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2007.08.28

[書評]日本人だけが知らないアメリカ「世界支配」の終わり (カレル・ヴァン・ウォルフレン )

 ウォルフレンの近著「日本人だけが知らないアメリカ「世界支配」の終わり」(参照)を読んだが、どう受け止めていいのか困惑した、というのが正直なところだ。

cover
日本人だけが知らない
アメリカ「世界支配」の終わり
カレル・ヴァン・ウォルフレン
 ウォルフレンに言わせると世界の知識人が総じて間違っているということなので、これはアレかな、彼のお友だちのベンジャミン・フルフォードの思想のほうにずーんと逝ってしまったのか。というと、必ずしもそうでもなさそうだ。個々の話は冷静に書かれているし、いちおう国際的にメジャーなところで今回のウォルフレンに近い立場としては、スティグリッツと、ガルブレイスの息子のガルブレイス(と呼びかたもなんだがガルブレイス息子)との交流も上げられている。そのあたりのメンツで共著でも出るなら、もう少し説得力があるかもしれない。というかそうした複数視点の主張を読んでみたい。
 本書の主要な主張は、小林よしのりでも言いそうだが、グローバリゼーションやネオリベラリズムさらに主要な経済学派は間違っているということだ。主要な経済学派には、新古典主義など、ネットでいうところのリフレ派も含まれそうだ。リカードの比較優位説も間違いのようにウォルフレンは断じる。そんなものなのだろうか。
 本書は"The End of American Hegemony"の翻訳ということなのだが、英米圏で出版されたのか、あるいはその予定があるのか、わからない。というのは、日本向けに書かれているかとも言い難い。読み進めると、EUの愚痴を日本で吐いているという趣もある。それ以前にこの内容が英米圏で受け止められるのだろうか。ウォールストリートジャーナルも、フィナンシャルタイムズも、ヘラルドトリビューンも間違っていて、ウォルフレンが正しいというスタンス。
 確かに、IMFによる南米施策やアジア危機の対処は間違っていた。それはIMF自身も今では現実として認めざるをえないし、ブッシュ政権の対イラク統治も間違い(スンニ派とその地域について特に)だったというのは現状ほぼ固まった評価としていいのだが、そうした背理法から、ではウォルフレンの世界観が正しいということが導出されるわけでもない。些細な話でもあるかもしれないが、ネオコンとしてラムズフェルドとチェイニーが代表者のように語れているのも、これって日本人向けというのもあるのかもしれないが、プロパガンダ臭い印象はある。
 今回の著作で私が一番気になったのは、過去の日本の保護主義への視線だ。「極東ブログ: [書評]もう一つの鎖国―日本は世界で孤立する (カレル・ヴァン ウォルフレン)」(参照)でもそうだった、中国擁護論については、ああまたか、というふうに読み過ごすのだが、中国の現状は過去の日本の保護主義と同じで正しいのだという主張が出てきたときには驚いた。「え?ウォルフレンさん、あなたはその日本の保護主義を批判していたのではないですか?」と問い掛けたくなる。
 グローバリズムは間違いであるという主張は、WTO反対派などのありきたりの意見の典型としてはどうということでもないのだが、ウォルフレンの今回の主張をなぞっていくと一国の経済では産業形成を国家が統制すべきだという議論になってくる。それって、かつてウォルフレンが批判してきた統制的なナショナリズムなのではないか。そのあたりにウォルフレンの変節を感じる。
 フィリピンの貧困についても、本書ではグローバリズムの悲劇として扱われているのだが、ここで興味深かったのはそのことにウォルフレンが気づいたのは2001年のことだと述べている点だ。彼の処女作からほぼ網羅的な読者である私は、彼がフィリピンのピープルズ・パワーを礼賛し、同種の大衆運動を日本人に期待していたことを知っている。では、そのかつてのウォルフレンのメッセージはどのように改訂されたのか。
 EU統合への弁護の議論も困惑した。たとえばトルコこそが重要だというのは私とまったく同じ見解なのだが、EUの意義として、死刑を廃止するといった倫理的な同意を広める点にあるというくだりで、「では、ウォルフレンさん、ダルフールで行われたジェノサイドについてはどうお考えなのですか。それもまた、アメリカがメディアを支配して作成された幻影だというのですか」と問い返したくも思った。本書では中国のアフリカにおける資源外交の問題を扱っていながらそれがもたらす人道的な問題には触れていない。
 私は頭の硬い人間だ。20年前に小沢一郎という政治家を支持しようと決めたらマスコミが右往左往騒ぐ程度では考えを変えない。ウォルフレンの過去の著作から、私は市民であることはどういうことかということを学んでから、私は彼を自分の師の一人であるとしている。本書を読んでも、未だにそのことに変更はない。本書もできるだけ好意的に読み込もうと思う。
 だが、正直わからないことだらけだ。たとえば、日本のという島国はシーレーンがなくては存続できない。そしてシーレーンの上に自由貿易が成り立つから繁栄も享受されているし、この平和の恩恵を世界に広めなくてならないと日本人は思っている。だが、シーレーン防衛など不要なのだろうか。自由貿易がなくてどうやって日本はエネルギーと食料を得るというのだろうか。それらの懸念は、ウォルフレンの言うように、アメリカが作り出した恐怖による怯えなのだろうか。
 日本は、これからも経済が成長していくなら、実はすでにそうであるように、金融をベースとした投資国家の地位にあるほかはないと私は考えている。率直にいえば、アメリカの世界支配などけっこうどうでもいい。それが崩れていくつかのブロック経済になるほうがいいのかもしれない。だが、そのときの日本の未来像が、現状の日本からは描けないし、その未来の図柄にウォルフレンの思索が寄与していないように思えてならない。

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コメント

同書を3分の1ほど読んだ時点でのコメントですので、中途半端を予めお詫びいたします。文中のベンジャミン・フルフォード氏の方へというのは、結構当たっているのではと思いました。同じ印象を持ったという意味です。しかし、純粋に欧州人のオリジンを持つ彼と、カナダ人のフルフォード氏とでは、米国に関する「感じ方」に大きな違いがみられはします。言うなれば、フルフォード氏は隣国に対する愛憎がみられるのに対し、欧州人である彼には、米国の稚拙さが目につくという現象から、同じようなことを結果として言っているのかなと。米国が覇権を喪失した、または、喪失しつつある、または、喪失してほしいという、感情的な部分が前面に出てきているように思われてなりません。

投稿: sk | 2007.09.01 14:03

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