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2007.01.15

歌会始の儀の天皇家の歌

 歌会始の儀のニュースをラジオで聞いた。御製と皇后の御歌は祝詞のようにというのか古式というのか、有り難たそうではあるが聞いてもよくわからないので、ネットを覗くと、朝日新聞サイトの記事”皇居で歌会始の儀 お題は「月」”(参照)に掲載されていた。
 天皇家の方たちの歌は巧まざる秀歌が多い。今年はいかにと読み、私は感動を覚えた。まあ、そんなことを書くとネットの世界では右翼呼ばわりされるか、あるいは逆の方向からお前は歌がわかってないなと言われることであろう。が、写して感想を書いてみたい。

  天皇
  務め終へ歩み速めて帰るみち月の光は白く照らせり

 天皇という存在は戦前戦後を問わず日本国の憲法の下に置かれているが、日本の歴史はその意味を多様に変えてきた。特に近代では古代の天皇家を模して、すでに近江領主の一家系に過ぎない家を王家として持ち出してきてしまった。それを伝統と呼ぶか歴史と呼ぶかわからない。思想と呼ぶべきにも思う。
 いずれにせよ、具体的な天皇個人にとって天皇とはその存在自体が務めであり、その個人の心の思いとしては、個々の務め終える安堵や困難があるだろう。帰る先には天皇ではなく普通の家人としての生活があり、そこに至る道程を祝福するかのように月は白く光る。古代であれば日の皇子であろう存在に月が優しく一人の人間の影を与える。

  皇后
  年ごとに月の在りどを確かむる歳旦祭に君を送りて

 歳旦祭(さいたんさい)は辞書には、「元旦に、宮中・諸神社で行う祭祀。皇祖・天神地祇をまつり、五穀豊穣・国民安寧を祈る」とある。御歌の「君」は天皇を指し、天皇は歳旦祭に向かうのであろうが、この「君」の言葉に万葉の古語のように恋人の響きが感じられ、美智子様の愛情に胸打たれる。送る立場から見る天皇は天皇であっても恋人の君であり、送る前まではまさに恋人たちの空間にいた。そこから「公」の空間に君を天皇として見送らなくてならない。それが美智子様の後半生の役目であったことが「月の在りどを確かむる」に響き美しい。
 歳旦祭と四方拝の違いについて私はよく知らないが、元旦の早朝には月が残るのであろう。明治以前に起源を持つ行事であるから旧暦で行うべきではないかと思うが新暦で行われるのであろう。旧暦ならば「年ごとに月の在りどを確かむる」ことはない。常に新月として見えない。その「在りどを確かむる」ことは近代化の天皇家を結果的に暗示してもいる。
 四方拝はウィキペディアには(参照)「平安時代初期、宮中を始源とし、これに倣って貴族や庶民の間でも行われ、四方を拝して豊作と無病息災を祈っていたが、次第に宮中だけの行事となった」とある。辞書には、「鎌倉以降は堂上家中心の行事となり、江戸時代には内裏だけとなった。明治になって新たに元朝4時,神嘉殿南庭に座を設けて行なうようになった」ともある。歳旦祭との違いについては触れてない。
 ウィキペディアには拝する先について近代の変異について言及がある。


1月1日 (旧暦)の寅の刻(午前4時ごろ)に、みかどが綾綺殿で黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう:みかどの朝服)を着用し、清涼殿東庭に出御して天皇の属星(ぞくしょう:誕生年によって定まるという人間の運命を司る北斗七星のなかの星)、天地四方の神霊や父母の天皇陵などの方向を拝し、その年の国家・国民の安康、豊作などを祈った。


元旦の午前5時半に、黄色の束帯を着用して、皇居の宮中三殿の西側にある神嘉殿の南の庭に設けられた建物の中で、伊勢神宮の二宮に向かって拝礼した後に四方の諸神を拝するように改められた。

 道教の儀礼が近代の擬古的な神道にここでも変更されているようだ。

  皇太子
  降りそそぐ月の光に照らされて雪の原野の木むら浮かびく

 御歌で私が連想したのは実朝の「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄るみゆ」でありその小林秀雄の評であった。小林は実朝の歌を繊細で悲しい歌と見た。それもそうだろう。大海原の小島の波を見つめる視線は若者特有の繊細さであり運命の悲劇の予感をも含むものだ。
 皇太子の御歌にはそうした細い繊細さはなく、荒涼とし毅然とした世界のなかで強く起立するものだけを見つめている峻厳さがある。しかし、その峻厳さにだけ向き合っている孤独も感じられる。

  皇太子妃雅子さま
  月見たしといふ幼な子の手をとりて出でたる庭に月あかくさす

 皇太子妃の御歌でなければただ幼子と母の微笑ましい光景であり、もちろんそうした微笑ましい私的な愛情の空間も意味しているはずだ。月があかくさす庭に将来の女帝の暗示を読むべきではないだろう。しかし、この月の光が御製の月の優しさと同じ位相にあることを感じないわけにもいかない。

cover
昭和天皇のおほみうた
御製に仰ぐご生涯
鈴木正男
 私のいない半世紀後の日本国の帝は誰であろうか。愛子様であればこの歌に籠もる愛情と悲しみをその時も胸に秘めておられるだろう。

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コメント

>峻厳さにだけ向き合っている孤独も感じられる。

 世人がどう言おうとも、峻厳さと孤独さを併せ持たない人間は、ひとりじゃ立てんよ。庶民は助け合いで生きていけるかもしれんけど、天皇家に代表される旧家の主は、それだけではいかんでしょ。

 その峻厳さが人を傷つける元にも成るんだろうけど。でも、捨てたら職務が成り立たん。難しいところなんじゃないの? 弁当おじちゃんは会社を潰した(?)身なんでしょ? だったら、そこで偏っちゃう皇太子殿下の気持ちも、幾分分かるんじゃないかな?

投稿: ハナ毛 | 2007.01.15 18:34

【日本人狩り】
財産没収&信用失墜させるのが、韓国の常套手段
http://www.geocities.jp/an_idle/link.html

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%B8%C3%C4%A5%B9%A5%C8%A1%BC%A5%AB%A1%BC

投稿: 知ってください | 2007.01.15 19:33

個人的な感想を言わせて貰えば、歌(唄・詩)というものは解説してもらって初めて理解できるようなものは駄作です。例外としては古今などのもう言葉の意味が現在と違ってしまっている物に対しては必要でしょうが、同時代の人間が読んでダイレクトに共感できなければもう歌としての価値はありません。
そして、そこに自分の見解を挟み込もうというのは、その共感に作者と観賞者との間に自分の意見を挟みこみ、ダイレクト性を無くしてしまうという点であまり褒められた手際とは言えません。どうしてもしたいのではあれば、和して自分の歌を詠んでいただきたいものです。

投稿: F.Nakajima | 2007.01.20 23:24

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受信: 2007.01.22 21:57

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