2007年参院選、雑感
参院選が終わった。民主党に投票した私とすれば期待を上回る結果になったが、ブロガーとしての予想(参照)は大きく外した。そのあたりの反省から書いてみたい。
予想を外した理由は二つあった。一つは一人区でここまで自民党が負けるとは思っていなかったことだ。象徴的な事例としては片山虎之助参院幹事長落選は想像もしていなかった。私は基本的に5月時点での読売ウィークリーの読みである、15選挙区での獲得はいけるのではないかと思っていた。しかし、読売ウィークリーが自民党勝利例とした富山ですら自民党は敗れた。
29選挙区のうち、自民が議席を固めつつあるのが群馬、富山など15選挙区、逆に民主優位なのが岩手、三重など6選挙区。残りの8選挙区はほぼ互角の戦いだ。
結果は自民党が獲得した議席は6に過ぎなかった。
結果がわかった時点で振り返って、一人区の予想が7月7日の時点で可能だったかだが、私には無理だったのではないかと思う。なので、私には2007年参院選を的確に予想する能力が基本的になかったことになる。
もう一つ予想を外したのは複数区で人気政党による押し出し効果があったことだ。単純な例で言えば、二人の民主党候補が当選することで公明党候補が押し出された。獲得票数としては公明党の勢力が衰えているわけではないが、こうした事態になるとき通常なら鉄板の票数による票固めが有効にならない。
この点も参考にした5月時点での読売ウィークリーの読みを振り返ってみよう。便宜的に予想が当たっている部分を赤、外したところを青にしてみた。
選挙区ごとに優位に戦いを進めている党派を並べると、次のようになる。
▼改選議席(5)=東京(自・自・民・民・公)
▼改選議席(3)=埼玉(自・民・公)、千葉(自・民・民)、神奈川(自・民・公)、愛知(自・民・公)、大阪(自・民・公)
▼改選議席(2)=北海道(自・民)、宮城(自・民)、福島(自・民)、茨城(自・民)、新潟(自・民)、長野(自・民)、静岡(自・民)、岐阜(自・民)、京都(自・民)、兵庫(自・民)、広島(自・民)、福岡(自・民)
東京の保坂三蔵落選を例外とすれば、残り3つは民主党による公明党押し出しによるものだった。この部分の予想については押し出し効果が出ることは予想できなったという点では予想を外したが、概ね予想した域内に収まってる。
比例区についても同様に見てみよう。
比例選の場合、自民党の獲得議席は直前の報道各社の世論調査の自民党支持率が参考になる。自民vs民主の構図で戦った過去3回の獲得議席との相関(数字は読売新聞調査)を見ると、2004年(32.7%)→15議席、01年(41.0%)→20議席、1998年(31.4%)→14議席。直近調査(3月17日)の自民党支持率は36.4%だから、現段階で17議席程度が見込まれる。
結果は自民党の議席は14なので、誤差は3議席ほど。これも概ね予想した域内に収まってる。
なので、複数区と比例区についてはそれほど予想外のことは起きていない。この点について私はこう書いていた。
その後、安倍自民党バッシングのような状態は続いて、5日付読売新聞”安倍内閣支持率32%に下落、不支持率は53%…読売調査”(参照)ではさらに落ち込んでいるが、それで比例選に大きな影響を出すほどのものでもない。また複数区のほうもそれほど変化はないだろう。
この点は概ね予想どおりではあったが、先の押し出し効果は想定できなかった。私はメディアが安倍自民党バッシングを流しても比例区と複数区にはそれほど影響はでないと思っていたし、結果としてはそれほど大きな影響を出しているとは思えない。
以上で予想外しの反省は終え、結果についての考察に移る。
今回の参院選の意義は一人区で自民党が大敗したことだろう。当然ながら一人区というのは基本的に票格差の大きい地方になるのだが、そこで従来の自民党による集票組織が機能していなかったことになる。開票速報のインタビュー映像などでそうした地域の話を聞くと自民党への怒りのようなものから票が民主党に流れたかのようにも思えるし、実際そういう面はあるのだろうが、私としては自民党による集票組織が機能しないことが大きな原因だろうと思う。ではなぜ機能しなかったのか。基本的にこうした地方の集票組織は利益集団でもあるのでその利益機能が弱体化してしまったのだろうということと、小泉政治によって解体させられた余波があるように思える。自民党に集票組織があれば島根の亀井亜希子のような当選は無理だったのではないか。
今後の日本の政治について今の時点で思う印象を述べたい。外交面ではすでに米国ヒル国務次官補が結果的に言及していたが日本の対北朝鮮外交はより弱体化するだろう。内政面では自民党が参院をグリップできないことで大きな混乱が起きるだろう。ただ、橋本元総理のように安倍総理引退とまで予想はできない。衆院には衆院の論理があるだろう。
橋本元総理の参院選敗退は、私は基本的に経済政策のミスによるものだろうと思っていたし、私は日本人というのは利に聡く、経済面で大きな失策がなければそれほど政権への打撃はないものだと考えている。年金問題についてはすでに言われているように民主党に解決の秘策があるわけではないし、憲法改正問題は私には悪いジョークのようにしか思えない。では、今回の参院選の結果は日本人が現政権の経済政策にNO(否)を言ったかというと、地方からは大きなNOが出たことは確かだろう。だがそれは多分に地方からのルサンチマンに近く、日本経済のステークホルダーたちにどの程度影響をもたらすかといえば、それほど大したことはないだろう。大企業の活動は円安によって好調だ。なので、経済政策面で安倍続投というのは無言に概ね支持されているのではないか。
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コメント
憲法改正については、改正内容の是非よりも、憲法が神聖化しちゃって不磨の大典化することの方が私は危険だと思うのです。
むしろ間違ったらまた改正すりゃいいや、くらいの方が健全なのでは。
投稿: ■□ himorogi / neon □■ | 2007.07.30 12:02
>経済政策面で安倍続投というのは無言に概ね支持されているのではないか。
これダウトですね。
基本的に選挙は経済政策のみが評価されるもので、
今回も例外ではないはずです。
経済成長は確保したものの、国民の可処分所得の
右肩下がりは解消されていません。これが最大の敗因でしょう。
小泉の頃は、経済が良くなりかけてきた予兆があって、
それが支持されて選挙に勝った。今回はそれが自分の実入りに
ならないことがわかって野党にスイングした。
1986-1989も似た構図だったと考察しています。
面白い結果があって、東京や北陸の経済が比較的保っているところは
自民が食い下がっている。あと20代、特に前半は自民支持が多いです。
就職状況の改善は大きいでしょうね。
投稿: | 2007.07.30 12:15
finalventさん、こんにちは、
一人区で集票組織が働かなかったということは確かにそうだな、と。
地方が疲弊しているのをひしひしと感じます。自民党の改革路線に乗れば幸せになれると、大企業の利益を財源にまた地方に還元してくれると自民党の地方組織の末端は思っていたように聞いています。しかし、働けど働けどわが暮らし楽にならざり、でどうもこれは違うという思いが若い支持者の間から広がっているように推測します。
参議院というのも地方からみればそんなのに選挙協力してなにかいいことあるのか?という思いがしてしまうのではないでしょうか?たぶん、衆議院の地方区とか「自治」(利益誘導ともいう)に近いレベルでは自民党の集票組織はまだ働き続けていると思いますよ。
投稿: ひでき | 2007.07.30 12:44
日本は円安トレンドが望ましいので安倍続投でも良い。厳密に言うと現在の日本の政権は経済のトレンドにはあまり関係ない。国内外問わず市場の目は日銀に向いているから。国民の年金問題の怒りが行き場を失って、選挙の場を選んだのは良くない現象。軍事では日本人は世界警察の役を担うという感覚すらないわけだから、憲法改正は特に世界の治安には決定的な意味を持ち得ない。今回の結果は特に見るべき物はないが、マスコミの情報を流せる特権がインターネットを軽く凌駕してる事を再認識した。まだ国家権力はネットに介入する時期ではないらしい。
投稿: itf | 2007.07.30 13:05
本エントリに、氏の仰る「ブロガー3年」の確かな腕力を見た気が致します。ご苦労様でした。
私のところは改選議席数が2だったものですから、押し出し効果もなく綺麗に“分ける”だろうと察して、
後は比例をどうするか投票所の前で悩んでいたのですが、
そこに「虫の知らせ」がありまして…比例は自民にしました。
まあ、この選択は…
次の「こんなはずじゃなかった」ヒステリーに対応する為に用意した姑息なアリバイなのかもしれませんが、
「お灸ってのもどうなのさ?」と考えたものですから…
カタルシスなんてこんなところで得るものでもないしなあと。
投稿: 夢応の鯉魚 | 2007.07.30 13:31
民主の四国制圧で、今後の四国がどのように変わるのかが非常に関心がありますね。
まぁたいしたことないのでしょうけれど
投稿: hoge | 2007.07.30 14:17
自民党への「怒り」は共有するけれども、
今回、民主党に入れた人々は、
近いうちに裏切られるんじゃないでしょうか。
投稿: ken | 2007.07.30 22:45
こんにちは。
>地方からは大きなNOが出たことは確かだろう。だがそれは多分に地方からのルサンチマンに近く、日本経済のステークホルダーたちにどの程度影響をもたらすかといえば、それほど大したことはないだろう。
このように書くことが出来るfinalventさんは、とても勇気のあるブロガーだと思います。
投稿: けろやん。 | 2007.07.31 07:38
finalventさん、おはようございます、
「揺れるマンション顛末記」のgskayさんが今回の選挙の分析をされています。
≪引用開始≫
さて、比例で見る限り、自民党は惨敗していません。
しかし、選挙区では、惨敗です。これは、自民党が惨敗したというより、自民党と公明党の選挙協力が惨敗したということだと思います。
≪引用終り≫
http://gskay.exblog.jp/6006663
投稿: ひでき | 2007.07.31 08:18
自分は別に自民支持でも民主支持でもありませんが、沖縄県民として民主党のマニフェストの中にある『沖縄ビジョン』に納得がいかないので民主党には絶対に票を入れません。人口130万人の島に3000万人の外国人を長期ステイさせ、中国語の教育、日本との時差をもうけ、沖縄独自の地域通貨を作るなどなど・・・。民主党のマニフェスト通りに行くと30人に1人が沖縄県民となり、日本で1番治安の悪い県になるでしょう。そしていつか沖縄は日本じゃなくなり、台湾と同じように中国の1部になるんでしょうね。今回民主党に投票した方はちゃんとマニフェスト読んでますか?思想的には外国人の為の政策が多々ありますよ。
投稿: キキ130 | 2007.08.01 14:45
上の方、マニフェストのどこにかいてありますか? http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2007/pdf/manifesto_2007.pdf
をダウンロードしたのですが検索で「沖縄」をかけてもひっかかりませんでしたが・・・
投稿: ぼー松 | 2007.08.01 21:11
貴殿の予想が当たった/外れた……ということに何か意味があるのでしょうか?
投稿: k | 2007.08.01 23:22
民団職員を立候補させた時点で民主党だけは有り得ません。対北朝鮮政策が弱体化するだろうという予想をしておいてなお民主党に投票した意図が知りたいのですが。
投稿: alpha | 2007.08.01 23:50
finalventさんはあまり興味を持たれないかもしれませんが、野党が参議院を支配したことでふと思いついたこと。戯れ言と思って読んでいただければ幸いです。
例の慰安婦決議案がアメリカ議会下院で可決されたことについて、日米関係に悪影響との論調が日本メディアにありますが、日本側が抗議や報復的措置を執るのでない限り、そもそも日米関係が悪化することなどあり得ません。そして、そのような態度に出る気配は日本側にはありません。産経は、同決議案を批判しておきながら、「否決なら日米同盟にヒビ テロ特措法延長」などという記事を載せていますが、お人好しすぎるように感じます。「対テロ戦争」は全世界の共通目標だというお題目ならば、話半分に捉えるべきです。
そこで、参議院を野党が握ったことに便乗して、テロ特措法の延長をしないことをもって日本側の応答とするのはどうかと思ったのです。与党としては、野党が同法を審議未了・廃案に追い込んだことを「不本意ながら立法手続上やむを得ない」という立場をとれますし、野党としても「自らの公約に忠実であったまで」という姿勢をとれます。
まあ、かつて吉田茂がアメリカの要求に対して憲法9条と社会主義政党の存在を出汁に使ったような感じで決然たる態度に欠けますし、テロ特措法が米国にとってそれほど重みがあるとも思いませんが、日本にもこんな対外的パフォーマンスを演じるくらいの度胸があってもいいのではないかと思います。フィナンシャルタイムズによれば、安全保障への影響を懸念して参議院を握った民主党と会談しようという動きがアメリカ政府にあるということですから、ひょっとしたら使える手なんじゃないかと思った次第です。
投稿: 通りすがり | 2007.08.02 00:53
ぼー松さん 民主党『沖縄ビジョン』で詮索して下さい。
投稿: キキ130 | 2007.08.02 14:09
ぼー松さんさん沖縄ビジョン【改訂】の方です。失礼しました。
投稿: キキ130 | 2007.08.02 14:20
私は、保坂さんぞうさんが落選して残念です。保坂さんは、ご自分の選挙区である東京のことをよくご存知でした。今回の落選で保坂さんの政治生命が絶たれてしまわず、速やかに国政に復帰していただきたいと思っています。ブログの管理人様の主題に沿わないコメントですみません。また、保坂さんのお名前は、「三造」ではなく、「三蔵」です。細かな点ですが、どうでもよいことでもないと思われます。
投稿: 東京都の住人 | 2007.08.02 19:16
東京都の住人さん、誤記のご指摘ありがとうございます。保坂候補および支持者のかたに失礼しました。修正しました。
投稿: finalvent | 2007.08.03 06:45
ピーター・ドラッカーによれば、今は知識社会で、もはや、社会の主たる生産要素は、土地、資本、労働ではなく、知識になっているといっています。製造業中心の産業社会とは、社会の前提が違ってしまっているのに、社会の仕組みが産業社会のままなので、いろいろな問題が起きているということなのです。ドラッカーは、先進国の少子化や、巨大金融機関としての年金基金にも言及していますが、なんと言っても、産業社会から、知識社会に社会が変化したことが、彼のいう「断絶」を世の中全体にもたらしていると考えているみたいです。これからも今まで同様、経済と技術は変化し続けるけれど、今後一番変わるのは社会である、その変化した社会を「ネクスト・ソサエティ」と名づけています。自民党にしても、民主党にしても、「ネクスト・ソサエティ」のビジョンがあるかないかが肝心なようなのです。ドラッカーに従えば。これまで、何十年も社会は与件であり、経済と技術が中心の変化をしていたけれど、これからは、知識社会にふさわしい社会の仕組みを作ることが大事なようなのです。でも、この意見はあくまでも、私のドラッカー観のサマリーなので、ほかの人に私の意見を押し付ける気はありません。ドラッカーが無謬だとも思っていません。ただ、自民党の郵政解散での圧勝の後の参院選での大敗北を見て、これもドラッカーの言う「断絶」の1つの表れだと思っただけです。
投稿: ドラッカー愛読者 | 2007.08.04 05:06
アルビン・トフラーが大著「富の未来」の中で、「変化は衝突をもたらす。だが、変化の拒否も衝突をもたらすのである。」「知識と無形資産に基づく明日の経済の担い手と、時代遅れの職やスキル、地位、給付にしがみつき圧倒的な力を持つ新しい富の体制への適応を遅らせることもいとわない抵抗勢力との衝突がある。」といっています。また、ピーター・ドラッカーは「新しい現実」の2004年1月8日発行の新版の序文の中で「IT革命において、情報は技術を越えるものだった。それは新たな原理だった。ITバブルはつぶれて当然だった。情報を技術として捉えていた。」「情報はそれまでの技術とは異質だった。ワット以降の技術はすべて、機械的なものとして論理的な存在だった。これに対し、情報は知覚的な存在だった。情報は全体との関連においてのみ意味を持つ。これがIT革命における情報の根源的かつ恒久的な特質だった。」といっています。これから明確になる知識社会がいかなるものかを考えるうえで示唆に富む意見であると考えます。
投稿: 知識社会 | 2008.03.08 08:42
知識社会について、ピーター・ドラッカーは、まだウインドウズ95が発売され、インターネットの利用が完全に商用化されていない1993年の時点で「ポスト資本主義」という著作の中で踏み込んだ重要な洞察をしてくれています。最終章の第12章「教養ある人間」の中で、「知識社会の中心は人である。」と明言します。それゆえ、知識社会の代表者は教養ある人間となり、「教養ある人間が社会の能力を規定する。同時に社会の価値、信念、意志を体現する。」と断言し、「封建時代の騎士が中世初期における社会の代表であり、ブルジョアが資本主義社会における社会の代表であったとするならば、教養ある人間は、知識が中心的な資源となるポスト資本主義社会における社会の代表である」とします、さらに、「教養ある人間の意味そのものが変わらざるを得ない。」のであり、「教養があるということの意味が変わ」り、「教養ある人間なるものの定義が決定的に重要となる。」「教養ある人間は飾りどころか要の存在である。」とまで言い切っています。
以下、重要なドラッカーのアフォリズムを拾うと、「教養ある人間は、未来を創造するためとはいわないまでも、少なくとも現在に影響を与えるために、自らの知識を役立たせる能力を持たなければならない。」と主張し、「ポスト資本主義社会」を以下のように締めくくっています。
「これから起こる最大の変化は、知識における変化だということである。すなわち、知識の形態、内容、責任、そして教養ある人間たることの意味の変化である。」
まさに知識社会に突入中の現在に起こっていることが、知識の形態、内容、責任、そして教養ある人間たることの意味の変化であると考えています。
投稿: 知識社会2 | 2008.03.08 09:10
ピーター・ドラッカーは、最後のまとまった著作ともいうべき(その後は、論文集と編集を経た要約集しかないはずです)「明日を支配するもの」の中で、流通経路について、「流通経路というものは、常に流通するもの自体を変える」と簡単に指摘しました。この著作を出版した同じ1999年に、ドラッカーの最重要論文のひとつである「IT革命の先に何があるか?」の中で、流通経路としてのインターネットの重要性を強調しています。産業社会を知識社会に変容させる大要因としてのインターネットの重要性を再確認した論文で、この論文は、日本では、「プロフェッショナルの条件」、「ネクスト・ソサエティ」、「テクノロジストの条件」の3つの書物に重複して掲載されています。翻訳者の上田先生が重要性を認識してくださって、このような措置をとってくださったものと感謝しています。この論文の中で、ドラッカーは、以下のように論述しています。
「eコマース(電子商取引)は経済、市場、産業構造を根底から変える。製品、サービス、流通、消費者、消費行動、労働市場を変える。さらにはわれわれの社会、政治、世界観、そしてわれわれ自身にインパクトを与える。」
「何がeコマースに乗り、何が乗らないかはわからない。流通経路とはそういうものである。」
「流通経路は、顧客が誰かを変える。顧客がどのように買うかだけでなく、何を買うかを変える。消費者行動を変え、貯蓄パターンを変え、産業構造を変える。ひとことで言えば、経済全体を変える。これがいま(1999年)アメリカで起こりつつあり、他の先進国でも起こりはじめていることである。また、中国その他の新興国でも起こっていることである。」
わが日本は、iモードの普及によりインターネットがモバイル化して速やかに普及し、さらに、eコマースに加えて、2007年3月18日からはPASMOが出現したことにより、電子マネーも普及して、おそらく、世界でもっとも知識社会への移行が加速されている経済圏であろうと思っています。現在の乱気流の時代は来るべきよき時代のための産みの苦しみの時代なのだと認識しています。
投稿: 知識社会3 | 2008.03.08 09:44
このエントリーに関係のある政治の話ですが、ピーター・ドラッカーは、1986年の論文集「マネジメント・フロンティア」の日本語版への序文の中で、「日本の経営の果たすべき役割」に言及しています。これは、「日本の政治の果たすべき役割」とそのまま置き換えられるはずのものです。
「明らかにそれは、明日の世界経済の問題を把握し、明確にし、解決することにおいて、リーダーシップをとることである。すなわち、日本のみならず世界経済のために、明日を形づくり、明日を決定する意思決定を今日行うことである。」
ではなぜそれが、困難なのか、あるいは常に的確にできないのか、それをドラッカーは「ポスト資本主義」の中でこう説明しています。
「今日(1993年の時点、でも現在も継続中と思われる)、政治体制におけるプレーヤーたち、すなわち政治家、官僚、外交官、政治学者、政治評論家は、社会におけるプレーヤーたちよりも、昨日の言葉で語り、書き、そして昨日の前提と昨日の現実に立って行動している。あるいは、そのように行動せざるをえないでいる。」
ドラッカーは「ネクスト・ソサエティ」の中の論文(インタビュー形式)「資本主義を越えて」の中で、1998年の時点でこう語っています。
「アジアでリーダー的な地位にある国が日本である。だが今日の日本は、本質的にヨーロッパの国である。もっと悪いことには、19世紀のヨーロッパの国である。だから今、麻痺状態にある。」
「日本を軽く見ることはできない。一夜にして180度転換するという信じられない能力を持っている。ただし助け合いの伝統のあまりない(ボランティア組織が未成熟であることを意味するのか、キリスト教の教会のような宗教組織がないことを意味するのか不明)日本では、痛みは耐えがたいものとなろう。」
「日本は劇的な転換が特異である。一定のコンセンサスが得られるや直ちに転換する。」
「今日(1998年)までのところ、日本は問題が突然なくなるか、徐々になくなるかすることを夢見ている。脆弱な金融システムに取り組むことを先送りにしている。だが、時の経過とともに、そのようなことはありえないことが、さらにあきらかになっていく。」
「危機にあって自由化を望むのは無理である。アジアに限ってのことではない。自由化は長期には経済の発展につながるが、短期的には混乱をもたらす。」
これらのドラッカーを説明を読んでお分かりいただけると思いますが、ドラッカー教授は2005年11月に亡くなられていますので、小泉元首相による郵政民営化の達成に言及できませんでしたが、日本国民は、小泉元首相の下で、「脆弱な金融システム」に取り組み、小泉元首相は、果敢に「危機にあっての自由化」を断行しました。今は、「短期的な混乱」の中にあり、「耐えがたい」「痛み」の中にあるのです。でも、ここを乗り切れば、長期的には経済の発展の展望が得られるはずです。
日本の経済と社会をそれほど悲観する必要はないという観点を示すすぐれた著作をいくつかあげるとすれば、日下公人氏の「21世紀世界は日本化する」、伊藤洋一氏の「日本力」、増田悦佐氏の諸著作、諸論文というところでしょうが、政治頼み、インフラ頼みにせず、個々の知識労働者と知識労働者を雇用する組織がグローバル経済、グローバル市場の性質をよく研究して、自らの知識労働の生産性を向上させる努力を怠らないことが何よりも肝要なのであろうと思います。知識労働の生産性を向上させることができないと社会がどういう破目に陥るかは、ドラッカー教授の「明日を支配するもの」に詳細に論じられています。
投稿: 知識社会4 | 2008.03.08 10:29
「知識社会4」の「日本は劇的な転換が特異である」は、「日本は劇的な転換が得意である」の誤りです。間違った引用をしたことを出版社、著者とその遺族、翻訳者の方々にお詫びします。当然悪意ある誤りではなく、単なる見落としです。しかし、緊張感ある著作の文章を誤字によりしらけさせて申し訳ありませんでした。コメントの説得力も減少したことと思われます。
投稿: 知識社会5 | 2008.03.08 15:30
「知識社会4」で小泉純一郎元首相のことを取り上げたので、もう一人の人物にも言及しないと不公平かと考えます。それは、荒井広幸代議士です。
私は、荒井代議士は時流に即したものの考え方をしている方とは思っていません。でも、自分の良心と正義と信ずるところに従って行動した人だと考えています。こういう方が幕末の会津の男子たちのような人だと思っていました。この人は去勢され、飼い慣らされていない野性の人であり、いまは大きく行動できなくても、きっといつかは時代に招かれて大仕事をする機会がやってくると考えています。平成の河野広中とまでいうと、荒井代議士ご本人も当惑されるかもしれませんが、ほかの政治家にだらしない人が多い現状をかんがみれば、それほどの誇張でもないと思っています。
荒井代議士とは関係ないですが、1968年に発表されたピーター・ドラッカー教授の「断絶の時代」とインターネットの関係の検討について少しコメントを入れさせてください。
1993年、ドラッカー教授は「ポスト資本主義社会」の中で、「われわれの時代を知識社会と呼ぶのは、いまだ尚早である。傲慢でさえある。われわれはいまだ知識経済をもつに過ぎない。」と用心深い発言をしています。
それが、1999年の「断絶の時代」の新版では、出だしから、「知識社会の到来こそ最も重要な断絶である!」と断言し、翻訳者の上田先生も「(1968年)当時ドラッカーが予見し、今なお進展を見せる巨大な断絶」とは「知識社会の出現と知識労働者の台頭である」としています。
ドラッカー教授は、「断絶の時代」の冒頭で、1.新技術、新産業の出現、2.世界経済のグローバル経済化、3.社会と政治の多元化、4.知識の性格の変化の4つの断絶をあげています。
この4つの断絶とインターネットの関係を検討すると、まず、1.1968年から見れば、インターネットと電子商取引は新技術、新産業である、2.インターネットはグローバル経済どころか、グローバル市場、グローバル社会を実現しうる、3.インターネットのブログ、掲示板、SNS、オンラインゲームなどは社会の多元化の大要因である、4.以上の3点から考えても、インターネットは大規模工場による製造業と株式会社を中心とする産業社会を急速に知識社会に変える巨大要因であると申し上げてよいでしょう。
さらに、話がこれですまないのは、「ネクスト・ソサエティ」の論文「IT革命の先に何があるか?」でドラッカー教授が歴史の前例を挙げて未来を類推するところによれば、インターネットの出現により、電子商取引より生産性の高い、情報産業とはあまり関係のない新技術、新産業、社会的革新が大量に誕生し、それらの新技術、新産業、社会的革新が、インターネットと電子商取引を陳腐化さえさせてしまうことまで考えられるということなのです。
長々、だらだらとしたコメントを入れてすみませんでした。
投稿: 知識社会6 | 2008.03.10 08:20
「知識社会4」で触れた増田悦佐氏について。
経済学者のシュムペーターは、マルクスについて、マルクスの出した解答はすべて間違っているが、マルクスの問題提起はすべて正しいとし、経済学者の中でマルクスを最も尊敬していたそうです。シュムペーターにとって大切だったのは解答ではなく、問題提起のほうであったということです。
増田悦佐氏の著作を読めばわかると思いますが、増田氏の諸結論は、通常の社会人にとっては容易に信用しがたいものです。でも、増田氏の資料の集め方、データの使い方、推論の仕方、説得に用いる比喩などは、ものを考え、何事かを予測し、何事かに理論的説明を求める場合には非常にためになる社会科学的思考の模範を数多く含んでいると考えます。
正直申し上げて、私はきちっとした社会科学的思考の訓練を体系的に受けていません。社会科学をきちっとしたメンター教授に指導してもらってから社会人になった方々は、私のものの考え方の偏りを容易に指摘できることと考えています。でも、素人の乱読でもこの程度のことには気がつけるという1つの事例が私のものの考え方であるとしてもらえれば、正統な社会科学の教育を受けた人々はどの程度のことまで洞察すべきかということの指標にはなりうるとも思います。
投稿: 知識社会7 | 2008.03.15 05:56
増田悦佐氏を高く評価しながらも、増田氏に同意できないこと。
増田氏は田中角栄の経済政策を愚劣であると非難します。この点については、増田氏が正しいのかもしれないし、正しくないのかもしれない。この正否の判断は私の能力を超えています。
だが、この増田氏の判断は、後知恵であるというのが私の考えです。
田中角栄の時代には、田中角栄は正義であったと私は考えています。私が小学生の子供だったころ私の周囲の大人たちの多くは田中角栄を基本的に支持していました。
私は、田中角栄が間違っていたのではなく、田中角栄の成功があまりに偉大であったがゆえに後の時代に発生した問題の解答を見つけ出すのがきわめて困難なのだと考えたいと思います。失敗だけでなく、成功も後に問題をもたらすものなのだという認識は持つべきであろうと考えます。田中角栄は田中角栄の流儀で後の時代に宿題を残していったのだと考えるのが妥当というものだろうということです。
結局、増田氏は、田中角栄の件でも怜悧ではあるかもしれないけれど、こと、田中角栄に関しては、浅見しか持ち得ていないと結論しています。
投稿: 知識社会8 | 2008.03.25 06:58
ピーター・ドラッカー教授は、電子商取引の時代の差別化に決定的に重要なのは配達であるとしています。(「ネクスト・ソサエティ」第4章「eコマースは企業活動をどう変えるか?」)
「配達」という表現を使うと泥臭いから、「物流」、「ロジスティックス」というより一般的な表現を使用したほうが適切と考えています。
ご存知のとおり、ロジスティックスというのは、完全に最先端のITが適用される技術、産業分野です。IT革命で最重要な要件がロジスティックスであることは適切な指摘と申せましょう。
イエロー・ハットの鍵山相談役はお掃除の効用を説かれていることで有名になってしまいましたが、鍵山相談役がイエロー・ハットを成功に導けた最大の根拠は物流の最適化にいち早く着手されたことであることを知る人は少なくないはずです。これからは、お掃除の話を聞かせていただいたり、一緒にお掃除をさせていただいたりするだけでなく、経営者ならば物流改善のコンセプトを鍵山相談役に教えていただくようにするとよろしかろうと考えます。
ドラッカー教授はオーストリアのウィーンで生まれてアメリカのカリフォルニア州で亡くなられた方だから、商品の配達のほうが先に想起されるのでしょうが、日本の首都圏、関西圏であれば、情報さえ入手できれば、重くないものなら配達してもらわなくても流通、サービスの現場に足を運ぶほうが楽しいと感じる一般消費者は多いはずです。そうすると、日本の場合は物流のみならず旅客交通の便宜を図ることも有益なことだと考えます。
本年2008年は、3月30日に日暮里・舎人ライナーと横浜市営地下鉄グリーンラインが開通し、6月14日には東京メトロ副都心線も開通します。
非常に喜ばしいことだと考えています。
投稿: 知識社会9 | 2008.04.04 08:31
ピーター・ドラッカー教授の出発点は政治学者です。これは「経済人の終わり」、「産業人の未来」を読めば明らかです。
そういう人が第2次世界大戦後の時代と社会の要請に答えるために経営学の改良と刷新に努力したのがドラッカー教授の主たる業績です。こう断言してよいと思います。
そういうわけだから、ドラッカー教授の哲学、経済学、社会学、歴史学の知識の限界は、そういう分野の専門家であれば、指摘するのは容易なはずです。素人でさえ、ドラッカー教授の東アジア事情と自然科学の各論についての知識のいい加減さは容易に見つけ出せます。物理学者である賢明なドリス夫人はドラッカー教授の著作の手伝いをやめたそうです。そのおかげで夫婦仲はよかったそうです。
それでも、もし西田幾多郎博士の「アンリ・ベルクソンは20世紀前半最大の哲学者である」という判断が広く承認されうるのであれば、ピーター・ドラッカー教授の「断絶の時代」は20世紀後半の最大の哲学的業績の1つであるという判断(私の自前の判断ではなく、「断絶の時代」の1999年改訳新版の翻訳者の上田惇生先生のご判断の借用です)も、主に経営管理や行政の実務に努力している人々からは広く承認されるものと考えています。
投稿: 知識社会10 | 2008.04.07 08:19
ソ連の崩壊の予測については、小室直樹先生の「ソビエト帝国の崩壊」が発表されたのが1980年、ピーター・ドラッカー教授の「新しい現実」が発表されたのが1989年です。そして、「新しい現実」でソ連の崩壊に言及している部分は、実質「「ロシア帝国」崩壊のとき」だけです。
小室直樹の慧眼恐るべし。
それでも、読み比べてみると、小室先生は球の体積を半円の回転体として求めたような感があるのに対し、ドラッカー教授は極座標を用いて微小な立方体の集積物として球の体積を求める解法を提示しているような気がして、ドラッカー教授のほうが高度な解法を使っているような気がします。別の数学的比喩を使えば、小室先生はオイラーの公式を微分法で証明したのに対し、ドラッカー教授はオイラーの公式をテイラーの公式を駆使して積分法を使って導出してしまったようなものだと感じました。
こう見比べたからといって、ドラッカー教授のほうが小室先生より優れた哲学者であるといいたいわけではありません。小室先生は昭和生まれの日本人、ドラッカー教授は明治生まれのオーストリア人、ロシアを研究題材にすれば、第1次世界大戦の時代に生き、ヒトラーが権力を掌握する様子をヨーロッパでつぶさに情報入手していたドラッカー教授のほうがはるかに有利に決まっています。
だから、中国、朝鮮半島問題を扱えば、小室先生のほうがはるかにピントの合った話が組み立てられるはずです。
それでも、オーストリアの話でも、社会学者としてのシュムペーターの業績なら、小室先生のほうが詳しいだろうし、日本の話でも、日本美術論ならば、ドラッカー教授のほうがはるかに優れた権威であるはずです。
この話を持ち出したのはほかでもない。
小室直樹選集を体系的に刊行し、その第1巻に「ソビエト帝国の崩壊」を持ってきてほしいからです。問題なのは、この重要著作の解説に当たれる資格のある人など今の日本にいるのかということです。日本にいないならば、韓国語訳して、キム・ワンソプ先生に解説を依頼すべきだと考えます。
投稿: 知識社会11 | 2008.04.07 08:40
ソ連の崩壊をオーストリア・ハンガリー帝国の崩壊という歴史の前例から類比推理したように、ピーター・ドラッカー教授は類比推理の天才です。
でも、ドラッカー教授自身は、科学的推論の方法論としての適切な類比推理の使用に関する哲学的論文は著作されていないはずです。
この類比推理を科学的推論に持ち込まねばならないと強く主張されたのがわが国の今西錦司先生です。
でも、類比推理の重要性自体は今西先生がはじめて気づいたわけではなく、トマス・アクィナスも「アナロギア」を取り上げ、エドワード・コーク判事も判例法の堅持のためにフランシス・ベーコンと論争したのだと考えます。この、コークとベーコンの論争の結果生まれた英米法の重要な法概念が「コモン・ロー」と「エクイティ」であるということは、英米法を学んだ人なら多くの人の知るところであるはずです。
今西先生の「生物社会の論理」を読んでも、類比推理の適切な行使による重要な科学的発見は見つかりませんが、代わりに、今西先生はこの著書で、分類学から生物地理学へ、生物地理学から生態学へと、生物学が限界に突き当たるたびに止揚されて発展し、その生態学も矛盾が克服困難に露呈し始めたから、今西先生自身が霊長類を題材にして生物社会学を構想されているというストーリーを展開されています。今西先生の著書には、今西先生の歴史認識が息づいているのです。
現在の日本の生態学の権威は鷲谷いづみ先生たちのようですが、そのご業績は、高度な分析技術と洗練されたコンセプトを駆使しているけれども、現象と現象相互間のパターンの発見が中心となっているみたいで、最近の生態学の書物を読んでもあまり、「歴史認識」みたいなものはないらしいなという感じがします。もちろん、環境破壊進行の歴史事実の知識は専門家として権威ある質と量を確保されているのは間違いないと思うのですが。
当然、「現在の生態学にとってはそういう種類の「歴史認識」などは重要な問題点ではない」と権威ある生態学者に回答されれば、門外漢である私はそれを受け入れて、自分がグールド先生が好きで、カンブリア爆発に関心があるのならカンブリア爆発について勝手に調べ物をして、自分で勝手にカンブリア爆発の時代の生態学や生物社会学についての考え事をしていればよいのは承知しております。
それでも、社会科学で類比推理の利用が重要な社会現象の予測に力を発揮し、判例法による法体系では最も近似する前例から現在の問題の解決の回答を判事が類比推理するという思考法が健全性を保てているのだとすると、類比推理を自然科学の推論の方法論として大きく取り上げたいと宣言された今西錦司先生を回顧するような者もまだ消え果てはいないとこういうことです。
投稿: 知識社会12 | 2008.04.07 09:14
ピーター・ドラッカー教授について、こういう切り口で話をした人はこれまでにいないと思っています。
でもそういう話をあえてするのは、ドリス・ドラッカー夫人の「あなたにめぐり会うまで」(翻訳者は野中ともよさんです。野中さんありがとうございます。)をぜひ読んでいただきたいからです。ドイツの文化事情がいろいろ見えてきます。
翻訳者の野中さんは、ぜひドリス夫人に「あなたにめぐり会ってから」を執筆していただきたいとおっしゃっているのですが同感ながらも、知性のきわめて高い多忙な職業婦人であったドリス夫人が、いかに1910年代生まれの方とは言え、ドラッカー教授との間にお子さんを4人ももうけられているといった事実を指摘すれば、その著書は、ドリス夫人自身で著作する必要も無いことで、「あなたにめぐり会ってから」は、ドリス夫人にとっては言語表現あたわざるところであろうと思っています。
余計なことをさらに付け加えれば、ドラッカー教授は、カトリックがほとんどであるオーストリアでは珍しく、ルター派のプロテスタントに属しているはずです。人工的な産児制限については、カトリックほど厳格ではない牧師と教会を選択するのはそれほど困難でもなかったはずだと思います。それでも、両方とも多忙なのに、4人の子供をもうけて、きちっと育て上げたのだから、そういう夫婦だったと了解すればよいのだと思っています。
「あなたにめぐり会ってから」に相当する書物は、ドリス夫人自身によらなくても、社会の要請や必然性があれば、きっとドラッカー教授とドリス夫人の間の6人のお孫さんたちの中の誰か、あるいは6人共同で執筆されて、公刊してくださると思っています。
そして、そのお孫さん(たち)の著書が公にされたら、ぜひまた野中さんに翻訳の労を担っていただきたいと思っております。
投稿: 知識社会13 | 2008.04.07 12:06
「知識社会9」について。
配達、物流とITの関連ですが、最初のコンピュータであるENIAC自体が第2次大戦には間に合わず第2次大戦では使用できなかったけれども、製作目的は兵站の最適化のためにオペレーションズ・リサーチの高速大量計算をさせることであったそうで、ITと言う技術は、そもそも誕生自体がロジスティックスを目的としていたもので、そういうわけだから、ITが進歩してもっともその機能を発揮できる分野が物流であるというのも不自然な話ではないようです。
「知識社会12」について。
「解決の回答」は「解決の解答」の誤りです。
「カンブリア爆発」という表現より「カンブリア紀の大爆発」と言う表現のほうが適切みたいです。
「グールド先生」とはもちろん、スティーブン・グールド先生です。
一応、念のため。
投稿: 知識社会14 | 2008.04.19 06:45
人類が劇的に変化できるようになったのは、活版印刷技術が誕生してからだそうです。
15世紀の情報革命が活版印刷技術であったわけですが、実は、ピーター・ドラッカー教授の「ネクスト・ソサエティ」に収録されている論文によれば、産業革命も、本当に社会を豊かにできるようになったのは、鉄道が発明された後、料金前納制郵便と電報が発明されてから、すなわち、産業革命の枠組みでの情報技術の進歩があってからのようなのです。1次産品2次産品の生産技術も大事ですが、情報技術はもっと重要なようなのです。
ドラッカー教授の「明日を支配するもの」では、これまでの人類の情報革命は、文字の発明、書物の発明、活版印刷技術の発明、現在のIT革命であったそうですが、ドラッカー教授はその著書で活版印刷技術が発明された後ヨーロッパで何が起こったかを説明してくれています。
中国の歴史を調べると、甲骨文字は占いの記録であり、金文は統治者の事跡の記録が主であるようですが、甲骨文字は、黄河下流領域だけではなく、モンゴル南部や長江流域にも広まったようです。最初の情報革命の文字の発明もすさまじいインパクトがあったようなのです。
そして、書物の発明ですが、中国で、それまで口誦されていたことが文字で記録されて書物が現れると、周王朝の統治体制が揺らいで春秋時代となり、孔子が現れて、組織的に書物を集め、書物を読み解き、教育して、読み書きのできるようになったものたちを諸国に官僚になるように送り込むという戦略を取ると、戦国時代に諸子百家が生まれ、その後の統一中国に秦の始皇帝が現れるという結果が出現します。書物の発明も、孔子のような人が現れるととてつもないインパクトを与えるのです。
活版印刷技術の発明は、ヨーロッパに、地理上の発見、ルネッサンス、宗教改革をもたらし、近代を生み出します。現在のような自然科学、社会科学、人文科学を生み出し、産業革命を可能にしたのも、活版印刷技術があったからといえるようです。
そういうわけで、今度の情報革命であるIT革命は、文字の発明、書物の発明、印刷革命をはるかにしのぐ社会と人類の意識の変化をもたらすはずですが、技術がここまで進むと、これからは、技術の問題以上に、情報のコンセプトの問題のほうが重要になるらしいのです。
投稿: 知識社会15 | 2008.04.23 07:36
知識社会15は、「秦の始皇帝の中国統一」が正しいのだろうけれど、きっと、中国の人々もいい加減戦国時代を終わらせる統治者の出現を待っていたと思うので、「統一中国の秦の始皇帝」という言い方も出来ると思います。でも、みんなが始皇帝に幻滅して、秦はすぐ滅びたけれど。
モダンとポストモダン(「ポスト構造主義」ではありません)の違いを示してくれるのが、アンリ・ベルクソン博士とピーター・ドラッカー教授の技術への認識の相違だと思います。
ベルクソン博士は、蒸気機関と原子力といった物理的エネルギーの利用に大きな関心と期待を寄せたけれど、ドラッカー教授は、エネルギー問題である蒸気機関と原子力より、活版印刷技術やコンピュータといった情報技術に注目しました。物理学的認識と生物学的認識のコントラストですね。生物学にあれだけ関心を持ったベルクソン博士でさえ、物理学的枠組みでしか生物学を考えられなかったようなのがあの時代だったのでしょう。
もちろん、ベルクソン博士だって、コンピュータの効用を知れば、コンピュータにすごく関心を持ったと思いますが、コンピュータにどういう哲学的意味づけをしたかはいまとなってはわかりません。
アルビン・トフラーとハイジ・トフラーの夫妻もすごく共感するのだけれど、この人たちをどう位置づけてよいのかはよくわかりません。元はマルクス主義者だったそうだけれど、マルクスの結論を信じ込んでいるのではなく、マルクスの歴史哲学を応用できているのはたいしたものだと思います。
自分とは結論を共有できないマルクス主義者ではあるけれど、ヴィルヘルム・ライヒは基本的に好きです。マルクス主義者でも、すぐにゲバルトの行使を持ち出さないで、基本的に人間性を大切にする人たちには共感します。
マイケル・ムーアもいい人だと思うけれど、もう少しきれいな言葉を使うとよいと思う。やっぱり下品な態度というのは、説得力を損なうと思います。
投稿: 知識社会16 | 2008.04.23 16:45
「知識社会12」では、「コークとベーコンの論争の結果生まれた」とまで書いてしまいましたが、これは、「基本的に確立された」としたほうがより正しいようです。訂正します。コークは「コモン・ロー」を強調して判例法による類比推理を重視したらしく、ベーコンは、ご存知のように自然科学を帰納法による推理の上に確立する考えを提示した。この点はおそらく間違いないはずですが、後により正しい歴史的事実が判明したら、そのときに訂正が必要であれば訂正します。
投稿: 知識社会17 | 2008.04.26 15:56
ピーター・ドラッカー教授は、科学的管理法の父といわれるフレデリック・W・テイラーについて次のような話をされました。
「われわれが年を重ね、成熟していくにつれて、われわれの学問の父がいかに頭が良くて、進んでいて、賢明になるか再発見するものと、私は堅く信じている。」
ITがさらに進歩して、知識社会がさらに成熟していくと、ドラッカー教授がテイラーについてされた話は、孔子についてさらによく当てはまることになると思います。私はそう考えています。
投稿: 知識社会18 | 2008.04.30 10:05
ピーター・ドラッカー教授の「現代の経営」から引用します。
「複数の解決案を作成することこそ、われわれの想像力を動員し訓練するための唯一の方法である。そしてこれが科学的方法なるものの真髄である。」
「心の目も訓練し、鍛錬し、発達させることができる。そのための方法が、複数の解決案を求めつくりあげることである。」
この、科学的方法の真髄の最大の実践者は、おそらくトマス・アクィナスであろうと思います。
ベーコン、デカルト、ニュートン、ライプニッツらにより自然科学が打ち立てられるよりも前に、真の科学的思考とはいかなるものか、模範を示していた巨人がいたのだと考えるほうが物事の道理に即していると思います。
「現代の経営」には、この後にもっと重要なことが書かれているのですが、その話をすると論点がずれてしまうのでここでは申し上げないことにします。知りたい方は、「現代の経営」を読んでください。
投稿: 知識社会19 | 2008.04.30 10:18
「知識社会18」について。
頭がよくて、進んでいた私たちの学問の父としての孔子は、次の4つの点をしっかり考えに入れていた人であると考えます。
1.人間の自由と実存のあり方。
2.人間の先天的長所の教育による育成。
3.人間の短所の教育による矯正。
4.機能する政治と社会の運営。
1.の点を特に重視して考えたのが荘周であり、2.の点を特に重視して考えたのが孟子であり、3.の点を特に重視して考えたのが荀子であり、4.の点を特に重視して考えたのが韓非であったのであろうと思います。
出発点を作った孔子は、問題提起と暫定的回答の提示以上のことはできなかったように思われますが、後の時代に孔子の多様な側面のいずれかに絞った後継者たちは、孔子よりもすぐれた成果を得られたのだと考えます。
以上の4人の中で、自分が孔子にはるかに及ばないことをむしろ喜んでいたらしい変わり者が孟子で、それゆえに、程子兄弟、朱子、陸象山、王陽明らの後の時代の大思想家たちに共感され、敬愛されたのであろうと推測しています。
孟子の思想の中心は、社会的強者の徹底的な社会的責任の追及と弱者擁護であると考えます。それゆえ、孟子が孔子の正統な後継者の地位を勝ち得たことはきわめて妥当であると考えます。
投稿: 知識社会20 | 2008.05.04 06:00
知識社会20の「暫定的回答」は、「暫定的解答」の誤りです。この「回答」と「解答」の誤字はよく見落とすのが油断なのだろうと思います。
投稿: 知識社会21 | 2008.05.04 12:26
知識社会20で申し上げたとおり、私は、道家と法家は、儒家から派生した思想家集団であると考え、儒家と根本的に対立する思想家集団だとは考えていません。
むしろ、儒家と厳しく対立していたのは墨家であったと考えます。
孔子は、基本的に古代中国の情報技術者(ITテクノロジスト)であり、情報技術者の立場で古代中国なりの哲学、教育学、政治学、社会学を構想していたのであると考えています。
哲学者である孔子にとって、詩と音楽は単なる趣味や道楽ではなく、人間の精神的自由と社会的自由の基礎であり、教育学者である孔子にとって読み書きの能力とは現在で言えばコンピュータ・リテラシー(利用能力)のようなものであり、政治学者、社会学者としての孔子は、権力者たちに自己規律を求め、制定法による統治より慣習法による統治を好ましいと考えていたのだと思います。制定法に対する慣習法による統治の優先という点は、金谷治先生の学説を採用させていただいたことを申し上げさせていただきます。
一方、墨家というのは、基本的には、製造業者、土建業者の思想家集団であり、儒家に学びながらも儒家に対立しながら、製造業者、土建業者の立場で儒家とは異質な哲学、教育学、政治学、社会学を構想したのであろうと考えています。
ただ、今となっては、テクノロジストとしての墨家の思想が具体的にどういうものであったのか、本当のところは不明になってしまっていると考えていて、墨家のことの正しく知るのは不可能であるとあきらめております。
それゆえ、残念ながら、墨家についてこれ以上言及しないことにいたします。
投稿: 知識社会22 | 2008.05.06 06:04
知識社会に本格的に突入する前に、これまでの産業社会(工業化社会)の最大の知的成果の1つであるQC(品質管理)についておさらいするのは有益であると考えます。
QC(品質管理)については、私は、社会人になったばかりのときに、就職先の試用期間の工場実習の開始のまず初めに、その工場の工場長さんがQCの基本思想の講義をして下さいました。早く言えば、その工場長さんは、動物行動学で言うところのいわゆる「刷り込み」をしてくださったわけです。この卓越した教育者で、指導者である方は、著作家ではなく、製造業の企業の技術系管理職であった方で、現在は静かに年金生活を営まれていると思いますので、ご迷惑が掛からないようにお名前は伏せさせていただきます。遠くない先にこの方のことを紹介させていただける機会に恵まれればうれしく思います。私のこれまでの生涯には少なくない恩義ある方々がいらっしゃいますが、この工場長さんも、3か月間お世話になっただけの方ですが、私の恩人の一人です。
その工場長さんは、QCについて、次のような説明をされました。
QCの実践にとってQC7つ道具の使用、高度な統計的手法の使用、体系的な統計学の習得は大切である。しかし、それらは、技能的問題であり、器用さとか、熟練といった次元の話であり、QCの目的ではない。現在(1987年4月当時)の段階では、QCの基本的な考え方は、以下の6点が重要であり、今後、何か付け加わる項目もあるかもしれないが、おそらく以下の6点が削除変更されることは考えられない。その6点とは次のようなものである。
1.QCの出発点は、「現実主義、現物主義、現場主義」である。すなわち、QC活動では、現実を見てから考え、現物を見てからものを言い、実行に移す前には必ず現場に足を運ばなくてはならない。
2.QCは、「現実主義、現物主義、現場主義」であるゆえ、単なる「経験、勘、度胸」に依存する判断を排斥する。なぜなら、「経験、勘、度胸」に依存した判断とは、通常、有害でさえあるかもしれない偏見を多く含む先入観に基づく判断に過ぎないことがほとんどであるためである。
3,QCは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(確認)、Action(再開)の実施であり、反復である。
4.なぜ、QCがPlan、Do,Check、Actionを実施し、反復するのかといえば、それは、生産工程を継続的に改善するためである。最終製品を検査して、不良品、欠陥品を除外していたのでは、大幅なコストダウンはおよそ不可能である。それゆえ、生産工程を継続的に改善し続けねばならない。そして、これは本来期待すべきではないのだが、生産工程の継続的改善は、イノベーション(革新)の機会を提供してくれることさえある。
5.現在のQCは、「プロダクト・アウト」でなく、「マーケット・イン」の立場をとる。すなわち、製品指向ではなく、市場指向の立場をとるということである。
6.そして、「プロダクト・アウト」ではなく、「マーケット・イン」であるゆえに、QCにおいては、「後工程はお客様」なのである。
QCの基本思想とは以上のようなものであると、社会人になったばかりのときに教えていただきました。
また、墨家の話に戻って恐縮なのですが、製造業者、土建業者の思想家集団である墨家の中のまともな思想家や実践家は、私を指導してくださった工場長さんのように、誰が考えてもまともな発想の持ち主たちではなかったのかと思われるのです。現在残っている墨家に関する記録というのは、墨家の思想家の中でも、たいした業績も無いのに自己宣伝と権力闘争にだけ長けていた大きな声を張り上げる人たちのこととか、あるいは、対立する学派の人たちが意図的に本当の墨家の思想家たちの活動を歪曲、捏造して記録して伝えたものがほとんどではないかと思われるのです。製造業や土建業で有能な人というのは、たいていは頑固で、現場で有能で、思想活動は不得手な人が多いものです。
でも、墨家のことは今では本当のことはほとんど何もわからないと言う立場をとっているわけですから、私もこれ以上墨家についての無責任な話をするのを控えることにします。
投稿: 知識社会23 | 2008.05.06 06:43
この話は、あやふやな記憶に基づくものです。また、西谷啓治先生と小川圭治先生の実名を出させていただかないと話に説得力がなくなるので、西谷先生と小川先生のお名前を出させていただきます。西谷先生の関係者と小川先生と小川先生の周囲の方々にご迷惑が掛かるかもしれませんが、多くの人に有益な知識を披露することが目的ですから、皆様からお許しをいただけることと考えます。
キルケゴールの専門家の小川圭治教授の近代ドイツ哲学の演習に1回だけ参加させていただいたのですが、そのときに小川先生が次のような話をしてくださいました。
西谷啓治先生は大変な蔵書家で、読書量も信じがたいほど豊富だったのですが、当時大学院生だった小川先生たちに西谷先生は、
「書物というのは、読まなくても持っているだけでも十分に意味があるものなのです。」
と教えてくださったそうです。
そのときには小川先生たちは、西谷先生のおっしゃっていることに意味がわからなかったそうです。
でも、小川先生は、後に、西谷先生のおっしゃったことの意味がわかったそうです。
そして、堅実に勉強を続けている人であれば、自分自身で西谷先生のおっしゃったことの意味がわかるときがくると小川先生はおっしゃいました。
そしてそのとき、小川先生は、
「そういうわけですから、私も西谷先生のおっしゃったことの意味がどういうことなのかは申し上げないでおきます。」とおっしゃって、西谷先生のおっしゃった話の意味の絵解きはなさいませんでした。
そして、いまは、私も、西谷先生がおっしゃったことの意味と、小川先生がなぜ西谷先生の話をされても意図的に解説を加えなかったのかが、自分なりにわかったつもりでいます。
それゆえ、私も、小川先生がしてくださった西谷先生のお話を紹介するにとどめさせていただきます。
勉強をその人なりに堅実に継続していれば、いつかは誰でも、西谷先生のおっしゃったことの意味と、なぜ小川先生が絵解きの解説をあえてなさらなかったのがなぜかがその人なりにわかるからです。
本格的な知識社会への突入に当たって、大変有益な、知識に関するお話を披露させていただきました。
西谷啓治先生と小川圭治先生に感謝いたしております。
投稿: 知識社会24 | 2008.05.06 07:07
知識社会22の「墨家のことの」は、「墨家のことを」の誤りです。誤字脱字が多くてすみません。
どうでもよいことかもしれませんが、昨日、日本の常用漢字についての韓国語の辞典と、ウイグル自治区の中国語による詳細な地図の入手に成功しました。
正直なところ、現時点では、中国語と韓国語の学習は実質的にストップしてしまっているのですが、資料は少しずつ入手できているので、何か面白そうな話も見当たる機会に恵まれるかもしれません。
そのときには即座に報告させていただきます。
投稿: 知識社会25 | 2008.05.06 07:15
知識社会23で、Actionに「再開」という訳語を当ててしまいましたが、適切な訳語は「処置」でした。お詫びして訂正いたします。
また、製造業や土建業で有能な人たちを、「頑固」とか「思想活動は不得手」としてしまいましたが、これは、額面通りにとらないで、「自分の技術と技能に自信と自尊心を持っているがゆえに自分の腑におちない仕事はしない」し、「言論で思想を表現するのでなく、自分の製品や建築物に自分のメッセージを託す」と言う意味が背後に含まれていることを説明させてください。
西谷先生と小川先生の含蓄あるお話をさせていただいた後で、こういう話をするのはすごく野暮なことだと思っているのですが、製造や開発や工事の現場で働いたことがある技術系の人や工場の労務管理の経験のある事務系の人ではない、多くの人文社会系の人たちには、砕いて説明しないとニュアンスを受け止めてもらいにくいだろうと思われたのです。
白川静先生は、墨家のことも詳しく研究されていて傾聴に値する意見も述べられているのですが、私は、「墨子」と呼ばれた人だの、その後継者たちだの、その周囲の人たちだのは、自分の本業をおろそかにして、いわゆる「労働組合活動を通じた政治運動」にうつつを抜かしていた腐れ技術系たちみたいなものだろうと勝手に推測する立場をとっているので、それゆえ、墨家の思想家たちとされる人たちを孟子と荀子が徹底的に軽蔑して非難を加えているのは、まともで社会の模範となる「情報処理技術者」像を自ら提示し、育成していた孟子と荀子にとっては、そういう社会倫理感に欠けた理工系技術者たちをどうしても許せなかったのだろうとそう考えてしまうのです。実際、「孟子」を読めば、孟子が高い技術と技能を持つまともな工業技術者たちには敬意を持っていたのが明らかにわかるはずです。
どうしても墨家の話にかかわるとむきになってしまいます。できる限りこれからは墨家の話はしないことにします。
投稿: 知識社会26 | 2008.05.08 05:31
ついでに申し上げれば、白川静先生は、「荀子」には他の学派の儒者たちを罵倒する表現がたくさん出現していることを指摘されていますが、私は儒家とは古代中国の「情報処理技術者」集団であるという立場をとっていますので、これは、思想家集団の内ゲバではなく、今で言えば、おかしなソフトウエアばかりを作る情報技術者や、ソフトウエアに関する違法行為を平然と行う情報技術者たちに荀子が怒りを向けているという風に考えたほうが適切であろうと思っております。こういう世の中になったから見えてくる古代中国のある側面というのもあると思います。
もちろん私は古代中国学の専門家ではない理工系出身者ですから、中国の思想と歴史に関してはその分野の専門家の考えのほうが優先されるべきであることはわきまえております。
でも、自分で製品開発や特許出願をした経験を持つ理工系はこういう見方をしたくなるということです。
投稿: 知識社会27 | 2008.05.08 05:49
余計なことを付け加えれば、孟子も荀子も、孔子の権威を借用しながら独創的な見解を付け加えて、自分の思想に世の中を従わせようとしていたというより、自分たち「情報処理技術者」としての儒家のあるべき職業倫理の、言論による思想化に努力していたという側面も多分にあるように思われます。
ただ、この意見には飛躍もあるし、踏み込みすぎたかなとも思っています。
でも、一応、こういう見方も提示させていただきます。
投稿: 知識社会28 | 2008.05.08 06:54
あんまりいろいろ言うと墓穴を掘るのかもしれないけれど、儒家と言うのは基本的に古代中国の「IT技術者集団」とも言うべきもので、現代の優秀で健全なIT技術者たちがITを駆使して人類にすばらしい未来をもたらそうとしているように、古代中国のIT技術者集団である儒家も、優れた人たちは、その当時の情報技術(中心は書物でしたが)を駆使して人類にすばらしい未来をもたらそうと努力していたのだろうと言いたいわけです。
そして、そのビジョンを作り、優れた出発点をいくつも用意し、後継者の「IT技術者」達に、方法論と希望と自信と自尊心を与えてくれたきわめて偉大な先駆者が孔子であったのだろうと。
現在になれば、いろいろ制約を受けながらも、こういう孔子像を作ることも許されるのではないのかとも思うのです。
投稿: 知識社会29 | 2008.05.08 08:16
「知識社会11」について。
「テイラーの公式を駆使して積分法を使って」と書いてしまいましたが、数学的に正しい語法は「級数展開を使って」であることがわかりました。そのように訂正します。
「知識社会6」以後について。
ドラッカー教授ご自身は、「グローバル経済」、「グローバル市場」のことは言及しても、「グローバル社会」という言葉は使用されていません。おそらく、そういう社会の具体像がまったくわからなかったので、そういう言葉を使って何かを話したり、著作するのを控えられていたのだろうと思っています。私自身も、「グローバル社会」が具体的にどういうものになるのか正直なところまったくわかりません。おそらく「グローバル社会」がやってきても国民国家はなくならないだろうというくらいのことしかいえません。
それでも、「グローバル社会」はすでに現実となっていると思ったのは、2004年年末のインド洋大津波のときに、この事件のために、ヨーロッパを中心として、先進国、新興国の人々が数千人も亡くなったり行方不明になっていたりしていることが判明したときです。このとき、もう、「グローバル社会」になってしまっているのだなと思いました。そして、この事件に対するその後の国際社会の対応も、「グローバル社会」の到来を確認させるものでした。
投稿: 知識社会30 | 2008.05.13 06:10
「グローバル社会」ということばについて。
経済がグローバル化しても、経済主体たる事業者は多元化するのは容認されるのだから、社会の多元化があっても、「グローバル社会」という言葉を用いてもそれほど問題はないとも思うのです。
世界中が相互交流、相互依存を深めながらも、共同体や社会機能集団は多様化多元化することに矛盾はないと思うのですが、この点はあまり安易に考えないほうがよいのかもしれません。
「知識社会30」で、「国民国家はなくならないだろう」と申しましたが、この点については、ピーター・ドラッカー教授は、「ポスト資本主義社会」の中で、国家は政治の単位から行政の単位に変化していくだろうといった話をほのめかしています。とりあえず、国家はなくならなくても役割や機能や形態は変化していくだろうと言ってよいのだろうと思います。
投稿: 知識社会31 | 2008.05.14 09:48
プロイセンについて。
特定の人物、特定の国家、特定の民族について偏見を持つのは極力避けるべきであるという立場を当然とっています。
ましてや、現在ではベルリンを中心とした、ドイツの1地方に過ぎない、かつては王国であったというだけの場所について偏見を持つことはよくないことであると自覚しています。
それでも、ドイツのかつてプロイセン王国の版図であった場所については、どうしても警戒感を持ってしまうのです。
先にフランスの話をすると、自分が美術愛好家であり(ご存知のとおり、パリにはたくさん有名な美術館があります)、フランス語を履修したせいか、どうしてもドイツよりフランスをひいきしてしまうのですが、この国は、国民にとって、La Franceであり、女性であり、母親なのです。Le Japon(日本は男性であるということです。)ではあっても、Le Franceではないのです。そして、自分たちは、かつてのゲルマン民族の中心であったフランク族の子孫であると胸を張りながら(そして、それを国名に使いながら)、使用している言語はラテン語から派生したイタリック系の言語を国語として使用しているのです。フランス人は、変なところは間が抜けているのです。確かに、ルソーとか、コントとか、全体主義の主たる源泉となった思想家を生み出したし、ロベスピエールも現れたけれど、ナポレオンはイタリア系の人で、生粋のフランス人ではありません。中世には、ローマ教皇を拉致して教皇を殴ってしまった乱暴者の国王はいたけれど、その国王が全体主義者で、農奴たちを徹底的に奴隷化、家畜化するほど非人間的で独裁的な国王だったわけではないみたいです。ましてや、特定の民族を大虐殺することなど考えたこともないと思います。これが、今までのフランスの特徴の一部であり、フランスの歴史の一部の特徴です。案外、フランスは穏健なのです。だから、植民地獲得競争でもイギリスに負けたのだと思います。また、それほど得するわけでもないのに、イギリス人に一泡吹かせたいがためにアメリカ独立に多くの人的資源と戦費をつぎ込んでしまったのもフランスです。
一方、ドイツの中でも、プロイセンは、フリードリッヒ大王の出現からあと、ビスマルクの政策で北方ドイツを統一した後、カイザー・ヴィルヘルムが第1次世界大戦をどこまでも悲惨なものにする原因を作りましたし(もちろん責任をカイザー・ヴィルヘルム一人に押し付けてよいものではないのはわかっています。)、アドルフ・ヒトラーが政権をとったときもドイツの首都はベルリンにあったはずです(ただし、ヒトラーはオーストリア出身です)。ナポレオンとの対抗上仕方なく持ち出したとはいえ、民族主義を強く主張したフィヒテがベルリン大学教授で、多元社会を否定し、国家による社会の一元化を主張したとされるヘーゲルもベルリン大学教授であり、マルクスも出身地はプロイセンで、ベルリン大学に在籍した時代があります。
ドイツというのは、地方色が強く(これはイタリアも同様なようです)、ドイツ各地方で違いが大きいそうで、ドイツとドイツ人をドイツ語の使用やドイツ国籍でひとくくりにできないみたいですが、プロイセン王国の版図があった地方というのは独特のものがあるように思われてなりません。東ドイツの指導者であったホーネッカーは日本びいきで、「日本は世界で一番よく機能している模範的な社会主義国である」と言っていたそうで、若かった当時の私は、「わが国は、社会主義国の首脳からも高く評価されているのか」と喜んでおりましたが、東ドイツの全体主義者の頭目にほめられるというのは、本当は喜んではいけないのだな、と今は考えを改めています。
身近に旧東ドイツ地域出身の方がいらっしゃる人たちに、かつてのプロイセン王国や旧東ドイツの版図に住んでいる人たちに対して、あまりひどい偏見を持っていただきたくないのですが、とりあえず、かつてのベルリンを中心とした地域の特徴をお知らせしておきます。
現在のモンゴルとモンゴル人のことをかつてのモンゴル帝国のハーンたちの子孫だといって、大虐殺者集団に様変わりすると考えて恐れる人はあまりいないと思いますし、いるとしたらこっけいですが、第1次世界大戦と第2次世界大戦からまだ100年が経過していませんし、一応コメントを入れておきます。また、第2次世界大戦の原因は、ドイツだけにあるのではなく、ヴェルサイユ条約の内容のめちゃくちゃさにもあることも指摘しておきます。
もしかしたら、機動部隊を使って、真珠湾攻撃をしたり、マレー沖海戦で、イギリスの戦艦を2隻とも撃沈した日本人や、原爆を広島と長崎に落としたアメリカ人のほうが、世界中の人たちからはドイツ人より恐れられているかもしれないし、中国でも文化大革命では大勢の死者が出ていたし、カンボジアでもポル・ポト派が大虐殺をしているけれど、世界史への影響という点では、フリードリッヒ大王以降のプロイセンと、プロイセン主導のドイツのほうが影響がはるかに大きいと思われるので、正直なところいやいやながらですが、長いコメントを入れておきます。
投稿: 知識社会32 | 2008.05.19 11:19
プロイセンの別の側面について。
これは、私の経験の中の話です。
私の出身高校の校長先生は哲学科出身で、カント、ヘーゲルらのドイツ古典哲学を専攻されていたそうです。
私の高校3年生のときの倫理社会の選択科目を受け持ってくださいました。受講者は2名しかいませんでした。
私たち受講者の目的は、共通1次試験の受験だったのに、校長先生は、マークシート試験のことなどお構いなしで、受験参考書をまったく使わず、自分でレジュメを作って授業をされました。
内容は、試験範囲のヨーロッパやインドや中国や日本の代表的思想家たちにとどまらず、イスラムのアリストテレス学者たちからテンニエス、マックス・ウエーバーら社会学者に及び、授業内容は、ほとんどが思想家の系譜と生存年代、そして主著の書名といった書誌的事項の説明に費やされました。
一度は、野外実習であるとして、禅寺で、結跏趺坐の組み方を習ったときもありました。
当時の文部省の教育方針からはまったく逸脱した授業を受験生に行っていたのです。これが、骨がらみベルリンの思想を受容した教育者の初等人文科学教育のようです。校長先生にすれば、近視眼的な受験教育をしないで、生徒たちを小さくまとまらないようにしたいと思ってらしたのだと今は考えることができる年齢になっています。
また、私の中学の歴史の先生は、私が灌漑文明について質問しに職員室に行ったときに、回答のついでに、「私は、世界史というのは、人間がより高次の精神の自由を獲得していく過程の展開であると考えている」とおっしゃっていました。この先生も、きっとヘーゲルの影響を受けていたのだと思います。
プロイセンの精神文化というのは、光も強いから陰も濃いのであろうと思います。
旧東ドイツ地域は、長い間ソ連の支配下にあり、時間がほとんど凍結していました。
ロシアは、軍事パレードを行い、国防予算を増やしていくと公言しています。
EUは主権国家連合体ではあるけれど通貨統一して拡大しています。
バルカン半島も不安定です。
東アジアでさえ、日清戦争以前に回帰していると考える識者が何人かいます。
わたしは、こういう事態の中で、かつてのプロイセン地方、旧東ドイツの版図だった地域からおかしな煽動家が現れて、ヨーロッパを混乱させないことを願うものです。
投稿: 知識社会33 | 2008.05.19 14:33
永楽通宝について。
織田信長は、自分の旗やのぼりに永楽通宝を書き込むことを決めたとき、永楽通宝は、世間のすべてで通用するからうらやましいものであると言ったとか。
織田信長の時代から、通貨はグローバルなものであるという認識があったのだろうと思います。
明銭以前の宋銭でさえ、東アフリカのインド洋沿岸地域から発見されているそうで、通貨は昔からグローバルだったようです。
経済や市場まで地域性が欠落してきたのは20世紀になってから目立ってきたことのようですが、通貨に国境がなくなるのは、経済規模がある水準を超えると自然に起きてしまうことのようです。
投稿: 知識社会34 | 2008.06.03 14:53
繊維産業について。
エーモン・フィングルトンの2冊の著書、「見えない繁栄システム」も「製造業が国を救う」も今となっては時代遅れの意見です。
でも、フィングルトンの洞察のすべてが無価値とも思えません。
どちらの本に書かれていたのかは忘れましたが、彼は、繊維産業について、次のような話をしていたと記憶しています。
「その国の文化水準と経済水準を最も反映するのがその国の繊維産業である。繊維産業が不健全な状態になってしまった国は、実際、活力を失っている国である。」
繊維産業を、製造業だけでなく、流通業も、デザインも含めて考えれば、現在でもこの考えは立派に通用し続けていると思われます。
ただ、現在も通用しているからこれからも普遍的であり続けるのかどうかは正直なところ不明なのですが。
投稿: 知識社会35 | 2008.06.10 06:05
国立大学の教授で、権威ある出版社から何冊も教科書を世に送り出されている方のことを実名を伏せる必要があるのかなとも思いますが、これは、名前は出さないほうがよかろうと思うので、先生のお名前は出しません。
私の大学時代のフランス語の文法の先生は、パリのフランス語の習得にこだわっていらっしゃった方ですが、常々、次のようにおっしゃっておられました。
「偉い人の意見が正しいの。私たち凡人は権威の意見に疑問を持たずに従うの。自分が偉くなったらそのときは自分の意見が正しい意見になるの。」
こういう考えは、パリのフランス人の考えというより、南フランスのプロヴァンス地方とかラングドック地方とか、スペインのカタルーニャ地方とかバレンシア地方とか、地中海沿岸で通用しそうな考え方ではないのかなとも考えるのですが、ともかく、パリのフランス人たちはそういう考え方をするみたいです。
ハインリッヒ・ハイネの「ドイツ古典哲学の本質」を読むと、ドイツ人というのはいつも何が真理で何が正義か、そして誰の意見が真理で誰の意見が正義なのか言い争っているような感想を持ちます。もちろん、これはハイネの誇張なのでしょうが。
ただ、フランス語文法の先生の意見と、ハイネの見解がラテンとゲルマンの対照を明確に示しているとするなら、パリのフランス人の考え方は、スペインにもポルトガルにもイタリアにも応用がきくのかもしれないし、ハイネの見解は、オランダにもデンマークにもスウェーデンにもノルウェーにもある程度応用がきくのかもしれません。
そうなると、ラテン的要素とゲルマン的要素の入り混じったイギリスとドイツ語圏でも基本的にカトリックであるオーストリアはどうなのかというと、こう言うと、イギリス人とオーストリア人がひどくずるがしこく取られるのかもしれませんが、特定の人たちには、真理と正義について是非を議論する権利を与えるけれど、それ以外の人たちには結論への服従を迫るということになるのかもしれません。
実態はなんともわかりませんが、図式としては妙に説得力を持っているような気はしています。
投稿: 知識社会36 | 2008.06.10 06:21
「知識社会36」で、権威主義のラテン、論争好きのゲルマン、両方入り混じったイギリスと、表向きはゲルマンだけれど性根はラテンのオーストリアはダブル・スタンダードみたいな話をしました。こういう比較をされるとイギリス人とオーストリア人は驚くだろうなあと思っています。
ヨーロッパの話だけでは不公平ですから、私たちアジアはどうかといえば、中国は中央集権体制、インドはマハラジャたちがばらばらでまとまれない、と図式化するのが便宜的だろうと思います。
中国で言えることは、朝鮮半島も、ベトナムも、シンガポールもそうだろうし、ベトナム以外のインドシナ半島とスリランカは明らかにインド文化圏です。パキスタンと、バングラディシュと、ネパールの内情は、多かれ少なかれインドに似ていると思ってよいのではないかと思います。宗教がヒンドゥー教とイスラム教と仏教で違うけれど、文化的には類似性が高いだろうと推測しています。
イギリスに似ているのが日本で、オーストリアに似ているのがチベットだろうと思っています。つい最近まで、日本もチベットもごく少数の人たちを除いて現実のインドと現実の中国のことをよく知らないまま、インドと中国からよいところを生真面目に学んできたのだろうと思っています。おそらく、ほとんどの人が現実の中国を知らなかったころの常識的な日本人とチベット人は、中国のことをひどく畏敬していたのではないかとも思っています。
そして、日本人は、中国に攻め込んで現実の中国を知ってびっくりし、チベット人は中国に攻め込まれて現実の中国がどのようなものか思い知らされたのだろうと思います。
そして、日本は、天皇と征夷大将軍が併存し、チベットもモンゴル人や満州人の皇帝を檀家にしていた檀那寺さんをしていて、アジアなりの「ダブル・スタンダード」を確立していたのだと思っています。
ただ、おそらく、多くのオーストリア人は、漫然とだけれど、アングロ・サクソンというのは、狡猾で、卑劣で、自己宣伝と損得勘定に長けているというイメージを持っているのではないかと思われます。結局、かつては自分たちがヨーロッパの中心だったのに、アングロ・サクソンに出し抜かれたと考えているだろうと思うのは不自然ではなかろうと思います。
そう考えると、私たち日本人が、チベット人に漫然とどういうイメージをもたれているかというと、正直なところ、日本人というのは、本音と建前を使い分け、口約束を簡単に反故にし、商売して金儲けするのがひどくうまいというように、あまり良いイメージを持ってもらえていないだろうと考えています。そして、現在の私たち日本人の精神のあり方を振り返れば、高い自国文化を身につけたチベット人たちに見下されてしまっても致し方ないような体たらくなような気がするのです。ともかく、宗教については、日本よりもチベットのほうがずっと学習熱心だったのはほぼ間違いありません。
投稿: 知識社会37 | 2008.06.12 08:15
ブログの管理人より。
コメントも多数になりましたので、このエントリはここでひとまずコメントを閉じようと思います。
投稿: finalvent | 2008.06.12 21:40