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2007.08.30

[書評]中学生でもわかるアラブ史教科書(イザヤ・ベンダサン、山本七平)

 かつて一読はしたが、「文藝春秋」とは異なり、74年の「諸君」はあまり図書館で保管されていないので、こうして30年以上も経って復刻されて再読すると感慨深い。この歳になって読み直してみると(つまり当時の筆者らと同年くらいの歳)、書き様がけっこう荒っぽいし不用な修辞も多く見られる。はたしてこれが「中学生でもわかる」本だろうかと少し考えて、しかし生意気だった自分の中学生時代を思えば、小利口な中学生なら十分読めるだろう。さて、ここでためらうのだが、本書は、冷静に評価すれば、トンデモ本であろう。

cover
中学生でもわかる
アラブ史教科書
日本人のための
中東世界入門
イザヤ・ベンダサン
山本七平
 私は、山本七平の心酔者であり、30年以上もイザヤ・ベンダサンの追っかけ読者でもあった。両者の関係についてはここでは触れない(なのであまりべたなツッコミもやめてくださいね)が、二者が同じテーマでしかもほぼ同時期に書いたものを並べてみると、考え方はさすがに同じだが、究極の部分を見つめる視線に差を感じる。単純に言えば、イザヤ・ベンダサンのおちょくったような物言いには奇妙な悲劇性が感受できる。だが、このこともそこまでとしよう。
 アラブ史については本書でも言及されているが、基本はヒッティの「アラブの歴史」(参照<上><下>)なのだろうが、さすがにこれは中学生向きとは言えないし、一般の読者でも難しいのではないだろうか。その点では、本書はサマリーをさらっと書いているのでお得な本とは言えるだろう。あと、一定の年代以上の日本人ならあのころ、あのオイルショックの馬鹿騒ぎの空気が間接的に感じられるだろう。
 さて、では、なぜ本書をトンデモ本と言うしかないだろうなと思うかなのだが、イスラエル建国時のパレスチナ難民数への過小評価の示唆があるからだ。もちろん、推定して書かれて、主張ではないのだが、本書を普通に読めば1万5千人から22万5千人という理解になる。これは定説の60万人から70万人とあまりに差がありすぎる。しかも、この差について、イザヤ・ベンダサンは執筆の74年時点で10年もすればわかるでしょうと暢気に構えているが、私の知る限りその後の経緯もそういうものでもないようだ(どうですかね、ご専門のかた?)。暢気といえば、パレスチナ問題も早晩収まるような雰囲気も本書には感じられるが、あれから30年経ち、ご覧のありさまである。
 だが私としては、これは貴重なトンデモ本かなという感じはしている。それは、ユダヤ人だったアーサー・ケストラーの「ユダヤ人とは誰か 第十三支族・カザール王国の謎」(参照)にも似ている。こちらの本は、日本での訳者もそうだが、なかなか不幸な出自の本でもあるといえるし、国際的には粗方トンデモ本という評価に落ち着いている。しかしこっそり読むべき部分はあろうなと個人的に思ってはいる。
 余談だが、私は30代にハザールについて関心を持ち、岡田英弘先生に二度ほど直接質問したことがある。岡田先生もハザールには深い関心を持っているのだが、ケストラー説については一笑に付した。そのおり、ドナウ河近郊に残る古代ユダヤ人遺跡などについても伺った。さて私はといえば、岡田先生がおっしゃるならそうかなというくらいだし、ケストラー説は国際的にはトンデモだしなというところで留まっている。ついでにあまり言うのもなんだが、南京虐殺についても秦郁彦「南京事件 増補版「虐殺」の構造」 (参照)のあたりが妥当であろうかなと思うくらいで、こうしたタッチーな問題にはそれ以上の関心はない。むしろ関心というなら上海戦のほうだ。
 どさくさまぎれで言うと、「聖書アラビア起源説(カマール・サリービー)」(参照)もトンデモ本だが、あながちばっさり捨てるものでもないだろうし、以前にも書いたが、このあたりの世界宗教はそろってゾロアスター教の影響があるだろうとか、私は私なりにトンデモな夢想ももっている。もちろん、トンデモだし夢想にすぎない。
 話を戻すと、ケストラーのトンデモ説は、オモテで語られないが実は国際的には賛否を抜きにして常識であり、もしかすると、本書のイザヤ・ベンダサンのパレスチナ難民数の話もその手の常識なのかもしれないという印象も少しある。
 もうちょっと書く。ある説がトンデモ説かどうかを、私はその説明や叙述で判断しない。国際的な合意の水準で受け取るだけなのだ。水の伝言が科学か似非科学か偽科学か、私は国際的な科学者の科学の水準で判断する。それだけ。もしかすると、世界が間違っているのかもしれず、トンデモ本に真実が書かれているのかもしれない。私は、しかし、そういうふうに考えないことにしている。それだけだ。
 本書で、もう一点、若干トンデモ説っぽいのは、イスラエル建国時の入植ユダヤ人の大半はアラブ世界から来たものだというあたりだ。これについては、だが、おりに触れていくつか資料を読んでいると、そういう見解でもよいのではないかと思える。その意味で、パレスチナの土地に欧州や東欧のユダヤ人がやってきて現地の人を追い出した、というのもまた違うでしょうとは思う。
 まあ、そんなところかな。山本七平とイザヤ・ベンダサンの著作に馴染みすぎて、ある部分では、たとえば「諸悪の根源はトルコ」とアラブが見ているといった説明などは、そりゃ普通そうでしょという感じに、ごく普通になっている。その他、いろいろとそれは普通でしょと思っている部分は多い。
cover
イスラムの読み方
なぜ、欧米・日本と
折りあえないのか
山本七平
加瀬英明
 そうそう、同じく復刻された「イスラムの読み方 なぜ、欧米・日本と折りあえないのか(山本七平、加瀬英明)」(参照)だが、これはお勧め。私は79年版「イスラムの発想 アラブ産油国のホンネがわかる本 対話」(参照)が書架にある。30年近く私の書架で生き残った本の一つだ。加瀬英明と山本七平というところで、げっとくる人もいるかもしれないが、あまり気にせず、さらっと読めて面白い本だと思う。

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