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2007.02.03

機械は意識を持つか。コンピューターは意識を持つか。インターネットは意識を持つか。

 結論を先に書くと、機械は意識を持つか。イエス。コンピューターは意識を持つか。イエス。インターネットは意識を持つか。イエス。
 昨日「極東ブログ: デカルト的な考えによれば人間の身体は機械である」(参照)を書いたおり、私は意図的に機械主義についてオートマトンから始め、デカルトとその後継の機械主義を分け、「デカルト的な考えによれば人間の身体は機械である」とし、けして「デカルトの考えによれば人間は機械である」とは書かなかった。デカルト自身は人間の総体については機械とは考えなかったからだ。
 デカルトは、雑駁に言えば、人間の精神は別に存在し松果体によって身体と結びついていると考えていた。また、その精神こそが動物と人間との差異として考えた。このような人間の超越性についての考えの延長には現代ではチョムスキーの思想が存在する(彼はUGの構成性をピアジェが知性の基底を扱うような進化論的な獲得のプロセスモデルとして示さない)。また、非常に微妙なのだがベルクソンの思想もこの延長にある。が、その話は今回は触れない。

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意識する心
脳と精神の
根本理論を求めて
デイヴィッド・
J. チャーマーズ
 デカルトの松果体についての考えを今日支持する人はいないだろう。だが、デカルトが象徴的に端緒となった、人間をその精神を含めて機械と見る考えかた、つまり、オートマトンと見る考えかたは、現代科学の基礎にある。人間はその精神機能である脳を含めて機械として見られる。
 さてではその機械主義から、必然的に出てくる問いは機械は意識を持つかという問題だ。現代的には脳という機械は意識を持つかとしたほうがわかりやすいかもしれない。
 答えはイエスである。簡単な説明を選べばこうなる、なぜなら機械である我々は意識をすでに持っていることが前提とされるからだ。我々人間は機械である。脳も機械である。そして人間または脳には意識があるとされている。では、機械は(機械の有りようによっては)意識を持ちうると言うほかはない。そうでなければ、人間は機械ではない生気論的な要素が加わるというのだろうか。
 機械が意識を持つかという問いは、ロボットが意識を持つかという問いにしてもいい。こうすればさらに簡単に説明しやすい。ロボットは意識を持つのは、鉄腕アトムやドラえもんを想定してもいいだろう。彼らは意識を持っている。例外もある。鉄人28号はそうでもない。しかしジャイアントロボは最終的に意識を獲得したようでもある(テレビ版)。あるいは鉄人28号の意識は実は正太郎の意識のクローンであるロビーが担うことになっていた。
 ロボットの意識は、その脳であるコンピューターに問われる。その意味で、機械が意識を持つかという問題は、そのままコンピューターは意識を持つかという問題になる。この考えはソフトウェアエンジニアに問うてみるとはっきりするだろうか。コンピューターは意識を持つのは当然であり、ソフトウェアはその意識を表現したものだ、となるだろうか。いずれにせよ、意識をプログラムできるか?
 人間存在とその脳が機械であり、それらが進化の過程によって形成されたのなら、言わば発見的な手順によってプログラムされたことは自明である。であれば、意識はプログラム可能だとしかいいようがない。これを否定するには初期条件に神か何か知的存在よる意匠(デザイン)を想定するしかない。するかね?
cover
ウィトゲンシュタインは
こう考えた
哲学的思考の
全軌跡1912‐1951
 こうした問題領域には一定の、超越をもって解としたくなるような、陥穽的なアポリアがあるようだ。例えば、一般に話題とされる初期ヴィトゲンシュタインとは違い後期というか最晩年の彼は「私」という意識にある特権性を見ていたようだ。ゲーデルも、彼自身オートマトン理論の援用で不完全性定理を編み出したとも言えるが、後年のライプニッツへの傾倒も含め神の実在を確信しており、かなり雑駁に言えば、特殊な神秘論に傾倒したふうでもある。この問題はアポリアの回避、あるいは問題の意味の問い直しが起点になるかもしれない。
 この問題について、私は大森荘蔵の考え方を理解しようと努め、大筋彼の考え方に近いものを持つようになった。機械は意識を持つか。持つ、当然である、と。
 「物と心」(参照)で彼はこの問題の理路を振舞いから説明する。

 ロボットの意識の有無もまたこれらと同様、ロボットの振舞いがいかなる相貌で見えるかという問題であり、いかなる相貌で見るかはわれわれの知的、道徳的等々の素養に根ざし、逆にロボットに対するわれわれの知的、道徳的等々の態度の一表現なのである。


(前略)だがそのようにロボットに対してきた人が、ロボットと交渉が密接になり、ロボットのつきあいの歴史が積み重なってきた場合にはどうであろう。心のかたくなな人でないかぎり、いわば情が移るのではあるまいか。教え、教えられたり、いっしょに泳いだり、忠言を受けたり、看病をしたりされたり、危急を救われたり、同じ釜の飯を食べたり、つまり、深い「人」づきあいをした後には、彼のロボットに対する態度は変わってくるだろう。彼はロボットを傷つけようとはせず、その苦しげな振る舞いにはいたく心を動かされ、彼に対して愛情を持つだろう。このとき、彼はロボットを「無意識」の相貌では見ていないのである。少なくとも「迷い」の相貌で、あるいは「ロボット的な意識がある」相貌で、ときには「人なみの意識がある」相貌で見ているのである。

 ロボットと一緒に釜の飯を食うといった大森らしいシュールなドラえもん的な文体が愉快だが言っていることは単純で、我々の振る舞いが意識の有無を決定しているとしか言えないのであり、また人工知能はそのように発展するしかない。別の言い方をすれば意識の有無あるいは各様態を含む諸意識の存在は、リトマス紙のようなもので検出できるわけではない。蛇足ながら、繰り返しになるが、その意識の検出の志向は超越を志向する陥穽のアポリアとなるのだろう。
 大森はこうした振る舞いは彼らとの付き合いの歴史性に寄るとしている。

同じように、ある人にとっては「猫的意識」や「馬的意識」があり、虫めづる姫君にとっては「昆虫的意識」の相貌すらあっただろう。これらさまざまな派生的な相貌が、中核となる人間意識の相貌にコングロマリット的に連なってきている。ロボットの意識がこれに加わるとすれば、その連なり方は犬や猫の意識が人間意識に連なるしかたとは別系統のものとなるだろう。しかし、ロボットの振舞いがますます洗練され、ますます生き生きとしたものになるにつれ、その「意識をもつ」相貌はますます人間意識に連なるにちがいない。

 機械は意識を持つか。イエス。コンピューターは意識を持つか。イエス。コンピューターに知性の振る舞いを期待すれば人間知性を拡大した意識を持つようになるだろう。
cover
大森荘蔵著作集
(第4巻)「物と心」
  しかし大森の指摘で重要なことはロボットが意識を持つか持たないかという問題より、それがどのような意識を持つかという点だ。つまりこうした存在の意識のあり方は人との関わりの歴史が決定するとしている。この含蓄は興味深い。動物など諸生物の意識は人との関与の関係性や進化的な発現によって限定されており、当然ながら動物としての人間の意識のあり方もその進化過程による類縁の性格を帯びる。これに対して、ロボットやコンピューターは最初から人間がそれらに対して求める道具的な関係性、あるいは拒否されない欲望の関係性のなかでその意識が発生することになる。この示唆は最後の問い、インターネットは意識を持つかにも関連する。
 インターネットは意識を持つか。イエス。これは一面では簡単というかトートロジーだ。なぜなら、インターネットの情報性は人の意識の断片の参与を含みこんでいるからだ。むしろこう問わなくてはならない。インターネットは人の意識を総合した上位の意識を持つか、あるいは、インターネットはどのような意識を持つか。
cover
ようこそ地球さん
星 新一
 答えはその上位のレイヤーを自己組織化する情報システムへの創発性による。ここで創発にグーグルの進化を比喩にしてもいいかもしれない(特に学習による検索を越えて知的処理を加えたコーパスベースのオントロギーが採用されつつある)。人間がインターネットで何をしているか。それは、人がその新しい関係性の歴史として、人が求める神の意識というものを出現させようとしているのだろう。


追記
 ブログらしくおふざけも入れた議論をしたせいで不要な誤解や揶揄・罵倒のつけいる余地を与えたかもしれない。またそもそも粗雑な議論であったかもしれない。
 コメント欄にて私の考えが大森哲学とかけ離れているといった指摘を受けた。コメント欄に返信してもいいのだが無用な議論を避けることと、この問題は基本的に他我論の構図を持っているということを示す意味でも、彼の晩年思想に近い「時間と自我」(参照)の序文を引用しておきたい。昨今の流行でいえば「マリーの部屋」問題にも関連するのだろうが。


 今一つの主題である自我の概念についての探求では、それとペアになる他我概念を避けて通るわけにはゆかず、本書では自我よりも他我が主題であるかの如き観を呈している。周知のように他我については他我問題(Other Mind)という名で主として英米の分析哲学の中で公認の難問とされてきた。私はそれを難問とする原因を取り出すことから始め、つでその原因を回避する様に他我概念の意味をいわば設計し、その設計に従って他我を製作するという方法をとった。この過程で最も参考になったのは、全盲の達っちゃんという子供が青眼の子供たちと自然な交信ができたという幼稚園の報告であった。それは視覚経験を全く異にする、それゆえ極端に隔絶した他者同士の間で相互理解が可能であることを示すことで哲学者の哲学的議論を嘲笑するものだからである。それゆえ私のとった方法は、現実の日常生活の中で実用されている他者の意味をお手本にしてそれにできるだけ近い意味を意識的に制作してみせることであった。

 この文脈でという限定になるが、ここで記載されている盲児をロボットに置き換えれば、エントリ中に引用した「物と心」における大森の考えに一致することは明らかであろう。応答のメカニズムが意識の有無ないし諸意識の様相の有無を規定するのではなく、我々人間社会の経験的な歴史的な応答のありようから他者の意識が制作されるのであり、ロボットであれ変わることろはない。
 余談だが同書の大森の議論では結果的に「クオリア」を無用とすることになるのも興味深い。

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「雑記」カテゴリの記事

コメント

一度、ある掲示板上で二人の論理学者との論争に巻き込まれたことがありました。

>そのあたりの機微を読んでいただきたかったが、わかる人がわかればいいだろうと思っていた。

その論争で教わったことの一つは、ある文章をかいた後に不都合が発生したとき、「読者はこう考えてくれるだろうと思って書いた。それが読めないのは読者が悪い。」というのは後出しじゃんけんで、後でいかようにも言い換えることができる。このような語法を相手が使用したら、直ちに指摘すること。ということでした。よって私もここに指摘します。

投稿: F.Nakajima | 2007.02.03 10:06

難しい問題ですね。
アニメでもち○こが勃てば女、なのかとか。

投稿: cyberbob:-) | 2007.02.03 10:07

「人並の意識」というのがやっかいで、人間の思い通りに動くロボットはただの道具だろうし、逆に言えばいつも使っている愛着のある道具に意識があるかであるし、果たして人間の思い通りに動かないロボットをわざわざ作るか、そんなロボットに愛着を持てるかどうか。

投稿: cyberbob:-) | 2007.02.03 10:20

機械は意思を持てるか?いいえ。
コンピュータは意思を持てるか?いいえ。
インターネットは意思を持てるか?いいえ。

>機械が意識を持つかという問題は、そのままコンピューターは意識を持つかという問題になる。この考えはソフトウェアエンジニアに問うてみるとはっきりするだろう。コンピューターは意識を持つのは当然であり、ソフトウェアはその意識を表現したものだ

今のプログラミング技術では「意識を持たせることはできない」というのはすでに証明されています。書くと非常に長くなるので、
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%93%B2%E5%AD%A6%E2%80%95%E4%B8%8D%E5%AE%8C%E5%85%A8%E6%80%A7%E5%AE%9A%E7%90%86%E3%81%A8%E7%A5%9E%E3%81%AE%E5%AD%98%E5%9C%A8%E8%AB%96-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E6%98%8C%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/406149466X/sr=8-2/qid=1170465544/ref=sr_1_2/503-0127289-1031917?ie=UTF8&s=books
のP221以降を参照してください。

投稿: F.Nakajima | 2007.02.03 10:22

>しかし、ロボットの振舞いがますます洗練され、ますます生き生きとしたものになるにつれ、その「意識をもつ」相貌はますます人間意識に連なるにちがいない。

大森氏の言っているのは人間からロボットに対する意識であって逆にロボットが人間に対して意識できるか?という私が昨日あげた論点を説いていません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%B2%E5%AD%A6%E7%9A%84%E3%82%BE%E3%83%B3%E3%83%93
つまり、上記のような問題です。

投稿: F.Nakajima | 2007.02.03 10:31

犬猫には意識はある。同じ釜の飯を食った蒸気機関車に意識を委ねる人もある。それとどう違うのか。意識は錯覚なのか。これを書いている私はこれに反応するという高度のことをしているようにも見えるがコンピュータにも出来ない事ではない。

投稿: あるある | 2007.02.03 10:48

( ´,_ゝ`)馬鹿だろおまえ
頭使えよ

投稿: ( ´,_ゝ`) | 2007.02.03 10:48

で、最後にインターネットやgoogleのことを何か勘違いしている人が多いので付け加えておきます。
彼らは神がつくりだせるとは全く考えていません。
彼らの究極の目的は「神が使えるのと同等の百科事典を作り出すことであり、それを使いこなせる人間を作り出すことではありません。
私も最初はfinalventさんと同様の誤解をしており、なおかつ、上記などの書籍を読んでいたため、彼らは論理学を学んでいないのか?と訝しく思っていました。しかし、先日のNHKの放映以降、彼らはプログラミングの限界を普通の人間以上に理解できていると認識を改めました。私が思うにこの誤解を広めたのは梅田望夫の「ウェブ進化論」です。彼のgoogleに対する言及にこの誤謬が見ることができます。

投稿: F.Nakajima | 2007.02.03 10:53

理論としてはよく分かるのですが、実際に人間と同等に近い機能を持った機械あるいはコンピューターが、今のところ存在しないので、わたしには何とも言えません。
現在のところ、意識を持った機械や、知性を持った機械はまだ作られてないのでは?
うちのパソコンに、意識があるとはとても思えません。
私の指示通りの動作をする機械に過ぎません。

でも・・・SONYのAIBOには意識があるのだろうか??
わたしには何とも分かりません。

投稿: みほ | 2007.02.03 11:14

元気ええのう。

投稿: モッサアアア | 2007.02.03 12:47

インターネットは単なる経路ですからね…
端末に人間が居るから擬似的に思えるだけで
これが意識を持つというのなら
手紙も電話線も意志を持つという事ですか?

投稿: lba | 2007.02.03 13:26

信じるうちが華よね。ええじゃないの。それで。

投稿: モッサアアア | 2007.02.03 13:37

幻想身体の相転移があり得るのか、はかない望みとしてですがその顕現を眺めてみたいものです。

投稿: Sundaland | 2007.02.03 13:37

私のゴーストがささやくのよ

投稿: あばば | 2007.02.03 16:44

昨年亡くなったポーランドの偉い作家先生がよく取り上げた課題ですね。まあ対称的な客体である「それ」が「お前は人間か?」と問われたなら、機能に準じた対応しかしないでしょうから、ものによって「はい」とも「いいえ」とも答えるでしょう。哲学的ゾンビでしたっけ? 膨大に多義的な回答集=グーグル(F・Nakajimaさん曰く、神が使えるのと同等の百科事典)は、そのように見えますね。

ただ、それは別種のクオリアの確認不可能性によるんでしょうが。

投稿: 夢応の鯉魚 | 2007.02.03 16:44

甲殻のゴースト的アプローチもあるでしょうね。
愛着のあるサービスやソフトを人間に(多くは幼女に)模してしまうのはなぜでしょうか。
なぜロボットは人型でなければいけないのか。

投稿: cyberbob:-) | 2007.02.03 17:43

柳沢発言は、生物機械論というよりは、(女性=)生産財という見方だったように思います(というか、後者の立場からの発想)。氏は金融の人ですし、経済学では資源の希少性が理論的前提ですから、話のロジックもそこに当てはめる癖があるのでしょう。
しかし、世の中(特に政治家)は神秘主義の立場の方が多いようです。

投稿: worldnote | 2007.02.03 18:21

このエントリもそうですし、あとは中井久夫氏の著書からもなんですが、最近ちらちら「ナウシカ」が出てきます。やっぱあれは面白い漫画ですね。もののけ姫とか神隠しはあまり出てきませんが、目黒雅叙園は再来週に行きます。

ええと、アトムやドラえもんや28号とかが出てくるのに、なんで真悟の話が出てこないんですか?w

投稿: marco11 | 2007.02.03 19:05

こんな稚拙なエントリーは久しぶりじゃないか?

投稿: うps | 2007.02.03 19:11

意識とは、実は他律的存在、と言ってみるテスト。
神でない存在に意識があるとすれば、万物に意識があると仮定できると思う。

投稿: トリル | 2007.02.03 20:05

finalvent氏の言う意識は紙の上のインクのシミである漫画のキャラに意識があるか、イエスという事ではないのですか?
音無響子さんはインクの陰影だけど現在47才だなんて信じないぞとか。
だからキャラが“存在すれば”どのような意識をもっていたかというコトとは違うんじゃないでしょうか。
その言及がどう意味を持つのかわからないのですが。

投稿: papepo | 2007.02.03 20:54

前のエントリはもっと面白いネタの振りかと思ってた・・・

投稿: | 2007.02.03 21:33

それよりもまずその辺の計算機が意識を持ってるかどうかを考えることが先決

例えば人間と電卓に1+1の答えをそれぞれ求めたとする
人間には答えが2であることがわかるだろうが、自分の意思によって敢えて嘘をつくことができる
電卓にはそれができず、常に2と答えることしかできない
故に電卓は自由意志を持たないので意識を持っていないように思える
しかし人間もより高次な存在からしてみれば物理法則に従った決まりきった動作しかしていないように思われるのではないか

これってかなり重要な問題だと思っていろんなところで主張してるけどいつもほとんど無視される

投稿: i.d | 2007.02.03 21:42

finalvent氏のこの問題についての発言は、いささか変な方向に引っぱっているなと、問題を感じます。
・政治家・柳澤の発言の問題は、女性を「産む機械」と呼んだこと自体より、少子化問題の政策担当者でありながら、「産む人にがんばってもらうしかない」とし、政治として何をするかの責任転嫁をしたことでしょう。
・大森荘蔵は、finalvent氏の今回書かれたような考え方を、もっとも強く排していました。大森の「重ね描き」の考え方は、デカルト的な二元論を排し、科学的描写はそもそもから「心」を排除しているから、すべてを死物化する。そこに大森のいう「日常描写」を重ね描きしてこそ「心」が取り戻せる、としました。たぶん「物と心」ではなく、「時間と存在」あたりからその考えを明らかにしているようです。ポピュラーな著作としては「知の構築とその呪縛」があります。

投稿: アク | 2007.02.03 22:00

チラシの裏ですね

投稿: | 2007.02.03 22:03

とても面白い問題ですね。
学生時代の30年前から人工知能は研究されていますが、人工的な
意識とか自我の創造という点では見事な失敗の連続。最近は人間の
心理や脳の研究という実態から遡って探求されているようですが
解明にはとても長い年月がかかりそうです。
でもやはり、いつかは'意識'は解明され、それをシミュレートする
マシンは出てくるのだと感じています。

ベルグソンのような方に、現時点で分かったとされる脳や意識に
関する知識を与え、思考してもらいたいものです。

投稿: kincyan | 2007.02.03 22:16

 みんな元気ええやないの。もさもさしとるやないの。こおゆうときは、幼稚だろうが何だろうが、それでええんちゃうん?
 わりと根源的な問題よ? とか言ってみるテスト。

投稿: モッサアアア | 2007.02.03 22:25

 弁当おじちゃんさあ。どっか遊び逝く?
 今オイラとおきょおでもさもさしてるからさ。
 1万円60分くらいなら奢るよ? どお?
 い い で す か そ う で す か 。

投稿: モッサアアア | 2007.02.03 22:28

>電卓

ちょっと蛇足。
それは「チューリングマシンの問題」と呼ばれるものです。追求していくと結構面白い話にぶつかるのですが、理解してもらうには論理学が必要となるので、相手に予備知識がないと説明しかねます。興味をお持ちなら上記のゲーデルの解説本が一番簡潔かと思いますが、今の最先端はもう少し先に行っているので解説本。。。ちょっと思いつかない。

投稿: F.Nakajima | 2007.02.03 23:18

>なぜなら機械である我々は意識をすでに持っていることが前提とされるからだ。我々人間は機械である。脳も機械である。そして人間または脳には意識があるとされている。では、機械は意識を持つと言うほかはない。

これ、本気で言ってます?典型的な誤謬推論にしか見えないんですが。

1人間は機械である(∀x [Hx→Mx])

2人間は意識を持つ(∀x [Fx→Cx])

から

3機械は意識を持つ(∀x [Mx→Cx])

は導出できませんよ。

あなたの推論が妥当なのは、
1が「人間=機械(∀x [Hx⇔Mx])」と同じ意味の
文として考えられているときに限られます。
でもこの場合、1が意味するのは、
人間と機械の外延が等しいということですから、
3は「コンピューターは意識を持つか」という問いとは
全く関係ありません。
そもそもここでの機械の外延にコンピュータは含まれませんから。

哲学的なお話は結構なことですが、
妥当でない推論をするのはやめてください。

投稿: 哲 | 2007.02.03 23:36

↑今日のベストもっさりさん

投稿: モッサアアア | 2007.02.03 23:40

哲さん、こんにちは。意識のあり方(多様性)が問われているわけで、全称命題ではありません。また、「持つ」は「持ちうる」(様相)の含意です。

投稿: finalvent | 2007.02.03 23:51

これから本日のベストオブもっさりを更新してさしあげましょう。

反論にもなってません。「意識のあり方(多様性)」ってエントリーのどこにそんな文脈があるんです。今日の話は「意識はあるか否か」という話であって多様性なんて話はどこにもないじゃないですか。

又、「全称命題」って意味わかってそう書いているんですか?哲さんの疑問は「後件肯定の誤謬」を指摘しているのであって、そのようなことを問題にしてませんよ。

まあ、見抜けなった私も間抜けだったんですが、この反論はそれに輪をかけています。

投稿: F.Nakajima | 2007.02.04 00:12

 あなたはキングオブもっさりです。ベスト禁止。

投稿: モッサアアア | 2007.02.04 00:15

鉄腕アトム
ドラえもん
鉄人28号
ジャイアントロボ
正太郎
ロビー

↑お前ら全体的にここに食いつくべきだと思います。

投稿: モッサアアア | 2007.02.04 00:23

1. ∀x [Hx→(Mx & Cx)]
2. ∃x[Mx & Cx]
3. ◇∃x[Mx & Cx]

ちがいますか。

投稿: | 2007.02.04 01:49

ちがうわな

投稿: | 2007.02.04 01:52

1. ∃x{Hx &∀x [Hx→(Mx & Cx)]}
2. ∃x[Mx & Cx]
3. ◇∃x[Mx & Cx]

ですかね。

投稿: | 2007.02.04 02:17

> では、機械は(機械の有りようによっては)意識を持ちうると言うほかはない。

わざわざこう書いてあるのに

>(∀x [Mx→Cx])

…哲さんもF.Nakajimaさんもすごいなあ。
(人によっては)論理学の勉強をしても無駄という証明を地で行ってる。

投稿: | 2007.02.04 02:47

人間から(というか私から)見て機械は意識を持つ(っているという風に実感できるか)か?ということでしょうね。
同じ人間でも自分以外の人が本当に意識を持ってるかどうかはわからないのですが、でもなぜだか感覚的にはきっと他人も自分と同じように意識を持ってるに違いないと思っています。
なぜかと言うと同族意識(亜自分)みたいなものがあるからでしょうね。
人間に同族意識を感じさせるような機械が生まれれば、意識を持っていると思ってしまうでしょうね。

投稿: 天魔 | 2007.02.04 03:22

1人間は機械である

2人間は意識を持つ

から

3機械 の 一 部 は意識を持つ

は簡単に成立しそうな予感

投稿: 天魔 | 2007.02.04 03:29

とんでもなのかも、と思わなくもないですが、全ての生物の特徴として自己創出というものがありますよね。自己創出に関わる議論は、別に世代交代でなくても脳内のニューロンの代謝などにも現われる特徴だとされています。
現代文明は基本的に石油のエネルギー効率に依存していることが言えるわけで、
これを忘れて議論するのはあんまりじゃないかなぁと、思ったりしたり。

投稿: nabeso | 2007.02.04 03:33

 ここまでの論点を整理しておきます。


>投稿 F.Nakajima
→キングオブもっさりさん

>投稿 哲
→ベストオブもっさりさん

>投稿 cyberbob:-)、nabeso
→さすらいのもっさりさん

>投稿 みほ
→もさクイーン

>投稿 あるある、( ´,_ゝ`)、lba、Sundaland、あばば。夢応の鯉魚、 worldnote、 i.d、アク、kincyan
→その他もっさりさん・スペシャルサンクスもっさりさん

>marco11、うps、トリル、papepo、天魔
→もさ奴(モサド・もっさりした奴隷の意)構成員

投稿 finalvent
→ゴッドオブもっさりさん。別名無職童貞。


 以上です。皆さん素敵なので頑張って下さいね。
 文中敬称略事実誤認混入済み。

投稿: モッサアアア | 2007.02.04 05:42

別にトンデモではないでしょう。前半はごく当り前のことを小難しく書いているだけです。某大臣の発言についてはworldnoteさんの発言どおりでしょう。

チョムスキーを引合に出すのは間違っていて、ここはgoogle検索の原理が文法ではなく学習によるものだ、ということだけを指摘しておきます。
もちろんこれは 意識とは何か、という問を あなたは何を見てそれを知識と呼ぶか、 という問に置き換えています。

投稿: | 2007.02.04 07:59

あの、記事に関係ないことで申し訳ないんですけど、

>モッサアアアさん
「もっさり」ってどういう意味でしょう?(^^;
パーなわたしは、この言葉の意味を知らないのです。

投稿: みほ | 2007.02.04 09:12

>みほさん

 まずはUFOキャッチャーのあるゲーセンにお出かけください。
 そこで「カピバラさん」のぬいぐるみとイメージビデオがあるようなら、ご覧ください。その中でハムスターが出てきて「モッサアアア」というフレーズが飛び出します。
「もっさり」は、そこから転じたもので、毛の生えた小動物が、まるでハムスターさんのよーにもさもさ可愛らしく蠢いている様を表します。
 ここで「もっさり」されている(と私に言われる)方々が本当に「ハムスターさんのよおに」もっさりしているとは言いませんが、挙動に近似値を感じましたので、そのように表現いたしました。
 お気に障るようでしたら、ご容赦ください。

投稿: モッサアアア | 2007.02.04 09:21

先日から、はてな日記・極東ブログともに半チャット化している件について

投稿: モッサアアア | 2007.02.04 09:23

>モッサアアアさん
説明どうもありがとうございます。
自分の都合の良いように解釈しておきます(笑)。

>finalventさん
関係ないコメント、申し訳ありませんでした。

投稿: みほ | 2007.02.04 10:30

ああ、頭痛え。何で同じ論点について同じ反駁を延々続けなければいけないんだろう?

>この文脈でという限定になるが、ここで記載されている盲児をロボットに置き換えれば、エントリ中に引用した「物と心」における大森の考えに一致することは明らかであろう。応答のメカニズムが意識の有無ないし諸意識の様相の有無を規定するのではなく、我々人間社会の経験的な歴史的な応答のありようから他者の意識が制作されるのであり、ロボットであれ変わることろはない。

話を元に戻してどうするんです?ここで大森氏が例に挙げているのは人間ですよ。ロボットじゃありません。意識がある・なしの問題については、この子は最初から「ある」という前提条件をつけることができます。しかも「意識とは何か」という定義づけを避けてです。
それに対し、ロボットに対しては「載せられるかどうかわからない」から「意識の定義づけ」をした上で「これが載っかるかどうか」検証しなければなりません。
もう一度言います。同じ論点を繰り返してどうするんです?。ロボットと人間はどう違うんですか?

投稿: F.Nakajima | 2007.02.04 10:47

>1. ∃x{Hx &∀x [Hx→(Mx & Cx)]}
2. ∃x[Mx & Cx]
3. ◇∃x[Mx & Cx]

あのねえ。これで1と2が前提になってるなら完全な論点先取でしょ。

投稿: | 2007.02.04 11:32

平たく言えば機械が意識を持つというならば
まず脳が意識を持つことが言えなければならんということですか

投稿: aaa | 2007.02.04 12:37

そういえば、大分前にソシュール(ラングとバロールの意味性)で一悶着ありましたけど、内容的にもデジャヴを感じますね。

ところで、ここまでコメントが伸びてからする話ではないかもしれませんが、論点整理の為に、とりあえず終風先生の仰る「ロボットの意識」を定義したいのですが、いかがでしょうか?
以下は私の考えです。

「応報の経験則を“彼”に対して(応報の前提条件に衒して)多義的選択肢として適用可能なモザイク」

浅学な為、専門的知識(大文字)は用いることができませんでしたが。

投稿: 夢応の鯉魚 | 2007.02.04 13:32

いや、人間の意識ったって要素に分解しちゃえばたいしたもんじゃないから。
そんなに熱くならなくても。
機械やインターネットが=人間になる話じゃなし。
極東ブログで唯脳論について過去ログがあったと思っていたのですけど、見つかりませんでした。最近、あの大先生も逝っちゃってますけど、昔は良いこと書いてましたよ。
自分が自分を解析するのはやっぱ難しいです。はい。

投稿: TRICKSTAR | 2007.02.04 14:28

夢応の鯉魚さん、こんにちは。この問題について「定義」を明確にせよという議論があります。わからないではありません。ただ、それを方法論的に避けているのです。もちろん定義は方法論的に与えることは可能です。しかしこの難問においては、それはあまり有効ではありません。というのは、「私」が定義できるかということに関わってきます。「ロボットの意識」とは大森の「物と心」の引用にあるように「私」による認定です。「私」の意識のなかに定義以前の了解・認定が成立している点にこの問題の構図があります。あまり説明すると反って混乱しかねないのですが、補助線的に言えば、例えば、私が誰かとネットワークで将棋をします。そこには私の意識と相手の意識の現れがあります。しかし、私は人間と将棋をしているのかロボットと将棋をしているのか、定義による認定は不可能でしょう。

投稿: finalvent | 2007.02.04 14:52

F.Nakajimaさん、こんにちは。皮肉に取らないでくださいね。F.Nakajimaはコメンテーターを卒業されてはいかがでしょうか。ご自身のブログを持って持論を展開され、私の議論と関連があるようならトラックバックしていただければと思います。

投稿: finalvent | 2007.02.04 14:54

終風先生、どうも。直接の答申は初めてになりますね(最近息継ぎの感覚を忘れてしまったので、詠み難い文章になっているかと思いますが、これが私の限界なので御容赦を)。

哲学的ゾンビを想定する場合に最も重要な「機能的意識と現象的意識の差別化は可能か?」という課題に注意を置かれた振る舞いですね。この想定が正しければ、貴方の対応は理解できます。

人間は、幽霊が見えるのですものね。それによって死にもする。

投稿: 夢応の鯉魚 | 2007.02.04 16:30

お前ら揃いも揃ってはぐれバイオハザード純情派ですか。

投稿: モッサアアア | 2007.02.04 19:44

審判がいないってのは大変ですよね
まあだから後出しも糞もないですけどね
俺が昔遊んでた変な出会い系ブログサイトみたいに
一日一回だけ無料コメントできて、二回目以降は課金するのがいいですよ。一コメント25文字くらいしかなくてw。

エクストラポイント払うと弁当氏がウェブカメにあらわれて相互鑑賞プレイですよ。マイクは別料金。ここまで付けると結構値が張っちゃうけど、後悔はさせないって過去ログに書いてあったよ

投稿: marco11 | 2007.02.05 05:39

モッサバーガー食いながらルートビア飲みたいな。

投稿: synonymous | 2007.02.05 16:35

鉱物にも意識はある。機会の中の幽霊。ケストラー流の生命論で誰か解き明かしてくれ。柳沢発言は産む機会と言いたかったのを機械で魔が差し話が増幅したまで。脳が勝手に喋らしたんだろう。

投稿: アカギ | 2007.02.05 16:56

自己診断・解析回路も持たないロボットは失格、
機械を空かさず機会とプルーフを効かせられないロボットは失格。
ゆえに誰かさんは人間

投稿: | 2007.02.05 20:33

たとえば死体は意識を持つの?

投稿: しつもん | 2007.02.09 03:57

しつもんさん、こんにちは。「たとえば死体は意識を持つの?」について、エントリにある大森荘蔵のロボットの意識についての考え方を適用すると一つの考えがえられるはずです。この問題については、大森は、「自我と時間」で人形の意識について触れているので、ご関心があれば、参照してみると面白いでしょう。

投稿: finalvent | 2007.02.09 08:06

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