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2007.11.20

[書評]人生は負けたほうが勝っている(山﨑武也)

 あまりブログを書く気がしない。なら書かなくてもいいのだろうが、思うことがないわけでもない。またあまりストレートなことを書くのもなんだしと逡巡して時は過ぎる。そんなことを思いながら雑多に読んだ本の山を見ていると、「人生は負けたほうが勝っている 格差社会をスマートに生きる処世術 (山﨑武也)」(参照)を見つけた。

cover
人生は負けた
ほうが勝っている
 今年の年頭に出たもので書店で表題を見て惹かれて読んだ。私も、人生っていうのは負けたがほうが勝ちだよな、と思っているくちなので、同意見だなとそれだけの理由で読んだものの、いろいろ啓発されることがあった。ただ、こういうのは若い人にはわからないことが多いだろうしとこれもまた時が過ぎ去った。が、さらりと再読してやはりこれは良書というか、30代くらいのビジネスマンなら今読んでおくとおかないとで20年後に違いがでるかもしれない大人の知恵が詰まっているなと思った。ので、ちょっとエントリに書いてみる。くどいけどこの手の本は向かない人には向かないので、ネガティブな印象を持ちそうだったらそのままこのエントリを含めてスルーしたほうがいい。
 山﨑武也という筆者を私は知らない。人生は負けたほうが勝ちみたいな人生観というのは、私みたいに人生負けた人が持つものだろうと思ったが履歴を見るとシャッチョウさんでもあり茶道にも造詣が深そうだ。なーんだ勝ち組の爺じゃんという印象もあるが、それはさておき1935年生まれというともう古稀を越えていらっしゃるわけで、人生の総括的な視点に立てる時期でもあるのだろう。いや、そういう人の卓見に満ちている。
 読み返してぐっと腹の底に来たのはここだ。「放棄する」というテーマで相続の争いの話が出てくる。

 一生のうちの少なからぬ日時を、相続に関する泥仕合に費やすのは、賢明な人がすることではない。何とか食べていける仕事があれば、欲深い兄弟姉妹を持ったのが不運であると諦める。少しでも分けてもらったら、それでよしとするのだ。

 世の中格差社会とかいろいろ言われているが、人生出発点で不平等がある。まして、家に資産があると、それは自分のものだと争いが起きる。こういうのは目の前でどんぱち起きているのを見るとものすごいもんだなと思う。で、結局こうした問題はこの引用のような結論に至るのが正しい。「欲深い兄弟姉妹を持ったのが不運」とはよく言ったものだし、しょせん自分で稼いだわけでもないカネに拘泥するのは愚か者。なのだが、あのカネは俺のものなのになという思いもまた消えない。こういうあたりに、奇妙な人生の味わいがある。
 「金を捨てる」もさらりとすごいことが書いてある。いや、正義漢はこういう話は嫌いだろう。離婚などの話の文脈だが。

 受け取る権利のある金をもらわないというのは、その金を相手に与えるのと同じ結果になる。その女性としては、「手切れ金」を支払うにも等しい行為である。夫婦であれ何であれ、それまでの関係を断つには、そのための金を相手に与えるという便法がある。金で決着を付けるのである。一般的には、人間の心や人間関係は金で買うことはできないといわれているが、最後の手段としては金が効果的な役割を果たす場面は、あちこちで見られる。

 このあたりもそういう場面を実際に人生の局面で見てないと理解しにくいものである。貰えるはずの金をもらわない。金を捨てる気になれ、というわけだ。
 この手のダークな話がてんこもりかというとそうでもない。また、何ごとも負けるが勝ちというわけでもないのがこの筆者の人間的な面白さにもなっているようだ。
 筆者は財務関係の経験もあり、捨て印なんていう制度は納得がいかないから一度もしないと言っているところがある。誰もがそう思うがそう貫くことはできない。そういう奇妙な意固地さも面白い。また筆者は名前を「山崎」と書かれるのはいやで「山﨑」と書いてほしいとあるが、ネットの書籍紹介の文章としては現状ではあえて「山崎」としておこう……と思ったがああやっぱ「山﨑」としておこう。
 そういえば「有名人」についてはこうある。

 有名人になっても、よいことばかりではない。有名である度合いに応じて、累進的な「有名税」を納めなくてはならない。ちょっとしたことでもゴシップの種にされて、世の中の慰み者にされる。妬み半分の人達に、言動の揚げ足を取られて攻撃されたり嫌みを言われたりする。
 また、もてはやされすぎて、心身に無理をしてまで働き、病に倒れる羽目になる人も少なくない。身の安全のためには、半有名人や隠れ有名人くらいがよいではないか。

 これをテンプレに「アルファブロガー」と「ネット」のネタでも書こうかと思ったが、そういう目立つネタを書くもんじゃないよというのが本書の趣旨のようでもありそうだ。

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コメント

どのようなシーンにおいても、「私はこうなんだ」と表明したい自分って、何処からそのような気持ちが湧き上がるのかの元を考えさせられます。他人から同情や慰めを求めない、自分が自分に誇りを持つ部分というのか、砦。ありますよね。しかも、世代によってはこれが理解出来ないだろうことも実感としてあります。負けたほうが勝っているというニュアンスの共通理解がしにくいというか。アルファーブロガーだからという特別な意識は全くないので、かえって失礼かもと思う事はありますが、エントリーされている記事や着眼点で、大いに楽しみにしている読者の一人です。

投稿: godmother | 2007.11.20 19:15

今はドル安ですよね。(つまり日本は株安、円高、低金利)。つまりドル安で人々の行動や欲望等、流れを調整してる。そこまで世界のシステムは成熟された、つまりある程度予定調和的な段階に入った、のは良い。人は若いときはただ欲望に従ってるだけなんですが、ある程度経験側をストックすると、どうしても予測の段階、技術的な段階に入るんですけど、そうなると勝ち負けという投機的な予測が視野に入ってくる(何をしたいかではなく勝つこと自体が目的化する)。そこで負けるが勝ちという、ズラシも戦略としてある、一つのパターンとして。で私は、ここ数年定型的な技術をブレイクスルー出来ないかと考えてきたんですが、私の場合は「隠れる者は良く生きる」的なものが基本としてあるかもしれない。離脱、参入をしがらみから自由に出来る位置。それをベースにして、世界とか人生と言ったブラックボックスを観察して、何とか上手くこなす技術はないものかと、考えてます。格差について言うと、下層にはたまにセンスが良い人はいますね。そういう人を見ると、私はうれしくなりますね。逆の視点で言うと、そういう人を世界がどう生かすかというのも、またシステムの課題でしょうね。

投稿: itf | 2007.11.20 19:58

良く考えたら、システム内部の格差っていってもシステムは複数あるわけだから、システム間の格差によってシステム自体もまた、価値の対象になってる。だから例えば、あるシステムの中からシステムを超える価値のあるもの、例えば国を超えて翻訳されるような小説が出るとか、そういう段階に入ると、また格差もより複雑なメカニズムになる。この部分はちょっと良く分からないですね、複雑で。

投稿: itf | 2007.11.20 22:17

普段ゴミのような扱いに馴れているので表面的には何を今更感が有るが、正直に述べてそうな含蓄のある物には心引かれるものがある。しかもそれが自分が経験出来なさそうな立場に有る者が書いたものなら。
「もてはやされすぎて、心身に無理をしてまで働き」激しく羨ましくも思うが、苦悩が尽きないですね。有る意味アリの世界だよ。

投稿: abekoji | 2007.11.21 02:41

今朝思ったんですが、finalventさんは日々様々な人と会話していて、相手がどんな怒っていようが、「ええそうですね、私は何か間違ってるかもしれません」と言う姿勢で話を聞いてあげれば、怒りや恨みと言う物は何故かどこかへ消えてしまう、そういう、何故かどこかえ消えてしまうと言う事を、念頭に置かれてるのかもしれない。もしそうなら私は、正義感で、どう戦略的に振舞うかと言う、どんなシステムに乗っかれば良いのかということを念頭においていたので、話が決定的にずれてしまった。そこが分かっていなかったので、恥ずかしいです。それとの関連だと、またずれてしまうかもしれませんが、桜井章一さんが、相手に勝たせてあげようと仕向けていると、何故か自分が勝ってしまう、と言う言葉を思い出しました。私は、どういう戦略が有効かという正義感で、それ行けー、やれ行けー的な乗りで日頃から考えてるので、そこがずれの原因だと言う事を、今朝気づきました。乗り物としての戦略ばかり考えてしまうんですね、私は。

投稿: itf | 2007.11.21 11:00

減点法の日本でも、不戦敗はあまり大きな減点にはならないので、最終的な収支にはプラスに働くんですよね。

投稿: 無粋な人 | 2007.11.22 11:43

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極東ブログ: [書評]人生は負けたほうが勝っている(山武也) http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2007/11/post_b209.html 「負けるが勝ち」などセーフティネットのはるか上方で悠長に舗装道路を歩いている人間が言うセリフだ。 綱渡りをさせられた挙句... [続きを読む]

受信: 2007.11.20 20:08

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