« 2006年2月12日 - 2006年2月18日 | トップページ | 2006年2月26日 - 2006年3月4日 »

2006.02.23

些細なお知らせ

 前エントリで偉そうなことを書いてましたが、ついにこの日過労でダウン。というわけで、数日、エントリ更新を休みます。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2006.02.22

ハイパーグラフィア

 ハイパーグラフィア(Hypergraphia)の話をブログ「Passion For The Future」のエントリ「書きたがる脳 言語と創造性の科学」(参照)で見かけた。同エントリは、「The Midnight Disease: The Drive to Write, Writer's Block, and the Creative Brain」(参照)の邦訳書の書評的な話から切り出されたもので、ハイパーグラフィアは文章を書かずにはいられない精神の病気だという流れであった。


ハイパーグラフィア(書かずにいられない病)とライターズ・ブロック(書きたくても書けない病)について、自ら両方の症状を経験した医師でもある著者が、脳科学と精神医学の視点で言語と創造性の科学に迫る。

 ハイパーグラフィアというタームは、そのジャーゴンが The Midnight Disease (深夜の病)という語感から私は洒落だろうなと思っていた。つまり、精神医学的には認知されていないと思っていた。なので、ちょっとこの機会にあらためて調べてみる、と微妙といった感じであった。
 ちなみに、MedicienNet.COMのハイパーグラフィアの定義を見ると、まず書かずにいられない強迫があるのだが、それはもうトイレットペーパーでもなんでいいから書くという感じであり、研究史から関連する脳機能についての簡単なコメントがあった。

Temporal lobe epilepsy is associated with hypergraphia. This association has been known at least as early as 1974 (Waxman SG, Geschwind N. Hypergraphia in temporal lobe epilepsy. Neurology. 1974;24:629-36). A number of prolific writer may have had temporal lobe epilepsy, including Byron, Dante, Dostoevsky, Moliere, Petrarch, Poe, and Tennyson.

 精神活動の脳機能への還元というのは米国の精神研究の大きな潮流だが、この研究については昨今のfMRIとか使う流れのものではなくペンフィールドとかそのあたりの頃のものかなという印象を持つ。とはいえ、先の書籍は二〇〇四年の刊行なので現在の流れで論じられているのかもしれない。
 広義にハイパーグラフィアということで私が思い浮かぶ人間は二人いる。バートランド・ラッセルとカール・マルクスだ。ラッセルについては昔書簡集を見て、一日なんども手紙を書いているもの変だし膨大な手紙だなと思ったからだ。しかし、今考えてみると、現代人のメールも似たようなものかもしれない。マルクスについては資本論の原典を見たときの印象だ。この人は生まれた時代が違っていたらその祖先のようにタルムードでも書いたのではないかと思った。と同時に、エンゲルスの編集した資本論とはなんだろうという深い疑問を私に残した。まあ、その話はこのエントリではふくらませない。
 私はこの極東ブログを毎日書いている。ブログはログ(日誌)でもあるから一日一エントリを書く決意でいる。その決意についてはたぶん今年の五月くらいにもう一度書くつもりでいる。ようは自分の意志の形を見たいということでもある。
 決意というのは、当然、ちょっと無理があるなという含みあり、新鋭アルファーブロガー、hankakueisuu氏がブログ「真性引き篭もり」のエントリ「一日一回の更新を怠らないブロガーを僕は信じない事にしている。そして僕は更新という作業を行う事を止めようと考えるに至った。」(参照)でいみじくも指摘していることは正鵠を射ているのだろう。

即ち、仮にブログを書いている人間というものが存在していたならば、一日にたった1つのエントリーを投稿したくらいで、ブログを書くという人間の根源的欲求が収まるはずがないのである。であるからして、1日に1つのエントリーが毎日毎日行われるようなもところには実質魂が無いのである。

 その通りと私は私について頷くのだが、もうちょっとある。私は、昔読んだ吉本隆明の教えを実践しているのだ。正確な言葉ではないが、こういうものだった……およそ物を書くなら魚屋が魚を売るように八百屋が野菜を売るようにそれが生きるための避けがたい作業であることを身体に叩き込ませるように書け……。
 書くことの魔から逃れることは可能ではないかもしれないが、根源的欲求とか実質的魂などとうのもは紛う方無き糞である。魚屋は魚を売るのが好きだが、その好きというのは、趣味でやっているのではない。趣味の延長で楽々やっているかたもいるかもしれない。それでも、その行為が生きることと同値するようなありかたで実践している。吉本隆明はそのようにものを書けと言ったのだった。大学の先生が給料をもらっている片手間に知的な事を書くのではなく……という含みもあった。
 吉本隆明のこの教えにはもう一つの側面があった。二十五時に書け、と。大衆としての生活の一日を終えて、深夜、まさにミッドナイトに睡眠を削って書けというものだった。振り返ると私はずっとそうしてきたようにも思うが、四十歳半ばを過ぎて身体管理と仕事もあってそれなりのスケジュール的にこなしているようになった。
 が、天は見逃さず。昨晩、作業場に戻ったのは二三時半も回ったところだった。取り置きのエントリもないことにしているので、あとはマジで二十五時かと呻いた。

| | コメント (4) | トラックバック (4)

2006.02.21

オリガミスト永田の手紙

 日本有数のオリガミストにしてなぜか衆院議員でもある民主党永田寿康が十六日衆院予算委員会で示した折り目のないメールのプリントアウトだが、私はそのニュースを聞いたときは驚いた。同じく民主党衆議院議員馬淵澄夫がそのブログで「爆弾炸裂! 」(参照)と表現したように、爆弾は炸裂したかのようにも思えた。どこに向けての炸裂は問わないにせよ。


 出るか!?、永田爆弾!。
 永田代議士はメールを読み上げる。

「シークレット・至急扱いで処理して欲しいんだけど、おそくても31日できれば29日までに●さん宛(あ)てに3000万円を振り込むように手配してください(前回、振り込んだ口座と同じでOK)。項目は、選挙コンサルティング費で処理してね。○○○○、宮内の指示を仰いで。○○には、こちらからも伝えておくので心配しないで。堀江」(●は自民党武部幹事長二男と同じ名前)

 第1位委員室は一瞬静まり返る。
 爆弾、炸裂!!!
 記者さんたちが色めき立つ。
 大変なことがあらわになってきた。


 正確にいうと大変なことが露わになってきたのはその数日後である。
 私はこのニュースについてはその後フォローしてなかった。なるようになるだろうと思った。その後ブツがプリントアウトだけでメールのヘッダー情報もないと知ったときは事実上関心を失った。ヘッダー情報のないメールはメールではないからだ(参照)。
 問題はこのメールとされている物の内容より、その入手から国会までのプロセスのほうに移らざるをえない。オリガミスト永田もこの点は了解しているらしく、国会を休んでまでその解明に向けて遁走、じゃない奔走している(参照)。
 ネットの一部ではプリントアウトについての検証が進められていたようだ。そうした検証のいくつかについてはなるほどなとも思ったし、概ね正しいのではないかとも思った。例えば「シークレット」の音引きが罫線記号のような「─」ではないかといった点だ。あまりに奇妙な誤字出現であり、そうした奇妙さを生み出すのはOCRだろうなとも推測した。だが、なぜOCRなのかは皆目わからない。また、文字のつぶれ方はG3ファクシミリの情報コード化に特有でもあるので、ファクス転送された経緯もあるのだろう。いずれにせよ、この問題はラザーゲート(参照)のように最終のブツがこれというわけでもないので、そうした検証にあまり意味はないだろう。
 ブツに関しては、当然墨塗りされている部分が気になるが、すでにオリガミスト永田が入手した時点でそうなっていたという話も聞いたので、そうかと私などは早飲み込みをしていた。今朝になってみると、自民党の平沢勝栄衆院議員がおそらく同一と思われるメールのプリントアウトを公開した。これで民主党が塗った墨と最初からの墨が区別できるようになった。民主党の墨は「X-Mailer:QUALCOMM Windows Eudora Version」「問題があるようなら」「@堀江」の三点のようだ。なぜここを民主党が隠したのかだが、アナウンスはないようだが。
 この三点で私が一番気になるのは「@堀江」だ。ここは「堀」の偏の部分が墨になっていたため別の文字ではないかという推測もあった。おそらくそうではないのだろう。
 奇っ怪なのは@である。普通メールでこういう書き方はしない。@はアットマークということで英語のatの記号であることから、居場所を指すことが多い。「石垣良雄@会社」に対して「石垣良雄@自宅」という感じだ。こうしたありえない感からメールに慣れたネットの雰囲気としては、このメールは偽で決まりでしょという感じになっている。それ言うなら、標題に「至急」もあり得ないのだけど。
 私はというと、この経緯から逆にこのメールのようなものの謎は深まったなと思う。偽メールを作るならごく低レベルだが私くらいのITの知識があればもっとそれっぽくできる。しかし、そうした作為は働いていないとしか見えない。
 そうした新しい疑念でこのメールのようなものを見直すと、@が開示されたことで、本文が奇妙にインデントされていることもはっきりした。通常のメールだとこうした部分には”>”といった記号があって引用なり転送であることがわかるのだが……ということで、もしかするとこの部分は引用か転送なのかもしれない。と、考えると「@堀江」もまさに、その通り、「堀江にて」ということで、デフォルトを補うと、「誰かさん@堀江」なのだろう。「堀江の立場の権威者が出しましたよ」あるいは「堀江の名義で」という意味なのだろう。
 むしろ、推定無罪ホリエモン自身のメールではないから疑問が高まる怪文書なのではないか。
 そのあたり、オリガミスト永田はよくわかってなかったか、これを渡した側もよくわかってなかったのではないか、という意味もあって、この文書こそ厳密にトレースしてみると面白いだろう。もしかするとビックルじゃなくて京都に本社がある日本ルナのビッキー飲んじゃうような、東京人って強調すると東京人じゃないかも感が漂うような展開になるかもしれない。
 それとこの謎話ではカウンターということで早々に消えてしまうのかもしれないけど、平沢勝栄衆院議員がこの文書をゲットした経緯も私は相当に怪しいように思う。というか、検察が早々にこのメールを知らないというアナウンスを出していることや、平沢勝栄衆院議員って元警視庁防犯部長でしょ(参照)。なんか変。

| | コメント (6) | トラックバック (6)

2006.02.20

マレー貘

 貘が好きだ。貘には、南米の三種類アメリカバク、ヤマバク、ベアードバクと東南アジアのマレー貘の四種類がある。属としては一つ。私はマレー貘が好きだ。なぜ貘が好きで、なかでもマレー貘が好きかということは説明しがたいが、貘好きならわかってもらえるだろう、とネットを見るとよいサイトがある。サイバラの漫画のタイトルみたいだが「ばくんち」(参照)である。ばくんち最新ニュースはこう。


■02/18
2月7日に東山動植物園でマレーバクのオスの赤ちゃんが誕生したそうです。昨年に引き続き今年もベビーラッシュの兆候か!?ウリ坊誕生嬉しいですね! (blackさんよりの情報)
なお、父親のオンジーは昨年3月に亡くなったそうです。御冥福を祈ります。

 ということなのだが、今日残念なニュースがあった。”マレーバクに襲われ飼育員が重傷 名古屋・東山動植物園”(参照)である。

 20日午前8時半ごろ、名古屋市千種区の東山動植物園のマレーバク舎で、飼育員の加藤久男さん(56)がマレーバクの成獣(体長約230センチ、体重約300キロ)に襲われ、太ももや手などをかまれて1カ月の重傷を負った。

 ニュースを聞いて、な、なぜだ、まるでそれは悪夢だ、とつぶやいたものの、出産後で気が立っていたのかなとも思った。ニュースにはそういう言及はない。

 教育普及主幹の橋川央さんは「このマレーバクは普段から興奮しやすいが、加藤さんにはなれていた。ここ数年、飼育員が動物に襲われる事故は記憶にない」と話している。同動植物園はこの日、休園日だった。

 なぜなのだろう。やはり悪夢というべきか。そういえば、「マレー獏は悪夢を見ない 夢をコントロールする民族・セノイへの旅」(参照)という大泉実成の本もあったな。
 今回の事故、飼育員のかたも災難ではあるが、動物とのつきあいはシロクマ・ピースに限らず難しい。ジョイ・アダムソンのような結果もある。貘も凶暴だといえば凶暴でもあるし。
 で、マレー貘なのだが、記事にもあるように、体重約三〇〇キロである。知ってた? でかいのだよ。Fat Pigということもないが、間近で見ると、ぷくーっとしている。が、それがまるで三〇〇キロを連想させないほど、ひょいひょいひょいっっと闊歩するのである。まるで重力の弱い夢の中にでもいるような感じだ。実に軽やか。
 そして水にもよく浮く。本当は軽いだろう、ふくらんでるだけだろとかつい思ってしまうが、三〇〇キログラム。突進されたらひとたまりもない……というけど、そういう印象は受けない。優しそうにひょいひょいひょいっっと歩くか、食っているか寝ている。貘である。貘はよい。
 貘の赤ちゃんもかわいい。これがウリ坊である。先のサイトに写真がある(参照)。パンダなんかだと生まれて間もなくはそうでもないが、しばらくすると、おまえの親はパンダだろというデザインになるのだが、マレー貘の子はウリ坊である。半年くらいするとこの縞々デザインは消えてツートンになる。カラーデプス二ビットか四ビットくらい(なわけはない)。多摩動物公園に昨年九月に生まれたダンはそろそろウリ坊を脱しつつある。
 なぜマレー貘はあのデザインなのかということについては、あれを見た動物が錯視するからだという説がある。つまりあまりに白黒はっきりした色分けなので一つの個体としては見えないのだろう。本当かどうかわからない。貘としている。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.02.19

風邪の話

 風邪をひいて熱があると知人が言う。おい、それは風邪じゃないぞ、急げ、と病院へと促したところ、即インフルエンザの判定が出てタミフル。そして、一晩寝たらケロっとしていた。う、嘘というくらいシャープな効き目を見てちょっと唖然とした。もっと高熱が出てからの処方がいいかもしれないとも思っていたが、即時に判定が出るならなるほどタミフルの機序から考えて速い投与のほうがいいのかもしれない。
 もっとも身近な例とはいえ一例に過ぎないのでこれだけでどうとも言えるものではないのだろうが、こんなに効く薬というものがあっていいのかという疑問も思った。私自身が今年はインフルエンザになっていないからのんきなことを思っていられるのだろうが、これからの人類には、理想的にという限定が付くが、インフルエンザから免れた人生というのがありうるのだろう。現代人(文明社会)ではすでに寄生虫はゼロに等しくなってきている。寄生虫にもいろいろあるにせよ、サナダムシといった類の寄生虫から人類が無縁になるということはありうるのだから、インフルエンザも克服されていいのかもしれない。うーん、なんか変な感じはするが。
 インフルエンザではないが風邪については私はいろいろと民間療法を探るのがすきだ。ネットなどを見ると意外と風邪の対処の民間療法のレパートリーが少ないのだが、かといって私のレパートリーを公表してもちょっとなではあろう。ごく最近までやっていたのは、大量カプサイシンである。よく行く中華料理屋に、うへぇー唐辛子汁みたいな麺がある。人を連れて食いに行ったとき、その臭いだけでも辛くて泣けそうだと言ってが、そんな感じ。給仕のお姉さんも最初はだいじょうぶですか、これはとても辛いですよと厳密な忠告をしてくれたものだ。で、食うと汗が滲む。風邪が抜ける。ということなのだが、いい気になっていたら、先日、腹痛になった。物には限度がある。
 

cover
ぬれマスク先生の
風邪に勝つ本
 風邪の民間療法とまでは言えないのだろうが、「ぬれマスク先生の風邪に勝つ本」(参照)というのが面白い。同著者には同種の別バージョンの本もあるようなのと、この本は二〇〇〇年刊なのでちと情報が古い。タミフルについてはそのずばりの名称はなしに動向だけが期待を込めて書かれている。面白いのは、いわゆる風邪予防の通説を否定していることだ。うがいの効果は否定していないがそれほど効果はないだろうとしている。うがい液も含めてだ。これはたしか最近検証されたように記憶しているが。鼻うがいは危険なのでやめましょうともある。手洗いの効果も疑問視しているが、たしかにその効果の検証というのは見たことがないな。加湿器についても五〇%ほどまででの効果は疑問とされ、それ以上の場合は難しいだろうし、またカビの危険性を説いている。それもそうかな。
 推奨されているのが、標題にもある濡れマスクというのと嚥下を意図的に多くするというものだ。嚥下についてはなるほどそうかなとこの本を読んで私は思った。単純な話、昔の中国人みたいにちょびちょび頻繁にお茶を飲めばいいのだろう。で、濡れマスク。これが言葉だけでは説明がちょっと難しい。というかネットをひくとこの本の説明とは違う商品が出てくる。それは湿気を含んだマスクということ。鼻も覆う。ところが本書の濡れマスクは単純に言えば鼻は覆わない。口をふさぐだけ。これが案外別の効果があるかもしれない(がその話は省略)。
 実際に濡れマスク効果はどんなものかと私も試してみたのだが、なんとも言い難い。悪いとも思わないが、慣れないと違和感はあるし、慣れるまでするか?というのはある。微妙なところだ。
 いわゆる民間療法を超えた部分では、私は少しだけ漢方を学んで応用している、といっても、漢方薬を数種類使い分けるだけだ。あと、ちょっと秘密のハーブを使う。これは秘密。
 そもそもハーブというのは秘密でないといけない。どこが秘密か。壺でよく煮立てて最後に呪文を唱えながら……処女の○毛を加えるのだ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2006年2月12日 - 2006年2月18日 | トップページ | 2006年2月26日 - 2006年3月4日 »