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2007.09.23

福田康夫自民党新総裁と言われてもな

 自民党新総裁に福田康夫元官房長官(71)が決まった。感想? それほどない。いいんじゃないのという感じはする。3年前のエントリになるが公僕を労うべく「極東ブログ: ご苦労様、福田康夫さん」(参照)を書いたが、嫌いな人ではない。が、別段麻生太郎幹事長(67)でもいいかなと思う。というか、自民党内部のことなんで国民には直接的には関係ない。しいて気になるといえば、大田弘子内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)はこれでアコージングリーお役ご免となるのだろうか。そこは残念だなという感じがする。
 で、話は終わりなんで、エントリにもならないが、なんとなくもうちょっと書いておくべきかなという感じもするので駄文を続ける。
 自民党内投票結果では、福田330票に対して麻生197票だった、とのこと。ざっくり見れば、3対2ということか。意外に麻生が強かったなというのと、それでもつまりは森派(清和政策研究会)の論理が強いわけか。とウィキペディアを見ると、「福田康夫」の項に面白いことが書いてある(参照)。


滞米経験などから英語が堪能で、初入閣までは主として外交関係のポストで地歩を築いた。閣僚経験が皆無であったにも関わらず、森内閣で官房長官に起用されたことに疑問の声も上がったが(当時の森派会長・小泉純一郎の推挙であるとも言われている)、無難に調整役をつとめた。

 小泉による推挙という情報がほんとかねとも思うが、そう考えると今回のドタバタでの小泉の動きがよくわかるし、それ以前に小泉純一郎(65)なんだが、65歳というのだから42年生まれ(プレスリー、イェー)。麻生太郎が40年生まれ。ちなみに誕生日は9月20日だったのか。そして福田康夫、36年生まれ、一番、爺じゃん、と強調するまでもない事実。小泉を見ていると白髪が目立ちに老境に入るみたいだけど、敬老国家路線で考えると、これで自民党、福田がダメでも、麻生、さらに小泉復活という路線も不可能ではないというか、その間、4年くらい時間を稼げば、自民党復活ということも可能かもしれない。いや、別に自民党に肩入れしているわけではなく、なかなか粘り腰のある政党だなと感心しているだけ。
 話はずっこけるが、この機会に福田康夫の過去の業績を追って見ていたら、今の政局関連でほぉというか、そうだったのかというか、ちと忘れていたよな、あれ、特措法成立時のドタバタという話をめっけた。01年の読売新聞記事”検証・テロ特措法案修正 党首会談決裂の舞台裏 公明、民主のはざまに首相沈黙”(2001.10.17)である。
 時は01年9月15日、場所は首相官邸。登場人物は、小泉純一郎自民党代表(当時)との鳩山由紀夫民主党代表(当時)の党首会談、というか、かなり密談に近いようなので記事は記者の推定が入るのだろう。文脈は、テロ特措法を民主党に呑ませるために自民側が「国会の事前承認」という修正を出すという、毎度ながらの阿吽の呼吸のはずだったらしい。が、そういかなかったというお話。

 「清水の舞台から飛び降りるつもりで、民主党ものめる案として与党三党で工夫したものなのでお願いします」「最後にもう一度お願いします」――約一時間十分の会談で小泉が言葉を発したのは、わずかにこの二回だけだった。
 「話が違うじゃないか」。鳩山に同席した民主党幹事長の菅直人は、激しい形相で小泉に食ってかかった。菅は、小泉が焦点の「国会の事前承認」に踏み込みそうだとの事前の情報をもとに、会談途中で小泉と鳩山が席を立って別室で二人きりで話し合い、劇的な決着を図るとのシナリオを描いていた。だが、肝心の小泉は沈黙するばかりで、鳩山と二人きりで話そうというそぶりは全くなかったのだ。

 これだけ読むといかにも小泉がやりそうな強行のようでもあるが、そうでもないらしい。記事によれば、小泉は韓国訪問後で疲労していたふうでもあり、また彼自身のイニシアティブはなかったようだ。

 幹事長会談で、官房副長官の安倍晋三が「一日、二日で審議するという担保があれば大丈夫だ」と事前承認も受け入れ可能との政府の考えを説明すると、公明党幹事長の冬柴鉄三や保守党幹事長の二階俊博は「政府がそんなことで良いとは何をかいわんやだ」と怒り出し、事前承認の線は完全につぶされていた。
 帰国した小泉に対し、安倍は「この案が与党の生命線だ」と報告し、交渉の手足が縛られていることを説明したが、小泉はうなずくしかなかった。

 安倍ちゃんも、どうもこの件では特に持論はなかったっぽい。

 与党内では妥協案として「事後承認」案が浮上したが、党首会談前日の十四日朝、都内で民放テレビ番組出演後、民主党政調会長の岡田と安倍が楽屋にとどまって談笑した際も、岡田は安倍から「首相は最終的には民主党案をのむ」との感触を得ていた。

 冬柴と二階のツッコミがなければ、まあ民主党に折れてもええんでないのだったのだろう。というのと、山崎も暗躍したようだ。なんつうメンツ。で、なぜ冬柴が、なのだが、「与党間の合意が民主党との協議でひっくり返されては、公明党の存在意義が失われる」というメンツだったとのこと。トレビアン。ただ、もともと時限立法にしたのは、公明党でもあるので、そのあたりは別の意味でトレビアンだったかもしれない。っていうか、それが今に尾を引く。ちなみに防衛庁(当時)は新法にしてくれよだった。
 がっくし鳩山だが、こっちのほうの論理も、どうもそれほど確たるものではなく、旧社会党系議員の融和だったようだ。ということで、このあたりの民主党内の構造は今もあまり変わってないのかもしれない。
 ところでこのエントリの主役福田康夫元官房長官はどういう役回りだったかというと、17日の午前の記者会見でいわく、「周辺事態というのはちょっと外れるのかなと思う」とな。ナイス。

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コメント

森内閣で中川退任後の官房長官として、野中氏は尾身氏を推薦していました。
小泉氏はこれを押しのけて福田氏を押し込んだ
というのが当時の話だったと記憶してます。

投稿: | 2007.09.23 23:23

小泉は、親父の跡をついで、選挙に出て選挙に落ちたあと、福田の親父の秘書をやっていたんだよ。
康夫と純ちゃんは秘書として一緒の時があったわけ。
こういうことも知らずに、政治ブロッグをよく書くね。

投稿: | 2007.09.24 14:27

↑ イヤイヤそんな事は承知の上での
今回のエントリーでしょ。

投稿: | 2007.09.24 20:35

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» 自民新総裁に福田氏 [歌は世につれ世は歌につれ・・・みたいな。]
自由民主党は23日、総裁選挙で福田康夫元官房長官を第22代総裁に選出しました。 気が早いようですが、どうせ明日25日(火)には総理大臣になっているんでしょうから。。。 ***♪福田よ♪ 総理になる日が 来なけりゃいいと おとこ親なら 赳夫も思う 早いもんだね 七十を過ぎて 今日はお前の モーニング姿 贈る言葉ホー ないけれホー 疲れためずに 達者で暮らせ 「総理大臣が泣いたらあかん 父さんの事は意識せんでええ りっぱや 今日のお前はほんまにりっぱや なあ安倍ちゃん」 ... [続きを読む]

受信: 2007.09.24 00:56

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