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2007.03.24

タミフルについて世界保健機関の現状の見解

 私は医学・薬学の専門的な立場ではないので自分の意見は控えるが、いくつか最新の欧米の報道をメモしておきたい。基本的には、タミフルについて世界保健機関の現状の見解が重要となるが、その前に、少し古いが少年期の子供とインフルエンザ後の精神障害についての研究を簡単に紹介しておきたい。”Post-influenzal psychiatric disorder in adolescents.”(参照)より。


Acta Psychiatr Scand. 1988 Aug;78(2):176-81.

Post-influenzal psychiatric disorder in adolescents.
青少年におけるインフルエンザ後の精神障害

Meijer A, Zakay-Rones Z, Morag A.
Department of Psychiatry, Hadassah University Hospital, Hebrew University Medical School, Jerusalem, Israel.

The association between influenza and psychiatric disorder in adolescents was studied at a time when both were highly prevalent concurrently. First 505 secondary school pupils aged 15-18 completed questionnaires, including a symptom inventory derived from the SCL-90-R. Subsequently, 113 blood samples were examined for influenza antibody titers of five virus strains. Statistical analysis showed that adolescents who had been ill with influenza in the previous six months had significantly more psychiatric disorder than those who had not been ill with influenza in that period.

青少年期における、インフルエンザと精神疾患の関連について研究した。対象期間はその両者が同時に現れる時とした。最初の質問対象はセカンダリースクール(日本の中学・高校に相当)の学生で年齢は15~18歳である。これはSCL-90-R(精神的ストレスの指標)に由来する兆候項目を含む。続いて、ウイルス下にあるインフルエンザ抗体濃度用に113の血液検体を調査した。統計的に示されたことは、過去6か月以内にインフルエンザに罹患した青少年期の子供は、同期間にインフルエンザに罹患しなかった子供に比べてより精神疾患を発症しやすいということである。


 話を世界保健機関とタミフルについてに移す。ニュースは二三日付け”WHO says Tamiflu concerns not affecting stockpiling”(参照)である。

WHO says Tamiflu concerns not affecting stockpiling
世界保健機関はタミフルに関する懸念は備蓄に影響しないと述べた

Concerns about the safety of Tamiflu are not affecting stockpiles of an influenza drug which would be used in a potential pandemic, a World Health Organisation (WHO) spokesman said.

タミフルの安全性に対する懸念は、潜在的なパンデミックに使用されるはずのインフルエンザ薬備蓄に影響を与えないと、世界保健機関代表者は言明した。

Health officials widely see Tamiflu as effective in treating the H5N1 bird flu strain if given early enough. The WHO and some national governments have been stockpiling the drug in case the strain, now mainly affecting poultry, mutates and begins to spread quickly among humans.

保険関連の公職者は、タミフルについて罹患初期に投与すればH5N1型鳥インフルエンザ対処として効果的であると概ね捉えている。



"Japan itself has reiterated that it's not going to change its policy on stockpiling oseltamivir as a pandemic preparedness measure," Thompson said, using the generic name for Tamiflu.

「日本は、パンデミック予備基準で備蓄しているオセルタミビルについての方針を変更することはないと繰り返し述べてきている」と、世界保健機関トンプソン代表はタミフルのジェネリック名を使いながら述べた。

"As we understand it there needs to be some more work to understand the link, if there is one. Right now the reports seem to be anecdotal, but in terms of pandemic preparedness we don't envisage any change at this moment," he said.

「もしそのような関連あるのであれば、我々はその関連をより理解する作業を行う必要があることを理解している。現状では各報告は逸話といった類に思える。しかし、事がパンデミック予備ということであれば、現時点おいていかなる政策変更も想定しない」と彼は述べた。

There is no commercially available vaccine for the H5N1 influenza strain, which has killed at least 169 people around the world since the disease re-emerged in Asia in 2003.

H5N1インフルエンザ影響時に対して商用利用可能なワクチンは存在していない。このインフルエンザはすでに、2003年にアジアで再発してからすでに世界中で169人の死に至らしめている。


 EUの動向については、二三日付け”EU Drugs Panel Says Tamiflu Benefits Outweigh Risks”(参照)がわかりやすい。

EU Drugs Panel Says Tamiflu Benefits Outweigh Risks
EU薬剤パネルはタミフルのメリットはリスクに上回ると述べた

A panel of European experts said the benefits of Swiss drugmaker Roche's (ROG.VX: Quote, Profile , Research) influenza drug Tamiflu outweighed the risks, but that it would closely monitor reports of safety concerns in Japan.

欧州専門パネルは、日本で安全懸念の新しい報告が挙げられているにもかかわらず、スイス薬剤メーカー、ロシェのインフルエンザ薬タミフルのメリットはそのリスクを上回ると述べた、

The European Medicines Agency said on Friday that "if any concerns emerge, further action will be taken."

欧州医薬品庁は金曜日に「懸念が現れるようなら、進んだ対処を取る予定がある」と述べた。

But its Committee for Medicinal Products for Human Use "maintains its opinion that the benefits of Tamiflu outweigh its risks when the product is used according to the adopted recommendations."

しかし、ヒト用医薬品委員会は、適用基準に従った利用時において、タミフルはそのリスクよりメリットがあるという見解を維持する、とした。


 英国での反応はBBC”Patient warning on flu drug risks”(参照)がわかりやすい。

A spokeswoman from the UK's medicines regulator, the Medicines and Healthcare Products Regulatory Agency, said they had not received any adverse reports similar to those seen in Japan, but had heard about two instances where an elderly patient had become agitated and confused after taking Tamiflu.

英国の薬剤監査機関である医薬品・医療製品規制庁(MHRA)の代表は、日本で見られたとされる副作用に等しい副作用の報告を受け取っていないが、高齢患者がタミフル服用後動揺と混乱を来した二例があると聞いている、と述べた。

She said the MHRA supported the EMEA's decision.

代表者は、医薬品・医療製品規制庁(MHRA)は、欧州連合欧州委員会企業・産業総局及び欧州医療製品評価庁(ENEA)の決定を支持すると述べた。


 併せて、現状の鳥インフルエンザの世界的な状況だが、バングラデシュについては”Bird flu reaches India’s doorstep, Bangladesh poultry affected ”(参照)、ミャンマーについては”Health alert over Tamiflu, bird flu spreads in Myanmar”(参照)、またこれらを受けてインドが警戒しているようすは”India sounds bird flu alert in border states”(参照)からうかがえる。さらに、サウジアラビアも”Saudi Arabia reports bird flu outbreak”(参照)によるとアウトブレイクの報告がある。

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2007.03.22

人類進化の謎とか

 話の枕なんだが、先日、若いころ勉強して今でも役立ったのってなんだろと思った。自分なりの結果論は、古典(文献学・聖書学を含む)と語学だろうか。私の場合、どっちもいいかげんなんだが。
 他の分野はどうだろうか。数学の基礎的な部分というのは時代とともに変わるということはない。昔勉強した基礎論とかは今ではきちんと思い出せないけど、クルト・ゲーデルの不完全性定理の内容が変わるわけではない。
 ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの「論考」も変わらないが、「哲学探究」や最晩年の思想とかは最新研究で変わる。ハイデガーとかもそう。カール・ポパーの反証可能性議論なんかも最終的な思想とは言い難い云々。哲学系はけっこう時代とともにその受容方法が変わる。
 やっかいなのが科学知識だ。科学というのは確かな知識を伝えているかというと、これが基本的にどれも仮説であって、それなりに時代とともに知識をリニューしてないと変わってくる。例えば、私が高校生くらいの頃の天体の知識として、いずれ太陽は膨張して地球を飲み込むみたいなふうに教わったし、そんなアニメーション映像も見たように思うが、最近はそうは考えられていないようだ。軌道が変わるらしい。もっともその時点で地球上に生命が存在しえるのかは依然疑問なんで、人類に対しては地球消滅とさして変わりがないが。
 進化論とか人類進化というのも時代ともに定説が変わる。ちなみに私は今年五十歳になるのだがさて御同輩、質問。ネアンデルタール人は人類の先祖か?
 答えは、No。最近何かと風当たりの強いウィキペディアだが同項より(参照)。


過去、ネアンデルタール人を旧人と呼称する時代もあったが、ネアンデルタール人がホモサピエンスの先祖ではないことが明らかとなった現在ではこの語は使われることが少ない。


一方で、1970年代から80年代にかけ、分子生物学が長足の進歩を遂げ、それで人類の系統を探索した結果、現生人類はアフリカに起源を持ってそこから世界に拡散したものであり、ネアンデルタール人類は55万年から69万年前にホモ・サピエンスの祖先から分岐した別種で、現生人類とのつながりは無いという結果がもたらされた。

 ネアンデルタール人は人類とは別種の生物だった。では、その子孫はどうなったかというと。

ネアンデルタール人は約3万年前に突然滅亡してしまった。滅亡の原因はよくわかっていない。より好戦的で知性の高いホモ・サピエンスに駆逐され絶滅したとする説、ホモ・サピエンスと混血し急速にホモ・サピエンスに吸収されてしまったとする説など諸説ある。

 基本的に絶滅したと言っていいのだろう。
 ついでに北京原人だが、これも人類とは関係ない。

北京原人はアフリカ大陸に起源を持つ原人の一種であるが、現生人類の祖先ではなく、何らかの理由で絶滅したと考えられている。

 ちなみに北京原人にはいろいろミステリーがあったり、笑い話もあるが割愛。
 ホモ・エレクトスについては日本語のウィキペディアの解説は薄い(参照)。いずれにせよこれも人類には繋がらない。
 このあたりの一連の最新学説をさらっと図にまとめたものはないかと思っていたら、今週のニューズウィーク日本語版(3・28)「DNAで解く新・ヒト進化論」でよくまとまっていた。記事の英語版は”Beyond Stones & Bones”(参照)で読むことができる。記事も面白いがもっと面白い系統図はウェブには掲載されていない。
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人類進化の700万年
書き換えられる
「ヒトの起源」
 ニューズウィークの記事の元ネタの大半はAmerican Museum of Natural History”Hall of Human Origins”(参照)なので興味のある人は参照するといいだろう。
 このサイトを見ていかにも教育的だなという感じがするし、進化論を学ぶというのはこういうことでもあるかなと思う。もっと単純にこういうのを日本の学生はどう学んでいるのだろうと思い、これを英語でさらさらと読めるといいのになと思うあたりで、ま、若いときに語学はやっとけという元の教訓に戻る。
 話にオチが付いてしまった。
 いやいや。こうした人類進化について私はぼーっと、なんというか、滅んだ人類というのを考えることがある。彼らが現在の人類より劣っていたかどうかはわからない。現代文明のような科学文明を持っていたらそれなりの遺跡として残るだろうから、もし高度な文明があっても我々とは異なっていただろう、というあたりで、ちょっとアレな世界に入りつつある。
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生命潮流
来たるべきものの予感
ライアル・ワトソン
 そんなことを思うのは、昔、ライアル・ワトソンをよく読んだからだ。その手のエピソードもあった。特に「生命潮流―来たるべきものの予感」(参照)は何度も読んだ。しかし、ま、今読めばトンデモ本だろうな。
 ウィキペディアでライアル・ワトソンをなんと言っているか見たが、日本語版にはない。英語版にはあるが薄い(参照)。たまたまはてなキーワードを見たら笑えた(参照)。

科学が非科学だとして統計の外に放置してしまうガラクタ情報やガセネタを科学の正道の立場からコレデモカと云わんばかりに徹底的に文献~ニュース資料~科学文献を当たりまくって帰結する、その著作は現代が発揮できる最高の知性/知性の限界ではないだろうか? “一押し”は初めての人には『アースワークス』。科学には詳しいと自信のある人には『風の博物誌』(または『匂いの記憶」』)。そして小説・読み物の好きな手合いには『未知の贈り物』。初めて手にする人にはPTSDが訪れる;暫く他の物が一切読めない。

 あはは。まあ、そうかな。

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2007.03.21

パキスタン情勢、微妙なムシャラフ大統領の位置

 全体構図が今一つ読めないのだが、このあたりでパキスタン情勢についてメモがてらエントリを書いておいたほうがよさそうな感じがする。そう思ったきっかけはワジリスタン情勢だ。国内ニュースでは共同”武装勢力と戦闘、30人死亡 パキスタン部族地域”(参照)がある。


 パキスタン軍報道官は20日、アフガニスタン国境に近い北西部部族地域の南ワジリスタン地区で、地元部族とウズベク人中心の武装勢力による戦闘があり、約30人が死亡したことを明らかにした。国際テロ組織アルカーイダに関係する武装勢力とみられる。

 日本だと一部の奇妙な情報発信のせいなのか、アルカイダを米国が創作したフィクションのように捉えるむきもあり、ましてブログで扱ってもそういうヘンテコな意見に混ざってしまいがちなので、書くのがおっくうになる。が、気を取り直す。
 同ニュースにもあるが、今回の戦闘はその前日に始まっており、襲撃されたのは学校バス。死者に子供二人が含まれている。この手の学校を狙うテロはイラクなどでも多い。六日も戦闘があり一五人が死亡。テロの規模としてはそれほど大きくないとも言えるのかもしれないが、アルカイダやタリバンの活動と見てよいので、問題の根は深い。
 ワジリスタンについてはウィキペディアに「ワジリスタン戦争」(参照)の項目があるが情報は薄い。英語の”2004-2006 Waziristan conflict”(参照)は充実している。国内のネットを見回すと、「船橋洋一の世界ブリーフィング」の一六日付け”イラクに加え対テロでも負け戦の米国。次の焦点はパキスタン・ワジリスタン”(参照)があった。毎度ええ塩梅の船橋洋一らしい筆致だがウィキペディアよりはわかりやすいだろう。重要点の一つはこれだ。

 パキスタンのムシャラフ政権は2004年以後、この地域一帯で、タリバーンとアルカイダの残党の掃討作戦を進めてきたが、結局のところ失敗した。
 その間、パキスタン政府軍の掃討作戦で、多くの住民が命を失い、家を壊された。何千という住民が移住させられた。彼らの中央政府に対する恨みつらみは深く、それがタリバーンとアルカイダへの共感を生む土壌となっている。
 このため、2006年9月にはムシャラフ政権と北ワジリスタンの部族との間で協定が結ばれた。イスラム宗教政党などの親タリバーン勢力が裏で仲介した。
 これによって、拘束されていたタリバーン兵士の釈放、取り上げた武器の返却、治安検問所の撤去、外国のテロ勢力の滞在許可(ただし、武装行動をしないという条件をつける)などが決まった。
 親タリバーン勢力は民兵を新規に募集し、訓練し、武装させることが自由にできるようになった。

 まず、ムシャラフ大統領の失策がある。失策と取り敢えず言っていいだろう。これでタリバンが勢力を盛り返す兆しを見せるが昨年の秋。これが直接的にはアフガン問題にも波及しているし、米国ブッシュ政権も危機認識を持っているらしく、先月末のチェイニー米副大統領のパキスタン訪問になる。ニュースとしてはCNN”チェイニー米副大統領、パキスタンを電撃訪問”(参照)がある。電撃だったのかはよくわからない。CNNでは米国がムシャラフ大統領にタリバン掃討作戦の強化を求めたとしている。表向きはそうだろう。関連はCNN(ロイター)”米大統領、パキスタンに警告へ 支援カットの可能性示唆”(参照)。

ブッシュ米大統領は近く、ムシャラフ・パキスタン大統領に、国際テロ組織アルカイダなどに対する掃討作戦が今後も滞れば、米国からの支援が削減される可能性があるとの警告を発する構えだ。25日付の米紙ニューヨークタイムズが伝えた。

 ただ米国の内情もあり、このあたりの全体構図が読みづらい。

民主党主導の米下院は最近、対パキスタン支援の継続には同国が掃討作戦に全力を尽くすことを条件とするよう求める法案を可決。上院でも、パキスタン政府に圧力をかける手段が検討されている。パキスタンは経済、軍事、麻薬取り締まりなどの分野で、米国から年間約8億5000万ドルの支援を受けている。米議会関係者によれば、下院の法案によって影響を受ける額は、このうち約3億5000万ドルに上る。

 パキスタンではここでもう一つ大きな情勢の変化がある。ムシャラフ政権が揺れている。ニュースは”大統領、都合の悪い?最高裁長官を処分 司法界は猛反発 パキスタン ”(参照)。

パキスタンのムシャラフ大統領が今月上旬、政権に厳しい判断を示してきたチョードリー最高裁長官の職務を差し止めた。これに反発して数人の判事が「司法の独立が侵害された」と辞表を提出。司法界を中心とした大規模な抗議行動が連日繰り広げられており、ムシャラフ政権を大きく揺さぶっている。

 単純に言えば、クーデターで政権を取ったムシャラフ大統領の正当性というのは危うい。議会からも司法からもノーが出そうな可能性もある。民主化の暴動も発生している。

 しかし、長官に対する職務差し止めは司法界から予想外の反発を招いた。各地で抗議デモを行っていた司法関係者が警官隊と衝突し、16日にはイスラマバードで衝突の様子を取材していた民間テレビ局に警官隊が突入して局の施設に被害を与え、一部の番組が差し止められた。

 民主化というのが唯一の正義なら民主化を支援すればよいということになるが、このあたりの米国の動きもはっきりとしない。どちらかといえば、ムシャラフ大統領支持のようにも見える。
 よくわからないのがフィナンシャルタイムズの社説”Saving Pakistan before it is too late ”(参照)だ。民主化を推進せよというのだ。

The decision by Pervez Musharraf, Pakistan’s president, to sack unceremoniously Iftikhar Chaudhary, the chief justice of the Supreme Court, has tipped the country into a dangerously unpredictable crisis. But the subsequent, violent street clashes between baton-wielding police and besuited barristers are fast expanding into a broad-based, democratic movement against his regime. That this movement succeeds is now more important than what happens to the Generalissimo.

 その思想の背景はパキスタン内の右派勢力の危険性の認識がある。

The spread of the religious right in Pakistan is a greater strategic threat than the revival of the Taliban in Afghanistan. Stopping that spread is in any case part of the key to dealing with the Taliban and al-Qaeda, which has regrouped just inside Pakistan’s lawless western frontier.

 だが、どう考えてもパキスタンに民主主義が早期に実現できるわけない。とすれば、今使えるのはムシャラフ大統領ということになる。それでいいとは思わないのだが。

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2007.03.20

フセイン時代より良くなったという最新イラク世論調査

 最初にお断りしておいたほうがいいだろう。私は今のイラクがフセイン時代より良くなったとこのエントリで主張したいわけではない。イラク戦争の是非についてもこのエントリでは触れない。では何のエントリかというと、イラクの状況認識というのは難しいものだという感慨くらいなものである。
 話のきっかけは、フセイン時代より良くなったという最新イラク世論調査についてだ。日本ではもしかすると報道されないかと思っていたのだがそうでもなかった。時事”半数が「生活良くなった」=フセイン時代より「今」選ぶ-イラク世論調査”(参照)に出てきた。


 英世論調査機関オピニオン・リサーチ・ビジネスが2月にイラク全土の国民を対象に行った調査によると、フセイン政権時代の生活の方が良かったとの回答は26%にとどまり、現マリキ政権下の方が良いとの回答が49%に達した。

 この結果についての私の率直な印象は……いやなかなか率直になれないものがあったというのが率直なところだ。楽観論も強いのか、統計が操作的なんじゃないのか、日本にメディアで伝えられているテロは意外にローカルか、もともとイラクはシーア派が多いのでマリキ政権支持に決まっているか、などなど。
 英米圏ではこのニュースは、そういう見方もあるのかくらいであったり、解説があったりする。
 イラク情勢の理解は難しい。単純なところで言えば、クルド地域の治安は回復に向かっている。もっともこのあたりの情報にも微妙なものがあるのだが。例えば、先月の話だがクルド三州(エルビル県・スレイマニア県・ドホーク県)に限って日本外務省は「退避勧告」から「渡航延期」に変更した。朝日新聞”イラク・クルド地域の危険度を「渡航延期」に緩和 イラク情勢特集”(参照)などでも報道された。最新の情報は「イラク:治安情勢」(参照)であろうか。先日NHKで見たクルド地域の映像では安定した市民生活が伺えた。
 報道ではあまり指摘されていないようだが、クルド地域には現在世界各国から原油ビジネスの関係者が来訪しているという現実もある。こういう言い方をしてはいけないのかもしれないのだが、経済的に見るならイラクのメリットは原油であり、その大半は北部と南部に集結している。北部が安定すれば問題の大半は終わったというか未来に向かう。南部についてもシーア派が安定すればそれなりに終わる。中部のバグダッドは経済的なメリットは乏しい、とも言えるかもしれない、と曖昧にしか言えない。
 話を戻して、オピニオン・リサーチ・ビジネスのこの結果だが、まったく逆の最新情報にもある。BBC”Pessimism 'growing among Iraqis'”(参照)だ。

Less than 40% of those polled said things were good in their lives, compared to 71% two years ago.

生活面において事態が好調であると投票した人は、二年前の七一パーセントに比較すると、四〇パーセント以下だった。


 オピニオン・リサーチ・ビジネスの結果とは逆に見える。二年前というのは戦争前とも言えないが、いずれ標題どおり悲観的な結果ではある。
 これに続いてこうもあるのも興味深い。

However, a majority of those questioned said that, despite daily violence, they did not believe Iraq was in a state of civil war.

とはいえ、回答者の大半は、日々の暴力にかかわらず、イラクは内戦状態であると確信を持っているわけではない。


 外部から見ると内戦かと見えるが大半のイラク人はそう考えていないというのは、示唆的である。
 統計について、オピニオン・リサーチ・ビジネスのBBCとの差異をどう考えるか。EURSOCというサイトに関連して”Polls Apart”(参照)という考察があった。ふーんといった感じではある。関心がある人は読んでみるといいかもしれない。私としては、CNSNEWS.COMの”Better or Worse in Iraq? Depends on the Poll”(参照)に注目した。

The poll involving USA Today, the BBC, etc., was conducted between Feb. 25 and March 5.

The London Sunday Times poll, conducted by Opinion Research Business, was conducted a bit earlier, from Feb. 10-22.

USAトデーやBBCの調査は二月二五日から三月五日になされた。オピニオン・リサーチ・ビジネスが実施したロンドン・サンデー・タイムズの調査はそれより少し早く、二月一〇日から二二日である。


 調査の時期が微妙に違う。オピニオン・リサーチ・ビジネスの調査時期は、米国による増派の話題の期待があったかもしれないとも示唆されている。もっともそうであれば、米国の撤退とも関連しているはずだが、そのあたりは両調査からは読みにくい。最終的な撤退に異存のあるイラク国民はないだろうし、早期撤退といってもその時期の見定めは難しい。ただ、概ね、治安回復後に撤退してほしいという傾向はありそうだ。先のBBCでも。

However, only 35% said foreign troops should leave Iraq now. A further 63% said they should go only after security has improved.

しかしながら、現在外国軍の撤退支持は三五パーセントであり、六三パーセントは治安回復後以外はないとしている。


 余談だが、米国民主党による、米軍イラク撤退議論は、言い方は悪いが、大半はフカシっぽい。なぜなら、本当に撤退させるなら、議会が派兵の予算を切ればいいからだ。このことは戦時の日本についても同じことで、こうした問題の最終的な責任は国会にある。

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2007.03.19

[書評]真贋(吉本隆明)

 「真贋(吉本隆明)」(参照)は年初に出たものだろうか。書店で見かけて手に取り、ああまたインタビュー書き起こし本か、とめくり、いつもと同じか、と置いた。先日時間つぶしにと買って読んだ。

cover
真贋
吉本隆明
 で、読んでどうかというと、吉本隆明の本をこれまで読んできた者にしてみると特にどうってことない一冊だった。が、よくまとまっているといえばよくまとまっているし、主題の展開はさっと読むに違和感はない。が、さすがに後半まで読んでくると、これは吉本翁の考えをうまく整理しているし、その口調も感じられるが、なんとも奇妙な偽物だなという感じが迫り、書名「真贋」をアイロニカルに思った。どのあたりが偽物な感じがするのかうまく言葉にならないが、たとえば「生き方は顔に出る」という章題があるが、そういうテーマは書かれていない。この奇妙な違和感は吉本隆明も最晩年になってそういう口調になったのだといえばそうかもしれないが、自分には違和感だった。
 と思い起こすに、竹田青嗣コレクション〈4〉「現代社会と「超越」」(参照)に収録されている竹田と吉本の対談で、その終わりあたりで「今日はなんか竹田さんのほうが僕よりうまく言ってやがると、そういうところがずいぶんありましたですけどね。うまく言ってくれました(笑)」と吉本が語るのだが、この口調と吉本のズレ感みたいなものが、この「真贋」ですぱっと落ちているように思ったし、各項目がするっと繋がっているように読めるけど、子細に読むと編集的に繋げられているような違和感もある。吉本は主題を流れの中に繋げ織り込む能力はほぼゼロに等しい。吉本隆明を読むということは、彼の直感的なとっかかり意識のようなものを最初に掴みそこを、まるでカフカの「城」のようにぐるぐると回るしかない、そういう読書を強いるところがある。と書いてみて、吉本の作品とされるものの大半は、編集者の作品であったかなとあらためて思った。
 若い読者、つまり、現在の二十代や三十代の人がこの本を読むとしたどうか、あるいは薦められるかというと、お薦めしたい。吉本は自身を戦中世代としているが実際には戦地経験はない、がそれでも戦時の実際の大衆の時代感覚をなんとか説明しているあたりは、日本人の若い人は読んでおいたほうがいいと思う。八〇歳の爺さんってこうなんだというか。しいてもう一点加えるとすると、文学や文章を書きたいという思いについては現代のブログなどにも関連するところがあるだろう。
 そういえば、特に新しいことはないと言いつつ、実際特に新しいことでもないのだが、村上一郎に触れているあたりは、奇妙な感触があった。編集者がそのあたりのことを知っていてこの言及を残しているのかもしれないが、あの事件を知る人間からすると(私の知人はこの事件の関係者だった)、これだけの言及のはずはない。そのあたりと三島由起夫の言及の奇妙な呼応みたいなものについて、吉本翁にもっと語らせることはできないものかという思いも沸く。
 ああ、一つだけ、へぇと思ったことがあった。ここだ。

 男女問題での好き嫌いというのは、外観から受ける印象や声といったものにもよるのでしょう。その判断は直感に近いものがあり、理屈では何とも説明できません。僕も若いときは、そうした直感に襲われて、人並みに浮気をしたくなったり、いっそ女房と別れようかと物騒なことまで考えたことがありましたが、実現はしませんでした。

 あれだけド派手な恋愛沙汰して、こう言いのける吉本翁に、さすがに、へぇと思った。

 モラルというほどのものがあったわけではありませんが、そもそも大体は片想いで終わりになってしまいました。もしかすると、無意識のうちに、片想いということにしておこう、という気持ちが働いたのかもしれません。
 モラルがあったとすれば、僕のほうが有利な立場にあることを、男女問題でつかうのは卑怯だと感じていたことが挙げられます。そのために、片想いでやめておいたことも、たしかにありました。世間から見て、あの野郎、自分の地位を利用しやがってと言われるのはたまりません。人から見て、そう思われたくないというのは、人の道を外さないための抑制力として大切かもしれません。

 ここは笑うところかもしれないが、読めば、どういう背景かはわかる。誰が対象だったかまでわからない。でも、この手の設定はわかるわかる。で、吉本翁は鈍感なのでそれが多分に女性から無意識的にであれ仕掛けられたとは思わず、この偏屈オヤジってば誘惑されねーや的に終わったことになったのだろう。彼も、「僕ちんは片想い」ということになっているのだろう。しゃんしゃん。
 この手のことはちょっと有利な立場にある中年男性にはありがちで、そのあたりで、人の道を外さないというのは、吉本隆明の隠された思想かもしれない。いや、冗談じゃなくて、さ。

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2007.03.18

[書評]日本の選択(ビル・エモット、ピーター・タスカ)

 「日本の選択(ビル・エモット、ピーター・タスカ)」(参照)は、まんまビル・エモットとピーター・タスカの対談。テーマは標題どおり「日本の選択」ということで、この手の標題はナンセンスになるのが常だが、この対談については、字義通りの意味を持っている。日本は、これから強く選択が求められるし、選択の余地があるというのだ。このあたり、べたに日本人をやっている私などからすると、ふーん、選択の余地があるのかというのはちょっと意外な印象もあった。

cover
日本の選択
ビル・エモット
ピーター・タスカ
 ではどのように選択すべきか? 彼らはどう考えているか? これは私の読解力がないせいか、彼らが外人だからという留保があるのか、いま一つはっきりしないところもあるが、前提として言えば、なんといっても経済力でしょ、つうこと。で、経済力っていうことは、つまり、生産力でしょ、というのと、グローバル化でしょ、と。
 後者のグローバル化については、二人ともそれ以外には日本の選択はないけどねだけどねごにょごにょという部分がある。とはいえ、グローバル化が何を意味するかは、英国人である二人には明確で、つまり、英国化ということ。ロンドン化というか。そしてその点で、ほぉと思ったのは、東京はグローバル化し、他の地域はよき時代の昔の日本でええんでないの、みたいな意見だった。実際そうするしかないな。
 東京のグローバル化というのがロンドン的なものになるか、そういう選択をすべきかというと、彼らはごにょっとしているけど、無理無理。ただロンドンとは違ったグローバル化は可能かもしれないし、そのために、ええい、東京オリンピックやっちゃえ、どーん、というのもありかなとはちと私は思った。
 ビル・エモットとピーター・タスカの考えは同じではない。微妙にエモットが引いているのが面白いと言えば面白い。むしろ、タスカは日本が好きなんだろうなという感じがする。そのせいか、意見の違いをごりごりと摺り合わせることもないし、逆に二人の違いを際だたせるわけでもないので、あれま日本的な対談となった。ので、全体の印象はボケる。にもかかわらず、二人がそれって常識でしょ、前提でしょ、というふうに意識もされていない部分が、べたな日本人にとっては、え?え?え?みたいなところがあって面白い。いや、そこがこの対談を読んで面白いところだ。と、例でも挙げればいいのだが、ま、この対談はちょっと物を考える人には読む価値があるので、買って読んでみたらいいと思う。彼らが暗黙のうちに前提としている部分に、え?とか思うはず。
 話が散漫になるが、個人的に特にあれれ?と思ったことは、少子化と労働力の問題。彼らはこれにきちんと着目している。少子化の問題というのは、なかなか簡単には言いがたいというか、ネットやその他でも日本の少子化は問題ではない論が目立つというかフカされるが、私は問題だと思う。具体的に町の様子を見ていたらそうとしか思えない、が、それに突っ込まず、これを労働力不足という点で見る、とどうなるか。フツーなら外国人労働者を入れろとなるだろうが、彼ら二人は、そのニーズに日本では非熟練労働者、女性、高齢者が投入されていると言っている。あ、そうだな、と思ったのだ、私は。
 というのもかねがね、日本の労働力は、戦時下のあれじゃないけど日本女性をフルに使うとかなりすごいことになりそうだと思っていた。でだ、こうした労働力が今日本に投入される影響で、労働者の賃金が上がらない構造となるという指摘は、ほぉ、と思った。実際には違うのかもしれないが。現状の仕組みのままでは日本の労働者の賃金というのは、たぶん、ずっと、上がらないのだろう。
 日本国家を憂うというのは未来のない老人の特権かもしれないが、私もせいぜい生きてもあと20年くらい。そのくらいなら日本も米国の長期金利で保つなとか思っている。逃げ切って人生お終いとかね。でも、そんなんでいいわけないよなと少し考えた。
 対談では世界情勢において、ほほぉ、そんなことブログで言おうものなら一部の工作員に燃料投下みたいな視点もある。ので、そのあたりはパスっておこうか。

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