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2007.07.13

パキスタン・モスク籠城事件、雑感

 パキスタン、イスラマバードのモスク籠城事件は、パキスタン政府の決断による治安部隊の強行突入によって悲劇的に終了した。事件は、3日、イスラマバード中心部の礼拝所ラル・マスジード(赤いモスク)と併設されるイスラム神学校(マドラサ)に籠もる過激な原理主義者と政府治安部隊との銃撃戦で始まったというのだが、この問題を扱った日本大手紙(朝日、読売、毎日、産経)社説からは全体構図がわかりづらかった。どうわかりづらいかをそれぞれ引用して指摘するのも空しいので省略するが、社説というのは主張以前にその事件がなんであったのかわかりやすく書くべきなのではないかと思った。
 事件だが、重要な背景として中国人拉致の問題がある。12日付朝日新聞社説はこの背景を次のようにさらっと書いていた。


欧米の映画や音楽ソフトを売り物にする店に押しかけて商品を持ち去る。「いかがわしい商売をしている」と、中国人を拉致する。一部の学生は、そんな宗教警察まがいの活動までしていた。

 字数制限から詳しく書けないということもあるのだろうが、6月23日の中国人拉致事件は今回の事件の構図に深く関わっている。このことは今日付の共同”神学生は「テロの犠牲者」 大統領、中国に配慮も”(参照)からもわかる。

 ムシャラフ大統領はスーツ姿で約30分にわたり演説。神学生らが6月に中国人7人を拉致した事件について「恥ずべき行為」と非難、中国の胡錦濤国家主席から中国人の身の安全を電話で要請されたことも明らかにした。

 中国人拉致事件だが、今回の籠城派は、中国人経営鍼灸院とされる店で働く中国人女性6人と男性1人をパキスタン人2人計9人を拉致監禁した。彼らの理由では売春が許せないということらしい。日本語で読める報道としてはCNN”売春従事と中国人ら拉致、パキスタンのイスラム宗徒”(参照)がある。
 現時点ではかなり明らかになったが、この時点で胡錦濤はパキスタン大統領ムシャラフに圧力をかけたらしい。言うまでもないが、中国はそのくらいパキスタンに強い立場にある。ここで興味深いのだが、中国人7人は即日解放された。この経緯にはこの政府とラル・マスジード側のコネクションがどのようなものか暗示している。
 中国人拉致事件はそれで終わりかというとそうでもなかった。私はよくわからないので事件の流れを見ての推測が混じるのだが、胡錦濤側は犯人を求めたようだ。また、9日付朝日新聞”中国人4人死傷、立てこもりの報復か パキスタン”(参照)にある中国人4人死傷も関係しているのではないか。つまり、胡錦濤としては在パキスタン中国人の保護として、あたかも中国領内のような犯人処罰で対処できると想定したのではないか。
 というのも、その後、ムシャラフは治安部隊を1500人繰り出しラル・マスジードの包囲を開始し、今回の籠城事件に至る。このような流れで見ると、潜在的な問題を顕在的な問題に変容させたのは中国政府であるように思われるのだが、ざっと国内の報道を見た限りそういう指摘は見当たらない。なにもことあるごとに中国をバッシングしたいというわけではないが、そういう流れでこの事件の構図が見えてくるように思える。
 話を朝日新聞社説の引用部に戻すと、「欧米の映画や音楽ソフトを売り物にする店に押しかけて商品を持ち去る」云々のくだりがあるが実態はかなりひどいもので住民は辟易としていたようだ。が、逆に言えばその程度ではムシャラフは動かなかった。もともと、ムシャラフはイスラム原理過激派に対して融和的だった。このあたりの背景は「極東ブログ: パキスタン情勢、微妙なムシャラフ大統領の位置」(参照)もご参考に。
 さて、今回の籠城事件についての日本国内の扱いなのだが、大手紙では読売と産経が制圧をどちらかと言えば是としているようだ。11日付産経新聞社説”宗教施設突入 「テロの温床」放置は危険”(参照)より。

 この強行突入で多数の死傷者が出、痛ましい結果となったが、政府側が再三、投降を呼びかけた後でもあり、強行突入は法治国家としてやむをえない措置だったといえよう。
 放置すればイスラム過激派、テロリストの拡大再生産を許しかねない事態だった。今回の事件を機に、過激派の温床になっているところもあるといわれるイスラム神学校(マドラサ)の実態に改めて目を向け、必要な改革に乗り出すことが求められる。

 同日読売新聞社説”パキスタン情勢 テロの温床を放置すべきでない”(参照)より。

 軍出身であるムシャラフ大統領の手ぬるい対応の背景に、軍と過激派勢力のゆがんだ関係があるとすれば、今回のような事件は今後も起きかねない。
 そうした事態を防ぐためにも、ムシャラフ大統領は、国内に1万2000校もあるとされるマドラサの改革に取り組む必要がある。国内だけでなく国際情勢の安定のためにも、「テロの温床」の解消を急がねばならない。

 このエントリでは触れないが、ムシャラフは軍にそれほど強い力を持っていないのかもしれないし、「極東ブログ: パキスタン情勢、微妙なムシャラフ大統領の位」(参照)の関連がある。なお今回の事件では、テレグラフ”Benazir Bhutto backs Musharraf's decision ”(参照)によるとベーナズィール・ブットー(参照)も是としているようだ。
 両紙社説については異論もあるだろうが制圧を是とする議論は理解しやすい。ところが朝日新聞と毎日新聞の社説の主張はわかりづらかった。まず、12日の毎日新聞社説”パキスタン 「核保有国」の不安定化が心配だ”(参照)だが、表題のように核問題をこの事件の構図の主軸に据えているのだがそれだけで失当ではないだろうか。総じてトンチンカンな印象を受けるのだが、中でも米国を構図に引き出すのも唐突だ。

 強行突入の背景には、隣国アフガンや対テロ戦争を続ける米国の圧力もあっただろう。アフガンでは01年からの米軍の攻撃でタリバン政権が崩壊したが、その後タリバンが再結集し、親米カルザイ政権を揺さぶっている。アフガンや米国は、なぜもっとタリバンなどを取り締まらないのかとパキスタンへの不満を募らせていた。

 米国のパキスタンへの不満は確かにそうだが、今回の強行突入の背景では米国より中国を想定したほうが流れ的にはすっきりする。
 朝日新聞社説”モスク制圧―力ずくでは危うい”(参照)は読み取りづらい。が、強行突入を是としないとしているようだ。もっとも、このあたりは先のブットーの見解のように国際的にはあまり支持はないだろう。

 問題は、その対処の仕方である。
 今月初めに学生たちが立てこもりを始めた直後、当局は宗教施設への電気や水道の供給を止めた。兵糧攻めにしながら、じっくりと時間をかけて説得する余地もあったのではないか。
 ところが、わずか7日で陸軍部隊を突入させ、力でねじ伏せた。砲撃まで加え、モスクには白煙が上がった。

 実態はラル・マスジード側の暴発の要因が強いように思えるし、中国人拉致と中国政府の関係を、朝日新聞が知らないはずはない。

 貧しい子どもたちが無料の神学校に行かなくても公立学校で学べるような環境を整える。腐敗を許さない社会を築く。そんな地道な努力を重ねることで、過激派を孤立させる必要がある。

 という見解は中国政府指導者でも言いそうな空論にも聞こえる。というあたりで、私の妄想の部類かもしれないが、朝日新聞はより胡錦濤に近い声を日本側から代弁させているのではないか。むしろ、中国人拉致問題について強圧的にムシャラフに迫ったのは、中国の別の勢力なのではないだろうか。
 繰り返すが、中国政府指導者でも言いそうな朝日新聞の理想論は理想としてはそうかもしえれない。私も理想としては同意したい。だが、それが実現化している事例は見当たらないように思えるし、そもそもイスラム原理が覆うなかで公立学校がどのような意味を持つかについては、「極東ブログ: なぜフランスはスカーフを禁止するのか」(参照)で触れたライシテが前提となるのではないか。

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コメント

ムシャラフの軍内立場の弱さについては、NYTimesも今回事件直前にレポートしていました。
http://www.nytimes.com/2007/06/28/world/asia/28pakistan.html?ex=1340683200&en=32e223b12de7c926&ei=5088&partner=rssnyt&emc=rss

投稿: hit | 2007.07.13 23:15

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