」みたいな話に流れ込んで三人は沈黙した。私が言いたかったのは、吉本隆明の真価は、鶴見がある程度念頭においている吉本のイメージとしての戦後から六十年代、そして七十年代に至る新左翼的な言論人よりも、七十年代の大衆的な資本主義論から超資本主義論、そしてセプテンバー・イレヴンまでの時事的な考察に現代的な意味があるのではないかという点だった。若い学者さんもそのスパンでの後期の吉本思想を半分せせら笑うようでいながら、多少は考え込んでいるみたいだった。
 と以上は夢で、おそらくもうしばらくすると夢の感触も消えていくだろう。妙に生々しく疲れる夢だったが、ぼんやりを明るくなる空を見ながら、そういえば南無さんの日記のエントリ”「心的現象論」がついに世に出たか、目次を見るとワナワナと ”(参照)で、吉本隆明の畢生の大著「心的現象論」が刊行されたことを知った。南無さんは以前も吉本の思想で顧みるべきは「心的現象論」だと述べられていたのでその点についての異和感はなく、また彼はメルロ・ポンティに至るハイデガーの存在論から身体論、そしてその傍流的なサルトルの実存論への関心を学者さんのように冷静に以前説いていたことがあるので(サルトルは視線論を越えて身体論的な問題があると私も思う)、そうした関心の線上にこの大著が受け止められていたのではないだろうか。
 私はといえば「畢生の大著」とかふかしておきながら、吉本翁支持の若造さえも耄碌爺の時代となり果て、こんな血迷った粗大ゴミみたいな本出しやがってしょーもねーな、という思いがある。が、この罵倒の心の動きこそ、実に私もまた吉本隆明の駄目なエピゴーネンでしかないことを如実に示すものだ。が、こんな「畢生の大著」は世界に残るトンデモ本か夢想庵物語や出口王仁三郎の霊界物語みたいな、なんでしょこの言語的な構築物は的なジャンルに封印しておくがよいのではないか。と、どうも南無さんに喧嘩を売っているようだがまったくの逆でこの大著を読み解きうる可能性というのがどうにも信じられない。「心的現象論序説」(参照)も「言語にとって美とは何か」(参照)と同じように人文学的な基礎訓練のない知的な人が無手勝流で書いた珍本を越えないように思う。あるいは三浦つとむの「日本語はどういう言語か」(参照)のように時枝文法の鬼子のようなもののさらに鬼子か、と、私はここでぼんやりとあの時代を思い出す。デンスケのように優しげな晩年の川本茂雄が吉本の言語論をもっと素直に理解してあげていいんじゃないかと提言したのが私の、今の心を少し痛める。また吉本が三浦の追悼文のなかで実は三浦の言語論より三浦という一庶民の存在自体を愛していたことを思い出した。その追悼は、試行で読んだ。
 そう、私は「『反核』異論」から吉本隆明を遡及するように読み出した遅い読者だった。私は、というも恥ずかしいが十代から二十代にかけて心酔して読んだのは小林秀雄や山本七平、森有正といった人のもので、今の歳になってみると私は基本的に欧風な和風的思想あるいはキリスト教的な倫理性を好む青年だった。それが吉本隆明を遡及的に読むための基礎になった部分もあるし、田川建三「イエスという男」(参照)なども「マチウ書試論」(参照)を読む橋渡しのようにはなった。そういえば私は椎名麟三や赤岩栄なを読みながら日本とキリスト教は何かという問題を、山本七平とは違った側面からあのころ考えていた。二十代の前半である。吉本隆明を読み始めたのは二十代の後半からだ。
 話を戻すと、三十代前半の私はあたう限りの試行のバックナンバーを読みあさった。パソコン通信の興隆から十歳ほど年上の全共闘崩れの知己を得て六十年代からのバックナンバーもアクセスできるようになった。ただ、私はそこに連載されている心的現象論にはあまり関心を持たなかった。背景は上の悪態のようなものである。
 おそらく私は心的現象論の後部三分の一は試行の読者として読んでいる。目次を見ると(参照)、身体論からは読んだように思える。ある時期、ふと手持ちの部分だけでもと心的現象論を読み返したのは、私が別のパスから三木成夫に関心をもったことだった。このあたりの話は過去エントリ「[書評]胎児の世界(三木成夫)」(参照)や「[書評]心とは何か(吉本隆明)」(参照)でも触れたが、このパスからのアクセスで吉本隆明のこの分野の思想の自分なりの概要はつかめたように思ったし、その成果は「母型論」(参照)だと理解している。この本は復刻されたはずだとアマゾンを覗くと微笑ましい素人評がある。


究極の吉本隆明, 2004/11/6
レビュアー: お留守居役様 (東京都品川区) - レビューをすべて見る
吉本隆明、渾身の根拠論です。
三木成夫理論を吸収して、幻想論・言語論を人間存在の根底から再構築する試みです。
ヘーゲル以後、最大の思想書と言えますが、
それも私たちの読み方如何に課せられた課題でもあります。
しかし、読者の理解よりも著者の探求を優先させている著述の仕方なので、
かく言う私も3割程度しか理解できていないと告白せざるをえません。

 お留守居役様の言わんとすることろはわかるが、この本が理解しづらいのは身体論・発生論・現象論的な領域に経済問題や言語論などごった煮にしている吉本隆明の混沌とした部分にもよるので、そうしたぐちゃぐちゃした部分は切り捨ててもいいのではないか。ただ、問題は心的現象論の成果として母型論を見た場合、心的現象論の理解が必要になるかということだろう。私の印象としては宮下和夫の配慮ともいえる「心とは何か(吉本隆明)」(参照)をもって、むしろ心的現象論の序説としていいだろうと思う。そしてそれに母型論があれば十分ではないのか。率直に言って、心的現象論は過去の書籍としたい。
 冒頭の夢の名残に戻るが、吉本隆明が私にとってどこからか変わってしまった地点があるな、という思いがした。伊豆で彼が溺死しかけたころだったか、あるいは私自身が彼の著作の大半を捨てて東京を出奔したころか。思想的にたどると、「マスイメージ論」(参照)までは読めたが、当時のニューアカ的な「ハイ・イメージ論」(参照)は微妙なところだ。時事を歴史として現在読み返す部分はあるが、それ以上に現在読み解くべき著作なのかわからない。
 そしてセプテンバー・イレヴンが来る。明け方、私が吉本隆明とある意味で異和となっていったのはそのあたりかと思った。ひどい言い方だが、あのころから吉本隆明はもう惚け出していたのではないか。糸井重里などのプロデュースもあるだろうし、ばななちゃんのパパ的な像として出版界の甘えもあるのだろうが、ひどく分かり易い対談本が乱造された。あれ以降の吉本の対談本のなんとわかりやすいことか。護憲そして平和、爆笑問題の太田でも読めるレベルの駄作。その陰で、吉本はごく普通にオウム問題を介して実は市民社会に強固に否定を投げ続けていた。
 だが私はこの惚けた吉本を恐れもしたし、読み続けもした。私は自分の生涯の限界では吉本の理路とは少し違うが吉本的な平和論を支持し、そして護憲的な態度も変えないだろう。この爺さんにバカと言われるのは恐いなと思うし、その怒りが好好爺の慈しみのようにも思えるあたりで、私も惚け出した。
 だが私は今朝方思ったのは少しそれと違う。吉本隆明はセプテンバー・イレヴンを否定してはいなかったという奇妙な異和感だった。超戦争論(参照)にもあったと思うが、吉本はあの突撃と特攻隊を重ねて見ていた。彼は、しかし、特攻隊なら乗客を降ろして決行しただろうと語った。それは支持しやすい思想シュガーのようでもある。だが、ビルの人々を非難させてと吉本隆明は言わなかった。
 彼の思想のどこかにオウムの思想性の可能性を否定しないように、彼は特攻も否定していない。私はそのことを糾弾したいのではない。吉本は平和主義者ではない(あるいは平和主義者の欺瞞に耐えられない)。もっと奇っ怪な、超時代な思想家なのだというのを不思議に思う。

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