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2007.10.27

[書評]アリはなぜ、ちゃんと働くのか(デボラ・ゴードン)

 先日twitterで蟻についての話題があって、そういえばと思って、「アリはなぜ、ちゃんと働くのか 管理者なき行動パタンの不思議に迫る(デボラ・ゴードン、訳:池田清彦、池田 正子)」(参照)を書庫から取り出して読み直した。

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アリはなぜ、
ちゃんと働くのか
管理者なき行動パタンの
不思議に迫る
デボラ ゴードン
 たしかこの本は新潮OH!文庫として初めて出版されたもので単行本からの文庫化ではなかったと思う。アマゾンを見たらそれどころか新潮OH!文庫自体がなくなっているようだ。そういえば見かけない。どうなっているのだろう。なにより、本書はすでに絶版らしく、古書でプレミアがついていた。当時600円だったのに、古書では1140円から2500円まで。残念な気がする。この本は高校生でも読めて、科学というものについて強いインパクトを受けるに違いないのに。普通の読書人の大人にとっては、蟻の生態といった科学分野に関心のある人ならやはり面白いだろう。そしてある種の創造的なプログラマーにとっても刺激的なのではないか。当時の倍値とはいえ大人買いで買ってもいいかもしれない。もちろん、英語の原書のペーパーバック「Ants at Work: How an Insect Society Is Organized(Deborah M. Gordon,Michelle Schwengel)」(参照)は現在でも普通に販売されている。
 本書の話の前に少し関係情報を当たっていたらウィキペディアにゴードンの項目(参照)があり、学部時代はフランス語専攻だったというのも興味深いがもっと、興味深い話があった。

Gordon studies ant colony behavior and ecology, with a particular focus on Red harvester ants. Her views have brought her into public conflict with E.O. Wilson.

 エドワード・O・ウィルソンと対立していたというのだ。ウィルソンといえば「生命の未来」(参照)や「知の挑戦 科学的知性と文化的知性の統合」(参照)があるが、ゴードンはどう対立していたのだろうか。訳者で生物学者でもある池田清彦も解説でエドワード・O・ウィルソンに言及してはいるのだが、あたかもウィルソンの影響でゴードンもネオダーウィニズムだとしている(ように読める)。しかし対立があったなら、池田がそのことを知らないわけはない。ウィルソンの著作の邦訳が出たのは本書以降とはいえゴードンの背景としてはあったはずだろう。気になる。ちなみに、池田の近著をアマゾンで調べると与太話みたいなものばかりで、むしろなぜ本書の訳者を買って出たのかさえ気になる。実際には池田正子による翻訳のようにも思える。そして彼女は池田清彦の奥さんでしょ?
 本書の内容だが、蟻の生態研究を一般向けに説明したものなのだが、蟻全体についてではなく、基本的にアカシュウカクアリという一種類の蟻についての17年かけた研究である。そんなことで何がわかるのか? 

 アリのコロニーについて最も不思議なことは管理不在ということである。管理担当者がいないのに機能している組織を想像することは、人間のそれとはあまりに似ていないのでとても難しい。中心的な統制機関がない。相手に、命令したり、物事をこのようにやりなさいと教えたりするアリはいない。コロニーの仕事を完成するには何をすべきか、ということに気づいている個体はいない。


 私は生物に見られるさまざまなレベルがどのように関係するかに興味を覚えてアリを研究している。生物の世界は分子から始まり、細胞、組織、個体、個体群、生態系へと階層状に構成されている。生物学における根本的な問題は、これらの異なるレベルの出来事がどうやって関係するかということである。

 いわば、システム論であり、情報論であるとも言える。あるいは進化とは実際になんであったかということの探求だ。どうも日本のネットの風景では浅薄なイデオロギーをかぶせた進化論がID論バッシングして終了のようなつまらない臭気が漂っているが、進化論は本書のような詳細な生物研究において位置づけられるものであり、そう簡単なテーマではない。
 本書はアカシュウカクアリの非常に不思議な驚嘆すべき事実を解明していくのだが、結語でゴードンは疑問の核に戻る。

 アリたちを熱心に真似ても私たちの特性は改善されない。アリと同じ道徳上の特質を持つ人は恐ろしく無価値であるに違いない。アリを観察することで人について学ぶことはあまりない。


 しかしおそらくアリたちは、自然がどのように作用するかについて、少なくともアナロジーによって私たちに教える一般的ななにかを持っている。それ自身だけはどんな同一性も機能も発揮することはできない単位からなるシステムで、構成要素の相互作用によって活動するものはどんなシステムでも、アリコロニーと共通する何かを持っている。アリたちとコロニーをつなぐ関係性と同種のものが、ニューロンをして脳の活動を生み出し、幾多の異なる細胞をして免疫反応を引き起こし、数個の分裂細胞をしてついには成長した胚を作り出すのを許すのだろう。

 ただしこの先ゴードンはその一般解を急速に求めるでもなく、各システムはまったく個別かもしれないとも考察している。しかし、そうではあっても、自然がもたらしたという点で、その得意な情報システムにはある一般性が存在するだろう。
 アリについて戻れば、ゴードンの言葉ではないが、個体が存在しつつもコロニーが一つの生命体のように振る舞う現象が興味深い。そしてコロニー自体が独自の寿命のパターンを持つことも指摘されている。たとえば、働き蟻はどれも一年ほどの寿命しかもたないのに、若いコロニーと経年したコロニーとでは行動が異なる。
 本書の実際の面白さは、しかし、そうした抽象的な大きな課題ではなく、3つあろうだろう。1つは、アリそもののがめちゃくちゃに面白い存在だということだ。なんでこんな不思議なものが生存しているのだろう。しかもそれは生存のために生存しているだけなのにどうして緻密な行動パターンを持つのだろうか。2つ目には、先に高校生にも読めると書いたが、高校生に読んで科学を知ってほしいという含みがあった。この本こそ自然科学のとても基本的な部分が数多く描かれている。特に重要なのは、ゴードンが一人の教師となって学生を指導していくようすがかいま見られることだ。アリを観察するためにはアリゾナの砂漠に慣れる必要がある。そういう徒弟訓練的な熟練技術が学生に仕込まれる。仕込まれた学生の幾人かは生物学者になるが本書によれば証券界に出た人もいるようだ。きっと証券界で科学を徒弟的に学んだ成果を得ていることだろう。私は本書を読みながら、なぜ経済学はこの蟻の生態研究のようにならないのか疑問にも思った。数式やモデルは後から来る。だが、ネットなど見かける経済学の断片はそれが逆になっていることが多い。
 3つめは、進化論の巨大さだ。ダーウィニズムを批判するといったことはちょっと知的な人にとってはまるで盆踊りの型のように習得可能かもしれないし、またその擁護はあたかも科学を宗教のように信奉して他者を断罪すればいいかのようだ。しかし、進化論というのはまったく異なる。ゴードンは、訳者の池田が解説でちゃかすようにべたなダーウィニズムを信奉しているのだが、ダーウィニズムこそが科学的説明の輪郭を与えていることを如実に示している。
 そのあたりの対比は反面教師的に池田の解説がくっきりさせている。本書でゴードンは、成熟した蟻のコロニーに3000匹の外働き蟻がいるとすれば、無駄としか思えない数の、7000匹の内部蟻がいるとして、そこにこう疑問を持つ。

 これは多分、進化の時間スケールでは、余分な1000匹のアリが急遽必要になる出来事が、そのために予備兵を養うに値するほどたびたび起きるのだろう。私はそのような出来事を見たことはないが、しかし私がアリの観察をした17回の夏はアリの進化の何百万年に比べれば無に等しいのだ。

 これに対して、池田はこう言う。

 一見非適応的に見える行動にも、きっと適応的な意味があるに違いないというゴードンの希望はしかし、残念ながら無いものねだりの空手形だと私は思う。構造主義生物学者としての私は、生物は元々すべて適応的には出来ていないのだという言う他はない。

 池田の理屈が、昨今の与太話本のように通るかのようにも思えるが、それは科学的な説明にはなっていないだろうし、本書全体を読めば、池田の考えは一貫性を持ち得なず、毎回ジョーカーを繰り出すトランプ遊びにも比すことになりかねない。
 また、アリのついての特定行動に池田は本能でしょとわりきるが、ゴードンはそうした安易な回答を丹念に拒絶しているので、訳者が本書をどこまで読み込んだのか少し疑問にも思える。
cover
NATIONAL GEOGRAPHIC
日本版2007年 07月号
 構造主義生物学なりが正しいなら、ゴードンのような具体的な生物システム対象として具体的な研究が必要になるだろうが、そうした傾向は見られないように思う。逆に、ゴードンの研究は知性にいろいろなものを具体的に投げかける。例えば、今年のナショナルジオグラフィック7月号に「群れのセオリー」の記事(参照)があり、ここでもゴードンの研究のインサイトの一貫が見られる。

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コメント

> そしてある種の創造的なプログラマーにとっても刺激的なのではないか。

finalventさんが期待している物とは多少違うと思いますが、「蟻コロニー最適化」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9F%BB%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%83%BC%E6%9C%80%E9%81%A9%E5%8C%96)というアルゴリズムがあります。また、これを使ったプログラムも開発されています。

既出の知識でしたらすみません。

投稿: Ants | 2007.10.29 00:48

神はいるわけない、進化論は正しいんだ、というような単純化に走らず、進化論も怪しい物だ、というぐらいの感覚がちょうど良いと思う。進化ほど謎めいたものはないんだから。

投稿: itf | 2007.10.29 11:27

「進化論の各論で(まともな)対立がある」と「進化論の真偽に(まともな)対立がある」というのはレイヤーの違う話ですね。前者がないのならそもそも科学者はそんなものをテーマにして議論していないでしょう。前者を取り上げて読者に後者の話であるかのような印象づけをするのはまずいですよ。それもイデオロギーの産物でしょうが。

投稿: | 2007.11.05 03:34

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