« 2007年5月20日 - 2007年5月26日 | トップページ | 2007年6月3日 - 2007年6月9日 »

2007.06.01

事実婚夫婦の戸籍裁判、雑感

 この手の問題を扱うと誤解されてろくなことがないのでスルーしようかちょっと迷ったが、まあ同じく一日本人の庶民として思うことがないわけでもないし、というかいろいろ思い巡らすことがあるので、正直にブログに記しておこう。
 話のきっかけだが、日経新聞”子の住民票作成を命令・東京地裁、世田谷区に”(参照)によるとこうだ。


 婚姻届を出していない事実婚の夫婦らが、次女(2)の出生届が受理されず戸籍がないことを理由に住民票を作成しないのは違法だとして、東京都世田谷区に住民票作成などを求めた訴訟の判決が31日、東京地裁であった。大門匡裁判長は「住民票がないことによる社会生活での不利益は看過できない」として同区に住民票作成を命じた。

 詳細について気になることがいくつかあるが、後で触れたい。
 話を進める前に、これを言うのもごたごたの元かもしれないが、とりあえず私の基本的な考えとして、私は今回の判決を支持するという点を先に述べておきたい。
 受理されなかった理由についてはこの日経のニュースの記述からはよくわからない。時事”2007/05/31-18:20 子供の住民票作成を命令=「非嫡出」拒否で出生届不受理=東京地裁が初判断”(参照)を読むと微妙に違う。

東京都世田谷区に住む事実婚の夫婦と子供が、子供の出生届に「非嫡出子」との記載を拒否し、出生届を受理されなかった結果、住民票にも記載されないのは違法として、(後略)

 として非受理の理由は、「事実婚の夫婦と子供が、子供の出生届に「非嫡出子」との記載を拒否し」たことらしい。
 この点がわかるようなわからないところだ。まず最初の印象に過ぎないが、嫡出か非嫡出は日本の婚姻制度に対応しており、婚姻してなければ非嫡出子となるのはこの現状の日本の制度の枠組みではトートロジーに近いのではないか。私の印象の背景には、歴史的には、事実婚における女性とはいわゆるお妾さんになるはずで、お妾さんの子を嫡子にせよというのは、財産制度全般について日本社会の変革を前提にしないと難しいのではないかということがある。
 これに関連して思い出すのは、児童の権利に関する条約で、ネットを引くと国連の児童の権利に関する委員会の情報があり、こう述べられている(参照)。

B.肯定的要素
3. 委員会は,締約国による法改革の分野における努力に留意する。委員会は,嫡出でない子のための児童手当の権利を全ての未婚の母が持つことを保障することを目的とした1997年採択の児童福祉法改正及び1998年5月の決定を歓迎する。

 今回の判決もこれに沿っており、国際的に見ても今回の判決は妥当だろうと思う。関連して。

14. 委員会は,法律が,条約により規定された全ての理由に基づく差別,特に出生,言語及び障害に関する差別から児童を保護していないことを懸念する。委員会は,嫡出でない子の相続権が嫡出子の相続権の半分となることを規定している民法第900条第4項のように,差別を明示的に許容している法律条項,及び,公的文書における嫡出でない出生の記載について特に懸念する。委員会は,また,男児(18歳)とは異なる女児の婚姻最低年齢(16歳)を規定している民法の条項を懸念する。

 ここでは民法第900条第4項自体が問題視されている。この「懸念」について日本国がどう答えるべきかはそれなりの民主主義的な手順で応えていかなくてはならないと私などは思うので、それをジャンプして「公的文書における嫡出でない出生の記載」を司法的に解決すべきかよくわからないし、実際に今回の裁判はそれを問題視しているわけではない。
 いずれにせよ、私の認識としては、こうした問題は地方行政に裁量権があるし、戸籍の不備と住民票は切り離して考えられるものであり、実際には多くの地方行政においてそのような裁量が行使されていると思っていた。なので、今回の事態についていえば、ごく単純に地方行政の裁量権の問題ということであり、実際裁判判決もその点に対応している。このため訴訟では四〇万円の損害賠償請求があったが、判決では「区に注意義務違反はない」と退けられている。そのあたりで、この話は終わりではないかととりあえず考えていた。
 がその後、私は事態を多少誤解していたことに気がついた。失笑を買うかもしれないが、私はこの問題をなんとなく重婚または「お妾さん」の枠組みで見ていた。どうやらそうではなく、今回の訴訟者のカップルは重婚などの問題なく結婚をするならできる状態にあるが、結婚制度を支持しないということらしい。もちろん、結婚に国家を関与させないというのは欧州など先進自由主義国などで広くみられる傾向でもあるのでその点はわからないでもないのだが、今回の訴訟の背景に別姓問題にありそうだという点を知って、私は理解できず困惑してしまった。
 ネットでもう少し詳しいニュースを見つけたので触れておきたい。毎日新聞”住民票:東京地裁が世田谷区に作成命令 出生届不受理の子”(参照)である。判決後に東京・霞が関の司法記者クラブで会見があったらしい。

 菅原さんは、女性が男性の戸籍に入り姓が変わるのは平等でないと考え事実婚を選んだ。次女を「嫡出でない子」として届け出るのを拒んだのは、「生まれて最初の公的書類で、親が子を差別することになりかねない」との思いからだった。受理を求め最高裁まで争ったが、届け出の要件を満たしていないと退けられた。
 次女は児童手当や乳幼児医療費の支給は受けているが、住民票がないため別の申請が必要で支給が遅れた。予防接種は、手続きが1年半以上かかって公費で受けられなかったものもあった。
 判決には、非嫡出子(婚外子)を差別する現行制度への判断も望んだが、言及はなかった。だが、菅原さんは「判決は大きな前進。戸籍のない子も住民サービスを受けられるよう、各自治体が判決に従ってくれれば」と語った。

 まず繰り返しておきたいが、戸籍のない子でも住民サービスが受けられる地域社会の形成という点に私は賛成であるし、地方行政の裁量で可能であり、それは司法においても明確にされたと考える。
 困惑したのは、「女性が男性の戸籍に入り姓が変わるのは平等でないと考え事実婚」という点だ。そこがよくわからない。確か評論家の宮崎哲弥は妻の姓にしたと聞いたことがあるし、私も以前仕事の関係でそういう人がいた。もし女性の姓を変えることが問題なら、女性の姓に男性が変更すればよいのではないか。
 あるいは男性女性に限らず、姓そのものを変更することが間違いということなら、これはけっこうやっかいな問題になる。たとえば中華圏においては女性が姓を変えないのは歴史的に見れば女は借腹で血統に関係がないためである。なので親族と同じ墓に入ることができない。これらは文化伝統にも関わってくる部分があり、簡単には解けない。日本の戸籍というのも近代日本が古代幻想から生み出した奇妙な制度ではあるが、それなりの国家幻想の制度としてとりあえず成立している(戸籍法は戦後に廃棄されていない)。その是非の議論については訴訟の枠組みとは違うように思える(私個人の考えでは戸籍制度は不要)。ついでに言えば、日本人は名前を変更する権利もないが、「極東ブログ: Deed Poll(ディード・ポール)」(参照)で触れたように個人の名前そのものを根底から変更することを許す国家もある。
 あと率直に言って、訴訟を起こした菅原和之さん(42)夫妻に少し関心を持った。東京新聞”本人訴訟の父安堵 婚外子に住民票 事実婚の子 差別しないで”(参照)の記事がそこに焦点を当てていた。

 二十代で市民運動を始めた菅原さん。出会った「婚外子」の人たちの声は切実だった。「会社の面接で『へえー、私生児なんだ』とさげすみの目で見られた」「結婚の直前になって、相手の実家に戸籍を調べられて破談になった」…。
 国連の児童権利委員会は二〇〇四年、公的書類の「嫡出でない子」との記載を廃止するよう日本に勧告している。それも世田谷区に訴えたが認められず、最後の手段で提訴に踏み切った。
 弁護士費用が出せないため本人訴訟で闘った。膨大な資料を取り寄せ、徹夜で準備書面を書いたこともある。妻(38)は「あなたがやりたいのなら…」と見守った。

 今回の訴訟は市民運動の一環だったのだろうか。さらにネットを見ると、”ザ・選挙 -選挙情報-”(参照)の、”2003年04月20日告示 2003年04月27日投票世田谷区議会議員選挙”で次のようにあり、社民党員のようだ。

 菅原 和之 スガワラ カズユキ 38 男 社民 新 障害者ホームヘルパー

 今回の訴訟は、市民運動の一環で、かつ社民党員としての活動だったのだろうか。誤解されると困るが私はそれが悪いとはまるで思わない。ただ、もしそうならそのように社民党の政策や活動の一環として明示されてもよかったのではないか。そのほうが国家を変革する政策として多くの人にとって理解しやすいだろう。あるいはそれらと関係ないなら、関係ないことを明示されてもよかったのではないか。そのほうが国家が関わる政治の枠組みから離れることができ、より地域の問題として地域の人にとって理解しやすいだろうから。

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2007.05.30

簡単浅漬け、電子レンジでチン

 きつい話がつづいたみたいなので、箸休め。簡単浅漬け、電子レンジでチン。
 漬け物とか浅漬けとかまじでやるとけっこう難しいのだけど、電子レンジでチンという簡単浅漬けという芸のないやり方がある。こんなの誰でもやっているだろうと思って、ちょっとネットを覗いたら、あるようなないような。具体的な例は簡単には見つからない感じがしたので、じゃ、ネタでご紹介。
 サンプルは適当なキュウリ一本で。
 まず、シマシマに皮を剥く。ピーラーですっすっと。

 これを適当に乱切りのようにする。別段どう切ってもかまわない。

 これを適当なビニール袋に入れ、塩小さじ1/2を入れてよくもむ。全体に塩が回る感じにもむこと。もむのはちょっと水が出るくらいでいい。

 これを電子レンジに入れる。このくらいだと、500Wで30秒。
 ちょっと熱いかなくらいになるのを、また少しもむ。
 そのままあら熱が取れるまでほっておき、冷めたら、小皿に載せる。
 あと、これにちょこっとキムチの素をかけるとインチキなオイキムチができる。

 まあ、そんだけのことなんだけど、これも最初は塩加減やレンジ加熱加減でちょっと失敗するかもしれない(失敗してもそれなりに食べられる)。めげずに塩加減、加熱加減をキュウリの量に合わせて調整するといいと思う。
 他に大根とかでもできる。ナスだとうまくいかない。
 別段料理ってほどのものでもないけど、この手の浅漬けは一品あるとちょっとよい感じがするものだ。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007.05.29

松岡利勝農水相自殺、雑感

 松岡利勝農水相自殺について。ブログとして世の中の話題を無名の庶民である自分の心に浮かぶところから記しておくという以上の話はない。まず、哀悼の意を表したい。
 私が昨日ニュースを聞いたおりにはまだ生死が不明であったようだ。経緯は、午前10時ごろまで彼は宿舎の室内で秘書と話をしていたが、その後、出かける予定なのに現れず、午後零時18分ごろ秘書と警護の警察官が部屋を訪れ、意識不明の農相を発見したとのこと。死亡が確認されたのが午後2時頃らしい。すでに本人の意識はなく苦しいという感覚もないのかもしれないが、人はなかなか死ねないものだなという思いと、なぜ人は縊死を思うのだろうかと、しばし考え込んだ。類似の要人事件のようにまた陰謀論が起こるかとも思ったが、遺書がすでに8点発見されており、その筋はなさそうだ。
 死亡が確認されていないまでも、一報を聞いたときの私の最初の印象は、まあ率直に言えば、日本の恥だ、ということと、残された家族が不憫だ、ということだった。その合い混じった奇妙な感覚には彼の名前への思い入れがある。というのは、国家の名誉みたいなものをふと連想してしまったからだ。
 「なぜ利勝」で「勝利」ではないのだろうか、それでも「勝利」のヴァリエーションだろうなと思っていた。戦中にはこの名前が少なくないし、その名前を付けられた人は戦後世界で微妙な思いを抱いて生きてきたものだ。時代と名前の引きずりの類似には昭和の昭坊がある。こうしたことは特に指摘されなければある年代以上には常識でも、ある年代以下にはぷっつりと通じなくなる。なお、彦野利勝のようにそうした背景を想像しなくてもよい時代も訪れる。
 松岡農水相の生年月日は1945年2月25日。都市部では敗色が濃くなる時期で、この時期に「利勝」という名前が付くのはよほど田舎であろうか。歴史上の有名人には土井利勝がいるがその由来もなさそうだ。経歴のサマリーをウィキペディアに借りる。


農家に生まれる。熊本県立済々黌高等学校、鳥取大学農学部林学科を卒業し、1969年に農林水産省に入省。大臣官房企画課、天塩営林署長、国土庁山村豪雪地帯振興課課長補佐などをつとめる。1988年、林野庁広報官を最後に退官し、1990年の第39回衆議院議員総選挙に旧熊本1区から無所属で立候補。

 農家の生まれで農学部を出て農水省に入るという、農業が人生の課題のような人でもあったようだ。官僚から政治家への転向は四〇代半ばということで、そのあたりをどう読むべきかは微妙だ。それほど娑婆気のあった人でもないのだろうし、その後の政治家としての活動をざっと見ても、どちらかといえば農業問題の専門家という印象がある。政治家をきれいに辞めていたら大学の先生でもしそうなタイプなのではないか。
 経歴を見ていると永岡洋治と同じく亀井派を裏切ったようにも見える。またそうしたことを含めて、私は彼を取り巻くスキャンダルについては関心もなく知らない。むしろナントカ還元水騒ぎのとき、よくメディアやネットがそれをネタに安倍政権を叩くものだなと呆れて引いていた。が、たぶん彼が自殺に至る背景は、すでにメディアで言われているように緑資源機構に関わる問題があるのだろう。
 ただ、死ぬものかなとは思う。この点、率直に言うのだが、彼は一種の鬱病だったのではないだろうか。つまり、政治の文脈もあるだろうが、一義的には精神の病ではないかという感じがする。私は五〇歳にもなるのでそれなりにこりゃもう死ぬか生きてられないかと思うことも人並み程度にはあったが、そういう人並みもなく六〇歳を過ぎる人も世の中にはおり、その歳で人生の絶望というのは精神抗体不足もあるのか、いやいやその年代になると今の私などからは思いがけないほど重たいものがあるのか。後者かもしれないなと思うので、それほど自死を責めるわけにもいかない。だが大人というものは、残る人のことを配慮してできるだけ自殺などするものではない。老兵は消えていくのがよろしい。
 本人の意識のなかで自殺の理由付けはどのような理路を辿っていたのかには、まったく興味がないというわけではない。そこに政治的な疑惑も関連しているだろうから、という点において無関心であれとも言い難い。
 では単純になぜ自殺したのだろうか? もちろんわからないのだが、推理小説のように考えるなら、ヒントは本人が残しているはずだ。遺書を読むことができないが、報道されている「内情は家内がよく知っており、全部託している。家内がどこに何があるかを知っているので探さないで下さい」という部分が心に残る。
 まず私は個人的な思いが先に立った。この遺書の言葉は、妻への残酷な甘えの響きがあると思う。妻が自殺を了解してくれると思い込んだ孤独な男がいる。私にはまずもってそれが耐えられない。しかし、それもある愛情なのかもしれない。
 故人が家捜しされることを恐れていたことは確かだろうし、であれば、そこに何か捜されることを拒むものがあるのだろう。この遺された言葉はそのあたりの、微妙な駆け引きについての誰かへのメッセージであろう。であれば、この事件はどこかに落とし所が想定されており、彼の死もその絵のなかに嵌っていたのだろう。
 野党や反安倍の勢力はこの事件を政局にもっていきたいのだろうが、悲しいかな、この詰め将棋、松岡利勝農水相が一手分だけ勝っていたのではないか。ただ、そんな勝利に人間としてなんの意味があるのか。

| | コメント (11) | トラックバック (2)

2007.05.27

マスコラボレーションとピアプロダクションの間にあるブルックスの法則的なもの

 「極東ブログ: [書評]Wikinomics:ウィキノミクス(Don Tapscott:ドン・タプスコット)」(参照)の関連でもう一点、メモ的なエントリを書いておきたい。話は、マスコラボレーションとピアプロダクションの間にあるブルックスの法則的なものと、その関連からドラッカーの予言についてである。
 ウィキノミクス(参照)とは著者たち自身の定義ではマスコラボレーションの技芸と知識であった。これはより具体的には、マスコラボレーションの実践とテクノロジーを指すとしていいだろうし、また実際に同書を読めばわかるようにマスコラボレーションの現象面も指している。そして同書では、マスコラボレーションとはピアプロダクションだとされているが、すでに「極東ブログ: ウィキノミクス=ピアプロダクションについてのメモ」(参照)で扱ったように、マスコラボレーションの基底にあるのがコモンズであり、共有は結果ではなく起点にある。
 このエントリではコモンズの問題よりもっと具体的なコラボレーションのプロセスに関心を向けたい。というのも、書籍ウィキノミクスにおいてはその部分の叙述が奇妙に欠落しているようにも思えるからだ。もちろん、書籍ウィキノミクスには各種のマスコラボレーション事例があがっており、その背景にはコラボレーションのプロセスが存在することは疑えない。だが、それらはウィキノミクスのようなピヴォット的な概念によって包括できるのだろうか? 単純な問いにすれば、人々はどのようなからくりでマスコラボレーションを行うのだろうか?
 ここで非常に単純な疑問が連想される。いわゆるブルックスの法則である。つまり、マス=多数がコラボレーションすることがけしてそのプロセスに有効ではないという経験則だ。ウィキペディアの同項目より(参照)。


ブルックスの法則( - ほうそく)はフレデリック・ブルックスによって提唱された、「遅れているソフトウェアプロジェクトへの要員追加はさらに遅らせるだけだ」という、ソフトウェア開発のプロジェクトマネジメントに関する法則である。これは1975年に出版された著書「The Mythical Man-Month」(邦題「人月の神話」)に登場した。ブルックスの法則は、しばしば「9人の妊婦を集めても、1ヶ月で赤ちゃんを出産することはできない」と説明される。ブルックスの法則がしばしば引用される一方で、「人月の神話」でブルックスの法則が述べられる直前の「ブルックスの法則を一言で述べると」という行が引用されることはめったにない。

 ブルックスの法則はソフトウェア・プロダクションに限定されている。だが、この法則は、他の分野に当てはまる場合と当てはまらない場合がある。

 ブルックスの法則は果たそうとする仕事の素性によって、適用できるかどうかが変わる。 例えば遅延した建設計画で、ダンプトラックを追加投入した場合、計画は遅滞しない。 これは仕事の性質上、最小限の技術とトラックだけを持っていたら誰でも業務をすぐ処理できるし、トラック運転手たちどうしで議論をして仕事をする必要も少ないからだ。
 一方ソフトウェア開発のようなデザイン作業では、新たに投入された人力はプロジェクトに対する基本的な方向や方法、すでに進行している作業に対する教育がなされて初めてプロジェクトに貢献できる。

 ウィキノミクスはソフトウェア・プロダクションに限定されないが、仮に、ブルックスの法則が適用されない分野であっても、まさにその分野において、マスの投入が可能であるかについての全体プランはどのように統制されるのかという疑問がある。
 またソフトウェア・プロダクションについてはブルックスの法則がほぼ当てはまる。この場合、ウィキノミクスは、ピアプロダクションという言い換えにおけるピアの内部に、作業員の技能水準の平滑化が問われていることになる。
 まとめると、ウィキノミクスの内部にブルックスの法則が関わらないのであれば、そこに人的資源配分の市場のようなメカニズムが存在することになる。また、ソフトウェア・プロダクションに限定した場合でも、その解決は次のように示唆される。

ブルックスの法則で言及された問題を避けるためには、問題全体を小規模のグループが担当できるサイズに分け、より上位のチームがシステムの統合を引き受けるというものだ。ところがこれも問題を分ける過程が正確でなければチームの間の意思疎通コストが増えるようになり、問題をもっと大きくする場合があるという短所がある。

 ウィキノミクスが機能する、あるいは機能しているプロセスの内部には、人的資源としてのマスを配分する市場機構のようなものが存在せざるをえないし、実際のところ、ウィキノミクスを可能にしているのは、そのような人的資源の配分機構なのではないか。
 ここで連想されるのは、ドラッカーが「新しい現実」(参照)で提起した情報化組織の概念である。ドラッカーは、情報化組織について、「その専門家集団は、同僚や顧客との意識的な情報の交換を中心に、自分たちの仕事の方向づけと、位置づけを行うようになる」としている。ここで専門家集団を「ピアグループ」と読み替えれば、ピアグループはその内外との情報交換を通して、自身の作業の方向付け・位置づけを自発的・自動的に行うようになるとしている。これがプロジェクトにおけるリソースの自動的な配分機構となるのだろう。
 このような組織性を可能にしているのが、ドラッカーによれば、情報の単一性と単階層性である(彼がそのような用語を使っているわけではないが)。この特性を彼はオーケストラに喩えている。単一性とは「単純な、共通の目的」としてのスコア(楽譜)であり、単階層性は指揮者と演奏者の関係である。この比喩から読み取れるものは、情報システムの高度な実現でもあるが、ウィキノミクスとピアプロダクションに関わる点では、マスからピアを選別する原理として働くということではないだろうか。単純に言えば、情報システムがマスをポーリング(聞き回り)することで、そこからピアグループを創出する。つまり、マスコラボレーションの中心はマスからピアをポーリングすることなのではないか。
 この一種の選別機能はピアグループへ個人を招請する際、金銭的なインセンティブよりも個人の倫理的な側面にその動力源のようなものをもっているのだろう。ドラッカーは「情報化組織では、そこに働く人間一人一人の自己規律が不可欠であり、互いの関係と意思の疎通に関して、一人一人の責任の自覚が必要になるということである」としている。
 ウィキノミクスによってマスコラボレーションとして概括される現象の内部では極めて個人の倫理が問われるような現象が起きているし、起きるといえるのでないか。
 では、このように招請される個人=知識労働者を、現存の資本主義的な生産機構のなかに置いたときどのような可能性の相として見えるだろうか。同じくドラッカーの「明日を支配するもの」(参照)が示唆深い。

 さらには、資本ではなく知識労働者が統治の主体となったとき、資本主義とは何を意味することになるか。知識労働者が、知識を所有するがゆえに、唯一ともいえる真の資本財となったとき、自由市場とは何を意味することになるのか。
 知識労働者は、いかなるかたちであれ、売買の対象とはならない。企業買収や企業合併によって自動的に手に入れることはできない。価値ある存在でありながら、彼らはいかなる市場価値なるものはない。つまり、伝統的な資産ではないということである。

 このような知識労働者を留めおくことに最適化したのがグーグルという企業でもあるし、その最適化の内部にウィキノミクスが関わっていることはウィキノミクスという書籍にも描かれているところだ。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

« 2007年5月20日 - 2007年5月26日 | トップページ | 2007年6月3日 - 2007年6月9日 »