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2006.02.18

[書評]隠すマスコミ、騙されるマスコミ(小林雅一)

 小林雅一「隠すマスコミ、騙されるマスコミ(文春新書)」(参照)の第一章に「マスコミ騙し屋」ことジョイ・スカッグス(Joey Skaggs)の話がある。彼はマスコミを騙すことを芸術活動の一環としているらしい。本書には記されていないが、彼はネットでも活動している。JoeySkaggs.comである(参照)。作品のアーカイブは同サイトで閲覧できる。
 

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隠すマスコミ、
騙されるマスコミ
見方によっては悪戯である。なぜ彼はそんなことをするのか。と、ネットを見たていらこの章の別バージョンがワイヤードのサイトに掲載されていた(参照)。

それにスカッグスが、このような悪戯を繰り返すのは、単に「ふざけて面白がるため」だけではない。現代社会を批判する独自の方法として、メディアをペテンにかけているのだ。その動機を、彼は次のように語る:
 「我々は生まれた瞬間から、批判的思考と分析を停止するよう教育される。家庭、学校、企業、宗教団体、あらゆる組織が、人間の批判能力を殺してしまう。それをさらに助長するのがメディアなのです。ジャーナリストは専門家でも無いのに、その報道を人々は無条件に信用してしまう。私はそれに警鐘を鳴らしたい」
 スカッグスは1960年代、ニューヨークのグリニッジ・ビレッジで絵画や彫刻などを手がける、芸術家としてスタートした。その当時の地元新聞が、ビレッジ住民に関して誤解を招く報道をして以来、メディアを懐疑的に見るようになったという。その無責任な報道姿勢を逆手に取った、作り話で逆襲を試みるようになった。
「その時から私は、絵画と彫刻という伝統的媒体を捨て、メディアを私のメディア(表現媒体)とすることに決めたのです」(スカッグス)

 こうして大手のマスコミがまんまとひっかるらしいのだが、それでもスカッグスには一つの掟がある。これはワイヤードの記事にはない。

 恐らく読者がもう一つ気になるのは、「スカッグスの行為は犯罪ではないか」ということであろう。彼自身は「絶対に犯罪ではない」と断言するが、「一回だけ逮捕されそうになったことがある」という噂もある。もし彼の作り話とメディアの誤報によって、人身事故や金銭的な被害が発生すれば、スカッグス自身も逮捕されたり、裁判で損害賠償を請求されても文句は言えないだろう。この点は彼も十分承知しており、「他人や社会に被害が及ばないよう極力注意している」という。

 そのあたりがHoax(一杯食わせる)の芸術たる所以であろう。
 顧みて我が邦や如何と田中長野県知事みたいに言いたくなる昨今でもあるが、そういうことでもなく、ただネットというメディアとマスコミのメディアとしてのシステム的な問題がただその速度によって変質してきただけなのかもしれない。ちと引用が長くなるが。

 インターネットの普及によって、メディアを流れる情報の、真実と虚構の境目が曖昧になってきた。しかもこれを冷静な目で分析し、正しい情報を伝えるべき新聞やテレビが、むしろ無責任な情報を煽る格好になっている。「美人モデルの卵子競売」や「マイクとダイアン」、あるいは第二章で触れる「ジンジャー」などのゴシップは、インターネットよりもむしろ、新聞やテレビなど伝統的なメディアが報じたことによって有名になった。ネット上を浮遊する怪しげな情報に、伝統メディアが信憑性を与えてしまったのである。

 まあ、そうかなと思うし、これはブラック・ジャーナリズムをメディアが現在のメディアが吸い込まざるをえない状況なのかとも思う。
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スキャンダルを追え!
『噂の真相』トップ屋稼業
 しかし……と言葉につまるのだが、「噂の真相」誌の記者だった西岡研介「スキャンダルを追え!『噂の真相』トップ屋稼業」(参照)がこう以下のように言うとき、やはりメディアの構造と速度の問題があるのではないかという印象は否めない。

 本書にも書いたとおり、神戸新聞社時代の私は、けっして優秀な新聞記者ではなかった。次々と起こる対事件を前にして、オロオロした揚げ句、同業他社に抜かれまくり、阪神大震災のような大災害ではただ呆然と立ち尽くす……。そんな私がなぜ『噂の真相』編集部に在職中、「則定衛東京高検事長の女性スキャンダル」と「森喜朗首相の買春検挙歴報道」という二つの大きなスクープに恵まれることができたのか? 答えは簡単だ。

 この先、解答として、西岡は自由に書けることと、彼の言うゲリラ・ジャーナリズムの可能性を述べている。
 私は同書を読むまで「噂の真相」こそブラック・ジャーナリズムであり、それがネット的な世界に蔓延してきたのが昨今の奇っ怪な情報の状況かもしれないとも考えていた。が、少し違うようだ。
 スカッグスや西岡にはあるモラルがある。それはとても古典的な世界のなにかだ。だが、ほとんど同じものでも、その個人に帰着するようなモラルが欠損されたとき、変質するだろう。つまり、ネット上を浮遊する怪しげな情報に伝統メディアが信憑性を付与することになるだろう……と、ここはうまくまだ言葉にならない。あるいは、モラルが正義の確信に置き換わったとき、真理は敗退するだろ。しかし、モラルとは真理の優位性への確信であるかもしれない。
 スカッグスがなぜ人は騙されるのかと小林が問うたとき、彼は過去の情報を忘れるからだと言っている。それはあるだろう。だが、ネットの世界というのはある意味で過去と忘却のない世界だ。あるいは過去とはただの情報である。検索することでよみがえる。そこに集合知的的ななにかが加わることで、怪しげな情報というのは独自の淘汰を遂げるだろう。
 それだけに期待できるわけでもないし、個的なモラルの行方もただ消えるものでもないだろう。

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2006.02.17

植物繊維からエタノール

 米国時間の先月三十一日だがブッシュ大統領は一般教書演説で、脱石油かつ環境問題ということだったか、エタノールに言及していた。石油王国のブッシュ様が? ということもだがさらにその製造は植物繊維によるというのだ。ふーんとリアクションすべきなのか、さすがアメリカン・ドリームの国だと感嘆すべきなのか。ざっくりネットを見ると読売新聞”エタノール普及 官民協力の米国”(参照)に関連記事があった。


 政府もエタノールの利用促進に力を入れる。精製会社に、エタノール1ガロン(約3・8リットル)あたり51セントの税額控除を与え、ガソリンとの混合を後押しする。昨夏成立した「総合エネルギー法」もエタノールの利用促進を掲げている。
 ブッシュ大統領は1月31日の一般教書演説で、無尽蔵といえる木や草などの植物繊維を原料にエタノールを製造する技術開発の重要性を強調、6年以内に新技術を実用化する目標を掲げた。

 植物繊維からエタノールというとかすかに記憶がある。調べ直すと、昨年六月のワイアード日本版の記事”米政府のエタノール政策をめぐる議論”(参照)だ。

 グロシェン氏によると、バイオマスからエタノールを製造する技術の開発に、民間企業は慎重になっているという。「誰もが、どこかが先にセルロース処理工場を建設するのを待っている」
 ただし植物のセルロースからエタノールを製造するほうがトウモロコシを使うよりも安上がりだとORNLのグラハム氏が指摘するとおり、近い将来、エタノールの経済性は変わる可能性がある。グラハム氏によると、草木の伐採で出た廃棄物は無料で入手でき、スイッチグラス(ロッキー山脈東部の至るところに生えている多年生植物)やトウモロコシの実を取ったあとの乾燥した茎や葉も安く手に入るため、バイオマスを使ったエタノール製造の原料費はかなり安くつく可能性があるという。

 このあたりの事情は経済的には油田開発と多少似ている。植物繊維からエタノールができるなら現状のようにトウモロコシから作るエタノールよりコストが下がる。ブラジルなどで実施されているサトウキビ由来よりも下がるのではないか。しかも、耕作面積に対する二酸化炭素排出抑制効果なども植物繊維のほうがよいようだ……とは言ったものの、そんな技術は可能なのか。
 ブッシュ・ブレーンとしてはいわばチキンゲーム状態になっているこの分野の開発を連邦政府としてぐっと押してみたということなのだろう。そのあたりの話もこの記事では触れている。
 それにしても六年以内に実用化とはすごいな。それが可能なら京都議定書とかそのポストとかの議論が吹っ飛ぶかも……。
 で、その見込みだが。

 アイオジェン社(本社:カナダ、オタワ)とデンマークのノボザイムズ社は、あともう少しでバイオマス技術を商業化できるところまできている。
 この2社は、酵素を使って植物の茎や葉に含まれるセルロースを単糖に分解し、これをエタノールに加工している。アイオジェン社広報担当のタニア・グリチェロ氏によると、同社は年内にも、小麦のわらとスイッチグラスからエタノールを製造するためのデモンストレーション用の発電施設の建設に着手する予定だという。

 この分野の科学に疎いので私にはこの情報をどう評価していいのかわからない。
 日本でも同種の技術は開発が進められていて、簗瀬英司鳥取大学教授が長年取り組んでいる。ネットにはソースが消えているが、山陰中央新報”木質バイオマスでエタノール生産へ”(2004.1.1)ではこう。

 簗瀬教授はテキーラの醸造に使われるザイモモナス菌が効率的にブドウ糖からエタノールを作り出すことに着目。世界に先駆けセルロースを分解する微生物から酵素を取り出し、遺伝子組み換えでザイモモナス菌に入れる技術に取り組み、これまでにセルロース分解に必要な三つの酵素のうち、二つを入れることに成功した。

 この手の遺伝子組み換えの技術は私の理解では日本は先端にあるので、案外日本のほうがこの技術を確立する可能性もあるのかもしれないが、が、というのは日本政府の肩入れはどんな具合だろうか。
 話が散漫になるが、植物繊維からエタノールという夢のような話で思うのは、デンプンから異性化糖の製造だ。この技術のおかげでサトウキビ産業というのものが壊滅したと私は理解している(違うかもしれないが)。
 沖縄でサトウキビ(ウージ)畑の近くで暮らしてきたので思い出深いのだが、そうでなくても砂糖の輸入によって沖縄のサトウキビ産業は事実上壊滅している。
 そういえば、この話は沖縄にいたころからも聞いていたのだが、環境庁はサトウキビからエタノールを作ることも検討しているようだ。例えば、”沖縄県宮古島におけるバイオエタノール混合ガソリン(E3)実車走行試験の開始及びサトウキビ由来バイオエタノール生産設備の起工について”(参照)。
 なんとなくサトウキビ産業の別の形の保護のようにも思えるが、採算性はどうなのだろうか。

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2006.02.16

[書評]夢のなか 連続幼女殺害事件被告の告白(宮崎勤)

 六日に幼女連続誘拐殺人事件で誘拐、殺人など六つの罪に問われた宮崎勤に死刑判決が確定した。初公判から数えるとこの終結まで十六年の月日が経った。長いようでもあり、自分も歳食ってきたせいか昨日の出来事のようにも思う。いや、そうではない。ある印象はビビッドであり別の印象はそれが思い出せないほどぼやけている。

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夢のなか
連続幼女殺害事件
被告の告白
 その判決の日から私はぼんやりと眺めるように彼の著書とされる「夢のなか 連続幼女殺害事件被告の告白」(参照)を机において見ていた。何か言えそうな気がしたけど、何も言えない。この本から考えるということが間違っているのかもしれないとも思ったが、では他にどういう思考の道があるのだろうか。確か、日垣隆だったかと思うが、このタイプの犯罪は結果によって処罰すべきだったという意見もあった。ちょっと考えるとそういう考えもありのようにも思うが、私はそれに与しない。罪とは人が意志をもって行うなにかであろうし、その意志を読み取ることが、礫の代用でもあるのだろう(参照)。
 わからないことばかりというのが率直な思いだが、いつか自然に捨象された思いもある。いわく、彼がスプラッタ趣味とかそういうメディアが作り出した像だ。いや、それは裁判の像でもあった。共同”宮崎勤被告の死刑が確定 初公判から16年”(参照)はこう伝えていた。

 1月17日に第3小法廷が言い渡した判決は、犯行時の宮崎被告に完全責任能力があったとする一、二審の判断を支持。「性的欲求や死体を撮影した珍しいビデオを持ちたいという収集欲に基づく自己中心的、非道な動機で、酌量の余地はない」と被告の上告を棄却した。

 いつの間にかそういう像は私の内部ではすっかり消えていたので、六日の刑確定のおりには、なんというかメディアや裁判のリアクションとの差異に奇妙なズレ感があった。そしてそのズレを可能な限り延長すれば、たぶん宮崎勤の世界認識にも近いのかもしれない。
 スポニチ”宮崎勤被告「そのうち無罪に」”(参照)の記事では判決後の宮崎をこう伝えている。

 宮崎被告は判決後、臨床心理士と面会、「何かの間違いです。そのうち無罪になります」と語ったという。

 彼の精神状態についてはいろいろと議論された。そのことはここで繰り返さない。本書は宮崎本人の著作とされているが、実際には各種のソースのアンソロジーといったもので精神科医の香山リカの解説文もあるのだが、率直にいって私には無意味に近い内容だった。同じく解説には大塚英志もあるのだが、これも私は皆目理解できなかった。私が凡庸すぎることもあるが、私の関心事にまるで触れてこないからだ……関心事……それはたった一つと言っていいかもしれない、今田勇子。
 こういう言い方をしていいのかわからないが、この犯罪はその意志という点でみれば、今田勇子の犯罪であった。しかし、そこはついに問われなかった。単純に言えばそこを問うことは裁判を虚構化しかねないものであり、そのある種のマイナスのリアライゼーションの力がむしろ世界の側をたわめていたかのように私は思う。
 本書では対談の芹沢俊介だけがそこをある程度指摘していた。

 告白文や犯行声明文が大事だという意味のひとつは今田勇子が宮崎勤であるという同定はできてないということなんです。裁判ではこの問題が見事に外されています。弁護側も検察側も触れていない。そこの部分が空白になっている。告白文や犯行声明文の緻密な分析が行われていません。とりわけ勤君イコール今田勇子を同定するための字体論や字体の検証がまったく行われていないのです。勤君は「あんな面倒っちいことはやらない」と言っているし、そこはとても気になっています。

 単純に考えればその先には冤罪説がある。しかし、それはこの月日のなかで明確な姿を見せなかった。その理由は本書に一端が触れてある。このエントリではしかし触れない。
 今日付の中国新聞のニュースだが”宮崎勤死刑囚が著書出版 最高裁判決に「あほか」”(参照)にこうある。

 幼女連続誘拐殺人事件で死刑判決が確定した宮崎勤死刑囚(43)が、拘置所から外部に出した手紙をまとめた形式の著書「夢のなか、いまも」(創出版)を18日に出版する。著書では、1月の最高裁判決を「『あほか』と思います」と批判し、判決が大きく報道されたことについて「やっぱり私は人気者だ」と感想を述べている。

 それもそうなのだろう。記事後半では本書の出版でもある創出版の話がある。創出版については知人の知人が編集に関わっていたことがあり、随分前だが死刑廃絶署名だったかしてくれと言われたことを思い出す。
 さて……とここで逡巡する。先の共同の記事には判決後の宮崎をこうも伝えていた。

決定は1日付。宮崎被告は1月17日の最高裁判決直前に共同通信に寄せた手紙で「無罪です」「良いことをしたと思います」などと主張。被害者や遺族には最後まで謝罪していなかった。

 この主張の関連は本書にもある。そしてその先に、今田勇子を私は思うのだが……うまく言葉になってきそうにない。出し惜しみメソッドとかではまるでなく、そもそもブログに書くことじゃないんじゃないかともいう思いもある。

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2006.02.15

龍井

 自分でも不思議なのだが冬場になると中国緑茶龍井をよく飲む。一日二杯くらい飲むこともある。緑茶は熱気が溜まるとして夏場や香港などでは好まれないから、これでいいのかもしれない。淹れ方は昔風。

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 ガラスのコップに龍井の茶葉を入れ、そして熱湯を注ぐ。最初茶葉は浮く。そのうち踊るように沈んでくる。三分くらいだろうか、その茶葉の踊りを金魚でも見るように眺めつつ、あらかた茶葉が沈み、珊瑚のようになったら、そう飲める熱さでもあるし、飲む。味と香りは日本茶とはもちろん違う。香ばしいのだが焙じ茶のそれではない。茶の若芽の鮮烈な香りもある。
 とそんなこと思って私が大好きな中国通の社員の多い朝日新聞のサイトを見ていたら、龍井の話があった。”西太后から江沢民さん・上海閥まで”(参照)である。

 この龍井茶の中心になる畑はいくつかあるが、中でも「獅(子)峰」。清明節前摘まれるもの(明前)を最上とし、「獅峰明前龍井」として珍重されてきた。清の終わり、西太后はこの畑に専用の18本の茶木を持ち、毎春届けさせていた。現在もその茶木が残されている。
 最近では、江沢民さんを始めとする上海閥の人たちも龍井茶を好んで飲んだ(でいる)と聞く。上海では今も一般的に龍井茶が飲まれている。また、5年ほど前まで北京・人民大会堂(中国の国会議事堂にあたる)で使われていたお茶も龍井茶であった。が、まったく新顔のお茶「得雨活茶」(江西省景徳鎮産)がとって変わった。

 周恩来も龍井が好きだったようだ。私も龍井が好きなのでこうした茶を好む人の心意気がわかるようでもある。江沢民さんとか。西太后様とかも。
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 一般的に言うと中国茶を選ぶのは難しい。あの面倒な茶商を相手にマンツーマンで中国文化の神髄をたたき込まれるというプロセスが幸いにも必要になることすらある。が、龍井は別格と言っていい。簡単に選べる。理由は簡単。国家が管理しているから。そりゃ、国家の要人が飲むのだし。中国の国家の認定品を買えばいい、それだけ。
 龍井の産地もほぼ限定されている。先の記事を引用する。

 獅子峰(通常「獅峰〈しほう〉」と呼ぶ)、梅家塢(ばいかう)、虎砲(こほう)、雲栖(うんせい)、翁家山(おうかざん)などの茶区の総称。
 「龍井」はもともと獅峰にある井戸の名。龍のようにトグロを巻きながら水が沸いていたところから、この名になったなど諸説がある。現在は、整備されてきれいになっている。
 獅峰を最上とし、代々の献上茶となっていたが、10年ほど前からお茶好きの間では、梅家塢のお茶がおいしいと評価されていた。

 そんなところかな。
 最近では龍井以外にも類似の趣向の美味しいお茶が増えてきている。ただ、なんとなく龍井に戻ってしまう。

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2006.02.14

タンカーユーエー、トルチャンチ

 ラジオ深夜便を聞いていたらベトナムからの便りということで、当地の、一歳になった子どもの行事の話があった。話者(女性)は十二年もアジア国にいてこうした行事を知らず、驚いたというのだ。
 行事はというと、一歳の子どもの前に、定規、本、ペン、お札などを置き、さて、この子は何を手に取るかというのである。手に取った物で将来の職業を占うというのだ。本を選ぶと教師、お札だとお金を扱う仕事……といったもの。
 「こういう面白い風習がベトナムにあるのは知らなかった」と彼女が言うとアナウンサーは「それはベトナム独自なんですかね?」と問いかけた。アナウンサーも知らないのだろうかと私はふと思ったが、回答は、他では聞いたことはないが中国では昔あったらしいと言うベトナム人もいた、とのこと。
 これは沖縄でいうタンカーユーエー(参照)である。朝鮮でいうトルチャンチ(参照)である。中国ではなんと言うのだったか。
 日本でも地域によってやっている。確か西原理恵子の高知でもやっている。沖縄と高知にはいくつか文化的な類似点があり、黒潮の流れと人の交流が想定されるのだが、この場合はどちかが上流であろうか。あるいはそうしたつながりはないのか。
 沖縄のタンカーユーエも朝鮮のトルチャンチも家によってはけっこう派手な祝いをする。どっちが派手かというと文化の差より家風などの差があり比較しづらい。どちらがこの風習を色濃く残しているかというと朝鮮だろうか。たいていの朝鮮人は自分が一歳の時何を取ったか聞かされて育つようでもある。
 沖縄のタンカーの様子は照屋林賢のティンク・ティンク(参照)に素朴な映像が出てきたが、普通はあんな感じだ。
 ネットをざっと見ると、一歳の祝いといえば、日本では一升餅の行事(参照)というふうでもある。が、これはまた別の起源を持つものだろう。

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2006.02.13

小さい本

 明け方のこと、夢とうつつの合間で私には海外ニュースの映像を見た記憶が残す疑問の感覚だけがあった。映像の記憶の残滓の中で、怒れるイスラムの人々が手に小さな本を持っているのだが、あれはクルアーンだろうか。あの小さいクルアーンはどこで販売しているのだろうか……販売? GEMのように豪華な装丁になっているだろうか……GEM?
 そのうちに十分に目が覚めてGEMって今でも売っているのだろうかと気になった。ネットやアマゾンをざっと見回して見つからないので、あんなものはもうなくなったのだと自分に言い聞かせるように外出しながら、その後も小さなクルアーンとGEMはどこにという奇妙なオブセッションに一日捕らわれた。
 小さな聖書というものもある。実家のどこかにまだあるのだろうが、手のひらに隠せるほどの大きさのものだ。装丁はそれほどよくない。もう随分以前のことになるが、奇妙ないきさつで長野県を旅している列車のなかで私がその聖書を読んでいると、なぜそんなところに米人女性がいるのかわからないがその聖書に関心をもったらしく、私に近づいてそれはとても大切なものだと熱心に説教した。欽定訳の聖書でいわば英語の古語でもあるので内容というより、その小さな聖書自体への思い入れが彼女にあったのだろう。ふと思うのだがあれは従軍用のものかもしれない。ベトナム戦争用のものだったのだろうか。
 同サイズの毛沢東語録も私は持っていた。ビニール製のまっかな装丁でなぜかそれより薄い実践論だったか戦争論だかも分冊になっていたのだが、てかてかのビニールのせいか、毛語録にぺたっと貼りつくのである。中国製だが日本語で書かれて読みやすかった。米帝は張り子の虎であるとか、巨大な山でも爺の意志が突き崩したという伝説のたとえなどが書かれていた。
 そういえば、中国詩選や徒然草、百人一首、奥の細道といった古典をベージュのビニール装丁にした小さな本があった。面白くて私は買って集めていた。高校生くらいのことだ。中国詩選はかなりの厚みになるが、薄いものはポケットに入る。なぜかあんなものを飽きもせず読んでいたことを思い出す。
 赤尾の豆単とかはどうなったのだろう。私はこれにはお世話にならなかったが、一冊持っていた。そういえば旺文社文庫には赤尾好夫のエッセイとかあったような記憶がある。チェイニー米副大統領のように狩猟が趣味であったと思うが。
 あの小さな本たちというのを見なくなったなと思う。
 バイブルペーパーというのか知らないが小さい本の紙はどれも破れにくいようにはできていた。

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ジェム英和・和英辞典
 いや、やっぱりGEMは今でもあるだろうと気を取り直して検索したら、あった。カタカナで「ジェム」だったのだ。英和三万三千語、和英三万一千語を収録とあるが、その程度では現代英語には足りないような気もする。"blasphemy"はでも収録されているだろうな。

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2006.02.12

罪のない者と罪を犯したことのない者

 ブログだったか他の記事だったかごく最近のことだが、ネットを眺めていて、このところ何回か、「あなたたちの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」というヨハネ八章の聖句を見かけた。いや、正確に言うと「罪を犯したことのない者が」という表現だったと思う。そのあたりで、あれ?という感じがした。この聖句の引用のされかたの文脈もあれれ?という感じがしたが、それは以前からそうでもあるのだが。
 「罪を犯したことのない者が」としている日本語の聖書があるのだろうかと疑問に思った。福音派の新改訳だろうか。自分ではカトリックの響きがするなと思って、ちとグーグル先生に聞いてみると新共同訳のようでもある。カトリック教義との妥協的な表現なのか、あるいは日本語だと「罪」という言葉につられて「犯して」という成語になっただけだろうか。手元にギリシア語の聖書がないのだがここでの「罪」αμαρτιαだろうか。ヨハネ書なのでそうなのかもしれない。
 共観福音書から外れたヨハネ書の場合、罪の概念は後のカトリック的な原罪的な響きを持つと言ってもいいかもしれない。が、「罪のない者」というこなれない日本語で聖書が示そうとしたもののと、「罪を犯したことのない者」という日本語的な表現と同じと見ていいのか。まあ、普通はどうでもいい類のことであろう。ただ、私は奇妙に考えさせられた。
 たしかヨハネ書のこのくだりは元来ルカ書にあったという説がなんとなく記憶にある。記憶違いかもしれないが、このあたりのエピソードはルカ的な響きがあり、よりコイネ・ギリシアというかヘレニズム文化圏の宗教性を私は感じる。この微妙な(ある意味でどうでもいいのかもしれない)差異は主の祈りにおけるルカ書とマタイ書の差異に対応していて、ルカ書では罪となっているがマタイ書では負債となっている。マタイ的な原始教団ではルカ的な「罪」の概念が存在していなかったことを示している。であれば、イエス時代にこの負債=罪の概念が「石を投げつける」=石打ち刑に対応するわけもない。
 では、イエスのこのエピソードの罪はなにを意味しているのか。と、これは考えるまでもなく現在でもイスラム法で行われている姦通罪の石打ち刑にほかならない。ま、ほかならないとまでは言えない微妙なものがあるのだが、概ねそういうものだ。ウィッキ先生の「刑罰の一覧」(参照)にはこうある。「高エネルギーによって人体を破壊する方法」に分類されているあたりにネタなのかというユーモアが漂う。


石打ち刑(いしうち けい)
下半身を地中に埋めるなどして身動きを封じた受刑者に対し、死亡するまで石を投げつける刑。現在でもイスラム法による処刑方法の一つになっている。

 ラジャム(rajam)というので私もうっかり写真を見たことがあり、見るんじゃなかったブラクラぁという代物であるのでリンクとかしない。
 「石打ち刑」(参照)の項も面白い。

石打ち(いしうち)とは、古代から伝わる処刑方法の一つである。石撃ちと表記することもある。死罪に値する罪人に対して大勢の者が石を投げつけるというもので、古代においては一般的な処刑方法であったが、残酷であるとして、現在ではほとんど行われなくなった。しかし、いまだにこの処刑方法を採用している地域も存在し、人権擁護団体などによる抗議の対象ともなっている。

 突っ込みどころ満載とまでは言わない。筆記者がよくわかってないのだろうなという感じはする。さらに。

聖書に見られる例
石打ちに値する大罪としてレビ記 20章に挙げられているのは、おおむね以下の通りである。
・モレクに自分の子供を捧げる者
・霊媒や予言を行う者、また、彼らに相談する者
・自分の父母の上に災いを呼び求める者
・姦淫、同性愛、獣姦など、倒錯した性行為を行う者

 言うまでもなく聖書の世界もイスラム法もいわゆる旧約聖書の上に乗っかっているので、こうした石打ち刑が出てくる。英語では、stoningと単純に「石」の動詞形というのが英語圏での馴染みの深さを物語っている。
 なぜ石打ち刑なのか?
 そのあたりがこのエントリのネタなのだが、先の聖句を日本人の多くは義憤に駆られたバッシングのように受け止めているのではないかなと思うのだが、石打ち刑の背景にある思想はそうではない。そのあたりは、申命記を読むとわかる(というか申命記なんて読まれないのだろう)。申命記(21)より。

 もし、わがままで、手に負えない子があって、父の言葉にも、母の言葉にも従わず、父母がこれを懲らしてもきかない時は、その父母はこれを捕えて、その町の門に行き、町の長老たちの前に出し、町の長老たちに言わなければならない、『わたしたちのこの子はわがままで、手に負えません。わたしたちの言葉に従わず、身持ちが悪く、大酒飲みです』。そのとき、町の人は皆、彼を石で撃ち殺し、あなたがたのうちから悪を除き去らなければならない。そうすれば、イスラエルは皆聞いて恐れるであろう。

 ポイントは「町の人は皆、彼を石で撃ち殺し」ということで、町の皆がそうすることが責務となっているということ。その死と流された血の責務を皆で負うということだ。死刑の執行者を他人に委ねるのではなく、自分たちが皆負うというのが重要な点であり、これが陪審制度の思想的な背景にもなっている(はず)。
 そしてそれを行うことで共同体の悪を除くということになっており、恐らくヨハネ書の「罪なき」の罪はこの悪の概念に近いのだろう(「罪犯す」は罰に対応するから)。
 ちなみに、マタイ書における悪の概念は……とやっていくのは控える。それどころか、もうこのエントリも終わりにしよう。

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