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2007.02.02

デカルト的な考えによれば人間の身体は機械である

 柳沢伯夫厚生労働相が先月二七日、松江市で開かれた島根県議の会合の講演で「産む機械、装置の数は決まっている。あとは一人頭でがんばってもらうしかない」と発言し、その場で本人が失言に気が付いて「機械と言ってごめんなさい」と謝罪しさらに「産む役目の人」と訂正し、会合では特段問題もなかったものの、その後なぜだか、一度たりともは女性を「産む機械」に喩えた発言をした事実は許し難いということなのか、政局を左右する大問題になり、野党は柳沢厚労相の辞任を求めるに至っている。
 まったくもって女性を機械に喩えるといったことは人間の尊厳を踏みにじる許し難い考えかたであり、そのような思想を持った人間は政治の場から即刻取り除かなくてはならない……ということなのだろう。違うかな。
 私にはよくわからないが、まあ、そういうものだろうと思うことにしておく。ここで疑問とか抱いて、どうなんでしょね、とか書いたら、変なとばっちりとか罵倒のコメントを山のように戴くことになるかもしれない。それは嫌だな。やっぱ、黙ってよ。
 ところで、機械といえば、人間の身体は機械であると考えられる。
 私がそういう考えを持っているわけではない。西洋哲学的には、そういうもんだということで、ウィキペディアのAutomatonを読んでみよう(参照)。
 まず、Automaton(オートマトン)とは何か。


An automaton (plural: automata) is a self-operating machine.
(試訳)
オートマトンとは、自律的に動作する機械である。

 つまり、他に操作者(operator)を必要としない機械を指す。
 さて、我々近代合理主義、つまり似非科学や偽科学を否定した現代文明の人間観の基礎を築いた、あるいは表現したとされるデカルトはこう考えている。

A new attitude towards automata is to be found in Descartes when he suggested that the bodies of animals are nothing more than complex machines - the bones, muscles and organs could be replaced with cogs, pistons and cams. Thus mechanism became the standard to which Nature and the organism was compared.
(試訳)
オートマトン(自律機械)に対する新しい対応はデカルトによって見いだされた。それは彼が、動物の身体とは複雑な機械以外の何物でもないと示唆した時のことだ。つまり、骨、筋肉、諸器官は、歯車、ピストン、カムなどに置き換えることが可能である。よって、その機械としての働きは、自然と生物体が比較される標準となる。

 こうした我々の似非科学や偽科学を否定した現代文明の考えかたも哲学的には一つの立場に過ぎないのかもしれないということで、この考えかたを哲学的には機械主義(メカニズム)と呼ぶ。ウィキペディアの項目にはこうある(参照)。

In philosophy, mechanism is a theory that all natural phenomena can be explained by physical causes. It can be contrasted with vitalism, the philosophical theory that vital forces are active in living organisms, so that life cannot be explained solely by mechanism.
(試訳)
哲学において、機械主義という理論は、すべての自然現象が物理学的な原因によって説明できるとするものである。これは、生気論と対立している。生気論の哲学的な理論では、生命力は、生命器官内で活性する。それゆえ、生命というのは、単純に機械主義によっては説明できないとするのである。

cover
生気論の歴史と理論
ハンス・ドリーシュ
 読んですぐにわかるように生気論とは似非科学であり偽科学であり、ブログの世界にあっては許し難いものである……まあそんな雰囲気。空気を読めと。ほいで、正しい科学的な機械主義的な見地からすると、生命現象はすべて機械として扱えることになる。例外はないと思われるので、たぶん、まあ、ああしたこうしたこともすべて機械と見なされるはず。
 この考え方はデカルトよりもさらに、医学者でもあり哲学者でもあるジュリアン・オフレ・ド・ラ・メトリー(Julien Offray de La Mettrie)(参照)の「人間機械論」に顕著だ。

37歳の時に著した『人間機械論』は、霊魂の存在を否定し、デカルトの動物機械説を人間にも適用し機械論的な生命観を提唱した。ラ・メトリーはその著作で、足は歩く筋肉であり、脳髄は考える筋肉であるとした。100年近く前にデカルトが唱えていた人間を精神と肉体とでできた機械(デカルト的二元論)とみる発想よりも「機械論」に徹していた。

 インターネットを見ていたら、ジュリアン・オフレ・ド・ラ・メトリーの「人間機械論」の英訳があった(参照)。著作権ももう切れているだろうしあって不思議ではないのだけど、便利な時代になったものだ。

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

よくこんな姑息なやりかたを臆面もなくできるもんだ。

投稿: AnonymousCoward | 2007.02.02 19:10

公人が公の場で言えばマズいセリフだったことは確かですが、この失言のせいで国政が5日間も麻痺している現状は異常ですよ。民主党もその他の野党も、野党の仕事で最も大切なことは与党を叩くことだと勘違いしていないか心配です。WEや年金やイラクや裏金や僻地医療や裁判員や日中ガス田や…を放置してまでやるべき仕事なのかどうか。政党の仕事の「本幹」と「枝葉」の区別が付いてないように見えますが、どうでしょうか。

投稿: T.Goto | 2007.02.02 19:49

 立場が違えば見方が違って当たり前だし、見方が違えば意見の相違も変な文言も、出るでしょ。そりゃ。話ってのは、そういうのが大前提なんだからさ。
 公務(笑)の場に於いて「言っちゃった」のは拙いんだけどさ。流石に。でも、そういうのネタにして人格攻撃や辞任要求騒ぎをするのって、さ。どことは言いませんけど、ひと昔前の切込隊長ブログ炎上騒ぎと、あんま変わらんですね。あのとき必死(笑)になって擁護(笑)してた私の教訓とか、あんまし世間は活かさないみたい(笑)。

 ネットとか根本的にどうでもいいのかなぁ…(笑)。

投稿: モッサアアア | 2007.02.02 19:52

つーか、何であれぐらいで自民党が動揺しているのかも、も一つよくわからないんですけど。
大体、「次の名古屋市長選挙の結果如何を見て進退を決める。」って何で大臣の擬似信任投票にするかなという発想が(これ言い出したのは自民ですからね)わからない。怯えることがないんなら堂々と政務をこなせばいいんです。そこを裏でこそこそやるから段々話がおかしくなってくる。

投稿: F.Nakajima | 2007.02.02 21:40

 「裏でこそこそ」は政治の基本でしょ。私みたいに年がら年中天衣無縫で政治が出来るなら、そんなに都合のいい話もないもんで。
 無茶を願っちゃいけません。
 結局さあ。安倍たんじゃあ内部を抑えきれんよ? って意思表示なんじゃないの? 小泉たんは世論操作が異常に巧かったから。その反動っていうか。それが十分分かってるから、野党(笑)も突っつきに徹してるんじゃないかと。何にせよ、そんなんで5日も6日も1週間も政治空白作ったら単なるアホなんですけどね。

 窮鳥懐に入らずんば猟師も此れをズドン! を、地でやっちゃってるって…。私じゃないんだからさ。国政に参与すべき者がそれじゃあ駄目でしょ。普通に。安倍たんは兎も角、次の跡目を襲う人が大変ですよ。こりゃ。南無南無。

投稿: モッサアアア | 2007.02.02 22:03

で、本題。
>正しい科学的な機械主義的な見地からすると、生命現象はすべて機械として扱えることになる。例外はないと思われるので、たぶん、まあ、ああしたこうしたこともすべて機械と見なされるはず

ぬかりましたな。デカルトは一元論(人間というシステムは機械である)を主張していません。(wikipediaの「デカルト」参照)

それで、今の(哀れな養老先生とかはごまかしてますけど)脳医学の水準では、まだ「機械論が正しい」とは言えません。決着がついていない最大の難問がまだ残っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%A0

一元論とか心身二元論などの哲学の基本知識を理解しないでラ・メトリやハイデッガーなどを読み進むのは無謀かと存じますが。

投稿: F.Nakajima | 2007.02.02 22:11

↑細かいこと考え出したら際限が無いから、とりあえずテキトーに思いつくままでいいんじゃない? それに、F.Nakajimaさんのような人が適宜異論を唱えればいいだけのことで。

>基本知識を理解しないで進むのは無謀

 これが、弁当おじちゃんの「クオリア」なんでしょ。きっと。

投稿: モッサアアア | 2007.02.02 22:31

なんで何百年も哲学者のただの私論を引っ張ってくるんでしょう・・・
いや、あの失言とやらがどうでもいいのは同意しますが
発言で使われてる文脈はデカルトやらのとは違うと思いますよw

投稿: 名無し | 2007.02.03 01:52

この程度の失言?で大騒ぎしてもねえ・・・・。
女性が子供を産む機械だとしても、今のところ機械人間は子供を産めません(^^;
柳沢厚生大臣を別の人に取り替えても、この程度の失言は、誰でもするでしょうね。

投稿: みほ | 2007.02.03 07:32

 言われてムッとするレベルの失言だとは思うけど、1週間も国政を空転させて新聞テレビで空騒ぎするほどじゃ無いと思うけどね。ニュース観て「野党が審議拒否・福島みずほが街頭演説」シーン見て、そっちのほうがよっぽど暗澹とした気分になるし。
 もうさ。むしろさ。自民党一党独裁にしたほうがいいよ。野党いらねえ。

 と、お小遣い回収マシーン&適当お遊びマシーンの私は思いました。
 真面目文筆マシーンのfinalventさんは、いかがお過ごしですか?
 明るく元気で丈夫な子供を産む機械が欲しいです。まる。
 パーでいいです。私もどうせパーなんで。

投稿: モッサアアア | 2007.02.03 08:24

>つーか、何であれぐらいで自民党が動揺しているのかも、も一つよくわからないんですけど。

民主主義なんだから、選挙が近ければ内心ではたいしたことがないと思っていても支持率が下がるようなことに動揺するのが当たり前では?
国家じゃ有るまいし、不人気でも動揺しないほうが異常だと思うんですが。

>ぬかりましたな。デカルトは一元論(人間というシステムは機械である)を主張していません。

科学的な機械論ではそうなるといってるだけでデカルトがそうだといってるわけではないのでは?「この考え方はデカルトより人間機械論に顕著だ」と続いていることから見ると、デカルトの考えの延長線上に人間も機械とみなす考え方があるということじゃないでしょうか?

>発言で使われてる文脈はデカルトやらのとは違うと思いますよw

意識や意思のない存在とみなすという意味では同じ文脈のような気がするんですけど。小銭を入れたら缶ジュースが出てくる自販機みたいに女性は肉棒突っ込んだら子供が出てくるようなカラクリってことなんでしょ。

投稿: (  ゚Д゚)⊃旦 | 2007.02.03 09:03

ちゅか、「女性は子供を産む機械」かどうかなんてこた、最初からどうでもいいのですよ。
「子供を産む機械の数は既に限られている」という事実の指摘が大事なのですよ。
柳沢氏が一番言いたかったのは、そこでしょ。
「装置」が女である事すら、ここではどうでもいい。
どうせ男がセットでなきゃ子供は生産できないんだし。

投稿: karma | 2007.02.03 11:52

>どうせ男がセットでなきゃ子供は生産できないんだし。

いや、種馬は1頭いれば充分なんですけど。

投稿: F.Nakajima | 2007.02.03 12:06

↑それは否定せんけど、女は自分専用を欲しがりますから。難しいですねえ。なむなむ。

投稿: モッサアアア | 2007.02.03 12:55

っていうかこのエントリになんでこんなにコメが付くの?
でもここの主は予想してましたね明らかに。やりますね。これから次の日のエントリ読みますけど、そこで答えは明らかになるのでしょうか?
こういう書き込みって嵐に含まれるんだろうか?w

投稿: marco11 | 2007.02.03 18:36

>西洋哲学的には、そういうもんだということで、
近代西洋哲学的には、に訂正すべきでしょう。今は現代。
近代哲学はスピリチュアル系真っ盛りな中世の哲学との対比ではマシなものですが、粗雑過ぎるので現代でこれを持ち出すと恥ずかしい。

投稿: undefined | 2007.02.03 20:52

知的オチョクリにすらなっていませんね。
finalventさんらしく、「わたしなら少子化問題をこう語る」を書けばよかったのに、とおもいます。批判を恐れているんですか? 「批判者」をオチョクルのが、一番の身の安全かもしれませんが。

>私にはよくわからないが、まあ、そういうものだろうと思うことにしておく。ここで疑問とか抱いて、どうなんでしょね、とか書いたら、変なとばっちりとか罵倒のコメントを山のように戴くことになるかもしれない。それは嫌だな。やっぱ、黙ってよ。

で、批判でなくてオチョクリにしたんですね。
でもね、finalventさん、小ばかにしてはいけませんよ。

オチョクリだって、肉を切らせて骨を断つ、そうしたリスクのない安全地帯からでは、切れ味は当然鈍ります。だいたい、カントさんは何で引き合いにされたのかなあ。最強のガードレールだ、なんていったら、カントさんに悪いかしら。

投稿: bi0615 | 2007.02.03 22:07

柳沢氏は職責に忠実だからああいう表現にいたったのであろうと見えるんですけど。。
 昨今の子供を2人以上欲しい発言に関しても、政治的にそういう気運を盛り上げないといけない立場にあるからであり・・・

 これらを盛り上げず逆にそれはオカシイ扱いするマスコミと野党は本気で国を滅ぼす気でいるような気が、私はしてならない。

 小沢一郎はあんなにバカだったのだろうかと少々ガッカリしている。

 ただ、周囲に同意を求めているあたりに、柳沢大臣の言い回しのまずさはあるのだろうねぇ。

投稿: | 2007.02.07 14:46

『国家と個人との関係を対立2当事者として捉えた場合』、現状,『産む機械』発言も,あながち,まったく間違っているとまでは言い難いとわたしは思っている。『日米欧の3極構造を為している国際経済』,その一極を担う日本が『外需依存度の高い貿易立国』であり,『個人よりも企業を優先させた政策』にならざるを得ないという宿命的な必然性,特質からそういえると考える。産業労働力の基盤は人口である。たしかに,地政学的な独立経済圏といったものを逸脱しない適正人口という観点,そういった国策転換も遠い将来にまったく無いとまでは言い難いが,現況,日本は世界をリードすべき屈指の先進国であるという立場を我々,特に国政を預かる者達は忘れてはいけない。国際経済の現状,実態,日本の立場,そこから求められる国際的責任といったものは避けて通れない。柳沢氏の発言も『いってみたら…』という前フリが付けられていたのであって,国会議員,政治家として,ことさら,まったく不穏当な発言とまではいえない。会場出席者関連,マスコミを中心として繰り広げられた一連の非難は,国民の公民たる不勉強さからくるものであり,それこそポピュリズムの弊害からくる行き過ぎであったといわざるを得ない。

投稿: おでかけ(島根) | 2007.11.10 08:10

勿論素晴らしい哲学の内容ですよ。

投稿: 電車男。 | 2012.10.07 20:12

まったく政治家は、失言とか辞めろとかどうでもいいアホ問題ばかりもめてw女性も人間も動物も生命体はみんな自然界の機械です。全て宇宙からみれば化学反応に過ぎない。それに政治はこの世の誰がやっても同じ。むしろ一般人の信じている常識事態が正解などない。幸せになりたきゃ政治なんか頼らず自分の身体に頼るのが当たり前。バカバカバカ日本人

投稿: たかし | 2013.04.24 20:16

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