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2007.04.08

消費って楽しいのかっていうか

 日本に必要なのは内需拡大、つまり日本国民がもっと消費しようよ、ということだが抽象的過ぎる。もっと具体的に自分の消費行動を省みて最近何か変わってきているだろうか。少し変わってきているみたいだ。以前の自分ならしなかった浪費の傾向もあるなと思えてきた。
 私はちょっと食いしん坊というくらいで他にはあまり生活にテイストというのはない。失笑を買うかもしれないが、物事にこだわりというのはない。生活は合理的なほうがいい。そういう本筋は変わらないのだが、実際の自分の消費行動を見ていると、このところ以前よりスタンダードなものを避けることがある。単純な話、食材とかお菓子とか、ちょっとよいものを買ってしまう。ワンランク上のものというより、これがスタンダードであるべきだというスタンダード感覚で買っているようだ。
 製造や流通、マーケティングといったところで妥当な商品というのがそれなりに優れているのはわかるのだけど、そういう合理性や意匠を避けてしまっている。なぜなんだろうと思うのだが、魚なら魚の仕入れ手や、お菓子ならパティシエといった個々の人が見えるような、その人たちがこれは薦めたいなと沈黙に出しているメッセージを聞き取りたいという感じがする。もっと具体的に言うと、たとえば春なんだから駄洒落みたいだけど、鰆のいいのが食べたい。マナガツオも食べたい。と思って、魚屋の店先で生きのいいマナガツオを見かけると、ちょっと高くても買ってしまう。
 もう一面、最近変わったかなと自分でも思う消費行動だが、ややお高い家電品とか数点入れ替えた。私は機械や道具は使える内は壊れるまで使うタイプの人なのだが、まだ使える内でも、そろそろいいかと思えるようになり、その機に最新機能の家電などを買ってみた。へぇと思うことがある。いやけっこうあると言ってもいい。このへぇなのだが次第に生活様式を変え始める。便利なると言ってもいいのだが、この便利さがどうにも馴染めない。たぶん私がメイドさんとか雇ったら同じようにその便利さが馴染めないんじゃないかというか、そんな感じだ。

cover
フィリップス
センセオ(Senseo)
コーヒーポッド式
コーヒーメーカー
 個人的な感覚の問題かもしれない。どうでもいいことだが、私はもてなしということでもなければ、人にお茶を入れてもらうのが好きではない。なんかすごいこと言っちゃうけど、私よりお茶をうまく入れられる人に私は会ったことがない。自分で入れたいのである。ま、それは放言でもいいのだけど、自分でやるべきことを人に任せるとどうも居心地が悪い。魚屋で魚をおろしてもらって買うのも、いかんなぁと内心いつも思っているけど、血を見るのがすごく恐くてさ。
 そういえば、先日日本でもようやく欧米で人気の高い簡易コーヒーメーカー、Senseo(参照アフィリエイト)が発売されるようになって、さてと考えてしまう。当面要らないと言えば要らない。それにコーヒーとかは気晴らしに喫茶店とかで飲むというのもあるし。Senseoがよくてもコーヒー豆まで定型というのはなとか……考えてしまう。でも、これ買えば確実にまた生活感覚が変わってくるに違いない……とか書いていてまた買うか悩み出してしまった。
cover
凡人が最強営業マンに
変わる魔法の
セールストーク
 買おうか買うまいかとか悩む機会が多くなったということ自体、消費傾向の変化だ。これも連想だが、先日「凡人が最強営業マンに変わる魔法のセールストーク」(参照)というちょっとアレげな本を読んだ。内容はさしてないのでさらっと小一時間で読めるのだが、いやあ、なんか珍本でした。私は珍本好きなんでコレクションにしようかなと思うくらい。この本、標題のように、魔法のセールストークを教えてくれるわけですよ。私みたいに、買おうか買うまいかとしている凡夫の背中をずんと押してくれるわけですが……これがなかなか。
 初っぱなから、セールスの秘訣は「お客が欲しいと思っているものを売ってはいけない」とくる。なぜかというと、お客は欲しいものがわかってないから、だと続く。具体例がわかりやすい。

お客「すみません、電気ドリルが欲しいんですけど」
あなた「はい。いらっしゃいませ。電気ドリルのことですね。ちょっとお伺いしていいですか? 何か困っていることでもおありなんですか?」
お客「困っているわけではないんですが、ベニヤ板に穴を開けて、子供の工作を手伝ってやらないと。それで電気ドリルを――」
あなた「具体的には、どんなベニヤ板なんです? 何枚?」

 ということで、お客が欲しいのは電気ドリルじゃないよということで、うまく穴あきのベニヤ板を売る、と。なるほど、と。
 それはそれでいいのだが、この本、なんというのか一種のカウンセリングになっていて、セールスがセラピーになっている。

 セラピストは、根源的な60の欲求に対して、言葉を駆使してそれを満たしてあげようとします。
 セールスは、根源的な60の欲求に対して、商品・サービスを提供してそれを満たしてあげようとするのかもしれません。

 思わず、ずんと引いてしまいそうだ。だって、セラピストの対象となる欲求というのは、孤独とか喪失の悲しみとか劣等感とか嫉妬とかそういう心理的なものだが、消費行動というのは、豆腐が欲しいとか納豆が食いたいとかテンペを使ったインドネシア料理が食べたいとかそういう具体的な物や具体的なサービスなはずだ。が、この本では、そういう消費の背後に心理的な根源的な欲求があるのだとして、かくしてセラピーと同じになってしまう。
 んなまさかと思いつつも、案外、いやあ、そうかもしれんとかけっこう思い直してしまった。
 少しずつ消費動向が変わるというのは、何か心理的な要求の変化の派生かもしれないと考えると、なんだかそんな感じもしないではない。ついでに言うと、この根源的な60の欲求のリストも本書に掲載されているのだが、なかなか含蓄が深いものがありましたよ。

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コメント

えと、1980年代に散々言われていた、
「今の人はメ良い物モが欲しいのではない、メ欲しい物モが欲しいのだ。
しかし自分が何を“欲しい”のかを自覚している人は少ない」
という言説から一歩進んだということでしょうか。

投稿: てんてけ | 2007.04.08 20:14

「どうぞ癒されてください」という言葉ほど、ぞっとする言葉はなかなかみつかりません。「癒ゆ」は自らのはたらきでありましたが、市場で魚をさばいてもらってる間に型どおりちょこっと言葉かわして、たわいなく癒されることもありましたっけ。
そういえば以前、熨斗紙をと言ったらおそろしいシロモノが出てきて倒れかけましたよ。
自分に具合よいものは自分で作れる方が、なりゆきをみて気持ち良くなれる気がします。貧乏と暇に恵まれたら、ひとによるけれど、そういういまどきの乙を味わえる哉。
セールス考える前に、エコや温暖化どうこう煽る前に、イラナイモノガオオスギル。無理に買うのかしら。内需拡大もちょっとしたヌエに思えてきました。

投稿: 都市に棲む山姥 | 2007.04.09 03:02

一種の予定説じゃないですか? 
各々が人生を想定して、快楽計算に耽る。
その折々、まるで徳目の履行を想像させる様々な「物」がオブジェ(鏡像)として目の前で踊る。分割された神のように。

投稿: 夢応の鯉魚 | 2007.04.12 18:09

「内需拡大」って単純に、欧州並みに厳格に残業を事実上禁止して(こっそりやらせてるのがばれたら倒産するぐらい)、仕事しててもちゃんと結婚して部屋買って子供産んで育ててってできるようにすることなんじゃないかな。公表されてる統計資料を見ても日本って決して金持ちじゃない。こんなにあくせく労働キチガイと欧州人から揶揄されるアメリカンからさらに労働キチガイって言われるぐらい働いてるのに、一人当たりGDP(≒一人が年間に生み出す金銭的価値)は欧州のトップクラスより下、並ぐらい。
もう未来が今より良くなるってみんなが信じてた時代じゃないんだから、全てを犠牲にして奴隷労働しろって旗振ってもじり貧だと思う。

投稿: う | 2007.04.16 10:43

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需要は作るものとよく言われる。といっても何もないところに無理矢理作るというのがその意味するところではなくて、本人がぼんやり思っている不満や欲求を形にしてみせることを「需要を作る」というのだろう。そしてその手管というのはやっぱり金になるってことだ。誰もがぼんやり思っている不満や欲求を形にしてみせるとそれはマーケットという規模になる。 一方、これをやらなければ大変なことになりますよという不安を煽る手口もあるが、これはどうかと思う。最近TVで流れている歯周病菌が全身に回ってどうたらみたいなCMはその典型... [続きを読む]

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