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2007.06.04

キンタマウイルスのお仕事はジャーナリズムじゃーない?

 星は流れて何処へ行く。ジャーナリズムは何処へ行く。QWERTYキーボードに誠を誓い、さ、今日も武田徹がネットで歌います♪ってなノリの、まあ、ネタっていうのですか、ジャーナリズムっていうのですか、オッサンですかシャーですか、”ウィニーこそ史上最強の「ジャーナリスト」? (タケダジャーナル)”(参照)を一読して、何が釣れるかなと待っていると、おやま、”高木浩光@自宅の日記 - キンタマウイルス頒布にマスコミ関係者が関与している可能性”(参照)が。というわけで、ここでしばらく考え込むこと数日。これってやっぱ最近の戯画人さんや竹熊さん釣りネタと同じでスルーでしょうかね。まあ、あまり差し障りない程度に気になるところをちょこっとメモを。
 武田徹の意見は錯綜しているが、主張の一つは表題のようにウィニーが史上最強の「ジャーナリスト」だというのがある。釣りネタでしょうが、つまり政府関係の機密を自動的に暴いてくれるから偉いのだ、と。ほいで、高木浩光は批判する。


何が本題か知らないが、このジャーナリストは、「僅かな楔を打ち込むだけで一般人の私的な内容を千金の価値にできる」という手法について、否定していない。否定する表現が一切書かれていない*3。これが倫理に反する行為であることをこのジャーナリストは素で知らないのではないか。もし、「キンタマウイルスを作成し頒布しているのはあなたでしょう?」と問いかければ、憤慨するどころか、褒められたと勘違いして「いえいえ私にそんなプログラム力はありません」とニコニコするのではないか。
 馬鹿は死ねと言いたい。

 批判点は二点ほどに分けられそうだ。
 一つはキンタマウイルスが秘密を暴くことをジャーナリズムだと強弁するとしても、それが倫理に反しているのではないか、ということ。もう一つはキンタマウイルスの活動の背景への疑念だ。なお、キンタマウイルスについては、「極東ブログ: ウイニー(Winny)事件雑感。とても散漫な雑感」(参照)でも触れたことがある。
 前者の倫理の問題だが、「極東ブログ: オウム事件のころをまた思い出す」(参照)でも触れたが、私はジャーナリズムは技芸(art)の世界であり、倫理規定が必要であるにせよどこかでジャーナリストの責任で破ってしまうこともあるだろうくらいには考えている。ただその場合でも、その無法的な行為が彼または彼女自身の公への責務として自覚されているという主体的な、罪を背負いうる人間主体として問われなくてはならないと思う。オウムを暴いたフランス人ジャーナリストにはその気概があった。
 だが、キンタマウイルスが暴いているのは、そういう公の領域だけではなく、また暴く主体が不在に見える。こうした点で、関連する高木の次の認識は重要だと私には思える。

Winnyを媒介して悲惨なプライバシー流出事故が続いているのは、言うまでもなく、自然現象なのではなく、ウイルスを作成し頒布している者が企図するところによるものである。

 ここにも論点は二つある。一つは暴かれているものが公の領域だけではなく、むしろ大衆のプライバシー領域であること。もう一つは先のキンタマウイルスの活動の背景にも関わるが、キンタマウイルスを撒いている人たちが存在するのではないかということだ。
 くどいかもしれないが私の論点をまとめると、ジャーナリズムにおいて、いわゆる倫理規定を越えても彼/彼女の公認識における主体的責務において違法行為もありうる。が、キンタマウイルスがやっていることの大半はそうではなく、大衆のプライバシー領域における主体ない暴露である。別の言い方をすると、ジャーナリズムというのはジャーナリストという人間主体が問われる人間的な行為だろう。あるいは、完全な監視社会が成立し、そこでGoogleのようなシステムが特定のフィルタで暴露映像を抜き出して整理しても、ジャーナリズムとは言い難いのではないか。
 話を高木の指摘に移すのだが、キンタマウイルスを意図的に撒いている人ないし集団があるのだろうか。高木はその可能性を指摘している。

マスコミの委託を受けてか知らないが、キンタマコレクターと呼ばれる人たちがいる。ネットエージェントの杉浦社長も言っていることだが、私も自作のNyzillaを使って何箇所ものWinnyノードを観測した際に、ウイルス入りのキンタマファイルばかりを送信可能化しているノードが存在するのを見た。

 この問題の内実についてはある水準の技術的なレビューが必要になると思うが、私の印象では、それは妄想や陰謀論ではなくありそうに思える。もっとも、ウイニーが当初からそのような企図性をもっていたとは思わないが。
 では誰がキンタマウイルスを撒いているのか。高木はそれで儲かっている人々が怪しいとしてマスコミではないだろうかと疑っている。
 そうだろうか。このあたりになると、仮定に仮定を重ねているのでおよそ議論になりづらい。私はある印象を持っているが書きづらい。
 少し話の方向を変える。
 私には関連してもう一つの疑念がある。キンタマウイルスによって暴かれ、それが他者に関心を持たせるようなそのようなプライバシー情報がなぜパソコンの内部に保持されているのだろうか。また、そもそもなぜウイニーや類似の共有ソフトを使っているのだろうか。たぶん基本的には技術的な無知によるのだろうが。
 原則的にはそんなことは個人の勝手でしょといった領域でもあるのだが、私などには、技術的な無知以前に、理解しづらい点がある。つまり、人が、いわゆるパスワードなど機密情報以外に、暴露されて困る電子情報をパソコンに抱えているということはどういうことなのだろうか。そこがどうにも腑に落ちない。単純な例でいえば、恋人との痴態をデジタル情報にしてパソコンに保持する人間関係(恋人)もあるようだ。その行為自体が私には理解しづらい。人間関係のなかにいつの時代でも秘め事は存在する。だが、秘め事とはその関係者の主体性の関わりのなかでしか暴露しえないものだった。またそれゆえに関係者の外部からは秘め事の中身は見えなかった。ジャーナリストの技芸はその関係の内部に食い入ることでもあった。そういえば、「極東ブログ: [書評]隠すマスコミ、騙されるマスコミ(小林雅一)」(参照)で触れた西岡研介「スキャンダルを追え!『噂の真相』トップ屋稼業」(参照)でも少しこの関連の話に言及した。
 小難しく考えたいわけではないが、何かしら私などを過去の人としてしまうような現代人の意識の変容のようなものが、パソコンやネットの関連で生じていて、それが人間の定義を微妙に変更しているように思える。

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コメント

ウィルス発信元は特定のノードに集中しているのだとか。しばらく前の記事ですが。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Interview/20070413/268234/?ST=security&P=3

投稿: | 2007.06.04 18:37

論点が揺れていてよく分かりませんでした

投稿: | 2007.06.04 22:01

PC普及以前でも自己消費用の日記などに個人的秘め事を書き連ね、ついつい処分するのを怠ったままに身罷るような方が居て、残された者をドギマギさせる事は、時々有りましたよね。
つまり弁当さんがそういうタイプではないというだけで、昔からそういう人は一定数は居たんと違いますかね?

PCの普及・ネット接続という環境変化とハッカー精神の悪戯が結びついただけだと思っていますが、同ウィルスの積極的な拡散を意図する層はヒッピー文化の賛美者なのかなぁ?
フリーター的には暴かれて困る秘密は無いでしょう。
困るのは構造(権益)を持つ組織であり会社員であり公務員。ウィルス原因で下手すりゃフリーターに降格。
撹乱的だが構造を微振動させるツールという認識では?

投稿: トリル | 2007.06.04 23:22

秘め事とは私事の私を閉ざすという字であり意味合い。公私の境界がなくなれば当然に身体感覚も変わるであろう。

投稿: アカギ | 2007.06.05 00:02

「マスコミが撒いている」として、
マスコミ内部の情報が漏洩することはないんでしょうか
TBS社員やらNHKプロデューサーやらもいろいろ流出事件が起きてますが
刹那的な記事のために放流してもリスクの方が大きすぎますね
まあ釣りなんでしょうけども…

投稿: R | 2007.06.05 11:22

やり口が「みんな死んじゃえ」なので、零細ソフト屋がいじめられた末に放火したんだと思っています。

私が“ジャーナリスト”ならオーバーフローをついたトロイの木馬のメール送付を基本に仕掛けを作ると思うので。

投稿: papepo | 2007.06.05 12:18

ウイルス陰謀説は正しいか?→何にせよウイルスは陰謀がなくても存在できる。
漏洩すると困る個人情報の入ったウイルス対策をしてないパソコンを何故インターネットにつなぐのか?→面倒見切れない。
なぜハメ撮りするのか?→後でまた見ることができる。違うアングルで見れる。日記、手紙、写真の発展系。
現代人の意識はどう変わってるのか?→よーわからん。
完璧なシステムはあるか?→ない。

投稿: itf | 2007.06.05 21:55

きんたまって、、、w

投稿: 内定取り消しTOT | 2009.04.20 22:50

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