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2007.07.01

[書評]ウェブは資本主義を超える(池田信夫)

 現在のインターネットのシーンでこれを読まなければ先には進めないよという一冊があるとすれば本書だろう。ただし、すでにブログシーンのコアなところに漬かっている人なら、知っている話ばかりであるという印象を持つかもしれない。あるいは、ある種のボックスに分類されるべき視点からの思索ノート群に見えるかもしれない。私もどちらかというと当初ざっと目を通したときにそう思った。再読して大いに反省した。

cover
ウェブは資本主義を超える
「池田信夫ブログ」集成
 個々の点においては重箱の隅をつつくような批判も可能だが、この書籍全体が示唆するものは相当に長い射程を持っている。最初にここから引用し紹介するのは反って誤解を招きかねないが、次の指摘は一見すると柄谷行人あたりが言いそうなごく当たり前のことのようにも思えるが、この要点を思索の根幹に据えて、ITの未来を正確に見ている人は少ないのではないか。

 マルクスの未来社会像としては『ゴーダ綱領批判』の「各人はその能力に応じて働き、各人にはその必要に応じて与える」ばかりが引用され、「無限の富を前提としたユートピアだ」と批判されることが多い。しかし、『資本論』では、未来社会は共産主義とも社会主義とも呼ばれず、「自由の国」とか「自由な個人のアソシエーション」などと呼ばれている。その自由とは、ヘーゲル的自由ではなく、自由時間のことである。


マルクスにとって未来社会とは、必要(必然)に迫られて労働する社会ではなく、自由に活動する社会であり、共産主義の目的は「自由時間の拡大」(=労働時間の短縮)なのである。

 マルクスはえてして資本主義や社会主義といった制度から人間の自由を見つめ直す思想家として理解されてきた。それが間違いというのではないが、マルクスの哲学が重視していたのは経済制度や階級的な権力の装置より、人間個々人の自由であり、その自由とは自由時間であった。労働が自由と自由時間のなかに置きなおされる状態が、人間の本質を捉え解放する思想の極点に据えられていた。
 その視点から、現在資本主義やあるいはウェブを中心とするITテクノロジーはどう見えるだろうか。つまり人間を取り巻く歴史の巨大なトレンドや状況といった外的な運動から未来を捉えるのではなく、人間の側の、その本質となる自由から逆に資本主義やITテクノロジーを見つめたとき、どのように考えられるだろうか。

 資本主義とは、現代の企業理論でも、資本家が物的資本の所有権をテコにして労働者を支配するシステムであり、その有効性は人的資本や知的労働の重要な情報産業では低下する。だから、資本が経済システムの中心であるという意味での資本主義の時代は、終わりつつあるのかもしれない。この意味でも、マルクスは正しかったわけだ。

 なぜ情報産業でそう言えるのか。ITテクノロジーがどう関わるのか。池田はこう説明する。

 資本主義の前提は、資本が希少で労働力は過剰だということだ。工場を建てて多くの労働者を集める資金をもっているのは限られた資本家だから、資本の希少性の価格として利潤が生まれる。これは普通の製造業では今も正しいが、情報の生産については状況は劇的に変わった。ムーアの法則によって、1960年代から今日までに計算能力の価格は1億分の1になったからである。
 これは建設に100億円かかった工場が100円で建てられるということだから、こうなると工場に労働者を集めるより、労働者が各自で「工場」をもって生産するほうが効率的になる。


 つまり情報生産において、資本主義の法則が逆転し、個人の時間を効率的に配分するテクノロジーがもっとも重要になったのである。だからユーザーが情報を検索する時間を節約するグーグルが、その中心に位置することは偶然ではない。資本主義社会では、希少な物的資源を利用する権利(財産権)に価値がつく。情報社会では膨大な情報の中から希少な関心を引きつける権利(広告)に価値がつくのである。

 おそらくマルクス経済学を学んだり資本論をある程度精読した人なら、「資本の希少性の価格として利潤」といったフレーズに首を傾げるかもしれない。そしてその上に立てられた議論には本質的な誤謬が潜んでいるのではないかと警戒するだろう。むしろマルクス経済からすれば地代論に相当するのではないかとも。
 しかし、そうした細かい点を捨象し、生産手段と資本家の関係で資本主義を捉えるとする割り切った視点に立ち、情報社会にあって生産を情報の産出とするなら、そのインフラ(池田はここではハードウェアのみを便宜的に強調しているがソフトウェアや基本的なデータベースも含める含意があるだろう)さえ整備されているなら、生産手段としての情報機器・環境は労働者の側に戻される。つまり、情報の生産者は生産手段を持ち合わせうるようになる。であれば、その労働者のインセンティブとなるものが、その自由の本質である時間だと考えることにそれほど無理はない。池田のこの視点はかなりくっきりと、現在進行中の世界変化の様相の一部をうまく表している。
 以上引用が多くなったし、私の理解は池田の好むところではないかもしれない。だが、この根幹とも思える思索者として池田の立脚点が見えたとき、本書の表題「ウェブは資本主義を超える」が私にはすっきりと理解できたし、また副題『「池田信夫ブログ」集成』ということからも、各方面の雑文集にも見える本書に一貫した思想が流れていることが理解できた。
 このコアの部分から、著作権問題や彼が得意とする放送の問題、規制緩和による生産性の向上など各種の議論が一つの全体につながってくる。なお、本書は池田信夫ブログの内容を含んでいるとはいえ、私の読む限り『「池田信夫ブログ」集成』とはまったく異なるものであり、むしろ書籍によって池田信夫ブログ(参照)を理解する援助となった。
 思想的なコアに加えて、本書についてもう一つ述べておきたいことがある。ある種の政治的情熱とも言えるものかもしれないのだが、本書を読みながら、池田が資本主義の限界とITの可能性について理路正しく議論を展開していくなかに、理路の持つ情熱とは異なる、ある種のパーソナルな情熱のようなものが感受できる。それはなんだろうかと気になっていたのだが、本書の最終部、第7章「官治国家」の病理、5産業の亡霊の節を読んでようやくわかった。私が失念していただけのことでもあるのだが、池田は自身が言うように「私は2001年から3年間、RIETIに上席研究員として勤務した」。RIETI、独立行政法人・経済産業研究所に彼は深く関わっていて、それが経験に刻印づける情念を生み出したのだろう。
 RIETIの問題については、池田の視点のみから判断することは公正とはいえないだろうが、その内側から彼がどのように実際経験したか、あるいは実際の政治に巻き込まれて思考していたが、ある程度察しが付くと、彼がかつて働いたNHKとの関係についても、ある種の情念のようなものが見え隠れするように思えた。
 こうしたある種の情念が見えてしまう著作というのは、それ自体当然ながら対応する反感の対象ともなるだろうし、またそうした情念から手繰り寄せられた強烈な批判にはそれに相応した反対者も生み出さざるを得ない。その意味で、本書は読者にある種の立場の選択を強いる部分もあるように思える。もちろん、そう受け止めなくてよいほど十分に筆法は理性的に抑えられているのだが。
 私がぼんやり知る限りだが、池田が戦ってきた、あるいは戦いつつある存在は、幸いにしてか未だこの日本の小さなブログシーンには見えない。だが、そのブログシーンのなかでにすでに池田信夫ブログがくっきりと見えるようになっている。些細だったブログシーンになにかが接近する、あるいは何かが発生する兆しなのかもしれないとも思う。が同時に、現状のブログシーンでは池田は(彼のせいではないのだが)十分に見合うだけの力を発揮しているとも思えない。

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コメント

気のせいかも知れないけど、池田さんのポジションでは身内である(あった?)「自分」が「官」や「NHK」を批判するのは良いけど、外部の人には「内部や環境の微妙な機微を知らないくせに非難すな」って感じをよく受ける。
「自分で言うのは良いけど他人に言われるのは嫌」って感じ。
でも多分、それらは外部要因でしか変わらんよね。
だから、池田さんが外部要因を企画・組織する立場にあろうとするなら、口火は別にしても「他人が言う事」を補足し組織する方向へ持って行く方が、何処かの馬鹿にその場の成り行きで組織をズタズタにされるよりは、ズーッとマシだと思う。
まぁ、此処で言う事じゃないけど。

投稿: トリル | 2007.07.02 07:31

結局は信頼が頼み。私があなたのブログより眼鏡を借りるように。情報を臭気で感じる感覚が頼みになる。

投稿: アカギ | 2007.07.02 23:10

そもそも資本主義などない。認識論の問題。例えばポランニーという思想家はマルクスを超えたマルクスではと思います。沖縄にも住んでマルクスから転向(進化した)故玉野井芳郎などは今を見抜いていた。現実問題解決では故宇井純さんですね。政治的立場なんか狭義すぎて彼等には鬱陶しかった。言語が日本語故に評価されないと宇井さんは講義でそれらしきことを言ってました。英語(逆に日本語を学ぶ)で日本人の思想が多く発信されることが近未来世界の文化状況になる。漫画、映画から論理を伴う深い言葉の世界に。嘘を言わない科学性が人類の問題になる。

投稿: アカギ | 2007.07.02 23:51

エンタの神様では、最後に、「自由だ」と叫んで〆るギター芸人がいる。

そのような2007年にあって、資本主義や自由などという旧来の尺度で世の中を語る手法に、私は何の価値も見出しません。

自由は専制の対立概念でしかなく、いまを切り取るならば、「多様性の許容」…。

マルクスの大著は、無精者の私にとっては、未知の領域ですが、彼の言論を根っことして、唯物史観なるものが構築されたことは理解しています。

それは、弥生的営みが世の中のすべてであるかのような、妄信を人類に植えつけたことは、大いなる罪であると考えています。

地球環境問題が囁かれる今、縄文的回帰が望まれる…。

私は、アカデミズムに拒絶された人生を歩んでおり、そのようなイデオロギッシュな言論には、エディプスコンプレックス的な怨念さえ持っております。

そのような偏向な個を持つ私から言えば、資本主義との語を使ったとき、すでに終わっている。そう思えてなりません。

ベルリンの壁が崩壊してから何年たったのか…。

昔話に華を咲かせるのなら、それはそれでいいのかもしれませんが、そのようなもので、インターネットの今を語るのは、百害あって一利なしと思われます。

ま、finalventさんがそこまで言うのなら、読んでみようかな…。という気持ちになりました。

(^o^)

投稿: スポンタ | 2007.07.02 23:56

情報やネットにいろんな面で個人が振り回される時代が来た(肩こりとかドライアイとか腰痛とかストレスとかフィッシングとか個人情報流出とか年金納付記録不明とか)
資本主義自体は何にも変わらないよ
時間や情報をうまく使いたい人が増えてそれ関連の商品はいろいろ出るだろうね

投稿: itf | 2007.07.04 10:01

交渉、駆け引き、トレードオフ、ロビー活動、協定、空気を読む・・・
深刻な時代がやってきた。個人が試されてる。後戻りできない。しかし我々はうまく対処する知恵を生み出せると信じてる。

投稿: itf | 2007.07.04 10:25

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