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2007.03.22

人類進化の謎とか

 話の枕なんだが、先日、若いころ勉強して今でも役立ったのってなんだろと思った。自分なりの結果論は、古典(文献学・聖書学を含む)と語学だろうか。私の場合、どっちもいいかげんなんだが。
 他の分野はどうだろうか。数学の基礎的な部分というのは時代とともに変わるということはない。昔勉強した基礎論とかは今ではきちんと思い出せないけど、クルト・ゲーデルの不完全性定理の内容が変わるわけではない。
 ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの「論考」も変わらないが、「哲学探究」や最晩年の思想とかは最新研究で変わる。ハイデガーとかもそう。カール・ポパーの反証可能性議論なんかも最終的な思想とは言い難い云々。哲学系はけっこう時代とともにその受容方法が変わる。
 やっかいなのが科学知識だ。科学というのは確かな知識を伝えているかというと、これが基本的にどれも仮説であって、それなりに時代とともに知識をリニューしてないと変わってくる。例えば、私が高校生くらいの頃の天体の知識として、いずれ太陽は膨張して地球を飲み込むみたいなふうに教わったし、そんなアニメーション映像も見たように思うが、最近はそうは考えられていないようだ。軌道が変わるらしい。もっともその時点で地球上に生命が存在しえるのかは依然疑問なんで、人類に対しては地球消滅とさして変わりがないが。
 進化論とか人類進化というのも時代ともに定説が変わる。ちなみに私は今年五十歳になるのだがさて御同輩、質問。ネアンデルタール人は人類の先祖か?
 答えは、No。最近何かと風当たりの強いウィキペディアだが同項より(参照)。


過去、ネアンデルタール人を旧人と呼称する時代もあったが、ネアンデルタール人がホモサピエンスの先祖ではないことが明らかとなった現在ではこの語は使われることが少ない。


一方で、1970年代から80年代にかけ、分子生物学が長足の進歩を遂げ、それで人類の系統を探索した結果、現生人類はアフリカに起源を持ってそこから世界に拡散したものであり、ネアンデルタール人類は55万年から69万年前にホモ・サピエンスの祖先から分岐した別種で、現生人類とのつながりは無いという結果がもたらされた。

 ネアンデルタール人は人類とは別種の生物だった。では、その子孫はどうなったかというと。

ネアンデルタール人は約3万年前に突然滅亡してしまった。滅亡の原因はよくわかっていない。より好戦的で知性の高いホモ・サピエンスに駆逐され絶滅したとする説、ホモ・サピエンスと混血し急速にホモ・サピエンスに吸収されてしまったとする説など諸説ある。

 基本的に絶滅したと言っていいのだろう。
 ついでに北京原人だが、これも人類とは関係ない。

北京原人はアフリカ大陸に起源を持つ原人の一種であるが、現生人類の祖先ではなく、何らかの理由で絶滅したと考えられている。

 ちなみに北京原人にはいろいろミステリーがあったり、笑い話もあるが割愛。
 ホモ・エレクトスについては日本語のウィキペディアの解説は薄い(参照)。いずれにせよこれも人類には繋がらない。
 このあたりの一連の最新学説をさらっと図にまとめたものはないかと思っていたら、今週のニューズウィーク日本語版(3・28)「DNAで解く新・ヒト進化論」でよくまとまっていた。記事の英語版は”Beyond Stones & Bones”(参照)で読むことができる。記事も面白いがもっと面白い系統図はウェブには掲載されていない。
cover
人類進化の700万年
書き換えられる
「ヒトの起源」
 ニューズウィークの記事の元ネタの大半はAmerican Museum of Natural History”Hall of Human Origins”(参照)なので興味のある人は参照するといいだろう。
 このサイトを見ていかにも教育的だなという感じがするし、進化論を学ぶというのはこういうことでもあるかなと思う。もっと単純にこういうのを日本の学生はどう学んでいるのだろうと思い、これを英語でさらさらと読めるといいのになと思うあたりで、ま、若いときに語学はやっとけという元の教訓に戻る。
 話にオチが付いてしまった。
 いやいや。こうした人類進化について私はぼーっと、なんというか、滅んだ人類というのを考えることがある。彼らが現在の人類より劣っていたかどうかはわからない。現代文明のような科学文明を持っていたらそれなりの遺跡として残るだろうから、もし高度な文明があっても我々とは異なっていただろう、というあたりで、ちょっとアレな世界に入りつつある。
cover
生命潮流
来たるべきものの予感
ライアル・ワトソン
 そんなことを思うのは、昔、ライアル・ワトソンをよく読んだからだ。その手のエピソードもあった。特に「生命潮流―来たるべきものの予感」(参照)は何度も読んだ。しかし、ま、今読めばトンデモ本だろうな。
 ウィキペディアでライアル・ワトソンをなんと言っているか見たが、日本語版にはない。英語版にはあるが薄い(参照)。たまたまはてなキーワードを見たら笑えた(参照)。

科学が非科学だとして統計の外に放置してしまうガラクタ情報やガセネタを科学の正道の立場からコレデモカと云わんばかりに徹底的に文献~ニュース資料~科学文献を当たりまくって帰結する、その著作は現代が発揮できる最高の知性/知性の限界ではないだろうか? “一押し”は初めての人には『アースワークス』。科学には詳しいと自信のある人には『風の博物誌』(または『匂いの記憶」』)。そして小説・読み物の好きな手合いには『未知の贈り物』。初めて手にする人にはPTSDが訪れる;暫く他の物が一切読めない。

 あはは。まあ、そうかな。

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「科学」カテゴリの記事

コメント

「りん!くん。外国語ができないということはテレビのチャンネルが一つしかないようなものだよ。」と院の教授に言われました。語学は2ちゃんねるかじりましたが・・・固くって。まったく腹には入らず。ただ眺めるのみ。相変わらず日本語1チャンネル。それすらあやしい。
・・・科学はただ科学の信奉者である・・・という言葉を思い出し、科学も カオスとかいって 結局わかんないものはわかんないと認めだしている今日この頃。
養老孟司氏もいってましたね~「無理しなくていいって」
人的資源管理についても わかんないものをムリに数値化しなくてもいいという 極端な結論を吐いています。

投稿: りん! | 2007.03.22 16:58

>>finalventさん

 話の流れと全く関係なくてすいませんなんですけど、ブログ始めるとしたら、どこらへんがお勧め(?)ですかね? 自分ではよく分からないんですよね。どこも似たり寄ったりに見えるんで。字が小さいと読みにくくて嫌なんで字を大きく出来ればいいな、とか、経営運営がしっかりしてて無闇矢鱈と鯖落ちしないところがいいんですけど。あとはまぁ、月々の運営経費というかショバ代。安いに越したことはないんですけど。
 爺さんお勧め(?)の界隈があれば、ご教示頂けると嬉しいですね。
 そういうことで。

投稿: ハナ毛 | 2007.03.22 17:20

finalventさん、こんばんは、

ライアル・ワトソンって案外わかいんですね。「生命潮流」は高校2年から3年になる春休みに断食堂に1週間おこもりした時に読みました。アマゾンで調べたら原著の「Lifetide」は、1979年の出版なんですね。ということは、ワトソン40歳!結構感慨深いものを感じます。

投稿: ひでき | 2007.03.22 20:12

私達は交わって生まれてきたんだから、ネアンデルタールという種ときれたわけではないし、ネアンデルタール的な質が今日では読みにくいありかたでどこかに潜んでいるような気がするけれどもという感覚を持ちつつ、諸説がどれだけ人類史中で変転してきたことか、あるいは諸説も優位な言語にすぎないし、...そういえばバスク人とか、ヨーロッパの古層に思いがとんだりするのだけれど、...人類学の定説というのもある部分、歴史と整合するように選ばれてしまうようにも思え、定説と「と」になってしまう境界において、ヒトは生きて今日まで続いてきたのかもしれないし、淵に立って、どんな言葉で語りうるか、まして日本をや...

投稿: 山姥 | 2007.03.22 20:32

科学の本質と言うのは思想であって知識ではないと思う。

投稿: うps | 2007.03.22 20:53

門外漢ではありますが、思うに語学(言語学)というものもまたその時代に沿った傾向があるのかもしれません。私の青春時代は(80年代)、言語の自立性が大前提とされ、言語はそれ自体で独立した体系化されたものとして捉えられ、更にいえば言語は人間が誰しも有する普遍的能力であるということに基づく能力の解明に力点がおかれていたような・・。ほら、あのモジュールってやつですね。

しかし、ここ20年くらいは、大まかに2つの潮流があるようで、ひとつは、言語を人間の認知と深くかかわるものと認識するもの。で、体系としては、あくまでそれを使う人間の他の能力と深く絡み合って存在するものであると捉えているようです。具体的には、ほらイメージ画像なんかを駆使して、ぐぐ~っとに訴えかけてくる手法をとってたりしますよね。感じる文法っ!

もうひとつは、言語を均質的体系とはみなさず、あくまで使用されてはじめて言語になるという、それをとりまく社会的諸条件等を考慮した多様性を重視する流派。いわゆる硬派の揺ぎ無い学校文法がこれに代表されるものでしょうか?

もちろんこの2つの方向は、相補うものであるはずだし、そうであってほしいところですが、果たしてうまく棲み分けられているのかなあ?とかまあ素人としましては、ちょっとばかり気になる分野だったり致します。

投稿: Phenaphen | 2007.03.22 22:23

はじめまして
「ドイツイデオロギー」に「共産主義とは、」という有名な一節がありますね。
これをもじると、「科学とはわれわれにとって成就されるべきなんらかの状態、現実がそれに向けて形成されるべき何らかの理想ではない。われわれは、現状を止揚する現実の運動を、科学と名付けている。この運動の諸条件は、いま現にある前提から生ずる」いうことが言えそうです。
「科学」というものを実体化してありがたがる人ほど、データを持ち出すニセ科学にころりとやられちゃう。「科学的」と称するニセ科学がはやるのも、「科学」とか「科学的」とかいう言葉が無前提にありがたがられているところに1つの原因があるのかなと思います。

投稿: かつ | 2007.03.23 04:46

> 数学の基礎的な部分というのは時代とともに変わるということはない。

数学の基礎については、昔から論争の種になってきたと思います。
20世紀以降に限っても、排中律をめぐる論争とかいろいろありました。
(参考)『数学の基礎をめぐる論争―21世紀の数学と数学基礎論のあるべき姿を考える』
http://www.amazon.co.jp/%E6%95%B0%E5%AD%A6%E3%81%AE%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E8%AB%96%E4%BA%89%E2%80%9521%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E6%95%B0%E5%AD%A6%E3%81%A8%E6%95%B0%E5%AD%A6%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E8%AB%96%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%B9%E3%81%8D%E5%A7%BF%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E4%B8%80%E4%B9%8B/dp/4431707972/ref=sr_1_1/503-4299569-2771907?ie=UTF8&s=books&qid=1174619899&sr=8-1

また、集合論や数学の基礎付けに関するブルバキの姿勢も興味深いところです。
(参考)『ブルバキ―数学者達の秘密結社』
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%AD%E2%80%95%E6%95%B0%E5%AD%A6%E8%80%85%E9%81%94%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86%E7%B5%90%E7%A4%BE-%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%B9-%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB/dp/4431709266/ref=sr_1_3/503-4299569-2771907?ie=UTF8&s=books&qid=1174620016&sr=1-3

数学に詳しい方々には、確固たる数学観をお持ちの方が多いようです。
ご意見を承る分には良いのですが・・・(以下略

投稿: でもクラっと | 2007.03.23 12:23

ネアンデルタール人のもつ遺伝子多型はホモサピエンスには認めず、ネアンデルタールとホモサピエンスが混血したことは否定的、とワトソンの「DNA」に書いてありましたよ。

投稿: Aspirin | 2007.03.23 14:19

>特に「生命潮流―来たるべきものの予感」(参照)は何度も読んだ。

若い頃に、なんらかのインパクトを受けて、でもそれがニセモノだったことを悟ったとき、それをさらりと言えるのは強さですね。

レベルやジャンルはさまざまですが、昭和以前の共産主義運動(小林秀雄が共産主義者の転向について書いてましたね)、ニューサイエンス、文学でいえば「人間失格」など、昔から、若者を一時的に感化させるものは、いろいろありますね。

投稿: hs | 2007.03.24 13:47

丈夫の拍動の錯覚される生暖かい空気が、首筋に当たる……そんな時、私なら脱兎の如くですが……

思えば、科学も兵法なのか。いずれにしろ生傷は必要ですね。曲折、大いに善し。

投稿: 夢応の鯉魚 | 2007.03.26 16:37

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