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2007.12.24

finalvent's Christmas Story 2

 カナダに暮らしていたティムが死んだという知らせを夏の終わりに聞いたとき、今年もKFFサンタクロース協会の仕事をすることになるだろうと予想した。10月に入りマリーから電話で「今年もお願いします、ボブ」と言われたときも、だから、わかっていましたと答えた。マリーの話では、彼は自分の命が年を越せないかもしれないのに、プレゼントをトゥンと呼ばれる子に渡すつもりでいたらしい。仕事をやり遂げることができなくなる不安はなかったそうだ。「僕が死んだらボブに頼めばいい」ということだ。ティムが私を信頼していたのはわかっていたけど、もう少しなにか思いがあったのかもしれない。
 トゥンという男の子のデータを協会から受け取った。アフリカの孤児として裕福な女性の学者に引き取られて育った子ども。14歳。もうサンタクロースを信じている年ではない。それどころかすでにマスターの学位を取得し、博士研究に着手しているという。でも、子どもは子どもだ。
 ティムと私は昔アフリカで援助の仕事をしていたことがある。科学者の彼は子どもたちの教育もしていた。トゥンが引き取られるまで関わりもあったのだろう。教え子だったのかもしれない。
 ティムが用意していたプレゼントはトゥンの地域のセンターにすでに保管されているという。データを見ると「バランストアクアリウム」という水槽らしい。魚と水草が入った自然の生態系の模倣だ。ポンプや濾過器などなくても生態バランスを維持できるというものらしい。水草は酸素を作り、魚はそれを吸う。魚は水苔を食べ、その糞は水草の肥になる。本当だろうか。なによりこれはトゥンが望んだプレゼントなのだろうか。いずれにしてもそれほどやっかいな仕事にはならないだろう。搬入の心配はない。マリーは補助員を4人付けますと言っていた。それはありがたいけど、何も言わない若い青年たちとじっと一緒に車に乗っていくことになるのは気が沈むことになるだろうと思っていた。
 当日夕刻ロサンゼルス空港に現れたのは気さくな大学生たちだった。女性学生も一人いた。「サンタクロースのお仕事って夢がありますよね」と笑っていた。食事してから行きましょうと彼女は明るく言った。若い女性を見るのは久しぶりかもしれないと私は思った。私にも若い日はあった。
 トゥンの家についたのは9時だった。立派な邸宅だが、新築のつまらない造りだ。そこへ私たちは巨大なピザを届けるデリバリー員のようにやってきた。先頭に立つサンタクロースの私が滑稽なほどお似合いだ。
 玄関口に黒い顔で端正な姿のトゥンが出てくると私はハッピー・ホリデーズと言い、学生たちはキャロルを一曲歌った。その後プレゼントをトゥンの部屋に運び込み、私とトゥンを残した。私はいつもどおり子どもと少し話をすることになっている。
 「サンタクロースさん、ようこそ」ドアを閉めるとトゥンは、椅子を勧めながら言った。
 「トゥン君。プレゼントはあれだよ」
 「ありがとうございます、サンタクロースさん」微笑みに少し陰がかかる。
 「期待していたサンタクロースじゃなかったかな」
 「ティム先生がやって来ると思っていました」
 「ティムは夏に死んだ。肺がんだった」
 「そうだったんですか」トゥンは悲しそうな顔をした。
 「私は代理で、あのプレゼントがなにかもよく知らないんだよ」
 「バランストアクアリウムです。ローレンツアクアリウムとも言います。小学生だったころティム先生から聞いて、いつか欲しいと思っていたんです。少し無理なお願いだったかもしれません」
 「自然の生態がそのまま小さくまとめられていて人の手のかからない水槽ということだが……」私は話を戻した。
 「正確に言うとまったく人の手をかけないわけではありません」
 「つまり、トゥン君はこの水槽をきちんと維持できる知識と能力があるわけだね」
 「はい。そしてそうしたいんです、僕の意志として」
 「それはもしかして、地球を愛したいということかな」私は少しこの子の内面に問い掛けてみた。
 「そうです。私たちは地球をもっと大切にしないといけないんです。そのことを日々忘れないように、そうあるべきだと……」
 私はずいぶんと立派な子どもだなと思いつつ、不自然な印象を受けた。この子は、アフリカの地の悲惨のただなかで偶然、あるいはその才能を認められてこの地に引き取られた。それは幸運には違いないけど、自然ではないように思えたからだ。
 「自然にはそうしたバランスがあります」とトゥンはまるで学校の先生のように語った。私は軽く微笑みながら頷いた。これで仕事は終わったと思った。が、トゥンは別の話を切り出した。
 「差し障りがなかったら、教えてください。ティム先生はなぜあなたに頼んだのですか?」
 「昔一緒に仕事をして友だちだったんだ」
 「それだけですか」
 「それだけだよ」
 「信頼していたんですね」
 「信頼していたよ。当たり前のことさ」
 トゥンは考え込んでいた。それから立ち上がって、水槽の中を覗いた。
 「きれいですね。自然って美しいものです」
 私は黙っていた。トゥンが少し悲しみの感情に堪えているのに気が付いた。
 私はぼんやりとこの子の未来には何があるだろうと思った。この利発な子は私が死んだ後、きっと世界と自然を支える立派な人物になるに違いない。でも……。
 トゥンは振り返って私を見つめ、「でも、僕が失敗したらこの小さな自然は壊れてしまうのでしょうね」
 私にはわからない。地球の自然も今破壊されつつあるようだ。正直に「私にはよくわからない」と答えた。
 ティムはぼんやりとしていた。聞いていないのかもしれない。
 私は言葉を足した。「でも、ティムはきっとトゥン君がそれを大切にすると信頼していたと思うよ」
 トゥンは驚いた顔をした。そして「信頼。私のティム先生」と小さく呟いて涙をこぼした。
 しばらくして帰る時間になった。トゥンは笑顔に戻って戸口まで見送ってくれた。私は一層暗くなった夜空を見上げた。
 ティム、プレゼントはちゃんと渡したよ。

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コメント

いい話だー
「いとたかき ところでは かみに えいこうあれ,ちのうえには
 みこころに かなう ひとびとに へいわあれ」Merry Xmas!

投稿: LISApapa | 2007.12.24 12:40

何故、2なのですか?

投稿: | 2007.12.24 17:16

まさかシリーズ化するとは
finalventさん亡き後の世界への希望
叶いますように

投稿: | 2007.12.24 18:54

イヤイヤ、勝手に殺さないでおくれよw
爺にはまだまだ生きといてもらわないと、

投稿: 773 | 2007.12.25 21:48

「この時代の人間はまだねずみのような生き物だったんだ」
「開けても良い?」「うん」プレゼントに喜ぶ彼女を見ながら、先日亡くなった先生の言葉を思い出していた。翌日、「どの局も、2011年以来28年ぶりのホワイトクリスマスの話題で持ちきりだよ」と、彼女が寝ぼけ眼の私に教えてくれた。時計の針は7時57分を指していた。僕のプレゼントしたハムスターは、元気に走っていた。

投稿: itf | 2007.12.26 07:57

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