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2007.03.28

[書評]海辺の生と死(島尾ミホ)

 島尾ミホさんが亡くなった。八十七歳。とぅしびーは祝ったであろうし、満年齢なら、とーかちも祝ったか、と思い、いや彼女はカトリック教徒だったなと思いおこして自分を少し苦笑した。
 書棚を見ると彼女の「海辺の生と死」(参照)がそこにある。この書物はこの十年以上の年月、私の存在をいつもじっと見つめている。干刈あがたの本と一緒に、私が沖縄に出奔する前からいつも身近にあり、今もある。

cover
海辺の生と死
島尾ミホ
 「海辺の生と死」と島尾ミホさんについて、私の胸にこみ上げるような思いがいろいろとある。だが言葉にならない。死は悼むべきだが、彼女は天寿に近い。その死を強く悲しむものではないが、なにか泣きたいような思いだけはこみあげてくる。
 本を手に取りなんども読んだページをめくりながら、その感情のコアがどこにあるのかと問い直すまでもなく、それが何であるはわかる。だが、それをどう書いたらいいのだろうかとなるとまるでわからない。そこに記されている言葉を引用するのさえ畏怖感がある。
 アマゾンを見ると復刻されていないせいか古書にプレミアムの価格がついている。そこまでして読むべき本かといえば、そうではないだろうし、ある種の人々には読んで欲しくない聖なる本なのだというふうにも思える。いや、そう言ってしまえばまったく別の意味になってしまう。
 紹介にはこうある。間違いではない。

幼い日、夜ごと、子守歌のように、母がきかせてくれた奄美の昔話。南の離れ島の暮しや風物。慕わしい父と母のこと。―記憶の奥に刻まれた幼時の思い出と特攻隊長として島に駐屯した夫島尾敏雄との出会いなどを、ひたむきな眼差しで、心のままに綴る。第15回田村俊子賞受賞作。

 間違いではない、が、真実でもないと言ってしまいたい思いもある。何がどうなんだということは、この本の内容にも関係するが、田村俊子賞については武田泰淳のこともある。そういえば彼が亡くなったのはいつだったかと調べると七六年であった。本書の初刊は七四年であった。
 文庫版の末には吉本隆明が「海」に掲載した「聖と俗 焼くや藻塩の」が解説の代わりに付いているが、これがまた重たい内容になっている。奄美での出来事に触れてこう彼は語る。

 これが、到来した守護神と村落の人々、わけてもゆかりある少女との<聖>なる劇のクライマックスである。それを演じた島尾敏雄と島尾ミホ夫人の、戦後の<俗>なる日常性に、なにが必然的におこらざるをえなかったか、ここでは触れるべきことに属さない。この本の世界は、そこにはないからだ。

 たしかに本書の世界は、<俗>と峻別される<聖>の世界でもあるのだろうが、吉本がここで「必然」と喝破しているように、切り離されるものではなかった。言うまでもなく、その裏面の世界は「死の棘」(参照)であり、なお続く、「魚は泳ぐ 愛は悪」(参照)の島尾伸三の物語でもあり、「しまおまほのひとりオリーブ調査隊」(参照)のしまおまほの物語でもある。いや、しまおまほまで続いていると見なくてもいいではないかというなら、それはそうなのだろう。
 ネットを見回すと、読売新聞のサイトに本書の関連で”幽明の間に咲いた恋…加計呂麻島(鹿児島県)”(参照)で興味深いコラムが掲載されていた。

 だが「島尾隊長」と、死の淵(ふち)から奇跡の生還を遂げ、「インテリ作家」となった島尾敏雄は別人だと言う。「隊長さまはあの日を最後に姿を消しました。夢の中で隊長に会ったと話すと、敏雄は『ミホは昔の恋人に会ってきたんだね』と苦笑したものです」。夫の遺影の前で喪服を着て居住まいを正したミホさんは、そう言ってはにかんだ。

 その言葉と、その喪服をどう受け止めていいのか、私にはわからない。言葉はその通りの意味でもあるしその通りの意味でもないかもしれない。喪服は引き裂き得なかった預言者の衣のようでもある。
 言葉によって切り取られることがありえないはずの聖なるもの一端がこの書物にはあるが、すべての読者に開かれているわけでもないし、ある意味で選ばれたような読者の祝福でもない。教訓めいたものも、善なるものないと言っていいのかもしれない。
 たぶん救いのようなものだけはない。

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コメント

かつて、好む好まざるとに関わらず陥る快楽計算の地獄、或いは星座(コンステライツィオーン)の“魔”を『死の棘』に読み、
打ちのめされたのが思い出されます。

しかし、「彼と私」に不幸というものなど無い……とは、
一体どれだけの経験によって裏付けられるのか?

かのロバート・フロストの詩(川本皓嗣氏の訳)が思い浮かびます。

まだ相当にあろう、「長い長い道のり」を。

投稿: 夢応の鯉魚 | 2007.03.31 18:27

はじめまして。
TBの送り方に失敗し、重複してしまいました。申し訳ありません。
お手数ですが、一方を削除してくださいますようお願いいたします。

投稿: sarah | 2007.04.01 01:06

この書籍を未読で恐縮なので、コメントは憚られるかと思ったのですが、この文章にはこころを打たれる何かがありました。うまくいえないのですが。

過日、「名前がありません」という名前でコメント致しました者です。エレンディラからの連想で。

リスペクトという意味合いで御挨拶に参らねばと思いました。

投稿: yew | 2007.04.08 21:04

・・・私はその内、島尾敏夫でも無く、島尾ミホさんでもなく、島尾マヤさんの物語が書けたらいいなと画策しています。それこそ、「愛子様」問題に連なる、今の日本の病理の根源の問い改めではないかと。そう、思うからです。(個人的感慨になってすみません。)

投稿: ジュリア | 2010.05.05 01:29

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» 開放系の組織論 nonequilibrium open system [HPO:個人的な意見 ココログ版]
結局、これは、自分の認識の限界線をどこに設けるかという範囲の問題だ、と。 ある程度「閉じた」コミュニティーであれば、「海辺の生と死」が描いた世界がそうであるように、生産も取引も、個人と個人のつながりも、結婚と家庭生活も、基本的にはそのコミュニティーの中で行われる。信頼というものもそのコミュニティーの内で閉じているので、「評判」だの「家」の評価などが、個人のあらゆる面で同じ尺度、同じ評価がついてまわることになる。... [続きを読む]

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