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2007.01.06

安藤百福、逝く

 安藤百福が五日亡くなった。九六歳。天命とも言うべきかもしれないが、死に際して心筋梗塞で苦しくなかっただろうか。チキンラーメンの開発者であり、カップヌードル開発の事実上の総指揮者でもある。近年の連ドラ「てるてる家族」やプロジェクトX「魔法のラーメン 82億食の奇跡」などで生前から伝説化が進んでいた。確かに日本的な苦労とジャパニーズ・ドリームを実現したような人生である。が、日経新聞に掲載されていた「私の履歴書」の書籍化「魔法のラーメン発明物語」(参照)を読み返すと、そうしたわかりやすいグレートマン伝説とは少し違う、昭和史を体現した興味深い人物が浮かび上がってくる。

cover
魔法のラーメン発明物語
私の履歴書
安藤百福
 安藤が伝説のチキンラーメンの開発に取り組んだのは私が生まれた年、昭和三二年のようだ。その時、彼は四七歳。翌年開発に成功する。ざっくり見て、安藤百福の今日の栄光のスタートは五〇歳であった。顧みて四九歳の自分には人生をやり直してチャレンジするような気力はない。まるでない。安藤はもの凄い人だと思う。
 安藤にとってこの開発は人生七転び八起きの一つに過ぎなかった。彼は製塩業に失敗し、次に理事長をしていた信用組合が破綻した。「魔法のラーメン発明物語」にあるこのエピソードが面白い。彼の信用組合は都銀を「母店」としていた。

やがて不足金が設定融資限度を超えると、母店の姿勢は一層厳しくなった。「担保もあることだから、もうしばらく猶予がほしい」とお願いしたのだがだめだった。
 ついに不渡りを出し、取り付け騒ぎが起きた。信頼していた母店が、真っ先に担保に入れていた組合の建物と敷地を差し押さえた。その時の銀行の冷たさはひとしお身に染みた。信用組合は破綻し、私は理事長としてその社会的責任を問われた。
 私はまたしても財産を失った。残ったのは大阪府池田市の住まいと、身を焦がすような後悔だけだった。バチが当たるというのはこういうことを言うのだろう。責任を持てない仕事は、いくら頼まれても軽々に引き受けてはいけないのだ。必ずだれかに迷惑をかける。

 さらっと読み過ごしてしまうが、この手の話はある程度類似の経験した人でないと分からない娑婆の本性というものがある。安藤はこのことを忘れなかった。

 ある取引先の頭取から「安藤さんの会社はカネを借りてくれないから面白くない」と言われたことがあるが、日清食品を創業して以来、無借金経営を貫いている。

 そう貫かれてしまうのもどうかと思うが、この気概は昭和史を見る一つの視点にはなる。そして彼はこう考えた。

 私は過ぎたことはいつまでも悔やまない。「失ったのは財産だけではないか。その分だけ経験が血や肉となって身についた」。ある日そう考えると、また新たな勇気がわいてきた。

 この勇気からチキンラーメンが生まれる。
 このエピソードを読み返しつつ、なぜ彼が信用組合の理事長となったのかが気になった。というのは、彼は戦後史においてウォルフレンの言うような信用権を授与された人ではなかったか。
cover
プロジェクトX挑戦者たち
第4期 Vol.2
魔法のラーメン
82億食の奇跡
カップめん・どん底
からの逆襲劇
 チキンラーメン開発に至る安藤百福の人生をそうしたジャパン・アドミニストレーターズと信用権の関係で見直すと、少し違った風景が現れる。彼はある意味で選ばれた人だったが、同時にその選択と信用権に常に距離を置いていた。国家というものに対して「私」の本義ともいうべき感性を持っており、そのためには死に瀕するのも厭わないようだった。その辺りに彼の本当の成功の意味がありそうだ。
 気になるエピソードが二つある。彼は一つは戦中、憲兵の拷問で殺されかけたことだ。その頃安藤は軍用機エンジン部品の製造会社を共同経営していたのだが、官給品の横流し疑惑で憲兵にしょっぴかれた。

「そんなことはありません。私は被害者なんです」と懸命に主張したが、有無を言わさぬ暴行が加えられた。棍棒で殴られ、腹をけられた。揚げ句は、正座した足の間に竹の棒を入れられた。拷問である。


 いつの間にか、私を犯人にした自白調書が作られ、判を押せと強要された。罪を認めれば、この責め苦からは解放される。しかし、私は抵抗した。死んでも正義は守りたかった。

 まったくひどい話で、しかも真相は憲兵と横流し者が親戚で彼を陥れたことらしい。こうした歴史のエピソードを読むことで時代の感触がわかる。この不正極まる世間が常態でもあった。
 この拷問の後遺症で彼は二度の開腹手術をすることになるのだが、そこまで耐えた悲劇からどのように脱出したか。それは彼の仲人だった陸軍中将によるものだった。この辺り、安藤に対する疑念というのではないのだが、すでに選ばれた人でもあったことが伺われる。
 戦後も安藤は似たような罠に嵌められる。起業し若者に奨学金を出していたのが脱税とみなされGHQにしょっぴかれた。

乗り出してきたのは税務署ではなくGHQだった。大阪の軍政部で裁判が開かれ、たった一週間で「四年の重労働」という判決が出た。裁判では、こちらの言い分は一切聞いてもらえなかった。
 大阪財務局から財産が差し押さえられ、泉大津の家も工場も炭焼きした兵庫県の山林も、私名義の不動産はすべて没収された。身分は巣鴨プリズン(東京拘置所)に移された。


 巣鴨には、戦争犯罪の容疑やパージで逮捕された政治家、言論関係者、財界人らが収監されていた。面識のあった岸信介さんとも偶然、一緒になった。

 安藤はこの罠にも抵抗し、裁判闘争に挑んだ。

 裁判が進むうち、税務当局の役人が「訴えを取り下げてくれないか」と言ってきた。取り下げるなら、即刻自由の身にしてもいいという。もし私が裁判に勝てば、反税運動を勢いづかせることにもなりかねない。旗色が悪くなったので、妥協を迫ってきたのだと思った。

 日本権力のいい加減な挙動が浮かび上がる奇妙なエピソードでもある。その内部抗争や時代の空気の流れで、多くの日本人が事実上抹殺されてきたのだろう。安藤は残った。成功した。その人生は多くの敗者と死者の義を暗示させていると思う。
cover
食欲礼賛
安藤百福
 

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

高杉良「燃ゆるとき」からすると、どうなんでしょうか?
チキンラーメンの祖って。ほんとにこの方なんですか?

投稿: 通りすがり | 2007.01.06 12:38

 弁当おぢちゃんに質問。向こう見ずの阿呆を駆除するにはどうしたらいいですか? 窮鳥懐に入らずんば猟師も此れをズドン! で相討ちが理想ですか? そうなればなったで、窮鳥は必ず逃げると思うんですけど。どうですか?

投稿: ハナ毛 | 2007.01.06 21:44

人脈こそ宝。
沈黙は金。

投稿: きりかぶ | 2007.01.12 23:13

高杉良「燃ゆるとき」って、ただの小説じゃん・・・

投稿: hoge | 2007.05.08 10:14

企業設立の動機・きっかけは何だったのですかまた企業を立ち上げた創立者の重い葉なんですか

投稿: J | 2008.11.20 14:11

あの小説は東洋水産の味方。
人のふんどしで相撲をとった典型的なもの。
アメリカでの社員の苦労も泣かせるが、所詮お話。
関西企業いじめですね。
一方的に安藤さんを悪者にしていると感じます。そういう小説を書いた高杉さんの意図は何だったのでしょうね。彼らしからぬ本でした。

投稿: ○ちゃん | 2009.06.04 11:00

このエントリと関係あるような無いようなことが気にかかっています。

安藤百福氏の人生は確かに波乱万丈であったし、常人では考えられないようなエネルギーの持ち主でもあったでしょう。それには同感なのだけど、仕事熱心な泥棒を有能と呼ぶべきか、ということを思わずにはいられないのです。

何を言いたいのかと言えば、インスタント食品を発明し、それを世界中に広めたことがよかったのか、という点に疑念があるのです。確かにお湯を注いで3分で食べられる食品は魔法のようだけど、栄養的に見てそれだけで生きていけるものではない。

そんなことは誰でも知っているだろうけど、安藤氏にチキンラーメンの着想が、その後のインスタント食品全般の隆盛のきっかけだったように思えるのです。

何事もスピード重視という社会構造の変化にともない、副食的に栄養(或いは満腹感)を補うインスタント食品が便利なことは確かなのだけど、そのおかげで、日本人の食生活が粗末なものになったのではないかと、昔から疑っているのです。

投稿: ピンちゃん | 2009.06.27 02:44

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