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2007.05.04

ザビエルが見た四五〇年前の日本人

 連休が続く。今日は世田谷あたりで二七度にもなるという。ブログに書く話もないような日だがなんとなくエントリを埋めておく。ネタはザビエルが見た四五〇年前の日本人。どんな日本人だったのでしょうかねと、前振りなのですっとぼけてみる。ネタ元は「海から見た戦国日本 列島史から世界史へ」(参照)である。

cover
海から見た戦国日本
列島史から世界史へ
村井章介
 ザビエルは一五四九年彼の上司がいるのだろうインドのゴア宛に鹿児島から書簡を送った。以下は同書の引用であって、べたな書簡翻訳ではないと思う。それと、引用部での「私」とはザビエルのことである。

 私には、日本人より優れた不信者国民はいないと思われる。日本人は、総じて良い素質をもち、悪意がなく、交わってすこぶる感じがよい。かれらの名誉心は特別強烈で、かれらにとっては名誉がすべてである。

 このあたりは現代日本人にもまだ通じるところだろう。根っから日本嫌いやイデオロギー的な意図のある外国人とかオオニシとかを別とすれば、私が知り合った外国人も日本人について概ねそんな印象を持っていた。というか、悪意がないというあたりで騙されているんじゃないかと疑念に思っている外国人も数人いた(その後、やっぱり騙されていたんだと嘆く外国人もいたが日本人女性の強さに無知過ぎ)。名誉心については現代日本人はどうだろう。あるんじゃないかな。ちなみに、ザビエルが触れた日本人は特定の階級だけではなかった。というのと彼にとってその気風が「名誉心」に見えたということだ。

日本人はたいてい貧乏である。しかし、武士であれ平民であれ、貧乏を恥辱だと思っている者はひとりもいない。……武士がいかに貧困であろうと、平民がいかに富裕であろうと、その貧乏な武士が、富裕な平民から、富豪と同じように尊敬されている。

 「日本人はたいてい貧乏である」「貧乏を恥辱だと思っている者はひとりもいない」この二点において、断言していいが、日本に五〇〇年間進歩も退歩もなかった。それが普通だと思っているのだ。なぜ日本人はそう思っているんだろうと、異国の人にとっては奇っ怪極まることなのだ。ちなみにグローバルに言えば、「世の中には貧乏人に芥子粒ほど関心をもたないすげー富裕者がいる」「貧乏は貧乏人とっても恥辱だし、富裕者にとっては嫌悪」ってなものだろう。

また貧困の武士は、いかなることがあろうと、まだどのような財宝が眼前に積まれようと、平民とけっして結婚しない。

 ここは江戸時代後期から崩れていったようだ。勝海舟もたしかその祖父あたりから武士階級を買ったのではなかった。武士階級は買えたが、富裕な商人は買う気もなかった。勝小吉の父は彼に徹底的に武士と平民の倫理を叩き込んだ。「夢酔独言」(参照)を読むと勝海舟の作り方がわかる。
 で、この婚姻制度における階級制なのだが、明治時代で崩れ、戦後にさらに崩れた。崩れるだけならいいのだが、別種の閨閥となり日本の支配装置になった。私も武家なんでいろいろ思うことがあるが今日は書かない。
 さて、教育はどうだったか。

 住民の大部分は読み書きができる。

 これが実に不思議。未だに日本のスケールの国家で文盲率がゼロなんて国はない。それどころか近代科学知識を欧米語を知らずにそれなりに身につけられる国もない。GHQが漢字をめちゃくちゃにする前は中国人も朝鮮人も日本の翻訳書を読んだ。テニヲハさえ覚えれば日本語の書き言葉なんてアジア人なら普通に読めるんだもの。しかし、その危険性を察した諸外国の権力者は日本語がアジアに普及しないようにしたなーんて陰謀論はいかかが、ダメダメ。

日本人は妻をひとりしかもっていない。窃盗はきわめて稀である。死刑をもって処罰されるからである。かれらは盗みの悪を非常に憎んでいる。たいへん心の善い国民で、交わり学ぶことを好む。神のことを聞くとき、とくにそれがわかるごとに大いに喜ぶ。

 これもまた日本人があいもかわらず不思議なところだ。なぜ「妻がひとり」なんだろ。いやそんなことねーべさという人もいるかもしれないが、概ねそうだし、そのあたりは日本を他国と区別するところではないか。というのと窃盗のなさについても、現代では異論はあるにせよ、やはり概ねそう。
 どうしてなんだろと思うに、私は、先の階級間の婚姻のなさも関連して、実質女が(つまり娘が)私有財産を持つ制度だったことが根幹にあるのではないかと思う。現代日本では、戦前は家父長制度だったとかいうことになっているが、自分の家系をざっくりサーチしても、表向きはそうだけど、実態は女が家を介して事実上の財産権を持っている。そのあたりに諸悪の、もとい、諸現象の根源があるのではないか、とか言ってみるテスト。
 ザビエルはもう一通一五五二年、ヨーロッパに書簡を送っている。その間特に日本人観を変えたふうでもない、というか相変わらずおもろいこと言っている。

私はこれほどまでに武器を尊重する国民に出会ったことがない。日本人は実に弓術に優れている。国には馬がいるけれども、彼らはたいてい徒歩で戦う。……すこぶる戦闘的で闘争ばかりやっている。一番大きな闘争力をもっている者が、もっとも強い支配者になる。かれらは一人の国王をもっているが、もう一五〇年以上もその国王に臣従していない。

 当たり前のようでたらっと書かれているし、戦術が未熟なのだと言えないこともない。が、ようするにそのような戦闘を必要とし、そのような戦闘というプロトコルで国家内の諸権力を均衡させようとする現象、つまり、平和な国民なんじゃないかと思う。武器の筆頭が弓というのも面白い。相手から見えないところで矢を放つ、まるで名無しでブログに嫌がらせコメントを書くように。
 ザビエルは宣教師ということもあって日本の宗教状況にも関心をもち、仏教について言及しているのだが、これがまたまた。

たがいに異なる教義を持つ宗派が九つある。男も女も自分らのもっとも要求する宗派を、その好みに応じて選んでいる。他の宗旨に走ったからといって、これに圧迫を加えるような日本人はひとりもいない。従って一家族のうち、主人はこの宗旨に属し、主婦はあの宗旨を奉じ、子供がそれぞれ他の宗派に帰依しているような家庭がある。日本人にとって、これはきわめて当然のことで、各人は自分の好む宗派を選ぶことがまったく自由だからである。

 このあたり江戸レジームによって日本人の宗教活動は大きく変更させられたかに見える。つまり檀家制度が成立し家に宗教が縛られたかに。ところがドスブイパラダイス。その江戸時代も子細に見ていると、みなさんけっこう御勝手な宗教活動をやっている。というか、かなりめっちゃくちゃ。「歴史探索の手法 岩船地蔵を追って」(参照)とかを読むと、なんつうか苦笑っていうか。いわゆる明治以降のこの手の学問領域って抜本的に疑ってもよさげな空気がありそう。
 日本の近代史では、そうこうしているうちに、ご維新や敗戦があって宗教は再びめちゃくちゃなエネルギーを吹き返して現代に至るわけだ。つまり、五〇〇年前の状況に戻ってしまった。ちなみに、ザビエルの書簡における宗派というのは現代日本では占い師や「霊能力者」とかにするとぴったりかもね。お母さんには細木数子、娘さんは江原啓之、お父さんは……。
 さて、エントリ書くのも飽きた。いい天気だ、ショッピングしておされなカフェにでも行ってくべ。

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

『海のトリトン』でトリトンが短剣を使うのが面白いです。
いくつも使うし投げもするし。

投稿: quip | 2007.05.04 09:46

ザビエルの残した手記が本になってるんですね、今度読んでみます。

ところで、携帯から読んだため間違ってたらすいませんが、
本からの引用以外の部分、ところどころ脱字余字?が目立つようです。
休みにさらっと書かれたからだと思いますが、
折角の面白い文章なので暇な時見直してみて下さい。
ワードに貼り付けたりすると校正が手っ取り早いかもです。

投稿: あれれ | 2007.05.04 12:23

杉本...「武士の娘」に思い当たりました。

投稿: と | 2007.05.04 12:59

日本人か。なんだろうね。まあセンスには自信を持ってるような。わかるよな?っていうのがベースにあって、コミュニケーションしてるような気がする。その「わかるよな?」は壊れないからなぁ。でも消えるときは突然来る様な気もするし。それは嫌だなぁ。

投稿: nakamuramiu | 2007.05.04 19:48

この場で、語り尽くされた日本人論を繰り返す勇気はないのですが・・。いつも欧米人の見た日本観というものについて考えるとき、それが「不思議の国・ニッポン」の域を超えてるのかなあ、という点が気になったりするわけです。極東の小さな国の文化に触れた彼らが、それを自分達欧米の文化や視点を問い直す作業につなげているのだろうかってことですね。

そう考えると、そうした視点を持ち得た外国人というのは、後のラフカディオ・ハーンの出現を待たなければならないのかなあと思ったりもするわけです。もっとも、ハーンの場合、晩年は、もう日本と一体化していて、西洋人的視点ってもの自体なくなっていたのかもしれませんけどね。

投稿: phenaphen | 2007.05.04 20:28

いつも拝読させて頂いております。その知見の広さ、造詣の深さには、感服です。いろいろ考えさせて頂いたり、勉強させて頂いたりです。

僭越ながら、拙ブログにリンクを貼らせて頂きました。つまらないブログですが。(そんなことは、勝ってにやってくれと言われそうですが)

遠藤周作の作品は、結構、好きなんですけど。

投稿: forrestal | 2007.05.04 23:30

戦国時代の主力武器は弓矢だったようです。
死傷者の6割が矢によるものだったそうで、次が投石、槍と続きます。日本刀による死傷者は2・3パーセントということです。
日本刀は戦場では役にたたないようですね。

投稿: カタヒラ | 2007.05.05 15:43

識字率について不思議なのは、確かに高かったという記述を見る一方で、帝国陸軍の兵士の識字率は低く新聞を読めるものも少なく、兵士の教育水準の低さが下士官兵のレベルの低さになった、というような記述も読むことです。
この辺りは一概に言えないのかもしれません。戊辰戦争でも蛮行はかなりあったと言われていますし。

投稿: マグナカルタ | 2007.05.06 14:04

本題からはややずれるのかもしれませんが・・・

>マグナカルタさま
旧軍の話ですと「航空機の整備マニュアルが漢語を多用した難解なものだったため、一線の整備兵が読みこなせず苦労した」という話もありながら、「マレー作戦の準備として軍司令部が配布した、口語体のイラスト入り(確か)のマニュアル本(マレー半島の地理風俗などを記したもの)が作戦に資するところ大であった」という話もあります。
要するに識字率≠国語力であり、当時のほうがその差異が大きかったということではないでしょうか。

投稿: あきつ | 2007.05.07 09:43

>あきつ様
コメント、ありがとうございます。
なるほど確かにその通りで、様々な観点から切り取られるものですね。
幕末の日本についても、大都市の人間の洗練さを語る証言がある一方で、街に裸体の人間が多く蛮性に耐え難いという証言もあり、どちらも事実なのですね。

投稿: マグナカルタ | 2007.05.08 16:02

リーチ・攻撃距離の長い武器が主力になるのは万国共通です。
矢が主力であることと日本人の精神性に関係は無いでしょう。

武田信玄が他より長い槍で戦に勝ち、織田信長が槍より攻撃距離の
長い鉄砲で武田の槍に勝ったのが象徴的です。

投稿: drp | 2007.05.09 20:19

戊辰戦争での蛮行は武士の戦いが戦国時代の昔から兵士の乱取りを許していたからですね。またそれが兵士の士気を高めたわけで、伝統でも有ったわけです。 明治期に国際法遵守の時期もありましたが、基本日本兵は外国でも乱取り自由な風潮がありました。 日本では長い間、書き言葉は漢語で書くのが正式でしたから、これは現代の日本人だって普通には読めないでしょう。 識字率とはまた違った事情がありますね。
ラフカディオハーンは晩年には軍国主義に染まっていく日本を
野蛮化していく、それまで軍事と庶民は別だったのに、徴兵制で庶民も軍事に染まっていき、いわゆる優しく気遣いで生きていた日本人が傲慢で横柄になっていくのを嘆いていました。それでも日露戦争の事を最後まで心配していましたね。
ハーンが日露海戦の結果を知らずに亡くなったのは残念でした。彼なら大喜びしたでしょうね。

投稿: | 2013.03.30 18:37

日本人の美意識は世界標準を超えていましたね。
戦国末期のわびさびの茶道文化は外国人には理解不能な
ものでした。「均整のとれた綺麗に仕上げられたものを
西洋では美しいというのだが、日本人ときたら、薄汚れて
変形した茶碗をありがたがっている不思議な人達だ」という
感性でしたからね。本当にわびさびの美意識というのは現代
を世界的にも先取りしている先進的美意識だと思いますよ。
朝鮮人も日本人が朝鮮雑器をありがたがっているのを
「われわれは、中国からの磁器こそが最高だと思っている」
などと日本人を野蛮人扱いしていましたが、実際は文化的に
洗練されていたのが日本人の方だったわけです。
しかし、何故戦国時代にあんな先進的かつ斬新的な現代的
美意識を日本人は発見できたのだろうか? 考えると不思議
な気もするね。

投稿: | 2013.03.30 18:43

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